ホロライブラバーズ『数多の星を照らす者』獲得ルート 作:468(ヨルハ)
「攻めろ攻めろ速攻だ!」
「魔法を使われる前に倒せ!」
「遠距離部隊、撃てえ!」
「…っなるほど、ね」
絶えず響き渡る声、しゃがんで避けた剣が空気を裂き、魔法陣から放たれた火球がジャンプで躱すと同時に地面を焼き焦がす。
チラリと周囲を見渡せば視界に映るのは横にも縦にも広い広大な屋内スペース。残念ながら上を見上げても突き抜けるような青空は屋根によって見えなかったが、横を見れば木の板材で敷き詰められた地面に鉄筋で支えられた壁。悠や他の生徒たちが戦っているここはホロライブ学園を模した仮想空間、公的に「第二体育館」と呼ばれる場所だ。
体育館ということで基本は学園の授業で使われたり部活動に励む学生たちの練習場になったりするが、忘れてはならないのがここがホロライブ学園であるという点。時には能力や対人戦の訓練場としても使われるためかその広さは世間一般の体育館とは一線を画す。目算でも軽く3倍はあるだろう。
つい先ほど開始された今月度のバトルロワイヤル、転送魔法の光に包まれて悠が降り立ったのがすなわちこの第二体育館というわけだ。前回が本校舎の廊下だったことを考えればまだマシなスタートではあるが、それでも屋内という点で若干のマイナスであることには変わらない。ツイてないなあ、と無意識に呟いたのは記憶に新しい。
さて、現実逃避は程々に視線を正面に戻す。
相対するのは実に10人以上の同級生たち、持っている得物が剣や槍、はたまた杖など様々ではあるが、その矛先はひとつ残らず悠に向けて固定されている。
一言で言えば四面楚歌、バトルロワイヤルという舞台であることを考えれば異常と捉えていい状況だ。
異常だと考えた理由は単純明快、人数の割に
バトルロワイヤルという性質上、今共闘している彼らだって本来は敵同士だ。たしかに悠は先月度の優勝者。警戒されて然るべきだし、そのための一時的なチームアップだって考える人はいるだろう。要するに利害の一致というやつだ。
だがしかし全ての人がそう考えるわけじゃない。
漁夫の利、不意打ち、撤退、表向きに味方になりつつ混戦での闇討ち。順位を上げるなり生徒を倒してポイントを稼ぐなりするだけなら方法は他にいくらでもあるし、それは彼らの頭の中にも選択肢としてあったはず。
にも関わらず彼らの意思がひとつに揃ったかのようなこの状況。
加えて言えば、スタート時はランダム転送である以上ここに転送された人たちは誰がどこに配置されるかなんて分かるわけがないはずなのにご丁寧に部隊まで分けられた連携力。急造のチームアップとはとても思えない。
まるで
(あのシステムだけが理由じゃないな、みんなは無事か……?)
敵の波状攻撃を避け続けながら、悠は胸元の未だに
◇
「なーんでボクたちだけじゃなくて
「んなわけないっしょ、猪突猛進などっかのおバカじゃあるまいし」
「はー!?前回のバトロワでトワが言うその猪突猛進なおバカに負けたくせによく煽れたなあ!」
「かなたは過去の栄光に縋るなんて恥ずかしく思わないわけ!?今日で徹底的に負かしてやるから覚悟しなよ!」
「「んぐぐぐぐ……!」」
「…え、ナニコレ」
時は僅かに遡りバトルロワイヤル開始前、場所は理事長室の扉の前。突如放送で呼び出された悠、ラミィ、かなた、ココ、ぼたんはお互いに怪訝な表情を浮かべながら並んで立っていた…というのが数分前の出来事。
そこにやってきた呼び出された最後の1人、僅かに色素の薄い紫のツインテールにペリドットの輝きを宿すツリ目、そして何より特徴的な黒く細長い尻尾を持つ悪魔と呼ぶには少々可愛らしすぎる印象を持つ少女───『常闇トワ』の登場によってものの一瞬で
周囲の声など聞こえてないように声を大にしてギャンギャンと煽り合う2人の姿を見て、他のメンバーがドン引きながら若干距離を取ってしまったのはここだけの話。しかしいつまでもこうしてるのも見苦しいだけだとため息をつきながら動いたのは唯一2人ともと接点があったココだった。
───ゴィンゴィンッ!!
