___場所:不明
メノラーに灯った7つの炎が、外光を遮断している空間にほのかな光をもたらす。
場所は不明。時間も不明。見えるものがあるとすれば簡素に置かれたソファと、その前に設置されている円卓のみ。どこかの名工が作り上げたのか、妙にこだわりを持ったその派手な装飾は家具の価値をグッと高めていた。
そんな気品溢れるソファに座り込んでいるのは、D I Oと呼ばれる男。いまだ聖杯戦争の闇に潜み、密かに赤のランサーを討ち取った男でもある。その正体を知る者が、果たしてこの聖杯大戦の参加者にどれほどいるのか甚だ疑問ではあるが、D I Oという男は確かに聖杯大戦へと参戦していた。
そんな彼は、現在、
すると、奥の方から何かしらの音が聞こえてくる。よく聞けば、カツンカツンと硬い靴底がアスファルトと打ち合う音だ。どうやら何者かがD I Oのいる部屋へと入ってきたらしい。D I Oはそう察すると、入ってきた者が誰なのかを視認するよりも先に声をかけてやった。
「ダーニックか」
ダーニックと呼ばれた男は、D I Oが座るソファの真横につくと膝を折り、首を垂れる。
「はい。D I O様に聞きたい事があったので参りました」
静かにそう呟くダーニック。D I Oはその姿を一瞥することもなく、円卓の上に置かれた血のワインをグイッと呷った。
「なぜそこまでD I O様は事を急いでいらっしゃるのですか?」
発せられた言葉はD I Oへの忠言か、それともただの疑惑か。ダーニックの顔が伏せられているため、その真偽の程は分からないが、それでも確かな事は、この男は今D I Oのやり方に対し物申したということである。
「どうしたんだ、急に?」
ダーニックの失礼とも取れる言葉に、反論するわけでも諌めるわけでもなく、D I Oはただ聞き返す。
「いえ、ゴルドと黒のセイバーの一件。少し時期尚早だったのではないかと」
ダーニックが言うのもあながち間違いではなく、確かに黒のセイバーという貴重な戦力を欠いてまで強硬手段を取る必要があったのかは疑問である。聖杯大戦が始まって、序盤も序盤。そこで相手の戦力が削れたのはいいことだと言えるが、結果的に見ればこちらの方が、被害が大きいとも言えた。
何せ、相手は赤のランサーと同じほどの大英雄がまだ2騎残っている。D I Oの荊棘で見た赤のライダーと赤のセイバーはそれだけ別格のステータスを誇っていた。あの英霊達に対抗できるものが、黒の陣営に何人いるか。想像できるだけでも黒のアーチャーしか現状ではいない。黒のライダー、黒のバーサーカー、黒のキャスターともにケースバイケースではあるが地力で敵わないのは明白である。
であれば、搦手を使い攻略するしか手がないのに、真っ向勝負で黒のセイバーを使い潰したことにダーニックは理解に苦しんだのだろう。
「あの赤のランサーはこのD I Oにとって天敵とも言える存在。だから始末した。黒のセイバーという惜しい駒はなくしたが、あいつはどうも扱いづらそうだったからな、いい機会だっただろう?」
D I Oは淡々とそう言う。黒のセイバーのような、英雄の中でも群を抜いて高潔な存在を、D I Oが扱いづらいと思うのは致し方ないこと。ダーニックにもそれは理解できていた。
ゴルドに肉の芽を埋め込んでいたとは言え、黒のセイバーがいずれD I Oの障壁になる事は十二分にあり得る。それを赤のランサーとぶつけ、役割を果たさせてから退場させたのであれば、プラスかマイナスかで言えば、マイナスとは決して言えない戦果ともいえる。
であるなら、ダーニックはこれ以上の詮索はしない。黒のセイバーについては。
「ならばゴルドの方は?」
「承太郎も同じ理由よ。俺にとっての天敵だ」
「死因——、というやつですか」
D I Oの死因はスタープラチナと太陽光にある。頭はスタープラチナで砕かれ、まだ完全に馴染み切ってはいないジョナサンの体は太陽光で塵芥となった。
