空条承太郎「聖杯大戦だと?」   作:よきき

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EP13

 そこは妙に薄暗い部屋だった。

 装飾という装飾はあまりない。目立つものをあげるとすれば、価値も分からぬ絵画が数点だけ壁にかけられているくらいだ。味気がないと言ってしまえばその程度の問題なのかもしれない。壁に貼り付けられた宗教画とも、風刺画とも言えないそれらは、メノラーの灯火で妙に見栄えていた。

 来たことのない一室。ミレニア城塞に召喚されてから一度も足を踏み入れたことのなかった未踏の場所。アストルフォは辺りを眺めながら、不平の声を漏らす。

 

「なんか気味悪い」

 

 それは直球な感想だった。

 彼のような純然たる英霊がそう判断したのだから、一般人がこの場見たら、さぞ顔を歪めることだろう。それくらいこの空間は異質だった。

 絵だけが飾られている空間には、何か魔術的意味が込められているのかもしれない。もしかしたら、深い深い誰かの陰謀が渦巻いているのかもしれない。

 それでもアストルフォはこの空間を「気味が悪い」と断ずるだろう。誰かの思いの丈も、野望するらも、彼はそれら全てをひっくるめてそう判断するのだ。

 そんなアストルフォを無視するかのように、目の前で道案内をしていたヴラドがふと部屋の隅を見やった。

 

「連れてきたぞ」

 

 低く述べられた簡素な言葉。

 しかし、それに呼応するかのように部屋の隅からはぬるりと影が姿を現す。

 

「ああ。そのようだな」

 

 そう告げたのは青い長髪に、黒のマスター達と同じような服を着た人物。顔の血色は微かな光に当てられているせいかほんのり白い。

 そいつはアストルフォが未だ会った事のない男性であった。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてかな、ライダー」

 

 現れた影——ダーニックが飄々とした態度で挨拶をした。

 それに合わせるようアストルフォも軽快に笑う。浮かべたのは決して友好的な笑みなどではない。それは、原始的な威嚇とも思える獰猛な笑みだった。

 

「ああ。ボク達が召喚されてから、君は一度も顔を見せたことがないからね。よっぽど顔にコンプレックスがあるのかと思ったよ」

「これは手厳しい意見だ。私としても早く他のサーヴァント達と顔を合わせたかったのだが」

 

 誰がどう考えても嘘だと思える言い訳。弁明する気がないのか、それとも相手の神経を逆撫でしたいのか、ダーニックの言葉はあまりにも軽かった。

 くつくつと笑うダーニックに、アストルフォは苛立ちを覚えつつ適当な相槌で返す。

 こういった相手にわざわざ乗っかってやる必要はないのだと、理性が蒸発した状態でも分別はついたらしい。

 

「さて、ここに来た理由は何か教えて欲しい。私も暇ではないので手短に頼む」

 

 ダーニックが手に持った杖を眺めながらそう告げる。

 本題に入ることを察したのか、道案内をしたヴラドがそっと壁に寄りかかった。どうやら男は、今回の会話にも参戦する気がないらしい。

 

「なら率直に聞きたい。彼に何をした」

 

 アストルフォはヴラドを指差して問いかけた。

 ダーニックはその指先に目線を這わせると、なにかが面白おかしいのか目で笑う。

 

「彼、というのはヴラドのことを指し示す言葉かね?」

「そうだ! 何故ホムンクルスであった彼からサーヴァントの気配がする!」

 

「ふむ」と一丁前に悩んだ素振りを見せるダーニック。

 だが、彼が考えていることがアストルフォの望む通りのことに関してなのかは、分からなかった。

 

「それを聞いてどうする?」

「どうもこうもない。もし、僕が考えている通りの悲惨な事件が起こっていたなら、僕は全力で彼を元に戻す。それだけだ」

「直すだけか?」

「……ああ、直すだけだ。一応、黒のサーヴァントとして呼ばれれた矜持は持っている」

 

 聞きたいことを聞き終えたのか、ダーニックはひとり納得したように頷いた。

 そして杖を大袈裟にパッと振るうと、物言わぬヴラドを指し示す。まるで王様が民へ号令を下すかのように、傲慢で不遜な振る舞いだ。

 