「「いっっでえぇぇ……!!」」
「うわ、痛そう……」
というか拳と頭の衝突で出していい音じゃなかった気がするんだけど本当に大丈夫だろうか。言うなれば硬い鉄球同士がぶつかった時のような感じ。思わず声に出てしまったラミィではないが割と本気で頭蓋が無事なのか心配してしまうレベルである。
「えーと、ココ?これは一体……」
代表して悠が未だにしゃがみ込んで「うおぉ……」と唸っている2人を見てココに問いかける。対してココはどう説明したもんかといった表情で頭をガシガシと掻きながら口を開いた。
「ン?あー、コイツは『常闇トワ』。見ての通り悪魔で私やかなたんと同じ幻想種。偶然マンションの隣の部屋を借りてきてそこからの仲なんだケド…まあ天使と悪魔ってことで顔を合わせるたびにこんな感じなわけよ。仲がいいのやら悪いのやら……」
「天使と悪魔…あぁ、ナルホドね」
やや遅れて「「仲良くない!!」」と非常に息の合った声が聞こえた気がしたがそこは有意義に無視するとして。
無論、その善性と悪性というものもあくまで一種の概念的な話でありそれが必ずしも人にとって天使がいい存在、悪魔が悪い存在となるわけではない。それはココがかなたとトワの2人に対して喧嘩両成敗の対応をとったことから明らかだろう。少なくとも目の前の悪魔の少女をかなたと同じくらいに信頼してる証拠と言える。
まあそれでも根本的に天使と悪魔ではそりが合わないのか過去に世界中を巻き込んだ争いが生じて厄災レベルの被害が出たこともあって、互いの不干渉を誓う『魔天条約』なんかが締結されたりもしたのだが、ここホロライブ学園では種族の垣根を超えるのを大前提としているため良くも悪くもこういうことが起こってしまうのだろう。
「なあにすんだよココぉ!」
「うえぇ、まだ頭揺れてる……」
なんてことを考えてる間にようやく頭の激痛から復帰したかなたとトワがゆるゆると立ち上がってそれぞれ別の反応をとっている。ここまできてまだ全快しないとか真面目にどんな威力で殴ったんだ。幻想種の2人ですらあの状況なら耐久に劣る人間種の僕や
「自業自得だバカ2人。特にトワは初対面も多いダロ、変なイメージ持たれる前に自己紹介しとけー」
「うげ、そうじゃんやっべ」
悪魔の少女の双眸が不意にこちらへと向く。全員と目が合ったのをしっかりと確認すると「んっん!」と咳払いをして仕切り直すように声を張り上げた。
「こんやっぴー!魔界出身の悪魔、常闇トワ様です!ヨロシク同級生!」
「えと、こんやっぴー。僕は星宮悠、よろしくね常闇さん」
「お、合わせてくれるのいいじゃん。でも呼び方はトワかトワ様で!こっちもどうせ名前で呼ぶし」
例によって、と言うのはなんだか失礼な気もするが悠と知り合う少女たちはみな一様に距離感が近いというか、最初から名前呼びを希望する子が多いなとふと思ってしまった。学園外でもいろはなんかもそうだったなと頭の片隅で考えながらフランクに接してきてくれる常闇さん──トワに応えるように返事を返す。
「…ん、そういうことなら。よろしくトワ」
「雪花ラミィです。よろしくねトワちゃん」
「獅白ぼたん、よろしくトワ様ー。ちなみにさっきのは忘れたほうがいい?」
「是非ともそうしてほしいかな。よろしく悠、ラミィ、ぼたん」
ひと悶着ありつつもお互いに自己紹介も終わりつかの間の静寂。そこにタイミングを見計らっていたかのように理事長室の扉が開きスーツに眼鏡というまさに秘書といった風貌の女性が入室を促してきた。
いや、こちらを見るその女性の表情を窺うと一見クールに見えるがどこか生暖かいものを感じる。もはや
