空条承太郎「聖杯大戦だと?」   作:よきき

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幕間02

 ジャンヌは承太郎と別れた後、走ってトゥリファスに到着していた。承太郎から携帯と財布を押し付けられてはいるものの、使う気になれなかったからだ。しかし、夜通し走り続けたせいか、かなり気疲れが溜まっていた。

 ジャンヌはひとまず自分の荷物を握りなおす。

 両手に収まる大きさの旅行鞄。それを持って木造でできた小さな教会の戸を叩いた。

 教会から出てきたのは一人のシスターだった。とりあえずジャンヌは、数日間の滞在を願い出ることにする。

 

「良いですよ。屋根裏部屋になりますが大丈夫ですか?」

 

 シスターがそう返してきたので、ジャンヌはそれに対しうなずきで返す。もとよりジャンヌからすれば、屋根裏で寝泊りするつもりであった。今更寝泊まりする部屋で気変わりなどするはずもない。

 シスターの案内でジャンヌは聖堂の中へと入った。こじんまりとしたホールではあるが、設置されている祭壇や長椅子、柱頭に至るまで汚れや埃がひとつも見つからない。シスターの信心深さがうかがえた。

 身廊を歩いていたジャンヌは少し歩みを止め、祈りを捧げる。久々の教会ということもあり、彼女の心にしみたのかもしれない。シスターはそんなジャンヌを懇篤な笑顔で見つめた。

 

「私の名前はアルマ・ペトレシアというの。あなたのお名前は?」

 

 きいきいと鳴る梯子を上りながらアルマが尋ねる。

 

「レティシアとお呼びください」

 

 アルマの後をついていくようにジャンヌも梯子に手と足をかけ始めた。

 

「此度はこのトゥリファスに何用で来られたの?」

「学識を深めようと、教会を巡っていまして」

「へー、偉いのね。まだ学生でしょ、レティシアは」

 

 ジャンヌはその言葉に頷く。レティシアという人間が女学生のため、それは間違いじゃなかった。

「じゃあ、ゆっくりと学ばないとね」と、アルマがそう言い終わると同時に、彼女は梯子を上りきる。ジャンヌもそれに追随する形で上り終えてみれば、そこにはベッドとナイトテーブルだけが置かれた簡素な屋根裏部屋が広がっていた。

 

「普段あまり使ってない部屋だけど好きに使って」

 

 アルマはベッドのシーツの皴を伸ばしながら気恥ずかしそうに言う。ジャンヌはつられて屋根裏部屋を見渡してみるが、普段使っていないにしては妙に掃除が行き届いているのが分かった。

 ジャンヌは持っていた旅行鞄をナイトテーブルの上に置き、アルマの方へと向き直る。

 

「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきますね」

「どうぞ。私は聖堂の掃除に戻るわ。今晩の食事ができたら呼びにきます。何か聞きたいことがあれば大声で呼んでちょうだい。ここなら大抵の場所から声が聞こえるから」

 

 アルマはそう言って耳の方を指差しながら、からっと笑う。

 そんなアルマを見てジャンヌは数回、目をぱちぱちと開閉させると、両腕の裾を捲り上げた。

 

「私もお手伝いいたしますよ。一飯お世話になるのですから」

 

 ジャンヌがそう言うも、アルマは悩ましげな声を漏らす。アルマからすればジャンヌは客人である。そんな彼女を働かせていいものなのか考えているのだろう。

 少しの間尻込みしていると、アルマも渋々納得できたのか掃除を手伝ってもらうとにした。人の善意を無碍にすることの方が、悪徳だと思ったのだろう。そのため、ジャンヌにはダイニングとキッチンの掃除を任せられる。掃除場所を割り振られたジャンヌは、意気揚々といった様子でアルマから渡された箒と濡れた雑巾を持って、その場所へと向かった。

 ジャンヌがキッチンに着くと、そこには知識でしか知り得ない品物が置かれていた。常に食べ物を冷やせる「冷蔵庫」。冷めたものを温めなおせる「電子レンジ」。火をつけるのに薪を必要としない「ガスコンロ」。

 特に、冷蔵庫というものにジャンヌは興味を持つ。中世の時代において食の保存方法は漬けるか、燻すか、発酵させるかでしかなかった。食本来の旨みは消え、新鮮などとはほど遠いものばかり口にしていたのだ。別にそれに対して不平不満があったわけではない。むしろ、一工夫されていて美味しいとは思っていた。それでも、毎日加工されていないものを食べられるという幸福には、少し憧れる。

 濡れた雑巾を一度隅の方へ置き、箒を使って、あるのか分からない埃を取り除く。一面それができたら、次は濡れた雑巾に持ち替え床を拭いて回った。それをダイニングでも繰り返す。まだ村娘だった頃に姉や兄とよくやったことだ。

 ダイニングの掃除がちょうど終わった時、アルマがこちらへ様子を見にきた。

 

「あら、早いのね。もう終わったの?」

 

 アルマが瞠目しながらそう言うので、ジャンヌは思わず吹き出してしまう。

 

「ええ。最初からそこまで汚れていませんでしたし。掃除は楽なものでしたよ」

 

 ジャンヌは拭き終えた雑巾をバケツに入った水で洗う。水は対して汚れることはなく、元から床が綺麗だったことを証明してみせた。洗い終わった雑巾を干すために窓枠にかけてやると、今にも振り出しそうな鉛色の空が顔を覗かせた。

 水気の含んだ空気が鼻腔をくすぐる。ペトリコールとはまた違った独特の匂い。

 今夜は降り出しそうだなと感じるジャンヌに、アルマは手に持っていたお菓子を差し出した。

 

