アルカナ~切り札の騎士~
第四期第二十八話「勝たない!?」
「それでは、今ユーキさんの中に終焉は既にいないんですね?」
「終焉じゃなくて、エンヴィー」
ユーキさんは訂正してから、アテナの質問に頷いた。
「元々、エンヴィーが器を必要としていたのは、急激に集まった力を纏めて安定させるためだったみたいだから~。ほんの一年ちょっとだけど、アテナちゃんたちが集まってきたことで急速に集まった力も最近は安定して、もう独立してるよ~」
さだめたちが集まって、世界の歪みが増した……。
「何か、聞けば聞くほどアテナ元凶だよね」
「うっ」
さだめの指摘に、アテナが目を逸らす。
「最初に終焉の花嫁になって?」
「ぐっ……!」
胸を押さえて呻く。
「精霊になってからは取り逃がしてさだめとお兄ちゃんが巻き込まれて」
「うぅっ……!」
目尻に涙が溜まってきた。
「こっちの世界に引き寄せた挙句ユーキさんを巻き込んで……と」
「う、うぅ……」
アテナがぷるぷると震えだした。
「うわぁ~っん!!」
遂に爆発して隅の方で小さくなってしまった。
「……その辺にしておけ」
「はぁい」
一頻りアテナをイジメて満足したさだめは改めてユーキさんに向き直る。
「いじめっ子ですわね……」
「あれがコミュニケーションの一種なのだろう。気持ちはわかる」
後ろで何か言ってるけど、とりあえずスルーして質問する。
「それで、ユーキさん。何よりも聞きたいことがあるんだけど……」
「……うん。なんでも聞いて。さだめちゃん」
神妙な顔でさだめを見るユーキさんに、さだめも真剣な表情で尋ねる。
「お兄ちゃんとヤッたの?」
「ちょっと待て」
「何エース。さだめは今、とてつもなく大事な質問の答えを待っているところなんだけど」
「後にしろ!」
「や、ヤッてないよ!?」
「貴様も答えんでいい!」
「なら良し。さだめにはもう聞くことがないよ」
「もっと大事なことが他にいくらでもあるだろうが!」
「はっ!? そうか。そうだね……」
「全く、貴様はもう少し……」
「ユーキさん! 記憶を失ってからのお兄ちゃんとの生活について詳しく!」
「もう貴様は黙れ!」
エースが本気で剣を抜きかねないので、エース弄りもこの辺にしておく。
「いや~エースは弄ると楽しいね。お兄ちゃんが一々喧嘩売ってた気持ちがわかったよ」
「ジャック! この妹地下牢にでも放りこんで来い!」
「いえエース。さだめ様は正直、私の手には余ります」
「で、結局お兄ちゃんはどうして記憶を失ったの?」
「何事もなかったかのように話を戻すな!」
エースがまだ何か喚いているけど、お兄ちゃん直伝のスルーでユーキさんの言葉に耳を傾ける。
「わたし……とエンヴィーとデュエルした時に受けたダメージが切欠になったんだと思う」
「切欠? 主原因じゃなくて?」
その質問には、ルインが答えた。
「……元々、彼の精神は限界だった。この世界に来てから……来る前から」
チラリ、とさだめを見てから、ルインは言い直した。
「……お兄ちゃん、さだめのことずっと守ってきたからね。たった一人で」
お母さんも、お父さんも助けてくれなくて……それどころか、守っているさだめ自身からこそ沢山の痛みを受けて。
「……この世界に来てからも、彼の精神はいつも崖っぷちだった。ここ最近は特に顕著で、心の支えとしていた少女の失踪から始まり、妹の自殺未遂、友人の裏切り、お姫様の死……」
ルインの言葉に、アテナ、さだめ、ユーキさん、希冴姫さんの全員が暗い顔で俯く。さだめたちが、どれだけお兄ちゃんに負担を強いていたか、それがよくわかる。
「……私も、全てわかっていて何も出来なかった。現状の幸せに甘えて、彼を助けてあげられなかった。これがきっと、私の罪」
怠惰。でもさだめは、ルインが決して怠惰に過ごしていたとは思っていない。
「それは違うよルイン。ルインは十分、お兄ちゃんを気遣ってた」
