アルカナ~切り札の騎士~
第四期第十話「月明かりの下で」
アテナとの話を終え、部屋にやってきたルインに連れられて、俺は城の中庭に。そういえば、ここにはまだ来たことがなかったな。
「へぇ、綺麗なもんだな。月明かりだけで、こんなに明るいとは思わなかった」
よく手入れされた庭草や庭木には、小さなホタルのような虫が躍っている。蒼銀の月明かりとのコントラストがとても綺麗だ。
「…………」
ルインは、しばらく無言で庭の草花を愛でていた。
「それで、話って?」
「……さっきは、彼女と何を話していたの?」
「さっき? アテナか。ああそれは……って、お前の話はいいのか?」
「……後回し。多分、長くなる」
「わかった。丁度、お前にも意見を聞きたいと思っていたところだからな」
ルインの話は気になるが、急かしてもきっと話してはくれないだろう。なら、先に俺の話をするのもいいか。
「ああ、俺の力とデュエルエナジーに関する話だったんだが……」
俺は、さっきアテナと話し合ったことを全てルインに伝えた。
ルインは、やはりしばらく考え込むと、静かに俺の考えを肯定した。
「多分、貴方の考えている通り」
「やっぱりか……」
俺の中にある、巨大なデュエルエナジー。そしてその性質、さだめという相性のいい器の存在。全てが性質の悪い偶然という名の鎖によって繋がれた運命。
「ってことは、曲がりなりにも既にゲートという形で術を行使している俺には、術が使えるのか?」
「それはわからない。使える術には適性がある。私は力の総量が多くて、精霊としての位も高いから、ある程度応用は利く。でも例えば、天使の子の場合、反魂……即ち蘇生術系統に関しての適性に偏っていて、それ以外は殆ど使えない筈」
「なるほどな……」
RPGで言う、個人個人の属性みたいなもんだな。
「……けど、もし貴方の推測が正しければ、貴方は私と同程度には万能に力を使えるかもしれない」
「そうだな。そうなるだろう」
人間である以上、どうしても限界はあるだろうが……。
「後は……貴方は既に、世界を繋ぐ力に目覚めている。恐らく、一番適性があるのはそれ」
「転移や移動、繋ぐ力か」
危なくなったら人間界へ離脱……。
「……ま、今更だけど、つくづく俺は主人公っぽくないよな。いざとなったら逃げるしか脳のない主人公様ですか」
「貴方らしい」
「そりゃどうも」
普通に考えたら褒め言葉とは思えないルインの反応だが、なんとなくその響きに優しげな物を感じた俺は苦笑と共にそう返す。
「……ま、下手に抗う術を持って殺されるより、逃げることで助けられるならそっちのがいいか」
「……やっぱり、貴方らしい」
「そっか」
しばらく、無言の時間が流れる。静かな闇夜に、風と虫の声だけが響いている。
――心地良い、な。
ルインとのこういう時間は、とても気持ちが良い。ある種、ユーキちゃんと同じような安らぎも感じる。
「……いつかもあったな。こうやって、ルインと二人きりになったときが」
俺は思い出していた。初めてルインに……他人に自分の心を打ち明けたあの時のことを。
ルインの世界を思い出す。ボロボロに崩れた家屋。陽の差さない空。息吹を感じぬその世界で、俺はルインに心中を語った。
「あの時から、まだ一年くらいか。濃い一年だ」
「本当……」
ルインは頷いて、此方に寄り添う。
「話って、なんだ?」
「……貴方のこと」
ルインは、中庭の中央まで進み出て、此方を振り返った。月光に照らされたその姿は、この白に飾られていたどの名画よりも美しく、幻想的に見える。
そして、ルインは俺を鋭い目で見つめる。その何処か剣呑な輝きに、俺は一瞬怯んだ。
「貴方は、もう限界」
ルインは、強い、咎めるような視線で俺を睨む。
「……限界、か。何を根拠に?」
普段通り、だったはずだ。今のところ、そんな雰囲気は出していない筈。
「……私には、隠せない」
「どうだかな」
俺は歩いて、ルインを通り過ぎる。何故か、今は真正面から顔を見られたくなかった。
「いつか、私の世界でも話した筈。貴方の心は、決して皆が思うようなものじゃない。既に枯れ、壊れ、死んでいる」
「心が死んでいる……か」
改めて言われると……キツイな。
「でも、俺は普段通りだぞ? 確かに、今日までの強行軍で心身共に疲れちゃいるが、限界だって言われるほど酷使はしていない」
「誤魔化さないで」
「取り着く島もなし、か」
「お互い様」
「確かにな」
やれやれ、だ。
「妹の狂気」
ルインは、肩をすくめる俺には構わず、言葉を続けてきた。
「天使の失踪」
「……」
「終焉の闇、本体の真実」
脳裏に、ユーキちゃんが消えてしまったあの日が思い起こされる。
「お姫様の消滅」
ピク。
