運命に抗い続けるも、囚われ続ける二人。そんな二人を更なる悲劇が襲う。摩耗し続けた二人の選んだ結末は。
本当の幸せとは何なのでしょうか
マックイーンが失踪した。
原因は分かり切ってる・・・運命はとことんボク達に意地悪みたいだった。
ボクが奇跡を見せた有マ記念から彼女は懸命にリハビリを続けた。
一時は回復し、全盛期には及ばないけど長距離も走り切って見せた。
ボクはその時、泣いて喜んだのを覚えている。ようやくこれでキミと走れるって。
けれど、神様は残酷だった。
ボク達が再び対決しようと誓った宝塚記念。その調整のために出場したレースで・・・
『あーっと!メジロマックイーン転倒!?先頭を走っていたメジロマックイーンが転倒しました!?』
あの時の事は嫌でも夢に見る。最終コーナーを抜け、最後の直線に入る寸前、彼女の左脚はあらぬ方向にねじ曲がり、そのままターフを転げ回りピクリとも動かなくなった。
突然の事に、歓声でいっぱいだったレース場は悲鳴で染まった。後続の子は何とか避けてくれたので大事にはならなかったのが幸いだった
一緒に出場していたゴールドシップがレースを放り出して慌ててマックイーンに駆けよっていったのを覚えている。
一緒に見ていたトレーナーも、スピカのメンバーも慌てて観客席から飛び出していく中、ボクはただ呆然とその場に立ちつくしかなかった。
そのまま救急車でメジロ家のお抱えの病院に運ばれ、緊急手術を受けた。
ただ呆然として、手術室の前でトレーナーと座って待っているとカイチョーも来てくれてた。
カイチョーは何も言わずただ無言でボクを抱きしめてくれた。ボクはその時になってようやく声を出したわんわん泣いた。
制服が涙でびしょぬれになるのも構わないままカイチョーは落ち着くまで頭を撫でて抱きしめてくれてた。
数時間後、手術中のランプが消え、お医者さんが出てきた。
そして、ボクとトレーナー、カイチョーが部屋に呼ばれた。
「手術は成功して、なんとか一命を取り留めました。脚も切断することはなく、時間はかかりますがリハビリすれば歩けるようにはなるでしょう。」
ボクはホッとした。最悪の事態は免れたと。けれど何か引っかかるような物言いだった。
すると、お医者さんは重苦しく口を開いた。
「非常に申し上げにくいのですが・・・彼女の競争バとしてのバ生は諦めざるを得ません。
今回はどうにか切断せずに済みましたが、もう彼女の脚は走りには耐えられません。もし万が一、レースに出た場合・・・それどころかたとえ短距離でも走ってしまえば、彼女の脚は負荷に耐えることはできず今度こそ動かなくなり切断することになるでしょう・・・」
そこから先の事はよく覚えていない。気が付くと病院のベッドの上にいた。トレーナーも座って待っていてくれてたみたいだ。
その時トレーナーから聞いた話になるんだけど、そう告げられた瞬間ボクはお医者さんに飛び掛かりそうになったのを慌ててカイチョーが止めてくれたらしい。
それでも無我夢中で暴れ回ろうとするボクを抑えるのはカイチョーでも厳しく、カイチョーも怪我を負い、部屋はボロボロになったそうだ。
どうにかこうにか抑えている間に騒ぎを聞きつけた他の人がやってきて、数人がかりで取り押さえて鎮静剤を打ってようやく静まったようだ。
落ち着いた後、外に出るとお医者さんとカイチョーが話し込んでいたのでさっきのことを頭を下げて謝った。
怒られるかなと思ったけど、カイチョーはただ優しく頭を撫でてくれた。その優しさが嬉しくて、辛くて、ボクはまた泣いてしまった。
それから数日が経ち、改めてマックイーンのお見舞いに行った。
本当はみんなで行くつもりだったのだけど、気を利かせてくれたのか分からないけれど、ボク一人で向かうことになった。
病室に入ると、マックイーンは本を読んでいた。左脚には大きなギプスが着けられていた。
「マックイーン。」
そう声をかけると彼女はこちらを振り向いた。けれどその顔に以前の元気さは無かった。目の下には隈ができ、目も少し赤く腫れていた。
「あら、テイオー。お見舞いに来てくださったんですの?」