「ならば答えよう——なに、簡単な話だ。彼の体に()()()()()()()()()()()()()した」

 

 それが孕んだ意味とは、詰まるところ恐ろしいの一言に限った。

 他人の体に、他人の魂——つまりは情報を無理やり流し込む。

 一つの家で二人がルームシェアをするのとは訳が違う。一つの家を、横から急に塗り替え、材質を張り替え、さらには中身を適当に引き抜いては物資を注ぎ込む。やっていることは、ただの改竄行為。もっとひどく言えば、盗賊の所業である。

 

「なんだって——?」

 

 あまりの荒唐無稽な話に、アストルフォからはつい気の抜けた声が出た。

 サーヴァントから見たデミ・サーヴァントなど、よほどの異常事態でもない限り認められるはずもない。

 

「本来であれば不可能とされる肉体への直接召喚だ。大聖杯を模倣した英霊召喚システムを活用し、彼の体内にヴラドの聖遺物を埋め込むことで不可能を可能にさせた。おかげで魔力供給のホムンクルス78体ばかり消費してしまったが、まあそれも栓無きこと。奴らはいつだって鋳造できる」

 

 その言葉に嫌な表情を浮かべたのは、アストルフォではなくヴラドであった。

 男はダーニックの発言で、何か嫌なことを思い出したのかもしれない。

 

「そんなの……英霊が受け入れるわけがないだろう……。それが例え反英霊だって、誰かと交わりたいと考えるわけがない!」

 

 アストルフォの無垢な怒号が空間に響き渡る。嘆願とも取れる悲痛な叫び声。

 彼の言う通り、どんな英霊でも誰かと交わることなど良しとしない。それこそ、憑依体である誰かを傷つけてまで現世に姿を現したいなどと思わないものだ。それは、未来の話である一人の少女の時だって、変わらない真実だった。

 

「私もそう思った。そもそも、この召喚を試すこと自体()()()()でしかない。だが、結果は違った。現に彼はヴラドとなっている。残骸ではあるが、その力の一端を引き継いでいる。きっと、あのホムンクルスの中に入ったヴラドには、己の信念以上に成し遂げたいことがあったのだろう」

 

 ダーニックの言葉は、所詮、憶測でしかないことなどアストルフォは分かっていた。

 どんなものでも英霊は英霊。人を助け、人理に貢献し、世界を回す潤滑油となった英傑たちだ。その方法は千差万別なれど、そこで生まれるのは確かな希望である。

 私利私欲のためだけに走るような者が、結論として英霊になれるわけもなく、また、英霊となったものが私利私欲のみで動くはずもない。

 ある英霊は民を救うべく、人間性すらも切り離し完璧な王として君臨した。

 ある英霊は呪詛の如き憧憬に囚われ、他人を救い続けた。

 ある英霊は救国の未来のため、己の運命を主へと捧げた。

 それらが英霊であり、それらが世に語られ続ける英雄譚である。

 決して、無垢な魂を蹂躙してまで私服を肥したい大間抜けなどではない。

 

「無垢な魂を利用し、生物兵器でも作る気か」アストルフォは歯を強く噛み締め、ダーニックへ、怒気を孕ませた瞳で睨んだ。

「生物兵器、か。言い得て妙だな」生命を弄んだことへの罪悪感など無いのか、ダーニックの声はいつまでも平坦である。

 

「常々私は思っていた。第三次聖杯大戦の時にも考えていた。サーヴァントは令呪という絶対的命令権で縛れているが、それも安心できる()()ではない。圧倒的意志の前では令呪が覆されることもあるし、なんと言っても回数制限がある」

 

 ダーニックがそう言って掲げるのは「2画」の令呪。

 

「だからこそ、サーヴァントとマスターの関係性はもっと重要視されるべきだとボクは思っている」

「それは違う。元より英霊とは世界の兵器、抑止力の道具に過ぎない。行使する側が欲しいのは、お前達英雄の“力”であって、そこに意思や感情は不要でしかない。その点では、お前達のそれはシステムの欠陥と言える」

 

 顕現する際、英霊に与えられる最適な記憶と人格。それをダーニックは不要な産物と罵る。

 

