アルカナ~切り札の騎士~   作:西本 悠

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第二期第五話「昔語り―ルイン」

アルカナ~切り札の騎士~

第二期第五話「昔語り―ルイン」

 

 

 

 

 いつからだろう。世界を退屈に感じ始めたのは。

 女神としての生を受け、一つの世界の管理を任されて……。

 最初は充実していた、と思う。見るもの全てが真新しく輝いて、人々の営みが愛しくて。それを退屈、なんて思う暇なんてなかったはずなのに。

「長く生きると、娯楽に飢える」

 いつか、誰かがそんなことを言っていた。当時の私はそれがさっぱり理解できなくて。

「何を言ってるの? 世界はこんなにも楽しくて、希望に満ち溢れているのに!」

 両手を広げ、そんなことを胸を張って言っていた。

……でも、この世に生まれ落ちてから、丁度千を数えた頃からだろうか。徐々にその言葉が真実味を帯びてきたのは。

 変わらぬ世界。変わらぬ日常。あれだけ愛しく、輝いて見えた人々の営みが、どれも陳腐に、色褪せて見えて。

 世界が、何度も繰り返し流れる壊れた映像のようで。

 出来の悪い映画を、延々と強制的に見せられているようで。

 ――変革を望むか?

 だからきっと、あれは罰。変化を望んだ私。その心に付け込んだあの忌々しい『終焉の精霊』。同じく世界を我が手にしようと野心を持った新たな王、デミス。

 

 

 

 ――世界が、色を持たないモノクロに沈んでいく。

 

 

 

「やめて……私のセカイを壊さないで……!」

 私の必死の抵抗も、所詮は焼け石に水。世界はどうしようもなく脆くて、現実は私に厳しかった。

 ――女神。

 そう呼ばれて。でも何もできなくて。

「馬鹿らしい……!」

 なにが女神だ。自分の世界を、愛する世界を救えずに、なにが……!

 そこで気付いた。

「愛する……世界……?」

 ――つまらない。

 そう思っていたのは誰だ。

 ――変化が欲しい。

 そう願っていたのは誰だ。

「私だ……!」

 この世界をつまらないと思ったのも。世界の変化を望んだのも。

「全部、私だ……!」

 世界は変化したじゃないか。崩壊というカタチで。

 世界をつまらないとは思わなくなったじゃないか。世界に哀しみが満ちることで。

「馬鹿みたい……」

 いつの間にか、私は抵抗をやめ、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 崩壊していく街。終焉に巻き込まれ、その命を散らして逝く者たち。

「あはっ……」

 我知らず、笑いが漏れた。

「あははっ……あははははっ」

 見ろ、世界はこんなにも脆く、儚く、美しい。

 ――これが、お前の望んだ世界だ。

 ――喜べ。お前の望みは果たされた。

 ――これからお前は。

 ――破滅の女神だ。

「あ、アアアアアアァッァァァアアァァァッァアアアアアアアァァァッァアッ!?」

 その日、私は……私のセカイは壊れた。

 

 

 