サーヴァントは生前の英雄譚や後世の逸話によって補正がかかり強くなる(知名度補正や宝具の追加)と言うのであれば、生前の死因などが原因でそれが弱点になるのは自明の理。D I Oにとっての天敵は決して赤のランサーだけでは無かった。
「そうだ。やつのスタープラチナはこのD I Oにとって最大級の武器となる。出来る限りさっさと始末しておきたい奴だ」
D I Oはそこまで言うと、何か言い淀む様に首元にある星の痣をそっと撫でてやる。
ジョナサンの体を通して伝わる奇妙な感覚。それを言語化するためにD I Oは慎重に言葉を選んでいた。
「それに、感じるのだ……ジョナサンの肉体を通じて、ここルーマニアに訪れた承太郎に、何かしらの力を与えている気がする。これが勘違いなら良いが……しかし、妙に確信づいた感覚が俺の体内に駆けずり回っている……」
「力、ですか」
「ああ。きっと承太郎のスタンドに何かしらの影響が出ているはずだ。それがこちらにとって吉と出るか、凶と出るか」
D I Oはそれだけを言うと、この話は終わりだと言わんばかりに、ポケットに入れていた書類をダーニックへ投げ渡した。
「あの小娘と赤のバーサーカーはどうしている」
「はっ、ルーラーは現在、高速道を歩いてトゥリファスへ向かっている模様。今夜の戦いに、この城塞へ赴くかどうかは五分五分と言ったところでしょう。赤のバーサーカーはキャスターの奴に策を伝えております」
ダーニックがさらりと報告を済ませる。それだけ、ルーラーや赤のバーサーカーの存在はダーニックやD I Oにとって取るに足らない出来事だった。
「ならば、このD I Oが戦局を動かすとしよう。あの神父が仰天する様が目に浮かぶ」
そう言って霊器盤を眺めながら、D I Oはまた血でできたワインを呷るのだった。
☆★☆
赤のランサーと黒のセイバーが敗退して次の日の朝。
鈍色の空が広がる下、二人の男女が肩を並べて歩いていた。一人はシギショアラの街並みに馴染まないほど、体格の大きな空条承太郎。その隣にいるのは、全身を隠すように学生服の上着をすっぽりと纏った、少女のホムンクルスである。
実は、姿を隠すため少女へ学生服を貸している承太郎。だが、そのお気に入りの学生服が、所々焼き焦げているのを見て、今も定期的に気が滅入っている。ゴルドとの戦いで一番の痛手は何だったのかと聞かれれば、学生服が台無しにされたこと、と言うくらいには悲憤する気持ちを抱いていた。少女はそんな承太郎を恨めしげに、ちらちらと見ている。
そんな見るからにチグハグな二人組が、なぜこのシギショアラの街を歩いているのかというと、待合人である獅子劫が、まだこの街に着いていないからだった。1時間前に連絡があった時は、「今から神父に会いに行く」と言っていたし、そろそろ着くのだろうが。
ともすれば、誰だって暇を持て余す。この二人もその例に違わず、暇を潰すのと、情報を集めるために街を散策していた。
「お前、周りから無神経な男と言われないか」
少女は唐突に、ブラックコーヒーを初めて飲む子供のような顔をしながら、そんな事を呟く。どうやら承太郎に、相当なストレスを抱えていたらしい。
言われた当人である承太郎は、そんな少女の顔を呆れた目で見ながら悠々自適に返答した。
「やれやれ……いきなり何だ。藪から棒に」
「別に。車がガス欠で動かなくなった時、バイクを勝手に盗んだり、最高速度の時速200キロオーバーを市街で出してみたり、思っていたより豪快な事をするのだなと驚いただけだ」
少女がそう遠回しに毒づく。
少女の言ったことは全て本当で、承太郎は車がガス欠になった途端、店に止めているバイクを吟味。一番速さが出るバイクを盗み(財布ないから金を置けなかった)、そのまま市街を全速力で駆け抜けた後、シギショアラへと到着していた。
