そして、最後にリメイク前にはなかった話を入れているで候。
投稿ペースが早過ぎて作者も草で候。
今日はとりあえず、これで投稿は終わりです。また、明日!
空の上。目下には森が広がり不気味な風が頬を撫でる。幻馬に跨る二人の男女は口を開くこともせず、ただ背後に存在する危機へと注意を向けていた。
そんな中、トゥールはつまらなさそうな目をして握った右腕を眺める。黒い革手袋を雑破に剥がしてやれば、見慣れない令呪が月明かりに照らされた。
腕には微かな血生臭さと、甘い香水の薫りが付着している。そのなんとも言えない相反する二つに、吐き気を催しながらトゥールは軽く舌打ちした。妙に色気付いたセレニケの顔を思い浮かべるだけで、彼女は心に沈んだ怒りが湧き出そうになるからだ。
そんな様子を先頭に乗るアストルフォは気にしない様子で前を見続ける。後ろの少女が彼と同じホムンクルスであること、なぜあの場所に現れたのか、聞きたいことは沢山あった。だが、それを冷静に受け入れるほど、彼も現状をうまく理解していない。
必然。彼と彼女はお互いに敵か味方も分からぬまま、この空の旅路を続けなくてはいけない。敵の敵は味方と言うが、この世には「三つ巴」という言葉が存在しているのも確かである。トゥールの指示に従ったアストルフォ。アストルフォの危機を救ったトゥール。さてはて、ここからどうするのかは彼ら彼女らの行動次第と言ったところだった。
そんな両者の思惑なんて知らぬまま、ヒポグリフは自動車さながらの速度で距離を稼ぐ。見下ろせば森は抜け、振り向けばミレニア城塞が人差し指ほどの大きさに縮んでいた。
アストルフォはヒポグリフの首筋をそっと撫でてやると、一旦降りるように指示を出す。ヒポグリフは「きゅうー」と鳴いて翼の角度を変えると、そのまま地面へと降り立った。
「ここまで来れば、もう、大丈夫なはずだ」
ヒポグリフの背中から飛び降りるアストルフォ。それに倣うようトゥールも勢いよく地面へと着地した。
「君はホムンクルス、だよね?」
確認事項とでも言いたいのか、アストルフォは訝し気な顔をして問いかける。なにぶん、彼が知っているホムンクルスはみんな彼女のような活動者ではないからだ。
強いてあげるとすれば、ヴラドと成り果てた彼こそが唯一人間味を持ったホムンクルスと言える。そんな彼も、今となってはヴラドの成り損ないと変容してしまったが。
「ああ」トゥールが首肯し応える。「私の種族はホムンクルス。名はトゥールだ」
「トゥール。うん……うん……良い名前だ!」
ホムンクルスの名前を噛み締めるようにアストルフォは何度も頷いた。
目の前にいる少女には名前があり、そして生きる活力がある。まさしく生きる権力を誇示した生命体だ。ヴラドとなったホムンクルスが成し遂げれなかった姿が、今ここにある。
なぜ彼女がこのようになったのかまで分からないが、アストルフォにとってそれはとても耐え難い幸福であった。
「なんであそこにいたのかーとか、なんで助けてくれたのかーとか諸々聞きたいけど、世間話をしている暇は無さそうだ。とりあえず早くここから逃げよう! まだ中間地点だし」
アストルフォがそう言って自身の足元を指し示す。現在地を表すとすれば、城下街とミレニア城塞の間と言ったところであろうか。普段、実体化を好み城下町へ遊びに行くアストルフォにとって、ここら辺りは散歩コースと言っても過言ではないところであった。
「そうだな。令呪を奪いはしたが、もし令呪を譲渡されていれば全てが終わる」
魔術の結晶、それ即ち令呪。
サーヴァントが現界する際に与えられる一種の制約であり、人の手に余る英霊を従わせるための聖痕。
現在トゥールが手にしているのは、数分前セレニケから奪い取った三画の令呪であり、マスター権を示せる唯一の代物と言えるだろう。
