猫ノ下雪乃さん。   作:滝 

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八幡、猫にキレる。

「⋯⋯と言うわけで、連れて帰って来てしまいました」

「はぁぁー⋯⋯。まあ、そうなるかもとは思ってたけど」

 

 ところ変わって、比企谷家のリビングにて。

 仁王立ちで腕を組む小町の目の前で、俺と雪ノ下は二人揃って正座していた。

 しかしこれはもう仕方ないと思うのだ。あんな状態で雪ノ下を家に届けたら、危惧していた事態になるのは必定。我が家であれば事情を知っている小町もいるし、リスクと言えばニアミスする可能性の低い両親だけだ。

 いつの間にやら我が家の最高権威者然としている小町は、ジロリと俺と雪ノ下を睨むと、腕組みをしたまま言い放つ。

 

「⋯⋯元いたところに戻してきなさい」

「そんな⋯⋯っ。ちゃ、ちゃんと面倒見るからっ!」

 

 なんてこと言うんだコイツ⋯⋯。こんな可愛い猫を放って置けるわけがないだろうが。

 ──とまぁ、茶番はこれぐらいにしておくことにして。

 

「ごめんにゃさい、小町にゃん⋯⋯」

 

 俺が仕切り直そうと口を開いた瞬間に、小町の言葉を真に受けていたらしい雪ノ下がしゅんと頭を下げた。どうやら本気で迷惑をかけていると思っているらしい。

「きゅーん⋯⋯」

 小町はというと、ものっそい愛らしい謝罪を受けて、ビクーンと背筋を伸ばしていた。彼女の胸は、ハート型のミサイルで穿たれてしまったらしい。

「いいよぉー! いい、いい! むしろ小町の方がごめんなさいでした! どうかうちに住んで下さいお願いします」

「落ち着け小町」

 小町は吉本新喜劇に出てくる芸人ばりにご寛恕(かんじょ)しまくると、がっしとばかりに雪ノ下の手を握っていた。何はともあれ、これで家族の承認は得られたと言っていいだろう。

「すまんが身の回りの物は、小町のを貸してやってくれ」

「それはいいんだけど⋯⋯。それにしても」

 小町はそこまで言うと、手を握ったまま俺と雪ノ下を交互に見る。

「まさかお兄ちゃんが、うちに女の子を連れ込むなんてね⋯⋯」

「いや連れ込むって⋯⋯」

 いやその言い方は語弊が⋯⋯などと言い訳しようとして、諦めた。小町の言葉の通りの状況過ぎて、弁明も何もできない。

「ひょっとして⋯⋯これがお持ち帰りというやつにゃのかしら?」

「うん、ちょっと黙っててね? 話ややこしくなるから。な?」

 俺が雪ノ下を諌めると、明らかにムッとして唇を尖らす。そういう仕草は可愛すぎるから控えなさい。

「まあ雪乃さんは小町の部屋で寝て貰うから、それはいいとして。あ⋯⋯」

 そこまで言って何かを思い出したらしい小町は、「ちょっと待ってて」と言い残してリビングを出ていった。そしてどったんばったん部屋を漁る音が聞こえてきたかと思うと、小町は肩で息をしながら俺たちの前に戻ってくる。

「お兄ちゃん、これ⋯⋯」

 小町は震える手で、俺に“それ”を渡してくる。

「お前⋯⋯。これを、どこで?」

「この前、友だちとディスティニーに行った時に」

 小町が俺に手渡した“それ”とは──おしゃまキャットのメリーちゃんのグッズである、猫耳。しかもちゃんと黒色バージョンでリアルな猫耳らしさもバッチリだ。

「雪乃さん。じっとしていて下さい」

 小町は俺の手の中から猫耳を取ると、そう言って雪ノ下の背後に回り込んだ。そして言われた通りにじっとしている雪ノ下に、すちゃっと猫耳を装着させる。雪ノ下はキョトンとしながら、着けられた猫耳を両手で撫でる。

「──小町」

「⋯⋯お兄ちゃん」

 俺たちは深く頷き合うと、ウインクばちこーんからのサムズアップ。

 アメイジング──完璧だ。これで雪ノ下さんはもう猫ノ下さんだ。もうねこのんしか勝たん。

「何故かしら⋯⋯。これ、すごく落ち着くわ」

 雪ノ下の方もまんざらではないようで、さっきから仕切りに耳を撫でていた。

「⋯⋯一応訊くが、しっぽまでは持ってないよな?」

「流石に持ってないなぁ⋯⋯。ネットで買う?」

「ネットショッピング。それある」

 ぴっ、と指を立てながらとても素敵な未来を思い描いていると、いつの間にやら近くに来ていた雪ノ下は、ぴったりと小町にくっついた。そして恥ずかしげに雪ノ下は、小町の二の腕をスリスリとさすり出した。

「え、待って。何この可愛い生き物。欲しい。お兄ちゃん、この子ちょうだい?」

「やらん。そして落ち着け」

 雪ノ下のマインドクラッシュにやられて見事に思考能力がフライアウェイしてしまった小町をどうどうと宥める。ツッコミどころが多すぎるし、そもそも雪ノ下は、俺のものなの? 思考の奈落に落ちるからやめておこう。

