アルカナ~切り札の騎士~
第四期第三十三話「対峙」
「ぐっ……」
俺は、痛み悲鳴を上げる身体を無理矢理動かし、立ち上がる。
「……無理しちゃだめ」
「痛(つ)っ……悪い、ルイン」
すぐに駆け寄ってきたルインが俺の身体を癒してくれる。それだけじゃ精々が応急処置にしかならないが……十分だ。
「まずは……ありがとう。みんな。こんな、バカな男のために、手間をかけさせた」
「そんな……いいんですよ。それより、私こそすみません。その……大丈夫ですか?」
全て終わって、漸く散々に痛めつけた事実を思い出したのか、アテナがビクビクと、聞き辛そうに聞いてきた。
「……大丈夫だ、と言ったら、また嘘になるな」
「はぅ……」
尤も、俺としてはそんなアテナの様子に微笑ましさすら感じているのだが……これは惚れた弱みかね。
しょんぼりと肩を落とすアテナに笑みを浮かべる。
「心配するな。確かにもう強がりでも大丈夫だとは言えないが……助けて、くれるんだろう?」
「ぁ……」
俺の言葉に、俯いていたアテナはパッと顔を上げて、満面の笑顔を浮かべた。
「は、はい!」
そんなアテナの、輝かんばかりの笑顔に、今の俺はただ愛しさしか感じない。……駄目だな。認めた途端、思考が色ボケしている。
「コイツも、あるしな」
俺は懐から、一枚のタロットを取り出した。それは、『吊られた男』のカード。もう一人の俺が持っていた『審判』とは異なる、俺のカードだ。忍耐を意味するそのカードは、確かに俺に、耐え忍ぶ力を与えてくれていた。
「お兄ちゃん……」
タロットを眺める俺に、おずおずといった様子でさだめが近寄ってきた。
「……さだめ。お前にも心配かけたな」
本当に、コイツにとっては死ぬより辛い時間だった筈だ。自惚れでも何でもなく、さだめにとって俺は世界の中心であったはずなのだから。
「ほら。さだめ」
涙目になっているさだめを、軽く手招きする。それだけで、さだめには十分だったようで、勢い良く飛びついてくる。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃん! う、うぁああああああああああああああああああああああああああん!」
「……悪かったな。俺は今度こそ……本当の意味で、お前を守るから」
今までの俺はただ、さだめを“飼って”いただけだ。自分に都合のいい、俺だけを求めるペットとして。自分の所業に、我ながら反吐が出る。
「守るなんてどうでもいい! さだめは、さだめはただ、お兄ちゃんが傍に居てくれるならなんでもいいの! だから、だから……」
「ああ……俺はもう、居なくなったりしないよ」
胸の中で泣き続けるさだめを抱きしめながら、俺は希冴姫に顔を向けた。
「セツ様……」
「希冴姫。良かった。お前が生きていてくれて」
「そんな……わたくしは、わたくしは結局、騎士としても女としても、貴方を守ることが出来なかった……無意味に死んで、不必要な悲しみを、貴方に背負わせてしまいましたわ」
「それは違う。お前の死が、無意味だったわけじゃない」
そう。希冴姫は決して、無意味に一度死んだわけじゃない。
「ですが……結局わたくしは、セツ様を守れませんでした」
「違う。お前の死が無意味だったわけじゃなく……俺が、無意味なものにしてしまったんだ」
今こそこうして希冴姫と話すことが出来ているが、もしかしたらもう話せなかったかもしれない。
「……今だからわかる。誰かの死を、意味あるものに出来るかは、生きている奴にかかってるんだ。俺は……お前の死を、無意味なものに変えてしまった。本当に、すまない」
「セツ様……」
俯いてしまった希冴姫から顔を動かし、ルインを見る。その顔は、いつものように無表情で、しかし何処か安堵したものだった。
「……無事で良かった」
「ルイン。ありがとうな。そして、すまない。ルインの忠告を、もっと俺がしっかり聞いていれば、きっとこんなことにはならなかった筈なのに」
「……そんなこと、ない。私は……貴方を止められなかった」
俺のことを、良く理解してくれていたルインだからこそ、一番辛かっただろう。
「俺は……バカだな」
「……うん」
言葉少ななルインに対して、俺も一言に色々な意味を込めてそう呟く。ルインには、それでも十分伝わった様で、微笑んで頷いてくれた。