だが、彼女の言う通りそれを奪ったからと言って安心はできない。相手は聖杯大戦を引き起こし、大聖杯を解析したユグドミレニアである。ホムンクルスに聖杯戦争の知識を与えたり、英霊召喚システムを模倣したりする第二の御三家と言えるほどの識者だ。
そんな一族が令呪の転送を出来ないわけがない。本来であれば、ユグドミレニアのみで聖杯戦争を行おうとしていたというのに。
それ故にアストルフォは中間地点まで飛翔してトゥールを地面へと戻したのだ。いつ自分が、令呪を貰ったセレニケに呼び戻されてもいいよにと。
「できれば早くマスター権を入れ替えたいところだけど……」
一応の確認のためアストルフォはトゥールと目配せを交わす。
所有者の同意さえあれば、心霊手術など魔術的な手段で剥ぎ取ることにより他者に譲渡可能できる令呪。しかしそれにも条件はいくつかあり、所有者の同意、さらにはマスターやサーヴァントと魔術的繋がりがある者のみにしか譲渡は出来ない。さらに言えば、トゥールは聖杯戦争の知識を持ってはいるが、流石に令呪に関しての事細かな情報を保有していないため、そもそも心霊手術などができないのであった。
トゥールはそれらを踏まえて「すまない」と一言詫びを入れ謝罪する。
アストルフォはそれを「あー、気にしないで」と気軽に応えてやった。彼からすれば、そんなにうまい話は無いかと納得ができる。
「さーて、とりあえず。城下街まで走ろっか」
ヒポグリフに簡単な別れの挨拶を告げながらアストルフォは屈伸する。トゥールもそれが一番安心できる移動手段だと理解し、手に持った斧槍を背中の引っ掛けに取り付けた。
現時刻は体感で2時を回った頃だろうか。赤のバーサーカーが捕獲されてから随分と時間が経った気がする。
さて、そろそろ出発だ。アストルフォがそう言おうとした時、隣から見慣れない人物が話しかけてきた。
「やっと追いつきました」
そう尋ねてきた見慣れない少女は大層麗しい娘だった。
中世を想起させる鎧姿。艶やかな金髪。端正な顔つきに、華麗な曲線の肢体。女性の魅力をふんだんに注ぎ込めばこのような女が生まれるのだろうか。
そう思わずにはいられない容姿に、トゥールだけでなくアストルフォもつい見惚れる。
しかしそれはまずい——。
サーヴァントとして気の抜けた自分を叱責するが如く、アストルフォは槍を持ち出して戦闘態勢に入った。
「新手かっ!?」
アストルフォの突然な振る舞いに、娘は困ったような表情をする。
「ああ、待ってください。私はルーラー、この聖杯大戦における裁定者です」
娘もといジャンヌは、アストルフォとトゥールの警戒を解くために己の身分を明かした。
勿論、それだけの言葉を信用するほど楽天家ではないトゥールは、当然それを証明するものを求める。彼女からすれば、黒の陣営も赤の陣営も等しく全てが敵なのだ。唯一、彼女が信用しているのは空条承太郎という命の恩人ただ一人。
アストルフォが慌てた様子なのを尻目に、ジャンヌは小さくため息をついた。そして、ジャンヌもそれを、カリスマを使わずに証明するため、鎧と衣服を剥いで令呪の浮かぶ背中を見せつける。
「これで良いですか?」
ジャンヌの問いかけに、トゥールもアストルフォも頷きで返す。これ以上の物的証拠は出せないと知っているから。
ジャンヌもそれを理解したのか、いそいそと衣服と鎧を装着するとアストルフォの方へ向き合った。
「それでは黒のライダー。少し聞きたいことがあるのですが……」
しかし、そのまま本題に入ろうとするジャンヌをアストルフォは慌てた様子で制止する。
「あー、ちょっと待って! こっちも今かなり急いでるから」
忘れてはいけない。彼らは現在ミレニア城塞から逃げているのだ。悠長にこの場に留まることは何よりも愚策である。
ジャンヌもその慌てようを見て、何か窺い知れぬことが起きているのだと察した。その機敏さはやがて彼女の疑問点へとつながる。
「それは、今にも消え入りそうなサーヴァント反応と何か関係がありますか?」
