この嘘つき!!!!
「……歓迎パーティ、ですか?」
「そのとーり!楽しそうでしょ!?」
本日の授業を終え、帰り支度を進めていた瑠流の元へとやってきたのは、隣のクラスからやってきた理玖だった。
ホームルーム終了の号令と同時に現れ先程のやり取りを始めると、瑠流の机の上にチラシのようなものを広げ始める。ポップなイラストや可愛らしい文字達によって彩られた、イベントの告知の様だ。
「『オリ女×商店街合同!秋の折坂大文化祭!』……」
「こないだの自治会でおじいちゃんが企画してくれたんだ。瑠流ちゃん達がここに来て一ヶ月が経つわけだけど、守られてばかりの私たちにも何かお返しが出来ないかなぁって」
受け取ったチラシを見てみると、どうやら商店街と折坂女子とが協合して、様々なイベントを行うようだ。
校内を解放しての展示スペースや講堂での出し物。商店街でも様々なイベントを行うらしい。もはや、文化祭という枠には収まらない地域の一大イベントである。
理玖の提案は、そこで行われる閉会式にて瑠流と仁乃、二人のリリィに感謝状を送りたい、という事だった。
「丁度オリ女の文化祭の時期も近かったし、せっかくだからド派手にやっちゃおうってことで!これぞ地域密着型の我が校の成せる技ってもんよ!……ねね、どうかなぁ?」
「お気持ちは勿論嬉しいですけど、わざわざ私達の為にここまでして下さらなくても……」
瑠流は、リリィが市民を護るのは当然の義務であると考えている。申し出はもちろん有難いが、彼女達に支払われる報酬はその守るべき市民達の血税から捻出されているのだ。
お礼なら既に十分受け取っているし、正直恐縮してしまうところもあるのだが。
「いいのよ。歓迎パーティとかただの建前だし、みんな理由つけて騒ぎたいだけなのだから。遠慮することは無いわ」
そう言いながら現れたのは、瑠流の担任の志崎吉野だ。
シュッと姿勢の伸びた背筋と長い黒髪のポニーテールが美しい、そして切れ長の目元とアンダーフレームのメガネがまさに"イケてる女教師"といった風である。
「ごっきー!吉野ちゃん!」
「ちゃん付けすな」
気安く話しかける理玖に、手にした日誌で制裁のチョップを加える吉野。「あぃてっ」と小さく声を漏らしながら頭をさする理玖も、笑顔を崩さず、まるでじゃれあっているようにも見える。
「お二人は仲がいいんですね」
「吉野ちゃんも折坂出身で、オリ女のOGでもあるんだよ。昔うちでバイトしてたし、幼なじみなんだ!」
そう得意気に語る理玖。しかし、当の吉野は不服そうな表情のままだ。
「だからって、先生をちゃん付けしていい理由にはならないわね。年上への敬意が足りない。内申点下げとくから」
「お、鬼か……?」
いとも容易く行われるえげつない行為(職権乱用)を前に、膝から崩れ落ちる理玖。これみよがしに手元の手帳に何かをメモしていた吉野だが、理玖からは見えない角度……瑠流からはバッチリ見えていた。メモに書かれた内容が内申点の減点などではなく、へにゃっとした可愛い絵柄のクマの落書きだということが。
「ふふっ……」
「……ところで、伊勢崎さん。最近、その、……幸範さんはご健勝かしら?」
「え、お父さん?まぁ元気っちゃあ元気だけど……」
自分から質問しておいて、どうにも歯切れの悪い様子の吉野。そんな彼女の様子に何かに勘づいた理玖が、ニヤリ、と口元を歪めると、彼女のそばに擦り寄り肘で小突きながら。
「そこまで気になるなら、いつでもウチに来ればいいのに~!……心配しなくても、お父さんはまだフリーだよ」
「な……!?」
理玖の発言に慌てふためく吉野。
「べ、別にそんなつもりで聞いたじゃ訳ないわ……!!それに、生徒の父親に、そそそんな、浮ついた感情を抱くなんて……!!」
「私そこまで言ってないんだけどなぁ」
誰に向けたものなのか、べらべらと早口で言い訳めいた言葉を口走り明らかに動揺する。
普段の凛とした彼女とは程遠いそのリアクションに、"そういった話題"とはおおよそ縁遠い瑠流ですら気づき、理玖に耳打ちする。
「(志崎先生ってもしかして……)」
「(うん。うちのお父さんに気があるみたい。ウチでバイトしてた頃からだから、もう七、八年ぐらい前からかなぁ。お父さんはまっったく気づいてないけど)」
「(色々複雑なんですね……)」
「(そうでもないよ。吉野ちゃんいい子だし、ちっちゃい頃からお姉ちゃんみたいに思ってたからさ。私としては新しいお母さんになって貰っても全然いいんだけど、何せあんな感じだから、中々進展しないんだよねぇ)」
この手の話題は何かとデリケートになりがちだが、当事者の娘である理玖自身は寧ろ乗り気なくらいであった。
これも、地域との関連性が深い学校ならではのことなのだろうか……などと一瞬思ったりもするが、「そんなことはないな」と即時自分の中の常識が否定する。本当に、この学校に来てからというものの自分の今までの価値観が覆されるような事ばかりだ。
何はともあれ、目の前で小学生のように初心なリアクションをとる成人女性を微笑ましく見守っていると、非常識の擬人化のような少女。花小金井鞘が勢いよく扉を開き、登場とともにこう口走った。
「よっ、恋愛クソザコ教師ィ」
スパーン!
