アルカナ~切り札の騎士~
第四期第十二話「旅立ち……そして現れる終焉」
「よし、っと。こんなもんかな」
俺は荷物を纏めて、旅立ちの準備を整える。
「セツ~準備出来ましたか?」
「ああ、アテナ。とりあえずな。アテナの方はどうだ?」
「私は、そんなに荷物とかありませんし……というか、セツこそ、何でそんなに沢山?」
「少しくらいは調理器具とか、非常食とかも持っていた方がいいだろ」
後は、研究資料とかを諸々。まあ、それほどの大荷物ではない。
「そうですか。もしかして、私たちも何か持って行った方がいい物ありますか?」
「いや、大丈夫だ。心配するな。アテナたちは、デュエルディスクとデッキだけ、しっかり忘れなければいい」
「はい。わかりました。それじゃあ行きましょう。みんな待っていますよ」
アテナに促され、荷物を持って城門まで降りる。
「あ、来た来た。お兄ちゃん!」
「おはようさだめ。昨夜は、良く眠れたか?」
「うん。もうバッチリ!」
「……図太いな。お前は」
俺たちはと言えば、実はあんまり眠っていない。その理由は、当然と言えば当然だが、デミスのような大物があっさり侵入してきたもんだから、城の中でもゆっくりは眠れなかったからだ。
「申し訳ありません。主様。これでも、警備は厳重にしていた筈なのですが……」
「終焉の前には、儂らの警戒なぞ通用せんと言われたようで腹が立つわい」
「道中は、誰かが寝ずの番だな」
「ああ、我らで交代制にする。一晩につき三人のローテーションが妥当か?」
騎士たちも、そのことには責任を感じて昨夜から徹夜で見回りを行っていたようだ。それでも、傍目には疲れが見えない辺り、流石に騎士だ。
「……おはよう」
「お、来たかルイン」
そして、昨晩の主役、といっても過言ではないルインは、消耗していたのもあって一番の厳戒態勢の中、安心して眠りについていたらしい。番についていたのがネイキッドらしいが、むしろそれはネイキッドが危険要素な気がしてならん。
「はっはっはっ! 案ずるなセツよ。流石の我も、昨夜のようなことがあって尚煩悩に集中を乱されるようなことはない」
「……まあ、実際ルインは無事みたいだし、いいけどな」
ちなみに俺も厳戒態勢だった。主に見回りの騎士の中で手が空いた騎士が見張り。ただし、エース以外。
「……何故だ。我が最も戦闘技術には長けているというのに」
とエースは不満たらたらだったが、さだめが猛反発したので他の連中が見張りをしていたらしい。さだめは、
「エースさんは危険だよ……さだめをして、お兄ちゃんへの感情の種類が掴めない。パッと見ライバルにしか見えないけど……でも、なんか違う。しかもそれを天然でやっているんだから……危険な橋を渡る愚は避けるべきだね」
とかなんとか、訳知り顔で考察していた。
「それじゃ、そろそろ出発するか」
全員揃ったことを確認し、俺は皆にそう声をかけ……。
「何処に行くの~? わたしも連れてってよ。セツくん」
「っな!?」
「馬鹿なっ! 何時の間に!?」
声は、すぐ後ろから。耳元で聞こえた声は、聞き慣れた、何処か間延びした柔らかな声質。
「ユーキ……ちゃん」
俺の声に、ユーキちゃんはクスリと妖艶に微笑んだ。そのまま俺の首に手を回してくる。
「おのれ!」
一瞬惚けていたエースたちが、慌てて剣を抜く。
「待て!」
俺は、今にも飛びだしそうなエースたちを制止する。
「何故だ!?」
「クス、いい判断だよ。セツくん」
そう、ユーキちゃんが言った瞬間、周囲が闇の炎で包まれた。
「こ、これは……」
「闇のゲーム」
誰かの戸惑う声に、全員の中でも、特に顔色の悪いルインが短く答える。
「……このタイミングでの襲撃は、一網打尽が目的か?」
「流石セツくん。一発で見抜いちゃうんだ」
でも、とユーキちゃんは更に言葉を重ねる。