ジャンヌが教会で探知していた時、見つけた一騎の不可解な反応。戦闘は赤のランサーと黒のセイバー以外に行われていないにも関わらず、ミレニア城塞の一騎だけが妙に辿々しい。
アストルフォは気まずそうに頬を掻きながら乾いた笑を浮かべるしかできなかった。
「知ってたんだ」
「ええ。つい先ほど」
「そっかー、あははは……」
まるで悪戯がバレた時の子供の反応。確信を突かれているのに言い訳を考える童の考えである。
勿論そんな反応を見せられれば、ジャンヌは半眼でアストルフォを睨む。どう見ても「さっさと言ってしまえ」という様子だ。
しかしアストルフォがこうやって言い淀んでいるのにも理由はある。それは彼がまだ一応は黒の陣営だからだった。
非人道的なこととは言え、ダーニックの言う通りヴラドの存在は驚異的であろう。なにせ、死角からの攻撃に等しい。さらには、あの金色の男。本来のダーニックのサーヴァントであろう彼が何者なのか、黒の陣営が知らぬのだから、赤の陣営が知り得ている訳もなく。となれば、あれらの情報を例えルーラーだとしても外へ排出して良いものかは、考えどころであった。
「ひとまず話を詳しく聞きたいのですが、どうしましょう」
アストルフォが黙殺するという選択肢はないのか、ジャンヌは淡々と問いかける。
その様子をトゥールは黙って聞きながら、このルーラーという少女についての人間性を査定し続けた。決してそれは信頼に足る人物かどうかではない。敵に回った場合どうやって倒すか、という視点からである。
「……流石にヒポグリフに三人は乗れないや。トゥールをボクの愛馬に乗せて、サーヴァントは走るしかないね」
大事なところは伏せてヴラドの事に関してはそれとなく告げよう。
そう思い至ったアストルフォは、自分が強制招集されてもルーラーの令呪でなんとかなると考え、再びヒポグリフを引っ張りあげる。幻馬使いが荒いなーと言いたげなヒポグリフが、文句ありげな瞳でアストルフォを睨んだのは言うまでもない。
「まあ、それが一番早いですか」
ジャンヌも得心が行ったのか、それに賛同した。
そこから一人と二騎、そして一頭の行動の速さは迅速だった。トゥールがヒポグリフに乗り込んで発信すると、それを追う形でサーヴァントたちが追従する。アストルフォを後ろに走るのが気に入ったのか、ヒポグリフは得意げな笑みを浮かべていた。無論、それを見て気に入らないのはご主人側であるのだが。
「ルーラー走りながらだが、一つ頼みがある」
トゥールは何か思い至ったのか、ヒポグリフに捕まりながら後ろのジャンヌへ声をかける。
「なんですか?」
「……令呪がここにある。裁定者と名乗るなら、これの転写はできないか」
取り出したのはセレニケの右腕。そして目についたのは、そこに刻まれている3画の令呪だった。
ジャンヌは目を見張ると、「なるほど」と飲み込む。令呪を奪い取ったというのであれば彼女が何者であれ、聖杯戦争に参加する資格はあるという事だ。しかし資格はあるだけ。能力が備わっているかどうかは別問題である。
だからこそ、アストルフォはトゥールが何をしようとしているのか理解でき、少し嫌そうな顔をした。
折角、消費される運命から逃れたのだ。寿命はデミ・サーヴァントと化した彼よりあるだろうが、人間に比べれば極端に少ないはず。それでも人生を謳歌して欲しいと思うのは、アストルフォの我儘なのかもしれない。
「まあ、あなたが奪い取った戦果ですし、その程度なら良いですが。その、本当にいいんですか?」
ジャンヌも全てを見通しているかのように告げる。
「ああ」トゥールは迷う事なく令呪の手を腕から切り離した。「構わない。元より引けぬ身だ」
「ボクが横から言うのもなんだけど、別に君が背負わなくていいんだよ。ボクはボクで、引き戻されてもなんとかしてみせるし」
最後の良心からか、アストルフォは苦い顔をする。が、きっとトゥールの考えは改まらないだろうことを彼は分かっていた。
