赤のランサーと黒のセイバーがぶつかった同時刻。承太郎はジャンヌが走って行った方角へとバイクを走らせていた。彼としては、ジャンヌの言葉は信用するものの、指図まで受けるつもりは無いというスタンスである。この先に何が待ち受けていようと、彼はそれを飲み込むつもりでいた。
しかし、一服し終えてから出発したとは言え、承太郎はジャンヌの姿を未だに捉えていなかった。もしかすると、道を外れて走って行ったのかもしれない。このまま走り続けても、ジャンヌの姿を目視することは不可能だろう。バイクの速度と、彼女の走力を比較すれば明らかである。であれば、一度横道に逸れるべきか。
そう考えた承太郎が、高速道の横を走ろうと、ハンドルを右へ切った瞬間だった。
ヒュウウウウン。
バイクのエンジン音に紛れ、何かが飛来する音が響いた。
承太郎は咄嗟にバイクを横転させ、スタープラチナの脚力でその場から離脱する。
離脱したと同時、破裂音が轟く。
一体なにが起きたのか。地面に転がった承太郎が見てみれば、バイクの座席部分に戦斧が突き刺さっていた。もし少しでも反応が遅れたら。そう考えると、承太郎の額に冷や汗が滲む。
「やれやれ……まさか、いきなり襲われるとはな」
エジプトの旅。そこでも、こういう襲撃は幾度とあった。
あの経験が無ければ、今頃、死んでいたかもしれない。常に命を狙われる危機感が承太郎の中で急激に蘇る。
「よく躱したな、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
そんな承太郎の背後から、一つの声が掛けられる。振り返れば、そこに貴族のような出で立ちをした男が承太郎を睨み付けていた。
承太郎からしたら見たこともない男。恰幅の良い妙に紳士ぶったその男は、ある程度の距離を保ったまま口を開いた。
「ダーニックが直々に殺せと言うだけのことはある」
「なるほど……貴様がこのイカれたプレゼントをした犯人、ということか」
承太郎は「ダーニック」という言葉に警戒心を高めた。
獅子劫が言っていた、ユグドミレニアの当主にして、聖杯大戦の黒幕。そして、此度の聖杯大戦においてD I Oを召喚したかもしれない男。そいつから命令されたと言うことは、目の前の男はユグドミレニアの一員と言うことだろう。
そこで承太郎は、飛行機内で目を通した書類を思い出す。あの中には、聖杯戦争の概要だけではなく、ユグドミレニアの情報も記載されていた。その中で一人、顔写真と目の前の男が一致する人物がいる。
ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア
錬金術を修めるムジーク家の当主である。戦闘に関しての記載はなかったため、何をしてくるか分からないが、それなりの強さがあることは確かだ。なにせ、相手は戦斧をバイクに的中させた男である。戦闘力が常人並みなわけがない。
「ふん……気取りおってからに。私は一魔術師として、お前みたいな若造に劣っているとは到底思えん」
そのどこか余裕のある素振りが鼻につく。上から目線というか、慢心しているというか。とにかく、大物ぶっているその様子が、承太郎にとっては不愉快に思えた。
「……一応、聞くがお前はマスターとやらか?」
承太郎はゴルドの隠された右手を指差し、確認する。
それを聞いたゴルドは、あっけらかんとした表情を作り、
「驚いた。敵のことも知らんのか。魔術協会も、こんなど素人を狗として雇うとは、底が知れるわ」
そう言って、右手に刻まれた聖痕を晒した。
素人目で見ても分かる膨大なエネルギー。獅子劫の右手の甲にも、形は違うが同じものが刻まれていた。まず、本物と見て間違いないだろう。
「質問だぜ。貴様の召喚したクラスはなんだ」
「なにを面妖な……今し方、貴様のサーヴァントと接敵したセイバー。それが私のサーヴァント以外にあり得ると思っているのか?」
「俺のサーヴァント? てめーこそ、何を言ってやがる」
「とぼけるな! 貴様もマスターなのだろう。さっさと刻まれた証を見せろぉ!」
