ル「流石に、空気を読む」
アルカナ~切り札の騎士~
第二期最終話「確かなもの、ひとつ」
アテナが落ち着くまでは一刻ほどの時間を要した。
その間アテナはずっと何故、どうしてと何かに問いかける声を発していて、俺の呼びかけにも全く答えようとはしなかった。
「……セツ」
「なんだ。アテナ」
「私……私は……」
縋るように俺の腕にしがみつき、また口を閉ざしてしまうアテナ。一体何が、アテナをそこまで追いつめているのか。一体あの男の言葉に何の意味があったのか。
「教えてくれ、アテナ……」
しかしアテナは俺の問いには答えず、悲しみと後悔の念を湛えた瞳で俺を見つめてきた。
「セツ……すみません」
「何を謝ってるんだ? 俺はお前に謝られることなんて……んっ」
唇が塞がれる。また、アテナの唇で。そのまま体重をかけてきたアテナに押し倒される。
「アテナ……?」
「確かなもの、一つ。私にください」
「む……アテナ……?」
目を覚まして、最初に探したのはアテナの姿。そして目に入ったのは一つの書置き。
『ごめんなさい。私には皆の傍に、セツの隣にいる資格はありません。
後のことは任せてください。全部、終わらせてきっとセツたちが穏やかに暮らせるように、幸せになれるようにしてみせますから。さようなら』
泣きながら書いていたのか、涙でインクが滲み、文字はどれも書いていた時のアテナを表すかのように震えて掠れていた。
……なんだよ。
「なんだよ……! 資格って!? 後の事って何のことだよ!? 穏やかに!? 幸せに!? ふざけんな! どっちも俺は……」
わからなかった。あの男のたった一言で、なぜアテナが……。
「お兄ちゃん!」
「さだめ?」
「ごめんお兄ちゃん! ついてきてたことは謝るけどそれよりも……」
「アテナが居なくなった! お前たち、俺たちを見張ってたんだろ!? アテナがどこに行ったか知らないか!?」
「……申し訳ありませんセツ様。わたくしとしたことが、何が何やらわからぬ内に気絶させられてしまいまして……」
「私たちも……色々あって呆然としてたから……」
「くそっ! アテナがこんな書置き残して消えたんだ! あの男……真中希望とか言う奴に何か言われて……それから様子が……」
「真中希望!?」
「知ってるのか!?」
「知ってるも何も、昨日さだめたちに接触してきたんだよ。それで……」
「詳しく聞かせろ!」
「何者なんだ……あいつは」
ルインがあっさりと、一瞬で倒されたという話を聞いて、流石に俺も絶句した。
「わからない……それで、アテナに囁いた言葉って……」
「『人生は、楽しいかい?』だった筈だ。それ以上の言葉は言ってなかったと思う」
「何かの言霊が含まれていた可能性があります。精神干渉の類の」
「それじゃ、アテナは……」
「決めつけるのはダメ。そうだとして、彼女に接触した意図が読めない」
「それは……」
「どちらかと言えば、私たちの気がつかなかった意味が、その言葉に含まれていたと考えた方がいい」
ルインの言葉に考え込む。『人生は、楽しいかい?』その言葉に別の意味……?
カサッ……。
「? お兄ちゃん、何か落ちたよ」
「え? あ、これはあいつから……」
海馬ランドのプレミアム招待券が入った封筒。その封が解けて、中身が少し出ていた。
「また物凄いモノくれたね……あ、これ! 手紙!」
「なに!?」
封筒を拾い上げたさだめがその中に入っていた短い手紙……というか紙切れを取り出して中を読む。
「えと『終焉は君たちのすぐそばに。鍵は天使の少女とアルカナ。過去を見つけ出せ』だって」
「なんだそれ……終焉が傍に? 鍵? 過去を見つけ出せ?」
「……アルカナはいいとして、天使の少女はアテナのことでしょ? やっぱり」
「では、過去とはアテナの過去……ということですの?」
そういえば、俺はアテナの過去について何も知らない。家がどこに在るのか、家族構成は? そもそもアカデミアに飛び級という時点で何か特別な事情があるのでは? そういったことを俺は何一つ知らない。
「……一先ず、アカデミアに帰る」
「そうだね。学園長先生なら何か知ってるかもしれないし」
「アテナ……」
昨日のアテナの温もりを思い出す。唇に感じた感触は、今でもしっかり覚えている。
「何で……何でお前とのキスは……」
いつもこんなに、悲しいんだ……。
帰りの船の中、俺たちは全員表情を暗くして、まるでこれから誰かのお通夜にでも行くのかと言わんばかりだった。中でも最も落ち込んでいたのは……。
「さだめ、大丈夫か?」
「…………あんまり」
さだめは仲直りしてからアテナとはぶつかり合いながらも仲良くやっていた。多分……いや、間違いなくアテナはさだめにとって初めてできた友達だった筈だ。その失踪が辛くないわけがない。
「違う……」
「え?」
「違うよ……わかってるでしょう? 別に鈍感じゃないもの“兄さん”は」
