ホロライブラバーズ『数多の星を照らす者』獲得ルート 作:468(ヨルハ)
Part37 気持ち新たに
「──うぐっ」
日が登り始めたばかりの午前6時きっかり。ゴンッと頭に何か硬いものがぶつかったような衝撃を受けて思わず声が出た悠はのそのそと動きながら目を覚ます。若干の眠気が見える瞼をどうにか開けて見てみれば近くの棚に置いていたはずの機械パーツがコロコロと床を転がっていた。おそらくは何かの拍子で棚から落ちたパーツが頭にダイレクトヒットしたのだろう。地味に痛い。
頭を振って視界を移せば以前と同じようにストライクハートのメンテナンス中に寝落ちしてしまったのか周囲は大量のモニターや配線が繋がれた機械群に囲まれており、機械の駆動音だけが小さく鼓膜を揺らす。
寝落ちしてしまうほど夜更けの作業、つまりはいつにも増しての大規模なメンテナンスである。
ある意味では当然とも言える。
ノエルから誘われて同行したガルナ村からの依頼、そこで引き起こされた事件。その果てにストライクハートを2日間にかけての長時間の継続戦闘、カートリッジシステムの限界行使に加えて奥の手であった
それによる被害は甚大だ。
ストライクハートの心臓とも言える
そして当たり前ながらそれだけの補修点が、夜通しのメンテナンスをしたところでたかが1日や2日で全て直るはずもない。
最優先事項であった
突貫工事で行われた作業、結果としてはとても万全と呼ぶには程遠い状況である。本来であれば時間をかけてゆっくりひとつずつ修復と改修をしていくべきではあるのだが、それができない理由があった。
「今日はもうバトルロワイヤル当日。メンテはここまでが限界、後はストライクハートの自己修復でどこまでいけるか…」
顔にかかった濡れ羽色の髪を掻き上げてそう零すと小さくひとつ溜め息をつく。
理由とはまさに今悠が口にした通りだ。
今日はゴールデンウィーク明け最初の登校日。つまりはホロライブ学園で月に1回催される『学内バトルロワイヤル』の開催日である。
さしもの悠であっても
そのための最低限の措置。ストライクハートの耐久性や拡張機能の修復をはじめからある程度捨てて、
また、逆説的にストライクハートの耐久性の問題でフレームや
「使えるのは
悠はそこで言葉を区切ると視線を手元にやる。視線の先は左手の親指、そこにあったのは装飾がほとんど施されていないシンプルな銀の指輪。ひとつだけ異彩を放つものがあるとすれば、何かを嵌め込められそうな窪みがあるという点だろうか。
これはいつぞやの商店街に買い出しに行った際に見つけた怪しげな露店、そこでいくつかのパーツとともに購入した
「秘密兵器…と言えるほどではないけど、はてさて使える時は来るのかね…」
照明に照らされて微かに光を反射した指輪を見て悠はそう言葉をこぼすと残っていた眠気を晴らすように両の手のひらで頬を叩く。パァン!と快音が鳴り響き、ひりつく頬の痛みで思考を切り替えるとストライクハートが入ったポットをチラ見してモニターを起動すると各機能の最終確認を始めた。
◇
ストライクハートのメンテナンスも終わっていつも通りの日課をこなし、定刻通りに家のチャイムが鳴る。言うまでもなく雪花ラミィのご到着である。
いつもこちらの家まで来てもらうのは申し訳ないと思ってはいるのだが、過去に一回ちょっとしたサプライズも兼ねて少し早めに家を出てラミィのことを迎えに行った際に一悶着起こってしまったことがあるのだ。詳しくは主にラミィのプライバシーの問題で語りはしないが、それ以降はもう諦めて彼女の方から来てもらうことになっている。
来てもらっている以上せめて待たせることのないように急いで荷物を持って駆け足で玄関まで急ぐ。その勢いのままドアを開けて視界に映ったアイスブルーの髪を視認すると声をかける。
「おはようラミィ…って、え?」
開け放ったドアをそのままに思わず固まってしまう。
理由は単純明快。
「あ、悠くんおはよう」
「悠くんおはよー!」
「オーッス!」
「はよ、悠」
「かなた、ココ、それにぼたんも…おはよう…?」
ラミィだけだと思ってきたところにクラスメイトの天音かなた、桐生ココ、獅白ぼたんの姿が見えたからである。皆一様に悠を見るなり挨拶を交わす。悠も整理しきっていない頭でどうにか返事を返すが、予想だにしていなかった人たちの登場にポカンとした表情を変えられずにいると、代表してラミィが微笑を浮かべて伝えてきた。
「かなたちゃんと話してラミィが呼んでみたんだ。今日はバトルロワイヤルでしよ?チームアップをするかどうかとか、初動はどう動くつもりなのかとか、始まる前にみんなで共有できたらなって思って」
