空条承太郎「聖杯大戦だと?」   作:よきき

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EP01

 薄暗い地下のような部屋。

 見渡す限り人の姿はなく、やけに冷たい空気だけが滞りなく漂う。寂しさという雰囲気は、この場を表現する言葉として適切であろう。温もりはなく、光源もなく、そこにあるのは垣根無しの闇だけだった。

 そんな中、かつんかつんと靴底を鳴らす乾いた音が、光の無い空間に響き渡る。

 地下室へ入ってきたのはダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 齢100歳前後でありながらその美貌は衰える事を知らず、精気の伴った顔面からは若々しさすら感じた。過去には時計塔の最高階位である王冠に上り詰め、二級講師として元素変換を教えていた凄腕の経歴を持つ。

 そんな華々しい栄光を保持するダーニックは、眼前に広がる魔法陣を見ながらほくそ笑んだ。

 これから行うのは個人の魔術師としてはあり得ない未曾有の儀式。聖杯システムを利用し、英霊の座より模倣した影法師を呼び出す秘蔵の魔術である。

 

「時は来た……」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 そう呟きながら、ダーニックは自身の手の甲に刻まれた赤い令呪を愛おしく撫でる。

 懐からは石でできた謎の仮面を取り出し、異様に映える青色の髪を揺らしながら、男はそれを祭壇の上に置いた。

 ダーニックが英霊の座より呼び出すのは、ここルーマニアが誇る英雄ヴラド3世という英傑である。串刺し公の異名をもち、ドラキュラ伯爵のモデルとなった一人と言えば、知らない者は数少ないであろう。

 聖杯戦争において、サーヴァントのステータスを左右する要素は三つ。

 土地、

 知名度、

 そして、マスターの魔力。

 これらともに最上のものを用意することができれば、それこそ最強のサーヴァントを引き当てたと言っても相違ない。違う世界線におけるアインツベルンのマスターが、世界規模で高い知名度を誇るギリシャ神話最強の英霊を従えたように、ダーニックはその点抜かることはなかった。

 串刺し公を召喚するために用意した触媒は、生前、彼が戦祈願として使用していたとされる石仮面。

 どういった経緯でこれをヴラドが愛用していたのか。それは、現代の歴史学を紐解いても分からない事だが、彼は亡くなる直前までこの仮面を懐に忍ばせていたという。

 だが、ヴラドが愛用していたという石仮面は既にこの世になく、死に際、部下によって砕かれたそうだ。皮肉にも、彼は石仮面を手放したせいで死んだとも言える。

 そのためダーニックが用意した石仮面は、本来ヴラドが持っていた石仮面とは異なるものだった。

 だが、それで十分であろう。石仮面に”縁のある”偉人なんて他にいないのだから。

 

 そんなヴラドとは切っても切り離せないこの聖遺物に、ダーニックは指を噛んで一滴の血を垂らす。ぽたりと血を垂らされた仮面はそれに反応したのか、カタカタと音を鳴らすと、いくつものトゲをその縁部分から放出した。

 何を目的としてこのような機能を備えているのか、ダーニックには分からない。憶測で話すのであれば、きっとこれは処刑用道具だったのだろうと思っている。トゲの形状からしても、人の脳に食いこますための道具。誰がなんのために、どうやって作ったのかは分からない。魔術的要素は何一つ感じられないため、きっとそれとは違うカラクリがこれにはあるのだろうとダーニックは感じていた。 

 だが今となってはそんな事どうでもいい。石仮面の秘密なんてものはダーニックにとって些事でしかなかった。

 ダーニックが石仮面に求めているのは、その由来ではない。ヴラドが愛用していたという、その歴史的事実だけなのだ。

 

「——告げる。素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 ダーニックは魔術回路のスイッチを入れ、自身に発現した令呪を翳しながら呪文を唱え始めた。

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 今回、彼が示すのは魔術社会における貴族体制からの独立。そのために何十年とかけて彼は準備をしてきた。

 

「手向ける色は黒」

 

 ——やってみせる。必ずやり遂げてみせる。

 そう心の中で何度も誓いながらダーニックは昂る気持ちを抑え、召喚に不備が無いよう慎重に進めていく。

 

閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 ダーニックの呪文に呼応するかのように魔法陣は青色に変色していった。

 それは何もかもを呑み込んでしまうような、深い、暗い、深淵の青。

 深海を連想させるような、そんな底知れぬ青……。

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 風が巻き起こり周囲にサーヴァントの体を形成するためのエーテルが満たされていく。

 ——本当にこのまま召喚しても良いのか?