そんなアストルフォの顔を見てトゥールはふっと笑った。どことなく、そのぶっきらぼうな優しさが自分の名付け人に似ている気がしたのだろう。ほんの数時間しか離れていないのに、妙に懐かしさを感じる。
「他人に任せるほど私も器量ではないだけだ。気にしないでほしい」
「うっ……、なんかそれ遠回しに馬鹿にしてる?」
「そうとも言うな」
「おい、コラー」
奔走する一党の中で軽快な掛け合いが響いた。
ジャンヌはその光景をじっとりと見つめながら懐かしそうに笑う。後の世に百年戦争と呼ばれたあの時代。彼女もこんな風に誰かと笑い合い、旅をし、時には誰かと殺し合った。やはり戦争といっても、こういった何気ない一幕は大事なのだと感じる。そして彼女が犠牲にしたかもしれない一人の男の事を思い出し、気を引き締める。
「分かりました。貴方が覚悟しているのであれば私は何も言いません。令呪と手を出してください」
ヒポグリフに一言詫びを入れて、走りながらも丁寧な所作で乗り込むジャンヌ。ずっしりとした重みを感じた幻馬は甲高い鳴き声を奏で、先ほどより強く地面を蹴った。
「これでいいか」
腕から切り離したセレニケの手と自身の手をジャンヌの眼前へと差し出す。よくよく見れば、どちらも綺麗な肌をした美しい手だ。女性の華麗さが手に浮き出ている。
ジャンヌはそんな二つの手に、自身の手を翳し処置を施す。本来であれば、元マスターやサーヴァントとの魔術的交わりが必要だが、そこは裁定者として例外を扱う。
痛みや熱量なんかは無い。ただきらきらと二つの手の甲が光り輝くのだ。
須臾にしてそれら儀式は終わりを告げた。傍目から見ていればなんともあっけない出来事である。トゥールも転写された令呪をまじまじと見つめながら、不可解そうに唸った。
ジャンヌはそんな彼女をにこやかに見つめるて言う。「できました」
「なんか、随分とさっぱりしてるんだねー」
アストルフォはもっと面白いものを想像していたのか、その呆気なさに肩透かしを食らったと顔に書いていた。
それに対しジャンヌは呆れた様子でこめかみの部分を抑える。
「どこかの粗暴な騎士が言いそうなセリフを吐かないでください」
「粗暴な騎士? 誰?」
「えっと、それは……」
アストルフォの問いかけに、ジャンヌ自身も誰を想像して言ったのか小首を捻る。
閑話休題。
兎にも角にも、今はそんな通俗的な会話はどうでも良い。ジャンヌは話題を逸らすかのように、こほん! と大きく咳き込むと、まるで姉のような態度で人差し指を立て弁舌を始める。
「まあ、とにかく令呪は転写できましたが、これからどうするつもりですか? ええと……」
「トゥールだ」
「トゥール、ライダーと契約するのですよね」
それは分かりきっていた事実である。
トゥールもそれを否定する事なく首肯した。
「まあ、そうなるよね。ボクもいつ令呪発動されるか気が気でないし」
話の渦中であるアストルフォは少し速度を上げて、ヒポグリフと並走する。隣に並んできたご主人を見て、幻馬は低く唸った。
「だったら今すぐ行うしかないか」
「えー、走りながらサーヴァントの契約ってなんだか絵にならないと思うんだけどー」
「ツベコベ言うな。私もこんな形で契約するのは不服だ」
元よりサーヴァントと契約するなんてのは一介の魔術師がおいそれと行えるものではない。現在、亜種聖杯戦争が世界の各地で点在しているこの世界線でもそれは同じことだ。
しかし、そんな貴重な儀式だからといって常に場所と時を選べるわけではない。
時には死に損ないになった瞬間。
時にはうっかり時間をずらしてしまった瞬間。
時にはお金を掛け、何十回も確率機を回した瞬間など、どれもこれもが劇的なものとは限らない。
「あの、早くした方がいいのでは?」
それを分かっているジャンヌは後ろからせつくように声を浴びせる。
アストルフォは桃色の髪の毛をブンブンと振り回しながら、「ああああ!」とうめき声を上げた。
