ホロライブラバーズ『数多の星を照らす者』獲得ルート   作:468(ヨルハ)

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Part42 紫白の魔術師

 

 

 

 全く予想していなかった、と言えばそれは嘘にはなる。

 

 ヒント自体はいくつかあった。

 4月バトロワの翌日に出会った夏色まつりの発言、フレアが言っていた学園序列制度、そして今回のバウンティシステムで指定された20分という中途半端な時間制限。

 考える時間はあったから多少の予想は自分の中では立てられた。

 

 しかし多少の予想はできてもそれはあくまで「まだ自分たちに隠された何らかのシステムがありそう」といった程度のざっくりとしたもの。信憑性なんてまるでない予想に対して心構えなんて当然出来るはずもなく。

 

 

 

「──『極光討矢(アルテミス)』!」

 

「ッ!?」

 

 トワとの戦闘が終わって一息つこうとしたその瞬間、芯に響く鋭い声とともに太陽の光すら霞むような幾重もの極光が天より降り注いだ。

 

 当たらずに済んだのは本当に偶然に過ぎなかった。というか、これに関しては明らかにはじめから悠には当てる気のない攻撃だったのだと思う。悠を掠めるように通り過ぎた光の軌跡は、大地を砕きながらその背後にいた漁夫の利を狙っていたのであろう生徒たちを音もなくのみこんで退場させた。

 

 巻き起こった風が土煙を払う。

 矢と呼ぶにはあまりにも過剰すぎる光の奔流に飲まれた生徒たちの転送魔法の光がかすかに煌めく中、悠は直上を見上げて件の犯人であろう少女を見た。

 

 

 

 小柄な少女である。

 魔道具であろう木製の箒に跨りながらこちらを見据えるその表情は見た目以上に落ち着きと、長く世界を見てきたかのような()()を感じさせる。

 前をパッチリと切り揃えられ一部をお団子にした風に靡く髪は腰ほどまであるほとんど白に近いライトグレー、静かにこちらを見下ろすその瞳は魔性とも言うべき一切の穢れなき金色。

 そして何より目を引くのが、黒と紫で構成されたトンガリ帽子。まるで目のように見えるふたつの模様と、紫の星から覗く球体が可愛らしさの中に言いようのない不気味さを醸し出している。

 

 そんなどこか絵本に出てきそうな格好をした魔法使いの少女は悠と目を合わせると感情の見えない顔から一変してニヘッと悪戯チックな笑顔を浮かべて声をかける。

 

 

 

「はじめまして星宮悠。私は2年生の紫咲シオン、『十傑』第七席でもあるよ。ヨロシクね」

 

「……はじめまして、改めて星宮悠です。よろしくお願いします、紫咲先輩」

 

 一息つく暇もなく急変していく戦場。

 そんな中出会った魔術師(紫咲シオン)魔導師(星宮悠)は、ある種の避けられない運命を悟ったかのように互いを見やって己の得物を握りしめた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「んじゃ、シオンはあの男の子もらうね」

 

「あー、団長も悠くんと戦ってみたかったんやけどー!?」

 

「ざんねーん言ったもん勝ちですー!」

 

 頭の後ろで手を組みながらサラッと大事なことを言ってのけたシオンに対してノエルが頬を膨らませながら抗議し、さらにシオンが子どもみたいに笑いながらその抗議を躱す。

 

 2人の少女が1人の少年をめぐって言い争っている。

 そこだけ切り取れば少年に対してなんと羨ましい状況かと言ってしまいたくなるのかもしれないが、現実としてそれを聞いた周りのメンバーの心情は真逆で、苦笑いを浮かべながら心の中でその少年───星宮悠に向かって合掌をしていた。

 

 

 

「あーあ、ノエルだけならともかくシオンちゃんにまで目をつけられちゃった。ご愁傷様、悠くん」

 

「あはは……あれはもうウチらじゃ止めらんないねえ」

 

「お〜、大変そうだなその人間様も」

 

 上から順に同情、諦観、能天気である。

 

 時間はわずかに遡って悠とトワの決着直後、『十傑』2年生メンバーは各々参加のための準備をしながらの話し合いの最中だった。

 