「それじゃあ、ボクたちはなんのために戦うのか分からないじゃないか!」

「分からなくて良いはずだ。考えるのはいつだって使う側なのだから。銃が一々照準先を考えるか? ミサイルが着弾点を知る必要があるか? 私たち扱う側がそれを考え、知っていれば事足りることだ」

「だから、意思のないサーヴァントを作ったりしたのか」

「必要であればなんでもする。それが、人間だ、魔術師だ」

 

 英雄という華々しい舞台装置の裏で、他者を踏み躙り、己の富を巨万とするべく奮われた暴虐の数々は存在する。

 人間の本質がどちらかと聞かれれば、間違いなく後者の方だろう。

 かの英雄王は告げる、「誰も傷つかず幸福を保つ世界はない。人間とは犠牲がなくては生を謳歌できぬ獣の名だ。平等という綺麗事は、闇を直視できぬ弱者の戯言にすぎぬ」と。

 それは間違いなく正論であり、真理である。それを証明するかのように、この世には文献があり、紡いできた歴史がある。それを否定するのは、それすなわち人の否定に相違ない。美しいところばかりを追い求め、表層だけを分厚くする不埒者の考えだ。

 そも、魔術師となれば人間の闇部分に特化した存在とも言える。ダーニックという男が他者を嘲り笑うことを躊躇するはずもなかったのだ。

 だが、それでも……それでもである。

 確かに人間の本質は汚らわしい獣と言えるだろう。人間の奥底に眠っているのは野生的本能と語れるだろう。

 しかしそれが全てではない。それだけしか持たぬ獣が、英雄などというものを輩出できるわけがないのだ。

 裏にどれほどの惨劇が眠っていようとも、確かに華々しい栄光は存在する。

 優しい世界は作られている。

 人の真理に目を向けろと識者は笑うかもしれない。

 だが、逆に愚者は人の光に目を向けろと笑ってやればいい。

 

「巫山戯るな——、」

 

 だからこそ、アストルフォは吠えずにはいられないのだ。人の光を体現した彼だからこそ、その真っ当な怒りをぶつける権利があり、資格がある。

 英雄アストルフォが人の光を訴えられず、誰が訴えられようか!

 

「巫山戯るな、ダーニック。君のやったことはただの非人道的殺人に過ぎない!」

「それがどうした。私の行ったことが、例えお前の言う通りであったとしても、それで目的が達せられるのであれば、私はそれを拒まない。私はそれだけの覚悟を持って聖杯大戦に挑んでいる。それこそが私、黄金千界樹の誇りだっ!!」

 

 静まり返る空間。

 お互いの是正を突き合わせ訪れた空虚な暇。

 アストルフォとダーニックは悟る。お互いに目の前にいる者とは一生分かり合えないのだと。

 

「彼を……ヴラドを元に戻す気はないんだね」

 

 最終確認するかのように呟かれたそれに、ダーニックは静かに頷いた。

 

「元よりそのような方法は存在しない。ホムンクルスと英雄の残骸は一つの肉体で共存している。どちらかの魂が抜ければ、肉体の崩壊が始まり死に絶えるだろう。奴を戻すにはそれこそ万能の願望器に頼るしかない」

 

 お互いに紐付けられた魂を解くには奇蹟に縋るしかないのだと、そう宣告される。

 アストルフォも、頭のどこかではそれを知っていたため、素直にその言葉を飲み込んだ。

 

「だったら、ボクたちが勝つまでの間、彼を戦いに投入しないでくれ」

 

「それもできない」ダーニックは首を振ると、持っていた杖の石突を地面に押し付ける。「あれは貴重な戦力だ」

 

「くっ、なら彼ともう一度話だけでも」

「諄い。主我主義なのは構わないが、黒の陣営としてこれ以上は利己的判断をしないでほしい」

 

 アストルフォの反応が気に入らないのか、ダーニックは小さく鼻を鳴らすと背中を向けた。

「話はここまでだ」と、暗に告げられたその対応にアストルフォは咄嗟に腕を伸ばす。ダーニックの肩を掴み取り、こちらへ向かい合わせるためだ。

 けれど、ここにきてもまだ彼の行為を邪魔する新手が存在した。

 

「ライダー。ダーニックを困らせてはいけないでしょ」

 

