アルカナ~切り札の騎士~
番外編6「アテナんち 前編」
「……悪いアテナ、もう一度だけ言ってくれるか?」
俺は、目の前で顔を真っ赤にして迫るアテナに、聞き間違いだったという希望を込めて尋ねた。というか、聞き間違いであれ。
「で、ですから!」
しかし、そういった希望は断ち切られるのが世の常なわけで……。
「こ、今度の連休……」
でも、だからって……。
「わ、私の家族に会って欲しいんです!」
これは、いくらなんでもあんまりだ。
「早すぎる……というべきなのかどうなのか……」
いや、よく考えてみたら、俺って実はアテナの家族構成とか、何も知らないな。
「アテナって、家族居たのか」
「い、いますよそりゃあ。ミリーちゃんみたく自然発生したわけじゃないんですから」
「きゅ?」
寮の俺の部屋。アテナの言葉に部屋の隅っこで積木をして遊んでいたミリーが反応してこっちを見る。その瞳は「なぁに? 僕のこと?」とか言いたげだ。
「可愛いです~……」
そんなミリーを、目にハートを浮かべる勢いでアテナが見つめる。相変わらずミリーはアテナのことが苦手のようで、「きゅっ!」とそっぽを向いてしまったが。
「きゅ~ぅ? くぁ~……きゅぅぅ……Zzz」
一通り遊んで、ミリーは欠伸を一つしてからコロンと寝転がってしまった。相変わらず自由に生活してるなぁ……。
「そ、それでセツ。会ってくれますか? 私の家族……」
「あー……」
やっぱり話は逸らせなかったか。どうしたもんか……。
「大体、なんで今になって突然? 何かあったのか?」
「いえっ別に大したことじゃないんですけど……」
「?」
「この間、電話でお父さんと話していた時、ついぽろっとセツのこと話しちゃって……会ってみたいってお父さんが……ごめんなさい」
「いや、っていうかもしかして、今まで俺のこととか家族に話してなかったのか?」
むしろそっちの方が意外だ。アテナならとっくの昔に話していると思っていた。
「それはその……色々あり過ぎて、そもそも実家に電話やメールをすることすら忘れていたと言いますか……」
「……そういうことか」
そりゃ、父親としては気が気でないだろう。娘が連絡を怠っていた間に悪い虫がついたとあれば……。
「ところで、アテナ失踪とかしてたはずだけど、その時には家族から何か言われなかったのか?」
「あ、それは多分、お父さんたち、失踪の事実自体知らされてないんじゃないかと。希望さんが手を回したらしくて」
「……なるほど。大事になるのを避けたわけだ」
それでも、家族にくらいは伝えるべきだったと思うが。
「今度の連休はお兄ちゃんも帰ってくるから丁度いいだろうってお父さんが」
「マテ。今さりげなく聞き捨てならない言葉を聞いた」
「え?」
「……お兄ちゃん? 兄がいるのか?」
「あ、はい。言ってませんでしたか?」
「聞いてない」
なんというか……俺もアテナも、色々と間違っている。そんな基本的なことも知らずによくもまあここまで関係を……。
「大丈夫です! お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、皆優しいですから!」
「はは……」
わかってない。わかってないぞアテナ。その優しさが果たして害虫(俺)にも向けられるかどうかをわかっていない。
「えーと……今更だが、アテナの家族構成とか教えてもらってもいいか?」
「はい。というか、今まで言っていなかったのが逆にびっくりです」
俺もだよ。
「お母さんの名前は天音詩織。お仕事は洋服のデザイナーさんです」
服飾デザイナーか。ふむ……。
「お父さんは天音皐。I2社で、カードデザイナーをやってます」
デザイナー一家なのか。アテナは。
「そしてお兄ちゃんが天音アポロ。今は本土の大学でプログラミングを学んでいます」
アポロ……また凄い名前だな。
「本当は、私の名前もお兄ちゃんに因んでアルテミスとかにしたかったみたいですけど……流石に日本人の名前でそれはないだろってことでアテナになったみたいです」
アポロの時点で十分普通じゃないが、確かにアルテミスは日本人の名前じゃないな。
「……で、今度の連休だったか?」
「はい。えっと……来て、くれますか?」
「……逃げたと思われるのも癪だしな」
気乗りはしないが。何故アテナが勢い込んで誘ってくる時は一々意味深なのか。アテナの部屋でデートしかり、二人っきりで温泉旅行しかり。遂には家族にご紹介とか。
「……重いッ! アテナのイベントは悉く重いッ!」
「え……わ、私、重いですか……?」
「ああいや違う! アテナが重いとか、想いが重いとかそういう意味でなくて! イベントが重厚過ぎる!」
さだめが、自分のフラグは脆いとか何とか言っていたが、確かに一撃一撃の重さはアテナの方が段違いかもしれん……。
「というか、連休に本土へってことは、泊まりなのか?」
「はい。二泊三日で、家に。ダメですか?」
「いや……うん。とりあえず夜は眠れそうにないなと……」
「え、そ、そんな……」