承太郎のその返しが不満だったのか、ゴルドは額に青筋を浮かべた。
だが、承太郎からしたら訝しげな点がいくつかある。
まず前提として、令呪を持つ者は相手の令呪に反応する。マスターであるのなら、誰がマスターであるかは出会えば感じられる。それは第三次聖杯戦争の概要にも記載されていた。
つまり、ゴルドは承太郎がマスターではないことなど知り得ているはずなのだ。承太郎も、それを踏まえた上で己が襲撃されたと思っていた。
けれど、実際は違ったらしい。ゴルドは何を勘違いしたのか、承太郎を敵マスターだと断定し、さらには言いがかりのような襲撃を行なったに過ぎない。もし、問題点がこれだけならば、ゴルドの勘違いということで済ませられただろう。が、問題は次だ。ゴルドは空条承太郎という名前を知っていた。それもダーニックから命令されたと言っていた。
ということは、ダーニックがゴルドに、承太郎をマスターだと認識させている可能性がある。なんのためかは知らないが、それをしたらダーニックにとって得となるのだろう。でなければ、このような面倒くさいことするはずもない。
「やれやれ」承太郎はぶっきらぼうに右手をゴルドへ翳す。「ほらよ。悪いが俺は貴様の言う、マスターってのではないんでな」
「なっ、わ、私がその程度で騙されると思っているのか!?」
「騙すも何も、これはマジってやつだぜ。分かったら、そのダーニックって奴の情報を吐きな」
承太郎は翳した右手をポケットに仕舞って言った。
戦闘を省けるのなら、省けるのに越したことはない。バイクを破壊された時は、彼も正直イラッとしたが、それでダーニックやD I Oの情報を貰えるのなら、安いものだと考えている。
だが、ゴルドにとってその落ち着いた態度こそ、癇に障る言動だった。
「くっ、私を、私を見下すな、この三下がああああ!! ——
その呪文を合図に、ゴルドの組成変換で強化されたパンチが、承太郎の眼前に迫る。
承太郎はそれを生身の人間の攻撃だと思い、自身の手で受け止めようとするが、その危険性に気づいた瞬間、頭を逸らして回避した。
ブウオオン!
「グゥ! なんだ、この腕は!?」
顔面の真横を射抜く拳は、明らかに柔らかな肉体で出せる風切り音とは違っていた。
まるで強打者が、金属バットを全力でフルスイングした時のような音。人が拳を振り抜く際に出していい音ではない。承太郎は咄嗟に地面を蹴り、大きく後退することでゴルドとの距離を開ける。
だがしかし、下がった承太郎に肉薄するため、ゴルドは一歩大きく前進し先ほどと同じように腕を振るった。
それなりの戦闘経験があるのか、細かく振られるその拳は決して大振りすることはない。絶対的な隙を与えない磨かれたパンチだった。
「どうだ、この私の鉄腕は! 貴様の体など、ジャブ一発で簡単に砕くほどの威力だぞ!」
「チッ、魔術師という奴は、こうもヤバイ奴らなのか?」
嬉々として、力を見せびらかすように振るうゴルドは、まさしく狂人以外の何者でもない。これまで会ってきた邪悪なスタンド使いを彷彿とさせるほど、承太郎の中では危険な人物に入った。
「黙って私の拳をくらわんか!!」
ゴルドがそう怒鳴り声をあげた瞬間、後方より槍が承太郎の太ももに向かって投げ込まれた。
当たれば肉を貫き、骨を砕くほど大きな槍。
承太郎はそれに間一髪のところで気付き、スタープラチナが地面を蹴り上げることによって、その槍の軌道上から外れる。槍は本来貫くはずだった肉から外れ、地面へと突き刺さった。
「何をしている! ちゃんと当てんか!」
ゴルドは槍の飛んできた方向へと怒号をあげた。
「まさか伏兵がいやがるとはな……」承太郎は投げ出された空中でスタープラチナの驚異的な視力を使い、誰が物陰に潜んでいるのか確認する。
スタープラチナを通して見えた人影は3、4……6人。それらが、いつの間にか停めてある車の影に潜んでいる。それも全員何かしらの武器を持った状態でだ。
