ハルウララに転生したので、勝つために走ります   作:飯落ち剣士

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ハルを騙るものと王を喧伝する友

「ウララさん。話を、しましょう」

 

 彼女の気高い眼にその動きを射止められ、俺が最初に思ったことは『どうして?』だった。

 

「帰ってトレーニングするんじゃなかったの?」

 

 実際にはキングヘイローがそれをすると断言したわけではない。けれど彼女はあのレースの熱に当てられていたように見えたし、そうなれば当然帰ってからも門限まで研鑽を積むものだと思っていた。

 

「早めに切り上げたわ。あなたと話をするために」

 

 よく見れば、彼女はレース観戦の時の制服から寝巻きに着替えている。おそらくトレーニングの後、流した汗を風呂で洗い流してきたのだろう。

 

 なんにせよ……彼女は練習を途中で切り上げて、俺との会話を優先したということになる。

 

「ここ、座りなさいな」

 

「いや、わたしは別に立ったままでも……」

 

「ウララさん」

「……私から、逃げないで」

 

 部屋を入ってから、キングヘイローが言葉にはずっと有無を言わさぬ迫力があった。前世まで含めれば俺が年上だというのに、年下の少女にただ従うしかないほどに。

 

 しかし──今の声は違う。悲壮な、縋り付くような、そんな声。泣き出しそうな少女の声。

 

(この期に及んで、何をバカなことやってんだ俺は……)

 

 立って話を聞いたからと言って、そこから逃げられるわけでもないのに。それなのにまだ、俺は彼女と向き合うことを恐れている。その不誠実さに嫌気が差した。だからなけなしの勇気を持って、キングヘイローの対面に座る。

 

 目が合って、すぐに逸らされる。そして、沈黙。逸らされた目には、迷いと恐れが見てとれた。俺はわたし自身の目を見れないからわからないけど、きっと同じだ。

 

 けれど、キングヘイローはもう一度、しっかりとこちらを見る。その在り方は『キング』と呼ぶに相応しく。彼女が話し始めた時、「この子は強いな」なんて、俺は他人事のように思った。

 

「『楽しかったよ、また明日!』」

 

「え?」

 

 その一言目があまりにも突拍子なかったから、俺は伏せていた視線をキングヘイローに戻す。

 

「この前一緒に練習した後、あなたわたしにそう言ったのよ?」

 

「……そう、だっけ」

 

「ええ。また明日も何も、帰るのは同じ部屋なのに。わたしがそれを指摘したら、間違えた、なんて笑って」

 

「……」

 

「その次の日、急に発熱と頭痛を起こして。そこから、あなたの調子は急におかしくなったわ」

 

「──っ」

 

 キングヘイローが語った『この前』は。わたし(ハルウララ)が、わたし(ハルウララ)だった、最後の日の話。それを、理解する。その『昨日』の記憶が、ハルウララの体に確かにあることも。

 

「最初は、体調が悪いだけだと思ったわ。けれどあなたの体調が、模擬レースなんて申し込むほど良くなっても、あなたは……どこか、違った」

 

 無言で、話を聞く。

 

「あなたは確かにウララさんなのに。突然、ウララさんのように笑わなくなって。代わりに、何かに怯え続けているように見えたわ」

 

 無言で、話を聞く。それ以外、やれることは何もない。

 

「今日、一緒にレースを見た時に。違和感は一番大きくなったわ。レースを見て、楽しそうにしていたのに──急に、苦しみだした」

 

 ただ無言で、話を聞く。その先に待ち受ける判決を、俺には止められない。

 

「だから皐月賞の後で言ってみたのよ、『また明日』って。あれが、私が見た最後の、ウララさんの笑顔だったから。でも、あなたは……また明日という言葉を、疑問に思う余裕すらなさそうだった」

 

 無言で、話を聞いた。口を開く必要はない。そのあと、否が応でも答えなければならないだろうから。

 

 

 

「ウララさん……あなたに、何があったの?」

 

 

 

 ──その問いを聞いて。"ああ、無理だな"、そう思った。あるいは、彼女が話し始めてから、すでに諦めていたのかもしれない。

 

「違う」

 

「え?」

 

「俺は、ハルウララじゃないよ。キングヘイローさん」

 

 だってハルウララ(わたし)は、同室の友人にずっと隠し事ができるほど、器用じゃないから。

 

「信じてもらえないかもしれないけど、話すよ。何があったか」

 

 

 

 

「……それで、どうにか誤魔化そうとしたけど、失敗して今に至るってわけだ」

 

 吐いた。洗いざらい全て……というか、必要と思った全ての事実を。しかしそれは、側から見たら冗談の類でしかないな、とも思う。

 

 前世で陸上選手をやって、負け続けて。やがて勝つことを諦めて、30代で死んだ。そんなある男の半生を、ハルウララの体で語った後、『それが俺です』だ。やばい妄想か冗談の類と受け取られても仕方がない。

 

 ここに馬とウマの関係まで混ぜるとさらにややこしくなるので、そこは敢えて説明しないでおいた。俺がハルウララに抱いた憧れは、今の状況とはきっと関係がない。

 

 ただ、話をややこしくしないことと、信じてもらえるかは別だ。少し緊張して話を聞き終えたキングヘイローを見る。正直、この先のことは何も考えず喋ったので、信じてもらえなかった時のことを考えていなかった。

 

「……あの」

 

 キングヘイローは、顔を紅潮させて、おずおずと聞いた。

 

「お風呂とか、どうしてるのかしら?」

 

「へ? どうやってるって……あ」

 

 そういえば、そうだ。今更になって気がついたが……30代の男が学生と一緒の風呂や一緒の部屋使ってることになるのか。

 

「ハルウララやるのに必死で、そこまで頭回ってなかった……」

 

 30代男性がハルウララの体を動かしているだけでもうどうしようもない話ではあるのだが。と、いうか。今までそこら辺は全く意識していなかった。逆に男としてどうなんだとは思う。ハルウララの体に性自認が引っ張られた……?

