ハルウララに転生したので、勝つために走ります   作:飯落ち剣士

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芝を駆ける負け組の星と合成ゴムを踏んだ敗北者

 トレーニングは、半月──概ね2週間は同じコンセプトの練習をやった方がいい、らしい。これはトレーニング知識として学園で習ったことだった。理屈としては正しいと思う。あれこれ手を出してもコツは掴みづらいし、半端なことをしても上達が遅くなるだけだ。

 

 それを踏まえて、俺の記憶を取り戻す前のハルウララ(わたし)はというと、まあ、それを全く守っていない。一応併走トレーニングをメインにへろへろになるまで走る、が主だったが……結局、ハルウララはただ走るのが好きな少女だ。何かを考えて練習していた痕跡はない。

 

 だが、選抜レースまでもう残り2週間。加えて言うなら、ハルウララ()はもうただ走るのが好きな少女ではない。流石に練習プランをしっかり立てて走るべきだろう。

 

 だろう、が──。

 

「何にしよう……」

 

 寮の自室、商店街の文具店で購入したスケジュール帳を机に広げて唸る。今日は授業もない、キングヘイローは既にトレーニングに行った。だから俺はこうして一人で悩んでいると言うわけだ。さて、何を重点的にやるべきだ……?

 

 ハルウララ(わたし)が申し込んだ選抜レースは芝の1600m、つまりはマイル。正直短距離でもスタミナ保たないのに何考えてるんだ、と思う。それを考えれば終盤まで息が持つように心肺機能強化もできるプールでのトレーニング……と、言いたいのだが。

 

「仮に終盤までスタミナ管理ができたところで、なぁ」

 

 この鈍足がそのままじゃあ追いつけないだろう。スタミナ管理ができたところでそれはスタートラインに過ぎないのだし。

 

 ただ、ラストまで保たないスタミナではスピードをつけたところで意味ないし……正直、詰んでいる気もする。ただ、悩み過ぎて今日走れないのはめちゃくちゃアホらしい。早いところ決めてしまいたいが、どうしようかな……。

 

 とりあえず、スケジュール帳を持って外に出る。青空は雲ひとつない日本晴れで、時間を無駄にするのが本当に惜しまれる。

 

 トレーニングコースを見ながら、考える。どうせ何を選んでも何かを捨てることにはなるのだ。だったら大事なのは──今、ハルウララ()が、何をしたいか。

 

 それなら、決まっている。思い出す光景は芝でもダートでもなく、合成ゴムで舗装された100mのレーン。スプリンターならきっと誰もが思ったこと。

 

 

 誰より、速くなりたい。

 

 

 スケジュール帳にそれだけ書いて、ジャージと一緒にベンチに置き去る。ターフをしっかりと踏みしめて、久々のクラウチングスタート。ウマ娘としては遅く──しかし、人としては誰よりも風に近い速度。その中途半端さも、今だけはゲートに置き去りにして、俺は練習用コースを駆けていく。

 

 

 気がついたら、いや、()()()()()()()()()、俺は一面真っ白な場所に立っていた。いや、それも正しくはない。俺の正面に少しだけ、人型の黒い靄が見える。幼児用のタオルケットのような、優しい柔らかさを持つ靄だ。

 

「───」

 

「……え?」

 

 その人型は何か、言っていたが。まだ眠っていて、朦朧としている頭では聞き取れない。それを聞き取るために頭を覚醒させていくと、真っ白な空間はひび割れていく。

 

「レース、楽しみだね!」

 

「……ああ、うん。そうだな」

 

 そうか、今日はレースか。遠くに聞こえる目覚ましの音で、俺は気がついて目を覚ました。

 

「おはようございます、ハルさん」

 

「おはよう、キング」

 

 目覚ましを止めて、ふぁ、とあくびを挟む。自分より早く起きていたらしいキングに挨拶を返しながら、ぼんやりと先ほど見た風景について考え──ようとして、忘れた。何か見た気はするが、それがなんだったかはどうしても思い出せない。

 

 まあ、いい。今日は夢のことに気を取られている場合じゃない。スケジュール帳を確認する。今日が、『誰より速くなりたい』の、『い』の日。つまるところ、模擬レースの日だ。

 

「キングも今日だっけ、レース」

 

「ええ、私は2000mなので、ウララさんとは別だけれど」

 

「……うん、安心した」

 

 負けた相手とやらないで済む。そんな後ろ向きなことを言ったら、キングヘイローに呆れられた。

 

「しっかりしなさいな、負けるつもりでレースに挑むウマ娘がどこにいるの?」

 

「……わかってないなぁ」

 

 今度は俺が呆れる番だった。

 

「もちろん、負けるつもりなんかないよ。でもせっかくなら、まだやったことない人に勝ちたい、から」

 

 トレセン学園の指定ジャージに袖を通す。緊張はなかった。というか、緊張しようがない。トレセン学園で、最も挑戦者としての肩書きが似合うのはきっとわたしだ。

 

「じゃ、お互い頑張ろうねキング」

 

「ええ、ハルさん。良い知らせ、期待してるわ」

 

 自室の扉を開ける。俺とハルウララは今日、ゲートより狭い門に挑む。




次回、一章:メイクデビュー(メイクデビューではない)の最終回です。
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