SSSS.DYNAZENON―RE:CODE   作:od-

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RE:CODE 3

 十月三十一日土曜日、ハロウィン当日。待ちに待ったというには気にかかる事が多過ぎるが、兎にも角にも当日を迎えて蓬は現在、フジヨキ台高校の校門脇に立っている。

 予定としてはここで蓬含めた1-3一同が集合し、それぞれの仮装を終えて出発する手筈だ。空はもう夕日に染まっていて、ここから駅前に着く頃には夜の帳も下りて、現地は祭りの風情を醸していることだろう。

 

 気温の落差に備え蓬はミイラの仮装の上からパーカーとブレザーを標準装備。

 蓬の右隣に立つ眼鏡の男子、なずみの頭も学園祭の流用で脳天に鉈が刺さったスタイルで、ばっちり血濡れメイク済み。そのまた彼の隣で気だるげに佇む男子、淡木の出で立ちは制服の上の首だけパンプキン仕様で、ギザギザにくりぬかれた覗き穴からギリギリ淡木と識別可能となっている。彼と対面して蓬がビビったのがついさっき。マッシュヘアで淡木を淡木と認識していた事実が途端に申し訳なくなった。

 

 夢芽を待ち侘びながら蓬は幾度か校舎を振り返り、なずみはスマホでハロウィンの盛況をSNSにて鑑賞中。女子グループ待ちの空き時間、手持ち無沙汰な淡木が定期的に話題を振ってくる。

 

 「なずみ、ハロウィンって何のお祭りか知ってる?」

 

 「秋のクリスマスみたいなもんじゃないの。知らんけど」

 

 「死者のお祭りだってさ。悪霊とか魔女とか出てくるから、そいつらにバレないよう仮装するんだって」

 

 「ホラーカフェしてたうちにぴったりじゃん」

 

 「だな。ミイラもいるし」

 

 「お化けも重役出勤――でも、ないか。今日は自分から行ったんだっけ? 南さん」

 

 尋ねられた蓬は校舎から視線を戻す。刺さった鉈から血を垂れ流した半死人のなずみ越しにカボチャが頭を傾けている構図。蓬が夢芽と付き合いだしてからも、変わらず接してくれることが結構有難かったりする。普段の会話にレパートリーが加わった、蓬の繋いだチャンネルを許してくれる距離感。

 

 「正直意外だったって言うか、もうちょいごねるの覚悟してたから、後で何か要求されないか怖いっす……」

 

 今日の夢芽は学校に着いて蓬と離れてからもやけに素直だった。学園祭で流れを覚えたからだろうか。躾にも近い心境になるが、メイク担当のらんかの元に自分から行った夢芽の行動力に感動したことは蓬だけの秘密である。後で夢芽にはそれと知らぬ形でご褒美でもあげたい気分で、つまりは先の発言は対面上の冗談だったりする。まさかこの心を馬鹿正直には言えない。自分でも猫可愛がりにならないか自制してるくらいなのだから。恋人の話題は出来るだけ自分を下げていくスタイルで――なんて浅知恵は、友達に容易く見破られたりするのだが。

 

 「とか言って、顔に出てんぞ、南さん係」とカボチャが嗤う。

 

 「お父さんみたいだな、蓬」と鉈も乗っかる。

 

 「一応彼氏です……」とミイラは項垂れた。

 

 包帯の上からほっぺを触る。なんで気付かれたんだろ? 頬が緩んでないか今後気を付けようと誓いを立てた蓬は逃げる素振りで校舎を見つめる。そういうとこだぞ、と野次は聞き流した。

 

 「ごめん、待った?」

 

 丁度、お化けが校門にやって来た。

 三角頭巾や白装束、目元や口元を新鮮な血に濡らした夢芽の姿が、夕陽に彩られて側にある。少々はだけ気味な左脚の太ももには、蓬の右手の甲と同じ傷跡が残っていて、学園祭でふと笑い合った真新しい記憶が蘇った。一度きりと思っていた衣装をお互いに確認して、言葉を交換する。

