アルカナ~切り札の騎士~
第三期第二十二話「攫われたアイドル 前編」
突然だが、アカデミアにおける修学旅行というのは全学年通して、三年に一度だけ行われる。というのも、毎年毎年予算を組むのが厳しかったり、引率する教師に空きがなかったりと、妙にセコイ事情だったりするのだが……。ま、というわけで……。
「良かったな剣士。凛とも一緒だぞ」
「そこでオレに振るのか!?」
仕方ないだろう。本来なら飛び上がって喜ぶであろうさだめは寝込んだままだし……本当なら付いていてやりたいんだが、そうするとアテナも気を使って一緒に休んでしまうだろうし、何よりアテナと俺はクロノス先生から出席を厳命されている。曰く、出席日数を少しでも稼ぐ~ニョ! だと。
「希冴姫も具合が良くならないし……二人の看病でルインも行けないしな」
そのことが決まってから、ルインは事あるごとに「私、最近看病しかしていない」と愚痴っているのだが。
「十代は復帰して……けど今度は明日香や万丈目がおかしくなってるしなぁ……」
十代は、失踪からしばらくして復帰した。失踪しているときに何があったのか、ネオスとネオスペーシアンという新たな力を携えて。
しかし、それからすぐに万丈目と明日香が、何やら光の結社がどうこうと言いだし、真っ白な制服を着て何やらおかしくなり始めた。しかも、どうやらその不可思議な現象は今も尚ブルー寮を中心に広がり続けているらしい。
「で、どうするよ。目的地は童実野町に決まったみたいだが……」
「そりゃ、俺はアテナと回るから、お前は凛と回ればいいだろう」
「……当たり前のように二人きりにしてんじゃねえよ。皆で回ればいいだろうが」
「え、修学旅行ってデートイベントじゃないのか」
アテナや、以前はさだめからもしつこくそう聞かされているんだが……。
「違ぇよ! “学”を“修める”旅行だよ! お前も、アテナが帰って来てからなんか変だぞ!」
「そりゃまあ、多少は自覚したからな。何を、とは言わないが」
言わなくても、想像は付くだろうが。
「それに、こんな時にこんなことを言うのは不謹慎だが、滅多にない機会だしな。アテナと二人きりなんて」
アカデミア入学時は兎も角、最近はさだめやルインをはじめとして周囲に人が増え、アテナと過ごす時間は減ってしまった。もちろん、今は今で賑やかで楽しいし、さだめなんかは隣に居るのが当たり前だったので、俺としては不満などない。
「けど、アテナとしては、やっぱり寂しいと思うことだってあるだろ」
アテナは特に、俺の周りに誰もいない時期に俺と出会ったのだから、その気持ちは強いだろう。
「セツ……」
「というか、アテナを不安にさせると暴走しそうだし」
部屋に連れ込まれたり押し倒されたり、例を上げるとキリがない。
「定期的にガス抜きしないと俺の貞操が……」
「急に安っぽくなったぞ、おい」
それまで神妙な顔をしていた剣士が、めちゃ白けた目で俺を見る。
まあ、それは冗談にしても、今アテナとどうこう、というのは出来ないのも事実だ。
「失うのが貞操だけならいいが、命までかかってるとなるとな」
さだめはもちろん、今となってはユーキちゃんのこともある。下手は打てない。
「だからさ、お前はそーゆーしがらみが出来ない内に楽しんどけ」
「一応言っとくが、別にオレは……」
「まだ好きになったわけじゃない?」
「……ああ」
「いいんだよ。それでも。憎からず思ってるなら、とりあえずデートしとけ」
「いいんかね。そんなんで。アイツだって一応アイドルだろうに」
確かに、俺のようなことはないにしろ、凛だって色々としがらみを抱えている。
「……ま、簡単な恋愛なんてそうないか」
「お前が言うと重みがあるな」
「良くも悪くも、それに振り回されてここまで来たんだ。きっとこれからも、振り回されるんだろうな」
勿論、俺が優柔不断なのが悪いのも承知の上だが。
「それに、どうせ誘われてるんだろ? 凛に」
「……一応な」
「だったら、迷うことないだろ」
「……どうすりゃいいかわかんねぇんだよ」
不機嫌そうな、拗ねたような表情で目を逸らす剣士。