「っていうか悠くんが知らなかったことが意外。ラミィちゃん言ってなかったの?」
「あはは…あらかじめ悠くんからストライクハートのメンテナンスでギリギリまで返事返せないかもって聞いてたから。それにちょっとしたサプライズにもなるし…ね?」
ラミィはそう言うとこちらを見て少しイタズラっぽい顔をしてラミィが舌をチロっと覗かせる。どうやら以前のこちらからのサプライズの意趣返しだったらしい。
まんまと引っかかってラミィの予想したであろう反応をしてしまったことに気恥ずかしさと共に苦笑いを浮かべていると、ココが腕をグルグルしながら、ぼたんは腕に取り付けた端末を見ながら話に割って入った。
「オーイ、そろそろ行くか〜?」
「それなりに時間経ってるし、情報共有は話しながらってことで…さ、いこーよっ」
「…ん、そうだね」
休み明け初日から揃って遅刻は流石にまずい。
わずかに駆け足になりつつ、バトロワに向けての情報共有をしながら5人は学園への道を進んでいった。
◇
「あれ、悠くんたちだ。おーい!」
「こらノエル、周りに迷惑!」
太陽まで遮るものが何もない突き抜けるような青空のもと、家を出発してから時間は少し進んできっかりチャイム10分前。雑談とともに諸々の情報共有をしつつそこまで大きくする必要が果たしてどこにあったのかと突っ込みたくなるほどのバカでかいサイズの校門前にたどり着くと、背後から聞き覚えのある陽気な声と共に2人分の足音が近づいてきた。
後ろを振り返ってみればそこにいたのは予想通りの人物、煌びやかに太陽光を反射する銀髪と金髪が特徴的な白銀ノエルと不知火フレアその人であった。
ちなみに先頭を行くノエルが足を踏み出すたびに開け放たれたブレザー越しにたゆんと揺れる双丘を見て隣にいたかなたが死んだ目をしながら「ウギギ…」と天使が発していいのか分からない声を出していたのだが、それに気付いたのは隣にいた悠だけである。
息を切らさずこちらまで合流したノエルとフレアはそのまま歩みを止めずに歩幅を合わせて校門を一緒にくぐる。
「改めておはようみんな!」
「いきなり割って入っちゃってごめんね。初対面もいるし自己紹介しとくよ。私は2年の不知火フレア、こっちが白銀ノエル。悠くんたちとは縁あって知り合ってね、今は仲良くさせてもらってるよ」
「おおっと失敬失敬、白銀ノエルです!よろしくね」
2人と初対面であったココとぼたんが一瞬面食らったかのような顔を見せるが、そういうことならとすぐに自然な表情に戻り道すがら挨拶を交わす。
「桐生ココ!ヨロシクねがいますパイセン!」
「獅白ぼたんです、どーもよろしくッス」
スムーズに挨拶も終わり、先に口を開いたのはフレアだった。
「今日だよね、1年のバトルロワイヤル。調子はどう?」
「ボクはこの前の傷も学園に治してもらいましたしもうバッチリですよ!」
「ラミィも、やりたいこともあるし自分の全力をぶつけるだけです!」
「あはは…みんなやる気満々だね」
「およ?悠くんは何か不調?」
かなた、ラミィ、悠と言葉を続けるが、悠の発言に引っかかって訊ねたのはノエル。言葉にはせずとも気持ちは同じだったのか全員の視線が悠に集中して一瞬面食らうも、誤魔化しはできないと早々に悟って苦笑いを浮かべつつ白状する。
「僕はいたって問題ないんですけど、コイツの方がね…」
チャリッと小さな金属音とともに懐から取り出したのは首からネックレス状に繋げられた青色の宝石。己の相棒であり悠の戦闘方法においては最重要な鍵となる魔法演算補助デバイス、ストライクハートだ。
いつもなら激しく点滅しながら喧しい声で皆と挨拶をしているであろうが、今現在はうんともすんとも言わずに時折小さな駆動音を鳴らしている。
「そういえば朝から一言も喋ってないね。まだ直ってないの?」
「ん、一応最低限戦えるだけの修復はしたんだけどね。間に合わない分はストライクハートの自己修復機能で補ってるところなんだ」
「あっ、ご、ごめんね…団長が依頼に誘っちゃったからだよね…」
悠の言葉を聞いた瞬間に明らかに狼狽えたような声でノエルがそう謝ってくる。おそらくその言葉には、ふたつの意味が含まれていたのだろうと思った。
ひとつは当然ストライクハートの修復が間に合わないほど無理をさせてしまったこと。そしてもうひとつは──
「謝らないでください、ノエル先輩」
なるべく声音を優しく、声をかける。
慰めるためじゃない。自分の気持ちをしっかりと伝えるために。
「で、でも」
