この話で分かるかもしれませんが、よききは人が悪く、誰もしなさそうなことをするのが大好きです。
「ただいま、
ジャックが潜伏先に帰ったのは、承太郎と戦闘終えて10分くらい経ってからだ。一応、誰かに尾行されていないかだけは確認しながら帰ってきた。まあ、気配遮断を持つジャックを尾行できるとすれば、ルーラーや高い直感を持ったサーヴァントくらいだろうが。それでも警戒するのに越したことはない。
「あれ、おかあさん寝ちゃったのかな」
珍しい、とジャックは思った。
ジャックが帰ってくる時は、いつも玲霞が出迎えてくれる。それなのに今日は、玄関まで彼女が顔を出してこなかった。それどころか、「おかえり」という教えられた定型文すら帰ってこない。
流石に連日の作業が響いたのだろう。今日だってトゥリファスへ向かうための準備をやってくれた。彼女の献身的な愛情はいつもジャックを満たしてくれている。
だから、今日は我慢しようとジャックは思った。いつも帰ったら甘える少女だが、時には霊体化してマスターの負担を和らげるのも悪くない。
「おやすみ、おかあさん」
ジャックはそう言って体を溶かし始める。だが、そこで一瞬、欲が芽生えた。
「……ちょっとくらいいいよね」
ジャックは玲霞の寝顔をあまり見た事がない。彼女は働き者だ。ジャックのために身を粉にして尽くしている。我が子可愛さというものなのか、はたまた、恩人に対するお礼と言うべきなのか。どちらにせよ、玲霞がジャックの目の前で眠ることは少なかった。
だったら、久しぶりにマスターの寝顔で拝んでみようと思うのは、仕方のないこと。
少女だって好奇心に溢れた子供だ。サーヴァントはその外見に年齢が引っ張られるというが、少女らはそもそもの精神年齢も高くない。
——抜き足差し足忍び足。ジャックはわざと実体化したままで、玲霞が寝ているだろうリビングへ赴く。今日のジャックは承太郎との戦闘で機嫌がいいのも相まって、その足運びは実に軽やかに見えた。
きぃぃ、と建て付けの悪い扉を押す。殺した人間の部屋を間借りしている身分で、文句は言いたくないが、ジャックは少しだけムッとする。これで玲霞が起きてしまったら、せっかくの悪巧みが全て台無しだ。
けれど、扉の開閉音では起きなかったらしい。未だに玲霞から声を掛けられない。
ほっ、とジャックは安堵し、そのままリビングへするりと侵入した。
「遅かったな。黒のアサシン。いや、ジャック・ザ・リッパーだったか?」
聞き慣れない野太い声。体の芯から凍えさせられるような、冷徹でいて聞き心地の良い声。それが投げかられたと同時、ジャックの目は見開かれた。
「なん、で」
そこには、金髪の男が立っていた。承太郎と同じくらい背丈の男が、悠々と居座っていた。それだけならまだ許容した。侵入者がいたのなら、それを排除すれば良いだけのこと。敵であるのなら、自身の獲物で腑を引きずり出せば、事足りる。
だが、その空間にあるのは男だけではない。自身のマスターが傍で横たわっている。
生きているのか死んでいるのかすら分からない、水分の抜けた細い体。それが見慣れた己のマスターだと気付くのに、ジャックは数秒と掛からなかった。
「おかあああああさああああああああああああああああああああん!」
瞬間、ジャックの体は霧散した。比喩ではない。体の粉すら見えない速さで、少女は玲霞の体へと飛びかかった。
金髪の男——D I Oはそれを邪魔することもなく、それを目で追う。
「やだ……やだよ……やだ、やだ、やだ……! おかあさん……! 死んじゃ、だめ……だめだよ!」
玲霞を殺したかもしれない男が目の前にいるというのに、少女は叫び続けた。
——ジャック。
可憐な声で、自分をそう呼んでくれた彼女がいた。自分の正体がどんなものであっても、疎まず、嫌わず、逆に幸せそうに接してくれるマスターがいた。それだけが喜びで。ただ、マスターと過ごす日々が輝いていた。
そんな楽しい夢が、唐突に終わりを告げられる。
まだ約束した歌も聞けてないのに、まだ話したいことも、やって欲しいこともあったのに。目の前で己を満たしてくれる存在が、倒れ伏している。
思考があやふやになる。何も考えられなくなる。
仰向けで倒れ込む玲霞は、まるで少女が見てきたものの方が夢だと教えているほど、残酷に枯れていた。
「おかあさん……!」
ジャックの言葉が放たれたのを聞き、D I Oは鼻で笑う。
「愚かな娘だ。己のマスターの安否を先に確認するとは。自分が消えていないのが、1番の証拠だろうに。いや、だからと言うべきなのか……?」
マスターが生きている可能性があるから、庇うように飛び込んだのか。
D I Oはそう思ったのだろう。
ジャックからすれば、そのような男の推理はどうだっていい。問題なのは、マスターである玲霞がこの場で倒れ伏し。そして、このままだと確実に死んでしまうということ。
もうどうだっていい。何もかも興味が失せていく。
体からは音が消え、体からは熱が消える。残ったのは果てしない疑問だけ。
「どうして?」
——どうしておかあさんを殺したの?