「顔を赤らめているところ悪いが、そういう意味じゃないんだよ耳年増」
むしろ顔が青くなる話だ。護身用に幾つか持って行くか……。
「そうと決まれば、対策会議だな」
「え? どういうことですか?」
「アホ。アテナの両親に挨拶するのに無策で挑めるか」
敢えて彼女の、とは言わない。心情的にはその通りだが、一応事実としては違う……事になっている筈だ。
「普通に挨拶するだけでもいいと思うんですけど……」
……ここら辺はまだアテナも子供か。わかってない。
「じゃあ聞くが、アテナ。お前父親に俺のことなんて紹介した?」
「えっ? そ、それはその……」
動揺して目をキョロキョロさせるアテナ。まあ、大体この反応でわかった。
「……若干関係深めて誇張しただろう」
「うぐ……」
はいビンゴ。
「防弾チョッキはいるだろうか……?」
「いらないと思います。というか、なんでそんなもの持ってるんですか。ウチの家族に拳銃持ってる人はいません!」
「甘い。最近は手に入れようと思って手に入らないものなんて殆どない。現にさだめは持っている」
「持ってるんですか!?」
「昔撃たれたからな」
「撃たれたんですか!?」
「マグナムで」
「マグナム!?」
「翌日の体育がラグビーでな。流石にあれはしんどかった」
「体育でラグビー!? というか撃たれた翌日になにやってるんですか! 病院は!?」
「弾は貫通してたし、止血と痛み止めすれば問題ない」
「大アリですよ!」
「俺は撃たれ強いんだ」
「字が違います! というかそんなレベルじゃないですよ!」
「まあそんな過去のことはどうでもいい」
「今の、過去のことってサラッと流していいところでしたか!?」
「とりあえずは対策だな……」
「ホントに流しちゃうんですね……」
別に、あれ以降防弾チョッキは必需品になっただけのことだ。大した事件じゃなかった。それより対策だ……とりあえず危険を避けるためには気に入られることが第一……。
「だがここで好きなモノをお土産に、なんてあっさりした考え方じゃ死ぬと考えておこう」
「あの、マグナムで撃たれても翌日ラグビーするようなセツを殺せるほどウチの家族外れちゃってませんよ?……人から」
「服飾デザイナー……カードデザイナー……よし、それなら……後は兄の方か……」
ぶつぶつと、自分の中で計画を立てて行く。アテナに幾つか質問をして(何故かアテナは疲れ切った表情だったが、何かあったのだろうか?)、とりあえずは解散した。後は俺が頑張るだけか……。
そして、運命の日。
「セツ……」
「ん? どうしたアテナ」
「かっこいいです……」
「そうか? なるべく悪印象与えない程度にコーディネイトしてきただけだが」
とりあえず第一印象で悪印象を与えるわけにはいかないので、珍しく服装や髪形にも気を使った。別に結婚の挨拶に行くわけでもあるまいし、若者らしいラフな服装だが。
「ま、母親は服飾デザイナーなんだろ? だったらまず服装で印象は変化する筈だ」
計画の一段階目。とりあえず、与しやすい方からつき崩していく。
「セツ、そんなに私の両親に気に入られたいんですね。なんか嬉しくなっちゃいます!」
「……まあ、そういうことにしておいてくれ」
現実は自己保身のためだが。
「なんだろう……どちらにせよ俺は墓場に向かうような気が……」
現実の墓場か人生の墓場かは別にして。
その後俺とアテナは定期船でアカデミア島を出発し、本土へ。アテナの道案内に従って、電車とバスを乗り継ぐこと約一時間。
「こっちです。セツ」
「あの、アテナ……俺には、ここら辺が超一級の高級住宅街にしか見えないんだが……」
アテナは思っていた以上にとんでもない家の生まれなのかもしれん。家に着いたらメイドさんが居る勢いだぞこれは……。
「そんなことないですよ。お手伝いさんは一週間に一度くらいしか来ませんし」
「来るのかよ!」
間違いない。アテナは結構お嬢様だ。自覚なしの。
「あ、ここです!」
アテナが案内してくれたのは、周囲の邸宅と比べても何ら遜色ない、というか、大きさ自体はそれほどでもないが、清潔感のある、センスのいい建物だった。
ピンポン。あ、呼び鈴の音はそれほどお屋敷っぽくない。
『はい』
「お母さん? アテナです。帰って来ました」
『あら、お帰りなさい。じゃあ例の男の子も……』
「はい。連れてきましたよ」
『あらあら……うふふ。入ってらっしゃい。お父さんもアポロも帰って来ているわ』
なんだそのうふふ、は。激しく不安になる笑い声を上げないで欲しい。
「セツ、行きましょう!」
「……ああ」
何だろう。何故かわからんが、既に精神的にかなり崖っぷちだ。
「お帰りアテナ。遠かったでしょう?」
「お帰り。久しぶりだねアテナ。そして……」
アテナ家へと足を踏み入れた瞬間、俺は背中に冷汗が止まらなくなった。
「いらっしゃい。御堂くん……だったね? ようこそ我が家へ。歓迎するよ」
ぐ……さだめ相手でプレッシャーには慣れているつもりだったが、これはなんていうか、そういうのとは質が違う!
