アルカナ~切り札の騎士~
第四期第十七話「望まぬ再会」
『……そうか。まったく傍迷惑な……』
私がヴァンダルギオンさんに、反乱終結の経緯を話した際の反応は、大きな溜息でした。まあ、妥当なところだと思います。
「きゅ、きゅ~!」
「あーはいはい。遊んであげるから少し落ち着いてってば。まったくもう。な~んでさだめにばっかりこんなに懐くのかな」
「かう~」
「羨ましいです……」
「ほら、アテナんとこ行けば沢山遊んで貰えるよ~?」
「きゃうっ!」
ミリーちゃんはぷいっ、と顔を背けて拒否。うぅ、どうして……。
「きゅっ! きゅきゅ~!」
「あ~なんかね。抱き締め殺されそうで怖い、だってさ。行き過ぎた愛情表現は嫌われるよ~?」
「よりにもよってさだめさんがそれを言いますか」
「……だよね」
「さだめさん……?」
先ほどから、どうもさだめさんの様子がおかしいです。普段の明るさがすっかり鳴りを潜め、どこか落ち込んでいる様子です。
「……なんでもないよ」
「私、まだ何も聞いてません」
「……」
明らかにおかしい。それはわかりますが、安易に踏み込むことを躊躇わせるような雰囲気を持っていて、聞くに聞けません。
「別に。ただ……」
さだめさんは寂しそうに笑い、呟きました。
「お兄ちゃんに、会いたいなぁ……って、さ」
「…………」
今にも泣きだしそうに見えるさだめさんの言葉に、私は何も言えずに黙りこみます。まだ、セツと別れてから一日と経ってはいません。ですが、それでも私たちの強がりは限界に達しようとしているのが、自分でもわかるからです。
「……元々、強がりという意味で最も強いのはセツだった」
「ルインさん!」
私より一足遅れて戦場から帰還したらしいルインさんが話に加わります。
「今戻った」
「大丈夫でしたか?」
「問題ない」
まあ基本的にファンクラブにサービスしてただけみたいなものですからね……。
「彼の強がりは、完璧だった。誰もそうとは気付かないくらいに」
「でも、ルインさんは気づいたんですよね?」
「私は特別。彼と似たような経験があるから」
だとしても、私としては複雑です。私は、全然気づいていなかった。ただ、セツは強くて、格好良くって、無敵なんだって、盲目的に依存していた。
「……駄目ですね。私」
セツのことを好きだって言いながら、もしかして私は、本当のセツ自身を見ていなかったんじゃないか。そんなことを思い、私は顔を俯かせます。
「諦める? 大歓迎」
「まさか」
例え、今までの私が浅はかでも、セツへの想いは本物です。
「知らないのなら、知ればいい。そうですよね?」
「……ポジティブ」
「セツと一緒にいると、そうなるんです」
どんなに辛くても、強がりを悟らせないセツを見ていると。
「こんなところでへこたれちゃいられない。そう、思えるんです」
だけど。だから。
「セツが居ない今、私たちは強く在れない」
「はい……」
我ながら、依存してますね……セツに寄りかかり過ぎです。私は、セツを支えたいのに。
「今のままじゃダメです。もっと、強くならなくちゃ」
セツを、助けられません。
「それで? これで希冴姫を蘇生するのに力を貸してくれるのだろうな?」
私たちの話がひと段落するのを待って、エースさんがヴァンダルギオンさんに協力を要請します。
『うむ。しかし、少し時間が欲しい』
当然のように、頷くヴァンダルギオンさんでしたが、少し歯切れが悪いです。
「どういうこと? 反乱は終わったじゃん」
「反乱ってなァ戦争だゼ? 終わった後にも色々あンだよ。戦後処理っつってなァ」
