SSSS.DYNAZENON―RE:CODE   作:od-

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RE:CODE 8

 

 

 

 

 祭りの人混みを避けながら最適のルートを探す感覚はバスケのドリブルにも似ている。昔取った杵柄と言えば大袈裟だけど、人の隙間を縫って歩きながら、蓬は耳に拾う会話や雑音の中に紛れる細かな足音や、煌々と街を照らす電飾の下で行き交う仮装に塗れた人々の顔。五感を埋め尽くす情報が瞬きの合間に切り替わる。それくらい今の自分は早く歩けているのだと思うと、夢芽と手を繋いでいた歩き辛さが、かえって恋しくなった。一人の方が動きやすいとはいえ、女子を二人きりにさせてしまった危うさに今更思い当たる。ナンパなんてされてないだろうか――そう思うといても立ってもいられなくなって、暦の捜索に躍起になる。

 

 この人入りで心なしか電波の繋がりが不安だったが、指定した待ち合わせ場所まで落ち合おう段取りは滞りなくついた。蓬が目指すのは某家電量販店の真っ赤な看板が目印のビルの真下で、入り口間際まで相変わらず人がごった返している。遠くからでも店の中まで覗き見れるように解放された店頭の広場には数段の階段があって、そこを境に人の流れは途切れていた。ギリギリまで流れに巻き込まれないよう歩いていたが、最後にはもみくちゃにされた洗濯物のようになって蓬は人混みを抜け出る。ふぅ、と一息つくと、ひとまず暦と連絡を取ろと耳元にスマホを翳した矢先、コール音が鳴ると同時に、自分と同じ動作を取る人影が段差を越えた真向かいに立っていた。パンダの目元の様な目の隈で、こちらを見下ろすゾンビと視線が合う。

 

 「やっと見つけた……。行きましょ、暦さん。皆待ってるんで」

 

 上段に一歩足を掛けて、蓬は言う。暦はスマホを仕舞いながら、面目なさそうに頭を垂らし、

 

 「ごめん、蓬君。……途中まで蓬君達の背中は見えてたんだけど、よそ見してたらつい……」

 

 「そりゃそうなりますよ、この中じゃ。何か気になるものでもあったんですか?」

 

 暦の隣まで上がり切って、蓬は目線を合わせる。数段の段差を置いて見える景色は、やっぱり人の大海原と言う他ない。改めてよく歩いてきたものだと我ながら感心しつつ、これから同じことを繰り返すのにもげっそりとする。他人と障害物の境目を失くした今、暦は目に留めたその何かを、形容しがたい物でも見たかのように、暫く黙り込んで、

 

 「……うん、気のせいっていうか、ただの錯覚だったらいいんだけど――」

 

 暦の瞳は茫洋と、海に浮かぶペットボトルやビニール袋でも見つめるように、鏡の様に群衆を映している。その傍観はまるで落としてきたものを目で追うようで、手の届きようのない諦観が色濃くあった。囁くような声で、彼は独り言ちて、

 

 

 「――ムジナさんと、すれ違った気がして」

 

 

 暦が口にしたその音が、人名である事に蓬は遅れて気が付いた。

 付随したイメージは、統一された白の軍服。思えば、蓬が名前を覚えるほど関わったのはジュウガやシズムくらいなもので、あれだけ怪獣を通して争い合った相手の事すら、既に記憶の底に埋没していた。暦が掘り返してくれた刺激に従って、脳は答えを探り出す。

 

 「……ムジナさんて、怪獣優生思想の?」

 

 「うん。の、女の人」

 

 暦の首肯を受けて、やっと記憶が補完される。全体的にアイドルグループっぽいあの集団の中でも、とりわけ様になっていた一人。蓬は彼女と話したこともないけれど、暦にとっては、後ろ髪を引くくらいの相手だったのだろう。自分がシズムと決裂したように、暦にとってのムジナも、また。

 今宵はハロウィン。

 皆が冗談を着て歩くような夜だ。

 暦の錯覚の訳を、蓬は知っていたから、

 

 「なんか流行ってるらしいですよ。あの人達のコスプレ。俺も夢芽も見かけたんで」

 

 種明かしとしてはあんまりな解答に、薄っすらと目を見開く。反応が鈍いが、驚いているのは確からしい。溜め込んでいた期待や緊張を解いて、深く溜息を吐く暦。

 

 「……じゃあ、気のせいか。ていうか、流行るもんなんだ、あの仕事着? へぇ……」

 