「うん。あっこれ、みんなからの差し入れ、病院だと甘いものも食べられないかなって」
「ありがとうございますわテイオー。」
そこからは他愛もない話をした。学校での事とか。
けれど、会話はそう長く続かず、気まずい沈黙が流れた。
先に沈黙を破ったのはマックイーンだった。
「・・・ッごめんっなさいっ・・・・テイオーっ・・・・やくっ・・・グスッそくっ・・・守れなかったっ・・・」
「マックイーン・・・」
「わたっ・・・くしっ・・・もう貴方とは走れっないって・・・ヒック」
消え入りそうな声でポロポロ泣きながら謝るマックイーンにボクはなんて声をかければいいかわからなかった。
ボクはただ、嗚咽を漏らして泣くマックイーンを抱きしめることしかできなかった。
それから数ケ月して、マックイーンは学園に戻ってきた。けれど、かつての彼女はどこにもなかった。
日がな一日、寮の自室でボーっとすることが多くなった。
ボクはそんな彼女に何もしてあげられないのが、ただただ悔しかった。
けれど、ボク自身もショックであれからいまいち練習に力が入らなかった。
結局あの後の宝塚記念では三着、それ以降のレースでも勝ち切れないことが多くなった。
そんなボクやマックイーンをスピカのメンバーやクラスメイト、カイチョーまでも気にかけてくれたけど、よくなることはなかった。
そして、年をまたぎ、出走した天皇賞春。
かつて、マックイーンが二連覇した春の盾。
その盾を取るために、ボクは必死にトレーニングをした。
その盾を取れば、少しはマックイーンも元気になれるんじゃないかと思った。
その年の天皇賞は、ボクが出場した有マ記念のメンバーに加え。
世紀末覇王 テイエムオペラオー
影をも恐れぬ怪物 ナリタブライアン
超高速のプリンセス アグネスタキオン
葦毛の怪物 オグリキャップ
白い稲妻 タマモクロス
などの強豪がひしめく、まさに魔窟の場となっていた。
それでも・・・ボクは・・・負けられなかった。
再び彼女の笑顔を見るためにも。
結果としては、凄まじい激戦になり、着順も三着までが写真判定になったけれど、ハナ差でボクが一着になった。
ゴールを駆け抜けてすぐその場に倒れこんでしまい、しばらく動けなかった。
何とか息を整え、身体を起こして掲示板を見ると、一着にボクの番号があった。
会場は大歓声に包まれ、ボクは歓喜した。これで少しはマックイーンも元気になる!たとえ走れなくても、ボクの走りで元気にさせてあげられる!
・・・そう、思っていた。
運命はどこまでも残酷だった。
座り込んだままだったので、ライブのために立ち上がろうとした瞬間。
ボクの左脚に激痛が走り、そのまま倒れこんで意識を失ってしまった。
次に目が覚めた時は、病院のベッドの上だった。
目が覚めたことに気付いたトレーナーは泣いていた。
そして、ボクが目を覚ましたと聞いて、お医者さんがやってきた。
車いすに乗せられて、診察室に案内された。
そこで、残酷な現実が告げられた。
「左脚の骨折です・・・これで四度目になります。トウカイテイオーさん・・・酷なことを言いますが、もう貴方がレースで走ることは、医者として許可することはできません。」
「そんな・・・でも今までだってボクは頑張ってリハビリして復活して・・・」
「・・・もう無理なんです。これを見てください。貴方の今回の左脚のレントゲンです。そしてこの三枚が、過去の三回の骨折のレントゲンになります・・・分かりますか?トウカイテイオーさん。全く同じ場所が折れているのです。もはや癖になってしまっています。
私も貴方の復活劇は知っています。ですが・・・例え走れるようになったとしても、また同じことを繰り返す可能性が高いのです。もしレース中に折れてしまえば・・・最悪の場合転倒により死亡するリスクが非常に高いのです。」
「そ・・・・んな・・・・」
「・・・私も貴方のファンとして、非常に心苦しいです。しかし、一人の医者として、これ以上の出走は許可できません。」
ボクの中で何かがガラガラと崩れ落ちていき、目の前が真っ暗になった。
ああ、神様。どうしてボクたちをこんなにも引き裂くのですか?