「ホント、馬鹿だ。こんなに深く、自分を理解してくれる奴がいるのに、俺は……」
俺自身が、誰も信用しようとしなかった。
「貴方は、もっと手を抜くことを覚えるべき」
「……だな」
手を抜く、か……確かに、殆ど考えたことなかったよ。
「……貴方は不思議。普段は頭が柔らかいのに、そんなところだけ頑固で生真面目」
「う、まあなんというか……歪なんだろうな。我ながら」
頭が柔らかく、融通の利く表人格と、自分の立てた誓いのためだけに生きる頑固な本質と。長いこと表人格のまま生きてきたから、どちらが本物とも言えなくなって、結果全体的に歪な人格構造になってしまっているんだろう。
「自分のことなのに、随分他人事みたいに分析するんだね~」
「ユーキちゃんか」
彼女にも、色々と謝らないといけない。俺はユーキちゃんに向き直り、軽く頭を下げた。
「ゴメン。ユーキちゃん。君を巻き込んだ」
「違うよセツくん」
「え?」
スパっと即否定されて、思わず間抜けな声を上げてしまう。それがおかしかったのか、ユーキちゃんはクスリと笑った。
「わたしはね。巻き込まれたかったの。セツくんに」
「巻き込まれたかった……?」
オウム返しに聞き返す俺に、ユーキちゃんは微笑んで頷く。
「わたしは、セツくんが好き。好きな人が傷ついて、苦しんでいる時に、一人何も知らないままのほほんと過ごすなんて出来ないよ」
「む……」
相変わらず、ユーキちゃんからの告白、というものには弱い。思わず目を逸らす。
「それに……わたしは、エンヴィーのお姉ちゃんだから」
「……そっか」
もう他人事じゃない、ってことか。
「辛いことも沢山あった。一杯泣いたし、一杯苦しんだ。それでもわたしは、セツくんに会えて強くなれたし、少しだけだけど、自信も持てるようになった。大切なもの、一杯くれたの。だから、わたしは後悔なんてしてないよ」
「……ホントに、強くなったんだな。ユーキちゃん」
ユーキちゃんを、普通の女の子、という枠に当てはめて考えるのは、もう逆に失礼なんだろうな。
「ねえ、お兄ちゃん」
そんな時、もぞもぞと腕の中でさだめが動いて声をかけてきた。
「ん? どうした、苦しかったか?」
「ううん。もっと強くてもいいくらい。そうじゃなくて」
さだめはチラ、と俺の顔を見上げる。
「お兄ちゃん、その血なんだけど……」
「え? ああ、そうだな。何時までも血を垂らしててもみっともないよな。今拭いて――」
「舐めていい?」
「良くねえよ! なに!? なんでこのタイミングでボケ!? 脊髄反射的に突っ込んだけど、今漫才するタイミングじゃねえだろ!」
「いや、割かし真剣(マジ)で」
「余計悪いわ!」
「さっきからこう、そこの血溜まりに顔突っ込んで血を啜りたくて身体が疼いてしょうがないんだけど」
「今日び吸血鬼でももっとエレガントに血を嗜むわ!」
ちなみに首から吸うのもエレガントじゃないらしいが。……輸血パックからならいいんだろうか?
「ワイングラスなら用意するよ?」
「どこから!? つかそういう問題じゃない!」
「うん、わかった。じゃあ口移しで」
「さも妥協案のごとく極論持ちだすのはやめような?」
すっかり空気をブレイクされてしまい、やれやれと溜息を吐く。対するさだめは何が嬉しいのか、にっこにっこと満面の笑みだ。
「いやーやっぱりお兄ちゃんのツッコミは心地良いね! エースとかのも悪くないけど、下ネタ系だとノリノリで突っ込んでくれるのがアテナくらいしかいなくてさ~」
「わ、私だってノリノリで突っ込んだりしてないですよっ!?」
「その猫被り、いい加減誰も信用しなくなってるからね。エロ~アテナエロ~」
「さだめさん!」
「……俺がいない間、世話をかけたな。エース」
「……まあ、この我が不覚にも貴様を尊敬しそうになったことは否めないな」
そりゃ相当だな。
「ん?」
ちょいちょい、と肩を突かれて、そちらに顔を向けると、ルインが声を潜めて語りかけてきた。
「……ああは言っているけど、貴方が居ない間、彼女はあんまりボケてなかった。むしろ……」
「みんなのこと、気遣ってくれてたんだろ? 俺の、代わりに」
こく、と頷くルインに、思わず苦笑する。ったく、あいつは……。