……と、彼女の頭にクリーンヒットした学級名簿の音が、放課後の教室に響いた。
◆ ◆ ◆
「話が盛大に逸れてしまったけれど、どうかしら? 感謝状の件、引き受けてくれると私としても嬉しいのだけど」
さて。頭に大きなたんこぶを作り、地面に直に正座させられている不届き者と、鞘を追いかけて後からやってきた仁乃の二名を加え、話題は歓迎会の件へと戻される。
鞘に制裁を加えた事でいつもの調子を取り戻したのか、先程までの稚拙さはなかった。
あくまで、生徒に寄り添う教師として、答えを出しあぐねている瑠流に優しく微笑む。
未だ引っかかる部分はあるが、ここまで言われれば、断る方が逆に失礼というものだろう。
「……わかりました。喜んでお受け致します」
「バンザーイ!」
「ぜんざーい」
やっと出た瑠流の了承の返事に、諸手を挙げて喜ぶ理玖と、それに便乗してくだらない駄洒落を口走る鞘。
「しょうもな……」と脇から眺めていた仁乃も思わず口に出そうになるが、既のところで口を塞ぎあわててしゃがみ込んだ。
そんな彼女に、これまたテンションが上がりきった満点の笑顔で理玖が話しかける。
「仁乃ちゃんはどう?いいかなぁ?」
「は、はい。瑠流さんが出られるなら、是非」
「おけーーぃ!!」
正直、ろくな戦果もなく、且つ人前があまり得意ではない仁乃はあまり乗り気ではなかったのだが、こうも嬉しそうに迫られてはさすがに断る訳にもいかず、自身の押しの弱さを心の中で呪うばかりだ。
「じゃあ早速だけど、今週の土曜空いてる?色々段取りとか詰めておきたいんだけど!」
「今週の土曜ですか?でしたら──」
言いかけて、言葉に詰まる瑠流。
何かに気づいたのか、眉をひそめそのまま俯いてしまう。
「……」
「どしたん?何かあった?」
そんな彼女の様子に違和感を覚え、話しかける鞘。
「……いえ、すみません。その日は別に用事があって。その次の日の日曜でしたら構いませんよ」
「そっかー。折角だし集会に参加してもらいたかったけど、用事があるなら仕方ないね……。うん、じゃあ日曜日で!」
「はい。お願いします」
しかし、顔を上げ返事を返した瑠流の表情が、あまりにもいつも通りで。
鞘は、そこが寧ろ不自然に思えて仕方なかったからだ。
「……」
地べたに正座させられ、下から見上げるように見ていた彼女だからこそ気づくことが出来た。
顔を伏せていた瑠流が、唇を噛み締め、とても悲しそうな顔をしていた事を。
◆ ◆ ◆
「……」
来る土曜日。瑠流は、花束と、様々なお菓子が詰め込まれたバスケットを手に、一人電車に揺られていた。
トンネルをくぐり抜けると、目の前に広がるのは一面の大海原。爽やかな景観とは対照的に、それを見つめる瑠流の表情は冴えない
目的地『鎌倉駅』で下車すると、改札を通り目的値へ向かう。
途中、改札前で護衛の任についている自衛官に敬礼を送られた。制服が変わっても、どうやら自分の顔を覚えていたようだ。
ヒュージの襲撃により、人が撤退し閑散とした市街地をくぐり抜け、小高い丘の上に立つ荘厳な校舎を見上げる。
リリィの聖地。『聖学』と謳われる日本屈指の名門校。百合ケ丘女学院だ。
◆ ◆ ◆
通告許可書を開示し、目立たぬよう人目の着く場所は避けながら真っ直ぐ目的地へと向かう。
たどり着いた場所は、墓地。百合ケ丘女学院内にある、戦死したリリィ達を英霊として祀る神聖な場所。
静かに歩みを進め、寄り添うように立てられた八つの墓標の前に訪れると、それぞれに別々の花とお菓子を供えていく。
「みんな、待たせてごめんね」
小さく、優しく、ぽつりと呟く彼女の姿は、折坂町で見せる彼女のどの表情とも違っていて。
