アルカナ~切り札の騎士~
第四期第三十二話「心を重ねて」
――それでも俺は、皆の敵だ。
その言葉の意味が、まったく理解できなかったのは、どうやら私だけではなかったようです。私の後ろで、今にもセツに駆け寄って行きそうだったさだめさんをはじめとする皆、セツが何を言っているのかわからないといった様子で呆然としていました。
「どういう、こと……?」
「……俺は、記憶を取り戻して尚、エンヴィーの騎士だ。さだめ」
「だから、どういうことなの!?」
理解できない、というようにさだめさんが叫びます。
「さだめ……」
セツはさだめさんを見て、苦しそうに唇を噛みしめます。
「……逆に、聞くぞ。俺に……この俺に、エンヴィーを倒せると思うか? なあ、さだめ。お前なら、わかるんじゃないか?」
「そんなのわかるわけ……っ!?」
殆どムキになって言い返そうとしたさだめさんの勢いが、唐突に止まります。そして、顔が真っ青に。
「ただ、俺を愛し……それ以外には何も要らなくて……遍く全てに嫌われ憎まれ恐れられ……そんなエンヴィーを、俺が」
次にセツは、私に顔を向けます。
「アテナ。お前たちが、俺のためにここまでしてくれたこと、凄く感謝している」
「なん……ですか、それ。まるで、まるで……」
それじゃまるで、お別れの、言葉みたいな……。
「だけど、ここまでだ。アテナ。お前たちは人間界に帰れ。俺のことなんて忘れて、平和に生きてくれ」
「な……」
なにを……。
「何を言ってるんですかっ!? セツを忘れるなんて、そんなこと、出来るわけがないでしょう!? 大体、エンヴィーを放って帰ったって、世界が……!」
「俺と一緒に居れば、エンヴィーは安定する。世界の滅びは避けられないかもしれないが……時間は稼げる。皆が、天寿を全うするくらいまで、俺が保たせてみせる」
「っそういう問題じゃ……!」
反論しようとしますが、セツは首を振って私の言葉を遮ります。
「ダメなんだよ。アテナ。俺には、無理だ。俺に、エンヴィーを傷つけることは出来ない」
「お前が……」
それまで後ろで見ていた剣士さんが、拳を握って反論します。
「お前が出来ないっていうなら、オレたちがやる! オレたちだって強くなった! 必ず、お前の代わりにエンヴィーを……!」
「……そうだな」
セツは眼を伏せ、悲しげに答えます。
「確かに、皆は強くなった。例外なく、俺と会った時の皆とは見違えるようだ」
「だったら……!」
「だけど、俺は変わらない。昔から、ずっと俺だけは、一つも成長出来ていない。昔と同じ……バカなままだ」
苦しげに吐き捨てるセツ。
「お前らがエンヴィーを害そうと言うのなら、俺は皆の敵になる。俺には、自分の手でエンヴィーを傷つけることも、エンヴィーが傷つけられるのを傍観することも出来ない」
「どうして、そこまで……」
先ほどから顔を青くして黙ったままのさだめさんも含めて、私には全然わかりませんでした。セツが、変わっていない? バカなまま? 一体……。
「……こう言えば、わかりやすいか。アテナ」
セツの目が、スッと細められます。感情の宿らないその目には、見覚えがあります。あれは、あの目は……。
「俺は、|エンヴィー(あいつ)のために、お前を振るよ。今度こそ、さよならだ」
「…………ぁ」
思い、出しました。そう。セツのあの目は……この状況は、あの時と同じ……。
――『……悪い、アテナ。俺がここで、お前の気持ちに答えたら……あいつは、さだめは支えを失って壊れる。俺は……あいつのために、お前を振るよ』――
「~~~~~~~っ!」
私は、頭にカッと血が上るのを感じました。
「ふっ……ざけないでください!」
ダンッ、と足を地面に叩きつけて、私はセツを怒鳴りつけます。
「すまない。アテナ。お前が怒るのも当然だ。俺は、お前の気持ちを踏みにじった」
「そんなことはどうでもいいんです!」
「な、なに?」
全然わかっていないセツに、私は更に語気を強めて怒ります。
「私が怒っているのは、セツが嘘をついているからです! そんな、そんな苦しそうで、泣きそうな顔で振られたって、なんとも思いませんよ!」
「アテナ……」
「もし、例え万が一! セツが本心から私を振るなら、仕方ありません。散々泣いてまた改めてアタックすることにします!」