 聞き慣れた妖艶な声。妙に熱ぼったい、ねっとりとした女性特有のトーン。ほのかに香る血生臭さなど身に覚えがある。

 まさかと思いアストルフォが振り向けば、そこにいたのは紛う方なき、己がマスター——セレニケであった。

 

「マス……ター……? マスターがなんでここにいるのさ」

 

 信じられないと言った様子で紡がれた言葉に、セレニケは思わず欲情した表情を浮かべる。

 

「私が呼んだ。お前を引き取ってもらうためにな」

 

 次にそう告げたのは、ダーニックであった。

 ここに来る前から、アストルフォとの対談がうまくいかないと見越していた彼は、あらかじめアストルフォを制御できるようにと、令呪保持者であるセレニケをこの部屋へと案内していたのだ。

 

「さあ、戻るわよ。上で今回の戦闘を踏まえて作戦会議があるらしいから」

 

 セレニケは雑にアストルフォの腕を掴むと、力づくで引っ張る。

 当然、魔術師の非力な腕力程度でアストルフォが負けるはずもないが、下手に力も込められないためアストルフォは抵抗という抵抗ができない。

 

「ま、待ってくれマスター。まだ、ダーニックとの話が終わってない!」

「ダメよ。これ以上あなたのことでダーニックに怒られるのは勘弁だもの」

「だったら、マスターだけ戻ってて。ボクは彼を……」

 

「彼を説得する」そうアストルフォが言いかけた時だった。

 

「ねえ、貴方のマスターは私のはずよね? これ以上駄々をこねるなら令呪を使わざるを得ないのだけど?」

 

 まるで人が変わったかのようにセレニケは機械的に、無機質にそう語る。

 令呪を使う、というのはサーヴァントにとってある一種の脅迫であった。それは戦略的においても、主従関係として見ても言えることだ。

 あまりにも頓珍漢な発言にアストルフォは目をグルリと回された気分になる。

 

「なんだって?」

「ライダー。どうしてあのホムンクルスにそこまで熱情を抱くの? 私には振り向いてもくれないのに。そんなにあのホムンクルスが大事?」

 

 その問いかけは誰がどう見てもおかしな発言だ。

 アストルフォが彼に構うのは、助けてと乞われたからである。

 それなのに守りきれなかった罪悪感、英雄としての矜持が合わさり、アストルフォは彼を救うために奔走しているのだ。

 これがもし、死を受け入れ、消費されることを是としているホムンクルス相手ならば怒りは覚えたものの、それだけで済ましただろう。助けるなんてことはせず、融合させられたサーヴァントに同情の念を送るくらいだ。

 セレニケが言っているのは結局、アストルフォ個人として情が入っているのではないかということ。

 確かに、アストルフォ個人としても彼は気に入っていた。が、人は死ぬときは死ぬ。それは世の常だ。個人個人の死に挫折していたら、キリがない。

 だからアストルフォはセレニケの目を見て、しっかりと告げる。誤解の生まれないよう、丁寧に言葉を紡ぐ。

 

 

「違う、そういうことじゃない。マスターと彼を比較対象にすること自体が間違っているんだ」

 

 しかしながら、それでもセレニケの心を納得させるほどには至らない。

 

「違わないわ。あなたの言っていることはただの欺瞞よ。選別し、区別し、切り捨てる。一個人の感情だけで人を推し量り、剰えそれを正義だと謳う。あなたの方がよっぽど腐っているわ」

 

 それは黒のキャスターにも言われたセリフ。その分別こそが悪なのだと罵られた真新しい記憶。

 アストルフォは歯噛みしながら、どうして伝わらないんだと気分を害す。もやもやとした気持ちは胸中に溜まり、鬱憤はいずれ怒りへと転換する。

 理性があれば、もっとうまく交渉できたかもしれない。

 理性があれば、もっと論理的思考ができたかもしれない。

 けれどそれらは結局「たられば」でしかない。アストルフォの現在の手持ちに「理性」というものは蒸発して無くなっていた。

 

「もう一度言うわ、ライダー。戻るわよ」

 

 セレニケからの言葉。それを反芻しながら、アストルフォはぽつりぽつりと己の感情を零す。

 