 

 いや、違う。今問題とすべきなのは、それより。

 

「信じて、くれるの?」

 

 話しておいてなんだが、誤魔化して有耶無耶にするための作り話と処理されてもおかしくなかった。それを、こんなに早く飲み込めたのは、何故?

 

 その問いに、キングヘイローは優しく笑って応えた。

 

「友人の話を信じるのは、キングとして当然のことよ」

 

「でも、俺は──」

 

「ええ、わかってるわ。あなたはウララさんじゃない。もし『わたしはハルウララです』って今から言っても、信じられなかった」

 

 キングヘイローは少し悲しそうな顔をしてから、でも、と前置きした。

 

「私の友達と同じ顔をして、あんな泣きそうな目で訴えられたら、信じるしかないじゃないの。と、いうか。あなたはキングに疑って欲しいわけ?」

 

「いや……」

 

「じゃあ良いじゃないの。しゃきっとしなさいな」

 

「そう、だな。うん。ありがとう」

 

 俺の事情を全て話して尚、年下の少女にここまで言わせてしまう。これはもうハルウララとの比較とかの問題ではなく、俺の性根が甘ったれてるだけだ。

 

 どういたしまして、とキングヘイローが返す。これで、俺たちの関係は、一応の決着になるのだろうか。いや、決着というよりは開始か。

 

 それで──と、キングヘイローは俺に聞いてくる。

 

「私以外の人に、このことは言ったの?」

 

「いや。それにできれば、今後も言いたくない」

 

 そう告げると、キングヘイローは少し意外そうな顔をした。

 

「どうしてかしら? というか、私にバレたのにこの先隠し通せるとは思わないけれど」

 

「どうして、かと言われれば……ハルウララのため、だな」

 

「?」

 

 困惑するキングヘイローに、これは言っても良いものか迷う。

 

 それは、ライスシャワーと話したことから、俺の中に芽生えた思い。『せめてハルウララの分まで、"ハルウララ"としていろんな人を勇気付けたい』『そのためにはハルウララとして走らないと、意味がない』なんて。そんな思い。

 

 けれどそれはある意味、ハルウララの死を告げるようなものだ。態度を見ると彼女は気がついていないようだが……『ハルウララ』としての人格は、実質俺が殺したようなものだ。それに、気がついて欲しくなかった。

 

 だから、嘘はつかずに、けれど別の本心を言うことにした。

 

「みんながみんなこんな話を信じるとは思わないし、信じてくれたとしても、というか信じてくれなくても……学園にいられるか、わかんないし」

 

 これも、本当の懸念だ。そもそも事実を話したところで、病院か実験施設か実家の3連単どれかに直行だろう。一番人気は病院。

 

「確かにそうね……」

 

「誤魔化すのは、今日までよりは上手くいくといいな。キングヘイローさんが口裏合わせてくれないと、そもそもこれは破綻するんだけどさ」

 

 彼女の優しさに頼った、卑怯なお願い。人によっては、これを信頼と呼ぶのかもしれないけれど。

 

「…………はぁ。仕方ないわね。いいわ、それくらいはしてあげる」

 

「ごめんね、ありがとうキングヘイ──」

 

「ただ。外でもその呼び方をするつもりなら、私が協力しても意味がないわね」

 

「うっ」

 

 急に飛んできた直球。確かに反論できないが、それは流石に……。

 

「いや、その。ハルウララと同じ呼び方を俺がするのは、やっぱりずっと抵抗あったから……せめて、『キング』で」

 

「そうね、良いと思うわ」

 

 そこでキングヘイローは何かに気がついたようだ。途端に難しい顔をする。

 

「私があなたを呼ぶのは、それ以上に難しいわね」

 

「ああ……」

 

 前世の本名で呼んで貰うって手もあるが、そうなると外で呼べないしな……と、そこで妙案が思いつく。

 

「じゃあ、『ハル』で頼む。これなら外でも呼べるし、元のハルウララとも別にできる」

 

「分かったわ……って、もうこんな時間じゃない」

 

 時計を見る。すでに3時間は話していたらしい。俺に至っては風呂もまだ入っていない。幸い、今から動けば間に合いそうだが。

 

「悠長に話し過ぎた……とは、思わないけど。確かに時間は不味いな。お風呂入って来るよ」

 

「……ハルさん」

 

「ん? いや、風呂はこれはもう仕方ないから許して欲し──」

 

「また、明日」

 

 カチ、と電気が消える。暗闇の中で、キングヘイローは自分のベットに移動していく。このまま眠る、ということだろう。

 

 俺は──風呂の用意を持って、部屋を出る。

 

「……ごめん」

 

 『また明日』という簡単な言葉すら返せないことに謝罪して、部屋を出る。

 

 

 

 

 キングヘイローは目を瞑る。あんなことがあった後では全く眠れる気がしないけれど、それでも、眠らなければ明日のトレーニングに支障が出る。

 

 他の誰もいない部屋で、キングヘイローは暗闇に向けて呟いた。

 

「みんなが傷付くかもしれないから、それだけで全員に嘘をついた。吐きそうになってまで」

 

「その優しさは、あなたの? それとも、ウララさんの────?」

 

 今日の衝撃は、1日で噛み砕くには大き過ぎたはずだ。それでも彼女は、最後には『ハルウララ』の言葉を信じることを選んだ。それは何故だろうか。

 

 大きな衝撃は、どっと疲れに変わる。キングヘイローの意識は、疑問に対する答えを出すことなく、夢の中に落ちていった。

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