アサシンとして召喚されたジャック・ザ・リッパーは、怨霊の集合体である。承太郎のスタンドエネルギーにより、一時的に善性を帯びそうになったが、それはどうしようもなく刹那的なものでしかない。本質的なものは何一つとして変わらない。胎内回帰願望に囚われた、堕胎の被害者たち。それが、黒のアサシンである少女の正体だ。
だから、その本質を外側へと吐き出す。
ジャック・ザ・リッパーという楔を投げ捨てようとする。
犯人が誰だって構わない。目の前にいる金髪の男であろうが、なんだろうが知ったことではない。少女は全てを発散し、今ここに絶望をもたらす。
シギショアラを地獄の街へと——。
「無駄だな」
肉が裂ける音がした。部屋に灯る黄色い光だけが、それを照らす。
「…………………………かっ」
唇には血潮。幼な子の小さな体は、濃霧にかき消されるよりも前に、
両腕と首が垂れる。雪を彷彿とさせる白い肌は、血に濡れ、朱色の華を咲かせた。
「まさか、おにいさんと同じ……」
その攻撃は、まさに先ほどまで戦った男と瓜二つな奇怪さを持っていた。目に見えていないものに貫かれる感触。そこにもう一人いるのではないかと錯覚するほどの高密なエネルギー。
鮮血に染まった腹とは裏腹に、少女の唇は青白く変色する。喉元よりせりあがる臓腑の戻しも既にない。ジャックの内臓は、もはや
「実に呆気ないものだな」
金髪の男はジャックの醜態を見ることもせず、どこかから取り出した本を見ている。
戦いは、既に終わっている。
そう言いたげな態度に、ジャックは思わず苛立ちを覚えた。
「おまえ、なんか……おまえ、なんかッ!」
けれどそれ以上の言葉は紡がれない。少女の声を煩わしく思ったD I Oが、より深く見えない拳を差し込んだからだ。
ジャックの体が裂ける。腹を貫かれた少女に抵抗する手段は無い。
グジュリ。
音が聞こえた。腹の底から何かが這い出ようとしている音が聞こえた。
だが少女はそれを拒まない。いや、拒めない。
何者かが己の存在を上書きし、それを糧に誕生しようとしている。骨は変形し、肉は組み変わる。五臓六腑、全てが他人のモノになっていく感覚だけが、少女の残った脳漿に情報を伝達する。
「ごほっ……」
咳とともに喀血する。堪らない気持ち悪さだけが身体中を駆け回った。
——おわる。ここでわたしたちはおわる。
気がつけば涙を流していた。
おかあさんとやくそくした歌も聞いていなのに……、
おにいさんから、わたしたちの本当のねがいもきいていなのに……、
まだまだ、やりたいことがあったのに……。
少女の願いは届かない。誰も聞き届けてくれない。この世に慈しみの神様がいるのなら、少女をこんな目に遭わせなかっただろう。
哀れな子供たち。生まれてくることすら願われなかった、被害者たちよ……。
どうか、その怨みとともに安らかに眠れ。
「ウリィ、成功か」
男の呟きとともに、ソレは召喚された。
紛れもない、本物の
偽りのジャック・ザ・リッパーを血肉とし、D I Oの記憶を情報源として、その臓腑より誕生させられた反英霊。
ドボアア
「ウシャアアアアー!」
それは少女に比べ、体格の整った男だった。少女の体から出てきたにしては、あまりに巨軀である。真のジャック・ザ・リッパーは、己の元となった少女を一瞥し、それを切り裂き、喰らっていく。
「あがっ! ああぎゃああ! あぐぅあああ!」
善なる心なんて無いような凄惨さだった。真なるジャックは一心不乱に肉をかき混ぜ、一滴も残さないよう血肉を啜る。骨にいたってはボリボリと、まるで焼き菓子でも食べるかのように貪った。
「知能が随分と低いようじゃあないか、切り裂きジャック」
「ぬああああ?」
D I Oが話しかけても、男は言葉を理解できないのか何も答えない。それどころか、元主人であるD I Oを無視して、寝転がっている玲霞を、次は標的に定めた。