 そんな気持ちが体の全神経から訴えかけてくるが、ダーニックはそれを理性でねじ伏せた。その程度のことでダーニックは自身が描いた願望を打ち止める気にはなれない。もう後戻りはできないのだ。大聖杯を、そして石仮面を、ナチス軍から強奪した時、ダーニックの人生に後退は存在しなくなった。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者っ!」

 

 ——あと一説。あと一説唱え終えれば全てが始まるのだ。

 そう思う度に自然と笑みが溢れ落ちる。人の皮を被った悪魔のような形相。醜く歪んだその笑顔は、ダーニックにとってこれ以上ない歓喜の表情だった。

 

(さあ、その姿を現してもらうぞ! ヴラド3世!)

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ——!」

 

 その時、一陣の風が吹いた。深い青色の光色はおさまり、あたりには召喚の余波のせいで出た魔力の残りカスである煙と闇だけが広がっている。

 再び空間は静寂が支配する。

 ダーニックは静かに固唾を飲んだ。ヴラド3世がどんな性格であろうと、最終的には令呪でいうことを聞かせればいい。そんな安直な考えをしていた。

 煙が霧散し魔法陣がようやく見え出した時、ダーニックはその異変に気付いた。

 

「お前は……誰だ……?」

 

 黄金色の頭髪。

 透き通るような白い肌。

 男とは思えないような怪しい色気。

 確かにその姿は、普通の人間とは一線を画すほどに異質で美しい。

 だが、ダーニックの薄れかけていた人間の本質が叫ぶ。これは正規の英霊ではない、もっと何かヤバい存在。決して英雄と呼ばれるような類のものではないと!

 

「ほう……では問おう、君が私のマスターか?」

 

 不気味なほど丁寧でおっとりとした声が、ダーニックの心臓を舐めるように放たれる。

 何も考えられ無い、何もしようと思え無い。

 目の前にいる男から発せられたその言葉、一言一句がダーニックの心をゆっくりと溶かしていくような、そんな感覚。抗いようの無いその幸福感にダーニックは底しれぬ恐怖を覚えた。

 

「なに、怖がる必要はない。すぐ楽になるさ」

 

 召喚された男はそう言って、ダーニックの肩にポンと手を乗せた。

 そして、自身の触媒であった石仮面を懐かしそうに見つめる。

 

「触媒はこれを使ったのか?」

 

 それに応えようと声を必死にだそうとするが、何も出てこない。ヒュー、ヒューと言葉にもなら無い呼吸音のようなものが発せられるだけ。額から止めどなく汗が流れ落ち、心臓の鼓動が指揮者を振り解き勝手に演奏する。

 何か返事をしなくてはいけない。

 しかし、そう思えば思うほど上手く舌が回ら無い。

 

「どうやら君は酷く緊張しているらしい。だが、安心してくれ。私は君を傷つけたりしない」

 

 石仮面によって召喚された金色の男は、そう言って妖艶に笑った。

 

「何故なら君は——このD() ()I() ()O()を引き当てた強運の持ち主なのだから」

 

 その言葉が真か、嘘なのか。

 今はまだ、ダーニックに知る術など1つもないのである。

 

 

 

★☆★

 

 

 

「? おい、いま何か聞こえなかったか?」

 

 風情を感じさせる日本家屋。

 その居間にて、一人の大きな体躯の男——空条承太郎は訝しげな声を漏らした。

 

「え、私には何も聞こえなかったわよ?」

 

 承太郎の母 ホリィは居間にてコーヒーを飲みながらそう返す。

 それに承太郎は「気のせいか」と漏らし、テーブルに置いてあった灰皿を手元にひき寄せると、無作法にも最後の一本になったタバコに火をつけた。じゅうじゅうと紙が燃える音が居間に響く。だが、ホリィはそんな承太郎を気にしていないのか、テレビの画面を凝視していた。