当然、そんな事をすれば後ろに乗っている少女は堪ったものでなく、シギショアラに着いてからというもの、ご機嫌斜めな様子で時間を追うごとに承太郎に噛み付いていた。
「お前のそれは皮肉って言うんだぜ。文句があるなら、きちんと言いな」
承太郎はささくれている少女の態度が気に食わないのか、ポケットに突っ込んでいた右手を取り出し、少女の顔面に人差し指を突き立てる。
「じゃあ言わせてもらうが。後ろに私を乗せた状態であの運転はなんだ? 殺す気か? 殺す気がなくても、遠心力で吹っ飛ばされた私は時速200キロという速さで地面と衝突して死ぬぞ」
辛口ながらも正論な意見を吐く少女。
承太郎はその言葉を自分なりに咀嚼してみたが、やはりそれでも気に食わないらしく、首を自然と横に振った。
「やかましい。これだから、てめーみたいな女の相手は面倒だと言うんだぜ」
女、という言葉が気にかかったのか、少女は眉をピクリと動かす。
「女とか男とか、それ以前の話だ。何でもジェンダー論で方を付けるな。いくら感情の機敏に疎い私でも分かる。これは怒りの感情だ」
少女の言うことはもっともで、今まで女だからという理由だけでまともに相手にされていなかったのだと思うと、誰だって怒りの感情を覚える。
しかしそれでも承太郎の心には一切響かないのか、少女の申し立てを鼻で笑った。
「やれやれ、面倒な“女”だな」
再度、承太郎は女という単語を使用した。
流石の少女もここで我慢の限界がきたのか、肩を並べて歩いていたのを、唐突に承太郎の前へと踊り出し顔面を突き合わせる。承太郎はその一挙一動に眉をひそめながら伺い、少女はそんな承太郎を見上げるようにしながら吐き捨てた。
「きちんと言えと言っておきながら、この対応。お前実は人の言う事を聞くのが苦手だろ。しかもまた“女”と言ったな。女を理由にするしか能がないのか?」
そんな事を言いながら少女は自身について少しばかり驚いていた。前の自分であれば、ここまで誰かに意見するなんてことはしなかっただろう。誰かに聞かれれば当然答えたが、自主的に、さらには相手の言葉の揚げ足を取って発言はしなかったと断言できる。
しかし、少女にはまだそうした自分の変化を捉えることは難しかった。そのため、折角自身の中で起きている事を蔑ろにする傾向にある。この感情の機敏がなぜ起こっているのか、前の自分とは何が違うのか。その点を自覚さえできれば彼女は立派な一つの生命体として生きることができるだろう。
けれど、それにはやはり時間がかかる。彼女たちに刻まれている生命意義は所詮「消耗品」というものでしかない。自身の代替え品は複数存在し、生命とは搾取されるものとしか考えられない。合理的な判断のもと誰かに死ねと言われれば、彼女たちは利を見つけ、その純粋さを持って命を投げ出すことであろう。自身の死の目的を問うことができない。誰かを守るためだろうが、誰かを殺すためだろうが、誰かを生かすためだろうが、彼女たちホムンクルスはその生命を迷わずに差し出せる。かの英雄王が言った「お前たちの純粋さに人間は応えられない」と。か細い感情が、漂白な理性が、彼女たちに純粋さを与え生命の権利を奪っている。
が、少女にはそれが芽生えつつあった。
自分の道を突き進む承太郎という男は、いつの間にやら、少しだけ少女へと影響を与えており、残念ながら少女はそのことについて気がつかない。
チグハグのタッグでありながら、存外いいコンビネーションをしているのかもしれない。
しかしそれは全てを把握している神視点からの話であり、当人たちからすればこれ以上に無いほど嫌な相手同士である。少女は良い影響を与えているはずの承太郎の身勝手さが嫌いだし、承太郎は少女の喧しいところを煩わしいと感じている。お互いのことをきちんと把握するにはまだまだ時間が掛かるのだろう。