「やめろ。その女はまだマスター権を保持している。おれが良いというまで殺すな」
しかし、その静止の言葉はジャックに届かない。
ジャックは持っていたメスを片手に、玲霞の息の根を止めようと振り上げる。
「ふん、全く。面倒な」
D I Oは読んでいた本を閉じると、そのままジャックの頭に手を差し込んだ。
無理な召喚により、知能を失ったと言うなら再び与えてやればいい。昔、切り裂きジャックとして活躍していた男へ、安心と更なる快楽を与えてやったときのように。自身の吸血鬼の力を使い、肉体を改造してやる。
「あ、あが、あががが……ディ、オ……様?」
次第に頭の中がクリアになりだしたのか、ジャックはそう言って持っていたメスを落とした。己のマスターを殺そうとする暴挙は、どうにかとまったらしい。
「ようやくお目覚めだな、ジャック。我が部下よ。まだまだ本調子ではないだろうが、早速お前にしてもらうことがある」
「……」
D I Oはそう言って、机に置いてあった写真をジャックに渡す。
ジャックはそれを下手な手つきで眺めながら、一部の写真には舌舐めずりした。
「殺しだ。サーヴァントではない、お前にはこのD I Oの敵となるマスターを根絶やしにしてもらう」
この晩、一人の少女は消えた。されど新たな参入者が現れる。
偽のジャック・ザ・リッパーではない。
この世界のブラックボックスとまで言われた、真のジャック・ザ・リッパーが、この世に誕生したのだ。
☆★☆
「どうして助けに来たの……」
獅子劫との戦闘を終え、アーチャーから退却の提案が出た後のことである。
そう言ったのはフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアだった。獅子劫との戦闘中、相手の奇策にハマってしまった彼女は、弟のカウレスによって助けられていたのだ。
だが、フィオレにとってはそれ自体がおかしなことである。
大体フィオレは、自信がシギショアラに赴くと弟には告げていない。逆に、聖杯大戦が始まってからは冷たくあしらっているはずだ。カウレスがシギショアラにサーヴァントも無しに訪れて、フィオレを助ける理由も方法もないはずだった。
「姉さんが心配だったから」
けれど、カウレスの返答は実に呆気ないものである。
色々と不可解な点が多いのに、彼は「姉」という理由だけで全てを片付けてしまった。
それが、フィオレを苛立たせる。自分は「弟」であるカウレスに、許されないことをしているというのに。
「あなた……私の話を聞いてなかったでしょ」
ふつふつと湧き上がる怒りに、フィオレは思わずため息をついた。
車椅子に座り直し、目頭を揉む。そうすれば、嫌とうほど気持ちの悪い感触がそこにはあった。
「あのね、カウレス。これからのことを考えてちょうだい」
フィオレは説教じみた口調で話し出す。
けれど、それはカウレスの反論で止められた。
「逆だよ。姉さんは現状を見てなさすぎる。俺たちはこれから確かに争うことになるかもしれない。けど、今この聖杯大戦に負けたら、これからもナニも無いだろ」
それはまさしく正論だ。反論を挟める箇所など、立錐の余地もない。
フィオレは珍しく弁の立つ弟を、きっ、と睨みながら車椅子で方向を転換した。こういう時は話題を逸らすか、終わらせるに限る。
カウレスはそれを見て、やはり姉はどこか異常であると再認識し、それについて思い悩んだ。
☆★☆
年代物の建造物にもたれかかった男女が、気の抜けた様子で承太郎を出迎えた。
「よー、デク野郎。おせーじゃねーか。連絡も着かねーし、どこほっつき歩いて……て、おい。なんだ、その傷」