それから数ケ月、どうにかリハビリをこなし、歩けるようにはなった。
けれどもう・・・レースは・・・
マックイーンも心配はしてくれたみたいで、お見舞いにはよく来てくれた。
天皇賞春を取ったと告げた時は、以前の彼女の笑顔が少しだけ見れた気がした。
けれども、もう走れないと告げた時、再び彼女の顔は絶望に染まった。その日は二人で抱き合って、声を殺して泣き続けた。
その後も、よくお見舞いに来てくれた。入院生活は退屈だったから、マックイーンが話し相手になってくれてとても嬉しかった。
マックイーンも少しずつ立ち直っていって、よく笑顔を見せてくれるようになった。
でも、時たま、思いつめたような顔になった彼女も見て、少し不安になった。
それからしばらくして、ボクも学園に戻った。
いろんな人から「お帰り」と言ってもらえて嬉しかった。
心配するような声も多かったけど、心配させまいとどうにか気丈に振舞った。
大体の人はそれで安心してくれたけど、ゴルシやカイチョーには見抜かれていたみたいで
ゴルシは以前にも増して、ボクとマックイーンと絡むようになった。けれども、前みたいに無茶苦茶することはなくなった。ボクたちの脚を気にしての事だろうけど、それが少しありがたくもあり、寂しかった。
カイチョーも何かとボクたちを気にかけてくれるようになった。
よく生徒会室にボクたちを呼んで、他愛もないおしゃべりや、何でもない雑用、ゲームとかで一緒に遊んでくれるようにもなった。
いつもはうるさいエアグルーヴやナリタブライアンも、何も言わなかった。それどころか、一緒に遊ぶことも増えた。
みんなの優しさに触れて、少しずつ元気になっていったけれど、やっぱり走れないことには変わらないから、それが少し寂しくて。
たまにグラウンドの端に二人で並んで座って、練習を見るけれど、そこにもういられないのが寂しくて、よく二人で泣いていた。
そういう時は決まって、ゴルシやカイチョーが来てくれた。
ゴルシは黙って後ろに立って一緒に練習を見ていて、カイチョーは後ろから黙ってボク達二人の肩を抱いてくれた。
そんな生活が続いたある日の事だった。
朝起きると、いつもは隣のベッドで寝ていたマックイーンの姿がなかった。
朝から出かけたのかなって思ってその時は特に気にしなかった。
けれど、昼になっても姿を見なくて少し不安になっていた。
授業も終わって、食堂に向かおうとすると、教室の外に会長がいた。
会長に連れられ、生徒会室に通されて、ソファの上に座らされた。
会長も正面に座り、重苦しく口を開いた。
「テイオー・・・落ち着いて聞いてくれ。
・・・・・マックイーンが失踪した。」
「・・・・・え?」
「すまない・・・私のミスだ・・・最近君達が少しは元気を取り戻していたから・・・」
カイチョーは失踪に気付いた経緯を話し始めた。
「今日、生徒会室に訪れると、一通の手紙が置いてあったんだ。マックイーンからだったよ。」
そう言うと、一通の手紙を差し出してきた。慌てて中身を読むとそこには
『会長へ
このような形でのお別れになって申し訳ありませんわ。
もう走れない私にここまで優しくしてくださり感謝いたします。
ですが、もう私は疲れました。ここは・・・トレセン学園は、走るウマ娘のための学園です。
これ以上、走れない私がここにいても惨めになるだけですわ。
いままでありがとうございました。さようなら
メジロマックイーン』
手紙を持つ手が震える・・・こんなことって・・・ないよ・・・マックイーン
震えるボクを見て、カイチョーはもう一通手紙を差し出した。
「メジロ家の方にも送ったが、居場所は知らないらしい・・・失踪したとみていいだろう。・・・もう一通手紙があった・・・君宛の物だ」