 話し合いとはすなわち、()()()()()()()()()()()ということ。

 

 バウンティプレイヤー同士の戦いも一度決着し残ったのは悠、ラミィ、かなた、ココ、ぼたんの5人。そして、今ここにいる人数もちょうど5人。事前に通達されていた『バウンティプレイヤーが参戦人数以下になる』という参加のための条件は整ったということである。

 

 転送まであまり時間もないため、モニターでバウンティプレイヤーの戦いを見ていた5人は誰と戦うかはさっさと決める必要があるわけで。

 

 どちらも退かずに抗議し合っているシオンとノエルの間に、唐突に紅蓮の炎が吹き上がった。

 しかしその炎は決して熱くはなく、触れれば残火を散らしながらじんわりとした温かさが伝わってくる、そんな優しい炎。

 

 それでもさすがに虚を突かれたのか2人は咄嗟に身を引きながらポカンとした表情を浮かべ、揃って元凶を見てみればストレートに伸ばしていた煌びやかな金髪をポニーテールに結いながら「仕方ないなあ」といった表情のフレアと目が合った。

 

 

 

「まあ、もうあまり時間もないわけだし……ひとまずシオンちゃんは悠くんで決定ね」

 

「えー!?」

 

 フレアのその発言にノエルが絶叫し、シオンはその影でニヤリと口角を上げる。

 

 

 

「はいはい文句はなし。そもそもノエルと悠くんじゃ強みが全く違うでしょ?それじゃあ()()()()()()()

 

生徒会長(そら先輩)からの通達は『相手の強みを真正面から叩くこと』、空を飛んで魔法を主体にしてる悠くんに当てるならシオンちゃんしかいないからね」

 

 ミオからの補足説明に理解はしつつも納得いってませんと言いたげな声でノエルがぶーたれているがひとまず有意義に無視するとして。

 そして、そういう前提条件があるとすれば自ずと残りの組み合わせも決まってくる。

 

 

 

「そうなるとラミィちゃんは私かな。遠距離メインで氷と炎、楽しくなりそうだ」

 

「ウチは戦闘スタイル的に獅白ちゃんになりそうかな、んでパワー型の天音ちゃんはノエルにお願いするのが一番と」

 

「そーなると消去法で余があのドラゴン娘だな〜」

 

 残りの組み合わせは思いの外サクサクと決まり、代表してミオが指定されたアドレスに組み合わせを送る。

 その間にも他の面々は参戦に向けてストレッチをしたり装備の点検をしたり椅子に座ってボーッとしながら足をプラプラさせたり。若干何か様子がおかしかった人がいた気がしなくもないが、そんなことを考えている間に5人を転送魔法の光が包み込み始める。

 

 

 

「それじゃ、先輩の威厳ってやつを見せてやろー!」

 

「あー!最後だけいいセリフ持ってったー!?」

 

「もー、いつも通りというか何というか……」

 

「まあ緊張するよりマシってことで」

 

「あっひゃっひゃ、みんな楽しそうだな〜!」

 

 なんとも締まらない雰囲気のまま眩い光がさらに激しくなり、その次の瞬間には教室から人の影は完全に消えていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一切の曇りなく太陽の光が降り注ぐ青空の下で、瑠璃と紫白の輝きが縦横無尽に駆け抜ける。

 青空をキャンパスとして描かれるふたつの軌跡。それは側から見ればまるでリアルタイムで描かれる美しい絵画のようで。地上からは1年生が、モニターからは上級生たちが食い入るように見つめてほうっと息を漏らす。

 

 そんなことを知って知らずか、当の本人たちはさらに機動力を引き上げてお互いに声を上げた。

 

 

 

「『炎熱連弾(フレイムバレット)』!」

 

「ディバインシューター!」

 

 天空に映し出されるは瑠璃と紫白の魔法陣。

 大きな円形に複雑怪奇な文字と紋様が描かれ、それぞれの魔力に呼応して光を発し、炎と光の球体を瞬く間に作り上げる。大気すら焦がす灼熱の炎が視界の先で煌々と揺らめく。

 

