空条承太郎「聖杯大戦だと?」   作:よきき

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んー、この話書くのに手間取りすぎた。


EP17

「そろそろ移動しましょうか」

 

 おっとりとした口調で、そう提案したのはジャックのマスターである玲霞であった。

 最後の食事である魔術師の心臓も食べきった事だし、もうここにいる必要はいよいよ無い。本格的にトゥリファスへ向かう段階になったのだ。

 しかし、ジャックはそんな玲霞に申し訳なさそうな顔をする。

 

「待って、おかあさん(マスター)。あいつがこの街に来てるみたいなの」

 

 ジャックはそう言って、窓の向こうを眺めた。

 目には見えないが、確実に目線をむけた方向に少女が嫌悪する存在がいる。

 不思議なことだ。

 アサシンのサーヴァントに、本来はそのような感知スキル備わっていないのに。何故か少女は、あの忌々しい男の居場所を認知していた。これが所謂「縁」と呼ばれるものなのだろうか。

 

「あいつ? 日本でジャックに悪いことをした男の子? それじゃあ、シギショアラでの最後の活動にしましょうか」

 

 ジャックの表情を見て六導は穏やかな笑みを浮かべると、優しく頭の上に手を置いて撫でてあげた。

 それが嬉しかったのか、ジャックは誰が見てもわかるくらい目を大きく見開かせる。やはり、ジャックみたいな子供には、こういった無邪気な笑顔の方がよく似合う。

 

「うん、そうしよう! でも今日は見にきちゃダメ。あいつはサーヴァントじゃないくせに強いから」

 

 ジャックはそう言って六導の身を案じると、武装化して窓枠に足をかけた。

 

「わかった。無理しないでね」

「うん……ぜったいに帰ってくるからね。いってきます」

 

 それだけを告げると、ジャックは明かりの少ない街中に、その身を溶かして消えた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「あの、観光客の方ですよね? 今この辺危ないので、今すぐホテルに」

「やれやれ、これで何人目だ?」

 

 本日4人目の警察官に呼び止められる承太郎。殺人事件の影響で巡回が強化されているのだろう。もしくは、獅子劫が施してくれた人払いの結界近くを彷徨いているせいかもしれない。どちらにせよ、「一々追い払うために説得するのも、もう面倒だ」と承太郎は感じてきていた。

 そのため、手っ取り早く無視をする。いかにも聞こえてません、という雰囲気を出しながら、そのまま横を素通りしようとした。

 だが、警官もその道のプロである。承太郎の大きな体躯にビビるなんてこともなく、肩をがしりと捕まえた。

 

「こらこら、逃げないの。私がホテルまで送って行くよ」

 

 その親切心はありがたいのだが、はっきり言うと今は邪魔だった。承太郎も善良な警察官に怒鳴るほど、性格を拗らせていない。

 そのため承太郎は一言詫びを入れる。これからすることに、対して彼は己の行いを悪だと認識しているからだ。

 

「悪いが眠っててもらうぜ」

「え?」

 

 タコス

 

 警官が間抜けな声を出している瞬間、承太郎は後頭部目掛けて手刀を振り下ろし気絶させる。

 ——まさか、こんなところで花京院の当て身が役に立つとは。

 承太郎がそんな風に考えていると、電話が掛かってくる。この携帯に登録されている連絡先は一つだけなので、承太郎は迷わずに電話を取った。

 

『現在、黒のアーチャーと思わしき陣営から襲撃を受けた! 俺は今からそのマスターと戦う! ジョジョはさっさとそこから離れろ! 流石にサーヴァントと1対1はマズい! 分かったな!』

 

 電話口からは、獅子劫が一方的に叫んでいる声が聞こえてきた。それと共に、足音と思わしきものも聞こえてくる。声が妙に上下していることから、きっと獅子劫は走っているのだろうと推測できた。

 

「おい、そっちは大丈夫なのか?」

 

 承太郎がそう尋ねたときには、既に電話が切れていた。よほど切羽詰まった状況だったのだろう。仕方がないと割り切り、承太郎は通話が切れた携帯をポケットに仕舞い込む。ジャック・ザ・リッパーを倒す作戦は、また後日延期となるのだろう。

