「まさか、ルーラーがそんな特殊な召喚されてるなんて、ボクは思わなかったよ」
時刻はかなり巻き戻り、早朝。承太郎が服の仕立てに出かけたあたりの話だろうが。
トゥールとライダー、それに加えてジャンヌの3人は、ミレニア城塞で起きた出来事を共有するため走っていた。走っていたのだが、突然、ジャンヌが倒れたのである。
なんてことはない。聞けば寝不足が原因だと言う。
普通のサーヴァントであれば、睡眠は必要とされない。けれど、生身の人間にインストールされた彼女は、人としての生活も営まざるを得ないのだ。そのため、霊体化はできず、お腹いっぱいに食べてぐっすり休まないと体調を崩す。しかも、その崩し方と言うのが厄介で、唐突に電池が切れたラジコンカーみたくなってしまう。
そんなダメダメなジャンヌを呆れ半分、憐れみ半分で見つめるのが、ライダーとトゥールだった。
「……ああ、恥ずかしい」
「本当だ。特殊とは言え、サーヴァントのくせに情けない」
トゥールの容赦ない一言がジャンヌの胸に突き刺さる。体調管理もろくに出来ないのか? という侮蔑の視線が彼女から送られてきた。
「まあまあ。僕もサーヴァントだから分かるけど、人間に憑依しての召喚は、かなり英霊にとっても不便だって思うよ」
ライダーは、サーヴァントを強制的に肉体へ英霊を下ろされた少年を思い浮かべながら告げる。ジャンヌと彼の違いは、大聖杯のバックアップがあるかどうかだろう。見たところ、ジャンヌが元となった人間を侵食しているふうには見えない。ジャンヌも、憑依体の安全性は保証されていると言っていた。
ならば、その技術を用いることができれば、あの少年ホムンクルスを助けられないか。ライダーはそんなことを考えていた。そのために必要なのは、聖杯システムを看破できるであろうキャスターの協力。黒のキャスターは当てにならないため、できれば赤のキャスターと交友を結びたいものだと思った。
「ここで大丈夫だろ」
トゥリファスの街郊外。そこにある農村地帯でトゥールは腰を下ろした。
魔力節約のため、ライダーの愛馬は易々と出せない。そのせいで、ここまで辿り着くのに随分と時間がかかっている。しかもトゥールに関しては、昨晩シギショアラからミレニア城塞へ、そしてミレニア城塞からここまで、ずっと移動を続けていた。サーヴァントでもない彼女からすれば、過酷すぎる運動量である。
「私もライダーの背中で眠らせていただいたので、もう大丈夫です。トゥールさえ良ければ、今すぐに話をしてもらえますか?」
「分かった。と言っても、私もあまり状況を理解していない。最も詳しいのはライダーだ。私も状況把握がてら聞きたい」
「んー、分かったよ。でもその前に、マスターの体調が心配だ。僕がどこかから食べ物を分けてもらうから、それまでマスターも少しでも休んでおくんだよ」
ライダーはそれだけを言うと、一番近い農家に駆け込んでいった。行動力は人一倍にあると思われるライダーだ。その姿に瞠目する者はこの場にいない。
トゥールは言われた通り、ひとまず体を休めるために目を閉じる。眠れない状況なので、気休め程度にしかならないが、これをするかしないかでは大きく違う。ジャンヌはそれを見て、少しでも楽になってもらおうと己の膝を貸すことにした。基本的に中立を主張するルーラーであるが、己のせいで無理をさせてしまったのは明白である。自分が倒れなければ、ライダーに担いでもらうか、霊体化させて魔力をより節約できたことだろう。ならば、その負債を少しでも消すため助力するのに、何か問題があろうか。中立を主張するルーラーらしい行動であろう。トゥールもそれにとやかく言うつもりもないため、甘んじてその好意を受け取った。
「みんなー、ホットサンド貰ってきたよー。あと野菜も恵んでもらっちゃった」
えっへん、と言葉が似合いそうなライダーがドヤ顔で帰ってきた。トゥールはそれを聞き、目を開ける。ジャンヌの太ももの上から眺める景色は、ライダーのあどけない顔に占領されていた。どうやら、ライダーがトゥールにグッと顔を近づけているらしい。心臓に悪いのでやめてくれと、素直にそう思った。
「ありがとうございます。こんなに沢山、良かったんでしょうか」
「君がすごく食べそうだったからね。少し多めにもらってきたよ」
「え?」
ライダーの偏見に絶句したジャンヌ。体を凍らせてはいるが、これまた事実なので何も言い返せなかった。
「さて、そろそろ話を進めよっか。もう昼に近くなりだしている。マスターの体調を考えると、ボクは今日一日ここで宿を取るべきだと考えているし」