承太郎は少女を見下ろしていた目線を空中へと放り投げた。どうやら、この問答に嫌気を差したらしい。視線を変えた先に広がる、今にも降り出しそうな曇天は、まさしく二人の関係を示しているようだった。
「それ以外になんて表現すればいいのか分からんな、エエ? 第一、俺は貴様の名前なんて知らないね」
承太郎は彷徨わせていた目線を再度少女へと落ち着かせ、怒気を孕んだ口調で尋ねる。
少女もそのことは見落としていたらしく、承太郎が常に女と言うのは自分にも原因があったことを知った。
「私たちホムンクルスには元から固有名詞などありはしない」
自身の非を認めたことで幾分か落ち着き、先ほどよりも少し穏やかな声色でそう少女は言う。
ホムンクルスは生まれた時より消耗品。固有名詞をつける意味もない。いるのは人間と区別するためのホムンクルスという普通名詞のみだ。彼女たちを鋳造したゴルドは、彼女らをただの魔術の産物としか捉えておらず、理性ある獣として認知していない。これは別にゴルドだけに言えることではなく、魔術師全員がそうなのだから誰も彼女たちホムンクルスを一個人として見ないだろう。ホムンクルスは結局のところ生物エネルギーであり、生物兵器という認識でしか無いのだから。
承太郎はそんなホムンクルスという単語に驚いた。魔術の世界を1ミリも知らない承太郎からしてみれば、錬金術で出来た人造人間など空想の世界だけの産物と思っていたからだ。亡霊を降霊させる戦争に、魔術でできた人造人間。承太郎からすれば魔術というのは何でもないありのような気さえしてくる。
だが、スタンド使いや吸血鬼という特異な能力者と戦ってきた承太郎は、冷静に現状を受け止めることにした。
「ジョジョ、女以外なら好きに名前を付けろ。お前にずっと女呼ばわりされるのは癇に障る」
「名前を付けるだと?」
少女から出された提案を、咄嗟に承太郎は聞き返す。
「そうだ。呼称と言ったほうが正しいのかもしれない」
少女はそう言い改める。
「厄介事を引き受ける気はないぜ、お前自身で決めな」
承太郎は目を細めながら、何を考えているのか分からない少女を突き放した。
人の名前を決めるというのは、承太郎の風体に合わない。それを考慮せずとも、承太郎が苛立っている女性に対して何かをしてやるということ自体があり得ないとも言える。承太郎の為人を知っている人物がもしこの場にいたのならば、少女のやった蛮勇は未来永劫語り継がれることになるだろう。
突き放された少女と言えば、どこか不満そうに承太郎を見上げながら、借りている学生服の襟部分を恨めしそうに握り潰した。
「名前というのは自分からつけるものでもあるまい。それに、名前とは親から子への初めての贈り物だ。私は誰かから何かを……」
そこまで言うと少女は眼を伏せる。
何に対して口籠ったのか承太郎は、はっきりとした理由は分からなかった。
しかし、何を言おうとしていたのかくらいは察することができている。
少女は誰かから何かを貰うという当たり前のことが体験できていなかった。正確には、栄養や生命維持における施しを貰ってはいるのだが、それは彼女のためでなく、雑兵として与えられたものである。自意識が乏しい仲間内でも当然こういった行為が発生するわけもなく、誰も彼も、彼女のために何かをすることはあり得なかった。
それゆえに少女は自身を助け出した男に少しだけそれを期待した。理由はひどく不愉快なものであるが、それでも初めて彼女個人のために何かをしてくれたのは、間違いなく空条承太郎という人間であったのだ。
「全く、厄介な役目だぜ……」
承太郎はそう言い捨てると、脳内に適当な単語を思いつかせながら少女の名前となりそうなものを模索する。
「——トゥールだ。トゥールという名前にするぜ」
「トゥール……、か」
相手に有無を言わさない名付け方。実に承太郎らしいのだが、少女はそれで満足したようで、自分の名前を噛み締めるように復唱する。
「ふむ、不躾なお前にしては中々センスがある名前だな」