 魔力の解放、魔法陣の構築、そして魔術の行使。シオンのその一連の行動があまりにもスムーズかつ流麗で、なにより怖くなるくらいに美しかった。

 乾いた笑いとともにゾクッと背筋が凍る。

 悠は思わずこの学園に入ってから初めて出会った魔術師(どうるい)に対して、乗り越えるべき敵でありながらつい見惚れてしまいそうになった。

 

 炎に照らされたシオンがかすかに口角を吊り上げる。子どもっぽく、溌剌に、そして挑発的に。

 それにつられて、悠も少しだけ笑みを浮かべる。

 

 

 

「さあ見せてみて、アンタの魔術を!シオンのこと、ちょっとは楽しませてよ!」

 

「言われずとも……僕の全力で、勝ってみせます!」

 

 

 

 話は変わって、世間一般では魔法を扱う存在を『魔法使い』とひとまとめにされることが多いが、厳密にはそこから枝分かれのようにいくつかの種類に分類される。

 

 まず大きくふたつに分けるとするなら『魔法師』と『魔術師』となるだろう。

 

 『魔法師』とは、詠唱を起動式(トリガー)として想像力(イメージ)を魔法の形とする魔法使いのことである。この学園内ではラミィやかなた、フレアなどが該当する。

 魔法師は総じて先天的な魔力の資質に依存するものが多く、例えば『氷』や『炎』、はたまた『雷』などの固有の魔力特性はどうしても生まれつきのもので後天的に付与することはできない。

 

 また、そういった魔力特性を持っていたとしても魔法を十全に扱えるだけの魔力量を持っていなかったり、魔力を魔法として現実に顕現させるだけの明確で柔軟な想像力(イメージ)がなければロクな魔法は使えない。

 

 つまり、ハッキリと言ってしまえば魔法師と呼ばれる存在はなりたくてなれるものではない。しかし感覚的に魔法を扱う部分が大きいため決まった型のような理論もなく、強くなれるかは本人の魔力量と想像力(イメージ)ありきという不安定さもある存在なのである。

 

 

 

 対して『魔術師』とは、魔法陣を起動式(トリガー)として術式を魔法の形とする魔法使いのことである。当てはまるのは今現在戦っている悠とシオン。

 

 魔法をひとつの学問としてとらえ、多くの人がはるか過去から長い年月をかけて術理を開発し、改良し、最適化し、『魔法言語』を作り上げ、その結果今現在の魔法を──魔術を扱うための『魔法陣』が存在する。

 それはまさに人類の叡智。魔法陣に刻まれた文字や紋様ひとつひとつに意味があり、それらを複雑に組み合わせることで魔力を魔術として構築し行使するというのが魔術師が魔術を扱うためのプロセスだ。

 

 魔法師のそれよりプロセスが複雑で難解である魔術師だが、そのメリットはなにより汎用性にある。

 魔法言語による魔法陣の形はそれこそ無数にあり、攻撃、防御、索敵、はたまた戦闘には関係のない物体の収納や光源を出すだけのものなどもはや魔術というのは魔石や魔道具などに形を変えることで生活の一部にまで幅広く普及している。

 

 また、魔法師のように先天的な特質をそこまで必要とせず、極端な話魔力と魔法陣を構築するための知識があれば子どもでもなれるのが魔術師という存在だ。無論、魔法言語の習得や魔力操作など扱う上で必要な項目は多いが、現代では魔術師を育成するための魔術学校なんかもあり、魔術師になるためのハードルは先天性に依存しがちな魔法師に比べたら低いと言える。

 

 

 

 このように大別される『魔法師』と『魔術師』だが、そこから細分化していくつか別の呼び名が存在する。

 

 魔法師の派生で言えば精霊を扱う『精霊術師(スピリア)』や霊魂を呼び出す『死霊術師(ネクロマンサー)』、魔術師で言えば古今東西あらゆる魔を極めた『賢者』や──魔術と機械駆動を併用した『魔導師』など。

 

 故に、魔術師(シオン)魔導師()は同類であり、魔法師たち(ラミィやフレア)とは同類たり得ない。少なくともシオンはそう考えているし、悠もまたシオンと戦っている間におぼろげにだがそれを理解しはじめる。

 故に、2人の戦いは互いにとってある種特別なものなのだ。

 

 

 

「──ファイア!」

 