「分かりました。では早速、お尋ねします。深夜赤のサーヴァントたちとの戦闘がありましたね? 相手はライダー、アーチャー、そしてバーサーカーのはず」
「うん、そうだね。そこに誤りはないよ」
「結果、ライダーとアーチャーが撤退、バーサーカーは捕縛という形に収まったようですが——その際、一騎の不自然なサーヴァントを感知しました。それも常に瀕死状態であるサーヴァントを」
ライダーはルーラーの問いかけに渋い顔をした。いや、ライダーだけではない、膝を借りているトゥールですら、わずかな動揺が見られた。
「分かった。順を追って説明するよ。そうだねー、まずは一人のホムンクルスから話そう」
ライダーは笑いながら、一人のホムンクルスについて語り始めた。それから、黒の陣営で起きている不可思議な現象も踏まえ、ダーニックがしでかしたであろうことも教える。
それはまさに聞いていて、奇想天外のものばかりだ。本当にそんなことが起こったのかどうか、歌がたくなるエピソードが詰まっていた。けれど、ライダーの目に曇りはない。話をしている彼は、どこか軽いノリではあるものの、言葉の節々には真剣味を帯びさせていた。
「まあ、そんなこんなで ボクとマスターは出会ったってことさ。マスターがいなきゃ、あはは、本当にどうなってたんだろうね!」
陽気に笑うライダーを見て、トゥールは嘆息した。
「笑い事で済むか。あのD I Oというサーヴァント、相当危険だったぞ」
「そうだね。本当にどこの英霊なんだろう、彼。金髪だってことは、やっぱり僕たちと同じヨーロッパ人とかだよねー」
ライダーとトゥールの会話を聞きながら、物事を整理していたジャンヌが、ピクリと耳をはねる。
「D I O? D I Oというサーヴァントがいるのですか?」
「知ってるの?」
「いえ、知りません。ただ、なんだか嫌な予感がしました。そのサーヴァントのクラスはなんですか?」
「え? いやー、ちょっと分からないや。ランサーとアサシン以外のサーヴァントは全員顔見知りだから、多分その二つのどちらかなんじゃないかな。いや、アサシンはまだ合流で来てないって言ってたから、ランサーかも」
下顎に手を当ててジャンヌは考える。
おかしい、あまりにも数が合わなすぎる。
ジャンヌがサーヴァントをミレニア城塞で感知したのは合計で6体だ。敗退したセイバーをどければ丁度になる。だけれど、ライダーの言葉を聞いて数の帳尻が突然合わなくなった。
アサシンがミレニア城塞にいない。ならば、あの城にいるべきサーヴァントの数は5体となる。1体余分ではないか。
「その、デミ・サーヴァントの彼は聖杯大戦で呼び出された異常な存在、ではないのですか」
「あー、うん。違うよ。ちょっと説明の仕方が悪かった。ヴラドは今回の大戦とは全く関係なしで呼ばれた存在だ。ダーニックが大聖杯の魔術を模倣し呼び出した、その成功例の一つに過ぎない」
「それって……」
「簡単に言うと、ユグドミレニアの生物兵器だ」
トゥールがそうまとめると、場には沈痛な静けさだけが広がった。
ジャンヌとしては、これはルール違反で弾糾してもいい事態なのか、それとも見過ごしてもいいものなのか決めあぐねるものだった。それほどまでに、この行為自体はジャンヌの境界線に位置している。
無垢な魂を弄び、穢し、蹂躙した行いは、決して人として褒められるようなものではない。逆に、彼らのしたことは、どんな殺人よりも非人道的な実験である。
だが、古来より魔術師とはそう言うものでもある、とジャンヌも理解はしている。
ライダーの話を全て鵜呑みにするのであれば、素体となったホムンクルスの少年は生きたいと願っていたらしい。ならば、その無関係な生命を。ユグドミレニアは意地汚く利用したということだろう。
「貴方たちは、これからどうするつもりですか?」
ジャンヌは夜の内に聞かれた言葉を、今度は彼女らに向けて投げかけた。どういう結論を出すにしても、これは聖杯大戦だ。誰が勝利者になっても、それによって災いが起きない限り、ルーラーとして介入するつもりはジャンヌにない。
それまでの過程も同じだ。大量の人が殺されるというのなら、彼女は迷いなく立ち上がるものの、一人の生命が無下に扱われていると知った現状、それをルーラーとして介入するかは別の話になってくる。ましてや、黒の陣営に歯向かうとなれば、自然とルーラーは赤の陣営に与することとなるため、余計に手出しが難しかった。