少女はそう言うなり、承太郎の道を塞ぐのをやめて大人しく元の隣の位置へと落ち着いた。
承太郎はそんな少女の言動を呆れた目で見ながら、帽子のツバ部分をそっと撫でてやる。いつもの口癖である「やれやれだぜ」と共に、胸中にたまった鬱憤を吐き出しながら。
「獅子劫とやらは、まだ着かないのか?」
少しだけ機嫌が直ったように見える少女、改めトゥールは承太郎にそんなことを聞いた。
承太郎は確認するために、携帯電話を取り出す。
見てみれば、あと少しで獅子劫が到着すると言っていた時刻になっていた。
「あとちょっとだ。そろそろ約束の場所に向かう」
トゥールも承太郎のその言葉に頷き、獅子劫が指定した場所へと向かった。
承太郎たちが足を運んだのは、シギショアラにある小さなホテルだった。なんでもシギショアラに拠点にできそうな墓地がないらしく、仕方なく、このホテルを借り受けたという。
承太郎は獅子劫があらかじめ予約し、確保していた部屋へと入る。部屋に入ってみると、そこには獅子劫と見慣れない女性が一人、ソファとベッドに腰掛けていた。女性は多分、獅子劫が言っていたサーヴァントと呼ばれる者だろう。苛立たしげな目で、承太郎を見つめている。
「よう、来たな」
獅子劫が承太郎を見て言った。声色的には特段なにか焦っている様子はないらしい。
だが、獅子劫に焦りがなくとも、違う者からは反感を買っているらしく、
「で、へまをやらかして逃げてきたのは、テメーってことでいいんだよな? デク野郎」
サーヴァントと思わしき女性が声を荒げた。
「そう言うなセイバー。ジョジョを単身で動かしていた俺にも非がある」
しかし、その言葉に反論するのは承太郎ではなく、以外にも獅子劫だった。彼は何か骨のような物を削りながら、セイバーと呼ばれた女性を宥める。
それがますます面白くなかったのか、セイバーはプイっと顔を逸らして悪態をついた。まるで、自身の行いを諫められる親子のようなやりとりだ。
「け、マスターはこいつの肩を持つのかよ」
「そう言うわけじゃない。ただ一概にジョジョだけを責められねえってだけさ」
獅子劫はそう言うと、事の詳細を求めるように承太郎を見た。承太郎もその意図を察したのか、その場に腰を下ろすとセイバーに気を使うことなく、タバコを吸い始める。
「最初に紹介しておく。こいつはトゥール。ゴルドという男の元部下だった女だ」
その紹介に合わせ、トゥールは被っていた学生服を剥ぎ取ると、その顔を露わにした。獅子劫とセイバーはそれを見て、どこか腑に落ちないような表情を作る。まあ、彼らからすれば、命を狙われていたはずの承太郎が、何故か狙っていた側の者を連れてきたのだから、当たり前なのだが。
「戦闘用のホムンクルスとして鋳造された、トゥールだ。世話になる」
トゥールがそう簡潔に述べると、獅子劫はぽりぽりと頬を掻いた。
「あぁー、まあ、なんだ。これはジョジョのある意味、戦果? ってやつなのかもな。うん」
彼としても、承太郎がまさかこんな者を持ち帰ると想像できていなかったのだろう。斜め上すぎる戦果に、どう反応していいのか分からない様子だった。
けれど、その反応とは逆にセイバーは意気揚々と鼻を鳴らす。
「ハンッ。簡単に寝返るような奴を信用できるかよ」
セイバーの言う通り、トゥールはいきなり承太郎に付いてきただけの存在だ。第三者からすれば、怪しいことこの上ない。それは承太郎も理解しているため、あえて何も言わず、トゥールの言葉で弁明させようとした。
「と、言われているが。お前から何か反論はあるか?」
「別に無い。そこのセイバーの言う通りだ。お前たちが私を信用できないなど百も承知。私はお前たちを納得させるだけの手札を、持ち合わせてはいない」
トゥールはそう言って静かに目を伏せた。ここで誰かに責苦を与えられても、弁明の余地が無いと覚悟しながら。