「さっきのやり取りだって、俺を含めてみんなを元気づける行動の一環だろうしな。いつからそんな気遣い出来るようになったんだか」
「流石、貴方の妹」
「ははっ」
自分がそこまで大した奴とは思っちゃいないが、さだめが誰にも誇れる、立派な妹に成長してくれたことが素直に嬉しい。何だかんだ、さだめのお陰で場の雰囲気は大分明るくなった。
「さて……」
俺は気を取り直し、全員の顔を順番に見やる。
「……行こう。エンヴィーのところに」
「でもセツ、身体は……」
「正直、大丈夫じゃないけどな。完治するのを待つ時間は正直、もう残っていない」
ユーキちゃんが去り、俺すらもいなくなったことにエンヴィーが気付けば、その時点で暴走が始まってもおかしくない。いや、十中八九始まるだろう。それくらい、エンヴィーは危うい。
「……だから、行くしかない。行って、エンヴィーに伝える。今の、俺の気持ちを」
「わたしも……」
ユーキちゃんが、真剣な目で俺を見つめる。
「わたしも、伝えないと。今、わたしはこんなにも満たされてるってこと。エンヴィーだって、絶対に今よりずっと幸せになれるんだってこと。伝えなきゃ」
「まさかまた、私たちを置いて行く、なんて言いませんよね?」
「……ああ」
本心を言えば、置いて行きたい。どうせ、向こうに行ってもデュエルするのは俺一人。皆を連れていく必要はない。だが……。
「もう、離れない。俺たちは、ずっと一緒だ」
同時に、離れたくない。ついて来て欲しいと心から思う。俺だけじゃ、きっと負けてしまうんだろうと思う。皆と一緒に行けば……。
「きっと、伝わるって信じてる。伝えるためには、みんな一緒じゃないとダメなんだ」
ひどく、穏やかな気分だ。気負うこともなく、ただ静かに、希望を持って未来を見られる。傲慢が心に巣食っていたときには、考えられない程に。
「さあ、準備は良いか? あとは、クライマックスまで一直線だぞ」
『もちろん!』
全員の返事に満足し、俺はエンヴィーの居る所まで皆で跳んだ。
「あっ! セツ帰って来……た……」
エンヴィーの居る所まで跳ぶと、俺の帰りをそわそわとしながら待っていたエンヴィーがパッ、と笑顔を見せて駆け寄り……表情を凍らせた。
「……誰。なんで、セツ以外の人たちが居るの」
一瞬で無表情になったエンヴィーは、そう言って後ずさる。
「エンヴィー、これは……」
「聞いて欲しいの。わたしたちは……」
「嫌ッ!」
俺とユーキちゃんが代表してエンヴィーに話しかけたが、エンヴィーは更に一歩後ずさって自分の身体を抱きしめた。
「セツ……? どうして、その人たちがいるの……? セツ、セツも……ボクを捨てるの……?」
「違う、エンヴィー俺は……」
「やめて! ボクを……ボクを捨てないで!」
エンヴィーの言葉は、俺に問いかけているようで、全て自分の中で完結してしまっている。既に、俺の言葉に耳を貸す様子もない。
「エンヴィー聞いてくれ! 俺はお前を……」
「煩い! 煩い煩い煩いぃ! やっぱり、そうだ。みんな、ボクを捨てるんだ……ボクが、終焉(ボク)だから……ボクは、独りぼっちなんだ」
エンヴィーの目は、既に焦点を失い、俺たちを見ていない。
「セツ……その、エンヴィーは……」
「……正直、エンヴィーは俺以上に追い詰められてるからな。しかし、俺以外の人間を見るだけでこうなるほどとは……思ってなかったが。俺のミスだな」
アテナたちを振り切ってでも、一度俺だけ、或いはユーキちゃんと二人だけで話してみるべきだったかもしれない。けど、こうなってしまってはもう仕方ない。
「嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! ボクは……ボクは……」
頭を抱えて、髪を振り乱すエンヴィーに、俺は諦めずに声をかける。
「エンヴィー!」
「どうして……? セツは、ボクを守ってくれるって言った! 愛してくれるって言った! 抱きしめてくれるって言ったのに! どうして、そっちにいるの!?」
「守るために、愛するために、抱きしめてやるために!……俺はお前を救わなきゃいけない。救われないまま守っても、愛しても、抱きしめても。……意味がないことを知ったから」