「すみません。出来る限り急ぎますが……私たちの手が空くのは一週間……いえ、五日でなんとか……」
「……シャルナ」
「え~? それ業務外労働じゃ……」
「シャルナ!」
「わかってるってばさ。あたしも手伝うって」
「仕方ねェからオレもマジメにやってやらァ」
「ああ……この二人が真面目に働くなんて……私、この日をどれだけ渇望したことか……」
「どれだけ不真面目だったんだコイツら……」
奥の部屋から、剣士さんたちも戻って来ました。
「大丈夫ですか?」
「ああ、オレはなんとかな……」
「あ、はは……私はちょっと、キツイかも……」
凛さんの顔色が余り良くありません。
「きゅう……」
「ほら、シャキッとしなさい! 凛だって気をしっかり持っているんだから……貴女精霊でしょうが!」
すっかり目を回しているエリアルさんをエリアさんが――名前が似ていて紛らわしいですね――気つけしています。
「では、一度我々の拠点に帰還しましょう。何時までもここにいてはお辛いでしょう」
「そうじゃな。冥界の空気は老体に堪えるわい」
「違いない」
冗談めかして言うキングさんに、苦笑気味のテンスさんが続きます。
「それじゃあ、私もシャルナたちのお手伝いをしていきますので……」
「うん。わかった。さだめたちは城に戻ってる」
私とルインさん、シャルナは冥界で戦後処理を。他のメンバーは拠点に戻って休息を取ることに決め、私たちは一端別れたのでした。
「ねえ、エースさん」
「む? どうした妹」
さだめは、王城の廊下を歩いていたエースさんに声をかけた。お兄ちゃんになにか言われたのか、以前よりとっつきやすくなっているエースさんは、ぶっきらぼうではあったけど無視することなく答えてくれた。
「このお城、何処かにこう、暴れられるところってないかな? 訓練施設みたいな」
「戦士族の城だからな。当然あるが……どうするつもりだ?」
「そりゃ、訓練だよ」
「精霊でもないお前が? 何のために」
「憂さ晴らし」
さだめが簡潔に答えると、エースさんは若干きょとんとして固まった。
「あぁ……なるほどな。まあ、気持ちはわからんでもない。我も、少し身体を動かしたいと思っていたところだ。案内してやろう」
そう言って歩き出すエースさんの後をついて行く。ちょうどいいや。この際はっきりさせておこう。
「ねえ、エースさん。エースさんは、お兄ちゃんのことどう思ってるの?」
ピクッ……。
「どういう意味だ?」
「どういう意味って、そのままだよ。もっと直接的に言うなら、お兄ちゃんを恋愛対象として見てるかどうか」
「本当に直球だな……」
「それがさだめだもん」
呆れたようなエースさんに、さだめは胸を張って返す。
「で、どうなの?」
「……さあな」
「このタイミングでの沈黙は肯定と受け取るけど、それでもいいね?」
「……違う」
「嘘ばっかり」
「なら何と言えばいい? 結局、我が何と答えようと関係ないのだろう?」
そうかもしれない。さだめの視点では、どう見てもエースさんはお兄ちゃんに惚れているから。
「……結局、さだめは自己中なんだよね。人の事情なんか関係ない。自分の見たいようにしか世界を見てない」
訓練場に着く。エースさんの返事も聞かず、さだめは闇を展開して薙ぎ払う。
「だから、忘れてたんだ。さだめから見た世界が、あんまりにも優しいから。あんまりにも幸せだから」
闇を叩きつけ、訓練場の床が陥没する。
「……さだめが、どうしようもなく醜いってことに」
意味もなく、力を振るう。きちんと整えられた訓練場を蹂躙する闇の爪。
ギィンッ!