気を取り直して揃って入室。この学園で最も立場の上な理事長の仕事場ということでその広さはかなりのものだったが、それに反して置かれているものは見た限りだと機能性を重視した大型デスクや面談用のソファとテーブル、ファイルが敷き詰められた棚など必要最低限のものにとどめられており、どこかミニマリストな気質を感じてしまう部屋だった。
「やあ、無事当人たちでの交流はできたかな?」
その先、中央奥に備え付けられたデスクの先で椅子に腰かけた壮年の男性がいた。
その表情はどこか柔和で、その声はどこか太い芯を感じるような底知れぬ力強さがあった。
一瞬だが、呼吸が止まった。彼が放つ雰囲気に吞まれるような、包み込まれるような、そんな錯覚。
僕たちの何かを見定められるようなその瞳に、出かけた謝罪の言葉が再開した呼吸とともに引っ込んでしまった。
そんな僕たちの様子を見て壮年の男性───ホロライブ学園理事長がわずがに表情を崩した。人を不思議と安心させるような柔らかな笑顔を浮かべて再び口を開く。
「いや、すまないね急に呼び出してしまって。先に言っておくとみんなに何か問題があったからという理由ではないよ。緊張するなとは言わないが気を楽にして座ってほしい」
「あ、ええと…はい、ありがとうございます」
すると後ろに控えていた秘書が僕たちをソファへ促す。テーブルを挟んでふたつ置かれたそれは高価なものなのかサイズもそれなりに大きく6人ともが座っても結構な余裕があった。
「うわ、ふかふかだ」と隣に座ったかなたが小さく零し、そう言ってる間にいつの間に準備していたのか人数分のお茶をテーブルに置いた秘書の人が恭しくお辞儀をすると理事長のすぐ後ろに待機した。
「壇上で顔は見たことがあるとは思うが改めて、ホロライブ学園理事長の谷郷元昭。よろしく頼む、輝かしい才能の原石たちよ」
理事長のその優しくもどこか力を感じさせる言葉に各々が返事を返し、谷郷は続ける。
「キミたちはこの後バトルロワイヤルが控えているだろうから手短にいこう。と言っても、今回呼んだ理由がまさにそのバトルロワイヤルに関係することなのだがね」
「それは、どういう……?」
なんとも焦らすような言い方である。みんなのもっともな疑問を聞いて理事長は一瞬顎に手を当てて思案顔。それはまるで言うべきことは決まっているがどれから説明しようか、と悩んでるように見えた。
最終的に自分の中で整理がついたのかひとつ「うん」と呟くとそのまま続けてきた。
「先に結論から言ってしまおう。此度のバトルロワイヤルから新しいシステムを導入することになってね。君たち6人にはそのテスターになってもらいたいんだ」
「新システムの、テスターですか?」
「あぁ、その名も『バウンティシステム』」
「バウンティ…報奨金?」
真っ先に反応したのはぼたんだった。ぼたんは傭兵でありつつフリーの
「さすが、理解が早くて助かるよ。概要としては過去の成績や実力を総合的に加味して学園側が指定した成績上位の生徒は『バウンティプレイヤー』となってバトルロワイヤルに参加してもらう。バウンティプレイヤーとはその名の通り報奨金が懸けられた生徒…つまりはその指定された生徒を倒せば撃破ボーナスが得られるというシステムだ」
さらにこれで終わりではないと言うように説明が続く。
「バウンティシステムを課せられた生徒にはバトルロワイヤル開始から20分間は追加でふたつの制限が設けられる。ひとつ、サテライトスキャンの常時表示。ふたつ、バウンティプレイヤー同士でのチームアップの禁止だ」
一度そこで言葉を区切ると、皆一様に難しい顔をする。ある意味では当然の反応だろう。だってこれでは…
「あの、質問があるんですけど」
手を挙げながら口火を切ったのはかなた。おそらくみな思うことは一緒なのか口を挟むことはせずかなたと同様に視線を理事長へ向ける。
対して理事長はそうくると分かっていたとばかりに表情は変えずにまっすぐこちらを見つめて応えた。
「何かな?」