それをテーブルの上に置くと、カイチョーは立ち上がった。
「・・・私は彼女を探してくるよ。今も警察や学園、メジロ家の総力を上げて彼女を探してる・・・なにか思い当たる節があれば連絡してくれ。」
そう言うとカイチョーは部屋を後にした。
ボクは震える手で手紙を取り出した。
『テイオーへ
このような形でのお別れ・・・本当に申し訳ありませんわ。
これを読んでいるということは、恐らく会長あての物も読んだでしょう。
私はもういなくなりますが、貴方はどうかこれからも生きていてください。
貴方は走れなくても、まだ輝きを失っていませんでした。
その輝きでどうか大勢の人を照らしてください。
どうか私を探さないように説得してくださいテイオー。
今まで私の隣にいてくださってありがとうございました。
愛しています メジロマックイーンより』
「そんな・・・・どうして・・・どうしてボクを置いていくの・・・?」
目から涙が止まらなかった、なんで一人で・・・
そして、ふと手紙を見ると、裏にまだ何か書いてあったのが見えた。
『けれども、優しい貴方の事です。きっと認めてくれないでしょう。
どうして一人で行ってしまうのかって。
置いていかないでほしいって。
例え、貴方の言葉でも私の意思は変わりません。
助けたいと思っているのなら探さないでください。
ですが、もし・・・万が一私と運命を共にしてくれるというなら・・・
私の所まで来てください。場所はメジロ家の別荘にいる爺やが知っています。
寂しい死出の旅路も貴方と一緒なら寂しくありません。』
裏面はところどころ滲んでいた。
それを見て、ボクは手紙をその場に置いていき、急いでメジロ家の別荘に駆けだした。
途中すれ違う子が驚愕の目で見ていたり、何人かは止めようと声を上げていたけど、構うもんか。
例え足が砕けても、キミを一人にはしないよ、マックイーン。
しばらく走って、ようやくメジロ家の別荘にたどり着いた。
しばらく運動しなかったせいで、肺が爆発しそうになるほど苦しかった。
別荘の門の前には、爺やさんと・・・なぜかタキオンが立っていた。
「お待ちしておりました、テイオーさん。」ペコリ
「爺やさん!・・・となんでタキオンもここに?」
「ああ、いや私はただの部外者さ。メジロマックイーンに頼まれてね。」
そう言うと、懐から錠剤を取り出した。
「この赤い袋に入ったものは毒薬さ。メジロマックイーンにも同じものを渡してある。飲むと眠るように意識が飛び、緩やかに心臓を止めるものさ。安楽死用の薬だね要は。」
そう言いながら、タキオンはボクに薬を渡す。
「・・・いいの?こんなことして?タキオンもマズいんじゃない?」
「ああ、構わないよ。泥は被るつもりさ。もう私も走れないからねぇ・・・彼女や君の気持ちは多少は分かるつもりさ。
私にはウマ娘研究やモルモット君がいたからどうにかなったが・・・君たちにとってはお互いがそうだったんだろう・・・すまないね、こんなことしか私にはできなくて・・」
「ううん、いいんだ。巻き込んだのはボク達だ。タキオンは悪くないよ。」
「そう言われると少しは救われるかな・・・」
「それで爺やさん・・・マックイーンはどこ?」
「この屋敷を抜けて、裏の森を少し歩きますと、大きな木が一本だけある丘に出ます。そこでお嬢様はお待ちしております。私から先程連絡を入れたので、早まることはないので、ごゆっくりお進みください。」
「うん、ありがとう。」
爺やさんに別れを告げ、屋敷の敷地内に入っていく。
タキオンはどうやら途中までついてくるみたいだ。
万が一嗅ぎつけられた時の足止めがいるだろう?とのことだった。
なんだかんだでマッドサイエンティストとか呼ばれてるこの人も思うところがあるのかな?
