空条承太郎「聖杯大戦だと?」   作:よきき

6 / 21
EP05

 ——その生に後悔はないのか?

 

 遠い昔、そのような言葉を吐かれたのを思い出す。

 誰が言ったのか思い出せないが、その声には確かな悲哀と憎悪が篭っていた。

 理由は分からない。

 生憎、私という人間は生前からかなりのものを切り捨てて生きてきた。

 悲しまれることも、恨まれることも多い人生だった。

 

 ——後悔はありません。

 

 私はそう口にしたのを覚えている。

 主の声を聞き戦いに参ずると決めてから、そのような感情はとうに消え失せていた。

 結果は予想通り。

 最後の最後まで、後悔や無念が帰ってくることは無かった。

 例え肉が焼けようと、

 例え皮膚がただれようと、

 例え肺に煙が溜まろうと、

 例え友が壊れよと、だ。

 私という人間は、主に身を差し出し、それが結果として付いてきただけの人生を歩んだのだ。

 己の選択で歩んだのかと言われば自信はない。

 それでも、私の人生に後悔は無い。

 

 ——エゴではないのか?

 

 誰かが続けてそう尋ねてくる。

 確かにこの使命感はエゴなのかもしれない。

 主の啓示は私にしか下されておらず、それゆえこの覚悟は誰にも伝わらない。

 だがそれでもよかった。

 私が戦い、果てることでその結果を手繰り寄せられるのなら、それでよかった。

 主の啓示で私は皆(・)が(・)笑(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)結(・)末(・)を(・)知(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)た(・)。(・)

 国を救えると判断した。

 ならば、

 

 ——それでも、救える命があります。

 

 私の声は続けてそう告げる。

 今の気持ちを代弁しているかのようにそう喋っている。

 口を動かしていないのに、勝手に言葉が紡がれる。

 そう言われた人物は気に食わないのか、軽い舌打ちを繰り出した。

 

 ——お前はやはり自分しか見ていない。

 

 その言葉の意味も私には分かる。

 私は自分の道を進むため、数多の人命を見捨ててきた。

 内外問わず、必要なものと見逃した。

 これを自分しか見ていないと言われればそれまででしかない。

 

 ——お前は残される人間の気持ちを、死んでいく者の気持ちを理解できていないのだ。

 

 理解はできないが、想像はできていた。

 自分が消えることによって起こる影響。

 家族はもちろん、一人の仲間を狂わせてしまったことに対して悲しみを抱かずにはいられなかった。

 

 ——それに対しての弁明はないのか?

 

 だが、弁明などない。

 私は成し遂げ、その結果彼(・)ら(・)彼(・)女(・)ら(・)は(・)自(・)分(・)自(・)身(・)で(・)己(・)の(・)運(・)命(・)を(・)選(・)択(・)し(・)た(・)。(・)

 狂うのも、壊れるのも、嘆くのも、怒るのも、それら全ては彼ら彼女らが生きた証である。

 今更、どのような言葉で釈明しろと言うのか。

 私が言えることはただひとつ、それでも私の生に後悔はないということだけだ。

 

 ——そうか、ならば言い方を変えよう。

 

 声の雰囲気が少し変わる。

 悲哀と憎悪に満ちていた声が、無機質なものへと切り替わる。

 録音された合成音声のように感情の起伏が消え失せる。

 

 ——お前の心は確かに火と鉄で出来ている。

   きっとどんな苦境や絶望でもお前の信仰は絶えないだろう。

 

 心がざわめく。

 心臓が暴れる。

 悪寒は背筋に走る。

 聞いてはいけないと体全体が拒否反応を起こしている。

 しかし、それでも逃れることはできない。

 美麗も、称賛も、侮蔑も、悪言も、忠言も介さないその声は淡々と流れ続ける。

 一人の男の声帯で……。

 

 

 

 ——お前は言った、狂うのも、壊れるのも、嘆くのも、怒るのも、俺(・)た(・)ち(・)の(・)選(・)択(・)だと

 ——だが、それは違う

 ——俺達はお(・)前(・)に(・)人(・)生(・)を(・)決(・)め(・)ら(・)れ(・)る(・)ことなど、誰も望んでいなかった

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 承太郎とタンデムツーリングを始めて3時間が経過した。

 当初の予定であれば、もうトゥリファスに着いている時間である。が、その前に承太郎と少女は夜食をとるべく、一度街の中で休憩を挟んでいた。

 そんなこともあり、今は少し予定より遅れてトランシルヴァニア高速道。トゥリファスへと向かう唯一の国道である。電車網からも外れている上に、高速道の終点であるトゥリファスへと向かう車はほとんど存在しない。立ち並ぶ道路照明灯も、半分以上が壊れている。

