Aおっしゃる通りです。
「あの時、俺は確かに死んだ」
薄暗い地下の中、真紅色のワインを片手にD I Oは語った。
思い出されるのは、自分が死ぬ瞬間。承太郎のスタープラチナによって、体が粉砕させられた己の姿である。
「もし、ジョナサン・ジョースターの肉体を奪わなかったら、俺が
ワインを飲み終えたD I Oは、近くに裸体で横たわっていたホムンクルスの女を呼び寄せる。そして、女の首筋に指を食い込ませると、そのままゆっくりと血を吸い上げた。女はその吸血行為に快感を抱くのか、恍惚な表情を浮かべた。その様を傍から見ている人間がいたとするならば、それが異常であると思ったことだろう。
しかし、そんな風なことを顔に出すものはこの場に一人もいない。というよりも、この状況に疑問を抱く者は一人もいないのだ。
消耗されること、殺されること、食い潰されること。
それら全てを彼ら彼女らホムンクルスは許容し、享受しているのだから。
「しかし、この肉体は親子の絆のようなもので、ジョナサンの子孫と通じていた。奴らは俺の存在に気付き、そして俺を討ち果たしたのだ……ままならぬものよ。今もこうしてお前の魔術がなければ、その絆を断ち切ることはできないのだから」
血を吸い終わった女を、まるで廃棄処分するかのように乱雑に放り投げるDIO。彼はそのまま、忌々しいものでも触るように、自身の首元にある星のマークを指でなぞった。
「しかし、それも時間の問題。スタンド使い同士と言うのは……どういう理由か、正体を知らなくても、知らず知らずのうちに引き合ってしまう。『結婚する相手のことを運命の赤い糸で結ばれている』とか言うだろう? そんな風にいつか、どこかで出会ってしまう」
足を組み直すD I Oを、近くで佇んでいたダーニックは何も言わずに見上げた。
「この肉体の因果とスタンド使いとしての因果。奴らジョナサンの血統が俺のところにたどり着くのは明らかなことだ。排除せねば……ジョナサンの一途は根絶やしにせねば」
「それが、貴方様の大聖杯に望むものですか?」
ダーニックの問いにD I Oは首を横に振って応えた。
それは違う、お前の問いは間違っているのだと語るように。
「いいや違う。違うのだ、ダーニック。奴らは確かに排除するべき敵だが、それは俺の望みではない。奴らを根絶やしにするのは過程でしかないのだ。目的と手段を入れ違えてはいけない。このD I Oの目的はもっと先にある」
そう言ったD I O の顔は、地下室の暗闇に隠れ、誰も見ることができなかったのだった。
☆★☆
「ジョジョ、どうしたの。もしかして貴方まで仮病?」
保健室に入るなり、養護教諭の女性が訝しげな目で承太郎を見た。
言わずもがな、今は授業時間中。普通の生徒であれば教室で机と黒板に向き合い、必死でノートをとっている時間帯だ。承太郎も一学生として勉学に励まなければいけない以上、彼女がそのような視線を送っても致し方ないと言える。
しかし、承太郎には承太郎なりに事情があった。
授業中、高圧的な態度で不条理な説教をしてくる教師に歯向かった承太郎。その教師が途中で授業を投げ出してしまったため、クラスの授業は中断された。手持ち無沙汰になった彼は、ベッドで横になろうと保健室へ訪れ……というのが経緯である。
授業自体がなくなったのであれば、どこにいようと関係がないだろう。そもそも、先に職務放棄をしたのは先生である。承太郎からしてみれば、「威張るだけで能無しなんで、気合を入れてやった」くらいの気持ちだ。
だから、承太郎が養護教諭の視線など気にする様子もない。目的のベッドを目指し保健室の奥へ足を進めると、ベッドには既に先約が居座っていた。
仕方なく椅子で我慢しようと思い、承太郎は適当な丸椅子を引っ張り出すと、その上に腰を落ち着かせる。
第三者から見れば、背のでかい男が無言で保健室に入ってきて、椅子に座る。それだけで大分びびってしまいそうなことだが、この場にいる人間は誰一人として怖気付くことがなかった。
「おー、ジョジョ! お前も風邪で保健室に来たのかー?」