「テスターってことはボクたちが今回そのバウンティプレイヤーになるってことですよね。今の話を聞く限りだと、バウンティプレイヤーに選ばれることのメリットが何もないように思えて…」
つまるところ結局はそこだ。
成績上位になってまでわざわざ『バウンティプレイヤー』に選ばれるメリットがまるでない。むしろデメリットしかないと言ってもいいだろう。
撃破ボーナスがかかるということは単純に周囲から狙われやすくなるということ。加えて時間制限があるとはいえサテライトスキャンで常に居場所を捕捉され逃げることも難しい、さらにはバウンティプレイヤー同士という条件こそあるものの数の不利を覆すためのチームアップもできないときた。
これがどれかひとつだけならさして重大な問題ではなかったのだろうが、これら全てが同時に課されるとなるとなかなかに厄介な制約だと言わざるを得ない。
強いてメリットを挙げるとするならば狙われやすい分相手から寄ってきてくれるということだから苦もなく倒せさえすればこちら側も撃破数を盛りやすい点くらいだろう。逆に言ってしまえば本当にそれくらいしか現状メリットを見出せない。いや本当になんだこのシステム。
そう思考しながら絶妙に苦い顔をしてるのを見られたのか理事長から小さな苦笑が返ってきた。
「言葉を切った間が悪かったね。無論、今言ったことだけならその通りだろう。みながそんな顔をするのも無理はない」
「まだ、続きがあると?」
「然り、ここからは選ばれるメリットについてだ。『バウンティプレイヤー』に選ばれた生徒は撃破ボーナスが課せられると同時に生存ボーナスを得ることができる。つまり、周囲から常に狙われる状況でなお生き残ることができたならかなりの加点となると思ってくれればいい」
なるほど、と理解する。
バウンティプレイヤーは学年成績上位者が選ばれる。それこそそれ以外の生徒と対等な条件で戦えば順当に勝ちを拾えるほどの実力者を選定しているのだろう。人の常識では測れない幻想種、傭兵上がりの歴戦の獣人種、膨大な魔力出力量を誇る半妖精族、周りのメンツを見れば一目瞭然だ。
僕も、まあ一応曲がりなりにも先月度バトロワの優勝者だし経験の浅い同級生くらいなら充分勝てるくらいの実力はあるだろう、きっと。
「これ、ボクらもだけど、バウンティプレイヤーに選ばれなかったみんなも結構リスキーになるよね?」
「同感。普通なら戦わず逃げても生き残りさえすれば順位ポイントが貰えるけど、撃破と生存のボーナスがあるんじゃただ生き残るだけだと
かなたとトワが話した通り、これは選ばれた側も選ばれなかった側もハイリスクハイリターンとなり得る施策だ。
選ばれた側は言わずもがな。選ばれなかった側の視点で考えてみれば、成績上位に食い込むためにはより多くのポイントが欲しい、もっと言うなら成績上位者は早めに脱落させておきたいという思考になるはずだ。しかし単身で挑めば勝率は低いし、その場に居合わせた他の生徒と同盟を組むのもある程度の交友がないとリターンよりリスクが勝る。
だが『バウンティシステム』があればそのリスクを上回るリターンが得られる可能性が高くなる。倒せばこちらに撃破ボーナス、倒さなかったら成績上位者に生存ボーナス。ここまで条件が重なれば「協力してでもバウンティプレイヤーを倒さなければならない」と、協力に対してある種の強制力がはたらきやすい。多少のリスクを払ってでも、撃破ボーナスというリターンを取りにいきやすくなる。
「それでも生存重視で隠れる選択肢もアリだと思うな。倒せなきゃ自分の順位が下がるだけだし、仮にバウンティプレイヤーを倒せても消耗して漁夫の利にやられたら本末転倒。あるいは序盤は隠れて消耗した僕たちの方を叩く、なんてやり方もある」