後ろから「あ、それでも諦める気はないんだ……」と呆れたような声が聞こえてきましたが、無視します。当然です。私はもう、セツが例え私以外の誰かと一緒になったとしても、一生セツを追いかけ続けます。今度は「ストーカー……」とか聞こえてきましたが、無視します。
「今の私の気分、わかりますか?……最低の告白を受けた気分です」
嘘の“嫌い”は“好き”の裏返し。そんなことは子供でもわかります。
「いいですか? セツは私が……私たちが好きですよ。間違いありません」
我ながら凄い台詞です。ですが、今のセツはどう見てもそうなんですから、仕方がありません。
「そんな、ことは……俺は」
「セツ。隠しごとが得意なセツが、そんなにわかりやすい嘘を吐くんです。それくらい、好きになってくれてたんですよね? セツですら隠しきれないくらいに」
確認、というよりは断定。自分でこんなこと言うのもどうかとは思いますけど……。
「……ああ。そうだ」
セツは、やはり苦しそうに、小さく頷きました。
「俺は……みんなが好きだ。愛している。心の底から……狂おしいほどに」
…………あぁ。
「……どうして、でしょうね」
ずっと、待ち望んだ言葉だったはずなのに。
「今は、凄く虚しく響きます」
それは、きっと私たちとセツの心が重なっていないから。すれ違ったまま、どんな言葉を聞いたとしても、それはただ悲しみが増すだけでしかないのでしょう。
「貴方の言葉を、心を、聞かせてください。セツ」
「…………」
しかし、セツは静かに首を振り、黙して語りません。
「……どうしてですか? どうして、貴方は何も言ってくれないんですか?」
思えば、セツが私たちに弱音を吐いたところなんて、殆ど見た記憶がありません。
「セツは、何時も毅然と、堂々としていて……」
けれど。
「辛かったんでしょう? 苦しかったんでしょう? だったらそう言えばいいんです。助けて欲しければ、そう言えばいいんです。セツが助けを求めれば、私たちは万難を排してセツの助けになります。なのに……」
セツは決して、弱音を吐かない。強い自分を私たちにずっと見せていて……それでも、その裏で一人傷つき苦しんでいる。
「そんな……そんな、血反吐を吐くまで頑張って……どうして、助けを求めなかったんですか」
「……そんなの、当然だ」
「当然? どうしてですか? 私たちは、そんなに頼りになりませんか? 私たちは、セツの足手纏いでしかなかったんですか?」
「俺は……!」
キッ、と強い視線を向けてきたセツは、口の端から血が零れるのも意に介さず、強く叫びました。
「例えどれほど血反吐を吐こうとも、弱音を吐くよりはよほどいい……!」
「セツ……!」
「血反吐くらい、いくらだって吐いてやる。そんなもんは、精神力でどうとでもなる。だけどな……弱音を吐いたら心が死ぬんだ。そうしたら、身体はどんなに健康だったとしても動かない。身体の限界はねじ伏せられても、心が折れれば何も出来ない!」
信念、決意、理想、覚悟……そういった全ての言葉が霞んでしまうほどに、強い想い。でも、でもそれは……。
「間違ってる。貴方は、それだけ強い想いを抱いていながら、向かうべき道を間違えている」
ルインさんの言う通りです。セツがどれほど正しく強い想いで動いていても、その想いを傾ける先が、世界の終焉なんて……絶対に間違っています。
「セツ、考え直してください! 私たちと一緒に、終焉を止めましょう! このままずるずると終焉に向かうに任せるなんて……そんなのは、エンヴィーだって……!」
「わかってるよ!」
セツは私の言葉を遮って、吐き捨てるように叫びます。
「わかってるんだよ……俺が間違っている。理性でも、感情でも、俺はお前たちと行くのがどう考えても正しい。それを、望んでいる……」
「それじゃあ、なんで……」
頭ではわかっている。心も私たちのところにある。なら何が、セツをあちら側に留めているのでしょうか。
「俺の、今まで生きてきた軌跡。俺自身の人生。俺がここでお前らに着いたら、その全てが間違いだったってことになる。俺には、今まで生きてきた“御堂切”を捨てることは、出来ない」
生きてきた……軌跡?
