アルカナ~切り札の騎士~
第二期第九話「戦野剣士」
セツが精霊界にて、エースの慟哭に体を震わせたその三日後。
セツがまだ帰還していないアカデミアでは編入生の噂で持ちきりだった。
「どんな奴がくんのかな~? 今からワクワクしてしょうがないぜ!」
「アニキはデュエルがしたいだけでしょ」
「へへっ! まあな!」
という十代たちのようにそれを歓迎する生徒がいる一方、その編入生の素行等について問題視する生徒もちらほらといた。
「なんか、前の学校で不良集団のボス張ってたらしいよ」
「暴力団のアジトに乗りこんで壊滅させたとか聞いたことある」
「視線だけで犬に服従のポーズ取らせるくらいの威圧感が……」
などと何の根拠もない噂も溢れていた。
そんな教室に、クロノスが入ってきた時には、遂に編入生の登場かと一同はピタッと話を止め、クロノスの挙動に注目した。が……。
「え~本日ゥ~ハ、編入生の紹介をする予定だったノ~デスガ。パルメザンチ~ズ。何故かこちらに顔を出していないノ~デ、紹介は後日に回ス~ノデス」
「え~マジかよ! せっかく新しいやつとデュエル出来ると思ってたのに」
「本当に貴様はそればっかりだな」
「だが、確かに編入生のデュエルタクティクスを見ることができないのは残念ではあるな」
「あ、三沢君。いたんだ」
「……いたんだ。というか授業なんだからいるに決まっているだろう!」
「はいはい空気空気オキシゲドン」
「俺は空気じゃない! それとオキシゲドンは空気じゃなくて酸素だ!」
「同じじゃない?」
「同じじゃない! いいか、一般的に空気と呼ばれるものはその大部分を窒素が占めていて……」
「でも、空気より酸素って呼ばれた方が大事にされている感じしない? 人が生きていく上でなくてはならないものだし」
「……確かに」
「三沢君、騙されてるッスよ」
「っていうかなんで中等部のさだめさんが普通に混ざってるんですか?」
「さだめはお兄ちゃんの妹だからね。空気に違和感なく溶け込むのは容易」
「セツと違って明らかな存在感を醸し出してるんですけど……」
「……っく! 羨ましい」
「静かにするノ~ネ! そしてまたモ~ヤシニョールセツはお休みなノ~ネ? いい加減校長ゥ~も庇いきれなくなってくるノ~ネ!」
「す、すみません! 多分もうすぐ戻ってくると思うんですけど……」
「お兄ちゃん……相変わらず頭良い割に直感で行動するんだから……」
「いいじゃね~か! こういう時、セツはまた強くなって帰ってくるパターンだろ?」
「そうッスね。今度は一体何してるんだろうね」
「フン。それで留年してたら元も子もないだろうに。馬鹿な奴だ」
「はっ!? そうすればさだめとお兄ちゃんは同学年……修学旅行も一緒に行動……これまでのように修学旅行のバスに隠れ潜んで餓死しかけることも、飛行機の貨物室に潜んで凍死しかけることもなく一緒に旅行……クロノス先生! お兄ちゃんを是非りゅうね……モガモガ……」
「あ、あはは……すみません、セツには私からもよく言っておきますので……」
「……もうシニョールセツの監督ゥ~はシニョールアテナたちに一任しているノ~ネ。煮るなり焼くなり好きにするといいノ~ネ」
「はい是非……む~む~!」
最近はさだめの暴走を止める役も板についてきたアテナである。
「それでぇ~ワ、本日の授業を始めるノ~ネ」
そうしてセツ不在、本来今日から参加のはずの編入生抜きで授業が開始された。
その頃、件の編入生は……。
「……どこだよここは……」
アカデミアの森の中で絶賛迷子中だった。
「くそ……んだよこのアカデミアってやつは。無駄に広過ぎんだろ……ブツブツ」
何事か呟きながら森の中を当てもなく彷徨い続ける。
『マスター。何なら我がひとっ飛び周囲を探索してくるとしよう。このまま闇雲に歩くよりは建設的だろう』
途方に暮れる編入生の傍らから、半透明の騎士がそう声をかける。
「ああ、そうしてくれネイキッド。こんな調子じゃ授業どころかレッド寮にも辿りつけやしねえ」
溜息混じりにそう漏らした編入生に、半透明の騎士――ネイキッド・ギア・フリード――はその逞しい胸板を張って頷く。
『了解した。任せておけ』
「んじゃ、頼むわ。こんなんもうお手上げだ」
そうネイキッドにひらひらと手を振って、その編入生はその場にどっかりと腰を下ろすのだった。
本日の一連の授業が終了し、セツもいないので暇になったアテナはとりあえず女子寮に戻ってから散歩に出かけた。なんとなく、今はセツのいないレッド寮へと足を向ける。
