アルカナ~切り札の騎士~
第三期第十九話「再会と悪夢の始まり」
十代がデュエル出来なくなってから数日、アカデミアは衝撃に揺れていた。
なにしろ、あの遊城十代である。アカデミア随一のデュエル馬鹿と言っても過言ではない程のデュエル好きが、デュエルできなくなったというのだから、生徒たちが動揺してもおかしくないことだろう。
「原作に、こういうイベントあったっけ?」
「わからん。もう正直原作がどうとか、そういう境界があやふやになって来ているからな。俺たち」
「だねー……」
ため息交じりにさだめと一緒にレッド寮へと帰る。さだめは女子寮に帰るべきなのだが、毎日必ず俺の部屋――というかテント――に寄ってくる。あわよくばお泊りなんかもしちゃおっかなー? 的なオーラを感じるので、女子寮の門限までには丁重にお帰り頂いているのだが。
「ところで、希冴姫さんの具合どう?」
「……芳しくはないな。一度精霊界に戻った方が良いんじゃないかって提案してみたんだが、ルインもエースも意味がないって一蹴するし。今はその二人が交代で看病してるよ」
もちろん、放課後など俺の身体が空いた時は必ず俺も参加しているけど……ちなみに、ルインは俺の看病からどうも料理その他家事に興味が湧いたらしく、希冴姫の食事の世話なども率先してやってくれている。以下は、その例である。
『……できた』
『あ、あのルイン様……お気持ちは嬉しいのですがわたくし仮にも病人でしてそのあからさまに危険そうな物質Xを口にするのは……』
『大丈夫。おいしい……と、錯覚する筈』
『今錯覚って言いましたわよねぇ!? ゴホッ!』
『かまわん。ルイン殿。好きに実験台にするがいい。団長の名に於いて許可する』
『え、エース貴女つい先日団員を護るのも団長の務めだとか言っておいて……げふっ』
……なんだろう。すごく今更だが、希冴姫が回復しないのも当然な気がしてきた。
「――ターゲット、ロックオン!」
「「え?」」
いきなり遠くから、しかし明瞭に聞こえてきた女性の声に、俺とさだめは二人して振り向く。
遥か遠くに、いつか会った短髪女性と、襟首を掴まれ今にも投擲体制に入れられようとしているアテナの姿が……
「「ってアテナ!?」」
「超電磁アテナ、全弾発射ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぃぃぃいやああああああああああああああっ!?」
「アテっ……」
「避けてぇぇぇ!! 避けてくださいぃぃぃぃぃぃ!!」
「これはまさか某食い逃げ・うぐぅとの出会いイベントでお馴染……」
衝突確定。……正直、ヘンな解説せずに受け止める体勢にでも入っていればよかったと思う。今は反省している。
「ごぶぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
腹に突っ込んできたアテナと共に軽く十メートル近くぶっ飛ばされた俺は、そのまま意識を失った。
「っていうかあんな遠くから人一人投擲して且つ十メートル以上吹っ飛ばすとか、どんな勢いで投げられたんだろ……」
というさだめの声を、薄れ行く意識の中で聞いたような……がふっ。
「……ん」
独特の消毒液の匂い……あんまり俺自身は世話になったことがないが、さだめを精神疾患という名目で度々連れてきていたので、なんとなく覚えのある保健室の匂い。
「あら、目が覚めたのね」
俺が眼を覚まして最初に声をかけてきたのは、保険医の鮎川先生。
「鮎川先生……初登場ですね……」
「ほっといて頂戴!」
「っと、寝ぼけたこと言ってる場合じゃなかった! アテナ!」
アテナが戻ってきたんだ! こんなモブ教師を相手にしてる場合じゃなかった!
「……誰が、今まで看病していたと……orz」
項垂れる鮎川先生を尻目に、俺はカーテンを引く。
「アテナ!」
「あ……せ、セツ……」
「お兄ちゃん……」
そこには、ベッドに腰掛けて俯くアテナの姿。俺と一瞬目が合うも、すぐに逸らされてしまう。アテナ……。
「ぁ……わ、私……」
「無事で、良かった……」
「え……」
「正直、聞きたいこととか、言いたいこととか、色々あって頭はごちゃごちゃしてるけど……とにかく、無事で良かった」
「あ……」
アテナを抱きしめる。アテナの驚いたような、戸惑ったような気配が伝わってくる。その手が、一瞬俺の背中に回されそうになって……
「や、やっぱりダメ!」
すぐに、突き飛ばされた。
「アテナ……?」
「わ、私はっ! 私は……やっぱり……セツ、ごめんなさッ!?」
がしゃあああああん!!