 「それより早く二人と合流しましょう。ちょっと、夢芽に現在地聞いてみるんで」

 

 原因はともかく、無事暦を探せたことをガウマ隊全体に報告する。携帯を手元に返事を待ち、現在地を割り出した一手間を置くにはあまりにも早いレスポンスでメッセージが返る。

 それは言葉よりも雄弁に今現在の夢芽達の位置を告げる、一枚の写真。

 派手なキッチンカーの前でチュロスを咥えたまま自撮りする夢芽と、共に頭を傾け合うちせ。カメラ目線でお祭りを全身で満喫した記念撮影に、蓬は一言。

 

 「――いやわからんて」

 

 ぼやいて、十数分振りに見る彼女の顔に、抱いていた不安は掻き消える。

 ひとまず、楽しそうで何より。

 

 

 ◇

 

 

 

 「めっちゃ砂糖落ちますねー、これ」

 

 「でも、味はイケる」

 

 「ですね」

 

 色気より食い気な雑なレビューもそこそこに、夢芽は砂糖を零さないよう黙々と口を動かし、残り少ななチュロスを食べ切った。チュールを貪る猫の様に一心不乱とした様子を横で観察されている事にも夢芽は気付かず、チュロスの持ち手代わりの細い紙袋を二つ折りに畳む。捨て場所を今すぐ探そうにも、人心地ついた後すぐに動こうという気にはなれない。歩道沿いに横付けされたキッチンカーの営業に差し支えない位置取り、ヘッドライトの真ん前で、夢芽とちせは並んで立っていた。車を避けて人の流れが二手に別れるので、切れ間になったこの場所は正しく台風の目だ。目の前をめまぐるしく人が入れ替わり、景色は一時とて留まることを知らず、名前の知らない人達の顔は捌き切れないただの情報として背後へと流れていく。彼や彼女から見た今の夢芽達も、背景の様なものだろう。この街にこんなに人がいたんだと、ひしひしと肌で実感する。

 

 ガウマが、ダイナゼノンに乗った自分達が、ほんの少しでも守れたもの。

 

 頭でそう考えても、夢芽の視野では上手く結びつかない。あの頃、自分は自分の出来る限りの事をしただけだ。偶々怪獣が出てくる世界で、偶々怪獣と対抗する手段を手にしただけ。怪獣という不条理の下で、何もかも手遅れになってしまわないように足掻いて、あの高架下に通うことは、ともすればただの学校生活よりも居心地が良かった。とどのつまり、自分の為だ。誇らしげにふんぞり返って、ここですれ違う一人一人に、『私があなたを守りました』等と、恩を着せるものでもない。――守れなかったものだって、たくさん、あるだろう。

 

 ほんの三か月前までの自分が他人みたいで、人で溢れた地平線はすれ違う背丈の差分凸凹で、この中にいると自分という個が埋没する。ダイナゼノンやダイナウイングから見渡す景色の見晴らしが、今となっては懐かしい。きっと空からこの地上を見下ろせば、広がる人の濁流は街の網目を走る墨汁みたいになって、隅々まで埋め尽くしているのだろう。今手元にあの赤い愛機があれば、その景色を眺めるのも一興かもしれない、なんて突拍子もない発想は、一滴の感情に打ち消された。

 

 この息苦しい地上じゃないと、蓬に会えない。

 夢芽がここに立っている理由は、それだけで充分だった。

 

 時間の許す限り脳裏を巡っては掻き消える取り留めもない思考。ふと隣を見遣ると、ちせはチュロスを食べ切って残った紙包みで、折り鶴を作っていた。指先で摘まめるような小粒な代物である。手先の器用さを遺憾なく発揮しながら、掌にちょこんとそれを乗せて水平に視線を合わせる彼女の表情は渋い。『絶対良い写真撮れたと思ったのに』と後で悔しがる鳴衣の様だった。夢芽が良い写真だと言っても、頑固な友人は自分では納得できなかったりするのと同様に、ちせもその出来栄えに満足していないのだろう。彼女が折り鶴を作っていられるくらいぼーっとしていた事に夢芽は遅れて気付いて、蓬や鳴衣と一緒に居る時も、こんな風に放っておかれている事がある。贅沢者だなと、今更ながら思う。周りの人に、少し恵まれ過ぎている。没頭するちせに向けて、夢芽は口を開いた。

 

 「そういえば、ちせちゃんが作ったゴルドバーンのステッカー、うちのクラスに配ってきたけど、結構ウケてたよ」

 