 

 「ううん。お疲れ、夢芽。結構気に入ってたんだ、その衣装」

 

 「まぁ、学祭は、楽しかったし。蓬ズル……顔だけじゃん」

 

 「いや、これだけだと夜寒いんだって。お化けも冷えない?」

 

 「……ちょっと寒い」

 

 思い出したかのように夢芽が自分の肩を抱き締めた。一番寒そうなのは素足だが、お化けになりきる上でそもそも妥協する発想がなかったのかもしれない。蓬は苦笑しつつブレザーを脱いで夢芽の背中に回る。袖を通さない格好で、白装束の上から羽織らせた。

 

 「これ、気休めだけど」

 

 「……ありがとう」

 

 間近に立っていたから気付ける、柔和に下がった眉と微笑。心なしか夕暮れが彼女の頬を染めているようにも見える。自分はいつも振り回される側で、彼女が本格的に照れたところは見た試しがないが、その新しい一面を引き出せることが喜ばしかった。などと感慨に耽っていたところ、鳴り響くシャッター音。

 

 「アッツ……こっちが火傷するわ」

 

 所帯じみたイントネーションで首に吊り下げた一眼レフを構える女子――角井鳴衣は眼鏡の奥から蓬と夢芽を観察している。首から下げた相棒で蓬達の一部始終を激写したのは明白であり、彼女に向けて夢芽が無言の圧をかけた。こと親友の鳴衣だけには、その遠慮のなさが信頼の表れに思えて少し羨ましい蓬だったりする。

 

 「今の撮った? おかあさん?」

 

 「もち。毎回いい顔ありがとうございます、彼氏さん。うちの夢芽がお世話になっております」

 

 「いえいえ、こちらこそ。おかげさまで、いい子に育ってます」

 

 「二人供うっるさい……」

 

 手刀でデュクシと脇腹を小突かれる。なんで俺だけと思わなくもないが、そんな茶番が出来る人間関係こそあの戦いで掴み取った平穏で、蓬は穏やかな面持ちで仲睦まじい二人を見守った。

 

 「……なんで仮装してないの?」

 

 「うち撮る側だから。気にしないで喋る空気とでも思って下さい」

 

 「うっざ……」

 

 煙たそうにしながら流れるように並んで自撮り。遅れてやってきたナースコスのらんかと、トンガリ帽子&ローブ着用魔女っ子スタイルの金石も、校門に着くなり二人の様子にさらりと突っ込む。

 

 「あの子クラス違くない?」

 

 「……保護者同伴で特例だってさ」

 

 金石とすれ違い様、鳴衣が彼女へと迅速にカメラを向けた。魔女はそれを見越していたかのようにトンガリ帽子を宙へ放り投げ、見事それは丸団子の頭に被さった。

 シャッターチャンスを阻まれ鼻白む鳴衣。冷淡に振り返る金石。二人のアイコンタクトなどまるで意に介さず、というか全く気付いた風もなく、夢芽は見映えだけ仮装した鳴衣の隣で身を傾けもう一度パシャリとスマホを鳴らした。その瞬間には既に鳴衣も笑顔である。魔法の様な早業だった。

 

 「女子の距離感わからん……」

 

 「「わかる……」」

 

 淡木の一言に深々と頷く男子勢。世の中わからないことだらけだと思うと、最後まで理解し合うことのなかった元クラスメイトの事に、蓬は思いを馳せる。

 シズムならきっと、いつも通りの格好でハロウィンに来たのだろう。

 仄かな郷愁を運ぶ暮れなずむ日の下で、蓬達の後夜祭が始まる。

 

  

 ◇

 

 

 駅周りの風景はクラスの誰しもが予想した通り、人出で賑わい歩行者天国の盛況を博していた。交差点を行き交う仮装集団はパレードの様な有様で、夜をものともしない都心の街明かりや、押し返されそうな程の雑踏で音と光に溢れている。正直なところ騒がし過ぎるのは夢芽の好みではなかったが、そこは蓬がはぐれないように手を引いてくれたのでよしとした。