「……それでも、奴はお前を受け入れた」
さだめが振るった力を、エースさんが剣で受け止めていた。
「相手がいる方がストレス発散にはよかろう。我も、派手に動きたい気分だ」
「……怪我しても知らないよ?」
「素人が。甘く見るなよ」
さだめのお尻から伸びる闇の尻尾が、エースさんを襲う。
「ッふ!」
受け流された。その仕草に焦りは見えない。余裕なんだ。
「……ッ貴様は、幸せにならねばならん」
「…………」
剣を交えながら、エースさんはさだめに語りかけてくる。
「醜かろうと卑しかろうと、受け止めてくれる者がいるのだろう! ならば、貴様は幸せにならねばならん!」
「どうして」
「恵まれているからだ!」
「!」
一瞬、闇の制御が緩んだ。その隙を見逃さず、エースさんが斬り込んでくる。
「どんなに醜くても、卑しくても、それでも受け入れて貰える……そんな恵まれた女が、幸せにならねば誰がなる!?」
「醜くも、卑しくもない普通の女の子を、傷つけたさだめがいるんだ。反省するでも、罪を償うでもなく、これからも、傷つけ、奪い続けると誓ったさだめがいるの!」
「なら奪えばいい! 傷つければいい! 奴は……セツはどんなお前でも好きでいてくれる筈だ!」
「だから!……だから、苦しいの。だから、泣きたくなるの。自分がどんどん醜くなっていくのが止められない。お兄ちゃんは受け入れてくれるから。だから、歯止めが利かない――ッ!」
闇が渦巻く。さだめの手の中で。さだめの、心の中で。
「それは違うッ!」
光の刃が、闇を断ち切る。飛び込んできたエースさんが、さだめに肉薄する。
「奴は、セツは、どんなお前でも受け入れるだろう……だが、間違うお前を放ってはおかない!」
エースさんが振るう剣を、闇の盾で受け止める。細身の剣なのに、その剣撃は酷く重たかった。
「奴の人当たりの良さは、貴様のためだ! 貴様がやがて社会復帰出来るようにと、その緩衝材になれるようにと、奴が磨いた、お前のための技能だ!」
連続で振るわれる剣を、なんとか闇を使って捌く。
「どんなお前でも、奴は受け入れる……しかし! 間違った道を往く人間を、そのまま見過ごすようなバカではない! 間違っている物を、間違っていると殴り飛ばせる奴だからこそ、我は――ッ!」
「ッ!」
これ以上は捌き切れないと悟ったさだめは、思い切り闇を爆発させてエースさんをつき放す。
「……恵まれているお前は、幸せにならねばならない」
「……罪を犯したさだめは、幸せになっちゃいけない」
一瞬の硬直。
「…………」
「…………」
「「――――ッ!!」」
激突する。さだめの闇が、エースさんを喰い荒らそうと迫り、その闇をエースさんは突き破る。
「誰にも理解されず、ただ恐怖に精神が摩耗していく時を、貴様は知っているのか!?」
「過去の暴走と罪を、憎しみとしてぶつけられた罪悪感と恐怖が、貴女にわかるの!?」
ただ、ぶつかる。技術も何もない。ただ、想いを込めて。
ビシィッッ!!
訓練場の壁に罅が奔る。暴力的な闇が、さだめから溢れてくるのを感じる。
「この闇が……ニンゲンじゃないっていう証が、自分が自分じゃなくなっていく感覚が、どれだけ怖いかわかってる!?」
「……ああ。わかるさ」
「嘘!」
「嘘じゃない。自分が自分じゃなくなっていく。その恐怖は、我もつい最近、感じているさ……!」
エースさんの剣が、徐々にさだめの闇を貫き始める。同時に、剣自体にも綻びが走る。
「お前にも、わかる筈だ……人を想う。その感情が、自分を自分じゃなくさせて行く、その感覚は――!」
「っ!」
「おかしいんだ! 我は奴を友だと思っている。友だと思っているはずなのに……それだけでは済まない想いが、我を別の何かに変えて行く!“我”ではない、別の“私”が顔を出す!」
「エース、さん……!」
闇が、突き破られた。同時に、剣が崩れて床に転がる。
「……だが、勘違いはするな。我は、奴を友人以上の存在にするつもりはない」
「……理解できないね。そこまで明らかな想いを抱えて、自分の中に押し留めるの?」
「それが、我の意地だ」
エースさんは、使いものにならなくなった剣を放り捨てて、さだめに背を向ける。訓練はこれで終わり、ということらしい。