「まぁいい、この素人め! 今さら伏兵に気づいても遅い。お前はもう逃れることのできない上空へと逃げた。ただ落ちてくるだけの存在となったお前ではこれは防ぎ切れない!」
地面に着地しようとしている承太郎を下で待つゴルド。
承太郎はそれを返り討ちにするため、身を翻し、ゴルドのいる下へと向いた。
「そのまま真っ逆さまに落ちてくるか、空条ぉ承太郎ーーッ!! なんの策も無く、無抵抗に、ただ真っ直ぐ! ならば、貴様のその顔面! 潰れたトマトのようにしてやるぞぉ! 上空に逃げた、貴様の素人さ加減を恨むんだなあ!!」
そう自信ありげに語るゴルドには、確かな必勝法が頭の中に浮かんでいた。
上空にいる承太郎は現在、下以外の方向に進めない。それは誰もが知っている地球の法則。重力とはそういうものだ。
そのため、伏兵による四方からの攻撃で落ちてきた承太郎をぐるりと囲み、唯一の活路である下をゴルドが攻撃すれば、必然と承太郎は全方位からの一斉攻撃を受けることが確定してしまうのだ。
伏兵のホムンクルスたちも勿論それに気づいており、ゴルドの間合いに入った瞬間、物陰に潜むのをやめて一気に武器を投擲する。
投げられた武器種は様々で、剣、槍、斧、鉄球など統一性が見受けられなかった。
投擲された武器を見ることもせず、それと同時にゴルドは承太郎の顔面めがけて凶悪な拳を抜き放つ。相手の顔面を潰すため、一撃で沈めるために、ゴルドは決定的一撃をたたき込んだ。
これで決まる——。
全方位からの数種類の武器による攻撃。唯一の下の抜け道はゴルド自身の拳によって塞いだ。
承太郎に逃げ道はない——!
「——と、そう勝った気でいるんだろうが、それは少し違うな」
承太郎の冷ややかな声がゴルドの耳に届く。何を言っているのか、理解できないという表情をしているゴルドに対し、承太郎は鋭い眼差しで答える。
「テメーはどうやら、戦闘の閃きにおいては
ドキュウーーーーン
ゴルドは見えない誰かに腕を掴まれた感触がした。妙にガッチリとした手に、腕を確かに掴まれている感触がするのだ。
ガシィ!
そのまま、体がふわりと持ち上がると、ゴルドの体は突然の浮遊感に支配される。下を見てみれば、先ほど足をつけていた地面が遠くなっていた。
瞬間——投げ込まれた武器をはたき落とすように、ゴルドの体はぐるりぐるりと、承太郎の体の周りを周回した。
『オラァ! オラオラオラオラ!!!!』
「ぶボォっ!!」
ドズゥン
何事もなかったように着地する承太郎。
スタープラチナで掴んだゴルドをそのまま地面に投げ捨てると、学生服についた土埃を払うようにサッサと服を撫でた。
「だから、てめーは
様々な武器種をはたき落とすため、棍棒のような扱いをされたゴルドの体からは、至る所で血が吹き出している。そんなゴルドを気遣う様子もなく、承太郎は興味がないように両ポケットに手を突っ込むと、冷ややかな目で見下ろした。
「くそぉ……こんの若造がぁぁぁ……!!!!」
地面に倒れ伏し、尚も怒鳴り散らすゴルド。承太郎はその姿を鬱陶しそうに見ながら、自分には関係ないことだと割り切った。元より、最初に仕掛けてきたのはゴルドだ。承太郎も最初は、情報を吐くのなら見逃してもいいと思っていた。あの時、冷静な話し合いで終わらしておけば、こんな醜態を晒さずに済んだだろう。
ゴルドはチラッと車の影に佇む伏兵たちを見る。多分、助けろと目で命令しているのだろう。けれど、伏兵たちは自身の手に武器がないため、承太郎に突っかかることもせず、その光景をただ黙って見つめていた。
「さて、聞きたいことは山ほどある。まずは貴様らのサーヴァントについてだ」
「ひっ、よ、寄るな! 私はまだ負けてない! 負けてないんだ!」
承太郎が一歩踏み出すと、その足元に転がっていたゴルドが一歩後退する。怯え、嘆き、懇願するその様は、まるで往生際の悪いB級映画の黒幕みたいだ。
「往生際の悪い奴だぜ。素直に吐きゃあ、無駄に痛めつけたりはしねえよ」
そう言って、承太郎はゴルドの胸倉を掴み、持ち上げた。すると、身長の低いゴルドでも、承太郎に持ち上げられ目線の高さが同じになる。面と向かって承太郎の鋭い眼差しを見たせいか、ゴルドの体はさらに震えた。