「いらない! 救いなんていらない! だって、救いって死ぬことでしょう? ボク、知ってるよ。ボクの救いは死ぬことなんだって。死ぬことが、ボクにとって一番の救いなんだって!」
「違う! 死ぬことが救いだなんて、そんなことがあってたまるか!」
「煩い!……もう、いい。ボクを愛してくれないなら……ボクを、守ってくれないなら……みんな、みんな……」
「エンヴィー……!」
「みんな……死んじゃえ!」
エンヴィーが叫ぶと同時、エンヴィーの腕に闇のデュエルディスクが出現し、周囲を闇が覆う。
「くそ……やるしかないのか」
「聞く耳持たないって感じだね。というか、持てないって言った方がいいのかな?」
さだめの言う通り、今のエンヴィーは周囲の言葉に耳を貸す余裕がない。多少荒療治にはなるが、一度落ち着かせるためにもデュエルするしかないだろう。
「……エンヴィー。絶対、助けてやるからな。デュエル!」
セツLP4000
エンヴィーLP4000
「ボクの、ターン。ドロー!」
闇色のデュエルディスクから、エンヴィーはカードをドローした。
「ボクは『|終焉の餓狼(ジ・エンド・ウルフ)』を攻撃表示で召喚! カードを一枚セットしてターンエンド!」
『|終焉の餓狼(ジ・エンド・ウルフ)』ATK1300
「俺のターン、ドロー!」
終焉モンスターか……。
以前ユーキちゃんが使ってきた時には負けてしまったことを思い出す。
「けど、今度は違うぞ」
使っていたのがユーキちゃんという事実。そして何より切り札の騎士の助力を得られる今は、そう簡単に負けはしない。
「俺は『切り札の騎士―クィーン』を攻撃表示で召喚! バトルだ!」
『切り札の騎士―クィーン』ATK1500
「希冴姫で『|終焉の餓狼(ジ・エンド・ウルフ)』を攻撃!『エレガント・ハーツ』!」
『行きますわ! はあああああっ!』
希冴姫の振るう剣によって、闇色の獣が斬り伏せられる。
エンヴィーLP4000→3800
「やりました! 先制です!」
「いや……」
無邪気に喜ぶアテナだが、終焉はそう簡単に終わらない。
「っ……『|終焉の餓狼(ジ・エンド・ウルフ)』が戦闘によって破壊された場合、デッキから同名モンスターを特殊召喚するよ」
『|終焉の餓狼(ジ・エンド・ウルフ)』ATK1300
「リクルート効果持ち……!?」
「……俺はカードを二枚セット。ターンエンドだ」
前回の戦いから、餓狼の効果はわかっていた。だが、それでもあえてダメージを与えることを選択したのは……。
「かふっ……!?」
「セツ!?」
「血が……」
「……正直、あんまり長く立ってられそうにないな」
今も、視界が揺れてしょうがない。デュエルディスクを構えるだけでも一苦労だった。
「そんな……!?」
「さだめが代わる! お兄ちゃん、デュエルディスク貸して!」
「駄目だ。闇のデュエルがもう始まってしまっている以上、選手交代は出来ない」
「セツ、まさか……!」
「……俺の生きてきた二十年は、たった一度の負けですっかり変わるほど、軽いものじゃなくってな」
すまない、とは思う。結局、俺はまた無駄な自己犠牲でこの場に立っている。そのことに、酷い自己嫌悪すら覚える。だが……。
「それだけじゃない。どうあれ俺は、エンヴィーと決着を着ける役目を、他の誰にも任せはしなかった」
それに、考え方が全く変わらなかったわけでもない。
「でも……!」
「だから」
尚も不満そうにするアテナたちに、俺は微笑みかけた。少しでも安心して貰えるように。
「だから、アテナ。みんなも、頼む。俺を……支えてくれ。最後まで俺が、倒れることのないように」
「…………ぁ」
俺の言葉に、しばらくポカンとしていたアテナたちだが、すぐにその顔を苦笑に変えた。
「……全く、仕方ないね。お兄ちゃんも」
「ん~でも、少しは改善の兆しあり、だよ~?」
「……改心への道のりは遠そう」
『そこは、時間をかけるしかありませんわね』
「そのためにも、ここで負けて貰うわけにはいかんな」
スッ、と俺の背中にアテナの手が添えられる。
「……支えます。今はまだ、それだけしか出来ませんから。でも、きっといつか……」
いつか、俺がみんなを本当に頼れるようになったなら。
「……ああ。いつになるかはわからないけど、な」
俺はアテナたちに頷きを返し、改めてエンヴィーと向き合うのだった。