SSSS.DYNAZENON―RE:CODE   作:od-

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RE:CODE 11

 

 夜の河川敷は静かな水面を湛えながら、燦燦と陽光に照り付ける朝の通学路とは違う顔をして、祭り帰りの夢芽や蓬を迎え入れてくれていた。対岸の街並みでは初めてダイナゼノンに乗って戦ったあの街で、もたれかかるように倒れかかっていたビルの撤去作業が進んでいた。壊すよりも、直す方が難しい。仮にあのビルを建て直したとして、同じ風景は戻るだろうか。夢芽は毎日のように登下校しながら、そんな景色を蓬と一緒に見る。基礎から始めてあの場所に同じビルが自立するその日が来る前に、自分達は卒業して、ここを歩く事もなくなるだろう。そう思うと偶に、同じ一歩が大切になる。やけに繊細な気分になってしまうのは、今日がそれだけ慌ただしかったからで、疲労を顔に隠せなくなっている蓬に時折肩を貸しながら、二人でお馴染の高架下に休息についた。

 

 「……ねっむ」

 

 いつかのガウマのようにコンクリートタイルの斜面に寝転がり、蓬は右腕を瞼の上に横たわらせた。あの交差点で彼を捕まえた時からそうだった。ただの疲れとしては違和感の伴う容態の変化。そんな彼の側に居ると、夢芽はどうしても胸騒ぎを覚える。この高架下に住んでいたガウマがずっと前から、広がり続ける痣にその身を蝕まれていたことと、つい重ねてしまうから。

 

 「……なんで言ってくれなかったの、シズム君のこと」

 

 ここに来るまでに蓬が説明してくれた。最後の戦いで、彼が怪獣となったシズムを怪獣使いの力で止めた事。繋がった怪獣の中で、シズムと対話した事。今日という日に自分の内側に残ったシズムと決着をつけた事も、到底すぐには処理出来なくて、つい詰問口調になってしまう。もう眠ってしまったのかと思うくらい、蓬の口は重かった。

 

 蓬自身は怪獣を掴んだ反動だと、己に起こった事を推測していたけれど、夢芽からすればその現象はガウマの状態に近くて、シズムが話していた〝怪獣使いは怪獣との繋がりが絶たれれば朽ちてしまう〟という危ない橋を渡っているように思えた。蓬とガウマの差異は、前者が現代を生きる人間で、後者が5000年前の人であるという一点。蓬の条件なら大事には至らない筈だと、夢芽は沈黙の間自分に言い聞かせる。酷く長々しい間が置かれて、鉄橋の上を電車が通り過ぎ、響き渡る振動の余韻が耳の外に微かに搔き消えた時、夢芽はか細い声を耳に拾った。

 

 「……ごめん。夢芽のこと、巻き込みたくなくて」

 

 ぽつりと、それだけ口にした蓬の使命感が、夢芽には自分だけ蚊帳の外に追い出されてるように感じられる。

 いつかのちせの気持ちが、漸くわかった気がする。

 それがどれだけ大切に思われている証でも、関係ないなんて、突き付けられるのは腹立たしい。

 この河川敷で伝えてくれた告白すら、蓬は忘れてしまったのだろうか。怪獣が居なくなっても、ダイナゼノンに乗らなくなっても、同じ道を選んでくれたのは蓬なのに。夢芽はもう、当の昔に巻き込まれている。体育座りで川面を眺めながら、夢芽は溜め込んだもの吐き出した。

 

 「別に謝って欲しい訳じゃなくて……勝手に、一人で背負わないでよ」

 

 「…………あんがと」

 

 次はそうするとか、言ってくれないんだ――面倒な自分が喉から出かかって、ヒーローを目指す男の子の意地の方が、よっぽど面倒なように思う。

 

 「そんなとこまで、ガウマさんに似なくていいんだよ、蓬は」

 

 座り込んだコンクリートタイルを上ればすぐ側にある、ボロボロのビニールシートがテント張りになったガウマの棲家へ、夢芽はそっと振り返る。蟹煎餅を詰めた筈の紙袋も、生活感を漂わせたガウマの持ち物も手つかずで風に晒されて、管理者のいない場所は見る度に荒れ果てている。ぴっちりとビニールシートがカーテンのように閉められていたそこは、今やもう開ききっていて、深い夜の入り口を覗かせていた。薄い闇の中白く浮かぶ、ガウマの腰掛けている定位置に置かれた仏花は、夢芽と蓬が相談してお供えしたものだ。『縁起でもねぇ』と、もしもここにガウマがいたら怒るだろう。ガウマ隊の誰一人、いなくなった彼に対して上手くふんぎりをつけた訳じゃない。

 

 でもこの場所は夢芽や蓬にとって毎日の通過点で、〝もしかしたら〟の寄り道で時間を奪うことは、きっといなくなった本人が一番望まないだろうと、学園祭のあの日から蓬の意識は変わったようだった。喪に服すなんてお利口な理由じゃない。ほんの少し、距離を置きたかっただけだ。姉が亡くなった現実をどこかで認めたくなくて、夢芽は南香乃のお墓から逃げていた。蓬は夢芽との現実を選んで、もしもの奇跡を当面の夢のままにした。一緒に選んだ白百合もマーガレットもガウマ宛てだ。人知れずその花がなくなる日を、夢芽も蓬も祈っている。