「あ、それじゃあ私、お茶入れてきますね」
アテナがそう言って台所に駆けて行く。……さてそれじゃあ、始めようか。元の世界で、演劇部の切り札と呼ばれたこの俺の演技を!
「……始めまして天音さん。お噂は真中会長より伺っております。御堂切です。どうぞよろしく」
「ほう……! 真中会長というと、あの大財閥の。知り合いかね?」
「極々個人的なものですが。少々縁がありまして。奥様も、服飾ブランドの最大手『Angel』の方で御活躍とお聞きしております」
「あら、ご丁寧に。中々頭の良い子ね」
「それほどでも。ところで……」
ここまでの流れはシミュレーション通り。問題はここからだ。
俺は天音詩織さんに顔を寄せ、一枚の紙を見せる。
「あら、これは……」
「個人的に、娘さんにはこういった服が似合うのではと思い、未熟ながらデザインをさせていただきました。如何でしょう?」
「……っ! これは……貴方が?」
「一応。俺には妹が一人いるのですが、どうしようもない我儘娘でして。幼い頃から妹の服は俺が作る習慣だったので、ある程度アテナのような娘に似合う服を考えるのは得意なので」
「……中々強かね。でも確かに、これはいいものだわ。後でお話を聞かせてもらっても? 細かいところまでよく作り込んであるから、試作してみたいわ」
「ご安心を。試作品の方も持参しております」
「本当に準備が良いわね。あからさまなご機嫌とりだけど、悪い気はしないわ」
「ありがとうございます」
むしろ、こういうのはあからさまなくらいが丁度いい。よし、次だ。
「ふむ、妻の次は私かな?」
「ええまあ。天音さんはカードデザイナーとのことでしたので、このようなモノを」
そう言って俺が取りだしたのは何枚かのカード。希冴姫たち三銃士とアルカナ。そして『アテナ』の絵違いカードだ。
「これは……プロキシか? いやこれは……」
「既存カードの絵違いです。絵のデザインは僭越ながら俺が」
希冴姫たちに手伝って貰い、絵のモデルになって貰ったことは内緒だ。それでも、これをアテナに誘われてから二日で描きあげるのはいくら俺でも至難だったが。
「素晴らしい構図だ。なるほど。随分と優秀なようだな」
「あくまで、学生の趣味程度ですが」
「謙遜することはない。プロでもここまでは描けまい。正直今すぐにでもウチにスカウトしたいくらいだ」
「あらあなた。それは私の方も同じよ。素晴らしいセンスだわ」
「ありがとうございます」
よし。まず第一陣は乗り切った! 演劇部に於いて、衣装のデザイン・作成や大道具小道具の細かな模様まで、一手に引き受けた経験がここで生きた。
「……無駄スキルとはいえ、侮れないな」
正直、内心バクバクだが。
「だが御堂君」
「はい」
「例え君が優秀な能力を持っていたところで、娘に近寄ることが許されるとは――思っていないね?」
「もちろん。ただ、役に立たない無能な小僧が調子に乗るな、と思われたくなかっただけの、唯のプライドですから」
ビビったが。今のはかなりビビったが。なんだこのプレッシャー。
「まあ、どうも話によると言い寄ったのはアテナの方らしいが」
「ええまあ、あれは、かなり衝撃的でしたよ」
出会い頭だったからな。告白は。
「けど、あのアテナがねぇ……小学校でもモテていたみたいだけど、悉くバッサリやってたみたいなのに」
小学校……何故だろう。アテナがランドセル背負って集団登校していた光景が目に浮かばない。
「モテる、ということならアカデミアでも変わらないですよ? 俺と仲が良い所為か、俺の住んでいる寮に顔を出してくれることも多いんですが、俺の寮では女神扱いです。あれは既に信仰の域に達してますよ」
俺の報告に、流石に夫妻はぎょっとしていた。ま、どうせこの辺りアテナは伝えてなかった(というか気付いていなかった)だろうと思ったけど。
「……そんなに?」