「……さだめ、貴女のこと嫌いだよ」
「奇遇だな。我も良く似た感想だ。だが……」
背を向けたまま、エースさんは首だけさだめに振り向いた。
「お前とは、良い友人になれそうだ」
「奇遇だね。さだめもそう思ってたとこ」
嫌いだけど。憎らしいけど。まったく理解できないけれど。
何故か、わかる。この人とは仲良くなれるって、分かりあえるってわかる。
「不思議だね」
「ああ。不思議だ」
一頻り笑い合い、表情を引き締めた。
「――奴は救うさ。我の、騎士としてのプライドにかけて」
「――お兄ちゃんは助けるよ。さだめのセカイを守るため」
「……というかだな。貴様は素人の癖にどうしてそう戦いなれた動きをする」
「さあ? 漫画やアニメの見よう見まねだけど」
「それだけでは説明がつかんぞ……大した格闘センスだ」
「エースこそ、素人のさだめにまったく躊躇なく剣振るってたでしょ」
「躊躇したらやられかねん。実際、かなり本気でやってこのザマだ」
罅割れた鎧と、砕け散った剣を差す。
「まったく……お陰で新しく剣と鎧を発注せねばならん。もう貴様と模擬戦はせん」
そう言ってエースさんは溜息を吐くのだった。
冥界での反乱騒ぎから五日後。カイエンさんの言葉通り、五日で戦後処理を終わらせた私たちは、全員で希冴姫さんたちの神殿に集まっていました。
「あ~やれやれ。こんな真面目に仕事したん、何時以来かしらね~」
「まったくだ。こりゃ、しばらくは全力でサボりだな」
「お~ふ~た~り~と~も~……!」
肩こったと言わんばかりの二人に、カイエンさんが涙目で睨みつけます。でも、何だかんだ言いつつ、二人も今回はかなり頑張ってくれました。
「きゅ!」
「ミリーちゃんも、頑張りましょうね」
「か~ぅ!」
か、可愛い……。抱きしめたい気持ちを何とか抑え、私は配置に着きます。
「……今更ですけど、本当はセツにも立ち会って欲しかったですね」
「そうだな。奴も、それを望んでいただろうが……」
「仕方ないよ。お兄ちゃんを助けたら、そのまま最終決戦突入でもおかしくないし、その時希冴姫さんがいないとお兄ちゃんも困るもん」
「そうですね。それに、希冴姫さんを何時までも寝かせておくわけにもいきません」
「……アイツには、色々と言いたいこともある。始めてくれ」
エースさんの言葉に頷き、私はシャルナたちと顔を見合せます。
「まず、手順を確認いたしましょう」
カイエンさんが、そう言って全員を見渡します。
「兎にも角にも、まずは肉体……器がないことには始まりません。これは、私たち冥界の者が担当いたします」
今回儀式に参加するのはヴァンダルギオンさん、ゴーズさん、カイエンさん。ミリーちゃんは、今回見学です。
「肉体の再構成が成功しましたら、アテナ様とシャルナ様で魂の方を」
「はい。わかりました」
「任せといて~。あたしがサポートはするし、アテナなら大丈夫」
気楽に手をひらひら振るシャルナに、カイエンさんはジトっとした目を向けましたが、小言は後にしようと思ったんでしょう。咳払いを一つして纏めに入ります。
「然る後、全員で魂を肉体に定着させます。手順としてはこれだけです。何か質問は?」
全員首を振ります。手順としては非常に単純なものなので、そこに問題はありません。
『……然らば、まずは我らが騎士の肉体を再構成しよう。ゴーズよ』
「わァってるって。マジメにやるっての」
「では……始めましょう」
カイエンさんがそう言い、今まさに儀式が始まろうとした……その瞬間でした。
ガシャァァァンッッ!!
「っ!?」
「何事だ!?」
「入口の方から……」
何か、大きなものが破壊される大音響に、私たちは集中を乱して儀式を中断しました。
「一体何が……」
全員で慌てて神殿の入り口に急ぎます。そこには……。
「…………嘘」
真っ二つに破壊された扉。そして、そこに立つ人影は、格好こそ見慣れぬ鎧姿でしたが、見間違う筈がありません。それは紛れもなく……。
「セ、ツ……?」
私たちが、探し求めていた人でした。
「悪いが……」
見慣れない、簡易的な鎧を身に付けたセツは、聞いたこともないような冷たい声で――
「お前たちには、ここで消えて貰う」
――私たちに、剣を向けてきました。