「どうせだ、俺らと一緒に帰ろうぜー」
ベットで寝ていた二人が話しかけてきた。片方は片目に眼帯をしており、あの時、花京院にやられた傷は生々しく残っている。
この不良生徒たちからしたら、犯人は目の前にいる養護教諭なのだが、彼らの図太さは一流なのだろう。今ではそんなことなかったかのように、前と同じく楽しく談笑しているようだった。
「もう、学校内では帽子取りなさいって何度もいってるでしょ。本当に休み明けから何も変わってないわねー」
椅子に座っていると、承太郎の帽子を取ろうと教諭が手を伸ばすが、それを全て承太郎はかわす。
それをベッドの上から眺めていた男子学生二人はケラケラと笑った。
「せんせぇー、承太郎に服装のこと言っても無駄なの知ってるでしょ?」
「そうそう、それより早引きさせてくださいよー」
「もー、君たちの体温を計って、本当に仮病じゃなかったら帰らしてあげるわ」
そう言って、教諭が取り出したのは二本の体温計。この間のように万年筆を取り出し、目の前で振ったりはしない。
「風邪ですよー、本当に本当。それに今ここら辺やばいでしょ? 暗い中を帰ってたら、ヤクザ共の抗争に巻き込まれるかもしれないじゃないですかー」
二人の男子学生が顔を見合わせて、わざとらしく自身の体を抱きしめた。
どうやら彼らは、承太郎が今朝見たニュースについて言っているらしい。
けれど、彼らツッパリがこの程度で怖がらないなど誰もが知っている。そのため養護教諭は呆れたようにため息をついた。
「そんなにヤクザが怖いなら、そのリーゼントやめなさい。そしたらヤクザさんたちも何もしないわよ」
「なぁに言ってんすか、これは俺らのあいでんてぃてぃっすよ?」
「そうっすよー、これなかったら誰が誰だかわからなくなっちまう」
「へぇ、でも気をつけなさい? 実はヤクザの抗争って
そんな三人の会話を盗み聞いていると、聴き慣れない話があったため、承太郎の眉がぴくっと動いた。
「おい、ヤクザの抗争に一般人も巻き込まれてるってのは本当か?」
「え? えぇ、今日警察の方が学校に来ていたんだけど、その時に聞いたわ。ホストが何人か殺られてった」
養護教諭は持っていた体温計を2本くるくるとペン回しのように弄る
「しかも、その殺され方が惨いらしいの。なんでも、心臓を抉り出されてるんだって。想像しただけでも気持ち悪いわよね」
心臓を抉り出されている——そんな殺し方が常人にできるのか。
承太郎はそんなことを考える。力、精神性、時間、全てをクリアし、そんな残忍なことをできるやつが、この日本にいるのかと考える。
もしかしたら、スタンド使いがいるのかもしれない。しかし、あの旅で出てこなかったスタンド使いがまだいるとも思えない。
いくら考えてもわからないことに、承太郎は思慮を割くことをやめた。
(とりあえず、様子を見てみてヤバそうならば、そのヤクザの抗争とやらに首を突っ込むしかないな)
承太郎がそう考えたのと同時、養護教諭が体温計を差し出し、
「そんなことより、ほら。三人とも熱測った、測った。ジョジョも仮病を使う気なら体温計で熱を測ってからにしなさい」
と元気に笑顔で告げるのであった。
☆★☆
「タバコをいつものやつだ3箱くれ」
学校終わり、少しくたびれたタバコ屋のカウンターに承太郎は小銭を置きながら第一声を放つ。タバコ屋の老婆は手慣れた様子で、何も言わずに棚から承太郎の愛用タバコを取り出すと、それをカウンターに置いた。
「コホコホ、あいよ毎度あり。コホ、あんた、そろそろ禁煙したらどうだい」
目の前のヘビースモーカーに、渋い顔で忠告する咳き込んだ老婆。それもそうだ、彼女には言い分があった。
承太郎が店に買いに来たのは15歳の頃だった。それ以前から吸っていたのか、それともこの店がタバコを始めるきっかけだったのかは知らないが、それ以降承太郎は足繁く通うようになった。
とにかく、そんな若い時からタバコを吸って体にいいわけが無い。老婆からすれば目の前の承太郎がどうなっても良いのだが、己の店で人生を削っている若者がいる。どうにも、良い気分にはなれなかった。