 報告を受けて、ちせの目の色が輝きを帯びた。ついで彼女が苦労して作っただろう折り鶴は。本を閉じるみたいにパタンと潰された。納得がいかないなら壊す事も辞さないらしい。いともたやすく行われた破壊と不釣り合いな笑顔を添えて、彼女は手を合わせたまま、身体ごと夢芽に向き直って、

 

 「ホントですか⁉ あざます南さん!! ……え、よも、さん、じゃなくて、南さんが配って来たんですか? 自分のクラスに?」

 

 爆ぜるようだった笑顔が疑念に上塗りされ、喜色に彩られた半面髑髏が訝し気になる。『だよね』と、夢芽は思わず言いそうになった。元よりちせはそうした外交的な役割を蓬に頼んだのだ。蓬のブレザーを夢芽が借り受けなければ、あんな展開にはなっていなかっだろう。今も白装束の上に纏うその学生のシンボルに、思わず手をかける。肩のあたりを掴んでいると、なんとなく蓬をそこに感じられた。成長を見越してやや広めの、わかりやすい異性のサイズ。この身を包む安心感は、果たして大きさのせいだろうか。彼にも、ちせにも、ゴルドバーンにも、また助けられている。重なった数多の偶然で、引き摺らない程度にクラスメイトにいじられてきた過去を、夢芽は前向きに受け入れた。

 

 「そのつもりなかったんだけど、偶然そうなったっていうか。……でも、クラスで話すきっかけになったから。ちせちゃんにお礼、伝えときたくて」

 

 「……なんか変わりました? 南さん?」

 

 ちせが上目遣いにこちらを覗き込む。変わった、という程の感触は夢芽自身未だない。そういう流れがあっただけで、明日から急激にクラスと仲良くなれる訳でもないだろう。……学祭の準備くらいは、真面目に出た方が良かったかもしれないと、思い直しつつもあるけれど、表面的にはいつも通り装う。

 

 「……まぁ、贅沢ばっか言ってらんないし」

 

 ぷいっと顔を逸らし、ちせを一瞥してから遠くに視線を投げる。下手に繕おうとして、逆に意味深になってしまった。咄嗟に出てきた言い訳も、ちせと夢芽の間でしか通じない言葉。ちせは一瞬きょとんとして、「可愛いとこあるんすね、南さん」とくつくつ笑う。鳴衣二号に見つかった気がして、夢芽はいたたまれない。年下にまで手玉に取られたら、自分の居場所はどこにあろう? あとでもっと蓬をからかおう。滅茶苦茶贅沢しようと、夢芽は固く胸に誓った。

 ふしだらな内心を悟られまいと、夢芽はちせに向き直り話題を乗り換える。

 

 「ちせちゃんこそ、あれで良かったの? ……ゴルドバーンって、ちせちゃんだけの友達じゃ」

 

 高架下であのステッカーを受け取ったあの時から、実は引っ掛かっていた。

 ゴルドバーンという怪獣を、唯一人『最高の友達』と呼べる女の子。それは飛鳥川ちせ一人であるべきで、他の誰にも譲れないポジションだ。夢芽にとっての鳴衣のような、替えのきかない関係。そう思っていた。

 夢芽の問いを受けて、ちせの表情から笑顔がふっと消えた。一泊の間を置いて、彼女は芯の通った声で言い放つ。

 

 「――南さん、最後の怪獣と戦った時の動画って、ネットで見たことってありますか?」

 

 「……ない、けど」

 

 唐突な質問に遅れて返す。ちせが言ったように、怪獣やダイナゼノンの戦闘の記録がネットのそこかしこに残っている事自体は知っている。ガウマが初めてダイナゼノンを起動したあの日から、クラス中もその話題で持ちきりだったが、対岸の火事というべきか、被害の場所が遠くなる程、野次馬に火を点けて繰り返し再生された記録達。当事者の夢芽が小耳に挟んだのも昔の話で、自分からわざわざ好んで見る類でもないのだから、今の今まで忘れていた。

 夢芽を一瞥して、ちせは両腕を真上に伸ばし、子供の手遊びのように掲げた両手をピストル型にして、カメラのフレームのように指を合わせる。夜空から一点の流れ星を切り取るかのように、ピントを夜の一転に。まるで今尚ゴルドバーンが飛び回っているかのような親愛の仕草を宙に捉え、彼女は口を開いた。

 

 「あの子も映ってたんすよ。やってることはダイナゼノンの味方ですけど……見た目怪獣だし、結構心象とか分かれてて。怪獣のいない世の中の方が正しい、ってことですかね、やっぱ」