「……そうですね。思えば近頃は、ルインさんが無意味に煽って騒動を大きくしたり、セツに負担がかかることをしてはいなかったです」
「……わたくしの看病や、セツ様自身の看病。女神としてのプライドも度外視でセツ様が家事をするのを代わっていたのは知っていますわ」
「……そんなこと、ない」
さだめたちの言葉にも、ルインは首を振る。
「私は、貴女たちにそれを伝えることをしなかった。私たち全員で、彼を休ませてあげることが出来れば、まだ……」
「それは、わたしたちの問題だよ~」
「そうです。私たちが、セツに依存しきって何も見ようとしなかったのが原因です」
「気付いて差し上げることが出来なかった自分自身を棚に上げて、ルイン様を責める様な恥知らずはできませんわ」
お兄ちゃんは皆の中心で、でもだからこそ、独りだった。さだめたちは縋るばかりで、お兄ちゃんの負担になるばかりだった。
「……張りつめて、気力だけで持っていた彼の心が、彼女とのデュエルで切れた。彼は……セツは言っていた。今倒れたら、立ち上がれない……だから今は、どんなに辛くても進み続けるしかない、と」
歯を食いしばって、折れそうな心を無理矢理奮い立たせて、お兄ちゃんは戦って……。
「負けて、しまったんですね……」
「記憶を失ったセツは、いつもは被っていた人当たりのいい明るい仮面を被れていない。今のセツは、記憶を失っているけれど、限りなく素の彼に近い」
お兄ちゃんは、自分を演じている。そのことは、さだめたちもわかってた。けど、演じているといってもそれは別に嘘のお兄ちゃんというわけじゃない。けど……。
「……セツくんは、泣いてたよ」
「え……?」
小さく呟いたユーキさんの言葉に、全員が注目する。
「記憶を無くして、全ての柵(しがらみ)から解放されて……泣いてた。それが、嬉し涙だったのか、無くした記憶を惜しんでの涙だったのかはわからない。でも……」
ギリ、と下唇を噛んで、ユーキさんは絞り出すように続けた。
「わたしは……っ! なければいいって、思った……! セツくんを苦しめるような、涙を流させるような記憶なら……なくなったままでいいって……そう、思った。だから隠した! さだめちゃんたちのこと、全部隠して、“ただの”セツくんとして……わたしが。そう、思ったから……」
それが、間違っていたとは思えない。立場が違えば、さだめたちだって同じことをしいたかもわからないから。
「……それでも、彼は守ることを選んだ」
でもルインは、冷静にそう指摘した。ユーキさんはコクリと頷く。
「セツくんはわたしを……エンヴィーを守る騎士になった。そんなこと、しなくてもいいのに……アテナちゃんたちと殺し合うセツくんなんか、見たくなかった」
「だから、一人で私と……?」
ユーキさんは頷く。
「アテナちゃんと……さだめちゃんを退ければ、なんとかなるって思った。セツくんがいない今、実力的に一番上だろう二人に勝って、退かせれば……」
でも、無理だった。多分、ユーキさんもわかってたと思う。例えさだめたちに勝って、さだめたちを退かせたとして、状況は何も変わらない。
「ねぇ、さだめちゃん」
「なに?」
「厳しいことを言うけど、セツくんが苦しんだ一番の原因は、さだめちゃんだよ」
「……わかってる」
言い訳のしようもない。まともじゃなかった、なんて言い訳は、さだめにとってもタブーだ。
「記憶を取り戻せば、セツくんはきっと苦しむよ。もしかしたら、今度こそ心が耐え切れないかもしれない。……それでも、セツくんの記憶を取り戻したい?」
「取り戻したい」
即答した。
「これは、さだめのエゴだけど……お兄ちゃんに忘れられたさだめは、何者でもなくなってしまうから。さだめはさだめのために、お兄ちゃんに記憶を取り戻して貰いたい。それを、誤魔化すことはしない」
「私も……セツには思い出して貰いたいです」