「あの⋯⋯。一応訊きますけど、これは何でしょう?」

「分からにゃいのよ⋯⋯。身体が勝手にそうしてしまうの」

 ちょっとだけ冷静になった小町が訊くと、やはり雪ノ下自身も困惑のままスリスリとくっつく。小町は暫くうーんと考え込んでいると、あぁ、と呟いた。

「分かりました! 餌⋯⋯じゃない、お腹空いてるんですね!」

「え⋯⋯。いえ、そんなつもりじゃ⋯⋯。確かに、空いているけれど」

 ほーんなるほど、と俺はひとりごちた。カマクラも腹減った時はスリスリしてくるもんな。

 ⋯⋯ということは、さっきからずっと雪ノ下は腹が減っていたいたということか。気付かずに随分経ってしまったから、雪ノ下には悪いことをしてしまった。

「ちょっと待ってて下さいね。雪乃さんの分もすぐ作りますから!」

「ごめんにゃさい⋯⋯。私も手伝うわね」

 小町と雪ノ下はそう言葉を交わすと、仲睦まじく台所へと向かう。

 これが文字通り猫の手も借りたいってやつかね、なんて思いながら、俺はエプロンを着ける雪ノ下を眺めるのだった。

 

 

       *       *       *

 

 

 夕食をとり終えると、暫しのまったりタイムである。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 いや少し違うな。ぴったりタイムだ。俺と、彼女の。

「雪乃さん、そんな⋯⋯。ご飯を食べたらポイだなんて」

「違うのよ小町にゃん⋯⋯。身体が勝手にこうしてしまうの」

 ソファに座った俺にぴったりと寄り添う雪ノ下の姿を見て、小町は膝から崩れ落ちていた。雪ノ下さん、お腹は満たされたはずなのに何故スリスリしてくるのでしょうか。わたし、気になります!

「にゃおぉ⋯⋯」

 とそこに響く鳴き声は、もちろん雪ノ下のものではない。小町の足元に隠れながら、我が家の愛猫・カマクラは雪ノ下をじっと見ている。

 まあカマクラにしてみたら、居眠りから目覚めると知らない猫が! という状況だろう。いや、カマクラが雪ノ下を猫と見做しているかは知らないけど。

「にゃーん」

 そしてそんなカマクラに心配しなくても大丈夫、とでも優しく声をかけたのは雪ノ下だった。いや、これは声をかけたと言っていいのか? 可愛過ぎてちょっとよく分かんなかったから、もう一回言って欲しい。

「なおぉ⋯⋯」

「にゃん、にゃにゃ? にゃーん」

 威嚇するように唸るカマクラに、雪ノ下は害意がないことを伝えるように、微笑みながらカマクラに話かける。死ぬほど可愛い。

「んなぁ」

 しばしの間「にゃん」とか「にゃにゃーん?」とか猫言語で会話がなされると、ゆっくりとカマクラは雪ノ下に近付いていく。そしてカマクラはソファに上がってくると、ペロペロと彼女の手の甲を舐め始める。

「二人ともなに話してるのかな⋯⋯」

「さぁな⋯⋯。とりあえず雪ノ下が口説き落としたっぽいが」

 相変わらずにゃんにゃん言いながら戯れあう雪ノ下とカマクラが尊過ぎて、小町が話しかけてくれなければうっかりぽっくり尊死するところだった。

 しかし彼女にしてみれば、最近では写真でしか会えなかったアイドルにようやく会えたというところだろう。仲睦まじい姿は、やはり尊い。あれこれ、やっぱりぽっくり逝くのでは⋯⋯。

「あ、そうだ。お兄ちゃんあれの出番だよ。ネコリンガル」

「あー、あったな。そんなの」

 小町に言われ、俺は昇天しかけた思考に鞭打ちその胸に帰らせた。

 スマホを開くと、暫く使っていなかった件のアプリを立ち上げる。去年の夏休み、由比ヶ浜からサブレを預かった時にバウリンガルと一緒にインストールしたのだ。

 俺がスマホを向けると、カマクラが鳴く。

「にゃおーん。にゃー」(月が綺麗な夜ですね。私と踊って下さいませんか?)

 雪ノ下は微笑みを浮かべたまま、カマクラに答える。

「にゃん。にゃー。にゃんにゃ」(パーリラ、パリラ、パーリラ! フッフー!)

 

「⋯⋯お兄ちゃん、それ壊れてない?」

「壊れてるのはこのアプリ作ったヤツの頭だな⋯⋯」

 

 この役立たずめ、と画面をスワイプしてアプリを閉じると、それを見ていた小町が「あ」と声を出した。

「これ、アップデートあるみたいだよ」

 俺の横から小町はシュシュっとスマホを操作すると、ネコリンガルは最新版にアップデートされる。

 その間にカマクラはソファの背もたれ部分にひょいと飛び乗ると、雪ノ下の首筋辺りを舐め始めた。そして雪ノ下に向かって、囁くように鳴く。

「にゃおー⋯⋯」(へへへ⋯⋯どうだ? 彼氏に見られながら愛撫される気分はよぉ。ほら、可愛い声で言ってみな!)

 雪ノ下は頬を染め、顔を逸らしながら答える。

「にゃぁーん。にゃあ⋯⋯」(そんなこと、言えるわけ⋯⋯。あ、でも、感じちゃう⋯⋯)

 

「カマクラぁぁぁぁー! てめぇぇぇっっ!」

「おおおおおお兄ちゃん落ち着いてっ!」

 

 思わず立ち上がりカマクラに掴み掛かろうとすると、後ろから小町に羽交い締めにされる。

 止めてくれるな小町。俺はこいつと、決着をつけねばならない──っ!

 

「にゃにをしているのかしら⋯⋯」

 

 そして雪ノ下は頬に手を当てると、ジタバタと兄妹プロレスを始めた俺たちを不思議そうに見ているのだった。

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