 だが、承太郎はその考えに賛同できなかった。

 ジャック・ザ・リッパーは魔術師やギャングだけとは言え、多くの人間を殺し回っている。しかも新聞に取り上げられるほど、多数の命を屠っているのだ。

 相手はロンドンの街で女を殺していた連続殺人鬼。今は標的が一般人に向けられていないものの、いつエスカレートするのかは分からない。それにジャック・ザ・リッパーを使役しているマスターも不透明だ。決して野放しにしていい陣営とは言えない。そのため承太郎は一人だけでも散策を続けようと、歩みを再開させた。

 だがその時、ふと足元に奇妙な違和感を覚えた。ゆっくりと承太郎が下を見れば、そこには確かにさっきまで寝転がっていた警官の体が、影も形もなく消え失せている。

 

「何ッ!?」

 

 急いであたりを見渡してみるも、やはり警官の姿はない。引き摺られた形跡もなければ、警官が身につけていたものも存在していなかった。まるで、さっきまでのやりとりが夢だったかのようだ。現実で起こったはずの出来事が、まるで上書きされたようだった。

 すると、少し離れたところで上から何かが落下するものが見えた。目を凝らして見てみれば、なんとそれは消えたはずの警官だった。

 

「どういうことだ……!」

 

 考えている暇はない。承太郎は咄嗟に駆け出し、その警官の体を空中でキャッチする。しっかりと両手を使い、体全体の筋肉を使って衝撃を殺した。

 が、その刹那——承太郎の背後からメスが投擲される。ちょうど警官によって承太郎の両手が塞がれたタイミングに、メスが投げ込まれたのだ。

 だが、両手が塞がっていようと承太郎には関係ない。スタープラチナを出し、そのメスを弾くと、承太郎は警官をおいて後ろを振り返る。そこには、()()()()()()()()()()()が静かに立っていた。

 

「……お前がジャック・ザ・リッパーか?」

 

 承太郎のその問いに少女は邪悪な笑みを浮かべる。どこか陰鬱で、どこか身の毛のよだつそんな表情だ。決してそれは年端も行かぬ少女が浮かべて良いものではなかった。どんな生活し、どんな経験をすればそういった表情ができるのか、承太郎には皆目見当がつかない。

 

「そうだとしたら、どうするおにいさん?」

 

 ドドドドドドドドドド

 

 異様なほど甘ったるい声でそう尋ねてくる切り裂きジャック。

 それに対して承太郎は、心底冷え冷えとした感情を抱いていた。

 

「てめーに道徳というものを教え込んでやる——クソ()()

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 ジャック真っ向からねじ伏せるために承太郎は臨戦態勢をとった。

 アサシンはその名の通り暗殺者の意味を持つクラス。いつ、いかなる時も油断をしてはいけないと獅子劫から警告されていた。

 だが、暗殺者というのなら、承太郎はいやというほど知っている。エジプトの旅路で彼の命を狙う刺客は数多いたからだ。その中にはオランウータンだっていた。そんな承太郎に不意打ちが通用すると思ってはいけない。

 ——まえみたいに霧をだしても、きないかな。おにいさんは見えない力で、どうにかしちゃうし。

 ——あっちは俺のスタンドについて知っているのか? やれやれ、一回目の対戦記憶がないというのは、かなり厄介だぜ。

 両者の思考が冴え渡る。

 先に動いたのは……ジャックだった。

 

「やだよー。そんなもの教えてほしくないもんね」

 

 ベー、と小さく舌を出しながら、ジャックは光の粒子となって消え去ろうとする。

 このまま逃げるつもりなのか。

 そう思った承太郎は、素早くジャックの腕を掴もうとした。けれど、間に合わず。それよりも早くジャックは空中へと溶けた。

 

『おにいさんは良いよね。それだけ生命エネルギーにあふれてたら、生きることにこまらないもの。きっと、たくさん愛されたんだろうね』

 

 闇世の中、どこからともなく声が響く。

 だが、どこから発せられているのかまでは分からない。空間全体に響くような声のせいで、場所が特定できないのだ。ジャックはそれを理解した上で、そのまま悠長に言葉を続けた。

 

『わたしたちはおにいさんと違って生命エネルギーがか細いの』

「何が言いたい? 言いたいことがあるなら、はっきり言いな」

 