「……俺と、アテナのことか?」
「……いつもそう。いつも“わたし”は後れを取る。これだけ好きなのに。好きな気持ちじゃ絶対に負けてる気しないのに。なぜ? “わたし”の何がいけないの? “わたし”が劣ってる部分って何? どうして“わたし”じゃダメなの? 答えて……答えてよ。“兄さん”!!」
「っ!」
何だ……? さだめの奴、人称が……。
「っ……なんでもない。忘れて。“さだめ”、もうちょっと外で風に当たってくるから……」
ズズッ……。
「っ! さだめっ!」
ゆっくりと振り返るさだめ。そこには、覇気こそなかったが一応いつものさだめの幼さの残る顔があるだけだった。
「……何?“お兄ちゃん”」
「……いや、なんでもない」
さだめはそう、とだけ呟いて静かに船室から出ていった。さだめ……。
「っ……! ダメ。なんで、こんな……イヤ……また、乗っ取られるのだけは……」
――それが、お前の本質だろう?――
「っ……あっ、くぅ……!」
――憎らしかろう? 後から現れてあっさり掻っ攫って行ったあの色魔が。あの天使とは名ばかりの淫魔が……と――
「やめて……なんで、また……」
――滅びぬ……その心の弱さがある限り、我らは幾度でも現れて貴様らに“終焉”を与えよう……――
「さだめは……もう……“わたし”……は……」
――醜い心を剥き出せ……汝が本質を受け入れよ……汝にとって最も大事なものは何ぞ……?――
「お……兄ちゃん……“兄さん”……兄さんッ! 兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さんッ……!」
――そうだ……お前のモノだ……――
「わたしの……兄さん……!」
「っ! 大丈夫?」
「っ! はっ……ルイ……ン?」
「イヤな感覚がした。肌がチリチリするような……気持ち悪くて、吐きそうなくらいの嫌悪感……」
「あはは、多分、ちょっと船酔いしちゃっただけだよ。しばらく風に当たって行ったら? “さだめ”もさっきまでちょっと具合悪かったんだけど、だいぶ良くなったから中に戻るね? ルインはもうちょっと風に当たって行くといいよ」
「……ん」
ルインをその場に残し、さだめは船室へと戻る。
「そう……船酔い、なんだよ。きっと……」
「わたくしは……」
セツ様の役に立っているのでしょうか? シャルナ様ではありませんが、いつもいつも大事な時にいつも役立たずで……今回だって、知らない内に気絶させられて……。
「せめて……これだけでも早く完成させましょう。セツ様の身を守るため……少しでも心の支えになれるように」
アカデミア校長室。
俺たちは定期船から降り、島に着くなり荷物を置くことも忘れて校長室へ駆け込んだ。
「ふむ……そうですか。そんなことが……」
「はい。それで、できればアテナの事を教えて欲しいんです。もちろん、個人情報だから無理なら……」
「いえ、そういうことでしたら。それに、アテナ君も君たちになら、嫌とは言わないでしょう」
鮫島校長は快諾してくれて、アテナの入学用の書類を探しに行ってくれた。しかし……。
「馬鹿な……」
「どうしたんですか?」
「ないのです……アテナ君の入学願書やプロフィール。家庭事情などの情報も……」
「そんな……」
アテナの情報が根こそぎ消去されている? 誰が、何のために?
「まさか、またあいつか?」
「考えにくい。彼は怪しかったけど、立場的には私たちの味方である筈。過去を見つけろと指定してきたのに、それを妨害するのは筋が通らない」
「じゃあアテナ本人が処分……」
「それも不可能ですわ。わたくしたちは今日、朝一番の定期船で戻りました。そして脇目も振らずこの校長室に来ましたし……セツ様、昨晩アテナ様を最後にお見かけしたのは何時頃になりますか?」
「え? ええっと……よく覚えてないけど、少なくとも深夜だった」
「……では、その頃にはこの島への定期船はありませんし、可能性は消えましたわね」
何も聞かないでくれるのは優しさなのかただ気がついていないだけなのか。
「…………」
「さだめ?」
「いいよ。続けよう。とすれば、始めからなかったと考えるのが有力だよ」
「ですが、それではアテナ君は始めから入学していないことに……」
流石にそれは荒唐無稽すぎるな。
「そもそも校長。アテナは飛び級みたいですけど、どういう経緯で?」
アカデミアに飛び級するくらいだからなにか特別な理由があるのでは? そう考えての質問だったが、鮫島校長の返答は予想に反して困惑したものだった。
「いえ……そもそも改めて考えてみると何故アテナ君を入学させたのか、その辺りの記憶もあやふやで……」
どういうことだ? アテナに繋がるもの全てが消えている。でも、誰もアテナについての記憶を失ったりしているわけではないので消失した、というわけではないはず。じゃあ……?