 少女——レティシアはそんな閑散とした風景を眺めながら、承太郎に質問した。

 

「ジョジョはなぜトゥリファスに!?」

 

 静けさが蔓延る夜道に、エンジン音とレティシアの声が響く。

 トゥリファスは観光地としてはマイナーもいいところだ。それこそ、近郊にヴラド三世の生家があるシギショアラの方が、歴史的にも文化的にも見る価値があるだろう。トゥリファスに行きたがる観光客は大抵、ユグドミレニアに通じる魔術師とその関連者。または異邦の地を長閑に堪能したい物好きだけである。

 

「少しのんびりしたくてな。トゥリファスには大きな城塞があるとも聞いた。折角だから見てやろうと思っている」

「ああ、ミレニア城塞ですか! でも、あそこは私有地で立ち入り禁止ですよ!」

 

 レティシアの言う通り、トゥリファスの城塞——ミレニア城塞はユグドミレニアの所有地だ。一般観光客はもちろんのこと、現地民でも立ち入ることはできない。

 承太郎はそれを聞いて、何か思いついたのか、少しだけスピードを緩めた。

 

「私有地ということは、オーナーがいるのか。どんな奴だ?」

 

 聞かれたレティシアは曖昧な声を漏らす。あまり聞かれたくはないことだった。

 

「え、えーと……ルーマニアの貴族ということしか分からないです。ごめんなさい」

 

 そもそも”レティシア”の知識は平凡並みだ。一介のフランス人が知り得ている情報しか持ち合わせていない。ルーマニアの地方貴族など知らなければ、魔術師なんてもの当然範疇外だ。トゥリファスやミレニア城塞について知っているのも、最低限の知識としてレティシアに取(・)り(・)憑(・)い(・)た(・)ジ(・)ャ(・)ン(・)ヌ(・)が持ち合わせていただけ。ユグドミレニアに関して話せることなど彼女には無かった。

 

「そうか。少し気になったんだがな」

 

 承太郎は無感情な声色でそう漏らした。それが男性を苦手とする”レティシア”の心に突き刺さる。

 顔立ちもいい、体格もいい、物静かでワイルドな男。それが空条承太郎だ。例え男であろうと凄まれたビビる風貌をしている。

 そんな彼に、男性を苦手とするレティシアがビビらないわけがない。このタンデムツーリングでさえ、彼女にとっては相当な負荷が掛かっている。もしジャンヌが取り憑き主導権を握っていなければ、彼女はすぐ様逃げ出しただろう。それはもう脱兎の如く。

 しかし、逆にジャンヌは承太郎の淀なき生命エネルギーに感服していた。嘘偽りのない、真っ直ぐな生命エネルギーだ。ここまで力強くそれを感じることは無かった。きっと承太郎だけが特別なのだろうと、ジャンヌは考える。魔力反応とは違う、その生命エネルギー。風体は悪そうでも、彼の性根は実に優しいものだと思えた。

 だがそれを踏まえた上で、少し疑問が生じる。魔術師らしき痕跡もない。令呪と思わしきものもない。ましてや、特筆する点は生命エネルギーだけの一般人。そんな彼が何故、聖杯大戦の戦地へと運命によって招かれているのか。それだけが少しジャンヌの疑問だった。

 

「でも、どうしてジョジョは、オーナーが気になった……」

 

 疑問を解決するべく言葉を発したジャンヌ。

 けれど、それが最後まで紡がれることは無かった。数キロ先、そこにサーヴァントを知覚したからだ。

 瞬間、頭の中で一つのビジョンが浮かび上がる。

 ——真っ赤な血池に浮かぶ空条承太郎の姿、が。

 

 ドドドドドドドドドド

 

「ん? どうした?」

「ジョジョ! 今すぐバイクを端に寄せて停まってください!!!」

 

 ジャンヌは承太郎へ口早に告げると、バイクを強引に停止させた。

 

「おい、急に何を」

 

 突然ブレーキをつかまされた承太郎。当然、その表情には怒りのマークが浮かんでいる。それによってレティシアの心臓がピクリと跳ねた。

 

「わ、私が帰ってくるまで、絶対にここで待っていてください。大丈夫、あなたを危険には晒しませんので」

 