セイバーが気難しい表情を浮かべて言った。つられて獅子劫も承太郎の姿を確認する。連絡がつかない時点でおかしいと思っていたが、承太郎の姿を見て全て理解した。
承太郎の体には目立った損傷がいくつかある。
まず腹部。今日、仕立ててもらったばかりの学生服は横一文字に切り裂かれ、インナーからは血と肉が滲み出ている。次に頬と腕。なぜか拳銃で打たれたような火傷と裂傷があった。最後に体の至る所に焦げた後と、何やら金属の破片みたいなのが突き刺さっているのが見えた。
どう見ても、戦闘を終えたばかりの格好だ。
獅子劫が携帯で「逃げろ」と指示したのに、承太郎はそれを無視したのだろう。
問題は、承太郎が誰と戦った、かなのだが。
「おい、ジョジョ。ジャック・ザ・リッパーと戦ったのか?」
「ああ。どうやら今回は記憶を消されなかったらしい」
「マジかよ……」
その平然とした態度に、獅子劫は頭を抱える。
この空条承太郎という人間は、時折なにをしでかすか分かったものじゃない。やる時はやる男だと本人が言っていたが、これほどまでにやる男とは誰も予想していなかった。
「しかし、これはどういう状況だ? お前らも戦っていたはずだが」
承太郎が怪訝な目で見つめる先は、タバコを2本くわえて、その横から飲み物を突き出すセイバーだった。どう見ても、戦いの終わった後には見えない。それは獅子劫も感じていたことなのか、後頭部を掻きながら、
「い、いや、ちょっとジョジョの隠し芸を俺もやってみたくてな、練習していた」
と白状した。
それに対する承太郎の反応は、いつも通りの「やれやれだぜ」である。呆れてものが言えないレベルではないが、正直そこの一歩手前までは足を突っ込んでいる。
とりあえず承太郎も帰ってきたので、獅子劫は空気を入れ替えるためにも、咳払いを一つした。
「んんっ、じゃあ情報共有をするぞ。まず、黒のアーチャーとそのマスターは撤退した。こちらは引き分けだ。切り裂きジャックはどうなった?」
獅子劫の視線に承太郎は少し黙る。
「……傷は負わせたが、こちらも引き分けみたいなもんだぜ」
「「何だって!!?」」
承太郎の態度に、目を丸くしたのは獅子劫とセイバーだった。
だって、サーヴァントと生身の人間が一対一で戦ったのだ。しかも魔術師でもない人間が。傷をつけていることすら奇跡としか言いようがない。
その理由の一つに、本来は霊体であるサーヴァントの特性が絡んでくる。
サーヴァントは前述した通り、ただの霊体である。肉体はなく、実体化している時はただ大量の魔力を使って、仮の肉体を霊核の周りに形成しているに過ぎない。故に、彼ら彼女らに人間と同じ肉はなく、本質的に言えば神秘の塊でしかないのだ。
そんなサーヴァントに傷をつけるには、それと同格程度の神秘を有する必要がある。現世では到底成し遂げられない事象を起こす魔法や、世界の外側に住む幻想種、はたまたサーヴァントと同レベルの宝具。それらを持ち込まないと、サーヴァントへの攻撃は全て無効化されてしまう。例え、近代兵器である陸上戦車や迫撃砲を持ち出したとしても、そこに神秘がなければサーヴァントへの影響は出ないのだ。ジャックはその特性を利用して、爆弾特攻や、銃火器での圧迫を行っていた。
では何故、承太郎の攻撃が、その破格の防御性能を誇るサーヴァントに影響を与えているのか。それは承太郎の持つスタープラチナが、その神秘と同格、またはそれ以上の神秘を内包しているからであった。
スタンドの起源は古くても、エジプトの古代遺跡にまで遡る。ある青年がアルバイトで偶然発掘した弓と矢。それは超能力という名を冠し、現代に至るまで濃密な神秘としてその力を与えていていると考えられた。
だが、この場にいる誰もその事を知る者はいない。スタンドを使う承太郎も矢のルーツを知っているわけではない。それは別世界において、何年も後に知ることになる真実なのだ。
