ハルウララに転生したので、勝つために走ります   作:飯落ち剣士

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出走、さあ目指す場所へ

 アラームを止め、起床する。ハルウララ(わたし)の体はどうやら朝に弱いらしくまだ少しぼんやりするが、そんなことは言ってられない。すでに起きていたキングに挨拶して、洗面所で流石に見慣れてきた顔を洗う。朝食を食べる頃にはすっかり目は覚めていた。

 

 今日は担当トレーナーとの初練習。メイクデビューが6月であることを考えれば1日も無駄にはできない。できない、はずなのだが……。少しもやもやを抱えたまま、指定された練習コースに向かう。時間30分前だが、トレーナーはすでにやってきていた。

 

「おはようトレーナー」

 

「おはようハルウララ。昨日はちゃんと休めた?」

 

「うん、でも……なんでいきなり休みにしたの?」

 

 そう。一昨日担当トレーナーとして登録してから、彼女が最初に出した練習指示が『明日は休み』。一応指示には従って昨日は練習をしなかったが、その指示の理由は聞いておきたかった。

 

「なんで……って。君、昨日までは模擬レースの筋肉痛残ってただろう? そんな状態で走らせるわけないじゃないか」

 

 彼女はさも当然といった顔で言い放つ。しかし、俺はまたしても首をかしげる。

 

「筋肉痛程度で休ませるの?」

 

 それは……少し慎重が過ぎる。これからも筋肉痛なんていくらでも経験するだろうし、その度に休まされていたらキリがない。

 

「もちろん、ただの筋肉痛なら休ませない。ただその理由を話す前に、今後の練習方針を話そう。それにも関係するしさ」

 

「……わかった」

 

 本当に大丈夫だろうか。中央のトレーナー資格を持っている以上知識はあるだろうが、彼女は一年目の新人トレーナー。経験がないから慎重になりすぎているということも考えられる。

 

「うん、じゃあ一つ確認。今のハルウララに1番足りないものはなんだと思う?」

 

「わたしに、1番足りないもの……?」

 

 『全部!』とかいう引っ掛け問題を疑うが、そんなわけもない。少なくともトレーナーはその答えを考えている、ということだろう。となると、模擬レースの時を思い出して……。

 

「スタミナ、かな」

 

 マイルであの体たらくだ。基礎的な体力をまずは身につけろ、ということだろうか?

 

「いや、違う。最終直線でのあの伸びを考えれば足りてると思うし、そうでなくてもジュニアの短距離なら十分な方だよ」

 

 あれを毎回やれる、とは思って欲しくないが……そうか。そうなると、模擬レース前に出した結論の方か? 根本的なトップスピードが違うっていう。

 

「じゃあスピード?」

 

「いや。たしかにスピードも足りてはいないけど、違う」

 

「じゃあ、いったい何が足りないの?」

 

「知識」

 

 困惑して頭を捻る俺に、トレーナーは簡潔な二文字で答えた。それから、その答えの根拠を話し始める。

 

「模擬レースで特に顕著だったのは、最初にグラスワンダーをマークしようとしたこと。あれは、少なくとも今の君には良くない作戦だ」

 

「そうなの?」

 

 むしろ知識不足を補うための工夫だったし、結局スタミナで離された。あれが反省点とは全く思わなかった。

 

「徹底マークは、相手にプレッシャーをかけてこそその真価を発揮する。その上で、君の下馬評や実力、雰囲気まで加味すると……()()()()()()()()()()()()()()。だからプレッシャーはかからないし、コース取りで無駄にスタミナを削るだけの結果になる」

 

 ……なるほど。言われてみれば納得だが。初日から結構厳しくものを言う。嫌なわけではないけれど、先程考えていた『慎重になっているかもしれない』という懸念は忘れて良さそうだ。

 

「知識が足りないって言うのはそれだけじゃない。走り方も問題がある」

 

「走り方……?」

 

 それはむしろ問題ないというか、前世のアドバンテージが活きているものだと思っていたが。

 

「うん。君の走り方は明らかに短距離を想定して……どうしたの?」

 

「いや、なんでも」

 

 その指摘で明らかに渋い顔をしてしまう。言われてみればその通りだ。逆にこれは気がつかなかった自分が馬鹿。

 

「あんな走り方をヘロヘロになった時にやり続けてたらどこか痛める。まあそういう懸念もあって昨日は休ませました。何か質問は?」

 

 ない。まっっったくない。ただただ頷くしかない。中央のトレーナー資格は伊達じゃ取れないよな……数分前の疑ってた自分が申し訳ない。

 

「トレーナー、すごいね」

 

「トレーナーとして、これくらいは前提知識だよ。だから、本当に話したいのはここから」

 

 俺の賞賛にしかし、彼女はこともなげに首を振る。そして彼女の本題だというそれを切り出した。

 

「ハルウララ。君の、目標を決めよう」

 

「わたしの、目標」

 

「うん。特にクラシックでどの路線を目指すのか決めたい」

 

 クラシックの路線は、大きく分ければ2つ。クラシック三冠と、トリプルティアラ。それらはどちらもトップクラスの栄誉を誇るレース群。キングの言葉を借りれば『一流』だけが出ることを許されるレース。そんな舞台の名前を、トレーナーは出した。

 

「トレーナー」

 

「うん?」

 

「無茶言ってもいいってことだよね?」

 

「無茶ではないと思うよ」

 

 そのやりとりで確信に変わる。この人は、わかってて目標を聞いている。学園最弱とも目されるハルウララが、これから言い出す阿呆を期待すらしている。

 

 思い浮かべるのは、同期の友人たち。同室の彼女。あるいは、先月の皐月賞を見たこともその要因かもしれない。

 

「わたし、クラシック三冠でみんなと走りたい」

 

「……走りたい、でいいの? 私がスカウトした時の威勢はどこに行ったのかな?」

 

 ……性格の悪いことを聞く。熱いことを言ってスカウトしたと思えば飄々とこんなことも言う。この女の真意は俺はいまいち測れなかった。けど、たしかに今のは良くない弱気だった。『走るだけで楽しいから』そう言っていたハルウララ(わたし)じゃなくて、『勝つことを諦めた』俺が、走りたいで終わらせたら、それは逃げだ。

 

「クラシック三冠で勝ちたい。手伝って、トレーナー」

 

「うん、了解。一緒に、魂を勝ち取(winning the soul)ろう」

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