「今のところ考えてねーな。止める気はない」
「コホコホ、そうかい。まああんたの人生さ。好きにしな」
だが、それ以上にお金儲けは大事なことだ。忠告をして承太郎がそれを突っぱねるなら、老婆からしたらそれ以上言う気にはなれない。彼女は聖人と言うほど善良な人間では無いのだから。それこそ、悪人に近しいところすらもある。
そのため老婆は承太郎に関心を無くしたのか、己の愛用しているタバコを開けると、店の中で吸い始めた。咳き込んでいるのに、よく吸おうと思える。
「ところで、婆さん。最近ここいらでヤクザの抗争があるみたいだが」
承太郎はなんとなしにポストにもたれかけながら老婆に尋ねる。
ヤクザ共の抗争。
もし、これが承太郎の勘である「スタンド使い」の仕業であったなら、解決しないわけにはいかない。スタンド使いに対抗できるのはスタンド使いだけだ。もし、自身が暮らす町でスタンド使いが好き勝手に暴れているのならば、それは承太郎にとって度し難いことだった。
だが老婆はその質問を不快に思ったのか、顔を歪ませながら悪態をついた。
「その見てくれで儂の心配をしてくれるとは、コホコホ、エーエー随分丸くなったのう」
「全く、年甲斐もなく茶化すじゃあねーぜ……まぁ、この調子なら心配いらないみたいだな」
「当たり前さ、コホッ、たかが20歳前の小僧から言われるほどやわな人生は送っておらんよ」
「だといいが」
承太郎がそれだけを言うと、老婆はぷぅとタバコの煙を丁寧に吐き出した。空中に浮かぶ煙は、いつの間にか出ていた霧に紛れ霧散していく。
そんな光景を見ることもなく、次は老婆が何か疑問に思ったのかカウンターに身を乗り出した。
「コホコホ、そう言えば、あんたこそ長い間、コホッ、顔すら出してなかったけど、どうしてたんだい?」
その質問に承太郎の顔が少し歪ませた。
エジプトに行ったことは当然誰にも話していない。学校側にも連絡せず無断で休んだため、学校中で承太郎が休んだ理由を予測する者たちがあちらこちらに現れていた。特に女子学生たちはそういった予測や噂が好きな生物だ。色々とあることないこと言いふらしているらしい。
承太郎はそんな今の環境にうんざりしながら、適当に返すことにした。
「野暮用があったんでな」
「へー、そうかい。ゴホッコホ、わたしゃてっきり他校のガキと喧嘩してるのかと思ってたよ。でも、コホ、あんたに喧嘩売るような度胸あるやつ、コホコホ、ここら辺にはいないか」
老婆はどうやら深追いをする気はないらしく、大人しく引き下がる。承太郎もそれでよいと感じたため、会話を続かせようとはしなかった。無駄話が嫌いとかではないが、相手が詮索してこないものを、自ら掘り返してやろうとは思えない。
そのため、承太郎は買ったタバコをポケットにしまうと、これ以上話すことも無いのか踵を返す。
「コホッ……もう行くのかい?」
承太郎はその問いかけを聞いて空を見上げた。
日もすっかり落ち、今は夜。霧のせいであまり見えないが、月明かりが楽しめる時間帯である。
——早く帰ってきてね。
今朝、母であるホリィが承太郎に向けてそう言っていた。いつも言われるセリフのため、承太郎はいつもそこまで気にしていない。だが、今日はなんとなしにその言葉を素直に聞いてろうと思えた。
「今日は早く帰ってこいと言われたんでな」
「へー、ゴホッ、そうかい」
承太郎は振り返ってそう伝えると、老婆も満足気に燃え尽きたタバコを灰皿の上で潰した。
「コホコホ」
「言い忘れてたが、婆さんこそ禁煙しな」
いつもなら特に気にすることもないのだが、いくらなんでも咳き込みすぎなので、承太郎も少し気になってそう言った。
「はっ、コホコホ、何度も言わすんじゃないよ。ゴホッ、たかが20歳前の小僧から言われるほどやわな人生は送っておらんよ」
「やれやれ、これだから年寄りは。聞く耳を持たねえ」
承太郎は軽く肩を竦めて言った。
「それにしても霧が濃いな。最近はいつもこうなのか?」