が、それも刹那に消える。
途端、ゴルドが着用していた服から、無数の針が飛び出した。
「なにっ!」
咄嗟に手を離す承太郎。しかし、その判断はコンマ1秒遅く、ゴルドの服から飛び出す無数の針によって、承太郎の手や肩は貫かれたのだ。
「ふ、ふははは! 私の魔術は錬金術だ! これくらいのことが出来ないと思ったのか!?」
まんまと策にハマった承太郎が嬉しかったのか、ゴルドは高笑いした。ゴルドの身体が笑いで揺れるたび、承太郎に突き刺さる針も上下する。傷口からは血が吹き出し、鋭い痛みが波状的に伝わった。
「このまま、貴様を針串刺しにしてやる! 私の体に仕込んだ、この針で、貴様を殺してやる!」
ゴルドの言葉に承太郎は目を細める。
「てめーなにになりてぇんだ?」
「……は?」
突然の問いかけにゴルドは意味が分からないと、声をあげた。
「なりてぇ肉料理を言いな。串焼きになりてえのか? ミートボールか? それとも角煮とかよ。てめーの無駄に肥え太った体を料理してやるからよ……」
数秒の沈黙が流れた。
この状況下で承太郎が発したセリフは、誰が聞いても負け惜しみにしか聞こえない。針で動きを封じられ、近距離が得意なゴルドに間合いを詰められている状況。少し刺激すれば、すぐに勝負がついてしまいそうな緊迫した状態だ。
それなのに、承太郎は冷や汗一つ流さず、淡々としていた。最初にゴルドが姿を現した時と同じ。そこには余裕と慢心が見られる。
流石のゴルドも、承太郎の不可解な言動に眉を顰めた。
「バカめ、理解できてないのか? 悪いが、この針の強度は鋼鉄並み。その針をびっしりと体で纏った私に、貴様は触れることなど出来ん。さっきの見えない攻撃も、掴んだりぶん回したりしたことから、見えない手で攻撃してるんだろ?」
「……」
スタンドが見えないゴルドからしてみれば、その程度の憶測で精一杯だった。そもそもスタンドという概念自体をゴルドは知らない。アブドゥルと知己の関係だった獅子劫が珍しいだけで、スタンドについて見識の深い者など、世界中を探しても、ほんの一握りだろう。
だからこそ、承太郎は大きなアドバンテージを得ている。
魔術の範疇外から繰り出される攻防。彼ら彼女らの凝り固まった思考回路をショートさせるには十分な能力だ。
「串焼きにするとか、ぬかしてくれたな? ならばお望み通り、貴様の体をこの無数の針で串刺しにしてくれる!!」
勝手に憶測し、勝手に一人で勝ち誇ったゴルドが宣言した。両手を目一杯広げ、承太郎の体を抱擁するかの如く腕を回す。
鉄の処女——英訳はアイアン・メイデン。
罪人を聖母マリアで象った空洞の人形に入れ、針付きの扉を閉じる拷問具。ゴルドが今やろうとしていることは、それの再現だ。無数の針を承太郎の全身に突き刺し、そのままも苦しめ殺す。
ただの人間がくらえば、死は確定だ。刺される場所によっては助かるだろうが、ゴルドがそのような生ぬるいことはしない。確実に承太郎を屠るべく、急所に刺さるよう腕を回している。
あと針と承太郎の体まで数センチ。残り数瞬で承太郎の死は確定する。
だが、そんな確定演出など一向に来るはずもなかった。
「
ビュン
「なっ、ぐぅぼあ!!?」
スタープラチナの右手から伸ばされた2本の指。それが、ゴルドの肩口を貫き、そのまま後ろへと吹き飛ばした。必然、承太郎に突き刺さっていた針は抜ける。迫っていた腕も、肩口を貫かれたせいで、だらりとぶら下がっていた。
「やっぱりてめーだ、串焼きになるのは」
刺さった2本の指で、承太郎はゴルドの体を斬った。右肩から左の脇腹にかけて、大きな切り傷が入る。ゴルドはあまりの痛みに、蹲り、うめき声をあげた。
「あ、あがぁ、あ、あがが」
「なにィッ!? 聞こえねえなあ。言いたいことがあるなら、はっきり言えや!」
苛立ち混じりの承太郎の声が高速道上で響いた。車の影で隠れていた伏兵も、この状況は予想できなかったらしく、皆目を丸くしている。
ただ、その中でも一人、ゴルドだけは納得がいかない様子だった。