屋敷を抜け、裏の森をしばらく歩き抜けると、小高い丘が見えた。
その頂上付近に大きな木があり、そこにマックイーンの後ろ姿が見えた。
「それじゃあ、私はここにいるよ。あとは二人で・・・誰か来てもどうにか足止めするか安心したまえ」
「うん、ありがとうタキオン・・・・さようなら」
「ああ・・・さようなら」
どこか寂しげな顔したタキオンに見送られ、ボクは彼女の元へと歩いた。
マックイーンもこちらに気付き、振り向いてきた。
彼女はいつも身に着けていた黒い勝負服を着ていて、その顔は、今から死にに行くような者の顔には見えなかった。
「おまたせ・・・マックイーン」
「待ちくたびれましたわよテイオー・・・あともう少し遅かったら一人で逝くところでしたわ。」
「まるでボクが来るのが分かってみたいな口ぶりだね・・・ボクが死にたくなくて来なかったらどうしてたのさ?」
「あら、私は来ると思っていましたわよ、手紙にはああ書きましたですけど。」
「えー?なんでさ?」
「貴方と私は同じですテイオー。恐らく私が貴方と同じ立場でもそうしてたでしょうね。・・・それに、本当は貴方もそうじゃないんですの?テイオー」
「うーんバレちゃってたかぁ・・・そうだねマックイーン。
本当のことを言うと、ボクももう疲れちゃった。もうマックイーンも走れないし、ボクも走れない。みんな優しくしてくれるけど、あのままあそこにいても緩やかに死んでいくようなものだよね・・・だから」
「ええ。最期は。」
「「愛しい貴方(キミ)と一緒に逝きたいって」」
「ふふっ、ここまで相思相愛だと照れますわね」
「からかわないでよ、マックイーン・・・ところでその恰好は?」
「ああ、折角ですし、最期くらいはこの格好でウマ娘として・・・と思いまして」
「あぁそっかぁ・・・ボクも持ってくればよかったなぁ・・・急いでたから置いてきちゃった。」
「そう言うと思って、朝部屋から出るときこっそり持ってきましたわ。」
マックイーンは足元の紙袋を差し出した。中には綺麗に折りたたまれたボクの白い勝負服が入っていた。
そしていそいそ着替えてくるりと一周回ってみる。これを着るのも久しぶりだなぁ。
「うわぁ、ありがとうマックイーン。どう似合う?」
「ええ、似合いますわ。やっぱりテイオーはその恰好が一番ですわ。」
「えへへ・・・ありがとうマックイーン。」
「さて、これでもう思い残すことはありませんね。テイオー最期によろしいですか?」
「あっそれボクが言いたかったのにぃ!」
「まぁいいではないですの。交代で言えばいいじゃありませんか。」
「うー・・・まあそうだね・・・うん、なに?マックイーン」
「コホン。テイオー、私の愛しいテイオー。私と一緒に死んでくれますか?」
「うん、もちろん。マックイーン、ボクの最愛のマックイーン。ボクも一緒に連れて逝ってくれる?」
「ええ、喜んで。ふふっ改めて言うとむず痒いですわね。」
「にしし、そうだねマックイーン」
「ああもう一つだけありましたわ。テイオーこれを。」
そう言うとマックイーンはポケットから小さな小箱を出して開いて見せた。
中には綺麗な銀のペアリングが入っていた。
「うわぁ・・・綺麗・・・マックイーンこれ・・・」
「お付き合い始めたころから用意していましたの。本当は結婚するとき渡そうと思ったのですけど・・・もう機会もなさそうですし・・・」
「ううん嬉しいよマックイーン。左手出してよ!つけてあげる!」
「ええ、私も付けて差し上げますわ。」
そうしてボク達は互いに指輪を相手の左手の薬指に着けた。
「これで少しの間ですが、私たちは夫婦ですわねあなた?」
「うーん・・・でもまだ足りないよね?」
「それはどういう・・・んむっ」
ボクはマックイーンの手を引き、口づけを交わす。とても甘い甘いキスだった。
「ぷあっ、結婚式と言えば誓いのキスがいるでしょ?」
「もうテイオーったら・・・うふふでもそうですわね。」
「でもキスしたら名残惜しくなっちゃうね」
「あちらにいった後に思う存分すればいいじゃないですの。」
「そうだねマックイーン。あっちなら二人で思いっきり走れるだろうしね。」
「ええ、そうですわテイオー。死がふたりを分かつともなんて言いますけど、死如きで私たちは引き裂けませんわ。死んだ後も一緒ですわテイオー。」
「そうだね。愛してるよマックイーン。」
「ええ、私も愛していますわテイオー。」
そうして僕たちは、お互いに持っていた安楽死の薬を取り出しお互いに飲ませ合った。
そして、木にもたれかかって地面に座った。
左手を恋人繋ぎして、寄り添うように。
「段々眠くなってきたね・・・これでみんなとお別れか・・・思えば色々あったよねぇ・・・」