「昔から……嫌われてばっかりだったしよ。アテナの時でさえどうしていいかわからなくて……勘違いしちまったくらいだ」
初めて剣士と出会った時のことを思い出す。アテナと親しい様子を見せた俺に対し、容姿と合わせて何処のチンピラが因縁をつけてきたのかと思ったくらいだ。
「オレにだって、わかってるよ……」
凛が、剣士に想いを寄せていること。言葉に出すまでもなく、態度でわかる。剣士は鋭い方じゃないが……それでもあからさまだろう。凛とアテナは多少似ている。主に、物怖じしない性格や、積極性などが。
「敵意に敵意を返すことは散々してきた。けど……好意への返し方なんて、オレは知らねえんだ」
「剣士……」
俺も、まあそれはわからなくもない。痛みと恐怖を伴う好意しか知らなかった俺が、アテナの純粋な好意でどれほど戸惑ったか。だが、剣士の場合はそもそも好意すら知らなかったのだ。
「じゃあ、尚更だ。今回の修学旅行で、少しでも慣れておけ。友達と一緒に回る、くらいの感覚でさ」
「だからっ! 友達と街を回ったりする経験からしてねえんだよ!」
「……しっかりエスコートして貰って来い」
「ぐ……テメエ」
女の子にデートのエスコートを任せる、という男としては相当に情けないことをニヤついた顔で宣言された剣士は、かなり恥ずかしそうな顔で俺を睨みつけてきたのだった。
そして、修学旅行当日。
「それじゃあ、私たちは行きますね」
「しっかりエスコートされて来いよ」
「るせぇ! 余計な御世話だ!」
「凛さん、頑張ってくださいね」
「うん! お互いにね」
定期船に乗り込み、童実野町に到着した俺たちは、別行動をすると言い残して船着き場を去って行った光の結社と斎王琢磨を見送り、自由行動と言い残して引率を放棄したナポレオン、クロノス両教諭に呆れつつも二手に分かれることにした。
「しかし……」
「どうしたんですか? セツ」
「いや、光の結社とかいう集団なんだが……」
「ああ……変な人たちですよね。明日香さん、どうしたんでしょう」
「万丈目もな。あれ、明らかにいつもの二人と違うぞ」
洗脳された、といった感じだ。正直、野放しにしておくのはマズイ気がする。
「ブルーの生徒さんを中心に、どんどん制服が白く染まっていっているみたいです。私は、レッドに居候させて貰っているせいか、特に干渉されていませんけど……」
「関わるべきか、関わらないべきか……正直、さだめたちのこともある現状、余計なトラブルは避けたいところなんだけどな」
「ですね。ただ、このまま放っておくのも……」
アテナと二人、頭を悩ませる。
「……ああ、やめたやめた。折角の修学旅行で、二人して頭抱えてるなんてやってられん。今は忘れよう」
「そうですね。臨機応変に、ということで」
要するに行き当たりばったりなわけだが、それが一番現実的だろう。
「じゃあ、どこから見て回る? 正直、俺は童実野町にはあまり詳しくないんだが……」
「そうですね……|決闘(デュエル)|王(キング)武藤遊戯の生まれ育った街ということで、彼のデュエルしたところなんかは観光名所になってます。他には、バトルシティ関連の……って、殆ど街中が観光名所みたいなものですよ。決闘王はこの街のあらゆる場所でデュエルしてますしね」
それだけ、武藤遊戯が周囲に与えた影響は計り知れないってことだな。
「ただ、そう言った名所は多いんですけど、二人で回って面白いところは……」
「海馬ランドくらい、か?」
「はい。あ、そういえば希望さんから、フリーパス貰ってましたよね? あれ、どうしました?」
「ああ、あれか……」
一応、持ってきてはいる。いるが……。
「どうせなら、皆で行きたかったな」
「それは……でも、年間フリーパスチケットですし、今使っても今年中なら」
「そうだな。そうするか」
それに、実は武藤遊戯の名所巡りもしてみたい。何しろ、俺は何だかんだで武藤遊戯の使ったカードの精霊を所有している。希冴姫たち三銃士やヴァンダルギオン。どちらも武藤遊戯が実際に使ったモンスターだ。
「後継者、なんて自惚れるつもりはないが……」
『ふん、奴のことか……』