ふとあたりを見渡せば住宅街に霧が蔓延っていた。
老婆と霧。どこか見覚えのある、悪趣味な風景に承太郎は内心舌打ちをしながらも、老婆は逆に平然とした態度で答えた。
「いや、コホコホ、夜は霧が出ることなんてほぼほぼ無いね。ゴホコホ、朝なら時々出てるがな」
承太郎はその言葉に眉を顰める。普段朝に出ている霧が夜に出ているのはおかしいからだ。
老婆はそんな承太郎に気がつかないのか、もう一本のタバコを取り出した。
「ゴホコホ、ほら、早く帰るんだろ。コホコホ、さっさと帰ってやんな、コホ」
老婆は口に咥えたタバコに火をつける。もくもくと先端から溢れ出る煙は、霧と同化しているせいでよく見えない。それほど、今出ている霧は濃いということだ。
嫌な予感を覚えた承太郎は、老婆の言う通り、いち早くこの場を去ることにした。
「そうさせてもらう」
承太郎がそうやって帰ろうと体を翻した瞬間だった。こちらを見送る老婆の背後に、一つの暗い影が近寄ってくるのが見えた。それは人影のようにも見えるし、何か異形のものにも見える。霧が濃いせいで、承太郎の視力ではとっさにそれを識別することができなかった。
しかし、分かったこともある。その何かが持っている物だ。キラリと不気味に光ったそれは、承太郎の視力だけでもわかった。
それは——鋭利なナイフである
「っ!? スタープラチナ!!」
ドォーーーーーン
「あぁ?」
とっさに承太郎はスタープラチナを出現させ、制服のボタンを力強く弾き飛ばす。当たってしまえば一撃必殺を狙える一弾。スターブラチナの力で弾き飛ばしたボタンは、さながらライフルのような威力を生み出した。
そんな物が、老婆の背後に迫っていた謎の物体に衝突する。まるで金属と金属が打ち合ったような破裂音が響き、溶けるようにそこから謎の物体は姿を消した。
「チッ、ヤロー……! どこに隠れやがった……」
承太郎はすぐさまスタープラチナを出した状態で迎撃に備える。あのような素早い敵が、またいつ出てくるか分かったものではない。
さっきも初手から老婆を狙っているような奴だ。犯人の頭は猟奇的な思考回路で埋め尽くされていることだろう。これが今朝のニュースの犯人と関係あるのかは別として、ここで止めなければいけないヤバイナニカであることは確かだ。であれば、相手が次に何をしてくるのか、想像するだけで身の毛もよだつ。警戒を緩めることなど一切できないと、承太郎は額に脂汗を滲ませた。
「何じゃ? 今のは何だったんだ? おい、あんた……」
老婆はあまりの出来事にポカンとした表情で、咥えていたタバコを落としていた。
無理もない。承太郎がいきなり叫んだと思いきや、ライフル並の速さでボタンが自身の顔横を素通りしたのだ。聞きたいことは山ほど頭に浮かんでいることだろう。
だが、そんなことにかまっている暇は承太郎にはない。見たところ傷は無いし、さっさとこの場から離れてもらった方が老婆のためである。
「傷はつけられて無いな。悪いが説明する時間も惜しい。婆さんはとっとと店の奥に逃げな」
「あ、あぁ、ああ……!」
承太郎の睨みが効いたのか、老婆は特に質問をすることもなく大人しく店奥へと逃げていく。その際、逃げ去る老婆の背後を、あの影が襲おうことはなかった。もし、襲っていたならば承太郎のスタープラチナが容赦無く拳を叩き込んでいたのに。
「あははは、助けちゃうんだ。勿体無い」
霧の中で声が木霊した。
当たり前の話ではあるが、承太郎にとって聞き覚えのない声だ。
「てめえ、何者だ。姿を現しやがれ」
「やだよーだ。貴方は何だか危険な香りがするもの。貴方って、もしかしてサーヴァント?」
——サーヴァント。
聴き慣れない単語に承太郎は眉を顰める。
「何を言ってやがるかわからねーが、こちらも質問だ。てめーはスタンド使いか?」
「スタ…ンド…? 何それ、魔術かなにか?」
今度は霧で反響する声の主人が、要領をえない回答をする。
「やれやれ、これはちと違った意味で厄介そうだな」