「──シュート!!」

 

 火球と光球が惹かれ合うように衝突し相殺される。が、立ち込める煙の中から突き破って飛来してきた更なる火球が悠を襲う。

 それを見て悠は僅かに眉を顰めると飛行魔法である『アクセルフィン』を稼働させて回避を試みるが、火球は複雑な軌道をピッタリなぞるように悠を追従。回避を諦めるとすかさず手のひらを前に、防御魔法の『ラウンドシールド』を展開して防いでみせた。

 

 訪れる僅かな静寂。互いを再び視認して、視線が交錯すると同時に再び動き出した。

 

 縛るものが何もない自由な空。上下左右と全方向に広いフィールドで三次元的な立体機動を披露しながら押して引いての射撃戦を繰り広げる両名。一見機動力も魔術による射撃戦も互角に見えるが、しかして本人たちの心境は少々異なる様相を見せていた。

 

 

 

(魔法陣の連続構築に並列処理の速度が段違いだ!こっちは演算補助デバイス(ストライクハート)もいるのにまるで魔法の展開速度が追いつかない。どんな脳みそしてるんだよ!?)

 

(機動力は完全に負けてるなあ。牽制を増やして動きを制限してるから一見互角っぽく見えるけど、防御の硬さも相まって正面からじゃ捉えきれそうにない。さすがは魔導師、魔術と科学のハイブリッドは想像以上に厄介だ)

 

 悠は悔しげに歯を食いしばり、シオンは口を尖らせながら僅かに目を細める。

 

 互いに警戒度をひとつ引き上げる。

 悠はシオンの魔法陣構築速度と『並列思考(マルチタスク)』による魔術の同時行使の数で敵わず、迎撃するよりはるかに多い物量の魔法弾が撃ち込まれるのを防御魔法(ラウンドシールド)加速魔法(フラッシュムーブ)を駆使してどうにか切り抜ける。

 

 対してシオンは悠の持ち前の複雑な空中機動に『ディバインシューター』の迎撃という防御策によってまともに攻撃を直撃させられない。何発かは当たった気がしなくもないが、それも常に展開されている『バリアジャケット』と『ラウンドシールド』によってまともな有効打になっていないのが現状だ。

 

 攻撃面ではシオンに軍配が上がり、防御面では悠に軍配が上がる。強みが違う2人、それ故に拮抗する戦況に痺れを切らしたのか空中での機動戦を続けながらシオンは声を張り上げて問いかける。

 

 

 

「ねえ!アンタ『魔導師』なんでしょ!?」

 

「……よく知ってましたね、それがどうかしました……か!?」

 

「文献で存在は知ってたけど直接出会ったのはアンタが初めてなんだ。シオンとしてはどうやってその力を身につけたのか、個人的な興味があるんだよ……ね!!」

 

 そんな問答の間にも互いの魔術が絶え間なく目の前の相手を打ち倒さんと飛び交い続ける。

 少女から放たれる紫電が空を駆け抜け、氷塊が大地に降り注ぎ、時には純粋な魔力の放出による閃光が2人を照らす。そんな魔術の嵐を少年はその身ひとつで躱し、盾で防ぎ、射撃魔法で迎撃し、返しの光弾を放つもそれもまた少女によって撃ち落とされる。

 

 両者とも『並列思考(マルチタスク)』を駆使して魔術を同時行使、優勢劣勢が時に入れ替わりながらも戦況は互角、そんな中で投げかけられた問いに悠は少しの逡巡ののちに答える。

 

 

 

「……故郷が魔導師の輩出に力を入れてたってだけですよ。子どもの時から魔力量はあったのでその流れで」

 

「へえ、じゃあやっぱり()()ミッドチルダの出身か。もう滅んだって聞いたけど!!」

 

「──ッ!」

 

 ギリッと歯軋りをたてる音が聞こえた。

 

 あっやべっ、とシオンは己の失言を悟った。

 故郷が滅亡した、など少なくともほぼ初対面の相手に指摘されて嬉しい言葉ではないだろう。おそらく彼にとって触れられたくない事柄、踏み込まれたくない領域に不用意に入り込んでしまったのだと自覚してしまう。

 

 眼下の悠を見てみればさっきまでの激しい動きが嘘のようにピタリと空中で動きを止めて、青い宝石が嵌め込まれた杖を両手で握ったまま俯いておりその表情は窺えない。

 

 

 

 ───あっこれもしかして結構な地雷踏んだ?