「はぁ……はぁ……わ、わざと、わざと私が勘違いするように、見えない手で攻撃していたな……はぁ……はぁ……それ以外の攻撃方法がないと思わせるために! そ……そう考えていたな!?」
策略にはめられたのだ。
最初から勘違いするように仕向けられていたのだと、ゴルドはそう語る。
それはきっと、彼が策を弄されなければ負けなかったという、言い訳じみたものなのだろう。魔術師として、このような男に負けるはずもない。その自尊心を傷つけないための逃げ道を彼は用意したのだ。
けど、そんなものは承太郎の知ったことではない。襲ってきたからには、それ相応の仕打ちを相手に与える。未だ病院から出られていない喧嘩相手がいい例だ。承太郎からすれば、目の前にいるゴルドは、既に叩きのめす相手として認識していた。
それ故に、承太郎はゴルドの自尊心を傷つける言葉を平気で吐く。
「違うね。俺が考えてたのは、てめーを串刺しにする時、うっかり喋れなくなったらめんどくせーなってことだけさ」
承太郎はゴルドの乱れた髪の毛を乱雑に掴み、引っ張った。
「さてと、そろそろ聞かせてもらおうか。一体、ダーニックとやらは何故俺を殺すよう命令した」
「あ、あががぁあ!!」
ミシミシと頭皮が髪ごと引っ張られる音が聞こえる。ゴルドは恐怖と痛さのあまり、悶絶の声を上げずにはいられなかった。
承太郎は仕方なく、少しだけ力を緩めてやる。痛めつけすぎて、何も喋ってくれないのでは話にならない。
ゴルドも力が緩められたおかげで、喋る余裕ができたのか、息を整えてこう言った。
「い、言えない! それだけは私の口から言えないようにされている!!」
承太郎はそれを聞いて、弱めていた力を元に戻す。
「ほう、ますます聞きたくなったぜ」
「あ、あがが、こ、こ、答えられないんだ! そういう制約をかけられている! ほ、本当だ! 信じてくれぇぇ!!」
承太郎はそれに構わず、さらに力を加えた。ゴルドの言葉の真偽を確かめる術は、承太郎にはないからだ。本当は喋れるかもしれないのに、嘘をついている可能性だって十分ある。それを手取り早く聞き出すためにも、痛みを与えるというのは最善の方法だった。
「私は本当に! 何も答えられないんだ!!」
しかし、ゴルドはその痛みを跳ね除けるようにそう言い切った。
悲痛な叫びが木霊する中、承太郎は数秒考える。これ以上、ゴルドが嘘を貫き通す理由はないだろう。自尊心だけは無駄にある男だ。自分の死よりも、他人の秘密の方が軽いはず。それなのに言えないということは、つまり、本当に言えないようにされているということ。
そこまで考えた末に、承太郎は髪から手を離す。
彼は別に好き好んで誰かをいじめるようなキャラじゃない。必要がないのであれば、誰かに暴力を振るうこともしないのが空条承太郎である。
だから、暴力ではない次の手段を取ることにした。
「フン……これはマジで口を割らない気だな。仕方ない、ジジイのスタンドでコイツの考えていることを吐かせるか」
ジョセフのスタンド「
茨のような植物の形をしたあのスタンドは、念聴や念写といった情報収集を得意としている。ジョセフのスタンドを通せば、ゴルドが答えられないと言っている質問も、全て赤裸々となるだろう。
そんなことを知らないゴルドは、当然、生き延びたことに感激していた。肩口を貫かれたときは、流石にもう駄目かと思ったが、今は密かに治癒魔術を行使している。体がある程度、動けるまで回復したら、承太郎の隙をついて逃げようという算段だった。
だが、そんな怪しげな動きを承太郎が見逃すはずもない。ゴルドが逃げ出そうとした瞬間、承太郎はすかさずスタープラチナで足の骨を折るつもりでいた。
「はぁ……はぁ……っ!!?」
そんな両者の思惑が絡み合っていた時だ。
息も絶え絶えだったゴルドは、突如、顔を顰めた。
「ま、待ってくれダーニック! 私はまだ何も喋っていないぞ!? セイバーだってまだ消されていないんだぞ!? 今回は相手が悪かっただけだ! だから、だから待って……!?」