 承太郎はジャックにその言葉の真意を問うた。何が言いたいのか全容がはっきりとしないからだ。

 しかしその瞬間、承太郎の言葉が気に入らなかったのか、ジャックのさっきまで穏やかだった声が、ドスの効いた憎悪に満ち溢れる声へと変わる。

 

『気にくわないの。おにいさんみたいな幸せそうなヤツ。ずっと気にくわない。みたときから、であったときから気にくわないッ』

 

 悲痛な叫びが木霊する中、承太郎は静かに息を飲んだ。これではまるで、ただ生きたいと願った子供のセリフだ。

 

『おにいさんからは、たくさん愛されてるにおいがする』

『おにいさんからは、たくさん愛をうけた人のかんじがする』

『それが気にいらない』

『気にいらない——』

『気にいらない——』

『気にいらない——』

『気にいらない——』……

 

 刹那、ジャックはいくつもの包丁を承太郎に投げ込んだ。

 

「っ!? オラ!」

 

 投げられた包丁は全てスタープラチナで叩き落とした。だがそれでも、ジャックからしたら満足のいく結果だったようで、子供特有の高い声で笑う。

 

『あはは! おにいさんの射程はざっと2メートルだよね! なら、そこにはいらない戦いかたをすればいいんだよ!』

 

 そう言うと、突然ジャックが建物の影から飛び出してきた。両手には自動拳銃と思わしき物体を抱えており、それを躊躇することなく承太郎に向けて発砲する。

 承太郎はジャックの行動に舌打ちしながら、近くで寝転がしていた警官を抱え、スタープラチナを使って地面を強く蹴った。そうすることで大きく跳躍し、その場を即座に離脱する。向かう場所は人払いの結界が貼られている場所。

 だが、ジャックはそれを読んでいたのか、壁という壁を利用して建物間を移動しながら、承太郎の落下地点に先回りする。そして承太郎の目の前に飛び出たと同時、自動拳銃に装填されている残りの弾全てを発砲した。

 

「ッ! やれやれ……子供に凶器を持たせると、ここまで危ないとはな……!」

 

 落下する直前に、近くの街灯に掴まってなんとか方向転換する承太郎。自動拳銃の一発が頬を掠めるも、直撃することはなく、なんとか地面に無事着地した。

 

「おにいさんはサーヴァントじゃないから、こんなのでも死ぬ。いまの武器ってすごいんだね。これをひくだけで、かんたんに殺せちゃうんだもん。ぎゃんぐ? っていう人たちに感謝しなきゃ」

 

 撃ち終わった自動拳銃をポイッと捨てるジャック。どうやら、弾の補充のやり方は知らないらしい。そんな少女に向かって承太郎は、近くに設置されてあったベンチをスタープラチナで投げつけた。

 

「オラア!」

 

 だが、そんなこと知ったことかと言わんばかりに、ジャックはその場から早々に飛び退いて回避した。

 

「そんなの当たんないよーだ。おにいさんの能力って念動力みたいなやつだよね。つかんだり、なげたり、なぐったり、ガードしたり……もしかして、見えない人でもそこにいるのかな?」

 

 そのまま猛ダッシュして、路地裏へ逃げ込もうとするジャック。承太郎はそれを見て、警官を置いたままジャックを追いかけて路地裏へと飛び込んだ。

 

「待ちな、くそガキ!」

「そんなホイホイついてきていいの?」

 

 夜のせいで視界が悪くなっていたこともあり、全く気づかなかった。路地裏に飛び込んできた承太郎を、ジャックは待ち伏せていたのだ。しかも、手には手榴弾らしきものを抱えている。

 

「あは、サーヴァントにはきかないから、やっちゃうね」

「それは——!? スタープラチナ!」

 

 承太郎はすぐさまスタープラチナをだした。そして、その場にあった鉄製の屋外用大型ダストボックスを掴み取り盾にする。すると次の瞬間、黄色い閃光を起こして、小規模ながらも十分な威力を持った爆発を巻き起こした。

 なんとかダストボックスのガードで助かった承太郎だが、所々に損傷箇所が見られる。 このまま死角の多い狭い裏路地などでやりあえば、確実に自身が不利になると感じた。そのため、壊れたダストボックスを承太郎は投げ捨てると、そのまま大通りへと向かうため走り出す。