「あれがきっかけ。あの時、貴方の被る仮面(ペルソナ)が、一瞬剥がれた。今も、完全には被れていない」
「…………」
「そして、貴方は自分の父親、家族すらも切り捨てて、今ここにいる」
「……やめろ」
「一年。たったの一年で、貴方は一体どれだけ傷ついた? もちろん、彼女たちの存在が、救いになったことは多くある。でも、それ以上に、貴方は……」
「やめろ……」
「皆、離れた。貴方のために、貴方の傍から消えて行った。理由は様々。でも……」
「やめてくれ……」
「貴方が好きだから、皆……」
「やめろって言ってるだろ!」
「貴方は……」
「うるさい! それがどうした!? 例えそうだったとして、何の意味がある!? お前は、お前はどうするんだ!? お前も、ルインも消えるのか!? 俺の傍から! 俺の、ために……」
爆発し、抑えきれなくなった感情。こんなこと、言いたくもない。ルインに指摘された俺の心の闇。それを引き出された、ルインへの怒り。その全てがごちゃごちゃになって、頭の中が掻き回されそうな気分になる。
フワッ……。
「私は消えない」
そんな、俺の心を包み込むように、背後からルインに抱きしめられた。
「私だけは、絶対に、貴方から離れない。例え、そうすることで貴方がまた傷つくとしても、絶対に」
「ル、イン……」
「……改めて、言う」
ルインは、俺を抱く手を一層強めて、俺の耳元で、宣言する。
「私はルイン。女神ルイン。御堂切を愛し、守り、貴方と一緒の未来を一番に望む」
「ルイン……」
初めて。
「初めて、名前で呼んでくれたな……」
「私は、女神だから。特定の人を名前で呼ぶことはない。でも……」
――貴方だけは……。
「貴方だけは、何度だって呼んであげたい。セツ、セツ、セツ……」
想いを込めて。精一杯の愛情で。
「私は、妹のように、貴方の理由にはなれない」
さだめは、俺にとっての生きる理由。心の在り方そのもの。
「私は、天使の少女のように、貴方を支えることもできない」
アテナは、俺の心を支えてくれている。
「騎士たちのように、貴方を守ることもできない」
希冴姫やエースは、俺の心と、戦いでは体まで、守ってくれている。
「終焉の少女のように、貴方を癒せない」
ユーキちゃんは、俺の心を癒してくれた。
「だから……」
ルインは……。
「私は、いつでもセツの傍に居て、貴方の心を理解する。貴方の、心の理解者になる」
ルインは、いつでも俺のことをわかってくれていた。俺の心が崩れそうな時、必ず。
「私にしか出来ない、セツへの献身。お願い。私の心が言っているの。貴方は、もう……」
首筋に、滴が流れ落ちた。
俺は、そっと体に回されたルインの腕を掴む。
「……ありがとう。ルイン。でも……」
休めない。
「ルインは、きっと俺自身にもわからないほどの深淵まで、俺のことを理解してくれているのかもしれない。でも、まだ休めないんだ」
だって……。
「今、休んだら……倒れたら、きっともう、立ち上がれない気がするんだ」
一度崩れてしまえば、もう、戻らない。
「だから、倒れるのは、泣くのは、全てが終わってからだ。今はただ、前へ。がむしゃらにでもいいから、前へ……!」
前へ、進むしかない。
「大丈夫。心も体も、とっくの昔に沸点超えてる。今更どうにかなりゃしない」
もう、罅が入っているんだ。俺の……仮面。
「だから、また外したりしたら、今度はもう、被れない」
「それでも……! それでも私たちは、貴方を愛する! 守る……!」
初めて聞く、ルインの涙声。俺は、苦笑して言った。
「女の子に守られるなんて、恥ずかしくって駄目だ。憤死しちまう」
ルインの腕の力が強まった。
「お、おいルイン。少し、苦しいぞ」
しかしルインは、俺の声には答えず、腕の力も弱くはならない。
「私にはわかる。精霊の力、セツは護身術がどうと言っていたけど、本当は……」
「……ああ、そうなんだろうな」
「戦うつもり。いざとなったら、私たちを力で逃がしてでも、一人で」
そう、かもな……。
「それは……私たちは望まない! 絶対誰も、望まない……! お姫様のことでわかっている筈……自己犠牲は、ただの自己満足」
「ああ、そうだな……」
だから、俺は希冴姫に一発かましてやらなきゃ気が済まない。それは、身に染みて分かっている。
でも。
「いざそういうことになった時、そうしないでいられる自信がないな」
頭で、理屈でわかっていても、どうにもならないことがある。
「希冴姫の気持ち、わかっちまうんだよなぁ……」
刺し違えても。命を賭けて。そんな陳腐で、どんな世界でも、必ず間違っているその選択を、それでも俺は選ぶだろう。
「ルイン、言ってたよな。決着をつける相手がいるはずだって」