この際、自身が知っているスタンド使いと言ってくれたほうが楽だったと承太郎は思いながらも、臨戦体勢をとった。
すると、霧の中からナイフが飛んでくる。臨戦体制に入っていたスタープラチナがそれを易々と弾くと、そのタイミングに合わせてきたのか、影が懐に忍び込みナイフで承太郎の太腿に突き立てようとした。しかし、影よりもスタープラチナ自慢の速さが上回ったおかげで、突き立てようとしていたナイフごと、その影を殴り飛ばす。
「オラァ!」
おかしい。スタープラチナが見えていれば、拳が間に合うのは分かっていたはず。
となれば、もしかしてこの影はスタンドが見えていないのか。
そんな思考が承太郎の脳内に走る。
「いたたた、何なのもう! 何か
よく分からないが、影の正体も驚いているらしい。
承太郎はこの言葉から相手がスタンドについて無知であることを理解した。
「訳分からねーことをほざくんじゃあねーぜ。さっさとかかってきな」
「そんなこと必要ないもん。どうせ、貴方はこの霧で死んじゃうんだから」
「なに? それはどういう——ごふぉ!」
影が言った通り、突如、承太郎の体の奥で火花が散るほどの痛みが襲った。
どうやら、毒のような成分がこの霧に含まれているらしい。 厄介な霧だ。傷口一つあれば操られてしまう、あのスタンドと同じくらいに厄介だと思う。
承太郎はとっさに身をかがめ、ポケットに入っていたハンカチを口と鼻に当てた。
「ふふふ、貴方はこのままじわじわと毒に侵されて死ぬの」
「ねぇ、苦しそうだね——」
「苦しいよね——」
「うん、でもこうすれば、わたしたちは貴方に近づかずに殺せるわ」
——誰かと語り合うような声。久しく抱いたことのない、なめくじのように薄気味悪い感情が、わずかに承太郎の胸を過った。
だが、恐怖するほどのものではない。相手が発生させている霧に毒が含まれていようと、それで体内から激しい痛みが伴おうと、相手がいかに不気味な存在であろうと……承太郎が恐怖することはない。
所詮、今の問題は霧だ。そう、霧なのだ。
問題が霧ならば心配する必要もない。なぜなら承太郎は——すでに霧を攻略しているから。
「やれやれだぜ。俺が毒に侵されて死ぬことはないな。残念ながら、霧の対処法はもう知っている」
「はあ? なに? 一体何を言って……っ!?」
スタープラチナは近くにあった標識を抜き取ると、巧みな棒術で風を巻き起こした。そのまま「オラオラオラオラオラ!」と産み出された空気の渦は、まるで台風が過ぎ去った後のように霧を晴らす。
まさに雲散霧消——霧をただの力技だけで解決してしまう、言わばゴリ押しである。
「フン。どれ、ご自慢の霧をなくされた奴の面を拝ませてもらうとするか」
承太郎がそう言って視線を前へと向ければ、そこにはポカンとした表情の少女が一人佇んでいた。外観の年齢で換算すれば、まだ小学低学年くらいであろうか。黒い水着のような露出度の高い服装に銀髪というのは、少々キャラ設定が凝りすぎのような気もする。
あまりにも想像していた容姿とかけ離れていたため、承太郎は一瞬気を取られてしまった。
「……まさか相手がこんなガキだとはな。おい、終いだ。さっさと降参しな」
「やだよ。まだ、殺し足りないんだもん」
少女は二本のナイフを携え、人間のスピードとは思えない速度でそのまま突進する。勢いそのまま、ナイフを承太郎の首に突き立てようとするが、当然見切っている承太郎はそれをスタープラチナでガードする。不可視の壁で吹っ飛ばされた少女は、そのまま空中で身をひねって受け身をとると、近くの電柱や、塀を利用して立体的に高速移動を始めた。そのまま、承太郎の背後をとって攻撃を仕掛けるも、スタープラチナでそれを受け止められてしまう。
「何これ、どう言うこと? なんで、何もないのにぶら下がっているの?」
スタープラチナはナイフごと捕まえた少女を、意識を刈り取るべく力任せに塀に叩きつけた。今度は受け身が取れなかったのか、少女は塀にぶつかると肺に溜まっていた空気を吐き出すように、苦痛の声を漏らす。
「オラァ!」「かはっ!!」