「……部屋に行ってみよう。何かあるかも」
「そ、そうだな。ここに居ても仕方がなさそうだ」
「うむ。私の方でもアテナ君の捜索と情報の検索は進めておこう」
「お願いします」
アテナ……本当に君は一体何者なんだ……?
「部屋は……特に変わりないね。昨日部屋を出た時と変わらないと思う」
「後は、家探しでもするしかありませんわね」
「……流石に、俺はやめておいた方がよさそうだな」
「任せて」
女性陣に捜索を任せ、俺は部屋の前で待つ。
「あれ? セツ君、どうしたの女子寮で……」
「ユーキちゃんか?」
「うん。そこ、アテナちゃんのお部屋だよね? アテナちゃん、そこにいるの?」
「……いや、実は……」
俺はユーキちゃんにも事の経緯を話した。
「そっか……そんなことが……」
「ユーキちゃんは、何か聞いてないか? アテナの昔の話とか」
「うーん……そういえばアテナちゃん、そういう話何もしてなかったなぁ……セツ君も知らないのにわたしが知ってることもないかもだけど」
「そっか……そうだよな」
「ん。とにかくわたしも協力するよ……って言ってもどうすればいいのかわかんないけど」
「いや、ありがとう」
正直、俺たちだって何をどうすればいいのかわからないんだ。協力してくれる。その言葉だけで随分と救われるもんだ。
ガチャ。
「どうだった?」
アテナの部屋から顔を出したルインたちに成果を聞く。ルインは懐から数枚の写真を……ってそれは。
「キミの隠し撮り写真。中々巧妙に隠されていた」
「けどまあ無駄だよ。さだめたちにかかればそんなもの、隠し通せるわけないもん。っていうかよくお兄ちゃんに気付かれずに撮れたよね。さだめ、いっつも失敗してるのに」
それは信用してるかどうかの違いだ。
「っていうか何を探してんだ何を! アテナの事はどうした!?」
「いえその、特に何も見つからずこれが見つかったので……」
「探し物や片づけをしてる時、ふと目に入ったもので注意が逸れることって……よくあるよね?」
「今そんな場合か!?」
この期に及んでそんなバカみたいな……。
「ユーキちゃんからも何か……」
「セツ君の写真……」
ちくしょう! 味方が居ない!
「っていうかお兄ちゃん動揺し過ぎ」
「え?」
「アテナ様が居なくなったことはショックでしょうが、焦りは何も生みませんわ」
「いつも自然体。それがキミ」
「みんな……」
そうか……そうだったな。アテナが居なくなったこの状況でも、下手に焦ったらダメ……。
「いや、それでも馬鹿してる場合でないことも事実だろ」
「バレたか」
バレないでか。っていうか危なく流されるところだった。
「でも実際何も見つからなかったことは本当だよ」
「この部屋に在ったものは全部、この島で買ったと思われるものばかり」
「アルバムや日記帳のようなものもありませんでしたわ」
「徹底的に過去を感じさせるものがないのか……アテナ」
「うーん……あ、過去と言えば」
「何か知ってるのか? ユーキちゃん!」
「セツ君が初恋だって」
「……そうか」
役に立つ情報ではなさそうだった。いや、嬉しくないわけではないが。
「しょうがない。とりあえず荷物を置きに部屋に戻るよ」
「そうだね。いつまでもここにいても仕方ないし」
「そうだね~さだめちゃんはもうすぐ入学式なんだし、準備もあるよね」
…………?
「ああ! そういえばさだめはまだ中等部だったか!」
一瞬ユーキちゃんの言葉に首をかしげた俺たち(さだめ本人も含む)だったか、ようやく思い至った。
「最近あまりにもさだめが居るのが普通になっていたから」
「そういえば、さだめって今度入学式だっけ。すっかり忘れてたよ」
「忘れてたって……さだめちゃん、自分のことなのに……」
「……ともかく、そういうことなら尚更一端解散するべきだろ。アテナのことは……また改めて考えよう」
可能性としてはシャルナだが……あのちゃらんぽらん天使が知ってるかどうか怪しいし、それにアテナについて行っているのなら連絡を取ることも難しい。
「そうだ……それにアテナのこと以外でも考えることは山ほどある」
真中希望が残していった言葉はどれも謎めいていて、解読することからして難しい。が、それを一つ一つ解いていけばアテナ失踪にも繋がるかもしれない。
「アテナ……言っただろうが……お前を離さないって」
なのに。だから。
「絶対連れ戻してやるから覚悟しておけ。アテナ」
俺はどこにいるとも知れないアテナに向かって自分の決意を固めたのだった。
アテナ失踪。アテナの行方は? そしてセツの貞操はいかに!?……すみませんふざけました。
というわけで第三期はアテナ不在の中始まります。また、第三期以降は改定箇所の増加が見込まれますので、一日一話更新とさせていただきます。ご了承ください。
それでは、悠でした!