または悠が今言ったようにそういった各ボーナスを無視してでも序盤の交戦を徹底的に避ければローリスクで順位を上げることも可能だ。自分のポイントを上げるという意味で選択肢の幅が広く取れるのは選ばれなかった側の利点だろう。
「そこら辺も含めて、ラミィたちは他の生徒たちの動きを常に予想しながら動かなきゃってことかな?」
「まー実際相手がどう動くかなんて分かんないし出たとこ勝負っしょ?常に奇襲は警戒して余力を残しておくっていうのは大事かもしれないけど」
「全部まとめてブッ飛ばせば解決ダナ!」
「雑ぅ!!」
やいのやいのと言いながら情報を整理していく悠たち。谷郷はその流れを止めないように自然に話を締めにかかる。
「このシステムでみなに培ってほしいのは多対一を含めた様々なシチュエーションの戦闘経験と、有事の際に即座に対応できるだけの適応力と連携力だ。…ふむ、バトルロワイヤル開始まで後僅か、残りの時間はバウンティプレイヤー同士ここで情報整理と意見交換をしたらいい。担任にはこちらから話を通しておこう」
願ったり叶ったりのその提案に悠たちはお礼を言ってすぐに話し合いに戻る。与えられた情報からどう生き残る、どう勝ち進むと早速意見を交わし合う
特定の生徒を贔屓している、生徒間の溝を深める行為、教育者の風上にも置けない。
きっとこの情報が公開されることがあればそういった
先日のときのそらが危惧していたのはまさにこのことだ。
それでも、これはやらねばならぬことだと谷郷は考える。
改めて眼前で意気揚々と作戦会議を続けている類稀な能力を有する新入生たちを見る。
この子たちには、強くなってもらわねばならない。
それは来るべき厄災に対抗しうるために、理不尽を前にした時に自分の足で一歩を踏み出す勇気を持ってもらうために。
これは紛れもなく大人の都合だ。大人たちに取りきれない責任を子どもたちに負わせようとしている。
途方もない罪悪感が心にのしかかる。当たり前だ。子どもを守るのが大人の責任なのに、その子どもたちにこの学園の未来を委ねようとしているのだから。
秘める感情は悔恨、悲壮、無力感。
そして───使命感。
そう、私は、たとえ疎まれても、この選択に己自身を責めることになっても、彼らを鍛え上げなければならない。
打算はもちろんある。しかしそれ以上に、これはきっと彼らにとっても大事な経験になると思ったから。
先日秘密裏に受け取った報告書から星宮悠、天音かなた、雪花ラミィの3人がゴールデンウィークで巻き込まれた事件の事の顛末は知っている。その功績と、そしてどうしようもない理不尽の果てに起きてしまった別れも。
彼らも後悔したのだろう。悲しみに暮れたのだろう。そして、己の未熟さを呪ったのだろう。これから先にも、同じような数奇な運命が3人を…いや、ここにいるみなを襲うかもしれない。
なればこそ、また同じ理不尽を前にした時に、今度は手を伸ばした先に彼らが望んだ未来を掴み取れるように。
足掻け、もがけ、そして戦え、未来ある若人たちよ。その先にあるのが雲外蒼天と信じて。
君たち自身が諦めない限り、我々が、何度でも理不尽を乗り越えるための
〈開始時刻となりました。只今より第1学年バトルロワイヤルを開始いたします〉
唐突に壁に備え付けられたスピーカーからかすかな共鳴音とともに響き渡る機械音声。
瞬間、スイッチが切り替わる。
「──それじゃ、いこうみんな」
「うん」
「いつでもオッケー!」
「よっしゃ!」
「せいぜい暴れてやりますかね」
「やってやるかなぁーっと」
悠が、ラミィが、かなたが、ココが、ぼたんが、トワが、立ち上がって握り拳を作ったり肩を回したりそれぞれが自由に戦いへと備える。
いい意味で自然体、バウンティプレイヤーに選ばれた緊張や気負いはなく、他生徒たちへの油断もない。先ほどまでの話し合いが緊張をほぐし、良い方向にはたらいた結果だろう。