「ほら、砂漠で干からびかけている人間に、コップ一杯の水を渡したら神様のように崇め奉られるでしょう? 女日照りの奴らにとっちゃ、わけ隔てなく優しいアテナは唯一のオアシスなんでしょうね」
「なるほど。確かに、アテナは優しい娘だからな」
徐々に夫妻のオーラが薄れて行く。俺の口調も、気付かれない程度の速度でフランクなモノにしていく。
「学業の方はどうかね? アテナは頭のいい娘だが、流石に高等部の勉強ともなると、な」
「あー、確かに少し苦労はしているみたいです。とはいえ、平均くらいはいつも必ず取りますし、実技試験の方はまったく文句なしでトップランカーですよ」
何しろ半年くらいの間無敗だったくらいだしな。
「そうか、安心したよ」
「お待たせしました~」
と、そこでアテナがコーヒーを入れて戻ってきた。
「セツ、お父さんたちとのお話終わりましたか?」
「ああ、大体な。ん……ブルーアイズマウンテンか?」
このネーミングに、社長さんの圧力が感じられる。別に普通のブルーマウンテンなんだがな。
「はい。よくわかりましたね」
「まあなんとなく香りでな。……多少蒸らし時間が長かったな。ちょっと苦味が強い」
「あぅ……やっぱりセツの舌は誤魔化せません。どうしても上手くいきませんね……」
「前に比べれば格段に良くはなってるぞ? 以前は蒸らしもせずに超薄っぺらいコーヒー出されて愕然とした記憶がある」
「うっ……それはその、知らなかったもので……」
「ま、最初はそんなもんだよ。意外と不器用なアテナにしちゃ、最近は結構上手くなって……」
と、そこで気がついた。すっかり素でアテナと会話していることに。
「セツ? どうしましたか?」
「いや、その……」
恐る恐る、夫妻の方を見る。
「うふふ」
「え」
「まったく。随分と化けたもんだな。御堂君」
しかし、夫妻の反応は予想していたものとは違い、穏やかなものだった。
「なるほど。今のが君の素か。先ほどのも演技とは到底思えない程自然なものだったが……」
「今程生き生きとはしてなかったわね。アテナも」
「え? はい」
アテナはあまりよくわかってないらしい。
「ふぅ、まったく……所詮小細工は小細工か」
アテナと話始めただけであっさり役者の顔が剥がれてしまった。ま、結果的には良かったっぽいけど。
「ところで、先ほどの態度が演技ということはわかったが、このカードやデザインは?」
「あ、それはホントに自分でやりました。特技ですんで」
「やれやれ。特技で済まされるレベルじゃないぞこれは……社のデザイナーが見たら腰を抜かすぞ」
「……それは言い過ぎだと」
「いや、十分食っていけるレベルだぞ。現役デザイナーの私が言うんだから間違いない」
「はは……」
これはあれか? 遠回しに勧誘されているのか?
「ところでこの服の試作品は? 持ってきているのよね?」
「ああ、これです。アテナはパッと見清純系なので、こういうのが良いかと」
「……セツ、なにか余計な一言がついてませんでしたか?」
「そうね。この娘ってば誰の影響だか耳年増に育っちゃって……」
「お、お母さん!」
いえお母様。耳年増以前にそもそもアテナはかなりアグレッシブです。とは流石に言えず、俺は曖昧に笑った。
――押し倒された、なんて言えないよなぁ……。
「あ、そういえば……」
「どうしました? セツ」
「いや、何か一人足りないなぁ、と……」
そこまで言ったところで、リビングの外から妙に慌ただしい足音が聞こえてきた。
「あら、もしかして……」
「ア~~テ~~ナ~~!!」
ドバンッ! とリビングのドアを蹴破らん勢いで突撃してきたのは、寝癖で妙にばさばさした長髪を軽く後ろで結んだ、中々のイケメンだった。
「あ、お兄ちゃんです」
その一言で、俺はそういえば居たなぁ、とアテナの兄、アポロ氏のことを思い出したのだった。