 ジャンヌは二の句が継げない口撃を浴びせる。

 もしかしたら、あの承太郎が凄惨な姿になる光景。それは、自分と一緒にいるからでは、とジャンヌは読み取った。

 そのため、一度承太郎と離れ、そのサーヴァントと対峙しに行く。そうすれば、その啓示を回避できるかもしれない。

 だが、それはジャンヌにとって主への反逆でもあった。啓示は本来、彼女が目的に到達するための最適解——"天からの声"を聞く、魂に刻まれたスキルだ。それに従わないということは、つまり最適解を放棄するということになる。

 だが、それでもいい。

 一般人を巻き込んだ末が、最適解でないと言うのであれば甘んじて受け入れる。

 戦場は兵士の殺し合いの場。一般人が死んでいい場所ではない。

 

「? 急に何を言ってやがる。そんな突拍子もない事を、はいそうですかの一言で納得すると思っているのか?」

「それはそうですが……、それでも、私を信じてください」

 

 承太郎の訝しげな瞳に、ジャンヌは誠意を込めて言った。

 だが、それだけで誤魔化せるような相手ではない。承太郎はジャンヌの行動に納得がいかず、バイクを降りようとした。

 それを見て焦るジャンヌ。仕方がないと、さらに言葉を強めた。

 

「ジョジョ、お願いです。私を信じて」

「……」

 

「何を」とは言わない。いや、伝えるまでもない。

 ジャンヌには自らの言葉を第三者に信じさせる力がある。目的地がトゥリファスと伝えた時も使った力だ。誰もが彼女の言葉に耳を傾け、誰もが彼女の言葉に傾倒する。それは魔術に耐性がない一般人であるほど強く働いた。

 だから、承太郎も腑に落ちない顔をしたが、それ以上尋ねとようとはしない。彼女には彼女なりに考えがあると、思い込んでいる。

 これではまるで洗脳だ。足らないピースを相手に作らせ、それを当てはめさせる。詐欺と言ってもいい。誰かの思考を奪い、無理やり従わせるなど……。

 けれど、ジャンヌはそんな事実に目も向けなかった。向ける必要がないと思っていた。

 生前からこうしていたから。自分にしか見えない聞こえない啓示を、相手に全て説明せず、信じさせていたから。

 自分の偽善が、誰かの笑顔に近づけると、彼女は本気で願っているから。

 まるで昔の焼き回し——彼女だけが答えを知り、一人で納得した未来への道程である。

 

「では、行って来ます。ジョジョはここにいてください。決して動いてはなりません」

 

 ジャンヌはバイクから降り、ヘルメットを剥ぎ取った。承太郎はそれを何も言わずに見つめている。その様子を「理解した」と捉えたジャンヌは、強引に別れを告げ全力で走り出した。

 しかし、彼女はここで一つだけミスを犯している。

 承太郎はただ何も言わず黙っていただけで、ジャンヌの言葉に一度も了承の意を示していないことを。

 

「……やれやれだぜ」

 

 走り去っていく少女の後ろ姿。それを眺めながら承太郎はタバコに火をつけた。

 

 

 承太郎の位置から数キロは離れた位置。人払いの結界が張られているのか、車はおろか動物の気配すら途絶えたそこに、ジャンヌは辿り着く。

 念の為、周囲を確認し彼女は即座に本来の戦装束へと変転させた。魔力で編み上げられた、中世を想起させる鎧姿。百人見れば百人全員がその美しさに称賛を送るような、そんな姿でジャンヌは虚空に向かって叫ぶ。

 

「出てきなさい! そこにいるのは分かっています」

 

 その声に応えるように姿を現したのは黄金の鎧を見に纏う白髪の男。

 生気を感じさせないほどに真っ白い肌は、ある意味病的なまでに、その男の魅惑を引き揚げていた。

 ジャンヌは彼の姿を油断なく見据える。

 

「なるほど……太陽神スーリアの子。赤のランサー、英雄カルナですか」

 

 ジャンヌは真名看破で知ったその名を口にする。

 カルナは自身の名を知られることが、あらかじめ分かっていたのか、正解とも言いたげに肩を竦ませた。

 

「フン、それが真名看破か。お前がルーラーで間違いなさそうだな」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 突如、彼の右手に黄金の槍が出現する。真名が看破されている現状、得物を隠す必要はないと判断したのだろう。

 そのまま槍をジャンヌへと向ける赤のランサー。ヒリヒリと伝わるその殺気に、ジャンヌは内心舌を巻いていた。

 

(これが歴史的に比肩するものが少ないと言われる大英雄ですか……。流石に存在感からして格が違いますね)

 

 ジャンヌはあまり戦いたくない相手——調停役としては、どのサーヴァントとも基本的に戦いたくない——に最終確認するように問いかける。

 

