ハルウララに転生したので、勝つために走ります 作:飯落ち剣士
6月。中央に所属するウマ娘のデビュー戦、通称"メイクデビュー"が解禁される月だ。日本ダービーの翌週から続々と、この世代のウマ娘たちはデビューしていくことになる。
メイクデビューに出ることは強制ではないのでデビューを遅らせてもいいのだが、俺とトレーナーは今月東京で開催されるメイクデビュー戦──芝1200mの短距離戦に照準を絞った。
「……んだけど、その次はまだ決めてないよ」
クラシック三冠路線の話は意図的に伏せて、私は話をそう締め括る。それはなんとなくみんなには伏せておきたかった。なぜなら──ここいるみんなは、クラシック三冠路線の大本命。
昼食をキングと食べるために食堂に向かったところ、ばったり他の同期組全員と出会って、こうしてみんなでご飯を食べがてら情報──主に自分がどのレースに出るか──の共有をしているわけだ。
私はとりあえず芝の短距離戦から、グラスワンダーは芝のマイルから、セイウンスカイやスペシャルウィーク、キングヘイローは芝の中距離から。通る道は違うが、全員、クラシック三冠に一度収束する。選ばれたものしか出れないレースだが……彼女たちなら、必ず出てくるだろう。
そして──エルコンドルパサーの選んだルートは、少し意外だった。
「エルは──『ジャパンカップ』を目指しマス! 世界を見据えて!」
「へえ、それはそれは」
……まあ、つまりエル以外はいずれぶつかる相手。いや、クラシックが終わりシニア級に入ったらエルにもぶつかるだろう。負けたくないな、と思って別れる。高笑いするキングヘイローも、彼女を弄るセイウンスカイも、何にでもデスソースをかけるエルコンドルパサーも、彼女のそれを嗜めるグラスも、どう考えても盛り過ぎのご飯を食べるスペシャルウィークも、全員、同世代の怪物にして友人だ。
戦いたいし、勝ちたい。だから昼食を食べ終わった後、トレーナーのもとへ向かう。芝でひたすら走り、体が動かなくなったらレース知識を叩き込む、かなりのスパルタトレーニングだが、今のところはついていけているし、何より着実に力がついてる実感もある。
ある、が──俺もトレーナーも、練習最後には必ず渋い顔になっていた。その理由が、今トレーナーが止めたストップウォッチ。1600mのタイムを計るのが練習終わりの日課になっている、のだが。
「ぜえ……ぜえ……どうだった?」
「ううん、だめだ。昨日より縮んではいるけど……過去のレースを鑑みるに、これじゃあクラシックは夢でしかないだろうね」
「そう……」
「せめてあの時の末脚が出せれば……勝負は、できるかもしれないけど」
「わたしもやろうとしてるんだけどね、難しいな」
模擬レースの時のタイムを、越えられないのだ。もっと正確に言えば、あの時の最終直線の感覚がない。再現性のない、偶然の末脚だったと思ってしまうほど。練習の初めに計った時も大差なかったので、練習の疲れが影響とは言い切れない。
あの末脚が再現できずマイルでタイムを出せない以上、短距離からデビュー戦という苦肉の策を取るしかないわけだ。それがクラシック三冠路線へは遠回りなのは知りつつ。
せめて何かこう、きっかけさえあれば……。
「じゃあ今日はとりあえずここまで。ハルウララ、お疲れ様……と。そういえば」
「そういえば?」
「今週末のダービー、誰かと見にいく予定ある?」
「うん、キングと見に行こうかなって」
「そのことなんだけど……ダービーの日、休みの予定だったけど、観た後学園戻ってこれる?」
「……! うん、できるなら練習したいと思ってた」
「OK、じゃあそういうことで今日は解散。お疲れ様」
「ありがとう、お疲れトレーナー」
トレーナーに手を振って、今度こそ自室に戻る。
*
「とまあ、最近のトレーニングはそんな感じです」
「承知! ご苦労、よくやってくれている!」
「いえ、トレーナーとしての仕事をしているだけですので……」
ハルウララと別れた後、私は定期報告のために秋川理事長の元を訪れていた。年頃の少女にしか見えない彼女が、"中央"のトップ。彼女が動くだけで新しいレースを作ることだってできるほどのお偉いさんだ。会うたびに、肩に力が入る。
「お茶淹れました、どうぞ〜」
「あ、ありがとうございます」
その肩の力を見透かされたか、理事長秘書の駿川さんがお茶を勧めてくれた。ありがたく頂くと、緊張は少しほぐれた……ような気がする。ふぅ、と息を吐いて。今日の本題を話し始める。
「ハルウララの、話なんですけど」
理事長も、駿川さんも、黙って聞いている。静かな部屋で、私の声だけが響く。
「あの子は……なんで、この学園に入れたんですか? レースの能力はどう考えても足りないのに」
それは、心からの疑問。エリート揃いのトレセン学園に、あの少女の居場所がある不可解。
「……返答ッ! 彼女には他のウマ娘にはない、唯一無二の武器がある!」
「……ッ! まだ未熟な私には、その武器が見つけられていません! それどころか、ハルウララは……今まで見てきたウマ娘の中で、一番遅いとすら感じています!」
「あの子には長距離を走れるスタミナも、短距離で飛ばせるスピードも、中距離で鎬を削れる総合力もない! 何が武器なんですか!?」
だから、教えて欲しい。私は彼女を勝たせたいけど、私には彼女をどう勝たせたらいいのかわからないから。
「……では。
優しい声で、たづなさんが問いかけてくる。
「『長距離を走れるスタミナも、短距離で飛ばせるスピードも、中距離で鎬を削れる総合力もない』、そんな彼女を」
……それは。
「開示ッ! 彼女の唯一無二の武器で、我々が彼女の入学を認めた理由は……『彼女の走りは、誰もが応援したくなるから』である!」
続けざまに、あっさりと理事長が言い放った言葉に、私は絶句するしかない。無茶苦茶だ、と思う。しかし、それが武器になる、というのは……模擬レースで、見たあの光景と一致するようにも思えた。けど。
「理事長」
私は、八つ当たりのように、上司に言葉をぶつけた。
「じゃあ、彼女は勝たなくてもいいってことですか? 応援されて走り続けられれば、それで?」
「否定ッ! それは、君もわかっているはずだ!」
「……申し訳ありません、よくない発言でした」
謝罪をする。この質問はたしかに自明で、よくないものだった。けれど、釈然としない想いが残ったのも事実だ。どこか自分の中の『ハルウララ』像と理事長の『ハルウララ』像が一致していない気がした。
が……今日のところは、このくらいにしておいた方がいいだろう。
「報告は、以上です。ありがとうございました」
「ええ、困ったことがあったら相談してくださいね」
「わかりました」
部屋の扉を開けて、外に出る。ハルウララを勝たせなきゃいけないと、自分はかなり焦っていた。それを、今回改めて自覚した。上司に突っかかるほどにか。
「誰もが応援したくなるウマ娘、か」
それはもしかしたら、ハルウララ自身も──?
彼女がよく見せる顔を思い出す。不安と悔しさが入り混じったあれは、でも間違いなく勝ちを望む顔だ。なら、私はそれに応えなければ。
夜が更ける。日本ダービーは、すぐそこに迫っていた。