2020年11月2日。土曜のハロウィンを終えて日曜を挟み、つつがなく日常に戻る都立フジヨキ台高校の校内は、一通りのイベントを終えた活気の余韻を未だ引き摺っている。
1年3組所属、金石にとってもそれは例外でなく、朝のホームルーム前から妙に騒がしいクラスメイト達の触れ合いは、恐らくは1-3プチ問題児こと南夢芽が密輸してきたゴルドなんたらのペイントシールの影響もあるのだろう。まるでクラス全体がはみ出し者になったかのようなアウェイな一体感は奇妙な高揚感をもたらし、カラオケで各々が自分を曝け出した後になって今更冷静になった者や、親睦を深めた者と立ち位置は多岐に分かれていた。
金石としてはどちらでもなくいつも通りの中立を取り戻したい所存で、大体教室の後ろから真ん中寄りの自分の席に腰を落ち着けスマートフォンを眺めながら、SNS経由の蘊蓄で11月2日はキリスト教の日付だと死者の日にあたるらしいとの豆知識を読み流す。同じタイムラインでは顔も知らない誰かが、午後の東京は雨が降ると語っていた。一応の傘は用意してるものの、朝から気の重たい、そんな月曜日。
担任が来るまで適当に過ごしていると、突如教室の中が、どよめくような声に包まれた。
出入り口の方まで目を向ければ――教室に入ってくる仏頂面の南夢芽と、何やら右手で顔を覆っている麻中蓬が、クラス中の脚光を浴びている。
瞬時にして金石がその原因を理解できたのは、ひとえに麻中蓬を見続けていたからとしか言い様がないだろう。彼のトレードマークである黄と緑を半々に分けたヘアピンが、そのまま南夢芽の髪を右分けに固定していたのだから、あまりの自己主張っぷりにクラス全体が言葉を失っていた。
金石の手から、携帯が零れ落ち机の上で硬質な音を立てて転がる。
「見せつけてんなぁ」とどこかでらんかの一周回って感心する声が室内のベールを破き、何も間違いなどないような顔をして南夢芽はガンガン入り込んでくる。所定の窓際の席に座る彼女と、俯きがちに顔を赤くしながら廊下側の一番前に座る蓬。彼が男衆に「お似合いじゃん」とからかわれる最中、担任の女性教諭の到来により南夢芽の奇行は流された。
金石はホームルームの有難い話を無視し机の下でスマホを弄ぶ。
登録ホヤホヤの『角井 鳴衣』宛に、音より早くメッセージ。
<南さんヤバいんだけど>
既読がマッハ。女子高生の反射神経を侮るなかれ。
<あの子は大体ヤバいよ>
<彼氏のヘアピンして学校来てる>
<地雷コーデはまだ早いでしょ>
<おかあさんか>
鳴衣に報告しながらもう一度南夢芽の方を窺えば、彼女はクラスの視線に耐えかねたかのように朝から机に突っ伏していた。羞恥のキャパオーバーなのかただのマイペースなのか判断がつかない。ハロウィンの夜に蓬と打ち上げを抜けて何かがあったのは明白で、わざわざアピールしなくてもいいのにと金石は心の底から思う。
やっぱりちょっと、仲良くなれそうにはないけれど、愚痴に付き合ってくれる返信の早さに、今はちょっとだけ救われている。
◇
狸寝入りをしながら、夢芽は窓の外を眺めている。
ホームルームの退屈な話は、一昨日のハロウィンでフジヨキ台高校の制服を着た生徒達が物騒なタトゥーを頬やら手に施して集団で闊歩していたという巷の住民による目撃証言だった。
夢芽は当然、我関せず聞き流した。
窓の向こうは青い空。こんなに晴れているのに、どうやら午後は雨が降るらしい。
――早く降らないかな
今日の帰りは、蓬と一緒に、お揃いの傘をさしたい。
机に伏せながら髪を固定するヘアピンに指先で触れる。本当は傘みたいに色違いのものが欲しくて日曜にデートに出かけたけど、それは恥ずかし過ぎて無理だと蓬に断られた。だからオリジナルを奪い、もとい借り受けた訳だけど『そっちの方が恥ずかしくない?』なんて抵抗は聞かない振りをした。夢芽は満足一杯にヘアピンの感触を楽しみ、教室の隅に居る蓬の席に視線を送る。
蓬と目が合った。
頬杖をつきながら素っ気なく、それでいて柔和に目で笑む彼の方へ、蟹型のピースをそっと送る。