「そんな、ことが……」

 話し終えて、数刻もの間呆然としていた彼が、かろうじてそう漏らした。彼女に至っては、もう完全に言葉もないといった様子だ。

「……貴女を見た時、すぐに分かった。アレに魅入られていると」

 『終焉(おわり)』の気配が色濃い少女。最初は、アレそのものかとまで思った。いやむしろ、私のときよりも圧倒的に力を増して。

「キミを見た時、すぐに分かった。あれは私だと」

 『終焉』に見染められて、セカイを壊された者だと。

「キミが崩壊したあの私のセカイに連れて行ってくれた時、愕然とした。でも同時に、ああなるほどって納得もした」

 この少年は、私の写し身。この少年も……。

「『終焉の花嫁』それが、私とキミ」

「花嫁、ね……男の俺には似合わん単語だ」

 冗談めかして言う彼だけど、そこに笑顔はどこにもなくて。

「終焉に見染められ、終焉の傍らで、セカイの終わりを伴侶とする者。それが……」

「『終焉の花嫁』か……」

「さだめ……さだめは、お兄ちゃんを……」

「……貴女に罪はない。私とは違う。貴女はアレと驚くほどに波長が合っていたから。だから無理矢理乗っ取られた」

「それでも……波長が合ってたってことは、元々さだめはそうだったんだよね? さだめは……『終焉』そのものだったんだよね?」

「それは違う」

 そう、それは違う。少なくとも今、ここにいるこの子は……。

「貴女はきっと『再生』の象徴」

 コインの表と裏。光と影。終わりと始まり。終焉と再生。

 全ては表裏一体。

「プラスにマイナスをかければマイナスになる。それと同じ」

 『再生』に『終焉』が取り憑けば、それは大きな『終焉』となって。

「むしろ……『終焉』の象徴は……」

「俺……か」

「キミと私は同じ。私がそうだったように、キミも……」

 私は……彼に過去の自分を見た。

 セカイを壊され、それでも尚抗おうとする痛々しい姿。それも叶わず、己をも誤魔化して生きている。そんな姿。

「でも、キミもやっぱり、私とは違った」

 誤魔化して、壊れた本質を仮面(ペルソナ)の下に押し隠して。それでも、彼は楽しそうだった。

「キミは、誤魔化しのプロ。私が引き剥がしたりしなければ、もう少しでキミの仮面(ペルソナ)は真実の顔になっていたはず」

 楽しそうに、日々を過ごす彼。それを仮面(ペルソナ)だと見破れたのは、偏に私も同じだったからに過ぎない。

「私は、そんなキミに興味を持った」

 どうして、そんなに楽しそうなのか。『終焉』によって壊れたココロとセカイを持っていて、なぜそんな仮面(ペルソナ)が被れるのか。

「羨ましかった。今もまだ壊れたままの私には、その在り方が眩しく映った」

 それは、久しぶりの感覚だった。

 真新しく、輝いているモノ。壊れているはずの、心の底から愛しく思えた存在。

「キミと一緒なら、世界は優しい。そう思えた。キミと一緒なら、またあの頃の『慈愛の女神』と呼ばれた頃に戻れる。また、世界を愛せる。そう、思った」

 事実、彼と一緒の精霊界は楽しかった。あんなにはしゃいだのはいつぶりだっただろう。ほんの幽かにでも、笑みがこぼれたのは。

「ああ……きっとこれが私にとっての『希望』なんだ。これが、私の『救い』だって」

 僅かに、世界が色付くのを感じた。それは、まるで恋のよう。破滅して、壊れてしまった私のセカイ。モノクロに沈み、光を失ったセカイ。

「キミと出会って、キミの心に近づいて」

 似ているのに、決定的に違うその心。

「キミに触れて、キミと視点を共有したら」

 世界は、優しかった。

「眩しいの。あんなにつまらないって。もう飽きたって思っていた世界が……愛しいの」

 まるで、この世界に生まれ落ちた時のように。

「キミの見ている景色。キミの心を、もっと見たい。もっと感じたい」

 そう思ったら、セカイは尚更輝いて。

「きっと、これは恋じゃない」

 きっと、それよりももっと深く、強いモノ。

「そう、愛」

 かつての私が、世界の全てに抱いていたもの。注いでいたもの。

「私は、キミに愛を抱いたの。キミに愛を注ぎたい」

「ルイン……」

「私を癒して。私を愛して。私もキミを愛する」

 恋でなくてもかまわない。そんなものは望まない。

「私が欲しいのは『愛』。『恋』とは似て非なるモノ」

 私は女神だから。『恋人』なんて望まない。家族のように、母のように。

「ただ、愛して欲しい」

「……本当に?」

「っ」

 一言。その一言だけで、私の心は揺れた。

 ――本当に、無様。

 多くは望むまいと、望めば壊れるからと。

「また……自分の立場が悪くなりそうなことを……」

 多く女性に慕われているのに。いつも嫉妬で大変なのに。

「それでも、自分を押し殺しているのは見たくない」

「何故……?」