 

 カメラの枠組みを解き後ろ手に回して、思い詰めるように目を伏せた。彼女が戦っているもの大きさは計り知れなくて、怪獣の友達から見える世間の冷たさに、夢芽は言葉を返せなかった。

 

 誰も、見た目には抗えない。

 

 怪獣優生思想に〝怪獣擬き〟と呼ばれ続けたダイナレックスにしても、いわれのないそしりは受けたのかもしれない。人々の目線で見れば、怪獣使いも怪獣擬きも、蟻を踏み潰す象に変わりないのだから。加害者か守護者か、怪獣を審議する世間の心まで、夢芽には掴めない。

 

 咥えた嚙み砕きそうな程にちせの表情は張り詰めていて、それでもその小さな肩に乗せた重りを跳ね飛ばすように、彼女はもう一度顔を上げる。ゴルドバーンがかつて翼を広げたフジヨキ台の空を見て、その目はまだ死んでいない。世間の視線に晒されて、俯く生き方の正しさを知りながら、最高の友達の明日を憂う少女は、雑踏の中誓いを立てるように、空へ本音を吐き出した。

 

 「このまま忘れられた方が、たぶん平和ってことになると思うんですけど、んなわけあるかっ!……って、私なりの悪足掻きです、あれは。地元の悪評くらい跳ね飛ばさないと、あの子が安心して世界飛び回れませんから。

  ……だから、南さんに感謝です。でっかい貸し、出来ちゃいましたね」

 

 照れくさそうな振りで、誇らしそうに破顔して、やり切ったように俯いて。

 彼女の前で、『器用な人なんていない』と、考えなしに口にした事がある。訳アリのアームカバーでずっと何かを隠したまま、制服を着ない年下の女の子。そうした認識が覆ったのは、夢芽が自分にしか構えなかった身から出た錆で、彼女との関係を他人事に置いたまま、また考えなしの言葉を投げた。水門の上、夜風よりも強く耳目を引いた彼女の本音。俯いている夢芽よりも、ちせはずっと先を見据えていた。その小柄な体躯よりも、心の根を伸ばして。

 

 飛鳥川ちせとは、抱える弱さも、蹲る場所もきっと違う。

 

 それでも彼女の方が、時折自分よりも大人に見えて、彼女に想われるゴルドバーンを、幸せ者だと思う。例え怪獣が世界中の悪者でも、ちせだけは、彼女の正義の味方なんだろう。そうして自分で選んだ生き方に、憧れる。

 ――ふと

 姉が夢芽に抱いた〝憧れ〟も、こんなものだったのだろうかと、夢芽は思う。

 姉は、南香乃は、家族や周囲に合わせられる小学生時代の夢芽の事が、羨ましかったと言っていた。気付いた時にはいつの間にか開いていた姉との距離感。姉の目に映っていた夢芽の事が、夢芽には自分の事ではないように感じられた。きっと姉の見方が変わったのは、十代の環境の変化もあるだろう。姉が抱いた羨望や憧れはそのまま、学校生活が上手くいかなかった自身の歯痒さの裏返しでもあって、姉はそれにずっと抗っていた。乗り越えようとしていたのだと思う。その為の約束だった。約束を乗り越えられずに、別れた姉の本心を知らなかった頃、自分でも言葉に出来ないくらい悲しくて、その真相に手を伸ばす程に、姉を取り巻く合唱部への疑心は募って、何もしてあげられなかった姉の恋人に怒りを向けて、腫物のように過去に置き去りにされていく姉が不憫でならなかった。自分が探していたのはこれだったのかと、何もかも見失ってしまうくらいに。

 

 姉の死が――ただの事故だったのなら

 

 憐みも怒りも、事実を捻じ曲げる材料にしかならない。近付いたと思えば思う程、きっと姉の本心から遠ざかっていた。姉が、香乃が夢芽に抱いていた憧れだって、恐らくは本質は似ている。見えているものはどうあれ、見たいように見えてしまう心のフィルター。ちせに感じた憧れを認めて、夢芽はじっと彼女を見つめる。

 俯きがちだった彼女の背筋は、つい前よりも凛と真っ直ぐに伸びている。戦う武器になるという意味じゃなくて、同じ目線でずっと一緒に戦ってくれていた少女。あの水門の上で、彼女を突き放すように傷つけた。

 彼女はそれを〝傷〟と呼ぶほど、やわな人間ではないかもしれないけれど。

 殴った手が痛むように、言葉の刃は人を突き刺す。姉の約束が、呪縛になってしまったように。

 