「それだけじゃないよ。どうやら、適当な小物をぶつけても、セツくんたちが強くなって行っちゃうだけみたいだから~。わたし、ゲームのラスボスさんみたいに親切設計してないよ?」
「……なるほどな」
ユーキちゃんは、元々結構なゲーマーだったからな。その性質もわかっているわけだ。
「……やっぱりだ。まだ、ユーキちゃんは消えてない。お前の中にいるんだな。終焉の闇」
俺の言葉に、終焉の闇は頬をピクリと動かした。
「当たり前だよ~? わたしは、加藤友紀なんだから」
「そうだな。表面上はともかく、根っこにはユーキちゃんが生きている」
そう言うと、終焉の闇は苛立たしそうに舌打ちを一つ。
「……セツくん。今の状況わかってる? セツくんたち、もう逃げられないよ?」
「ああ、そうだな。少なくとも、こうやって抱かれてちゃ、俺は逃げられそうにない」
「……俺、は?」
終焉の闇の言葉尻を取った疑問に、俺は笑って見せる。
「ああ。“俺は”、だ」
「っ待って!」
昨夜の会話から、俺が何をするか見当がついていたのだろう。ルインが慌てて制止しようとするが、もう遅い。
「これは……!」
「転送魔法陣?」
「セツ!?」
さだめたちはともかく、アテナたち精霊の知識を持つ者にはわかったらしい。アテナは悲痛な表情で俺に向かって叫ぶ。
「お兄ちゃん! 何、何しているの!? これ何!?」
さだめも、珍しく狼狽した様子で叫んでいる。
「……セツくん」
背後から抱きすくめられているので、ユーキちゃんの表情はわからない。が、冷たい表情をしているであろうことは容易に想像がついた。
「……俺の力は転送とか、繋げることに長けているらしくてな。例え闇のゲームの結界で閉ざされていようが、無理矢理人間界にみんなを送ることくらいはわけないらしい」
俺の説明で、皆もその事実に気が付いたのだろう。声を荒げて迫ってくる。
「おいセツ! テメエ何考えてやがる!?」
「セツ! 馬鹿な真似はやめて、これ解いてください! みんなで戦えば……」
半ば以上涙目のアテナの言葉に苦笑する。
「そっちこそ、馬鹿言え。どちらにせよ、デュエルってのは一対一でやるのが基本だろ。応援なら、傍にいなくたってできる。それよりも、お前らをこの危険地帯から逃がす方が先だ」
説明しても、アテナはふるふると首を横に振るだけだ。
「お兄ちゃん!」
「さだめ、我儘はなしだぞ」
「違うよ! これは、我儘なんかじゃない!」
わかってる。でもな、さだめ。
「俺は、お前を守る。昔から、それだけが俺の全てだったんだ」
「っ……」
「その上、この世界にはお前と同じように、守りたい奴らがこんなに増えちまった。なら、やるしかないだろ……!」
アテナたちを包む光が更に強く発光する。
「大丈夫。ここで俺が、ユーキちゃんに勝てば万事解決なんだから。……人間界で、待ってろ」
「待っ……!」
最後まで言わせず、アテナたちはその場から消えた。
「……ふぅん、すごいね。わたしの干渉を物ともせずに人間界と繋げるなんて」
「何だかんだ言って、ユーキちゃん邪魔しないでいてくれたからな。首でも絞められたら出来ないところだった」
「そっか。じゃあそうしておけばよかったね~」
俺が逃げないことはわかったのか、ユーキちゃんは俺から離れて、俺の正面に立つ。
「でも、セツくんだけ残ったのは下策だね。どうするの? あの子たち、立ち直れないかもよ?」
「その辺は、頼りになる奴に任せるさ」
「……頼りになる奴?」
「ま、どうせこの状況も想定して動いているような奴さ」
俺の言葉に、終焉の闇は何か思うところがあるのか思案顔になる。
「……まあいいや。とりあえずわたしは、ここでセツくんをわたしのものにしちゃうね」
「……どうやら、俺の童貞人生は長く続きそうにないな。無事に帰っても、さだめに力尽くで奪われそうだ」
