アルカナ~切り札の騎士~   作:西本 悠

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第十二話「恐怖、過ぎ去りし後に」

アルカナ~切り札の騎士~

第十二話「恐怖、過ぎ去りし後に」

 

 

 

 

「……」

「私の、私たちの勝ちです。さだめさん」

「……クソ食らえ」

「え?」

「最低よ。最悪よ。蛆のくせに粋がりやがって。犯し殺し砕き壊し地獄へと引きずり堕としてやる。殺すだけじゃ飽き足らない。細胞の一つ一つ全てに恐怖と絶望を刻みこんで生かし続けておいてやる……朝も昼も夕も夜も正面も背後も上下左右にすらも安息のない疑心暗鬼の日常を送ればいいわ……」

「お、おいさだめ……?」

 な、なんだ? 俺でも見たことないぞ。あれは。まだ他にもモードがあったのか?

 禍々しいのは同じだが、他のモードのようにわめきたてたりはしない。あえて言うならローが一番近い気もするが、ローの時はいわゆる自虐モードみたいなものだからこんなふうに毒々しいまでの邪気は持たない。

「もうお兄さまを諦めるだけじゃ終わらないと知れ小娘。私が飼って上げるわ。堕ちた天使として。希望を奪われ、廃人になって尚も新たな絶望を味あわせて。闇に堕ち、光を失い地の底まで堕とされた貴女のココロをすり潰す。貴女には何物も渡しはしない。全てを奪われ嘆くがいいわ」

 さだめが一言しゃべる度、昏いオーラが濃縮されて、それで尚大きく強くなっていく。俺ですら、最早迂闊に近寄れない。

「尤も、嘆くココロさえあげはしないのだけど。そう、それがあなたの……」

 運命(さだめ)、よ――

 ぼそぼそと、しかし相変わらず良く通る声で呟くと、さだめは静かに会場を立ち去って行った。

 ドシャッ、と何かが崩れるような音がして、会場の人間の何割かが崩れ落ちた。アテナたちでさえ腰を抜かしてへたり込んでいる。立っているのは俺と何故かその場に残ったルインのみ。