だが、次には覚悟を決めたように拳を握る。
目を真っ直ぐと承太郎や獅子劫たちに向ける。ギラギラと輝くその真紅な瞳を、まるで誰かに叩きつけるように。
「ただ、これはまだ決めかねているが……出来れば仲間の解放をしたい。そのためにユグドミレニアを倒す必要がある。その目的だけは、お前たちと共有できると思っている」
その強い一言に、承太郎は口を噤む。自分から彼女に言うことは、もう一つも無いだろうと感じた。トゥールは己の言葉で、己の気持ちで、今ここに宣言したのだ。たとえ、それが仮初の目的だったとしても、彼女はそれを今は実行すると決めた。
セイバーや獅子劫も、それである程度の納得をしたのか、それ以上トゥールに対し何かを言うことはなかった。
「それじゃ、嬢ちゃんの意気込みも聞けたことだし、そろそろ今後について話をするか」
獅子劫は場を仕切り直すべく、両手を打ち鳴らす。パンと乾いた音が響けば、その一室にいる全員の顔に真剣さが増した。
「結局、俺たち全員あの城へは絶対に行かなければいけない訳だが……、さてどうしたものか」
獅子劫がそう悩ましげに言う。
承太郎も何か良い案が無いか、吸い終わったタバコの吸い殻を灰皿に入れながら考えた。
すると、そんな中を割って入るようにトゥールが唐突に右手をあげる。
「うまくいくか分からないが、一つ私から提案がある」
トゥールはそう簡単に前置きを置いた。彼女のいつもの無表情とも取れるのっぺりとした顔からは、確かな覇気が感じ取れる。
まさかトゥールから提案されると思っていなかった獅子劫は、サングラスの位置を直しながらその意図を尋ねた。
「なんだ、嬢ちゃん?」
「私は奴らに作られたホムンクルスだ。城に帰るという名目であれば、すんなりあそこに入れる。潜入調査とまではいかないかもしれないが、内部にいれば何かと便利な事があるかもしれない」
トゥールの言ったことはまさしく的を射てはいた。
今欲しいのは、戦力でも、強力な武器でも、ましてや大量の資金でも無い。最も戦争をする際に欲しいものは、相手方の情報である。
電子化が進み出した現在において、情報戦の重要性は認識されつつあった。必要なときに、必要な情報を、必要な人へ送る。それが適宜できれば、常に先手をとり相手を撹乱することができる。
聖杯大戦で言えば、マスターの情報、サーヴァントの情報、城塞の情報、大聖杯の場所の情報など、欲しい情報をあげればキリがないほどだ。それらをトゥールがもし獅子劫たちへと流し、さらに戦争時には相手の手の内を常時教えてくれるのであれば、この聖杯大戦は勝ったも当然と言える。
けれど、獅子劫の顔色はあまり良く無い。眉は下がり、何か懸念事項があるといった雰囲気だ。
「まあ、こちら側の侵入者を入れるというのはありなんだが」
そこで獅子劫の言葉が止まる。口先は固く結ばれており、この先の言葉を濁しているように思えた。
全てを察したトゥールは目を閉じ、頭を左右に振ると獅子劫の代わりに言葉を続ける。
「案ずるな。何かあれば自刃する。裏切り行為や失敗行為が恐ろしいのであれば、呪術の類でもかけてもらってかまわん。小銭稼ぎの死霊魔術師ならそのくらい心得ているだろ?」
獅子劫はトゥールの眼を見ていた。トゥールも自身の心情を曝け出すかのように、その視線から外れようとはしない。
数秒の後、獅子劫は自身の敗北を悟ったのか、それともトゥールの気概を買うことにしたのか、乱暴に自身の髪の毛を掻き上げる。
利用する者は利用する。それが魔術師というのであれば、獅子劫も一廉の魔術師と言えよう。承太郎とは違い、トゥールは相手側が作った人造人間でしかない。獅子劫の個人的利益にトゥールの生死は関係なかった。
「ふむ。連絡手段は何か持っているか?」
「今のところは何も。できれば欲しいな」
「魔術道具だと勘付かれる可能性が高いな。携帯を渡しておく。掛け方は分かるか?」