 そんな時、あるニュースが居間にて流れはじめた。

 

『警察によりますと、被害にあったのは指定暴力団××〇〇組で、先週から昨晩までの間、5人の被害者らが鋭利な刃物に刺され殺害されました。司法解剖の結果、昨日午後に死亡した可能性が高く、死因は10数箇所の刺し傷による出血死だったということが分かりました。警察によりますと、首の右側に複数の刺し傷があり、胸や腹の傷は、心臓や肺、肝臓にまで達していたということです。凶器は未だ見つかっておらず、警察はこれら一連の事件を、◯◯組と▲▲組の抗争事件と見て捜査しています』

 

 そのニュースは聞いていて気持ちの良いものではなかった。

 戦後、平和を極めている日本からすれば十分物騒だと思える事件。聞いていたホリィもそう思ったのか、コーヒーを飲む顔が難色を示していた。

 

「あらー……最近は物騒ね、承太郎」

 

 思ったよりも家から近い場所での犯行と言うこともあり、少し気になったのか承太郎も読んでいた新聞を一旦畳むとそのニュースに目を向ける。

 

「どうやらかなり近いらしいな。おい、俺がいない時は誰が来ても無闇矢鱈と扉を開けるんじゃあないぞ」

 

 承太郎はそうやってホリィに釘を刺しておく。

 この見るからに楽天家な彼女のことだ。こうでも言っておかないと、怪しい人物がきても、そのまま笑顔で居間に通して話し込んでしまいそうだ。しかも、あろうことか棚にしまっている茶菓子付きで。

 容易に想像できてしまう未来のイメージに、承太郎は思わずため息をついてしまった。承太郎にとって、ホリィとはそれくらい危機管理が無さそうな女なのである。

 

「はァーい。大丈夫、大丈夫」

 

 承太郎から失礼な認識を持たれていることを知らずか、ホリィはニコニコとVサインをしながら返事をする。

 

(たくっ、マジに分かっているのやら……)

 

「あ、もうこんな時間。承太郎はそろそろ学校行かなくていいの?」

 

 ホリィは時計を見ると、承太郎がいつもより遅い朝を過ごしていることに気がつき、そう尋ねた。承太郎もつられるように時計を見て、そろそろ登校するか、と思いタバコの火を消し立ち上がる。

 出かけようとする承太郎を見て、ホリィは少し慌てた様子で自身も腰をあげた。そして、そのまま玄関に向かう我が子を後ろから追いかけ、声をかける。

 

「あぁ、待って待って」

 

 呼び止められた承太郎は咄嗟に後ろを振り向くと、ホリィはすかさずそのほっぺたにキスをした。

 

「はい、いってらっしゃいのキスよ、ちゅ」

 

 さしもの承太郎も、その行為に呆れ果てたのか、鬱陶しそうにホリィを自分から剥がす。毎日、毎日よく飽きもしないものだと思いつつ、承太郎は少し低いトーンで「このアマ」とホリィに向かって吠えた。

 

「えー、良いじゃない。こんなの普通よ、ふ・つ・う。それより今日の晩御飯は肉じゃがだから、早く帰ってきてね。じゃあ、行ってらっしゃい」

 

 だが、ホリィにその威嚇が通じることはなかった。

「女性は弱し、されど母は強し」という諺がある。

 通常であれば、母親は子供を守るために強いとぃう意味合いで使用される単語なのだが、ホリィに対してだけは、「女性は強し、さらに母も強し」という諺がお似合いなのかもしれない。

 

「……やれやれだぜ」

 

 結果的に、毎朝通りのキスをされた承太郎は、帽子の鍔をそっと撫でて登校を始めた。

 

 D I Oを倒す仲間達との旅路を経てはや数ヶ月——承太郎は穏やかな日常を取り戻している。

 母ホリィも、D I Oを倒してからというもの、あのように著しい回復を見せていた。今では、倒れる前の日課だった承太郎の見送りも欠かさずやっているくらいだ。もしかしたら、倒れる前以上の元気さを発揮しているかもしれない。承太郎が自分のために命を張って戦ってくれたことが、余程嬉しかったのだろう。