「エースさん!?」
「お前、ついて来てたのか!?」
『当たり前だろう。我は貴様の護衛だ。ついて行かないでどうする』
「ああ、そりゃそうだが……」
『心配するな。別に貴様らの逢引きを邪魔はせん』
「本当でしょうか……」
エースの言葉に、アテナがジトーっとした目を向ける。
「まあまあ。それで、エース。お前も決闘王のこと、何か知っているのか?」
『……奴は嫌いだ』
「えっ?」
「嫌い?」
エースから発せられた思わぬ言葉に、俺とアテナは瞠目した。
『奴は、確かにデュエリストとして優れてはいたのだろう。希冴姫たちを、見事に使いこなし、あ奴らに幾多の勝利を齎してきた』
「じゃあ、なんで……?」
『……奴は、精霊に慕われ、また精霊を感じられる優れた資質を持ちながら、我ら精霊を真の意味で見ていない。奴が見つめているのは、勝利のみだった』
エースの言葉は苦渋に満ちていた。なるほど、確かに俺の知っている武藤遊戯のデュエルでは、いつも希冴姫たちは神への供物だった。団員を特別大切に想っているエースからすれば、それは許し難いことなのだろう。
『我とて、最早そのことに疑問は挟まぬ。我らの意義、我らのプライド。勝利という最善へと至るための礎。今ならば、あの男のプレイングは正に“王”たる者の為すべきであったと認めることもできる。だが……』
一度付いてしまった苦手意識は、そう簡単には払拭出来ないのだろう。エースは苦々しげに首を振る。
『まあ、いい。我の個人的好悪など、今となっては些細なことだ。邪魔をしたな。我は一端消えるから……っ!?』
「っ! セツ!」
突然、エースとアテナが身体を強張らせた。
「どうした? アテナ、エース」
そこで、俺も気が付いた。
「空が……」
それまで晴れ渡っていた空が、突然暗雲に呑まれ始めた。暗雲は通常あり得ない速度で空を覆い尽くし、周囲にはピリピリとした緊張感が漂い始めた。
「セツ……」
「アテナ、どうしたんだ? 一体、何が起こっている?」
「結界だ」
エースが実体化し、腰の剣に手をかける。
「結界?」
「そうだ。見ろ」
エースが顎をしゃくって示す方へと顔を向けると、そこには童実野町を囲むように佇む巨大な影。
「あれは……帝か!?」
元居た世界では、上級モンスターの中でも特に重宝されているモンスターだ。その数は四体。
「雷帝、氷帝、炎帝、地帝の初期四帝か……。どういうことだ?」
帝モンスターは、此方の世界ではどうにも手に入らなかった。さだめも、『邪帝ガイウス』を入れたいのに手に入らないと嘆いていたのを覚えている。
「奴らが楔となって、この街を結界で覆っている。奴らをどうにかせんと、我ら精霊はこの街から出ることが出来ん」
「多分、私も影響を受けます。セツの力なら、もしかしたら出ることが出来るかもしれませんが……」
「……どっちにしろ、放っておくのは得策じゃなさそうだな」
俺は直ぐに、十代に連絡を取った。
『セツか!? 丁度いいや、手伝ってくれ!』
「どうした? 結界のことで何かあったか?」
『いや、そうじゃなくて、いやそれもそうなんだけど、それより双六じいさんが居なくなっちまったんだよ!』
「双六じいさん?」
確か、武藤遊戯の祖父の……。
『ああ、オレたち、双六じいさんに街を案内して貰ってたんだけどさ。途中で姿が見えなくなっちまって……手分けして探してた、翔と剣山とも連絡が取れなくなっちまったんだよ』
「……わかった。そっちは俺たちも探してみる。十代、お前の精霊から聞いているかもしれないが、この結界を張った元凶が何処かに居る筈だ。そっちの方も、並行して進めよう」
『わかった! 気をつけろよ』
「お前もな」
そこまで話して、俺は剣士の方にも連絡を入れる。なるべく邪魔したくはなかったが、緊急事態だし、アイツもこの事態に気付いているだろう。
「剣士、俺だ。ちょっとばかり問題が発生した。お前も把握してるか?」
『ああ! だが悪ぃ! 今ちょっと手が離せねえ!』
「どうした? 何があった?」
『凛の奴が、ヘンな男に攫われちまった! クソッ! オレのミスだ!』
「なに!?」
凛が?