「アテナ!?」
アテナが何か言おうとした瞬間、何処からともなく飛来してきたタライに頭部を強打された。
「きゅう……」
眼を回すアテナに光さんが近づいてくる。
「ったくこの子は……」
「ひ、光お姉さん……でも……」
「ええい、デモもストもないっつったでしょうが! いいからさっさとさっきみたいに飛び込んで……むぅ~!!」
「はいはい。キミは基本的にムードブレイカーだから黙ってようね」
「ぷはっ! ちょっと希望! 今回の立役者に対して……」
「はいはいわかったわかった……アテナ」
「は、はい……」
「キミの心を信じて、素直に……ね? 頑張りなさい」
「あ、ぅ……」
「さ、行くよ光。……あと、君には改造車のこととかミサイルのこととか、とにかく色々お話がありますからそのつもりで……あ、鮎川先生もご一緒に来てください。美味しいお茶とお菓子でも、如何ですか?」
「あ、はい是非!」
おいそれでいいのか保険医。運び込まれた生徒ほっぽってナンパされてどうする。いや、正直ありがたくもあるんだが。
ばたん。
「…………」
三人が出ていき、保健室には俺とさだめ。そしてアテナの三人が残される。いや、もう一人いたか。
『……久しぶりね。坊や』
「シャルナ……」
シャルナも、アテナと一緒に居なくなっていた。連絡が取れないとカイエンが嘆いていたのも記憶に新しい。尤も、仕事だけはきっちりしてあったらしいが(それが逆に不気味だとカイエンは怖がっていたが)。
『ねえアテナ……話しましょう? いつまでも黙っているわけにもいかないし……彼らなら大丈夫だって、自分でもわかっているんでしょう?』
「シャルナ……」
シャルナに促され、しかしまだ躊躇うようなそぶりを見せるアテナ。そんなアテナに、やがてシャルナは痺れを切らしたのか、俺たちの方を向く。
『ああもう……あの女に同調するようで気に食わないけど……あのねセツ。アテナがあんたたちの前から姿を消したのは……』
「シャルナぁ!」
『あんたが言わないならあたしが言う。全部ぶちまける。そうされたくなかったら言いなさい。自分で』
「わ、私にだって心の準備とか……」
『これ以上待ってたら来世まで持ち越しそうなんだもの。ほら、勇気を出して』
「ぅう……」
アテナは、尚も躊躇っていた様子だが、俺たち三者の視線に覚悟を決めたのか、俺の方を向いた。
「セツ……聞きたいこと、なんですか? 私、答えます」
「無理……してないか?」
この期に及んで、そんなことを聞いてしまう。もしこれでまたアテナが口を閉ざしたらどうするんだ。俺は馬鹿か。
しかしアテナは、俺のそんな懸念を余所にふるふると首を振った。
「いえ、ここで甘えたら、私きっと一生話せなくなります。せっかく、光お姉さんたちが作ってくれた機会ですから……セツ。私に、遠慮しないでください」
「……わかった」
アテナの覚悟が伝わってくる。まだ、その覚悟を決め切れた、というわけではないようだが……遠慮するなというアテナの言葉を信じ、俺は話を聞くことにした。
「じゃあ……まず、何で俺の前から姿を消したりなんかしたんだ?」
「……罪悪感、です」
「罪悪感?」
「私は、絶対に許せない事をしました。セツに……それに、さだめさんに」
「さだめ、に……?」
コクリ、と頷くアテナ。
「さだめさんが、かつて終焉の精霊に取り憑かれたこと……セツたちがこちらの世界に呼びこまれたこと……その二つの原因となったのが、私なんです」
「!?」
流石に、これには驚いた。アテナが、俺たちの事をトリッパーだと認識していたことや、こちらの世界に来る原因となった……くらいまでは、なんとか予想の範疇だ。しかし……。
「さだめが……アレに取り憑かれる原因?」
そればっかりは、予想していなかった。
「かつて……そう、かつての私の犯した過ちが、終焉の精霊をセツたちの世界に追いやり、そこでさだめさんに取り憑いた……そう、終焉の花嫁であるセツの、最も近しく、寄り代として相応しい存在として、さだめさんに」
「ま、待てアテナ、話が読めない。お前は今十三歳だろう? もうわかっていると思うから言ってしまうが、元の世界の年齢と併せると俺はもう二十歳のさだめも十九歳……どう考えても年齢が……」
そこまで話してからはっとした。そうだ……俺たちは……。
「セツたちがトリッパーであると同様……私も似たようなものなんです」
アテナは、ふいに立ち上がり、部屋の中央に歩いて行く。そして胸の前で手を組み、眼を閉じた。
「私は……」
アテナが光に包まれ、光が収まるとそこには……。
「転生者、なんです」
純白の法衣と翼を持った、一人の天使がそこに居た。