「……お前は、行かなくていいのか?」

「……まだ、キミへの挨拶が済んでいない」

「俺?」

「キミも、私に聞きたいことがあるはず。そこの『アテナ』も」

『……今はシャルナよ』

「そう……何の冗談?」

『偶然よ。奇跡的な、ね』

「そう。いいマスター」

『そういうあんたのマスターは、名状しがたいほどに暗黒ね』

「あの子には一点の曇りもない。ある意味誰より純粋で誰より真っ直ぐな光の子」

『……昔からだけど、あんたの言葉は理解不能よ』

「……いや」

 俺には、ルインの言葉がよくわかる。理解できる。

「さだめは、最初に俺を殺そうとした二歳の頃から何も変わらない。何一つ自分を曲げず、一心に生きている。方向性こそ間違っちゃいるが、あいつはいい子だよ」

『わかりません。わたくしには、主様の言葉が理解できません。何度となく殺されかけ、自らの幸せを奪われかけ、今尚主様を苦しめ続けるあの悪魔を……』

「クィーン!」

『っ!?』

「さだめを……悪魔と呼ぶな。それだけは、何があろうと俺が許さん」

『……も、申し訳……ありません』

 俺はあいつを嫌えない。何があっても、俺はあいつを怨めないし怨まない。

「あいつは俺の妹で……俺は、どこまで行っても、何をされてもあいつの兄貴なんだ」

 なんとかショックから抜け出せたらしい十代たちもこちらに近づいてきた。

「なぁ、セツ……」

「……なんだ、十代」

「オレ、兄妹とかいないし、よくわかんねぇんだけど……」

「ああ」

「あの子は、お前をホントに兄貴として見てるのか?」

「……見てるよ。あるいは、俺なんかよりもずっと、な」

 だからこそ、あいつはあんなに必死なんだ。誰より純粋で、誰より弱くて、誰より怖がりなあいつだから。

「なら、オレはなにも言わない。きっと、オレじゃわかんないことだからな」

「サンキュ、な。十代」

「僕には、分かんないよ……」

「翔……」

「僕はお兄さんが好きだ。心から尊敬してる。だから、同じ兄を持つ者として、あの子の考えがまったく理解できないんだ……」

 ……。

「翔は、それでいい。お前は、お前のままで、お兄さんを好いてやれ」

 理解できない。それも仕方ない。さだめが異常であることは、俺にだって否定できはしない。

「俺には、彼女のお前に対する想いは、恋愛感情のようなものじゃなく、執着、妄執、何かに縋りつきたい心の現れ、のように感じたな」

 三沢……やっぱりお前は良く見ているよ。

「そうかもな……」

「セツ……失礼だとわかってるけど、聞くわ。貴方達の御両親は……?」

「……母さんはベッドの上で生き人形。父さんはワーカホリックで殆ど家に帰らない。まるで、さだめと少しでも顔を合わせたくないように……」

「っ……!」

 予想以上に酷い。そんな顔をしている明日香に、気にするなと手を振る。

「……二歳の頃に俺を殺しかけ、五歳くらいまで毎日のように殺されかけた。さだめが小学校に通い始めるころ、あいつは俺から片時も離れようとはしなくなった。殺されそうになることは激減したけど、その分あいつは四六時中俺にべったりで……」

 思えば、あの頃が一番平和だった。さだめが自分の想いを恋だと錯覚して、性の意味も知らず、俺にくっついていたあの頃が。

「小学校の高学年くらいからは貞操を狙われ始めたんだったか。その辺りからは、今と大差ない」

「その……なんだ、病院とかには……」

「……連れて行ったさ。母さんたちがな」

「どう、なったんだ?」

「医者と看護師を廃人にして戻ってきたよ。母さんも、それで体調崩して今もベッドの上さ」

 周りが息を呑むのが感じられた。

「……周りはもちろん、母さんたちでさえ、あいつを悪魔呼ばわりだ。あいつはずっと……一人ぼっちだ」

「そしてここに来て、キミも傍にはいなかった。ここ数ヶ月の彼女は見るに堪えなかった」

「……ああ」

 ルインの言葉には悲しみが篭っていた。

「ずっとキミだけを気にしていて、他の人とのデュエルでは、相手を徹底的に潰して再起不能にしていたあの子に、今回の話」

「俺と、ちゃんとした舞台で、誰にも咎められることなく会える。そういうことか」

「……意外だな。あの様子を見た限りだと、こんな機会なくっても乗り込んできそうだが」

「あいつは、ヘンなところで臆病なんだ。俺から会いに行かなかったから、来るに来られなかった。そんなところだろ」

 多分、デュエルで相手を再起不能にしていたのも俺の耳に自分の噂が届くように、ってことだったんだろう。……結局、気付いてやれなかったが。

「……やっぱ、俺の所為かな」

 道理でモードが不安定だったわけだ。あいつも、俺と会えて舞い上がってたんだろう。俺に拒絶されないか、不安で仕方なかったんだろう。

「そこに、その子がいた」

「っ!」

 アテナがビクッと反応する。

「やっと心の拠り所であるキミに会えたのに、傍には見知らぬ女の子。それも兄に告白までした、あの子にとっての怨敵」

「わ、わたし……」

「ああ……告白の返事、まだしてなかったっけか……」

「ぁ……」

「お、おいセツ。お前まさか……」

「……悪い、アテナ。俺がここで、お前の気持ちに答えたら……あいつは、さだめは支えを失って壊れる。俺は……あいつのために、お前を振るよ」

「っ!」

 アテナが息を呑む。ペタン、と地べたに座り込む。

「セツあなた……!」

「悪い明日香。お前にあんなこと言った癖に……やっぱり俺は、肉親の情の方が重いらしい。トモダチと(アイツ)、俺は……さだめを一人にはできない」

「ぅ……あ」

「……虫のいい話だけど、さだめだけは、怨まないでやってくれ」

 俺は、アテナのすすり泣く声から逃げるように、その場を立ち去った。

 

 

 

 

 