「確かに、マスターたちからすればボクはエゴイストだ。理性が蒸発してる分、何を考えてるのか分からないかもしれない」

 

 色々なことが起こりすぎて、アストルフォもこれがどこから出ている言葉なのか分からない。蒸発した理性から出ているのか、それとも残った感情部から発露しているのか。自己分析するには、もう彼に余裕が残されていない。

 だが、そんな混乱した頭でも、ただ一つ言えることがある。

 それは、今はっしているのは間違いなく己の魂である、ということだ。

 

「それでも、ボクは、自分の意思を曲げたりしない! 決して、途中で投げ出さない! 助けてと伸ばされた手を、生きたいと願った心を、叶えてやれなくて何が英雄だ!」

 

 セレニケの腕を振り解いて放たれた咆哮。こんな反逆行為とも取れることをしたら、彼女が血迷った行為をするなど簡単に想像がつくのに。

 それでもアストルフォは自分の考えを、自分の正義を泥水に投げつける気にはなれなかった。正しいとか、間違っているとか、そんな低俗な話ではないから。

 これはまさしくアストルフォという英雄が示す、己の形である。

 

「だ、そうだが、ダーニック」

 

 瞬間、場を凍り付かせるほどの声が轟く。

 声の方を見れば、いつの間にかアストルフォの目の前——、セレニケとの間に一人の男が佇んでいた。

 どうやってそれをしたのか分からない。霊体化を駆使していたとしても、あまりに突拍子すぎる。

 謎の登場を果たした男は、暗闇で映える金色の髪を揺らしながら、アストルフォを静かに見下ろした。

 

「君は——誰だ?」

 

 アストルフォは息を呑みながら、嗄れた声でそう問いかける。

 

「俺か? ふん、俺はダーニックのサーヴァントだ。そう言う君はライダーのアストルフォだったか」

 

 気さくとも取れる軽快な挨拶文。

 アストルフォは目の前の男がサーヴァントだということを改めて認識し、ハッと我に返る。

 そうだ、このサーヴァントを説得してダーニックへ進言しよう、そういう腹づもりなのだ。

 

「君からも言ってやってくれ! 英霊としてこれは間違えてるって!」

 

 身振り手振りで訴えかけてくるアストルフォを、金色の男はゆっくりと見定める。

 

「ああ、そうだな。英霊としてこの行いは正しくない。英霊とは正しきを貫き、己を貫き、それを成し遂げてきた人物だ。そこに一切の他言はなく、第三者からの介入もない。まさに英傑、剛勇、その名に恥じることのない存在」

「そうだろ! だったら!」

 

 

「だが、それは英霊としての話だ。このD I Oには関係ない」

 

 

 ぴしゃり。

 先ほどまで話が分かるサーヴァントと喜んでいたアストルフォが「え?」と呟く。

 

「どういうこと……。サーヴァントのくせに、英霊が関係ないって」

 

 恐る恐る、アストルフォは眼前に広がる偉丈夫を見上げながら問うた。

 

「言い方が悪かったようだ、言い直そう。そのような生まれたての赤ん坊のような考え方、このD I Oは持ち合わせていないって言ったのだ……お前のようなサーヴァントと一緒にするな、と言っているのだ……」

 

 金色の男は、アストルフォの値踏みが終わったのかサッと押し退けてダーニックの元へと歩み寄る。

 ダーニックはそれに呼応するかの如く、その場で跪いた。先ほどとは打って変わって礼節を持った態度だ。どちらがサーヴァントでマスターなのか、傍目から見ても分からない。

 

「どう致しますか」

 

 ダーニックが金色の男へと問いかける。

 金色の男は懐から取り出した本をひらりと開けながら考える。

 手に持っている本の題名は、シャルルマーニュ伝説と表記されていた。

 

「お前の賭けは負けだな、ダーニック。黒のライダーが引き下がる隙に攻撃予定だったが、このアストルフォとかいうサーヴァントは一歩も引かなかった」

 

 金色の男が言う通り、アストルフォは多勢に無勢でありながらも立ち向かい続けた。

 それは決して誰もが真似ることのできない行いである。それこそ、新たなシャルルマーニュ伝説の外伝が紡がれたと行ってもいい。騎士道に誉あれとはよく言ったものだ。

 