 

 元々ハロウィンへの参加は祭りの空気を味わう程度で、学園祭の打ち上げは予約していたカラオケボックスが中心となる。無難であり鉄板らしいが、その辺馴染みのない夢芽にはどちらにしろ恐怖である。鳴衣と二人でしか来たことがないので猶更だ。しかも蓬と別室だったりする。何の冗談だ。

 

 ……そこはまぁ、夢芽から志願した事だったりするのだが。蓬との約束。周囲にもう少しだけ合わせる事。姉がいなくなる前、家族とも自然に触れ合えていた頃のように、蓬は夢芽が周囲と上手くいく事を望んでいる。怪獣の力で幼少期の夢芽の過去を知ってくれているからこそ、強く。不器用な今の南夢芽も、周りに合わせることが出来た昔の夢芽も、蓬の中では一つなのだろう。その信頼は、裏切れない。

 

 ズルい約束を先に取り付けたのは、どっちだろう? 彼がいつも側に居ることが一番の贅沢で、だから部屋を分けたのは、夢芽なりの覚悟。肌身離さず持っていた知恵の輪がなくとも、今夜を乗り切る決心を固める。

 息を吸い込み、夢芽は今、カラオケのモニター画面の前でマイクを握っている。

 

 画面に表示される『あいみょん』の文字に「「おぉ~」」と皆どよめく。鳴衣がタンバリンを構える。

 感情を乗せて歌い切った『空の青さを知る人よ』を聴き終えて皆が「「おぉ……」」としんみりする。らんかが「……恋愛相談ならうち乗るから」とやけに心配してくれた。失恋ソングと思われたのかもしれない。鳴衣は最後まで眉一つ動かさずタンバリンのリズムを崩さなかった。

 

 それなりに盛り上がっていた室内に水を差したように思われたが、次の曲が始まったので夢芽は鳴衣の隣に戻った。耳元で忌まわしい音を鳴らされたので肘で小突き返す。ソフトドリンクを一口飲んだ。蓬は隣の部屋で何してるだろと考えながら、彼から借りたまま袖を通したブレザーのポケットに手を突っ込む。

 妙な感触がした。

 ポケットからそっと引き出して覗き見る。あ、と漏れた声は音響に掻き消けされた。

 曲から曲の切れ間。充分に声が届くタイミングで、夢芽は意を決し、

 

 「あのさ……皆に、渡したい物、あるんだけど」

 

 「ちょっち皆さん。夢芽さんが、渡したい物あるそうです」

 

 タンバリンを叩き注目を集めると、鳴衣が目配せしてくれた。ほんとに保護者じゃんと内心毒づく。「ありがと」と小声で返し、夢芽はポケットから〝それ〟を引っ張り出す。

 

 飛竜の紋様を施されたシールの束。掌よりもやや小さなそれらをテーブルの中心にトランプみたいに広げると、同級生達が身を乗り出した。

 

 「ハロウィンだし、こういうのもありかなって、友達が作った奴なんだけど、良かったら、貰ってってくれないかなって……」

 

 「ロックな友達持ってんね、南さん」

 

 と鉈眼鏡が言い、

 

 「これ自分で作ったの? スッゴ。デザイナーさんと友達なの? 南さん?」

 

 と施術失敗ナースもとい、らんかが興味を示してくれた。彼女は夢芽のメイクを担当してくれたのでギリ覚えてる。普通に嫌われてるもとの思い込んでいたのに、会話に乗ってくれることに少し驚く。

 

 「いや、中学生なんだけど……」

 

 「夢芽さんより世渡り上手いんじゃないの、その子」

 

 おかうる(略)を飲み込み夢芽はまたつまらないものをデュクシしてしまった。さもありなんと鳴衣がしたり顔を向けてくる。思ったよりも好感触でそれぞれシールを取っていくクラスメイト達を眺めていると、自分が踏み越えてこなかった線引きをあっさりと越えられた感覚が、なんだか信じられなかった。