優しいようでいて、しかし力のない、儚げな微笑みを称えていた。
「ごきげんよう。やっぱり来てたのね、瑠流」
穏やかで、しかし不思議とよく通る不思議な声音。振り返った先にいたのは、美しい銀髪を揺らし静かに微笑む一人の少女。
百合ケ丘において、委員会、学級会などの政治を司る、三席存在する生徒会長『オルトリンデ』代行を務める秦祀である。
「彼女達の月命日、欠かさず来ていたものね。……いつもは始発で来て、みんなが起きる前に帰ってしまっていたから、中々会う機会はなかったけれどね」
「……おひさしぶりです、オルトリンデ代行。お元気そうで何よりです」
「祀でいいわよ。昔みたいに」
「……」
かつての級友へ親しげに微笑む祀。しかし当の瑠流は、尚も無言のまま振り返り、墓標周りの清掃を開始してしまう。
「聞いたわ。東京の方でリリィとして復帰したって。正直、少し嬉しかった。ほんの少しでも、前に進む気になったのかもって」
「……」
黙って作業を続ける瑠流の隣に立って手伝う祀。
「これだけは言わせて。……貴女は何も悪くない。あまり自分を、責めないで」
そう言って、俯く彼女の顔を覗き込み微笑む祀。
本人が自ら語ることは無いが、彼女もまた、最愛の妹(シルト)をなくした身。そんな彼女だからこそ、言葉は重みを持つ。彼女は、間違いなく理解者だ。差し伸べられた手を掴めば、きっと救いになってくれるだろう。しかし。
(……その手を取る資格は、私にはない)
瑠流はただ、寂しげに笑って「ありがとう」と返すだけだった。
(今の瑠流は、あの時の夢結みたい。……この子にも必要なんだわ。夢結にとっての、梨璃さんのような子が)
何とかしたいと思いつつも、瑠流はもはや別のガーデンのリリィ。自分がしてやれることは、あまりない。その事があまりにも歯がゆかった。故に祀は、とある提案を持ち掛けてみることにした。
「ねえ、瑠流。貴女さえよかったら、また百合ケ丘に──」
「私は反対よ」
しかし、そんな彼女の言葉を遮るように、一人の少女声が響いた。
「今の貴女では、足を引っ張るだけだわ。……ここでも、他所のガーデンでもね」
「……嶺亜様」
花束を手に、ゆっくりとこちらに向かってくるその少女。膝下まで伸びる亜麻色の二房の三つ編みが特徴的などことなく文学少女めいた知的な雰囲気を纏っている。
幼げに見える顔立ちだが、その瞳の奥からは確かな意志の強さを感じさせる。
彼女の名は、假屋崎嶺亜。瑠流と擬似姉妹契約を結んでいたとある少女と、生前親交のあった三年生だ。瑠流とも勿論面識がある。
彼女もまた、ここに眠る一人のリリィの墓参りに訪れたようだ。持ってきた花束を供え、手を合わせる。
「……私はまだ、貴女を許した訳じゃないわ」
祈りを終え、瑠流とは目も合わせようとせずに、淡々と口にする嶺亜。
「あの子は、千閃は、あんな所で終わる子じゃなかった。己の宿命に真っ向から立ち向かう、努力家で、真っ直ぐな、尊敬出来る子だった。一度は懐を分かった私だけれど、いつか戦場で共に戦える日が来ると信じていた」
「……」
瑠流は黙って彼女の言葉を受け止めていた。
自分にはその責任があると感じていたからだ。
「けど、そんなあの子が、自分の命とを天秤に掛け、貴女の命を選んだ。……貴女にその価値があるだなんて、私には思えない……! 悔しかったら、反論の一つでもしてみなさいよ!!」
今度は明確な敵意と共に、射抜くような視線で瑠流を睨みつける嶺亜。しかし。
「……その通りですね」
「は?」
ひどく。ひどく冷めた表情で。声音で。瑠流が返したのは肯定の言葉だった。
「死ねばよかったのは、私の方です」