「黒のライダーは思ったより高潔だった。理性が蒸発している分、善の本能が強く出ているみたいじゃあないか。致し方あるまい。無理矢理にでも肉の芽を試してみるとしよう」

 

 だが、騎士道など金色の男には関係ない。清廉な英雄譚などどうでもいい。男が目指すものは勝利して支配することのみ。結果が良ければ、その過程など瑣末なことでしかない。

 

「っ、逃げるよ、マスター!」

 

 咄嗟に嫌な雰囲気を感じ取ったアストルフォはさすがというべきだろうか。金色の男が本を開いたまま立っているにも関わらず、その場から離脱することを瞬時に判断した。

 もし、そのまま呆然と立ち尽くしていたならば、今頃彼の頭に金色の男の髪が刺さっていただろう。危機察知能力に長けているというのは、戦場において美徳である。

 

「無駄無駄無駄無駄あ。お前は既に終わっている」

 

 しかしそれを踏まえても金色の男は冷静であった。

 相手をするのは、自分が今まで従えてきた無頼の殺し屋や、スタンド使いなどではない。戦場に身を落とし、死後英霊へと祀り上げられた本物なのだ。

 金色の男がそれ相応の準備をせずに姿を現すはずなどなかったのである。

 

「マスター、何をしてるんだ、早く手を取って!!」

 

 自身の愛馬——ヒポグリフに跨りながら、咄嗟にセレニケの手を取ろうとするアストルフォ。先ほどまでの口論など気にもしない様子から、彼の精神的なタフネスさを物語っている。

 けれど、現在においてそんなことはどうでもいい。一分一秒すらも惜しまれるこの状況で、アストルフォもとやかく言うつもりが無かった。

 行うべきことはただ一つ。この場からの即離脱。

 正直、最初はヴラドの方も乗せるかどうか迷ったが、生憎ヒポグリフに三人乗馬はきつい。ともなれば、ここで最優先されるのは生命線でもあるマスターだけとなる。

 これからの黒の陣営とか、聖杯大戦に関することなんかは当然、度外視されている。正常に生きていこそ次があるのであって、ここで致命的ダメージを与えられれば次も何も無くなってしまう。

 アストルフォの必死な形相で何かを窺い知ったのか、セレニケはその手を取ろうとし——なぜか止めた。

 

「ねえ、アストルフォ。私。賭けをしていたの」

 

 反して、手ではなくセレニケの言葉が差し伸べられる。

 突然の言葉にアストルフォは疑問符を浮かべるものの、背後で妖艶に笑う金色の男を見て背筋が凍りついた。

 

「まさか……っ!?」

 

 がばっ!

 セレニケの煌々と輝く令呪の手が、アストルフォが差し出していた手を掴み取る。

 

「ダーニックと賭けをしていたのは私よ! ライダー!!」

 

 一瞬だけ脳裏に過ぎる「死」の文字。

 はっと壁際を見れば、そこには物静かに現状をただ生還している彼に似たヴラドの姿。

 

 守ってあげられなくてごめん。助けてあげられなくてごめん。

 

 最後だけ、最後だけそんな消え入りそうな謝罪を述べようとするも、舌がうまく回らない。

 自分の伝説はここで終幕なのかと、恥を忍んでそれを悔やむ。人生とはいつか終わりが来るもの。それが早いか遅いかだけの違いなのに、今はそれが憎たらしい。

 

「第四の黒が令呪を持って命ずる!」

 

 セレニケに手を掴まれたまま顔を歪める。あと一説唱えられれば己の体に大量の魔力と命令系統が送り込まれる。

 それだけは嫌だ、それだけは。

 最後を惨めったらしく飾るつもりは無かった。

 最後を泥臭くする気など無かった。

 英雄らしく、騎士らしく己があるまま終わりを迎えるつもりだった。

 けれど、アストルフォはそんな己の意地を一笑に付す。

 

「マスタああああああああああああ!!!!」

 

 腹の奥底から声をぶち上げた。

 中性的な声が、男らしく張りのある声へと転じた。

 セレニケの手を振り払い、後方へと投げ打った。

 それはどんな世界線でもあり得なかったこと。どれだけ汚らしいマスターでも、それを許容していたアストルフォが、天敵が存在しないはずのアストルフォが、初めて()()()()()()()()()()した。