「仕方ない、こうなったらもう自棄だ! いいさ、どんな形でも契約は契約! 逆にこんな珍奇なやり方も一風変わって面白いかもね!」
アストルフォがそう声を張り上げると、トゥールは小さく口角を上げた。
「では、告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る方に従い、この意、この理に従うならば応えよ。我に従い、我が言葉に応えよ。その命運、我に預けるか否か」
歌声とも思える綺麗な言葉の群衆だ。魔術的な効果を述べるならば、多くの意味が孕んでいるのだろう。
しかし、ただの言葉として見れば間違いなく歌劇のような一節。いや物語詩の方が合っているだろうか。
なにはともあれ、そのような呼応に答えるのはシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ。理性が蒸発しており、トラブルメーカー。楽天家ともお調子者とも言える彼は目尻をキリッと上げて、トゥールの方へ手を差し伸ばす。
「ライダーの名に懸けて、その誓いを受けよう。我が主は貴方であり、ボクは貴方のサーヴァントだ!」
その時、光が飽和する。
確かな経路がトゥールとアストルフォの間で繋がれ、確かな主従関係ができた。
騎士とホムンクルス。形は違えど、原典に近い一党がここに誕生したのである。
しかしそれと同時に、トゥールの体が熱を帯びて倦怠感が襲う。魔力を易々と吸い取る存在がこれほどまでにきついと言うことを彼女は知らなかった。
元より彼女は魔力供給用として鋳造されたホムンクルスではない。彼女が本来保持しているのは卓越された戦闘技能のみである。この吸い取られる感覚も、魔力が失われていく喪失感も、彼女にとっては少しきつかった。
「く、これが繋がった時の重みか。体が一気に重くなった」
だが、その程度で倒れるほど彼女は柔ではない。名を与えられ、生きるための目標を探求している彼女が挫けるはずもない。
アストルフォはその気概が気に入ったのか楽しそうに駆け回る。
「ははは、まあいずれ慣れるさ! さて、これで憂うものも今は無い。ちゃっちゃっと走るよ!」
スピードを上げたアストルフォに付いてくように、ヒポグリフも速度をあげる。そのまま轢き殺そうとしているようにも見えるが、多分何かの間違いだろう。可愛らしい愛情表現と変わらないはずだ。
「ライダー、どこにいく気ですか!?」
令呪の転写も終わったため、ヒポグリフから降りて走るジャンヌが大声で尋ねる。アストルフォの淀みない足取りに、今後の算段があるのかと思ったためだ。
「そんなの決まってないよ。ただトゥリファスから出る! それだけだー!」
しかし悪い方にその予想は裏切られる。
彼は理性が蒸発しているトラブルメーカー。順序立てて何かを策謀するなど、彼には合わない。
「そんなめちゃくちゃな……」
ジャンヌは弱りきった様子でそう告げる。
アストルフォという人間性を理解していなかったジャンヌは、彼の行動を諫めるようにスピードを上げた。
「大丈夫だ。そのまま進んでくれ。向かう先ならある」
行動が突出しすぎているジャンヌに声をかけたのはアストルフォの現マスター トゥールだった。
彼女は重たくなった体をキツそうに持ち上げながら、ジャンヌを見やる。
ジャンヌも何か考えがあるのならばと、ひとまず暴走するアストルフォを離してやることにした。
「なら良いんですが」
元より、どこかの陣営に肩入れする気などあまりジャンヌにはない。ここまで世話を焼いているのも、本来マスター権を所持しないホムンクルスへの、せめての手向け程度だ。
「ルーラーお前はどうする」
だからこんな風に聞かれれば、彼女はこう答えるしかない。
「貴方達から一通りの事情を聞いてから決めます」
トゥールもその返答は分かっていたのか、納得すると遥か前方を指さした。
「分かった。では、あと数キロ離れてそこで話をする」