 

 「……蓬?」

 

 折角ガウマの名前を出したのに、蓬の反応がないのは珍しかった。隣を見遣れば目元を塞いでいた蓬の右腕は完全に垂れ下がっていて、その瞼は完全に閉じ切っていた。内情を知らなければ、くたびれた包帯を頭髪から額に至るまで巻き付けて、水色のパーカーを着た彼は祭りに浮かれ羽目を外し過ぎた学生そのものだ。健やかな寝息に安堵して、夢芽は一人取り残される。ふと視線を前に向けると、斜面の下の川辺の草むらを揺らして、野良猫が夢芽達を観察していた。毛並みは白だが、高架下の暗がりのせいで黒猫にも見える。何をするでもなくこの場所に居るという事は、この寝床を根城にしていたりするのかもしれない。

 

 「ガウマさんの友達かな」

 

 ふとした他愛のない話に、高架下の空虚だけが返ってくる。

 疲れ切った蓬を寝かせてあげたい気持ちが半分、構って貰えない寂しさが青天井。

 徐々に鉄橋を震わせて、再び通り過ぎた電車の走行音に、猫は驚いて瞬く間に走り去っていった。

 騒音に引かれて蓬の様子を窺うと、彼は一瞬だけ寝ぼけ眼を開いていた。景色を取り込んだ半目は見る間にするする垂れ下がり、半覚醒の意識の最中、彼は寝ぼけたようにうわ言を繰り返す。

 

 「……おれ……ちゃんと……まもり……したよ……ウマ、さん……」

 

 夢芽があの人の名前を、何度も呼んだせいだろうか。夢現の中を彷徨っている蓬の目尻に溜まった雫は溜まったまま零れていない。側に寄って彼の寝顔に目を落とす。瞼を閉じたままだとその童顔のせいか、いつも手を引いてくれる彼が歳下っぽく思える。垣間見えたその幼さのせいか、蓬に先輩風を吹かせていたガウマにとっては、可愛い弟分だったりしたんだろうかと、普段はしない思考が相次ぐ。今日一日必死に蓬と歩き回ったからわかる。蓬の中に居るガウマの存在は大きくて、夢芽にとっても大切な恩人で、姉を亡くした自分に蓬がずっと付いてきてくれたように、夢芽も痛みに寄り添える自分で在りたかった。躓いたら、もっと強くなれるから。そんな前向きさを、暑苦しい顔を近付けて褒めてくれたのがあの人だから、自分の気持ちを認めて、夢芽はそっと蓬の涙を掬う。その雫に、停まっていた夢芽の心は救われたのだと、他人の為に泣いてくれる彼の隣で気持ちが溢れる。

 彼の顔を真上から見下ろして、夢芽は耳元の髪を掻き上げた。

 夢芽の影が蓬を覆う。これからする事を想像して、胸の鼓動が早鐘を打つ。付き合って、名前を呼んで貰えるようになるまで、三ヶ月。順番を間違えたのか手を繋ぐ方が先になって、関係の進展は夢芽からすると物足りない。今日一日、慣れないクラスメイトとの交流の一歩を踏んだ。蓬もまた、怪獣の置き土産にケリをつけた。夢芽が好きな夢の国の物語なら、多少の褒美くらいはあっていい筈だった。都合の良い魔法はない。だから自分で起こすしかなくて、夢芽は唇を薄く開く。

 

 「――蓬が、悪いから」

 

 短く息を吸い込んで、斜面に寝転がる蓬の口許に、夢芽はそっと唇を落とす。

 

 

 ◇

 

 

 優しい、夢を視ていた気がする。

 黄昏色の空から隠れるように、高架下で集まって、怪獣が出ない日を過ごした記憶。

 もう、何を話していたのかも覚えていない。

 サボリがちだった訓練に率先して参加している頑張りを認められたり、バイトじゃ俺が先輩ですからなんて軽い口答えをしたり、そんな何気ない、冗句の延長であったように思う。じゃれ合うようにガウマが蓬の首から腕を回して、羽交い絞めにされながら藻掻いた記憶。全然力が入ってないのがまた笑えて、一人っ子だった蓬には、兄が居たら、こんな風だったのかなと思えた。あの河川敷のそこかしこに、思い出が詰まっている。

 

 蓬は目を開けて緩慢に起き上がると、重い瞼を擦り付ける。

 

 側に体育座りしていた夢芽を見遣ると、蓬は経過した時の流れを漸く意識した。

 

 「……ごめん。俺、どれくらい寝てた?」

 

 獲物を定める爬虫類の如く緑の瞳がスライドする。

 

 「……ばーか」

 

 その捨て台詞を吐き捨てる為に地蔵になっていたとでも言わんばかりに、夢芽は悪態を吐いてのっそりと立ち上がった。高架下を先に出ていく背中を追おうと考えるより前に呆気に取られ、蓬はつ独りごちる。

 

 「何よあれ……」

 

 怪獣より、女心の方が掴めない。

 目が醒める想いで暫くフリーズして、口許の違和感に気が付いた。

 

 「…………甘」

 

 まるでアイスを口にした後のように冷ややかな唇からは、何故だか、チュロスの味がした。

 

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