「はい、どうぞ。よかったら食べて」

 

 それはよく見てみれば菓子パンのようなものだった。パン生地が筒状に丸められて、綺麗に焼かれている。

 

「これは?」ジャンヌは菓子パンを受け取りながら聞く。

「クルトシュ・カラーチよ」アルマが説明しながら「ルーマニアではよくあるわ、美味しいの」と言ってそれを頬張り始めた。

 

 ジャンヌもそれを見て、クルトシュを口に入れる。

 舌の上で広がる甘み。砂糖のざらついた食感がなんともたまらない。パン生地の外側はパリッと音を鳴らし、内側はふんわりとしていた。

 ホテルで振る舞われた高級な食事も美味しかったが、庶民的な菓子パンも負けていない。一口噛みつけば、もう一口、二口と自然に食が進む。

 アルマはジャンヌの食べっぷりを、バードウォッチングでもしているかのようにまじまじと見つめる。ジャンヌはその視線に気付きアルマの方へ向くと、二人とも身長が同じくらいのせいか自然と目が鉢合わせた。自分たちの他に誰もいないとは言え、流石に少し驚いたジャンヌは咄嗟に声をあげそうになる。

 

「よかった、なんか元気でたみたいね」

 

 アルマが言う。

 なんのことを言われているのか分からないジャンヌは首を傾げた。

 

「だってレティシア。教会に来た時から顔色悪かったもの」

 

 ジャンヌは少し前の自分を思い出す。確かに、彼女の言うとおりあまり晴々とした気分ではなかった。教会に来て早急に祈りを捧げたのも、自分の心を落ち着かせたいから行ったのかもしれない。

 元気がなかった理由は自分にも分からない。指摘されるまでその事実に気付いてもいなかったし、自分が胸の内に悩みを抱えるような人間とは思えなかった。もしかしたら、レティシアの心がジャンヌに影響を与えているのではないかと考えてもみる。聖杯大戦が本格的に始まりだし、知らず知らずのうちにレティシアへ心的負担をかけているのかもしれない。全ては推論に過ぎないが。

 

「ありがとうございます。心配してくださったのですね」

 

 ジャンヌが感謝の言葉を述べる。

 原因の追求はいつだってできるのだ。今することは心配してくれたアルマへ謝意を表すこと。

 

「気にしないで。掃除も終わったことだし、レティシアも好きにしていいわよ」

 

 アルマは慣れた様子でケトルに水を入れると、コンロで湯を沸かし始める。手にインスタントコーヒーを持っているのを見れば、これからコーヒーを飲もうとしているのが分かった。

 アルマがジャンヌにも淹れようか尋ねてくれるが、ジャンヌはそれを丁重にお断りする。レティシアの知識としてコーヒーというものを知り得てはいるが、生前に存在していなかった黒い液体を飲む気にはなれなかった。

 

「私は屋根裏部屋で休ませてもらいます」

 

 ジャンヌがクルトシュを食べ終えそう告げる。

 

「ええ。なら、夕食の時間になれば知らせるわ」

 

 アルマはそう言って笑顔を浮かべた。

 ジャンヌは部屋に戻ると早速ルーラーとしての仕事を開始する。本来であれば夜に活動を始めればいいのだが、昨日はそれで赤のランサーの動きを察知するのが遅れてしまった。

 戦場で次は無い。

 アルマといった善良な市民がまた狙われ無いという保証は無かった。

 ジャンヌは両陣営のサーヴァントの動きを監視するため自身に与えられた特権の一つを使用する。

 教会で汲んだ聖水を活用した探知機能。アサシンの気配遮断すら無視するそれは、水で象られたトゥリファスの街並みにサーヴァント反応を表す。

 トゥリファスの街に赤のサーヴァントが一体。どうやら辺りを散策しているらしい。偵察か何かであろうか。考えられるクラスはアサシンかアーチャー。一体しかいないところを見ると、赤の陣営の本拠点は近隣の都市といったところ。

 対するミレニア城塞には黒のサーヴァントが六体。敗退したセイバー以外を除けばそこに全てのサーヴァントが固まっていると思われる。

 

「……むぅ?」

 

 奇体な声を出しつつ、ジャンヌはある一点を注視する。

 見るのはミレニア城塞にいるひとつのサーヴァント反応。か細く、弱い因果線。例えるのであれば瀕死の状態、または消滅寸前のサーヴァント。戦力足り得ないだろう者がミレニア城塞にはいる。

 

「おかしい。戦闘はなかったはずですが……、内輪揉め?」

 

 そう決めつけるのは時期尚早かもしれないが、逆に言えばそのくらいしか候補が出てこない。赤のアサシンに不意打ちされたとしても、それだけではこの状況の説明がつかなかった。

 とすれば、黒の陣営に何か問題が……。

 ミレニア城塞に漂う不穏な空気にジャンヌは逡巡する。昨晩に関しても、どこか黒の陣営はおかしかった。ジークフリートとそのマスター。事を急ぎ過ぎているようにうかがえる。

 もし運営者として知らなければいけない事実があるのなら、それは聖杯大戦どころの話ではない。今すぐにでも、休戦なり終戦なりして問題解決に勤しむべき事案だ。

 

「とりあえず、事情を聞いた方が早いですね。昨晩の件もありますし」

 

 聖水でできた街を崩落させながら、ジャンヌは言う。

 そろそろ夜も更けてきた。あと1、2時間もすれば太陽は沈みきり、この街に大きな影を落とすだろう。

 夕食を食べ終えてからミレニア城塞に行く事を決めたジャンヌは、ひとまず体を休めるため少しの間、夢の世界へと意識を落とす。

 聖杯大戦二日目の夜はもうすぐだ。

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