 私は女神。自分を押し殺すのなんて昔からずっとしてたこと。

「何故、それを見破る……?」

 そんな私の疑問に、彼は呆れたように溜息を吐いた。

「……お前が言ったんだろ。『似てる』ってさ」

「あ……」

 そう、そうだった。私が彼の、誰にもわからないような仮面(ペルソナ)を見敗れたように。

「俺にだって、ルインの心はわかるんだ。きっと、誰よりもな」

 そう言う彼の笑顔は、本当に優しくて。

「キミは……天然ジゴロ」

 いつか女に刺されそう。

「むしろ私が刺す」

「……やめてくれ。そういうのはもうこりごりだ」

「なら、自分の言動には気をつけるべき」

 きっと彼は隣でぶつぶつ言っている妹にも気が付いてない。

「キミは不器用」

 一つのことに目を向けて、それに全力を傾けるあまり、周りが見えない。

「隣の子には気をつけて」

「っ……げ!」

「お兄ちゃん……? ちょっとその口、閉じようか……?」

「い、いやまてさだめ。お前何をするつもりだ!?」

「大丈夫。刺したりはしないよ? ちょっと唇で口封じし続けるだけだから……エイエンに……」

「それは刺されるよりある意味恐怖だ!」

 ……ああ、この感覚。

「くすっ……」

 思い出した。

「ふふっ、ふふふっ!」

 笑い方、思い出した。

「……ルイン?」

「楽しい……」

 これからも、彼と一緒なら、こんなにも世界は色付くのだろう。

「……訂正する」

「ん?」

 愛して。そんな陳腐で使い古された言葉は相応しくない。

「私の、光になって。私の世界を、輝きで満たして」

 うん。これだ。私は、彼にこれを求めている。

「それが、私の望み」

 やっぱり、恋人じゃなくてもいい。私の世界を彩って欲しい。

「……そういうことなら、喜んで」

 ああ……。

「ありがとう……っ」

 気がつけば、私は彼と唇を重ねていた。

「あーーーーーーっ!!」

「るっルインおまっ!?」

「……ごめん、ちょっとトンだ」

 主に、理性とか。けどまあ……。

「セカンド頂き」

 ファーストは盗られたけど。

「お兄ちゃん! せめてっ、せめてサードを!」

「うわっ!? ちょ、待てさだめ、落ち着け!」

「落ち着けないーーっ! い、一度ならず二度までもさだめの目の前でーーっ!!」

「ふふっ」

 キスというより頭突きでもする勢いで顔面を彼に突き出す様子を見て、私はまた、声に出して笑った。

「はっ!? こうなったらディープのファーストと本当のハジメテを頂くしか……!」

「うおーっ!? 服を脱ごうとするな脱がそうとするなベルトを盗るなボタンを外すなーー!!」

 ……流石に、そろそろ止めるべきかと思う。

 私は慌てずに彼女の延髄に一撃。……うん。上手くいった。

「きゅう……」

「はあ、はあ……助かった、と言いたいところだが、そもそもの原因だから素直に礼を言う気になれん……」

 追剥ゴブリンも真っ青な速度ではぎ取られたベルトやボタンを直しながら、彼が苦い顔をする。

「うん。ごめん」

 そんなやり取りが楽しくて、笑顔が漏れる。

 なんだ。

「こんなに、簡単だったんだ」

 笑顔になるの。

「笑うって、こんなに嬉しいことなんだ」

 きっと、昔の私ならそんなこと、当たり前すぎて知らなかった。

 最近までの私なら、理解できなかった。

「……そうだな。俺も、笑顔はそろそろ仮面じゃなくなったよ」

 この世界が楽しすぎてな。

 そういって笑う彼。

 いつか、私も。

「そうなりたい」

 笑顔が、当り前の私に。

「いつか、じゃねえ」

 そして彼は、やっぱり優しくて。

「すぐにでも、だろ」

 きっと、これが私の愛のカタチ。

 

 

 

「ふう……」

 いきなりルインが俺とさだめに話があるって尋ねてきた時はなにかと思ったが……。

「すごく、嬉しそうだったな」

 ルインの過去。ルインの傷。前にネイキッドから概要だけは聞いていたけど、本人から聞いたソレは想像以上に悲惨だった。

 それでも、今のルインは楽しそうだった。それが俺のおかげって言うのなら……。

「光栄、だな」

 俺は、女神さまを救えたんだ。

「責任、取らなきゃな」

 誰かを救うには、常に責任が付きまとう。救って、それで後はバイバイなんて、無責任だから。救った以上は、最後まで。

「ルインが、心から笑えるように」

 俺も含めて、もう仮面を被る必要のないように。

「がんばろう」

 そう決意した、夜なのだった。

 

 

 

 

 




 基本的に、ルインがメインの話は出来が良いです(自画自賛)。書きやすいんですよね。何故か。それこそセツに似ているからなのか……。
 それでは、悠でした!
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