「ルーラーである私に牙を向く意味はお分かりですか」

「理解していることを口にするのは賢明とは言えん。俺がここにいることこそ、それ自体が明確な宣戦布告と知れ」

「私を仕留めることに何の意味があるのです?」

「知らぬよ。マスターに命令された。ならば契約上俺はそう動くだけだ」

 

 話し合いが出来なさそうなその応答に、ジャンヌは気が滅入った。

 カルナも、もう言いたいことはないのか槍を構え、ジャンヌに突進するため身を低く屈める。

 

「話し合いはできませんね……!」

 

 その言葉が口火となった瞬間、カルナは人間が出せる領域を遥かに超える速度で、ジャンヌに槍を振りかぶった。

 膨れ上がる魔力。速度はジャンヌが想像していた倍以上。ルーラーとしての特権を行使する暇は——無い!

 

「そ(・)こ(・)ま(・)で(・)だ(・)」

 

 清廉な男の声と同時、カルナの宝具が弾かれた。攻撃姿勢に入っていたカルナも、それに合わせ思わず仰反る。無論、そのまま体たらくにやられる英雄ではない。その弾かれた力を利用し、後方へとカルナは跳躍し距離を空けた。

 

「お前は黒のセイバーか……。となればお前の目標もルーラーか」

 

 黒のセイバーと言われた男は静かにうなずくが、どこか困ったような表情を浮かべていた。

 

「黒のセイバー……。あなたのマスターは?」

 

 ジャンヌの問いに、黒のセイバーは首を横に振って応える。その反応は、この場にマスターがいない事を容易に暗示していた。

 

「マスターは俺にルーラーの勧誘を任せ、赤のマスターと思わしき人間を倒しに言った。が、この状況はどうもおかしい。何故、協力関係にあるお前たちが争おうとしている?」

 

 そう言いながら、場の状況が飲み込めないジークフリートは目尻を下げる。その困惑した声から、彼が本当に何も知らないことが分かった。

 

「それはこちらのセリフだ、黒のセイバー。おかしいのはお前の言葉だ。俺のマスターはこの街にはきていない、はずだ。そもそも、俺とルーラーは協力関係でもない」

 

 カルナはジークフリートのいった不可解な点を指摘する。

 

「ええ、私は赤のマスターなどと接触していません。それにルーラーはあくまで中立の立場。何か問題が起きない限り、どちらかの陣営に与することはありません。何かの間違いではありませんか?」

 

 ジャンヌもカルナの言葉に同意し、ジークフリートの間違いではないのかと説いた。

 

「何を言っているルーラー。さっきまで一緒に行動していたあの男。あれこそがこの目の前にいる者のマスターではないのか?」

「っ!?」

 

 ジークフリートの言った言葉はあまりにも突拍子もないことだった。

 目の前の黒の陣営は、あろうことか、なんの魔術の繋がりもないと断言できる承太郎をマスター認定しているらしいのだ。

 だが、それにはおかしな点もあった。

 令呪は令呪に反応する。つまり、マスターであれば、相手がマスターなのかは令呪の反応を見れば一発でわかるはずなのだ。そんな初歩的な事を顧みれば、承太郎がマスターでないことは一目瞭然のはず。

 だから、ジャンヌは問わねばいけない。あの啓示のこともあって、内心不安でいっぱいなジャンヌは問わずにはいられなかった。

 

「あれはただの善良な一般人です! 貴方のマスターは何をしようとしているのですか!?」 

「何……? だが、マスターは確かに赤のマスターに相違ないと……」

 

 ジークフリートはジャンヌの激昂を、しどろもどろになりながら返す。

 

「どうやら、俺の姿をいち早く視認したお前たちが、ルーラーと接触したその男とやらを、勝手にマスターだと勘違いしたようだな」

「こうしてはいられません、すぐに彼のところへ戻らなければ最悪殺されてしまう!」

 

 いや、最悪じゃなくても殺されてしまう可能性の方が高い。なぜなら、それを主が求めているからだ。善良な一般人が死ぬことによって、今後の動きにどう関わるのか分からないが、主はそれを決定づけてしまった。

 そこに意義も正義もない。かつて、啓示を受けたジャンヌもその身を捧げるしかなかった程の強制力。

 抗おうとするのではなく、その啓示の意義を自分なりに見出すことでジャンヌはその苦痛から逃れた。が、啓示を受けていないものかすれば、それはただの唐突な死でしかない。

 それはあまりにも可哀想で残酷だ。

 どうして他人に決められた死を迎えなければいけない。

 どうして他人に限界を決められなければいけない。

 オルレアンの包囲戦の時、ジャンヌは散々己の運命を呪った。自分の運命がどうなろうと関係ないが、ジャンヌは己(・)の(・)せ(・)い(・)で(・)、(・)そ(・)の(・)周(・)囲(・)の(・)人(・)間(・)の(・)運(・)命(・)ま(・)で(・)も(・)決(・)定(・)づ(・)け(・)ら(・)れ(・)る(・)ことに、ひどく心を痛めていたのだ。