ジャンヌはその言葉に頷き、少しだけスピードを早めるのだった。
全ての話を聞いた時、ジャンヌはどのような反応をするのか、それはまた別の機会にわかることである。
☆★☆
アストルフォがトゥールと契約して、少し経過した頃。
「ヴラドはどうしている?」
「どうやら眠りについているみたいだよ。昨日の戦いの余波がきたのだろう。無理もない。彼は無理矢理、力を行使している状態だからね。しかも、元同胞の死肉も食べようとしないから、回復のスピードも遅い」
城塞の一室に籠ったユグドミレニア一族の長ダーニックと、黒のキャスターは顔を突き合わせて、対談を行っていた。
「でも、どうしてライダーを逃したんだい」
黄金の仮面の下で、キャスターは表情を曇らせた。無理もないだろう、彼からすればライダーは必要な戦力だ。確かに戦闘力はサーヴァント中、そこまで高くないかもしれないが、それでも一つの戦力として換算できていた。セイバーが敗退した今、戦力を削がれることは何よりも、黒の陣営にとって痛手となる。
それはダーニックも重々承知しているため、キャスターのセリフには頷きで返す。
「だが、過ぎたことだ。仕方がない。D I O様にはそれなりの考えがあるのだろう。それにライダーは元から善により過ぎている。いざという場面で裏切られるより、さっさと第三勢力になってくれた方が、やりやすい」
第三勢力。それは、承太郎たちのことを指した言葉だった。ダーニック達からしてみれば、赤の陣営も一枚岩とは言えないと考えている。特に赤のセイバー主従は、同じシギショアラにいるにも関わらず、本丸とは一度しか接触していない。このまま、赤のセイバー主従が、それなりに力をつけ、戦場を混沌とさせてくれた方が、ダーニックとしても、D I Oとしても嬉しい盤面なのである。
「だが、本番に向けて僕の宝具は必要になってくるね」
「その通りだ。最後に必要な素材も用意してある。D I O様の考えは、ここまで見通していた、ということなのだろう」
ダーニックの言った必要な素材。それは一級の魔術師であった。
キャスターの宝具は「炉心」の性能が、そのまま宝具の力に反映される類のものだ。最初はヴラドにされる彼を、その炉心に組み込もうと考えていたが、それをD I Oが急遽、変更させたのである。
その代用として用意されたのが……
「ああ、元セイバーのマスターもいい具合だ。百年級の魔術刻印を継承している程度の魔術師は、さすがいい素体だね。あれなら文句なしの物ができるよ」
それなら良かった、とダーニックはほくそ笑んだ。ゴルドの魔術回路は別に超一級品と言うわけではない。だが、最低条件はすでにクリアしている。宝具の炉心として組み込まれる準備も既に完了した。吸血鬼と化した彼ならば、そのままの状態の彼よりも、いい働きをしてくれるだろう。
キャスターも上々の結果を生み出せたことが嬉しいのか、どこか声に機嫌の良さが入り混じっていた。
「ああ、そうだ。赤のバーサーカーのマスターは本当に僕で良かったのかな?」
思い出したかのようにキャスターが話題を転換させた。ダーニックの令呪をさらに一画分け与えることにはなるが、彼もセレニケよりもキャスターを代理のマスターとさせた方がいいだろうと考えている。
「バーサーカーのマスターに期待することなど何も無いからな。令呪で暴走を誘発させて、適当に役割を終わらせてくれ」
「ああ、分かったよ」
ダーニックはやれやれと空を仰いだ。
「次はアサシンについてだったかな」
「ああ。『霊器盤』によるとアサシンが脱落していないのは確かだ」
「赤の側に取り入れられていたら最悪だね」
キャスターの考えに、ダーニックが考えたくも無いというように首を振った。
当初の予定であれば、相良豹馬がアサシンを召喚して合流する手筈になっていたのだが、連絡が未だに途絶えている。召喚自体は霊器盤を見て成功していると分かるのだが、如何せん、その所在と思惑が見えないままだ。