「もう、本当にさだめさんの言う通りです。セツってばお勉強できるのにどうして直感頼りで行動するんでしょうか……」
十代やセツ本人に聞けば、その方が面白そうだから。とでも答えそうだ。ついでにルイン辺りに聞いても同じ答えが返ってくるだろう。
「……いえ、きっとさだめさんも同じですね。はぁ……なんかそんな人ばっかりです」
私が子供っぽい皆さんを上手く制御しなくちゃ! と気合を入れるアテナ13歳(最年少)。
「……こんなだから年下扱いされないんですよね……」
その事実に思い至り落ち込むアテナ(精神年齢39歳)。
そんなアテナが女子寮を出て直ぐに、何やら正面玄関付近で騒ぎが起きているのに気付いた。
「なんでしょうか……」
通り道だったこともあり、アテナは騒ぎが起きている中心に向けて足を進めるのだった。
そして、その騒ぎの中心となっていたのは、やはりというべきか編入生の少年である。
『注目されているな』
「……悪い意味でな」
探索から戻ったネイキッドの先導でなんとか森を抜け、建物が見えるところまで来たはいいが、どうも女子寮だったらしい。遠巻きに自分たち(どうせネイキッドのことは見えていないが)を見つめているのは全員女子生徒だ。
「……っち」
その視線に明らかな戸惑いと恐怖が含まれているのを感じて、つい舌打ちしてしまう。
(もう慣れっこのはずなんだがな……)
昔からこうだ。眼つきが悪い、雰囲気が怖いと遠巻きにひそひそと怯えられ、不良からはガンつけているなどと因縁をふっかけられ結局ここまで流れてきた。こういった状況は初めてではないというのに何故かいつも以上に気分が悪い。
(期待でもしてたか? 柄にもねえ)
デュエルの精霊と出会い、彼らが受け入れてくれたからか。それともこの新しい生活のどこかに、儚い希望か何か抱いていたのか。
「くそっ!」
『マスター。そんなことではなおさら怯えられてしまうだけだ。冷静になれ』
「あーあーそうだな悪かったよ」
ネイキッドがそうアドバイスしてくれるものの、どうにも居心地の悪さが拭えない。
「大体オレが何をしたって……」
そんな風に思わずネイキッドに愚痴りそうになった時、横合いから声がかけられた。
「あのー、何かお困りですか?」
時間はちょっとだけ巻き戻る。
ざわめく女子たちの集団に近づいたアテナは、その中心にいるリーダー格の女子に声をかける。
「海野さん。どうかしましたか?」
「……ああ、天音さん? ちょっと、不審な男がいたので警備に通報するかどうか相談していただけですわ」
「不審な男性、ですか?」
「ほら、あれです」
彼女が指差す方向には、確かに男性がいた。燃えるような赤毛を無造作に切った眼つきの悪い男。それと……。
(ネイキッド・ギア・フリード……?)
精霊。彼は精霊を連れていた。それに仕草を見ていればわかるが、しっかり認識もしているようである。
「あの男、最初から見ていた子によれば森から出てきてこの辺をずっとうろうろしているらしいですわ。あの凶悪な眼つきといい、とても堅気の人間とは……」
「あ、もしかして……」
「あら、何か知ってるんですの?」
「ほら、今朝クロノス先生が言っていたじゃないですか。編入生ですよ。あの人」
「……ああ、そう言えばそんなこともありましたわね。けど、なんでその編入生が授業にも来ないで、女子寮周辺をうろちょろしてるんですの?」
「それはちょっと……あ、じゃあ私、聞いてきます!」
「あ、ちょっとお待ちなさいな天音さん!」
「はい?」
海野の慌てたような声に、今にも駆け出そうとしていたアテナは制動をかけて振り向いた。
「あんな得体の知れない野蛮人に声をかけるだなんて……何を考えているんですの? 乱暴されても知りませんわよ?」
「大丈夫ですよ」
「どこからそんな根拠が……」
思わず、精霊を連れている人に悪い人はいませんと答えそうになったアテナだが、精霊が見えていない海野にそんなことを言っても通じないだろう。
「とにかく、私なら大丈夫ですから」
元々物怖じしない性格のアテナだが、さだめの一件を経た今なら例え相手が大量殺人鬼であろうと国家間テロリストであろうと笑顔でお友達になれる自信を持っていた。いや、常識的に考えてそんなのとお友達になったら身の破滅以外の何者でもないだろうが、一種の比喩である。
「天音さん!?」
慌てたように、けれどとても心配そうな海野の声を置き去りにして、アテナは編入生の所に向かう。