 特に蓬を囲んでいる人達は、夢芽とは無縁の人種だと、そう思っていたのに、自分も一応クラスの輪の中にいるらしい。もう一歩踏み込もうと、夢芽はちせの頼まれごとを遂行する。

 

 「あとそれ、一応名前あるんだけど……」

 

 「この絵? なんかのキャラクターなの?」

 

 テンポよく反応してくれるらんかに、その名を伝えようと口を開き――その瞬間、けたたましい音楽が部屋に満ちた。皆の目が画面に集まる。長々しい英語のタイトルの下に並ぶ、小さな文字列は、

 

 『GOLDBURN』

 

 「ゴルド、バーン……」

 

 既に発声の指示を下していた脳はちせの友達の名前を読み上げ、誰が入れたか知れない歌のバンド名と偶然にも一致した。元ネタかもしれないと察するにはあまりある状況。激しい洋楽の籠った部屋で、不思議と鳴衣の声が響き渡る。

 

 「今考えたでしょ、夢芽さん」

 

 ずっとむっすり黙っていた、耳にピアスをした女子が噴き出した。

 ドッと笑い声が湧き上がって、らんかの顎マスクがおおいにズレた。

 

 「……私、飲み物入れてくる」

 

 口実を作って、夢芽はたまらず逃げ出した。

 部屋の外に出た途端、詰まった息を吐き出して、ドア脇の壁に背を預ける。

 やっぱ人間、めんどくさい。

 でも縮まった距離はきっと本物で、我知らず築いてきた薄い壁が一枚剥がれ落ちた気がした。恥ずかしさと奇妙な達成感の混ぜ合わせを胸の内に反芻する。初めて経験した、大勢にいじられる雰囲気。

 思ったよりも、悪いものではなかった。

 きっと同じ経験をしたであろう姉を想う。一番近くに居たのに、何も気付いてあげられなかった人。不器用なりに周囲と合わせようとしていた、血を分けた姉妹。姉の最期はもう変えられるものではないけれど、夢芽が知っている南香乃の一面も、一部分に過ぎないのなら――合唱部に親しんでいく過程で、今日の夢芽の様に、こそばゆいいじりもあったなら。せめて、姉が周囲に合わせられるよう歩み出した、始まりだけでも。

 

 「疲れた……」

 

 考え過ぎて、夢芽はガス抜きにスマホを眺めた。室内では気付きようもなかった一通の通知。

 〈そっちどう?〉と短い蓬の文面に、夢芽は目元を柔らげて、

 

 「――あれ、夢芽も飲み物?」

 

 隣の部屋から、ミイラが出てきた。

 両手にコップを持った現代に蘇りし奇人と目が合って、夢芽は堪えられなかった。

 

 「めっちゃ水飲むじゃん、ミイラ」

 

 「水分足りないんで。じゃなくて、これついでだから、他の人の」

 

 「……ガウマさんもそんな風に、一杯コップ持ってきてたよね、海ほたるで」

 

 「あったなそういや……。あれ、俺らが自分で水持ってきてるのに、ガウマさんも皆の分持って来たんだよね、確か」

 

 ばったりと会ったのに、待ち合わせしてみたいにドリンクバーに向かう。

 番号が振られた部屋が両脇に並んだ廊下。カラオケボックスからくぐもった音楽は、二人にしか通じない言葉を掻き消したりは出来なくて、

 

 「夢芽、なんかいいことあった?」

 

 「……なんで?」

 

 「いや、こっち来た時より生き生きして見えたから。違った?」

 

 「お化けが生き生きしてるって変くない?」

 

 「水飲むミイラいるんだからいいでしょ」

 

 学園祭に戻った様に、二人茶化して笑い合う。

 コップで塞がった手の不自由がもどかしい、祭りの隅のささやかな喧騒。

 

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