「良かったの?」

 俺についてきていたらしいルインがそう尋ねてくる。

「良くねえよ」

 そんな質問、何の躊躇もなく答えられる。

「良いわけねえだろ……!」

 俺を信じてくれて、助けてくれて、好きだ、って言ってくれた娘を傷つけて……。

「くそっ!」

 壁を殴りつける。ミシリ、と嫌な音がしたが、痛みなんてもう散々さだめで慣れている。悲鳴一つ上げなかった。

「……好きだったのね。あの子のこと」

「……当たり前だろ」

 あんなに強くて優しい娘が、あんなに一途に慕ってくれて。

「惚れるに……決まってんじゃねえか」

「……そう」

 ルインは何も言わない。慰めも、罵倒も、叱責の言葉も。それがありがたいと同時に苦しかった。

「キミは、これからどうするの?」

「……」

 寮には、戻れねえな。

「……なら、精霊界に来るといい。そこでしばらく過ごせばいい」

『貴女……何を!』

「キミならその気になればいくらでも精霊界への扉が開ける。心の整理がつくまで、そちらにいればいい」

『ルイン……!』

「貴女だってその方が都合いいはず。大好きな主様を、自分の手で癒してあげられるのだから」

『っ……貴様!』

「やめろクィーン」

『主、様』

「どっちにしろ、そこに行くくらいしか今はできない。いいさ。しばらくは会わせる顔もない。いや、一生……かな」

『そんな……ことは……』

「ルイン。お前も意地悪な言い方をするな。クィーンは真に受けやすい」

「そのよう。自重する」

 あっさりと非を認め、謝罪する。

「それで、どうすればその精霊界に行けるんだ?」

「キミならどこからでも望めばそこに扉が開く。でも、始めは実際にある扉から行くのがわかりやすくていいかもしれない」

 ああ……温泉か。

「温泉の向こうにその扉はある。とりあえずそこに行く」

 

 

 

「アテナ……」

「うっ、ぐすっ! ぅあ……」

「あいつは……セツは貴女が嫌いだから振ったわけじゃない。むしろきっと……」

「そっ、れでも……セツ、にはわ、私よりも、優先するものがっ! ヒクッ」

「……それは」

「あのバカッ! これじゃ妹さんの思い通りじゃねえか!」

 さだめはアテナに、何も与えはしないと言った。希望を奪い、絶望を味あわせると。奪われて嘆けばいいと。それが、運命(さだめ)だ、と。

「こうなるって、わかって言ったのかな……あの子」

「例えそうでも、不思議じゃないな」

 しばらく泣いて、ようやく少し落ち着いたアテナが口を開く。

「……きっと、セツにも分かっていたはずです。さだめさんの真意は」

「そう……かもな」

「ずっと告白の、答えをもらえなかったのも、きっと……」

「アテナ、今日は女子寮に帰りましょう? 帰って、休んだ方がいいわ」

「そうだな。天上院くんも付いていてあげてくれ。妹君が何か仕掛けてこないともわからない。俺たちが女子寮に行くわけにもいかないし……」

「……セツだったら、きっと何の違和感もなく入れるんでしょうね……」

 昨日だって、アテナは自分の部屋で、いつの間にか来ていたセツと一緒にデッキを組んだのだ。そのことを思い出し、また心が沈む。

「……」

 そして意気消沈したまま、アテナは明日香に連れられて女子寮へと戻って行った。

「……正直、俺には妹君もセツも許し難い。アテナの心を弄んだと言われても否定できない」

「……けど、セツは妹さんを怨まないでくれって、言ってたぜ」

「……ああ。妹ではなく、自分を怨め、と。そういう意味なんだろうな」

「どこまで……どこまであの子はセツ君の人生を蝕むつもりだよ……妹でしょ!?」

「わからない……わからないが……あの二人は、どうも普通じゃない。妹君だけでなく、セツもまた」

 退学が取り消された、という事実があるにも拘わらず、この場で明るい表情の人間は誰ひとり存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その頃。

「……おい、ルイン」

「なに?」

「温泉に扉があるのはわかった。わかったけどな……」

 俺は裸にバスタオル一枚という少々青少年には刺激の強すぎる格好で温泉に浸かっているルインを、極力見ないようにしながら怒鳴った。

「別に浸かることないだろ!? さっさと精霊界に行けばいいだろうが!」

「温泉があるのだから、浸かる。何も不思議ではない」

「壮絶な葛藤と逡巡の果てに傷心の男が、その日の内に別の女と混浴とかねえよ! ただの最低男じゃないか!」

「それでなくとも最低」

「ぐはっ!?」

 否定できない。

「だったらそのまま最低男の街道をひた走ればいい。鬼畜ルート乙」

「断固として断る」

「そう。じゃ、こっち」

「……」

 や、やりづらい。今までいなかったタイプだ。反応が予測できない。

「ここか?」

「正直位置はどうでもいい。キミがそうだと思ったならそれでよし」

 ルインのよくわからない回答と共に、俺の体は光の中に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 








 この辺りからは、完全に原作を剥離していきます。この後はほぼ原作のイベントをスルーすることになるのでご注意ください。
 それでは、悠でした!
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