 『もっと、仲良くしておけば良かったね』

 

 過去に戻って、水門の上で抱き留めてくれた姉の声が、聴こえた気がして。

 そうだよね――声にならない声を返す。

 お姉ちゃんとは、あの一瞬しか叶わなかったけれど。

 ちせとはまだ、同じ時間を生き続けている。彼女との関係が、友達と呼べるものかもわからない。ガウマ隊の繋がりが途絶えてしまえば、それっきりかもしれない。最高の友達に誓いを立てた今のちせも、器用には生きられないと漏らしたいつかの彼女も、どちらも本当なら、夢芽は今度こそ、喪ってしまった姉の様に、近しい誰かを遠ざけて見たくなかった。飛鳥川ちせはもう、他人じゃないから。

 

 「いいよ、貸しなんて。……ちせちゃんはもう、関係なくないから」

 

 いつか傷つけてしまった言葉に重ねて、夢芽はちせを見つめる。『ありがとう』も『ごめんね』も、タイミングを逃すと難しい。聡明なちせには、すぐにあの夜の情景が思い浮かんだのだろう。夢芽の器用じゃない謝罪を、彼女は一泊遅れてくしゃりと笑って受け止めた。通じ合った感触に、ほっと一息。勿体付けた言い方に、今更湧く羞恥心。言って良かったと自分の勇気を褒めるには、夢芽の経験値はまだ足りない。気恥ずかしさを隠すように俯くと、ちせの手が目線を潜って、

 

 「南さん、これ、良かったら」

 

 包み紙に巻かれたチュッパチャップスを差し出して、既にちせの口には新しい一本が咥えられている。自分の分を取り出したついでの流れでも、彼女が気を許してくれたように思えて「……ありがとう」と声を小さく夢芽は受け取る。包み紙を外して現れた飴玉は、ピンクにも紫にも見えるブルーベリー味。香乃の色。それをそっと口に含んで、ちせがよくやるように噛んでみる。半端な力で動かした顎で到底噛み砕くこと叶わず「かった……」と夢芽はぼやき、ちせが軽く吹き出す。つられて夢芽もおかしくなって、甘さの広がる口元を一緒に緩めた。

 折角彼女との距離を縮めたのに、唐突に夢芽のスマートフォンが鳴り響いて、

 

 「よもさんからですか?」

 

 ポケットに手を差し入れる間にちせの関心もそこに向く。夢芽も同じ見立てで通知に目を走らせるも予想は外れて、『鳴衣』と親友の名前が並んでいるだけだった。どうも夢芽充てに画像を発信したらしい。他所のクラスの打ち上げに音を上げたか――夢芽は無心で指を動かす。

 

 「んん、友達から。

 

  ――うっわ……」

 

 連投された画像に思わず呻く。

 

 ありふれたカラオケボックスの一室。クラス内で出し合った予算内に収めたジャンクフードが並ぶテーブルを真ん中に、それを囲むクラスメイト達がソファの上で笑ってたり、奥でマイクを持った誰かを囃し立てている光景。画面端にはすっかり板に付いたナースコスでお腹を抱えているらんかがいる。その隣で夢芽の見たことのない笑顔を浮かべている鉈眼鏡との距離感は彼氏彼女のそれであり、目に入る誰も彼もが頬にゴルドバーンを刻んでいる。羽目を外した高校生達の中心に立つは、挑戦的な目つきでこちらを睨んで舌を出す鳴衣の自撮りであり、彼女と顔をぶつけそうな程近くでピアス女もマイクを握って舌をペロリと出していた。

 

 おかあさんがグレた――夢芽はそう思った。

 

 鳴衣が、中学からの親友が、自分以外とこんな顔をするのが意外でならなくて、いつも澄まし顔で優等生っぽいピアスの子も、ゴルドバーンのペイントで不良に見える。進学校の生徒達の自由な素行は〝怪獣〟という象徴の下で熱に浮かされた信者のようでもあり、

 ドン引く夢芽の手元を側から覗き込んで、教祖ちせが訝しむ。

 

 「……どこのカルトっすか? これ?」

 

 「うちのクラスだけど……」

 

 身内の恥を晒しながら二の句も継げず、夢芽は固く口を閉ざす。

 

 「……遅いっすね、先輩達」

 

 ちせはそれ以上触れなかった。

 やっぱあの子、私いないと駄目だ――見て見ぬふりの沈黙が痛い、取り返しのつかない夜。

 

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