「……」
「終焉の闇とは……ユーキちゃんとは、俺が決着をつける。なに、死んだりはしない。逃げる方法はあるんだ。そんなに心配するな」
「貴方は……セツは、私たちの全てなの」
「ルイン……」
「貴方にとって、私たちはそれぞれ、心の在り方であり支えであり守護者であり癒しであり理解者。でも、私たちにとっては貴方一人が……その全て」
「…………」
「貴方は、セツはいなくなってはいけない。それは私たちにとって、全てを失うことと同義。決して許容出来ることじゃない」
「大げさ……じゃ、ないんだろうな」
アテナは、帰って来てから殆ど俺に依存している。今夜部屋に来たのだって、結局はそういうことだろう。ルインも、今の告白を考えれば相当だ。さだめに至っては言わずもがな。アイツは生まれた時から全て俺を中心に世界を回している。
けど……。
「確約は、できないな……」
「セツ……!」
「悪い。でも、わかっているんだろ? ルイン」
「っ……」
俺の言葉に、唇を噛んで俯くルイン。そう、わかっているんだ。俺を説得することはできないって。
「さだめは……俺の心、その在り方そのものだ」
さっきルインが言った通りに。
「だから、俺はアイツを守るために、世界だろうが終焉だろうが敵に回す。例え、アイツ自身がそれで苦しんだとしても、俺の力の及ぶ限り。……その対象が、広がったんだ。さだめだけでもそうなのに、アテナや、ルイン。お前たちをも守るためなら、俺はきっと躊躇わない」
「……わかっている」
血を吐くような声音のルインの腕を解き、ルインと向き合う。
「泣くな。俺は、涙が見たくてお前に感情を取り戻させたわけじゃない」
それでも涙が止まらないルインを軽く抱きしめ、背中をポンポンと叩いてやる。
「ほら、笑え。泣き笑いでも、ただ泣くよりはずっといいぞ?」
「……そんなの、不細工だから嫌」
「ならこうしててやる。それなら見えない」
「……貴方に見せなきゃ、意味がない」
「なんだ。見せたいのか見せたくないのかどっちだよ」
「……ばか」
「うお、そういう台詞この体勢で言うなよ。破壊力でかいんだからさ」
冗談めかしてそう言うと、やっとルインは少し笑ってくれた。
「貴方程じゃない」
「なんだよそれ。人を誑しみたいに……でも、ま」
違うの? みたいな目を向けてくるルインに苦笑しつつ、思う。
「お前たちを笑顔に出来るなら、何でもいいか」
「っ……!」
「……ルイン?」
「っ貴方は……間違いなく女誑し」
「断言かよ」
「プレイボーイ」
「意味、同じだろ」
「ジゴロ」
「だから、変わらんだろ意味」
「鬼畜変態雑食」
「おい待て今のは聞き捨てならん。特に、なんだ雑食って!」
あたりかまわず食い散らかしているようなニュアンスを感じるぞ!
少し軽くなった空気の中、ルインがまた真面目な表情をして、俺の目を見つめる。
「セツ、貴方は……」
「ん?」
「全て、終わったら……」
ルインが何か言いかけたその時、強烈な圧迫感が俺たちを襲った。
「っ!?」
「なんだ!?」
慌てて二人飛び退いて、圧迫感を感じた先を見る。てっきりさだめ辺りが嫉妬してきたのかとも思ったが……状況はそれどころではなかった。
「……いや、さだめとどっちがマシかは微妙なところだが」
「非常時。その比較は後にして」
中庭、城の渡り廊下の向こう。ゆっくりとこちらに近づいてくる何者かの気配。ガシャン、ガシャンと重厚な鎧を纏った足音と共に、“それ”は姿を現した。
「……余の居らぬ間に、何処とも知れぬ男と睦言か? 女神よ」
「……!」
ルインが目を見開き、続いて顔色を失う。
「貴方は……!?」
「ほう、忘れたわけではなさそうだな」
「……忘れない。忘れるわけがない」
「ルイン?」
「……私にも、決着を着けるべき相手が来たみたい」
まさか向こうから来るとは思わなかった。とルインは苦々しげに吐き捨てる。
いつの間にか月を隠していた雲が、徐々にその姿を消し、鎧を身に付けた相手の姿を、その月明かりで照らし出した。
「お前は……!?」
ガシャン。
その体を、フルプレートアーマーで覆い、その手に長大な槍戦斧を構えた精霊の姿を、俺はよく知っていた。
「デミス……!」
ルインの、呪詛のような声が歯軋りと共に聞こえる。『終焉の王デミス』。それは、ルインの世界、最後の王。野心に溢れ、終焉と共に世界を滅ぼした、終末の王。
兜をつけて尚感じられるその傲慢な瞳が、俺たちを睥睨していた。
さ「な~っにっかな~な~っにっかな?」
ル「それどころじゃない。お休み」
さ「え~……」
ルインのターンはしっとり系。この話、シリアスの癖に実は結構同じ作品からのパロネタ多いんですけど、わかる人います?
それでは、悠でした!