 承太郎は地面をスタープラチナで蹴りながら高速移動するが、ジャックもそのスピードに負けない速さで後ろから追尾していた。

 だが、本当にジャックをおぞましいと感じたのは、いつの間にか手に持っている、新たに補充したルーマニア産アサルトライフル。こんな風に、何度も武器を変えながら戦っているということは、それだけ用意をしてきたということの裏付けだった。どこまでも用意周到なその殺し方に、承太郎は内心冷や汗を流す。相手を確実に殺すという意思がジャックからひしひしと伝わってきた。

 そんな中、ジャックは後ろから銃口を承太郎に向けて乱射する。

 

「空中じゃ身動き取れないでしょ!」

 

 ドゥルルルルルル!!!

 

「チッ、スタープラチナ! オラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

 

 ボゴボゴボゴボゴォ!!!

 

 自身に向かってくる弾幕を、スタープラチナで防ぎながら空中を移動し続ける承太郎。

 幸い、ジャックの銃火器の扱い方は、どれもド素人のような拙さが滲み出ている。それでも人間に対しては、余りある殺傷力なのは変わりない。それを躊躇なく使用するだけで非常に厄介なのだが、それらがスタープラチナの前では決め手として活躍することはなかった。

 承太郎は大通りに着地し、ジャックを迎え撃とうとする。けれど、いつの間にかジャックは後ろから姿を消えていた。気配遮断を使われた現状、承太郎が少女を見つけ出すことは困難である。対象を見失った承太郎は、警戒するようにじっとその場で佇んだ。。

 

『ふふふ、そうやってまってても何もかわらないよ。絶対にちかづかないんだから』

 

 再び消えたジャックがそう嘲笑うと、承太郎の死角からバイクを飛ばしてきた。それを承太郎がスタープラチナで砕くと、視界が一瞬瓦礫によって塞がってしまう。そんな隙をジャックが見逃すはずもない。すぐさま建物から建物へ移動し、また姿をどこかへと隠す。

 承太郎はそんな状況に置かれながらも、特段焦ることはなかった。

 今のところジャックが行う攻撃方法は、どれも承太郎の想定内のものばかりだ。銃を撃つ、物を投げる、刃物で斬りつける、爆弾を使う。曲芸師のような技を疲労はしているが、突き詰めれば誰でもできる芸当である。決して、炎を出したり、誰かの体内に侵入したり、甲冑を脱いで分身(笑)したりはしない。だからこそ承太郎は冷静でいられる。スタープラチナの防壁を抜けるためには、相手もこちらに近づかなければならないからだ。

 

「おい、一つ聞きたいんだが。拳骨とビンタ……てめーの好きなお仕置き方法はどっちだ?」

 

 勝利を確信した瞳で、承太郎は二本指を立てた。

 ジャックは当然、それを聞いて呆れ返る。決定打を与えるには、確かに承太郎への接近は必要かもしれない。

 だが、ジャックが承太郎に近づくということは、確実に殺す準備が整ったということだ。それだけの確信と自信を持って近づくということなのだ。承太郎が何をしようと、そのときには既に息の根が止められているはずなのだ!

 

『おにいさんは負けるよ。だって、わたしたちより弱いし……いまだって、傷はわたしたちのほうが多くつけてるもん。逃げるなら、いまのうちだよ?』

 

 子供らしいその自己主張を、しかし承太郎は一笑に付した。

 

「やーれやれだぜ。子供から逃げる必要はないな。お前があと一回……俺に攻撃するうちに、貴様のその生意気な口を閉ざしてやる」

 

 その余裕ぶった態度が、ジャックの癇に障った。

 

「へー、なら、そろそろおわりにしよっか、おにいさん、わたしたちお腹すいたの」

「これは、霧か——?」

 

 気づけばいつの間にか承太郎を取り巻く周辺に霧が出ていた。

 今の承太郎には一度目の戦闘記憶が無いため、ジャックが霧を扱うという情報がない。対してジャックは、承太郎が霧を対策してくることは学習済みである。

 そのため、ジャックは承太郎を取り囲むように、離れた場所にしか霧を出さなかった。そうすれば承太郎のスタープラチナでも霧は払えない。

 仕方がないため、スタープラチナで霧の中を覗き込む承太郎。

 すると、霧の中に小さな人影がうっすらと見えた。承太郎はそれを切り裂きジャックだと決め、それにむかって全力で飛び掛かる。

 

「おらあっ」

 

 しかし、その拳はすんでのところで止まった。

 何故なら、殴ろうとしたその少女は、見たことのない少女だったからだ。口にタオルが詰められており、気絶させられている少女だったからだ。

 ジャックはきっと、どこかの家から自身と同じくらいの女の子を家から引っ張ってきて、それを囮にしたのだ!