 

 だが、だからと言って、なんとなろう。

 令呪の発動はすでに始まってしまっているのだ。拒絶をすると言うのなら、アストルフォは本来、セレニケの首を落とすべきだった。

 けれど、そこまではできなかった。精々が突き飛ばす程度、相手の骨を何本かへし折る程度しか痛めつけられない。それが、彼の弱さであると同時に美しさでもあるのだから。

 

「アストルフォ! D I O様を受け——」

 

 額から流れる血を、目の前で困り果てるアストルフォを見ながら、セレニケは声高らかに宣言する。

「いれろ」そう宣言するだけで、セレニケたちの勝利は確定する。

 正義だ、仁義だ、道徳だ、と宣う厄介なサーヴァントは順々たる下僕と成り下がる。ホムンクルスしか見ない彼の情熱を、自身へと差し向けることができる。

 歪んだ恋慕。倒錯的な愛情。

 どれもこれもセレニケには初めての感情だった。それを今、ここで実らせることができる。

 狂喜乱舞。日頃、殺意に満ち溢れた彼女に親しみのない思いたち。

 だから気づかない。だから見落としてしまう。

 日常に慣れ親しんだ殺意なんかより、非日常的な感情に身を委ねてしまっていたから……。

 

 スパアン——。

 

 セレニケの声より先に飛び散る鮮血……。

 空中へ投げ飛ばされた令呪を伴ったセレニケの右腕……。

 そして、それを舞い上がらせたであろう犯人——斧槍を振り下ろしていたトゥールが静かに舌打ちする。

 

「外したか」

 

 あまりにも予想外のことに、セレニケに痛みよりも混乱が先に襲った。

 あと少しで自分が思い描いた通りの未来になるはずだったのに。それが全て、彼女の目の前で瓦解したのだ。

 

「な、んです、て……?」

 

 そしてそれら一連の流れを興味深そうに眺めるのは金色の男——、DIO。

 

「——ほう。ヴラドに勘づかれず、付いて来た小鼠がいたか」

 

 ダーニックがその言葉を聞いてサッとヴラドの方を見つめれば、ヴラドは知らん顔で瞼を閉じる。

 

「時間がない、ライダー! 全力で私を連れて飛べ!!」

 

 トゥールは同胞の仇であるセレニケにトドメをさせないと判断し、咄嗟に指示を飛ばす。

 正直、ここまで派手に動いてしまったのはあまりにも無計画的すぎた。本来であれば、黒の仲間割れなど無視して、ジョジョたちに知らせるべきであったのだ。

 だが、今それを悔やんでも後の祭り。今やるべきことをしっかりと行うために、トゥールは地面に落ちたセレニケの右手を回収する。アストルフォもその行為の意味を理解したのか、ヒポグリフを巧みに操りトゥールを乗せた。

 そして、トゥールはあらかじめ獅子劫から預かっていた、自爆用心臓手榴弾をその場に転がす。そして、爆発するよりも早くアストルフォたちを乗せた幻馬が壁を壊し空へと駆けた。

 

 刹那の後、爆発。

 その空間にいたはずのDIOたちはいつの間にか、違う部屋へと移動しており難を逃れていた。

 

「このD I Oではなく、マスターを狙うとは、中々頭が回る奴だ。誰の入れ知恵かは分かりやすいがな」

 

 そう言ってDIOは己の殺すべき対象を頭に浮かべながら、静かに舌打ちした。

 

「良いのですか、追わなくて」

 

 ダーニックは何事が起きたのか理解し、すっと立ち上がるとDIOへ進言する。

 今行動すればきっとアストルフォたちは回収できる。そう彼は計算したからだ。

 

「かまわん。既に仕込みはした。いずれ芽吹く」

 

 だが、それをDIOは良しとしない。

 正直に言えば、今こちらに向かっているルーラーにあまり近づいてほしくないと思っているからだ。

 ここで此度の裁定者でもある彼女が君臨すれば、全ての計画が狂い始めてしまう。

 

「それより準備だ。迎えにいくぞ、最後のサーヴァントを」

 

 目下の問題を洗いざらい処理しながら、DIOは月を見上げてそう言った。

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