「わかってるだろう? 今の状況は、かつてと同じだ。さだめを守りたい俺が、アテナを振った時と。その時だって、今と同じだったんだ。理性では、さだめが間違ってることなんてわかりきってた。感情でも、あの頃から俺はアテナが好きだった。それでも俺は、拒絶した」
確かに……あの時と状況が似ていることは否定しません。でも……。
「同じじゃ、ないよ」
「さだめ?」
「同じじゃないよ。お兄ちゃん」
さだめさんが、今にも泣きそうな、それでも必死に耐えているような……今のセツとそっくりな顔で前に進み出ました。
「確かに、似てはいるよ。さだめの立ち位置に、エンヴィーが居るだけ。でも……」
さだめさんは、大きく手を広げて、私たち全員を指し示しました。
「あの頃とは違う」
「違う……?」
「さだめには味方がお兄ちゃんしかいなくって。お兄ちゃんには、誰も味方が居なかった、あの頃とは全然違う。……見てよ」
もう一度、小さな身体を一杯に広げて、さだめさんは私たちを強調します。
「お兄ちゃんには、こんなに一杯味方がいるじゃない! さだめにも出来たように、お兄ちゃんにも……トモダチ一杯いるじゃんかぁ……!」
「さだめさん……」
最後は完全に涙声で、さだめさんは叫びました。そう。そうです。
「セツが……セツ自身が例え、あの頃と変わっていなかったとしても。セツを取り巻く環境は、全く別物になってる筈です」
例え、本人が変わっていなかったとしても。
「全く変わらないものなんてないんです。セツ。あの頃のセツは、さだめさんを救いました。なら、今回だって出来る筈です。エンヴィーを救うことが。……今度は」
私たちと、一緒に。
「……前回も出来たこと。それなら」
セツはギリ、と歯軋りをして、叫びます。
「それなら、また俺一人でやる! みんなは関係ない! これは、俺の……!」
「セツ!」
今度は私が、セツの言葉を遮って叫びます。
「セツだけの問題じゃありません! どうして……どうして一人で全部やろうとするんですか! 弱音を吐かないというのなら、それでも良いです! 差しのべられた手を、ただ掴んでくれるだけでいいんです! なのになんで……」
「俺が、傲慢(プライド)だからだ!」
「っ!?」
プライド。セツの罪。セツの、心の闇。
「お前たちが、俺に依存していた。俺は、それを知っていた」
依存……。確かに私たちは、みんな多かれ少なかれセツに依存していました。
「俺は、お前たちが依存してくれることを望んでいた。……そう。俺なしでは生きていけない程に、依存してくれることを」
「せ、セツ……」
「俺という精神的な支柱を必要とするように。俺と言う存在を、その心の奥の奥まで刷り込むように……俺は、皆と接していた。恐らく、無意識の内に」
私たちの依存心が、セツによって導かれたものだった……?
「俺を頼れ。俺に任せろ。俺に委ねろ。俺が守ってやる……お前たちは何もしなくていい。ただ、俺に身を任せていればそれでいい……」
セツは自嘲気味に笑い、決定的な言葉を放ちました。
「“お前らは、俺が生かしてやる”」
「っそれは……!」
あまりにも、傲慢。そう。確かに、誰かを守ってやる、どころではありませんでした。セツの、罪は。
「そんな……見下しているも同然の相手に、助けを求める……? 不可能だな。俺が例え傲慢(プライド)でなかったとしても、そんなことは出来やしない」
セツは……。
「俺は、心の底では皆を、仲間とも、味方だとも思っちゃいなかった。……きっと、そういうことなんだろうな」
「セツ、お前……」
「そんな……」
剣士さんたちが、ショックを受けたように項垂れる。
「…………」
「アテナ?」
ですが私は、むしろセツの言葉に、突破口を見つけた気がします。
「……セツ」
「アテナ。これでわかっただろ。俺は、差しのべられた手を掴む、なんてこと出来やしないんだ。傲慢だから。俺が、手を差し伸べる側でしかあり得ないから」
「……それが、セツの心の闇だというのなら」
私はセツに、デュエルディスクを突きつけます。
「アテナ……?」
「引いてください。セツ。セツの……ターンです」
「なに……?」
セツが私たちを、対等に見ていないというのなら。見下しているというのなら。
「思い知らせてやればいいんです。セツ。貴方が……決して強くはないことを」
お互いに、ライフは互角。手札も互いにゼロ。フィールドは私の方が有利ですが、攻撃力1500の希冴姫さんと、たった800でしかない私……。アドバンテージと言えるかどうかは微妙です。
「さあ、セツ。引いてください。そして勝って見せてください。できるものなら」
私はあくまでも強気に、セツに迫ります。
「今の状況はわかるでしょう? セツのドロー如何で、このデュエルの勝敗が着きます。ですから……」
「俺の、ドロー次第か」
「はい。ここでセツが、私の残りライフ1100ポイントを削り切れれば、セツの勝ち。セツの好きなようにしてください。でも」
それでも尚、セツが逆転出来なかったなら。私が、このまま勝利したなら。
「……認めざるを得ない筈です。私たちが、決してセツのお荷物ではないことを。セツを支え、共に歩くことの出来る……仲間だということを」
セツが、今までの自分を捨てられないというのなら。
「私が粉砕してあげます。過去のしがらみに囚われて、心でも理性でも動けないのなら、私が無理矢理にでも、力尽くで動かして見せます。だから、だからセツ」
「アテナ……」
「……引いてください、セツ。セツのデッキは、必ず応えてくれます。セツの心に。セツが……本当に望んでいる答えに」
「俺の……」
セツは導かれるように、デッキに指を伸ばします。
「……わかってるのか? これは、大分俺に有利な賭けだぞ」
今のセツは、殆ど自分の引きたいカードを引けるに等しい。そう、私は凛さんに聞いていました。でもだからこそ、そこにこそ勝機はあります。あるはずです。
「だからこそ、それを乗り越えて勝利することに意味があります。私が、勝ちます」
セツの想い。そして私たちの想い。セツのデッキが紡いでくれる筈です。
「私たちとセツの……未来を」
「…………」
セツは暫し眼を閉じて、何事か考え込んでいるようでした。
「……そうだな」
「!」
「どうせ、どんなに押し問答したところで、お互い考えを変えやしないんだ。だったら、いっそ身を任せてみようか……運命に」
「じゃあ……!」
「決着を着けよう。アテナ。俺が勝つか、お前が勝つか。このドローできっと、全てが決まる」
「……はい!」
セツがデッキに指をかけます。その様子を、固唾を呑んで見守る私たち。誰かがゴクリ、と唾を呑みこむ音。
「俺の……ドロー!!」
ピッ! と軽い音を立て、デッキから一枚のカードが引き抜かれます。
「俺は……」
セツがそのカードをゆっくりと眺め……フッ、と微笑みます。
「っ!?」
まさか……!