さだめの言葉に、アテナも頷いた。
「それに、それでセツが苦しむのなら、今度こそ私が支えます。セツを……」
「……同意ですわ」
希冴姫さんも、強い目で頷く。
「わたくしは、騎士の本分を果たせませんでしたわ。ですから、今度こそ本当の意味で、セツ様をお守りします。そのためにも、記憶は取り戻して頂かねばなりませんわ」
「……私は、どちらでも構わない」
ルインだけは、少し違った。
「例えどちらでも、彼が彼であることに変わりはない。記憶があるに越したことはないけれど……」
ルインはさだめたちを見渡す。
「……やっぱり、過去のアドバンテージがなくなる分、記憶がないままのほうがいいかも」
「ちょっ!?」
「ルインさん!?」
とんでもないことを言いだしたルインに、思わず詰め寄るさだめとアテナ。
「……ふふ」
何がおかしかったのか、ユーキさんが小さく微笑む。
「結局……恋愛バトルなんだね~」
「? 当たり前じゃん」
「……私たちは、いつもそう」
「セツとの恋が、何時でも私たちの中心でしたからね」
そう。思えば何時だってそうだった。
一年の頃、さだめとアテナがぶつかったのも。
アテナが失踪したのも。
さだめが自殺未遂しかけたのも。
ユーキさんが終焉になったのも。
希冴姫さんがお兄ちゃんを庇って一度死んだのも。
「……なんだ。結局、お兄ちゃんが全ての元凶じゃん」
「ですね。セツに恋してなければ、色んな騒動がなかったことになりそうです」
今ここにお兄ちゃんがいれば、きっと苦々しげに唸っていたことだろう。
「ま、というわけでお兄ちゃんには色々思い出して貰うよ」
「そうですね。いい加減決着も着けて貰わないとですし」
「それもまた負担にはなるのでしょうが……」
「それは、彼自身が撒いた種」
「皆容赦ないね~……」
ユーキさんが呆れたように苦笑いする。
「大丈夫! ユーキさんも含めたさだめたちなら、絶対お兄ちゃんを助けられるから!」
「今まで支えて貰った分、お返ししないといけませんしね!」
「さだめちゃん……アテナちゃん……」
ユーキさんは迷っていたみたいだけど、やがて吹っ切れたのか、うんっ! と大きく一つ頷いて笑顔を見せた。
「じゃあ、考えよっか~。セツくんの記憶を取り戻す方法」
その言葉に、全員で頷いた。
が、話し合いを始めたところで全員とあることに気が付いた。代表してさだめが思ったことを口にする。
「と言っても、ぶっちゃけデュエルで勝てばいいんじゃないの?」
「身も蓋もないな!」
だって。
「デュエルで記憶が飛んだなら、デュエルで取り戻すのが筋でしょ。どうせほっといてもお兄ちゃんは闇のデュエルを仕掛けてくるだろうし、そこで完膚なきまでにメタメタにしちゃえば、それで記憶戻るんじゃないの?……メッタメタにしてやんよ!」
「……そのデュエルで勝てないのが、一番の問題だよ。さだめ」
ネタも織り交ぜて軽く言うさだめに、呆れたような凛がそう答える。凛は、お兄ちゃんとのデュエルで負けたけど、幸か不幸か終焉の力で怪我が治って、軽い気絶だけで済んだみたい。剣士さんも、とりあえず起きて動けるくらいには回復したみたい。
「セツ先輩、ホントに強いよ。なんて言うか、タクティクスやセンス、引きもそうだけど、もっとこう……別次元の強さ?」
「そうだな。なんつーか、本能的に“勝てない”と思わせちまうような強さがあるぜ。探せばいくらも隙はあるんだろうが……それすらも捻じ伏せるような力だ」
実際にお兄ちゃんと闇のデュエルをした凛の剣士さんは揃って勝てないと評する。
「……まあ、ぶっちゃけ主人公補正に加えて強敵&ダーク化補正も付いてるようなもんだしね……」
さだめは皆に聞こえないように、小さくそう呟いた。これだけとことん補正に守られていれば、そりゃ勝てないよ。
「……さだめさんから見て、セツはどうですか?」
アテナのその若干曖昧な質問に、さだめは少し悩みながら答える。
