ハルウララに転生したので、勝つために走ります 作:飯落ち剣士
トレーニングは、半月──概ね2週間は同じコンセプトの練習をやった方がいい、らしい。これはトレーニング知識として学園で習ったことだった。理屈としては正しいと思う。あれこれ手を出してもコツは掴みづらいし、半端なことをしても上達が遅くなるだけだ。
それを踏まえて、俺の記憶を取り戻す前の
だが、選抜レースまでもう残り2週間。加えて言うなら、
だろう、が──。
「何にしよう……」
寮の自室、商店街の文具店で購入したスケジュール帳を机に広げて唸る。今日は授業もない、キングヘイローは既にトレーニングに行った。だから俺はこうして一人で悩んでいると言うわけだ。さて、何を重点的にやるべきだ……?
「仮に終盤までスタミナ管理ができたところで、なぁ」
この鈍足がそのままじゃあ追いつけないだろう。スタミナ管理ができたところでそれはスタートラインに過ぎないのだし。
ただ、ラストまで保たないスタミナではスピードをつけたところで意味ないし……正直、詰んでいる気もする。ただ、悩み過ぎて今日走れないのはめちゃくちゃアホらしい。早いところ決めてしまいたいが、どうしようかな……。
とりあえず、スケジュール帳を持って外に出る。青空は雲ひとつない日本晴れで、時間を無駄にするのが本当に惜しまれる。
トレーニングコースを見ながら、考える。どうせ何を選んでも何かを捨てることにはなるのだ。だったら大事なのは──今、
それなら、決まっている。思い出す光景は芝でもダートでもなく、合成ゴムで舗装された100mのレーン。スプリンターならきっと誰もが思ったこと。
誰より、速くなりたい。
スケジュール帳にそれだけ書いて、ジャージと一緒にベンチに置き去る。ターフをしっかりと踏みしめて、久々のクラウチングスタート。ウマ娘としては遅く──しかし、人としては誰よりも風に近い速度。その中途半端さも、今だけはゲートに置き去りにして、俺は練習用コースを駆けていく。
*
気がついたら、いや、
「───」
「……え?」
その人型は何か、言っていたが。まだ眠っていて、朦朧としている頭では聞き取れない。それを聞き取るために頭を覚醒させていくと、真っ白な空間はひび割れていく。
「レース、楽しみだね!」
「……ああ、うん。そうだな」
そうか、今日はレースか。遠くに聞こえる目覚ましの音で、俺は気がついて目を覚ました。
「おはようございます、ハルさん」
「おはよう、キング」
目覚ましを止めて、ふぁ、とあくびを挟む。自分より早く起きていたらしいキングに挨拶を返しながら、ぼんやりと先ほど見た風景について考え──ようとして、忘れた。何か見た気はするが、それがなんだったかはどうしても思い出せない。
まあ、いい。今日は夢のことに気を取られている場合じゃない。スケジュール帳を確認する。今日が、『誰より速くなりたい』の、『い』の日。つまるところ、模擬レースの日だ。
「キングも今日だっけ、レース」
「ええ、私は2000mなので、ウララさんとは別だけれど」
「……うん、安心した」
負けた相手とやらないで済む。そんな後ろ向きなことを言ったら、キングヘイローに呆れられた。
「しっかりしなさいな、負けるつもりでレースに挑むウマ娘がどこにいるの?」
「……わかってないなぁ」
今度は俺が呆れる番だった。
「もちろん、負けるつもりなんかないよ。でもせっかくなら、まだやったことない人に勝ちたい、から」
トレセン学園の指定ジャージに袖を通す。緊張はなかった。というか、緊張しようがない。トレセン学園で、最も挑戦者としての肩書きが似合うのはきっとわたしだ。
「じゃ、お互い頑張ろうねキング」
「ええ、ハルさん。良い知らせ、期待してるわ」
自室の扉を開ける。俺とハルウララは今日、ゲートより狭い門に挑む。
次回、一章:メイクデビュー(メイクデビューではない)の最終回です。