戦慄する私たちに、セツは笑顔で、こう言いました。
「……どうやら、これが俺の、運命だったみたいだ」
「っ何を……!」
セツは引いたカードを、デッキの魔法・罠ゾーンに差し込みます。
「俺は、手札から魔法カード……『火炎地獄』を発動する!」
「火炎……」
「地獄……?」
セツの宣言したカード名に、私たちは暫し頭が真っ白になりました。
「……魔法カード『火炎地獄』は、相手ライフに1000ポイント。俺のライフに500ポイントのダメージを与えるバーンカード……俺は」
ゴゥッ、と私とセツの周囲に炎が舞います。
「俺は……こうなることを望んだのか。アテナ」
「きゃあああああああああああっ!?」
アテナLP1100→100
セツLP1300→800
炎が消え、あとに残ったのは首の皮一枚で繋がった私のライフと……丁度800という数値で止まった、セツのライフ。
「セツ……」
「俺は、ターンエンドだ。……やってくれ。アテナ」
どこかすっきりとした表情で、セツは両手をだらりと下げます。
「残り……800」
私は自分の手を眺め、強く握ります。
「……わかりました。思いっきり行きますよ。セツ!」
「ああ……来い! アテナ!」
「私の、ターン!」
引いたカードを、今更確認はしません。私がこれからすることは、たった一つ!
「バトル! 私は、私自身……『反魂のスピリチュア』で、セツにダイレクトアタック!『トライデント・サンシャイン』―――――!!」
スピリチュアが掲げた槍が、強い輝きを持って投擲されます。セツは、両手を広げて槍を受けとめました。
「ぐっ……おおおおおおおおああああああああっ!!」
セツLP800→0
「あっ……が、はっ!」
『セツ(お兄ちゃん)!』
ガクン、と膝を着いたセツに、私たちは駆け寄ります。
「アテナ……」
膝を着いたセツは、それでも倒れることはなく私たちを迎えてくれます。
「セツ……!」
「強く、なったな……」
そして、セツは何処か吹っ切れたように、満面の笑顔でこう、呟きました。
「俺の……負けだ」
セツの頬を、雫が一筋、流れ落ちて行きました。
決・着!
ドンドンパフパフ~! というわけで、セツ対アテナ、最後の対決はアテナの勝利で幕を閉じました! あ~疲れた。ここからは今回のちょっとした裏話です。今回のデュエル、前回掲載時から特になにも変わってないように見えるかもしれませんが、実は。前回掲載時、このデュエルは間違いだらけだったということが、今回見直した結果判明したのです! その間違いの数は数えるだけ泣きたくなるほどだったのですが、大きなものだけでも、手札の枚数間違い・ライフ計算の大幅なズレ・カードの種類間違い(通常魔法を永続と間違えていた)などがありました。ライフ計算は特に致命的で、なんと、序盤のアテナのライフがいつの間にか4000増えてました。……信じられないかもしれませんが、マジです。何をどうやったら初期ライフ分丸々間違えられるというのか。前々回二枚目のレインボー・ライフは、その辻褄合わせです。
いや~小説を書いてるといろいろなことが起こります。そんな致命的すぎるミスする訳無いだろと思うようなミスを平気でやらかします。手札の枚数なんてぐっちゃぐちゃでした。無理やり辻褄合わせましたが、もしかしたらまだ間違ってる可能性もあるので、もし見つけたらご一報を。泣きながら修正します。
アルカナも遂にクライマックス寸前です。どうかもうしばらく、お付き合いください。
それでは、悠でした!