「……ッ! この……っ!!」
激情のままに、瑠流の胸ぐらを掴み殴りかかろうとする嶺亜。
咄嗟に傍にいた祀がその手を掴み、彼女を抑えに掛かった。
「嶺亜さん、やめてください!!」
「本当に……本っ当に腹が立つ……!!! こんなウジウジした弱虫の為なんかに、あの子が命を散らしたのかと思うと……! 心の底から、腹が立ってしょうがない!!」
静止する祀の声も聞かず、瑠流の襟元を掴んだその手を決して緩めない。
俯く瑠流の身体を激しく揺らしながら、詰め寄った。
「貴女、ポジションをBZからAZに変更したそうね。先日の戦闘履歴を見させて貰ったわ。元々後方支援だった貴方が、負傷というハンディキャップを背負っても尚先頭に立とうするのは何故!?」
「……」
「回避や牽制ではなく、敢えて"攻撃を受ける"役割に身を置いたのは何故!? 今はまだ小型の敵が相手だからいいにしても、もし大型と対峙しなければならなくなった時、貴女どうするつもり!?」
「……貴女には関係のない話です」
「言う気がないなら当てて上げましょうか? ……死にたいんでしょう、貴女」
「……」
「図星か……!」
その沈黙を肯定と受け取ったか。瑠流を地面に激しく突き飛ばす嶺亜。
「いい加減に目を覚ましなさいよ……!! あの子が命懸けで守ったあんたの命を、粗末にするような真似だけは死んでも許さない!! あんたの命は、あんただけのものじゃない! あんたを守って死んだ、そこにいる八人分の命を、まるごと背負っていかなければならないの! それなのに、貴女は──」
「私は……」
目にいっぱいの涙を溜めて激昂する嶺亜を前にしても、瑠流の態度は変わらなかった。
全てを諦めたような、あの冷めた瞳で、ただ静かに、こう返した。
「……私は、みんなと一緒に逝きたかった」
「───────ッ!!!!!」
今度こそ完全に怒りに火がついた嶺亜が、再び瑠流に掴みかかろうと拳を振り上げる。
あわてて祀が背後から羽交い締めにして嶺亜の静止を試みるも、収まる様子はまるでなかった。
その涙が、自分が姐と呼び慕う彼女の為のものだと分かっていたから。誇張でもなんでもなく、瑠流は彼女になら殺されても構わないと本気でそう思えた。
……瑠流のそんな考えこそが、嶺亜の怒りの原因だとも知りもしないで。
「もういい! もういいからやめて嶺亜さん!」
「離しなさいオルトリンデ代行! こんなやつ一度引っぱたいてやらないと気が済まない!! そうすればこの子も目を覚ますでしょ!?」
「ここは戦場で散っていったリリィ達が休まる神聖な場ですよ! そこでこんな……!」
「今の情けないこの子をみたら、あの子だってこうするわよ!!」
「ちくわ大明神」
「だからって、瑠流を殴ったって何も変わらない……!お願いですから、お互いにこれ以上傷つこうとしない……で……?」
「……」
「……」
((……誰だ今の?))
一瞬入った雑音に、思わず思考停止する二人。
理解不能。その一言に尽きた。何の脈絡もなく聞こえたそれに、思わず幻聴かと疑うが、二人の背後から現れたその存在が、それが事実である事を決定づけていた。
そう。”巨大なちくわの着ぐるみ”に身を包んだ、素っ頓狂なその少女によって。
「???」
「???」
「「????????」」
あまりにも場違いな”それ”の出現に、完全にフリーズする祀と嶺亜。
一方で、アンニュイな表情のままこちらを見つめている妖怪巨大ちくわは、たった一言だけ問いかけた。
「知ってた?ちくわとかまぼこって、形が違うだけで中身はまったく同じものらしいよ」
だからなんだ。
図らずも、三人の心はひとつになった。