 

「あのくそガキ……!!」

 

 ピキピキ

 

 承太郎が憤慨したと同時、耳元で声が聞こえた。

 ——おにいさん、霧のなかにはいったね。

 咄嗟にスタープラチナで捕まえようとする承太郎。両手を振りかぶるも一手遅い。拳は見事に空を切り、実体のない霧だけがふわりと歪んだ。

 

『此よりは地獄。”わたしたち”は炎、雨、力——殺戮を此処に……』

 

 詠唱が聞こえるが、どこから飛んでくるのか分からない。

 いや、分かったとしても回避できない。

 それくらいヤバイ何かがくると、承太郎の頭の中で警鐘が鳴り響く。今すぐその場から離れろと生存本能が。何度も何度も訴えかけてくる。

 だがその一瞬! ジョースター家特有の爆発力が、とてつもない冒険を生んだ!

 普通の人間は追い詰められ危険を察知すればその場から逃げようとばかり考える。

 だが、承太郎は違った! 逆に! なんと! 拳を握った!

 

聖母解体(マリア・ザ・リッパー)!」

 

 グッパオン

 

星の白金(スタープラチナ)! オラア!!」

 

 ドババババ

 

 宝具を炸裂させるため飛び出してきたジャック。それを、宝具が当たった瞬間、承太郎はカウンターのように殴り飛ばした。

 

「「がはッ!!」」

 

 どちらも回避不可能な攻撃を浴びせたせいで、両者共にそこまで傷は深くはないはずだった。しかし、二人を見比べた時何故か承太郎の方だけが妙に大量の血を流している。

 ジャック・ザ・リッパーが発動した「聖母解体」は条件さえ揃えば即死級の宝具だ。3つの条件を満たさなければ本領を発揮しないとしても、今回はそのうちの2つはクリアしていた。つまり、必中は確定していたのだ。

 これが宝具。これがサーヴァントの力。概念攻撃を物理反撃で和らげることはできても、完全に防ぐことはできない事象だった。

 どれだけ回避しようとしても無駄で、どれだけ逃げても無駄だったあの場面。その状況を承太郎は本能だけで読み取り、傷を少しでも浅くするため相手を殴って中断させた。まさに、戦闘経験からくる柔軟な発想と冷静な判断力である。

 承太郎はダメージを受けた体を、のろのろと起き上がらせた。一番厄介な霧は、スタープラチナ自身を回転させることで薙ぎ払う。

 

「はぁ、はぁ、今のはちとやばかったな……だが、これでお互いに間合いに入ったぜ……ジャック・ザ・リッパーッ」

 

 指を差し、見下ろす承太郎。それをジャックは恐怖に塗られた表情で見上げた。

 

「……なんで、なんで」

 

 壊れたラジオのようにジャックは繰り返す。アイスブルーの瞳は見開き、体を掻きむしるかのように己の柔肌へ爪を立てる。

 

「なんで、わたしたちは否定されなきゃいけないの? どうして、産まれてくることは罪なの? わたしたちはただ認めてほしかっただけなのに? なんで、どうして?」

 

 それは最早、言葉ではない。もっと奥深く、魂に刻まれた彼ら彼女らの叫びだった。

 頭が割れる。体が割れる。まだ体ができてもいなのに、血肉をかき混ぜられる。

 グジュグジュと、小さな小さな肉塊は意識もないまま、かき混ぜられる。

 温かいところから出されれば、あとは寒くて冷たい世界へ流されるだけ。

 形もない。名前もない。存在もない。酷い、惨い、醜い、痛い、寒い、苦しい……。

 彼ら彼女らは生まれながらにして、責苦を押し付けられた。痛みを押し付けられた。

 

