ハルウララに転生したので、勝つために走ります   作:飯落ち剣士

12 / 13
1歩目、彼女が踏み出せた理由は

 6月。中央に所属するウマ娘のデビュー戦、通称"メイクデビュー"が解禁される月だ。日本ダービーの翌週から続々と、この世代のウマ娘たちはデビューしていくことになる。

 

 メイクデビューに出ることは強制ではないのでデビューを遅らせてもいいのだが、俺とトレーナーは今月東京で開催されるメイクデビュー戦──芝1200mの短距離戦に照準を絞った。

 

「……んだけど、その次はまだ決めてないよ」

 

 クラシック三冠路線の話は意図的に伏せて、私は話をそう締め括る。それはなんとなくみんなには伏せておきたかった。なぜなら──ここいるみんなは、クラシック三冠路線の大本命。

 

 昼食をキングと食べるために食堂に向かったところ、ばったり他の同期組全員と出会って、こうしてみんなでご飯を食べがてら情報──主に自分がどのレースに出るか──の共有をしているわけだ。

 

 私はとりあえず芝の短距離戦から、グラスワンダーは芝のマイルから、セイウンスカイやスペシャルウィーク、キングヘイローは芝の中距離から。通る道は違うが、全員、クラシック三冠に一度収束する。選ばれたものしか出れないレースだが……彼女たちなら、必ず出てくるだろう。

 

 そして──エルコンドルパサーの選んだルートは、少し意外だった。

 

「エルは──『ジャパンカップ』を目指しマス! 世界を見据えて!」

 

「へえ、それはそれは」

 

 ……まあ、つまりエル以外はいずれぶつかる相手。いや、クラシックが終わりシニア級に入ったらエルにもぶつかるだろう。負けたくないな、と思って別れる。高笑いするキングヘイローも、彼女を弄るセイウンスカイも、何にでもデスソースをかけるエルコンドルパサーも、彼女のそれを嗜めるグラスも、どう考えても盛り過ぎのご飯を食べるスペシャルウィークも、全員、同世代の怪物にして友人だ。

 

 戦いたいし、勝ちたい。だから昼食を食べ終わった後、トレーナーのもとへ向かう。芝でひたすら走り、体が動かなくなったらレース知識を叩き込む、かなりのスパルタトレーニングだが、今のところはついていけているし、何より着実に力がついてる実感もある。

 

 ある、が──俺もトレーナーも、練習最後には必ず渋い顔になっていた。その理由が、今トレーナーが止めたストップウォッチ。1600mのタイムを計るのが練習終わりの日課になっている、のだが。

 

「ぜえ……ぜえ……どうだった?」

 

「ううん、だめだ。昨日より縮んではいるけど……過去のレースを鑑みるに、これじゃあクラシックは夢でしかないだろうね」

 

「そう……」

 

「せめてあの時の末脚が出せれば……勝負は、できるかもしれないけど」

 

「わたしもやろうとしてるんだけどね、難しいな」

 

 模擬レースの時のタイムを、越えられないのだ。もっと正確に言えば、あの時の最終直線の感覚がない。再現性のない、偶然の末脚だったと思ってしまうほど。練習の初めに計った時も大差なかったので、練習の疲れが影響とは言い切れない。

 

 あの末脚が再現できずマイルでタイムを出せない以上、短距離からデビュー戦という苦肉の策を取るしかないわけだ。それがクラシック三冠路線へは遠回りなのは知りつつ。

 

 せめて何かこう、きっかけさえあれば……。

 

「じゃあ今日はとりあえずここまで。ハルウララ、お疲れ様……と。そういえば」

 

「そういえば?」

 

「今週末のダービー、誰かと見にいく予定ある?」

 

「うん、キングと見に行こうかなって」

 

「そのことなんだけど……ダービーの日、休みの予定だったけど、観た後学園戻ってこれる?」

 