そして、神秘という面だけでなくスタープラチナにはある力が加わっていた。これこそ誰も知らない真実。D I Oと承太郎の物理的距離が近くなったことによる魂の共鳴。サーヴァントとして限界したD I Oに、承太郎の中に流れるジョースター一族の血が無意識に反応していた。
「オレでも引き分けたりするような奴らだぞ!? バカも休み休み言え」
「そうだな。俺も初めてサーヴァントを目にしたが、あれは規格外だ。退けたならまだ理解できるが、引き分けたなんて直ぐバレる嘘を言うんじゃないぞ」
「……」
絶対に信じない、といった表情を見せる二人に承太郎は反論することをやめた。何を言っても聞き入れてくれなさそうだし、第一別に信じてほしいとも思っていない。二人がそれで納得できるなら、そのままにしておこうというのが承太郎の考えだ。
そのため承太郎は早々にタバコを取り出して、火をつける。ぷかーと吹き出された白い煙は、黒い街に映えた。
「それで、これからどうするんだよ、マスター」
セイバーは気怠げに腕を頭の後ろで組む。
当初の予定であれば、ここでジャック・ザ・リッパーの始末を終えた頃合いだ。だが、今となってはそれが出来ない。承太郎と戦い引き分けたと言うことは、一度撤退と決め込んだのだろう。そんなサーヴァント相手を追いかけるのは、難しいし、いつまでもシギショアラにいるわけにもいかなかった。ジャック・ザ・リッパーに関しては第三者が殺してくれる可能性にかけて、今は見過ごすべきだろう。最も大切なことは、どうあっても黒の陣営に勝ち、大聖杯を手に入れることである。
「とりあえず、トゥリファスに帰還するかね」
獅子劫はスタスタと大通りに出ると、停車されていた乗用車の窓ガラスを叩き割り、ドアのロックを解除した。セイバーはその荒っぽい所業に呆れ、承太郎は何も言わない。獅子劫はそんな二人を無視して運転席に乗り込むと、携帯をチラリと見る。
「やっぱしトゥールの嬢ちゃんから連絡は来てないな」
「まだ待ってたのかよ。どうせくたばってるって。待つだけ無駄だろ?」
獅子劫の言葉に呆れながら、セイバーも助手席へと乗り込んだ。承太郎もそれに倣い、荷物のない後部座席へと座る。
「あいつのことだ。上手くやっていると俺は思うがな」
承太郎は帽子のつばを撫でながら言った。ゴルドと承太郎の一戦以降、己の道を模索する少女。彼女とは一日程度しか過ごしていないが、それでも承太郎は何かしらをトゥールから感じ取っている。
だが当然、トゥールとの付き合いが浅いセイバーは、己の憶測が批判された感じ、眉間に縦皺を刻んだ。
「なんだ、じゃあ賭けるか? オレが勝ったら食事を奢れよ?」
「やれやれ、またそれか」
「それくらいしか、オレの暇潰しがここにはねぇ」
セイバーのその食い意地と言い切りに、承太郎は感服の念を抱く。サーヴァントというくらいだ。生前はよほど食事を楽しめなかったのだろう。食事を趣味とする幽霊など奇怪である。
なんにせよ、セイバーの提案に興味を示さない承太郎は、「勝手にしな」とだけ言った。
「あー、残念ながら、その賭けはセイバーの負けだな」
「はあ?」
運転席に座っている獅子劫が、申し訳なさそうに携帯を見せる。セイバーはそれを受け取り、獅子劫が何故そう言ったのか、その原因を一言一句見逃さないように目を通した。
「トゥールの嬢ちゃん。思ったよりアグレッシブみたいだな」
「おいおいおい、なんだよこれ。なんでアイツがマスターになってるって書いてあるんだ?」
セイバーの不穏な言葉に、つい承太郎は、後部座席からセイバーの持っている携帯を覗き込んだ。
そこにはこんな一文が刻まれている。
「昨晩、黒のライダーと契約した」
なるほど、確かにこれは誰もが予想できなかった事態である。