「かえりたかった」

「かえりたかったの」

「おかあさんのおなかに、かえりたかっただけなのに」

「どうして? どうして、いじわるするの?」

「めをそむけないで。ここにいるよ」

「あいして、みとめて、わたしたちを——ころさないで」

 

 ジャックはただ機械的に発言を繰り返す。

 承太郎のスタンドエネルギーは、()()()()()()()()()()()()()()。あの女たちのように、あの母たちのように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それ故に少女は蹲っている。思い出しくもない記憶と戦うように、殻に籠っている。

 そんな憐れな少女に、ただの学生である承太郎にできることはなかった。握られた拳は、いつの間にか解かれている。殴る気力も失せた、というのはあまりにもカッコつけた言い方だろうか。ただ、目の前にいる少女を、承太郎はどうしても殴れる気がしなかった。

 

「お前が聖杯とやらに望むことは、それか」

 

 気がつけば、承太郎は静かにそう問いかけていた。

 ジャックはその言葉が辛うじて聞こえたのか、こくりと頷く。

 

「……やれやれ。俺には違うように見えるがな」

 

 承太郎はそれだけを言うと、ジャックが攫ってきた少女を担ぎ上げた。深く眠らされているせいか、いきなり抱き上げても起きる気配はしない。それを好都合と思った承太郎は、先程転がした警官にでも預けようと思案する。

 

「み、みのがしてくれるの……?」

 

 去ろうとする承太郎にジャックは問いかける。瞳には未だ、憎悪や嫌厭の色が滲み出ていた。

 承太郎はそんな少女を一瞥し、

 

「勘違いするじゃあねえよ。お前がまた人を殺して回るってんなら、俺はもう一度、さっきのを叩き込む。そこんとこは、きっちり覚えとくんだな」

 

 それは冷淡な言葉のようで、されど何故か温かい言葉だった。

 そもそもの前提として、少女のために怒る、ということ自体が基本的にありえない事象である。大抵の人間は、彼女を嫌悪するか、憐れむか、唾棄するかのどれかだ。

 それなのに承太郎が向けた感情は、終始「怒り」である。母親は子供を無償の愛で抱擁するのであれば、彼のそれは無償の怒りで子供を律する父親のそれであった。

 

「そっか……そうだね」

 

 気がつけば、ジャックは痛みに対する憎悪がなくなっていた。

 己を殺すための痛みではなく、己のために与えられた痛み。そのようなものがあるのだと、少女は初めて知ったからだ。愛情と同等の価値が、その痛みにあると知ったからだ。

 その身を持って教えられる、というのは存外悪くないものである。生まれてくることもできなかった少女たちが、それを体験できたのだから。

 

「覚えておこうかな、おにいさんのこと。口は悪いけど、本当はとってもやさしい、おにいさんのこと。だから、おにいさんも()()()()()()

 

 少女のその呟きを聞いた承太郎は、何も言わずそのまま立ち去った。

 これで連続殺人事件は終わるのか——そんなこと、承太郎にもジャックにも分からない。

 ジャックは所詮サーヴァントだ。成長することのない世界が与えた仮初の情報体。魂レベルまで刻まれた記録は、確かに記憶とされることもあるだろう。けれど、この戦いが少女にとって、どのような影響をもたらすのかは当人ですら計り知れない。今はジャックも感傷に浸っているものの、すぐ魔力が枯渇し始めれば、同じように人を殺してまわるかもしれない。

 ただ、これだけは言える。

 承太郎のまっすぐなスタンドエネルギー。それは確かにジャックの心を射抜き、傷つけた。

 

「……おかあさんのところに帰らなきゃ。心配してるかな」

 

 先程まで錯乱していたとは思えぬほど冷静な声。

 ジャックはその場から体を起こし、己のマスターの笑顔を思い浮かべ考える。

 ——わたしたちの本当のねがいって、なんなんだろう。

 回帰衝動を承太郎に「違う」と告げられたジャック。どういう意味で言われたのかは分からない。けれど、もう一度承太郎に会った時、それはなんとなく分かるような気がした。

 

「また会えるかな〜」

 

 少女の声は、細く、小さく、けれど鮮明に夜の街へ馴染んだ。

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