D I Oはそんなアサシンを手駒にするため、一応の策を弄している。いるのだが、既に赤の陣営に取り込まれていたらと考えると、二人は頭が痛くなった。
そんな時、トントンと扉がノックされる。
「お邪魔します」
そうして入ってきたのが、車椅子に乗ったフィオレであった。
「待っていたフィオレ」
フィオレを呼び出した張本人であるダーニックは、そのまま紅茶を差し出した。
「単刀直入に言うが、今からお前をシギショアラに派遣する。もちろん、アーチャーを同行させて」
既に、シギショアラへ派遣した工作員から、赤のマスターが勢揃いしていることを報告されている。黒のアサシンを仕留めるために集まっているのか、それとも何か別の理由があるのかは分からない。ただ、彼らがトゥリファスに入ってこないことを、少しだけダーニックは訝しんでいた。
シギショアラは現在、赤の側の本拠地と言っても差し支えがない状態だ。そんなところに一人だけマスターとサーヴァントを送るのは愚策とも言える。だがそれでも、ダーニックとD I Oには策略があった。
「……承りました。準備が整い次第出発します」
だが、頷いたフィオレには暗い影が顔にかかっている。それはダーニックの背後に潜む、巨大な影に怯えているようだった。いくら彼女のサーヴァント、アーチャーが強力でも、この影だけは取り払える気が全くしないのである。
逃げるようにフィオレは車椅子を己の手で操作しながら、退室しようとした。
だが、その後ろ姿にダーニックは「ああ、それともう一つ」と思い出したように呼び止める。
「フィオレ、ゴルドのようになりたくなくば、それなりの成果を示すことだ」
その時のダーニックの表情。それはまるで、人が変わったような醜悪な笑みだった。
きぃきぃ、という聴き慣れた車椅子の音。その音につられ前を向くと、カウレスの正面に、実姉であるフィオレが一人で車椅子を操作していた。いつもならアーチャーに頼んで押してもらっているのに、なぜか今日は一人だけでいる。その姿に疑念を抱きつつ、カウレスは姉へと話しかけることにした。
「姉さん、どうしたの一人で」
怪訝そうに問いかけてみると、フィオレは少し肩を揺らした。そして恐る恐る振り返る。
聖杯大戦が始まってからと言うもの、彼女は何故か、カウレスと目を合わせないようにしていた。余所余所しいその態度は、実の弟に向けるものではない。カウレスからしても、いつものような凛々しい姉の態度を望んで話しかけた分、この反応は少し心に響いた。
「疲れてるなら車椅子をおすよ……最近きちんと話もできなかったし」
少しでも聖杯大戦が始まる前の距離感に戻したくて、カウレスは車椅子の持ち手に手をかけようとした。
だが、それを拒むようにフィオレからは冷淡な声が返ってくる。
「——やめなさい。分かってるの、カウレス。赤と黒の大戦が終われば、次は私と貴方の殺し合いなのよ」
「姉さん……」
明らかな拒絶。いつも厳しい言葉はかけるものの、それはカウレスのためを思っての発言が大半だった。
それなのに、これはどういうことだろうか。まるで、私はあなたを殺すと言われているような気分にカウレスはなった。フィオレもきっと、そのつもりで発言しているに違いない。久しぶりに合わせた瞳は、負の感情が渦巻くそれだった。
カウレスは思わず、喉から出かけていた言葉を飲み込んでしまう。
昔みたいに話をしよう、などという甘言は胸に閉じ込められた。
「それじゃ、私は用事があるから。貴方も精々ゴルドおじ様みたくならないよう、精進しなさい」
それはどういう気持ちで吐かれた言葉だったのか。カウレスには理解できない。
けれども、その声が震えていることだけは、弟である彼に何かを伝えているような気がした。
兎にも角にも、こうして怒涛の二日目は幕を閉じる。
続きは三日目。そこから物語がどう変化していくのは、それは誰にも分からないのであった。