だが、承太郎の狙い通りとはいかず、少女の意識を狩り取ることはできなかった。
「仕方ない。なら、このまま聞くぜ。てめーは何者だ。仲間はあと何人いる。サーヴァントとはなんだ。今朝のニュース、あれも貴様がやったのか?」
矢継ぎ早に飛ばす大量の質問。
それを一つ一つ認識することもなく少女はアクロバットな動きで立ち上がり、不敵な笑みを漏らした。その態度に、先程与えたダメージは一切感じられない。
「本当、容赦ないんだね。このままじゃ、訳もわからないまま倒されそう」
「素直に質問に答えな。ガキをいじめるのは好きじゃねえんでな」
承太郎はポケットに両手を突っ込んで威圧的に話す。
これくらいの脅しで相手が屈してくれれば楽なのだが、あんな正々堂々人を殺そうとする少女だ。この程度のことで諦めたり、絶望したりしないだろう。そんなこと、エジプトの旅をしてきた承太郎ならすぐに分かる。
目の前にいる少女。これはどんなスタンド使いよりも、ドス黒い何かを瞳の奥に宿していた。
「ガキって……あ、そうだ! なら、わたしたちの名前、名前なら教えてあげるお兄さん。わたしたちは黒のアサシン
「待て……ジャック・ザ・リッパーだと?」
少女は承太郎の反応に満足したのか、不気味に笑う。
「そうだよ! あのジャック・ザ・リッパーの一つ! それじゃ、お兄さんの驚き顔も見れたし、これ以上やられるとおかあさんに心配かけちゃうから、撤退させてもらうね。お兄さんには特別に私の名前だけ
消え失せるジャックに気が付いた承太郎は、直ぐ様スタープラチナで押さえつけようとするが、残念ながらそれは叶わなかった。少女の体が、まるで発光体であるかのように、その場から光の粒子となって消えていったのだ。だから、スタープラチナの拳は無残にも空を切るだけだった。
「サーヴァントに黒のアサシン……やれやれ、面倒臭いことにならなきゃいいが」
☆★☆
すっかり夜も更けてしまい、大分遅くなった時間に承太郎は帰宅した。
あの後、不可解な消えかたをしたジャック・ザ・リッパーに尾行されている可能性もあったので、何度も何度も裏路地に入りながら帰宅したのだ。おかげで、物凄く遠回りをしてしまった。
「ただいま」
玄関の扉を開けて、声をかけるが誰も出迎えない。いつもは、どんな時間に帰ってこようと無駄に明るい母親が出迎えにくるのだが、それがなかった。
——もしかして怒っているのだろうか。早く帰ってこなかったから。
いや、あの母親に限ってそれは無いと、承太郎はすぐさまその考えを振り解いた。
「だが妙に静かだな……おい、誰もいねえのか」
承太郎はそう言って下駄箱を見る。きちんとそこには母親の靴が収納されていた。つまり誰も出かけてはいない。母親は家の中にいるということになる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
靴を脱ぎ、母親がいそうな居間に顔を出すも、明かりすらついておらず誰もいなかった。それだけならばまだしも、いつもならちゃぶ台に晩ご飯が置かれているのに対し、今回は何も置かれていなかったのだ。あまりにも普段と違いすぎる現実を不審に思った承太郎はすぐさま、学校鞄を放り投げると家の中を歩き回った。こういう時に広い屋敷なのが裏目に出る。小さい家ならすぐに一通り調べられると言うのに。
すると、台所から一筋の明かりが漏れているのを発見した。承太郎は勢いよく中に入ると、そこには自身の母親ホリィがぐったりとした様子で倒れていたのだった。
バーーーン!
「こいつはっ!? おい、しっかりしやがれ!」
母親を抱き起こしてみると、ひどい熱が出ていた。この様子を承太郎は見たことがあった。
数ヶ月前、D I Oとの対戦を急がなければいけなくなった理由。母親が突然倒れてしまったあの瞬間を承太郎は思い出していた。
嫌な予感がして、承太郎は母親の服を破り背部を見る。すると、そこには嫌な予感が的中してしまったことを表す、不完全に出現しているシダ植物のようなスタンドが、ホリィの体に絡みついていた。