「そうですわねぇ・・・初めてテイオーと会って・・・それでスピカの皆さんと出会って・・・」
「うん・・・ボクなんて4回骨折しちゃったし・・・結局マックイーンにもカイチョーにも勝ててないし・・・」
「私もテイオーと再戦を果たせなかったですし・・・ライスさんにリベンジもしてないですわね・・・まあもう走れないので関係ないですけど」
「でも・・・マックイーン。ボクとはあっ・・・ちでいっぱい走ろう・・・ね?そし・・・て決着つ・・・けよ・・・う?」
「そ・・・うです・・・わね・・・約・・・束ですわ・・・よ?」
「う・・・ん・・・約・・・束する・・・よ」
段々と眠気が強くなっていき、意識が飛びそうになる。心臓の鼓動も少しずつゆっくりなっていくのが分かる。
もうそろそろ限界みたいだ。マックイーンとはすぐ会えるけど・・・最期にマックイーンと出会わせてくれたこの世界で言葉を交わそう。
マックイーンも同じ考えだったらしく、マックイーンの方を向くと今にも眠ってしまいそうな彼女と目が合った。それがおかしくて二人でくすくす笑う。
「それじゃあ・・・またねマックイーン。」
「ええ、またねテイオー・・・」
そうして、名優と帝王は夢の終わりに目を閉じた。
運命に翻弄された二人の最期はともに寄り添い、左手は二度とお互いのことを離すまいと固く握られていた。薬指にはそれぞれ、お揃いの銀色の指輪が光っていた。
時代を作った二人の最期を見届けたのは、沈みかけた夕陽と、一人の科学者だけだった。
彼女たちを知る者が見たら寂しい最期と思うかもしれない。
けれど、彼女たちにとってはこれで十分なのだ。他には何もいらない。
愛しい人と最期まで一緒にいられ、一緒に旅立てる。
これに勝る幸福な最期は無いのだから。
―目が覚めると、そこには一面の草原が広がっていた。
身体を見ると、さっきまでの白い勝負服を身に纏っていた。
「テイオー。」
後ろから愛しいキミの声が聞こえる。振り返ると、黒い勝負服に身を包んだキミが立っていた。
「やぁマックイーン。待った?」
「いいえ、私も今来たところですわ。」
「そっか。ここが天国かな?走りやすそうなところだね」
「ええ、どこまでも広がる草原ですわ。不思議なことに地面はいつものレース場と変わらないみたいですわね。」
「ふーん・・・それじゃあ早速走ろうか!マックイーン!」
「ええ!もちろんですわテイオー!」
そう言うとボクはマックイーンに手を差し出し、マックイーンもそれを手に取る。
そしてボク達は手を取り合って、駆け出した。
足がこんなにも軽いのは初めてだ。マックイーンも同じみたいだ。すっごく嬉しそうな顔してる。
これならいつでも決着を付けられるね。
でも、今は、ね?
ええ、でも今は
「「愛しい貴方(キミ)と一緒に走りたい」」
「だよね?」「ええ!」
そうしてボク達はどこまでも駆けていく。
夢の終わり、その先の果てをどこまでも。
二人が木の下に座って動かなくなったのを確認してから、私はゆっくりと彼女たちに近づいた。
二人の手首に手を当て、その後二人の目をライトで照らす。そして時計を見て時刻を確認して、手帳に書き写す。
どうやら二人の最期の逢瀬は無事に済んだみたいだ。
「それにしても・・・幸せそうな顔だねぇ・・・まぁようやく苦しみから、運命から解放されたんだ無理もない」
私は二人の間に用意していた花を供え手を合わせた。
一つは私が用意したもの、菊の花束だ。そしてもう一つは、メジロマックイーンから死後供えてくれと頼まれたもの。
「101本の黒赤のバラ・・・花言葉は・・・ふふっ、君たちにぴったりじゃないか」
私の頬にも一筋の涙が伝う。彼女たちのこれまでの事を思うと、自棄になっていたころ思い出すからだ。
けれど、彼女たちは安らかに、幸せそうに旅立った。
ならば、私もこれ以上の涙を流さず、笑顔で見送らなければなるまい。
それが、彼女に頼まれて、唯一最期を見届けた私の責任だろう。
そう耽っていると、背後から足音がした。この足音は爺やさんではないだろう。彼には私が連絡するまで門で誰も通さないと言っていたからね。
と、なると・・・ここを発見できるのは・・・まあ彼女くらいだろう。
「さて、二人はこの通りもう旅立ってしまったよ・・・もう手遅れさ。だからそんな顔で睨むのはやめてくれないか?」
振り返るとそこには、想定した通りのウマ娘が立っていた。
全身からオーラを発し、今にも私を殺してしまおうと言わんばかりの目をして睨む・・・
「シンボリルドルフ会長?」
「アグネスッ・・・タキオンッ!」
トレセン学園の生徒会長であり、皇帝のシンボリルドルフが立っていた。