「ん~……とりあえず、お兄ちゃんのプレイスタイルは典型的な後の先を取る形で、さだめと同じく相手に合わせたデッキを組んでくることが多いよ。だから、相手するのは結構つらいと思う」
正確に言えば、さだめが相手の弱点を突く攻撃型であることに対して、お兄ちゃんは相手のデッキに対応する防御型のデュエルタクティクスを組んでくる。
「だから、さだめのデッキ程のえげつなさはないけど、付け入る隙はかなり少ないタイプ」
「自分で言いますか……」
「ならば、まずすべきは奴の予想を外すことか。とはいえ……」
「此方も使い慣れないデッキで、どれほどセツ様に対抗できるかは疑問ですわね」
「うん……私も、リチュアを使い慣れてないことが原因で一気に不利になったし……どうして先輩は、あんなに易々といつもと違うデッキを使いこなせるの?」
「元々さだめもお兄ちゃんも、特定のデッキだけをメインに使ってたわけじゃないからね。デッキを組み換えてもパフォーマンスが落ちないのはさだめたちの特権だよ」
むしろさだめたちからすると、この世界の人たちは自分で使うデッキを限定することで、可能性を狭めているようにも思えるくらい。まあ、この世界には遊戯王ウィキみたいな情報交換サイトとかはないし、一つのデッキを追求するので精一杯なのかもしれないけど。
「じゃあ、セツの相手はさだめさんがするんですか?」
「そうしたいところだけど……」
正直、さだめはお兄ちゃんに勝てる自信がない。そもそも産まれてこの方、ずっとお兄ちゃんに頼り切りの生き方しかしてこなかったから、さだめの中でお兄ちゃんはかなり絶対的なもので、さだめがガチで戦って勝てる、というビジョンがどうしても浮かばない。
「勝てるビジョンが浮かばない、というのは、私だって同じですね……間近でセツのデュエルをずっと見てきましたし……セツは強い、っていう印象が頭にこびりついてますから」
そして、それは全員同じだった。いざ、お兄ちゃんとデュエルして勝つ自信があるか、そう聞かれると、どうしても首を横に振らざるを得ない。それくらい、お兄ちゃんは強い。
「……どちらにしても、凛。お前はやめとけ。怪我は大丈夫だったにしても、ダメージ全部がなくなったわけじゃねえんだ」
「そんなの、剣士さんも同じだよ。むしろ、剣士さんの方が……」
確かに、ついさっきお兄ちゃんに殺されかけた二人に任せるのは苦しい。何より、これはさだめたちの手で決着を着けたい。
「とすると……」
さだめとアテナ、ユーキさんにルイン。希冴姫さんはデュエルをする人じゃないから除外するとして……エースもかな?
「……いや、我には荷が重いな。我も所詮、デュエルの精霊でしかない」
「私も……実力的に勝てそうにない」
エースとルインはそう言って辞退した。となると……。
「私たち、ですね……」
さだめ、アテナ、ユーキさん。この三人の中から、お兄ちゃんとデュエルする人間を選ぶことになる。当然、さだめだってアテナだって、多分ユーキさんも、自分の手でお兄ちゃんを取り戻したい。けど、事が事だけにこればっかりは我儘とか感情で突っ走るわけにもいかないし……。
「……ねえ、ちょっといいかな~?」
その時、しばらく黙ってさだめたちの話を聞いていたユーキさんが手を挙げた。
「なんですか? 何か案が?」
「うん。みんなの話し合いを聞いていて、やっぱりこれしかないかなっていうのがあるから~」
これしかない? つまり、考えがあるってこと?
「それは?」
「うん。みんな、セツくんにどうやって勝つか、そればっかり考えてるけど、結論はもっとシンプルだと思うんだ」
「シンプル……とは?」
「簡単だよ」
こともなげに、ユーキさんはピッ、と指を立てて解決案を提示した。
「勝たない(・・・・)。これが、唯一のセツくん攻略法、だよ~」
そう言って、ユーキさんは自信ありげに微笑んだ。