 

 けれど、彼女が向けているのは所詮、これも偽善だ。

 救おうと、導こうとしているに過ぎない。

 彼女は王様でもなければ、神でもない。その代弁者だ。そのシステムとして生きていただけだ。それが変に人の心を持つからややこしくなる。

 今回だって承太郎を一般人と断じ、彼を一人残した。戦場に民間人を巻き込まないようにと。けれど、その論点からおかしい。巻き込みたくないのであれば、そもそもヒッチハイクをするべきじゃない。巻き込むにしても、何かしらの配慮をするべきだった。

 彼女は己のせいで、周囲の人間の運命が決定づけられることを悔やんだ。

 けれど、それを回避しようとすることもまた、彼女が他人の運命を決定づけていることに変わりない。

 終わりのない迷路。冷静な判断能力がジャンヌから奪われていく。

 

「俺も向かおう」

 

 マスターの暴挙を止めるべく、ジークフリートも来た道を戻ろうとする。彼にも思うところがあるらしい。

 だが、それを許さない人物がここにいた。

 カルナである。

 

「何を言っている、黒のセイバー。ここで敵に背中を見せ仰々しく走り去るつもりか?」

 

 振り下ろしていた槍を、ノーモーションで突き出す。

 あまりにも突発的すぎるその突きに、ジークフリートは咄嗟に腕でガードすることで致命傷をさけた。

 

「くっ!」

「大戦に少なからず関わってしまった人間は一般人などではない。それは、定められた運命というものだ。その男は巻き込まれるべくして、巻き込まれた。その男の安否を問うのがサーヴァントの役目だというのか? 否、サーヴァントはマスターの力となるもの、英雄としてその力を発揮するものだ」

 

 一人の人間に構うことが英雄の役割ではない。英雄とはもっと違う場所にその役割がある。

 そのあまりにも英雄らしい弁舌に、ジークフリートは黙らずにはいられなかった。

 

「ですが、一般人を無闇に巻き込んでいい道理がありません!」

 

 黙ったジークフリートとは違い、ジャンヌはカルナの弁舌をかき消すように吠える。

 それはカルナの言葉を否定するものだったのか。はたまた、己の心を見透かされたことによる恥を隠すためだったのか。それはジャンヌ自身も分からない。

 だが、それでも吠えなければいけない気がした。

 

「ルーラー、お前はここに自分の駄々をこねにきたのか? それとも、この大戦を調停しにきたのか? 己の分をわきまえぬ行動を誰が是とする。村娘のような心を捨てきれぬなら、ここでその身を朽ち果てた方がお前のためだ」

「っ!」

 

 カルナは二人を槍で吹き飛ばすと、空中に放り出された二人に向かって目から赤い光を放った。

 

シュパアアアアン

 

 ジークフリートはその光を剣で相殺し、ジャンヌは咄嗟に出した旗で己を守る。だが、並の威力の攻撃ではないのか、防御した二人はその衝撃によって強く地面に叩きつけられる。

 

「故に、お前たちは示さなくてはいけない。英霊として敵であるこの俺に、その力をな」

 

 絶対的強さを誇るサーヴァントが今ここに二人をターゲッティングした。その威圧感はジークフリートとジャンヌを合わせて前にしても同格と思わせるほどのもの。黄金の鎧と赤いマントを揺らしながら、カルナはその冷たい瞳で眼前の敵を見下ろす。

 

「っ、確かにそのようだな。先ほどの非礼を詫びよう赤のランサー」

 

 ジークフリートは立ち上がりながら、目の前にいる絶対的強者に戦慄していた。だがそれと同時に、湧き立つ快感も覚えていた。

 戦士として、やはり強者と戦うことは誇り高いこと。

 ジークフリートは指の一本一本力を込めながらしっかりと己の剣を握る。

 

「黒のセイバー……! わかりました、この第一戦ルーラーの名の下に見守りましょう……」

 

 ジャンヌも覚悟を決める。カルナの言っていることは正論だ。これ以上は反論する余地もない。

 だから、彼女は一人の倫理観を破棄し、調停役としての思考へと埋没させた。

 

「「いざ、勝負!」」

 

 ここから物語は大きく動き出す。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。