「もとよりホムンクルスは覚えがいい方だ。一通り触ればなんとかする」
そう言って、トゥールは獅子劫から渡された予備の携帯電話を手に取る。獅子劫が携帯の使い方のレクチャーをしようとしたが、トゥールは渡された携帯を少し触り、「理解した」と端的に言った。
流石は魔術回路を基盤として作られただけのことはある。ある程度の物事についての情報整理や理解に関しては群を抜いて優秀だった。
承太郎はそんなトゥールを見ながら、なんとも言えない表情を作っていた。怒っているような、相手にケチをつけるような、そんな曖昧な表情だ。
「トゥール。お前が行ったところで何もできないかもしれないが、それでもやるのか?」
承太郎をトゥールは一瞥する。携帯を触るスピードは緩やかに遅くなり、彼女自身どんな言葉で返せば良いのか思い悩んでいるようだった。
「……分かっている。役に立てるか立てないかで言えば、『立てない』の方に比重が傾くだろう」
それがトゥールの本心だった。客観的に見てもその考えは間違ってはいない。ホムンクルス一人ができることなんてたかが知れている。
それでも、少しだけでも何かに報いたいと彼女は思った。何かをしなければいけないと感じていた。
あの場面で死ぬはずだった己が“生き延びてしまった”ことの意味。己がこれから生きるための方法。それらを模索しているのが彼女である。
あの逃げ出した男性型のホムンクルスと違い、トゥールは自ら望んで生存しているわけでは無い。己の意思であの魔窟から飛び出したわけでも無い。成り行きで、偶然に承太郎という男から助けられたに過ぎない。
それをただのラッキーと喜ぶには、トゥールにとってあの光景はあまりにも悲惨すぎた。仲間が爆発で死んでいく感覚、漂う死の匂い、残されたという生の実感。
戦争というものは、それだけ生命の価値観を大きく塗りつぶす。
だから、トゥールは求めた。己の存在意義を確立しようとした。
そして、あの男性型のホムンクルスならばどうするかを己に同調させた。
その結果がこれである……。
「私は……何かやらなければ生き残った意味がない」
トゥールがそう弱々しく呟く。獅子劫やセイバーはそれを決まりが悪そうな顔で見ていた。獅子劫たちは既に彼女の同族を殺しているから、居た堪れない気持ちになったのだ。
承太郎は目の前に置かれていた紅茶を飲むと、少し考えた。
「……そこまで言うなら止めねーぜ。好きにしな」
その言葉だけでトゥールは十分だった。命をくれた男が認めてくれるのであれば、この生き方は間違えではないのだと胸を張って言えるからだ。
トゥールは今までの無表情とは違い少しはにかむと、誰にも見られないよう直ぐにいつものフェイスへと戻す。
「……お前にしては偉く気の利いた言葉だ」
これが照れ隠しなのか、はたまたただの皮肉なのか、それは誰も分からない。
そんな中、早くこの話題を変えたいと思っていた獅子劫は、会話が止まったのをチャンスと見るなり慌てて違う話を始める。
「トゥールの嬢ちゃん、ついでにミレニア城塞の見取り図なんかも作って欲しいんだが、それは出来るか?」
トゥールは獅子劫の唐突な慌てように訝しげな視線を送る。
獅子劫も流石に今の話題転換は無理があったかと内心で自嘲した。
「その強面で何を狼狽えている……。私も全容を把握しているわけではないが、ある程度ならば書けるだろう。ジョジョ、ペンとメモ帳を借りる」
そう言ってトゥールが承太郎の方に手を差し向けてきた。その手が意味することが何か悟った承太郎は懐にしまっていたペンとメモ帳を渡す。
「ほれ」
トゥールがそれを受け取ると、獅子劫に言われた通り、思い出す限りでのミレニア城塞見取り図を作図しはじめた。
「だがようマスター。全面的に戦争をけしかけるのはあの奸物のマスターからの合図が来てからだろ? その間に何か出来るのか?」