男としちゃ、喜ばしいことなのかもしれんが、どうにも素直には喜べないな。冗談めかしてそういった俺に、終焉の闇はユーキちゃんの顔でクスクス笑う。
「セツくん、この状況でも自然体だね。凄いよ。でも……」
終焉の闇の目が、黒く怪しく輝いた。
「どうする気? 騎士さんたちまで逃がしちゃって。戦えないよ?」
「……俺が、異世界の人間だってことは知っているよな?」
唐突な俺の言葉に、終焉の闇は怪訝そうな顔をする。
「俺の世界じゃ、一人の人間が複数のデッキを使うことなんてありふれていてな。俺はパーミッションだけじゃなく、バーンも、コントロールも、特殊勝利も、ビートダウンだって多少は使っていた」
「それが?」
「……俺が、アルカナだけだと思うなよ」
俺は腰のホルダーからデッキを取り出し、デュエルディスクにセットする。
「こうなることは想定済みだ。エースたちがいない状況でも戦えるように、別のデッキは組んでおいた」
「フフフ……アハハハハハッ! うん、いいよ。遊んであげる。愉しいデュエルにしようね。セツくん!」
「愉しませやしない。ここで、全て終わらせる!」
「「デュエル!!」」
セツLP4000
ユーキLP4000
「待って! セツ!」
私が伸ばした腕は、セツに届くことなく空を切りました。
「ここは……レッド寮前か……?」
困惑するみなさんと、脱力し、力なく座り込むことしかできない私たち。
「クソッ! 馬鹿が! 主を守らず、逃げ帰る騎士が何処に居る!? 自分を犠牲に、騎士を逃がす君主が何処に居る!? あの、クレイジーがぁ!」
エースさんは今まで見たことがないくらいに荒れていて、傍に居るジャックさんやキングさん、テンスさんも、常ならぬ殺気立った様子で拳を握りしめています。
「ああ、わかる! 今ならわかるぞ希冴姫! お前が命を懸けたのは、そうでもせねば守れぬからか! 守らせてくれぬからか! あの、馬鹿者が! 騎士にとって一番の侮辱を平気な顔でやりおって!」
「……す」
「さだめさん?」
「……犯す」
「え」
「犯す。力尽くで奪う。素っ裸にひん剥いて縛りあげて吊るし上げて思う存分視姦してから凌辱してやる……! じゃなきゃ、絶対割に合わない……」
「さ、さだめさん……?」
なんだかこう、聞いちゃいけないくらい物騒というか……危険な言葉の羅列に思わず引いてしまいました。
「……でも、セツ」
気持ちは、わからなくはないです。これは、許せません。
「セツは、ウソ吐きです。離さないって言ったのに……私が離れた時は、無理矢理強引に引き止めてくれたのに……なのに、自分から手放さないでくださいよ……」
「ぐすっ……うっ、えぐっ」
ルインさんは、泣いていました。普段の冷静な面影が見えないくらい、弱々しい姿で、子供のように。
「わ、わたっ、私は……知ってたのに……彼、がっ……こうする、って……なのに!」
止められ、なかった。そう言って、ルインさんはまた泣いてしまいました。
セツは……あんなこと言ってましたけど。セツのこと、信じてもいますけど。それでもあの状況では、最悪を意識せずにはいられません。エースさんたちもここにいるのに、どうやって抗うつもりなのか、見当もつきません。
「セツ……!」
「まったく。セツにも困ったもんだね。これでも僕は忙しいって言うのにさ」
「あ……」
「大丈夫? アテナ。しっかりしなさい。落ち込んでても、前には進めないわよ」
聞き覚えのある声が背後から聞こえてくるのと、背中を強めに叩かれるのは殆ど同時でした。
「光、お姉さん。希望さん……」
「雰囲気が暗いね。まるでお通夜だ」
「しょうがないじゃないですか……」
「負けたから?」
「負けてません」
「どうかな。セツ一人を残して逃げ帰ってきたのは、負けじゃないのかな?」