蓬も机の下で、同じ手の形を作ってくれた。
◇
山中暦は今日も今日とて家を出る。片付かないまま飛び出して溜め込んだ仕事を憂いながら、同級生の旦那の下で働く未来は、いつ終わるとも知れない。
目も覚めるような青空なのに、午後は雨が降るらしい。
折り畳みを片手に提げ、暦は今日も後ろ向きに前を行く。
◇
飛鳥川ちせは外で伸びをする。友達の怪獣と会いに、遠くの渓谷に通っていた習慣が、今の自分を形作っている。
偶にすれ違う学校の制服にちょっとささくれた気持ちを抱きながら、そんな自分に負けじと戦う。
どうやら午後は雨が降るらしい。念の為引っ提げてきた傘を、ふと思い立ってちせは開いてみた。お気に入りのドクロマークを天に咲かせて、雨のない空の下、ちせは傘をさす自由を謳歌する。
◇
とある高架下に誂えられた、風に捲れたビニールシートに覆われた生活の跡を、一匹の野良猫が見つめている。
耳や頭の一部分だけに黒い斑模様のついた、それ以外は白い毛並みの野良猫だ。猫は日課のようにこの場所を訪れるけど、ここの先住民はもう久しく帰って来ていない。餌のお零れも貰えず、猫の記憶からあのノッポの記憶は薄れていく一方で、誰かが置いて行った紙袋や真っ白な仏花なんて、猫の食指にはとても引っかからない。
縄張りは最早猫のものだったけど、特段の価値があるわけではない。時偶地響きを立てる電車が怖い暗がりの下。猫にとってそこは最早通過点。いつも通りに横切ろうと川辺からやや離れて歩いていると――道行きに障害物を見かけて猫は足を止めた。
ただの帽子だ。
元はたぶん真っ白の、今は風に運ばれ地べたを転がり見る影もなく煤けて汚れた誰かの帽子。あしらわれた金のエンブレムも土塗れで、猫はその帽子を見るのが初めてはないけれど、当の昔に記憶の彼方。
避けるのは容易かったが、興味本位で猫は狩りの如く警戒心に身を引きながら、一度となく爪で引っ掛ける。時偶そよ風が吹いて帽子は草むらの方に転がり、猫はそれを追いかける。そんな事を何度も繰り返し、猫は川の側に来てしまう。草むらに埋もれた誰かの帽子は、猫には拾いようもない。揺れる水面を大海原のように見つめながら、猫は川辺に帽子と並んだ。
じっと川の流れに見入っている野良猫の頭上を、大きな人影が覆う。
革のジャケットとピンクの髪が印象的な、長身痩躯の男だ。
男は、肘から紙袋を提げて、同じ右手に真っ白な仏花を持っている。
汚れた帽子に目を落とし、男は口端を吊り上げる。
猫はちっとも気付かない。川のせせらぎ以外、誰の足音も聞こえない。
男が、落ちた帽子の方へ、細長い腕を伸ばして、
――どこからか、不如帰の鳴き声がした。
猫は咄嗟に振り返る。頭上を仰ぎ見るような角度で首を捻っても、目に映るのは冷たい橋の骨組みばかり。
気を落とすこともなく元の姿勢に戻りながら、猫は側に帽子がない事に気が付いた。
探し回るように首を傾げ、猫はすぐ様興味を失くす。
風に運ばれ地に汚され、毎日転がって躓いて、あの帽子は――きっと、今日は飛べたんだろう。
世界に降り注ぐ陽光は、一日の天気を約束している。
寄り道を終えた猫は、緩慢な歩みでその場を後にした。
誰もいなくなった橋の外で、何もない一日が始まる。
長々と期間を置いてしまいましたが、お目を通してくれた方々、お気に入りやポイント、誤字修正までして下さった皆様にお礼申し上げます。
この作品はSSSS.DYNAZENON第四巻付属、ボイスドラマ12.12回『段差』のタイトルが出た頃に着想を得てラストを目指した二次創作になります。途中途中公式様の展開により影響を受けた面もありますが、根本的な所は変わらずに書けて良かったです。もしも当方の拙作をお読みになって、『段差』をお聴きになっていない方がいましたら、強くオススメします。よもゆめが好きな皆様が幸せになれる内容になっています。
現在『グリッドマンユニバース』も上映中ですので、一人でもグリッドマンがお好きな方のお暇潰しになれたら嬉しいです。
重ね重ね、ここまでお付き合い下さり、有難う御座いました。