暗に、やれることは無いのではないかと言いたげなセイバー。獅子劫もその言葉に対し考え深げに唸る。
「まあ、やれる事は少ないわな。精々、あちら側のサーヴァント情報を引き出すことと、迎撃対策がどうなっているのかを知れば、こっちも……あ、っ」
獅子劫は唐突に何か気づいたような声をあげる。
あまりの突然さに、セイバーをはじめ紅茶を淹れようとしていた承太郎も、作図していたトゥールも、一様に獅子劫の顔色を伺った。
「なんだよ、いきなり。気の抜けた声出しやがって」
「……赤のバーサーカーの事を忘れていた」
「あ、あァ。さっき神父が言ってたやつな」
セイバーは獅子劫の簡易的な説明だけで納得したような顔をする。
けれど、承太郎やトゥールには「赤のバーサーカー」という単語だけでは意味が伝わらない。
「どうした?」
承太郎がそう尋ねる。
「今、ミレニア城塞に赤のバーサーカーが暴走して単騎で突っ込んでるんだとよ。さっき、胡散くせェ神父に挨拶しに行った時に聞かせられたぜ」
セイバーはひどく面白いのか、ニヤニヤとした表情で承太郎にそう説明してやった。
セイバーからすれば、バーサーカーというクラスは雑兵である。全面戦争に突入すれば、真っ先に敗退するだけのサーヴァントとしか認識していない。理性が吹き飛んでいるせいで、戦略も策略も全て無駄。仲間の肉壁となればまだマシな類とすら思っている。
そんなバーサーカーがユグドミレニアの城に単騎で攻め入ったとしても、どうでも良いという感想しか持ち合わせていない。
獅子劫はそんなセイバーを無視して、片手をパッと広げた。
「トゥールが帰るときにもしかしたら鉢合わせるかもしれないな」
「あァ? コイツと鉢合わせることに、何か問題でもあるのか?」
「逆だ、逆。大チャンスだ。戦闘が起こるって事は、つまりサーヴァントの戦いがあるって事だ。トゥール。危険ではあるが、やれるか?」
もうこうなっては赤のバーサーカーの救出は不可能と見限るしかない。であるならば、今はその窮地を少しでもチャンスに変えるために行動をすれば良い。
獅子劫の言葉に同感するのか、トゥールは静かに首肯してみせた。
「そういう事なら任せろ。私は私に出来る事をやる」
そう言って、すぐさまミレニア城塞の見取り図作成作業に戻るトゥール。
それを傍目で見ていたセイバーは、己のマスターが何を考えているのか察し、内心ほくそ笑んだ。
「承太郎に関しては、俺たちと共同戦線だ。悪いがお前さんを一人にできる状態じゃなくなった。敵さんにバレているからな、顔と名前」
承太郎もそのことに関しては不満がないらしく、ひとまず獅子劫に言われた通り動くことにする。
「そういう事なら黙ってついていくぜ」
そんなやりとりをぼんやりとセイバーは眺めながら、テーブルに頬杖をついた。
「で、そのオレたちはオレたちでどうするんだよ」
いまだ自分がこれからどのような事をさせられるのか聞いていないセイバー。さっさと教えて欲しいのか獅子劫をせっつく。
しかし、その急かされている当人も、まだするべき事を悩んでいるらしく、腕を組んで唸り声をあげた。戦争は遅れた方が負けるため、さっさと方針は決めてしまいたい。
すると、獅子劫のところに一つのメッセージが入る。獅子劫は承太郎たちに断りを入れて携帯を見てみれば、ロードエルメロイ2世からのものだった。
それらを一読した瞬間、獅子劫の表情が渋いものへと切り替わった。どうやらメッセージの内容はよくないものだったらしく、セイバーは携帯を覗き込む。
「あー、少し狩りをしにいかなければならなくなったから、とりあえずシギショアラに滞在だな」
「はァ? 滞在だ? おい、トゥリファスでの物見はどうなるんだよ」
「悪いが、延期。少し黒い情報が入ってきてるからな。なんでも、バックアップとして用意された魔術師が、何人も殺されているらしい」
その言葉を聞くのと、セイバーがメッセージの内容を見るのは同時であった。