「それも、私の前世は精霊。そしてそのまた前は人間……二重の転生者。人としての生を終え、また精霊としての生を終えて人間界へと舞い戻った……それが私。それが、天音アテナの真実……」
アテナが翼を仕舞い、服装も元に戻る。
俺は、アテナが失踪する前、希望の言葉を思い出していた。
『“人”生は、楽しいかい?』
「人の……生……あれはそういう……」
俺の呟きに、アテナはクスリと小さく、力なく微笑んだ。
「あの時までは、忘れていました。私が転生者であること。また、精霊としての最期の時……追い続けていた終焉の精霊を取り逃し、貴方達の世界に堕としてしまったことを……」
それが、希望のあの言葉をトリガーに思い出されたのか……。
「記憶を失っていた私は、それでも最期に残された、精霊としての矜持か義務か……取り逃した終焉の精霊を捕捉し、無意識の内にこちらの世界へと引っ張って来た……そう。終焉の花嫁、セツごと巻き込んで」
そういう、ことだったのか……。こちらの世界にトリップしたこと……むしろ、さだめがメインだったんだ。俺は、言わばおまけ。さだめとの繋がりから、巻き込まれただけ。
しかし、話はそれだけではないらしく、アテナはまた話を続けた。
「そして、私は精霊として転生する以前……人間だったときにも、終焉の精霊と関わっています。その時は……花嫁として」
「な……」
アテナも、終焉の花嫁だったのか……?
『補足しておくと、あたしも転生者。人間から精霊に。人間だったときは、アテナと同じ街の、裕福な商人の家に生まれた普通の少女だったわ』
「シャルナも……」
『で、その当時のあたしの名前は“シャルナ”。……だから、驚いたのよ? アテナがあたしに、フィーリングでシャルナって名前をつけた時にはね』
そういえば、その時のシャルナはシャルナって名前に酷く反応していたな……。そういうことだったのか……。
『ルインなんかは、その辺りの事情知っているから、後で聞いておくといいわ。一応、古いなじみだから』
「私は終焉の花嫁として、シャルナと一緒に終焉に巻き込まれ、私は街やシャルナと共に一度終焉を迎え……その後、精霊として転生。私の街を終焉に追い込んだ精霊を探して、追い込んだんです」
そして、取り逃がした……か。
『あたしは、人間のアテナと精霊のアテナ……二回もこの娘を失った……一度目は、奇跡的に精霊として再会できた。今回も、またこうして再会できた……でも、次はどうなるか分からない。なにより、もう目の前でこの娘を失うのは嫌』
ああ……だから、引き籠りになった時はあんなに……護れなかった。“また”護れなかったって苦しんでいたのか……。
『アテナがあの娘だってことは、会ってからしばらくたった頃には気がついていたわ。ホント、以前のあの娘そのままなんだもの……まあ、多少色恋に酔っちゃいたけど』
それは……今は置いておいてくれ。
「私は……憎しみに囚われ、自分の全てを奪った終焉の精霊に復讐しようとして、結局、セツやさだめさんに災厄の種を蒔いただけ……シャルナを悲しませ、自分は全てを忘れ、のうのうと転生し……挙句の果てには、自分が不幸に、絶望に突き落とした相手に恋をして……。私一人が幸せに……最悪です。最低です。ホントに……最低」
吐き捨てるように……いや、まるで血反吐を吐くがごとく、アテナは自分を罵った。
「アテナ……」
「やめてください」
伸ばした手は、アテナに届かない。
「セツは、私を赦します」
アテナの言葉が、俺には届く。
「セツは、間違いなく私を赦すんです。私にはわかる。でも、だからこそ、私は貴方達の傍から消えた……赦されたくないから。|罪人(つみびと)は、罪を受けるべきなんです。でも、セツはそれを私に望まない」
俺の言葉は、アテナに届かない。
「例え、セツが“赦さない”と言ったとしても、セツは心の中で、私を赦します。私に、今まで通り接してくれるでしょう。もしかしたら、好きにもなってくれるかもしれない。恋だって……してくれるかもしれない。でも……だめ。それは、だめ」
アテナは、自分を抱きしめる。
「怨み、憎しみ、執着……私の原動力は……私が今、ここに居るのは、生きているのは……全てそれに絆されたから……ただ、終焉を滅ぼすために……そのためだけにここに居て、なのに……」
俺の腕は、アテナを抱きしめられない……。
「だがら、私はやっぱり、また消えます。私に、セツの……優しくて暖かなあなたの傍に、いる資格はないから」
「っ!」
――違うだろ……。
「違うだろっ!」
伸ばした手が届かない? 声が届かない? 抱きしめられない?