 

 ダラダラと冷や汗が流れてくる。

 

 ……いやいやたしかにいきなりこの話題ぶっ込んだのはシオンだけどあの子だって普通に受け答えしてたし、あーでも答える前に黙った時間があったような……もしかして先輩からの質問だったから拒否できなかったとか?そもそも怒ってると決まったわけじゃ、あー完全に足止まってるじゃん俯いてるじゃんどう考えても怒ってるじゃん。いや正直ゴメンて。ここまで互角に戦えると思ってなかったからつい昂っちゃって、ちょっとした興味本位というか知的好奇心が疼いたというか、とにかくわざとってわけじゃなくて……ってかシオンとしては黙ってないでなんか喋ってほしいというかなんというか──

 

 頭の中でぐるぐると言い訳じみた思考が巡りシオンもつい足が止まってしまう。

 

 さすがに謝るかーでも今思いっきり戦闘中だしなー。ほらあの子も杖を握り直してこちらに向けてめっちゃ魔力をチャージしてるし、足元にひとつと杖を取り巻くように円環状が四つ魔法陣が構築されてるし。ってか本当に見るたび思うけど綺麗というか丁寧な魔法陣だよなー性格がよく出てるというか……って

 

 

 

「──バスター!!!」

 

「っちょおい!?」

 

 杖───砲撃形態(バスターカノンモード)に移行させたストライクハートからうねりをあげて放たれた瑠璃色の魔力の奔流がギリギリで緊急回避に成功したシオンの体を掠めて制服の端を消し飛ばした。

 自身の急速旋回と砲撃による突風で吹き飛ばされそうになった魔女の帽子を片手で押さえながら体勢を整えて、シオンは眼下の悠を見ると恨めしげに、

 

 

 

「ちょっとお!いきなりそれはズルいんじゃない!?」

 

「それ、いきなりあんな話題振ってきた先輩が言います?」

 

「うぬっ……」

 

 ゆっくりと顔を上げた悠の表情を見ると、かすかに笑っていた。

 そこに怒りはなく、悲しみや憎悪もない。目の前の相手(シオン)に対して目を逸らさずに真正面から言い返してくる。

 

 星のように煌めく瑠璃の瞳が、まっすぐシオンを射抜いてくる。

 

 

 

「……怒ってないの?」

 

 今一度、問う。

 さっきのシオンの言葉で悠は足を止め、歯軋りを立てて、俯いた。少なくとも悠の中で何かしら感情が揺れて、葛藤があったのは間違いないはずだ。怒っていたのかもしれないし、悲しんでいたのかもしれない。そこまではシオンには読み解けなかった。

 

 でも、今の彼からはそんな感情は見えてこない。

 不敵に笑い、まっすぐ見てきて、対話でもからかうように意趣返しをしてきた。もしシオンに対して怒りがあるならば、今こうして静かに向き合う時間は訪れなかっただろう。

 

 

 

「……思うところがあったのは、否定しません」

 

「……」

 

「でも、別に怒ってはいませんよ」

 

「えっ?」

 

 ポカンとした顔をする彼女に対して柔らかく笑いかける。

 

 たしかに、シオン(せんぱい)にミッドチルダのことを言われた瞬間、思考が止まった。直後、いろんなことを思い出して、再開した思考がぐるぐると頭の中を巡った。

 

 ミッドチルダの滅亡、それは星宮悠(ぼく)という人間を構成する上で切っても切れない出来事だ。だってあれは僕にとって最初の記憶であり、最初に見捨てた場所であり、今に至るまで続く悔恨の象徴だから。

 

 あの日をやり直せたら、違う選択肢をとっていたら、今とは違う未来になっていたのだろうか。そう想像したのは決して1度や2度ではない。

 たとえあの狂人の傀儡になったとしても、あの場で己の中に造られた力を振るうことができれば、救えた命があったのではないだろうか。

 父と母は、死なずに済んだのではないだろうか。

 マシロは、あんな目に合わなかったのでないだろうか。

 過去を思い返すたびにそう考えずにはいられなかった。

 