『凛の奴はオレが絶対取り戻す! こんなことで、失ってたまるかよ……!』
「……わかった。気をつけろよ。お前の実力は知ってるが……」
『当たり前だ! セツ、お前こそ気をつけろ。オレみたいに、無様に奪われるんじゃねえぞ!』
「わかってる。アテナは絶対守り通す」
『それでいい。こっちは、オレが絶対に責任持って取り返す!』
そこまでで、剣士の電話は途切れた。
「セツ」
「凛が攫われたらしい。今、剣士が取り戻すために向かっている」
「そんな!?」
「チッ、下種が……!」
「向こうは剣士に任せる。俺たちは、この結界の原因を探そう。アテナ、俺から絶対に離れるなよ」
「はい。信じてます」
信じられたら、応えるしかない。俺はエースと頷きあい、走り出した。
「ちくしょう……!」
オレは、ギリッ、と音がなるほど歯を食いしばった。
一瞬の油断だった。突然曇り始めた空に動揺し、一瞬隣に居た凛から目を離した。その隙に、凛は何者かに連れ攫われた。
「畜生!」
気を失っているらしい凛を抱えた男は、人一人を抱えているとは思えない程の速度で路地をするすると駆ける。地理にも精通しているらしく、スピードでは若干上回っていながら、オレは中々奴に追いつけない。
幾つかの路地裏を通り、不意に視界が開けた。
「凛!」
そこは、丁度オレたちが童実野町に来た時に使った埠頭だった。凛の奴を誘拐した男は、そこでオレを待ちかまえていた。
「中々しぶといな、お前?」
ニヤニヤと、無様に凛を奪われたオレを嘲笑する表情に、オレはまた歯を食いしばる。
「テメエ……ソイツを放せ!」
そう言って聞かないことはわかっていたが、それでも言わないわけにはいかなかった。
「ハン、そう言われて素直に放す馬鹿がいるかよ。コイツは大事な人質だ」
「テメエ……!」
「しかし……水原凛、だったか。アイドルっつーだけあって、キレーな顔してんなぁ? お前の女か? あぁ?」
凛を肩に担いだ奴は、凛の顔を覗き込みながら、嫌らしい笑みを浮かべた。
「いい御身分だねぇ。天下のアイドルと修学旅行デートか? 俺もあやかりたいもんだ。ちょっと分けてくんねえ?」
「ざけんな……っ」
「おぉ? なに? 独占欲? ちっちゃいねぇ……女なんて、俺らの間じゃ共有財産だぜ?」
「っ……!」
睨む。目つきが悪いと散々言われ、疎ましく思い続けたその目で、男を睨みつける。しかし、男は涼しい顔。
「おお怖い怖い。へへっ、しかし見れば見るほどキレーな女だ。髪もこんなにさっらさら~♪」
男は、凛の背中まである黒髪をその手で梳く。
「…………よ」
「あん?」
「……せよ」
「あぁん? 聞こえねえなぁ。何か言ったか?」
「手、離せよ……!」
「はぁ?」
「手を、離せっつってんだ……!」
湧き上がる怒りに任せて、感情に任せて言葉を紡ぐ。
「ソイツは……」
オレは、アイツをどう思ってるか、まだ知らない。だが……。
「ソイツは、テメエが触れていい女じゃ、ねえんだよ……!」
それだけは、確かで。
「だから……」
未だかつて、出したことのないほど低い、低い声が口から洩れる。
「手、離せよ……!」
奴の濁った眼を、あらん限りの力で睨みつける。
「離して欲しけりゃ……」
奴は、それでも濁った眼のままで、その手のデュエルディスクを構えた。
「俺と、デュエルするんだな。この、光丸様とな!」
「望むところだ……! 下種野郎……!」
足下に用意されていた、デュエルディスクを装着する。
「戦野剣士……推して参る!」
絶対に勝つ。その覚悟と共に、そう吠えた。