「そんな筈……ないだろ……っ!」
足が地を蹴る。一瞬身を引こうとしたアテナを、思い切り抱きしめる。
「届くじゃないか……!」
「せ、セツ……」
「資格とかっ!」
「っ!?」
――思い出せ、御堂切。俺は、どんな奴だよ……?
「お前の事情なんか、端から聞いちゃいない……!」
――いつだって自然体で、マイペースで……。
「俺はっ! 他人の事情なんか露ほどにも気にしないマイペースな最低男なんだ! だから、アテナの事情なんか知らない!」
俺は主人公なんかじゃない……さだめのトリップに巻き込まれただけの、ただの脇役みたいなもんだ。なら……。
「自分の、好きに生きるさ」
アテナを赦してハッピーエンドとか、そんなの俺の柄じゃない。
「俺は……そんな主人公じゃない。だから……っ!」
アテナの目を見て、告げる。
「俺を不幸にしたと……絶望に突き落としたと思うなら……」
更に、アテナを強く抱きしめる。
「今よりもっと……俺を幸せにして見せろ……! 俺に、希望の光をくれ! 不幸に、絶望に突き落としたまま消えて貰っちゃ、困るんだよ!」
「……ぁ」
「離さないって、言っただろ……! 忘れたとは言わせない……俺は、お前を離したくないんだ……!」
「セ……ツ……」
「それに……」
辛いことも、あった。さだめのことで、色んな辛い目に遭ってきた……でも!
「俺は、一度だって自分を不幸だと思ったことはない……!」
さだめの兄であることに、不満を感じたことなんてない。さだめの兄であることに、誇りすら感じていたんだ……。
「そして、この世界に来て……俺は、どんどん幸せになってたんだ」
アテナと出会い、希冴姫やルイン、ユーキちゃんと出会い……。
「さだめも……助かった……」
何処の誰とも知らない、俺たち兄妹をこの世界に送り込んだ存在に、感謝していたんだ。それが……。
「お前だったなら……尚更だ」
強く、強く、抱きしめる。
「お前は、俺を幸せにしてくれたんだ……! だから、もう、居なくなるな。もっと、俺に感じさせてくれ」
幸せを。
誰かを想うということを。
愛しさを。
「恋なんて……とっくの昔からしてるんだよ……!」
始まりは、きっと初めて会った時……。
恋なんて、したことなかったからわからなかったけど……きっと……最初から……!
「ぁ、あぁ……もう……これだから……だから、来たくなかったんです……」
少し苦しそうなアテナが、それでも文句一つ言わずに俺の背中に手を回す。
「ぜったい……離れられなくなるから……依存、してしまうから……」
どちらともなく、少しだけ、体を離す。
「一度目のキス……不意打ちだった。何も考える間もなく、錯乱しているアテナと……」
「二回目は……悲しかった……もう、会わないつもりだったから……」
だから、三度目は……。
俺とアテナの唇が、重な――
『ちょっと……! ま、待ちなさいっ!!』
ドンッ!!
「なっ……!?」
「え……」
突然、凄まじい力で弾き飛ばされた俺が、その目にしたのは……。
「さ、だめ……?」
「幸せなキスなど……赦さない……」
アテナの飛びつくように、アテナに“ナニカ”を突き立てるような体勢の……
「苦しいキスも……赦さない……」
――さだめ
「さだめ、さん……」
――俺の、妹
「悲しいキスだって……赦しはしない……」
――抑揚のない、どこか空虚な響きの声。
――僅かに覗く、歪んだ口元。
「別れのキスなら……」
いつか見た……狂気の具現。
「潔く、去ね……!」
――そして
――その小さな体が
――崩れ落ちた
今回のカードはお休みします。必ず復活しますので、また何時か、必ず。byルイン