「個人的には、むしろ感謝してるんです。僕の因縁の相手の尻尾を少しだけ掴むことができましたし、何よりマシロと出会うことができた」
もうひとつはきっと、自分が誘ったことが発端になってマシロのことで辛い経験をさせてしまったという自責の念なのだろう。
本当に…そんな念を抱く必要なんてどこにもないというのに。ノエル先輩には感謝こそすれ、恨むことなんて何もないのだから。
一度言葉を切ると懐からもうひとつ、ストライクハートより一回りほど大きそうな、やや不揃いな八面体の純白の鉱石を取り出した。
これは言わば、相良マシロの形見のようなもの。『魔鉱石』に侵食されてもなお自我を保っていたが故に残された純白の少女の心のカケラ。
本来ならマシロの祖父であった相良クロナに渡すつもりだったのだが、その本人から「あなたに持っていてほしい」と譲り受けたのだ。
「きっと、あの子もそれを望んでいるはずだから」と…。
そんなことを言われてしまえば、とても受け取らないという選択肢は出てこなかった。
陽の光を取り込んで虹色に淡い輝きを放つそれを見るたびにいろんな感情が溢れ出してくる。いろんな思い出が鮮明に脳裏に浮かび上がってくる。決してその全てが良いものだと言えるわけではないけれど、それでも──
「辛いことも苦しいことも確かにあったけど…それでも、あの日のあの時間は間違いなく僕にとってかけがえのない大切なものになった。後悔なんて絶対にありえません!それはきっと、僕だけじゃない」
チラリとラミィとかなたに視界を移せば、2人とも一歩前に出ると力強く頷いて同意する。
「ラミィも同じです。別れは悲しいもの…けれど、出会わなければ良かったなんて微塵も思っていないから。だから、ありがとうございます」
「そうですよ!ノエル先輩が誘ってくれなきゃマシロちゃんとは出会えなかったんですから!大変ではあったけど、誘ってもらえて嬉しかったです!」
「──っ、そ…っかぁ」
ノエルはまっすぐとこちらを見返す悠たちのその迷いのない瞳を、嘘偽りない笑顔を見て咄嗟に言葉が出てこなかった。
みんなを誘ったことが正しかったのか。それを自分自身に問いかけたら、その答えはきっと今でも未だに迷ってしまうのだろう。
だって辛い思いをしたのは紛れもない事実で、みんながたくさん怪我をして、それでも無茶を押し通して戦わせることになってしまって。
みんなを守るという騎士の本懐すら果たすことができなかったのだと、自分自身に突きつけられてしまったように感じられたから。
恨まれて当然だと思った。
守れなかったのは団長なのだから。
嫌われても仕方がないと思った。
事の発端は紛れもなくみんなを誘った団長なのだから。
3人はそんなこと思わないと分かっていても、心の奥底でチクリと刺さる針が今の今まで抜けなかった。
だからこそ、3人の
「大丈夫だよノエル、別に泣きそうなのを隠さなかったってみんなにももうバレてると思うから」
「なんでそんなノータイムで言っちゃうのフレアぁ!?」
まったくもってフォローになっていないその言葉にノエルが羞恥心のあまり微かに赤くなった顔のままフレアの肩をガシッと掴んでブンブンと前後に激しく動かす。「あばばばっ」とあまりの勢いに頭がブレて見えてしまっているフレアからそんな珍妙な声が聞こえてきて、それを見た悠たちは揃って笑い声を上げる。
きっと、もう大丈夫。
みんなの笑い声がどこか遠く鼓膜を叩く中、ぼんやりと、でも不思議と確信のような何かをもって心の中でそう零す。
あの事件は、結果としていろんな人に傷を負わせることになった。
それは
それでもなお、守れなかった大事な命があった。
これを他人に話せばきっと理不尽に巻き込まれたのだと同情を買ってしまうのだろう。辛かったねと、大変だったねと、不運だったねと。そう言葉を並べられて腫れ物を扱うかのように気を遣われてしまうのだろう。
だとしても、今の僕たちは笑えている。みんなが同じ場所にいて、同じ時間を過ごして、同じ感情を共有している。
きっとそれが1番大事なことだと思えた。
辛かったのは事実だ。大変だったのも事実だ。悲しい別れがあったのも、たしかに事実だ。それでもあの事件が…マシロとの出会いが、不運だったなんて誰にも言わせない。ふざけんなって、笑い飛ばしてやる。
楽しかったんだ。マシロと過ごしたあの時間は。
嬉しかったんだ。マシロと出会えたという事実が。
助けられなかった罪と罰。決して忘れることのできない傷跡はあるけれど、それでも僕たちはそれを胸に刻んで笑って前を向いて生きていく。
それがきっと、他でもないマシロ自身の望みなのだと、そう思えたから。