「おい、何を急に叫んでいやがる」
いきなり叫び出したかと思えば、ゴルドは傷ついた体を己で抱きしめながら、ガクガクと震える。額からは尋常ではない脂汗が滲み、呼吸は次第に早くなっていた。
承太郎は思わず、地面を向いていたゴルドの体をひっくり返した。
「あ、あ、あ」
するとそこには、目や口、耳の穴といった場所から、ニュルニュルと何かが蠢いているゴルドの顔があった。
見るからに気色が悪い。
ゴルドの体内に何かが侵入し、それが暴走しているように見える。
「あバババッバァーーッ!!」
ゴルドが苦痛の叫びを漏らしたと同時、その何かが盛大にゴルドの頭部から吹き出した。蠢く何かは、まるで生きているようにゴルドの頭を蹂躙する。赤黒い血は吹き出し、何か得体の知れない体液までもが、彼の穴という穴から溢れでた。
「コイツは!?」
承太郎にはその光景に見覚えがあった。
エジプトにまだついていない時……パキスタンで、あのいけすかないクソ野郎に出会った時のことだ。エンヤ婆という一人の敵を、D I Oの肉の芽を使って殺された光景と同じなのである。
「ギ、ギギギ! に、にぐのめ”を”どうじで……! だ、ダーに”ぐーー、ダーニ”ッグ!!」
ゴルドの叫び声を無視しながら、承太郎はスタープラチナで肉の芽を引き抜く。
けれど相手は成長しきった肉の芽だ。花京院やポルナレフの時とは違う。相手を洗脳するためではなく、破壊するためのそれは、最早スタープラチナでも止めることができない。
「チッ、引き抜いても再生しやがる! エンヤ婆の時と同じだ!」
しかも今は夜だ。肉の芽を消滅させるための太陽光がない。さらに言えば、波紋疾走の使い手もここにはいないのだ。どうしようもない。こればかりは、どうしようもないとしか言えなかった。
「あ、あが……せ、せめて……す、全ての令呪をも、ももて、命じる……! セイバーよ、宝具を持って、あ、あああ赤のランサーを、こ、ここ殺せぇ……!」
「おい、喋るんじゃあねえぜ!」
ゴルドの言葉に呼応するかの如く、赤く輝く令呪。エネルギーは増大し、弾け、そして綺麗に溶けていった。
「ふは、ふはひゃひゃ………………ムジーク家は………………絶対に……滅び、ない…………滅びない、のだ…………」
その言葉を最後に、ぱたりとゴルドの右手が地面に落下した。
最後に令呪を使った彼の判断。それはせめてものケジメだったのかもしれない。自分が使い切らなければ、承太郎に奪われると懸念したのだろう。己の陣営に不利益が生じないように、最後の力を振り絞ったのか。
いや、もしかしたら彼は最後に、自身のサーヴァントに対してケジメをつけたのかもしれない。先行く己を恥じ、せめて黒のセイバーの力になればと、送ったエールなのかもしれない。
どちらにせよ、ゴルドは死んだ。
彼の最後の行動の真意など、もう確かめる術もない。
「何処だ」
承太郎は屈んだ姿勢から立ち上がり、静かに吠える。
その顔には怒りが吹き出していた。噴火寸前の火山のように、今まさに爆発しようとしていた。
辺り一面を承太郎は見渡す。スタープラチナも使って索敵する。どれだけ離れていようと、どれだけ暗がりの中に潜んでいたとしても、今の承太郎であれば見つけられるだろう。
だが、承太郎は見つけられなかった。
この場にいるのは、ゴルドの部下と思わしき六人の伏兵だけだ。戦いが始まってからも人数は変わっていない。獅子劫からダーニックの顔写真を見せてもらったため、この伏兵たちに紛れている線も無いだろう。
ならば、一体どこから……。
ドボリィ
そんな時、後ろからそのような音が聞こえた。肉塊と化したゴルドの体内から、そのような音が発せられた。何かが転がっているような、何かが混ざり合っているような、そんな気持ち悪い音だった。
その音を聞いて、承太郎は何か身の危険が迫っていると気づき、即座にその場を離れるため走る。
だがその瞬間、白い閃光が視界を覆い尽くしたと同時に、ゴルドの体が爆散した——。
ほとんど同じ流れですが、まあ、仕方ない。
許してくだちゃい。