「……」
希望さんの言葉は正論で、私は黙り込んでしまいました。
「まったく、セツにも困ったもんだ。トカゲが尻尾じゃなく心臓切り捨てたようなもんじゃないか」
溜息を吐きながらそんな風に評する希望さん。
「……うるさいからちょっと黙って」
「おやおや。嫌われているのは承知しているけど、そう邪険にしないでくれ。一応、僕は君たちを助けに……」
「ちょっと黙っててよ! 今さだめたちは……」
「落ち込んでいる暇が、あると思っているのか?」
「っ!」
ふいに温度の下がった冷たい声に、当たり散らそうとしていたさだめさんの言葉は遮られました。
「自体は切迫している。詳しくは省くが、今の人間界は破滅の光によって危機が迫りつつある。そして、精霊界では終焉の闇。破滅の光と終焉の闇が同時期に、別々の世界でその活動を本格化しているんだ。正直な話、二つの世界の終わりが近い」
「破滅の……光?」
「希冴姫が消滅したのは破滅の光による影響だ。詳しい話は省く」
希望さんの言葉に、私たちは呆然とするだけでした。
「僕は、破滅の光の影響がなるべく小規模で済むように手を打つので精一杯。君たちに全面協力している暇はない」
「なら、ほっといて」
「放っておいても世界は滅ぶ。だから君たちが落ち込んでいるとか、そんな余計な手間は省略させてもらう。一刻も早く精霊界に戻り、終焉の闇を止めてくれ」
「そんなの、当たり前……」
「ああ、言い方が悪かった。今の君たちでは、どうにも頼りない。君たちは力を得るのが先決だ。だが、今は呑気に冒険の旅に出ている余裕はない」
「じゃあ、どうすれば」
「僕が君たちを、行くべき場所へと直接送ろう。力を使ってね」
希望さんが力を使う。それはつまり……。
「そ、それじゃあ終焉の闇が……」
「ああ、力を増すだろう。だが、悠長に時間をかけて世界が滅びるくらいなら、多少相手の力を割増にしても僕が何とかするしかない」
確かに、破滅の光というものは良く分かりませんが、終焉の闇は既に行動を起こしています。時間はかけられません。
「今は巧遅より拙速を尊ぶ。君たちの精神状態も心配ではあるが、その辺は各自乗り越えてもらうしかない」
「ま、待って! お兄ちゃんは……」
「セツなら、勝てなかったとしてもすぐには死なない。終焉の花婿でもあり、セツ自身が賢い。下手は打たないさ」
そうですね……セツを助けるためにも、今は……。
「……『倒れるのは、泣くのは、全てが終わってからだ。今はただ、前へ。がむしゃらにでもいいから、前へ……!』彼の、言葉。彼の覚悟」
ルインさんがボソリと呟いた言葉は、私たちの気持ちも奮い立たせてくれました。
「セツ……!」
「必ず助けるから。お兄ちゃん」
「もし、セツがこのまま勝てばよし。勝てなければ、助け出す。いいね?」
全員、黙って頷きます。
「……本来なら、こんな風に君たちに干渉してしまうのは下策なんだが……手段は選べないからね。すまないけど、世界は任せた。セツを救うついでにでも救ってやってくれ」
最後に冗談交じりのそんな台詞を言って、希望さんは私たちの周りに魔法陣を敷きました。
「当然。世界はともかく、お兄ちゃんは必ず救う。早くしないと、ユーキさんに食べられちゃうし」
「心配するベクトルが違いますけど……セツは、絶対助けます」
「……彼から離れない。そう誓ったから」
「当然だ。希冴姫共々、奴は特別痛い一撃をくれてやらねば気が済まん」
他の皆さんも、その気持ちは同様で、一斉に頷きます。
「ありがとうございます。希望さん。おかげで、何とかなりそうです」
「……礼はいらない。正直、ロクな手助けができなくて謝りたい気持ちで一杯だよ。さあ、行ってくれ」
セツの時もみた、強い光と共に私たちは再び精霊界へ戻るのでした。