現在、トゥールとライダーの位置付けは中立。または第三勢力ということになる。黒の陣営に反旗を翻しながら、赤の陣営とも対立関係である彼女たち。その陣営が、ヴラドという少年を助けるのであれば、ルーラーはそれに任せることにしたのだった。
「私は……」
最初に口火を切ったのはトゥールだ。
「私はミレニア城塞で、同胞の悲惨な死体を見た……」
そのポツリとこぼれた一言に、ライダーもジャンヌも何も言わない。彼女は消耗品として作られた鋳造物。主人のために身を粉にして働く、隷属に身を委ねた憐れな生命である。
そんな彼女が自我に芽生え、そして何か願いを抱きつつある。
ライダーもジャンヌも、彼女のそれを英霊として聞き留めることに専念した。
「最初はヴラドとなったアイツの願いを、ただ模倣しようとしていたが今は違う。はっきりその時、分かった。私は同胞をこんな目に合わせた奴らを許せない。私が望むのは、彼ら彼女らの解放だ。そこには勿論、ヴラドとなったアイツも入っている」
トゥールのその力強い宣言に、ライダーはニヤリと笑う。
「うん、うん! それでこそボクのマスター! いやー、ようやくまともなマスターと契約できてボクも嬉しいよ! その願い、シャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォが聞き届けた」
ライダーとトゥールは目を合わせ、快活に笑う。相性は悪くなさそうだ。マスターがセレニケだった時と比べれば、ライダーの顔も朗らかになっている。
ジャンヌはそんな二人を見届け、「分かりました」とだけ呟いた。これで彼女がここに参入する意味も無くなった。一つの陣営が、自分たちの、マスターのために戦うというのであれば、それは歴とした聖杯大戦の参戦者だ。ならば、ルーラーとしてのジャンヌが肩入れするわけにもいかない存在となった。公正にして厳粛。施しの英雄カルナにも言われた、ルーラーとしての適正である。
「じゃあ、具体的な方策を私は聞きません。ヴラドについても、あなた方に一任します。私は私が召喚された問題を追求しなくてはなりませんから」
「ルーラーが召喚された問題?」
「ええ。そもそもルーラーは通常の聖杯戦争に呼ばれるクラスではありません。それが今回召喚されたということは、世界に歪みが出るかもしれません。例えば、公的情報として聖杯が露見してしまう可能性でもあるとか……どちらにせよ、警戒することに越したことは無いでしょう。貴方たちが言ったD I Oというサーヴァントも勿論気になりますし、赤の陣営も私を襲ってきたのを鑑みるに油断ならぬところです」
ジャンヌが弱った表情で言う。
初日から可笑しな謎は点在していた。赤の陣営であるランサーが、ルーラーを抹殺しに来た点。そして、黒のセイバーに勝利したはずのランサーが、いつの間にか敗退していた点。さらに、通常では起こり得ないはずの奇跡が、黒の側で起こっているという点。
どれもこれも、世界に歪みが出る前兆かと言わんばかりに起きている。未だにルーラーとしての機能が、一部起動していないのも気になる謎だ。世界が抑止としてジャンヌを召喚したのだとすると、勿論、その抑止に掛けられる黒幕がいるはずである。
果たしてそれは、黒か赤か……はたまたそのどちらでもない第三勢力なのか。
見極めるためにも多大な情報が今は欲しいところだ。なんでもいい。少しでも盤面を理解できるだけの情報がジャンヌには必要である。
「少し言い忘れていたのだが」
ジャンヌが物思いに耽っていると、枕に頭を預けているトゥールが、思いついたように呟いた。
「どうしたの、マスター?」
「そのD I Oという名前……どこかで聞いた気がする」
トゥールがそう言うと、「「ええ!?」」と二人のサーヴァントが立ち上がった。
必然、膝に頭を乗せていたトゥールが地べたに転げ落ちる。急に立ち上がられたことに不快な思いをしたトゥールは、少しだけジャンヌを睨んだ。ジャンヌは当然、それに対して申し訳なさそうに、ちょこんと両手を合わせる。
「いやいやいや、なんでそれをもっと早く言わないのさ! いつ!? どこで!? 誰から!?」
転げ落ちたトゥールを気遣う様子もなく、ライダーは問い詰めた。
「む、思い出せない……」とトゥールも、申し訳なくなったのか、記憶を辿ってみる。が、細い糸を手繰るようなものだ。中々はっきりとは記憶が蘇らない。
「お、お願いしますトゥールさん。結構それは重要な情報かもしれません、なんとか思い出してはいただけませんか?」