加えて言うならその表情。
ただひたすらに前を向き、上を目指さんとする挑戦者の瞳。現状に留まらず、常に先を見続ける皆のその顔を見て、心の中で安堵と共に激励を送る。
(期待しているよ。見せてくれ、君たちの輝きを)
その次の瞬間、悠たちは転送魔法の光に包まれて理事長室から姿を消した。
◇
(──全く。無事か、なんていらない心配だったな)
不意にバトロワ開始前の出来事を思い出して心の中で薄く笑ってしまう。
そうだ、何も心配なんていらない。
たくさん話した。こうしようああしよう、こう来たらこう対応しよう。
そして、また競い合おうと。
だから、心配するなら皆より自分のことだ。
正面から仕掛けてきた剣持ちと斧持ちの生徒を見据えて、わずかに腰を落とす。
左右からタイミングを合わせてそれぞれが得物を振るう。剣は足を狙った下段斬り、斧は胴を狙った一振り。さらに後方からは、既に魔法の詠唱を始めた魔法使いが2名、淡く魔力光が漏れ出し、瞬きの間に火球と光球が現れる。
(……うん、
前面を完全に生徒によって封鎖され、後方は既に体育館の壁がだいぶ近くなっている。四面楚歌の状況は続き、ことさらに悪くなっている。
それでも、頭は自分でも驚くくらい冷静だった。
相手のことがよく見える。
人数、配置、どう動いてくるか、何を狙っているか、どう追い詰めようとしているのか。
動きだけじゃない、相手のおおまかな戦術思考までぼんやりとだが見えてくる。
悠があの事件を経て最も成長した部分は、ひとえに眼の使い方にあるだろう。
目の前の相手だけを見るのではない、視野を広く、相手ではなく自分も含めた上から戦場全体を捉えるような俯瞰視点。まるで上空を飛ぶ鳥が見る視界のようであることから鳥瞰視点とも呼ばれるそれは、ゆうに数百を超える魔獣と長時間、守るべき仲間と共に戦い続けたが故に強制的に身につける必要性があった
戦場全体を見れるから自分の状況も把握しやすいし、心に余裕もできやすい。
力んだのか僅かに先んじて振られた長剣がトッ、と小さく地面を蹴る音と共に足の下を通過して空を切る。続けざまに悠を打ち落とさんと上から振り下ろされた斧に対しては、伸ばした右手で斧を持つ左手を叩いて軌道を逸らすことで事なきを得た。
しかしまだ攻防は続いている。
接近してきた2人の後方から直線軌道を描いて放たれたのは先ほど視界に収めていた火球と光球。誘導性はない単純な直射型の遠距離魔法、数も推定威力も悠がよく知るラミィの『
長剣を躱わすために跳躍した勢いそのままに斧を持った生徒の肩に足を乗せるとそのまま思いっきり蹴り抜いた。
結果、悠は後方へ弾かれるように距離をとり、斧を持った生徒は体勢を崩し、体がもつれた先には悠を狙ったふたつの魔法。吸い込まれるようにぶつかった火球と光球が爆発音を上げる。
危なげなく両足で着地した悠は視線を上げて状況を確認する。
視界の先には魔法が直撃したにも関わらず煙の中から片膝に手をつきながらも立ち上がる生徒の姿。威力が足りなかったのか、はたまた意地で耐えきったのか、なかなか思った通りにはいかないものである。
「耐えたんだ、やるね」
「ッチ、余裕こきやがって……!」
額に血管を浮かべながらイラつきを隠さないその声に苦笑で返す。
その背後からは今の攻防を見て「なんだよ今の動き…」「魔法も使ってないのに…」とやや困惑じみた声が聞こえてくる。
そう、その言葉の通り──
「だけどそろそろ終わりの時間だぜ前回王者。あの杖さえ使わせなきゃロクに魔法を行使できねえんだろ?」
「……」
指摘通り、今の悠はストライクハートを起動しておらず、服装もバリアジャケットではなく他の生徒と同じ学園制服のままだ。