 祖父ジョセフも、そんなホリィの回復を見届けたあとは、祖母スージーを連れて帰国した。なんでも、溜まりに溜まった仕事を処理しなくてはいけないらしい。ここ最近では承太郎も連絡をとっていないので、ジョセフがどれだけ多忙なのかは想像することしかできなかった。そのため、承太郎が請け負っていた諸々の調査なんかも、今は停止している。

 

「……」

 

 そんなふうに承太郎が考え事をしながら歩いていると、一つの鳥居が見えた。

『花京院 典明。昨日、転校してきたばかりです。よろしく』

 今では懐かしい思い出の場所だ。

 あの時はD I Oに操られ敵だったものの、ここで初めて承太郎は花京院と出会した。当時は嫌な思い出であったが、現在ではその嫌な思い出すらどこか遠くに感じる。

 

「チッ」

 

 舌打ちを短く繰り出して、承太郎は石段を降りる。いつもここを通りがかるたび、彼はこうして誰に当たるわけでもない苛立ちを向けていた。

 これも承太郎が旅路から帰ってきて行うようになった、朝のルーティンである。今となってはどうしようもないほど癖づいてしまっていた。

 

「ねえ、おかあさん」

 

 そんな承太郎を石段の上から見下ろしながら、一人の少女がボソリと呟いた。

 日光にギラギラと反射する艶やかな銀髪に、目と頬には切り傷が見受けられる。どう見ても、日本人じゃないその容姿は、さながら絵本に登場する悪鬼のようであった。

 

「なあに、ジャック?」

 

 対して、「おかあさん」と呼ばれた女性は、さながら聖母のような表情を浮かべている。少女と比較して、こちらは純日本人と思わせる容姿。ジャックと呼ばれた少女も、それを見て自然と笑顔を深めた。

 

「わたしたちあの人間食べたい」

 

 それは子供から出ていような発言ではなかった。

 人間が人間を捕食するなんてことは、スリラー映画でよく取り扱われるテーマである。そんな残酷で残忍な行為を、少女は朗らかな笑顔を浮かべて言ったのだ。

 異常——なんて言葉では飽き足りない。もっと何かしらの恐怖を、その少女からは感じ取れる。

 

「分かったわ。じゃあルーマニアにいく前に、今夜あの子を食べるとしましょう」

 

 だが、母親と思わしき女性は、そんな子供の発言も笑って許容した。叱ることもなければ、正すこともせずに。まるで助長するかのような笑みを浮かべている。

 承太郎を見ながら、不気味な会話をする若い女性と少女。

 彼女らのちぐはぐな見た目は、側から見ても親子とはとても言い難いものだった。下手をすれば警察に尋ねられてもおかしくないほどに。

 しかし、それを覆すほどの馴染みがある。

 女と少女の距離感はまさに違和感がないほど、しっくりときていた。

 

「うん! あの男の人すっごい生命エネルギーに溢れてるから、絶対美味しいよ!」

「それは良かったわね。戦いに行く前に貴重な資源が見つかったわ」

 

 そう言うと、その親子にも見える二人は、口の両端を三日月のように吊り上げて、苛烈に笑うのだった。




初めてましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶり。
よききです。
匿名なしで投稿するのは本当に久しぶり。オーバーロードとFateのクロス以来です。
私自身をお気に入り登録してる方なんかは、もしかしたら時々間違えて匿名なしで投稿している作品なども知っているかもしれませんね。


さて、今回のこのリメイクですが、特に深い事情というものはありません。
設定に無理を感じたとか、プロット的に行き詰まっていたとかではなく、
ちょっとモチベーションを上げるためにリメイクしました。
ゲームを最初っからにして楽しむ気分と一緒です。
前の作品も公開したままにしておくので、先々が気になる方はそちらも拝見してください。


あと何気にリアルが多忙になりつつあります。
私が公開している作品は全て完結させていますので、この作品が未完結で終わらないことだけは約束しますが、時間はかかります。
地の文もそのため前作に比べればおざなりですが、それでもいいかなと最近では思い始めました。
みなさんの誤字訂正など、本当にありがたいです。


なんにせよ、これからもよろしくお願いしますね。
では、また次話で。
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