「あのー、何かお困りですか?」
困惑していた。どうせ自分から声をかければ逃げられ通報でもされてしまうのだから当てがなくともとにかくここから離れようと思っていた矢先に、あちらから声をかけられたんだから、それも仕方ないだろう。
「……あ……?」
思わず間抜けな声が口から洩れる。後ろでネイキッドが噴き出しているのが癪に障った。
「な、なんだテメエ。オレに何の用だよ」
動揺のあまりついそんなぶっきらぼうな口調になってしまったオレに、ネイキッドが呆れたような視線を向ける。
『マスター……親切に声をかけてくれた婦女子相手に、その態度はなかろう』
わかっちゃいるが、オレとしても予想外過ぎた。思わず警戒してしまったのは、仕方ないことだと思いたい。
「いえ、何かお困りの様子でしたから、何か力になれるかなって思って」
「……別に、困ってなんかねえ。さっさと消えろガキ」
言ってから失敗した、と内心頭を抱えた。戸惑った挙句突き放してしまった。こんなことだからオレは……と自分の口の悪さに呆れ果てる。
(ったく、結局なんだ。悪いのはオレじゃねえか。歩み寄ってこようが自分でこうして引き離して……これじゃこいつも……ほらな、やっぱり俯いてやがる)
罪悪感。溜息を一つ吐いて早々に立ち去ろうと踵を返そうとし……唐突に服の裾を引っ張られた。
「あ?」
「あ、あの! 私、ガキですか!? 私、ガキに見えますか!?」
「は……? いや、ガキ……」
ずずい、と顔を近づけてそう聞いてくるその女に困惑し、ついまたガキ呼ばわりしてしまう。
(なに言ってんだ! ここは否定するところだろ! せっかく逃げて行かなかったのにまた……)
「ホントですか!? 良かったぁ~」
「……なんだと?」
女は逃げるどころか、嬉しそうに微笑みを浮かべてオレを見上げていた。
「最近誰からも年下扱いされなくてちょっと不安だったんですよ。私やっぱり老けてるのかなぁって」
んなこと知らん。そう思ったが流石に今度は口を噤んだ。
「あ、私天音アテナといいます。貴方のお名前は?」
「戦野、剣士」
最初と変わらない笑顔で自己紹介されて、ついオレも名乗ってしまう。いや、名乗って悪いというわけじゃねえが。
「イクサノケンジさん、ですね。どんな字を書くんですか?」
「戦う野原の剣士……」
「かっこいいお名前ですね! 私は天の音で天音。アテナはカタカナです」
「お、おう……」
なんだかペースが乱れる。
「戦野さん……いえ、剣士さんとお呼びしてもかまいませんか? あ、もちろん私のこともアテナで構いませんから」
「い、いや遠慮しておく……呼び方はそれでいいが」
「そうですかー……ちょっと残念です」
(な、なんだコイツ……)
自分に怯えるどころか驚くほど懐っこい。曇った笑顔を見て罪悪感で死にたくなるくらいには。
「あ、あーやっぱアテナ……で」
今までロクに女子を名前呼びしたことなどないのについ了承してしまう。この少女の笑顔が曇ることがとんでもない犯罪に思えた。
「そうですか! よかったです!」
(う……つーかコイツ……)
落ち着いてみれば、とんでもなく整った容姿をしていた。
とりあえず世の中に存在する美辞麗句を片っ端から並びたてても遜色ないほどには。
『おやマスター、惚れたか?』
「ばっ……!? んなわけあるか! アホかっ! あ、いやなんでもない」
ネイキッドが見えないと思い、慌てて誤魔化すオレだったが、その考えに反してアテナはあくまでも笑顔だった。
「あ、いいえ。私も見えてますから大丈夫ですよ。ネイキッド・ギア・フリードさんですか?」
「は……お前、じゃねえあ、アテナはこいつが見えるのか?」
今まで自分以外にネイキッドが見えている人間を知らなかったオレは思わず目を丸くする。
「はい。私も精霊いますし……シャルナー?」
『あー……なんかリアルに久しぶりだわよ~一体いつ以来かしらん?』
体育座りですっかりいじけている『アテナ』が姿を現す。何やらやさぐれているが……。
『おお、『アテナ』殿か! 以前は遠目から見ただけであったが……なるほど近くで見れば尚美しい。我はネイキッド。マスターの少女も、我がマスター共々よろしく頼むぞ』
「はい! よろしくお願いします!」
『あーはいはいヨロー。今はシャルナって呼んでねー』
感激したようなネイキッドの挨拶に対しても、気だるげな挨拶を返すアテ……いや、シャルナ。女神だか天使だか知らないが威厳は欠片もない。
(そういや、ネイキッドが言ってた奴も精霊に囲まれてるようなこと言ってたな)