攻撃を捌けていても、反撃に出られていないというのが現状。徒党を組んだ生徒たちが武器の切っ先をひとつ残らず悠へ向ける。
「常に攻撃の手を緩めずこのまま魔法を使わせなきゃこっちのもんだ。油断して最初に杖を準備しておかなかったのがアンタの敗因さ」
一歩前に出た剣を持った生徒がそう高説を垂れた瞬間、その背後から猛烈なスピードで突っ込んできた人影が悠めがけて拳を振るう。
「ヌンッ!」
「っ……!」
ギリギリ突っ込んでくる直前で攻撃の気配は察知できた悠だが予想以上のスピードに回避は不能と判断して両腕でガードする。しかしお構いなしと言わんばかりに踏み込みそして振り抜かれた拳の威力を吸収しきれずにたたらを踏んで後退させられる。
トン、と背中に何かがぶつかった。
「!」
壁。
体育館の隅、わずかに冷たい感触が制服越しに伝わってくる。
追い詰められた。
「これで終わりだ!遠距離部隊、全員撃て!」
号令とともに火球が、光球が、矢が、風刃が、岩石が、魔法物理問わない一斉掃射が悠を襲う。
逃げ場はない。相手もそれが分かっているからこそ遠距離攻撃が可能な全員で仕掛けてきた。
しかし、悠の表情に焦りはない。諦めはない。
ここまでの流れは、悠にとっては想定内でしかない。
ギリギリではあったが、なんとか
「……マスター!」
そんな機械音声が響いた瞬間、悠は魔法の弾幕の嵐に包まれた。
◇
ストライクハートによる自己修復機能。
これをどこまで継続させるかというのがバトルロワイヤルが開始される直前での悠とストライクハートの議題だった。
その時点での修復率はおおよそ80%。一言で言うなら「戦えないことはないが強敵を相手にするなら心許ない」といったところ。特に耐久性を削っての運用になる以上、長期戦は向かない。強敵相手なら温存なんでできない以上殊更にキツイ戦いになることは分かりきっていた。
だからこそ、『バウンティシステム』の概要を聞いて皆と話してる間に悠とストライクハートは先を見据えてひとつの賭けに出た。
それは、バトルロワイヤル開始後の自己修復機能の継続だ。
当然ながらリスクはある。自己修復機能を使ってる間はストライクハートの起動はできない。つまり、バトルロワイヤル開始後の悠を狙ってくるであろう生徒たちの攻撃を実質魔法を禁止された状態で捌く必要性がある。そこで倒されてしまえばそれこそ本末転倒、みんなと戦う約束を果たせない。
しかし、この賭けをしなければ結局のところ全力を出せない状態での戦いとなり皆に対して不義理を働くことになる。
それだけは、絶対に嫌だ。
迷いはなかった。
決して他の生徒たちを侮ったわけでも油断しているわけでもない。それでも心のどこかでいけるという確信があった。
過去の努力、この学園に入ってからの研鑽、そしてあの事件の経験をしっかりと己の糧にした悠の技術と度量が──
──ロクな実戦を経験していない他の生徒たちに劣る道理などどこにもないのだから。
「──シュート!!」
煙の中から弾丸さながらの速度で飛来した瑠璃色の魔力球が軌跡を描いて倒したと油断しきっていた生徒の後衛部隊をまとめて撃ち抜いた。
警戒の「け」の字もなかった生徒たちはすべからく急所を穿たれて気絶、転送魔法の光に包まれて退場していく。
「……!?!?」
突然に事態に他の生徒たちはパニックになりながらも事の原因に視線を向ける。
煙がまばらに散り、その姿を露にする。
傷ひとつない白を基調に青のラインが入ったロングコートとボトムスに、局所的に硬質パーツが取り付けられており絢爛でありながらやや重厚感を感じさせる
その右手には白と金で彩られた柄に、
相対する生徒たちに杖を向け、件の正体───星宮悠は不敵な笑顔を浮かべる。
「さあ、反撃といこうか」
まっすぐ生徒たちを見据えるその瞳に、輝かんばかりの星の光が宿った。