「……! うん、できるなら練習したいと思ってた」

 

「OK、じゃあそういうことで今日は解散。お疲れ様」

 

「ありがとう、お疲れトレーナー」

 

 トレーナーに手を振って、今度こそ自室に戻る。

 

 

「とまあ、最近のトレーニングはそんな感じです」

 

「承知! ご苦労、よくやってくれている!」

 

「いえ、トレーナーとしての仕事をしているだけですので……」

 

 ハルウララと別れた後、私は定期報告のために秋川理事長の元を訪れていた。年頃の少女にしか見えない彼女が、"中央"のトップ。彼女が動くだけで新しいレースを作ることだってできるほどのお偉いさんだ。会うたびに、肩に力が入る。

 

「お茶淹れました、どうぞ〜」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 その肩の力を見透かされたか、理事長秘書の駿川さんがお茶を勧めてくれた。ありがたく頂くと、緊張は少しほぐれた……ような気がする。ふぅ、と息を吐いて。今日の本題を話し始める。

 

「ハルウララの、話なんですけど」

 

 理事長も、駿川さんも、黙って聞いている。静かな部屋で、私の声だけが響く。

 

「あの子は……なんで、この学園に入れたんですか? レースの能力はどう考えても足りないのに」

 

 それは、心からの疑問。エリート揃いのトレセン学園に、あの少女の居場所がある不可解。

 

「……返答ッ! 彼女には他のウマ娘にはない、唯一無二の武器がある!」

 

「……ッ! まだ未熟な私には、その武器が見つけられていません! それどころか、ハルウララは……今まで見てきたウマ娘の中で、一番遅いとすら感じています!」

 

「あの子には長距離を走れるスタミナも、短距離で飛ばせるスピードも、中距離で鎬を削れる総合力もない! 何が武器なんですか!?」

 

 だから、教えて欲しい。私は彼女を勝たせたいけど、私には彼女をどう勝たせたらいいのかわからないから。

 

「……では。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 優しい声で、たづなさんが問いかけてくる。

 

「『長距離を走れるスタミナも、短距離で飛ばせるスピードも、中距離で鎬を削れる総合力もない』、そんな彼女を」

 

 ……それは。

 

「開示ッ! 彼女の唯一無二の武器で、我々が彼女の入学を認めた理由は……『彼女の走りは、誰もが応援したくなるから』である!」

 

 続けざまに、あっさりと理事長が言い放った言葉に、私は絶句するしかない。無茶苦茶だ、と思う。しかし、それが武器になる、というのは……模擬レースで、見たあの光景と一致するようにも思えた。けど。

 

「理事長」

 

 私は、八つ当たりのように、上司に言葉をぶつけた。

 

「じゃあ、彼女は勝たなくてもいいってことですか? 応援されて走り続けられれば、それで?」

 

「否定ッ! それは、君もわかっているはずだ!」

 

「……申し訳ありません、よくない発言でした」

 

 謝罪をする。この質問はたしかに自明で、よくないものだった。けれど、釈然としない想いが残ったのも事実だ。どこか自分の中の『ハルウララ』像と理事長の『ハルウララ』像が一致していない気がした。

 

 が……今日のところは、このくらいにしておいた方がいいだろう。

 

「報告は、以上です。ありがとうございました」

 

「ええ、困ったことがあったら相談してくださいね」

 

「わかりました」

 

 部屋の扉を開けて、外に出る。ハルウララを勝たせなきゃいけないと、自分はかなり焦っていた。それを、今回改めて自覚した。上司に突っかかるほどにか。

 

「誰もが応援したくなるウマ娘、か」

 

 それはもしかしたら、ハルウララ自身も──?

 

 彼女がよく見せる顔を思い出す。不安と悔しさが入り混じったあれは、でも間違いなく勝ちを望む顔だ。なら、私はそれに応えなければ。

 

 夜が更ける。日本ダービーは、すぐそこに迫っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。