だとすれば、自分以外にこうして精霊と交流を持つものがいるのもおかしくはない。
「す、すみません。シャルナったら最近すっかりニートに……」
『呼び出してくれなきゃニートにもなるわよ。最近ネトゲ麻雀にハマって徹夜するくらいにはニートになるわよ』
「……精霊界にはネット麻雀があるんですか……?」
そんな感じで自分の精霊と会話するアテナを見て、オレもネイキッドにちょっとだけ文句を言う。
「つーかネイキッド。お前アテナが見えてること始めから知ってたろ」
『無論だ。我は自身に向けられた視線を感じとれぬほど間抜けではない』
「それならそうと始めっから言えっての……」
どうせその方が面白そうとかその辺だろう。オレは意地の悪い将軍に恨めし気な目を向ける。
「あの、それで結局剣士さんはここで何を?」
「あ……」
そうだった。つい忘れていたが自分は道に迷っていたんだった。せっかくこうして声をかけてくれたのだ。この機会を逃せばまたネイキッドに探索に向かって貰わなくてはならない。
「あー、アカデミア……いや、レッド寮って何処かわかるか?」
今から行ってもアテナがここにいる以上、もう授業は終了しているのだろう。ならばとりあえずこれから自分が住むところに挨拶に行った方がいい。
「はい。私もちょうどそちらに行こうと思っていたので、ご案内しますね」
アテナのような女子がレッド寮に用事があるとは思えない。下手な言い訳だと苦笑しつつ、アテナの気遣いに感謝する。
「ああ、悪ぃな。頼めるか? 礼はする」
「そんな。お礼なんていいですよ。私が行くついでなんですから」
「いや、例えそうでも礼はする。オレの気が済まん」
「あはは、じゃあ期待して待ってますね」
「おう」
今度はアテナに案内されてレッド寮を目指す。ふと気になったオレはそのことをアテナに尋ねてみた。
「……なあ、なんでアテナはオレに話しかけたんだよ」
「え? ですから……」
「違ぇ。オレのこと、怖くねえのか?」
オレの疑問に、アテナは素でポカンと……というよりポケッとしていた。意味がわからなかったとでもいうように。
「えっと……すみません。怖い、ですか? 剣士さんが?」
その顔はどう見ても真顔。本気でそう思っていなかったようだ。
「ほら、オレは眼つき悪ぃから」
「ああ……でもそれって、生まれつきのものですよね? 性格とは関係ありません」
即答。迷いなく紡がれた言葉は、オレの心を大きく揺さぶった。
(なんだよ……? これ)
「というか、可愛い顔して|この世全ての悪(アンリ・マユ)的なプレッシャー放つさだめさんを見た後じゃあかなり今更ですし……」
アテナの言葉もちょっと耳に入らない。眼つきと性格は関係ないとすんなり言いきられた感動で、オレはかなり舞い上がっていた。
だからだろうか。
「お?」
「あ、セツ!」
ようやく見えてきたレッド寮から軽い足取りで出てきた男に、アテナが嬉しそうな声を上げて駆け寄って行くのを見て、頭に血が上ったのは。
「アテナ、三日ぶり。ちょうど今から報告に……ぐえっ」
「もう! 心配したんですからね! ルインさんから聞いてはいましたけど……」
「わ、悪い悪い。ちょっと色々あってな……」
心の底から心配そうなアテナに抱きつかれ、苦笑している男を見て、理性が抑えきれなくなったのは。
「おい!」
気付けばオレは、男を見て何やら驚いたような顔をしているネイキッドにも気付かずに、男に怒声を張り上げていた。
「ん?」
頭を一撫でしてアテナを引き剥がした男が、こちらに初めて気が付いたとでもいうような顔を向ける。
「テメエ! オレとデュエルしやがれ!」
殴りかからず、かろうじてデュエルを申し込んだのは最後の理性か。それともアテナを怖がらせたくなかったからか。
「……まったく事情が理解できんが……まあ、デュエルするのは丁度いいか」
よく状況が理解できていない様子で、それでも迷いなくデュエルディスクを構える男。
「テメエ……覚悟しやがれ」
完全に逆恨みだと、相手には何の落ち度もないことを理性は叫んでいるが、ここまで来て後には引けない。デュエルして勝ち、その後でしっかり謝ろう。そう考えながら、オレは頭をデュエルモードに切り替えるのだった。
アテナの人懐っこさは罪深いですねぇ……尚、さだめは逆に身内以外は完全に拒絶するタイプ。えげつない形で。
次回、オリカ搭載したオリ主という典型的なデュエルになります。苦手な方はご注意を。
それでは、悠でした!