 自分の過去の選択を、いつだって後悔する。

 10年前も、3年前も、つい先日のゴールデンウィークでも、自分が関わったことで誰かが傷ついていく。それが悔しくて、悲しくて、どれだけ必死に掴もうとしても救いたいものはいつも両手から零れ落ちていく。

 それはまるで自分の選択が、過去が、間違っているのだと言われているようで。

 でも、

 

 

 

「どんな過去だったとしても、それはすべて現在(いま)に繋がってる」

 

 過去の選択によって後悔した。

 それと同時に、過去の選択があったからこそ出会えた人がいた。

 

 笑ってくれた。

 一緒に戦ってくれた。

 共に背負うと、隣に寄り添ってくれた人がいた。

 

 それらは間違いなく後悔した過去を選んだ『現在(いま)』だからこそ出会えた人たちで、違う選択をしていたらきっと出会うことのなかった人たち。

 後悔があっても、辛く苦しい過去だったとしても、それらは決して間違ってなんかいないのだと。彼女たちと出会えた今の自分は、強くそう思えるから。

 

 だからこそ、もう過去を否定したりしない。

 過去の自分に怒るのは、もうやめた。

 

 

 

「後悔した過去も全部ひっくるめて、今の僕だから!」

 

「……そう」

 

 正直に言って、今ので彼の全てが分かったわけではない。過去に何があったのか、何を後悔したのか、想像はできても結局はそこ止まり。

 でも、シオンを見つめてそう言い切ってみせた彼の表情は、年相応で、晴れやかで、少し眩しかった。

 

 なら、それでいいかと思った。

 

 シオンは基本的に他人に対してそこまで興味を持つことはない。

 もちろん最低限の人付き合いはするし、同じ『十傑』の面々とは友達と言える関係性だ。しかし、こと初対面が相手だと話も変わる。

 人間関係なんて考えるだけでややこしいし、そんなことに頭を使うくらいなら魔術の研究と研鑽に勤しんだほうがよっぽど有意義だと考えるタイプだ。初対面の赤の他人に嫌われようと、シオンはさして気にしたりしない。()()()()()()()()()()()()()

 

 故にシオンが他人を気遣う判断基準は()()()()()()()()()()()()()という一点のみ。

 彼にとって幸か不幸かは定かではないが、要するに悠はシオンのお眼鏡にかなったというわけで。

 

 ───話したいことも知りたいこともたくさんあるし、この戦い(バトロワ)が終わったら研究室に呼び出してみるかなー。

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、

 

 

 

「一応、謝っとくよ。ゴメン、いきなりあんな話して」

 

「あ、いえ……さっきも言いましたけど、気にしてませんから」

 

「おっけ、んじゃこの話はここまで。そして……」

 

 燐光が揺らめく。

 それは、シオンから溢れ出した魔力が見せる感応現象。ライトグレーの長髪が無重力空間にいるかのように緩やかに浮かび上がり、その輪郭が淡い光に覆われる。

 

 悠はそれを見ると一瞬目を見開き、応えるようにストライクハートを握りしめると己の魔力を解放する。

 金色と瑠璃の瞳が、刹那の間で互いを見つめ合う。

 

 

 

「改めて始めよっか。シオンたちだけの魔術戦(たたかい)を!」

 

「負けられない理由がある。だから、全力で乗り越えます!」

 

 紫白と瑠璃の輝きが、青空を二色に染め上げた。

 

 

 

 

 




<TIPS>
『紫咲シオン』
 ホロライブ学園2年生にして学園最高評議会『十傑』第七席の少女。
 この学園に入る前は有名な魔術学校を飛び級かつ首席で卒業したとして「魔術師稀代の天才」と呼ばれるほどであった。
 本人は真面目でありながらもどこかからかいたがりな一面もある。


『魔術師』
 魔法陣を起動式(トリガー)として術式を魔法の形とする魔法使いの総称。
 魔術学校などの存在から魔術師自体の母数はそれなりにいるが、実戦をこなせるほどの練度と知識を有した者はシオンを含めほんの一握りのみである。





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