ジャンヌも祈るようにトゥールへお願いした。
もうこうなれば、頼れるのは目の前の少女のみ。新しく情報が入るかどうかは、まさしく彼女の記憶力に掛かっている。
上目遣いになって、トゥールが記憶を掘り返すこと数秒。何か思い出したかのように声を上げた。
「っ……ジョジョ」
トゥールの頭の中に出てきたのは、一人の青年であった。自分が助けられた時、電話口に向かって「D I O」という名前を漏らしていたのを思い出す。
「ジョジョ? なにそれ、モノ? それとも人の名前?」
ライダーはその単語に聞き覚えがないため、意味が分からないと言った様子で頭の後ろで腕を組んだ。
けれど、この場にはその単語の意味が分かる者が一人だけいる。
「トゥール。なぜ貴方がその名前を知ってるのですか……!」
ジョジョ。
それは、トゥリファスへ向かう道中を共に旅した男の名前だった。
「そうか、確かお前はジョジョと共に、トゥリファスへ向かっていたんだったな」
「だから何故それを」
「私はホムンクルスだ。主人がジョジョを殺しに行くとき、それに付き従っていた」
その言葉でジャンヌは全てを悟る。
黒のセイバー ジークフリートが言っていた。己のマスターが、赤のマスターと思わしき青年を殺しに行ったと。その後、承太郎はジャンヌの前から姿を消し、今ではどこにいるのかも分かっていない。
つまり、トゥールと承太郎が出会ったのは、その時のことなのだろう。
承太郎の命を狙っていたのがトゥールで、その際に何かしらのアクシデントがあったと思われる。
「そう、ですか……理解はしました。だけど、納得はできません」
ジャンヌはそう言って、ライダーがもらってきたホットサンドを乱雑に二つ掴み取る。
「あのー、ボクにも分かるように説明してくれない?」
置いてけぼりをくらっているライダーが、手をあげる。
ジャンヌはそれを一瞥して、次にトゥールを見た。
「説明はトゥールから聞いてください。すみませんが、私は目的地が決まりましたので、先を急ぎます」
「急ぐって、もしかして、そのジョジョって人のところに行くの?」
「ええ。返したいものもありますし、話を聞きたいので」
そう言ってジャンヌはポケットに入れてあった彼の財布を上から撫でる。聖杯大戦の関係者だったとは言え、赤のマスターと勘違いさせてしまったのは、ジャンヌの軽率な行動が原因だ。それについての詫びくらい、入れておいた方がいいと思った。
「なら、私も行く」
そんなジャンヌの言葉に呼応したのは、誰が見ても疲労困憊なトゥールである。これ以上無理をしては、体調を著しく崩すことは目に見えていた。
「マスターはダメだ。これからのことを考えると、ここでひとまず休憩した方がいい。悪いけど、ボクは君を気絶させてでも、休ませるよ」
真っ直ぐな瞳でトゥールを射抜くライダー。
ジャンヌもそれに同意し、頷いた。
「ええ。私はルーラーとして会いに行きます。別に危害を加えるつもりはありません。そこは安心してください」
トゥールはそれを聞き、幾分か渋ったものの、何を言っても無駄だと理解する。
「……分かった。ならば、ライダーの言う通りにする」
「それがいいですね」
ジャンヌはそう言って、軽く出立ちの準備を始めた。
「ジョジョがどこにいるか、分かりますか?」
「今は赤のセイバー陣営と共にしているはずだ。場所はシギショアラ。しかし、今夜中には移動するかもしれない」
「分かりました。ならば、サーヴァント反応を追いかけてみます」
ジャンヌはそう言って軽くホットサンドを口に放り込むと、そのまま歩いて出発した。また、どこかで乗り物を見つけなくてはならない。ここからは長い道程になると、ジャンヌは心の底で静かに覚悟した。
さて、残されたトゥールとライダーだが、ひとまず昨晩の疲れを取ることにする。気の良さそうな農家に部屋を貸してもらい、そこで英気を養うのだ。泥のようにトゥールが眠った後、覚めたのは獅子劫たちがトゥリファスへ向かおうとする夜の時である。そこで初めて、自分が一切の報告をしていなかったことに気がついた。
三日目はこうして幕を閉じる。
生存報告じゃああああああ!
まあ、ちょっとリアルが多忙になってきたのと浮気してました、申し訳ないっす
(バレてる人にはバレてると思い開き直り)
更新スピードが上がるかは不明ですが、ちょい待っててくださいね〜
次で四日目なので、全面衝突が始まります、ワクワクしていてください。