もう一人の主人公、小此木瑠流と、そのシュッツエンゲルになる一人のリリィの出会いの物語になります。
ここから先の物語を読んで頂くにあたって、ハーメルンの読者様にも是非瑠流の過去に触れていただきたいと思い、公開させて頂くことにしました。
いつもより少々長いですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
リリィ。
儚くも美しく戦う、戦場に咲く花。
半世紀前、突如として人類の前に現れ、破壊の限りを尽くした正体不明の侵略者、ヒュージ。
それらに唯一対抗できる特別な力を持つ少女達のことを、畏敬の念を込めて人々はそう呼んだ。
ある者は理想を。
ある者は羨望を。
ある者は名誉を。
そして、ある者は平和を願い、対ヒュージ兵装『CHARM』を手に戦場を駆る。
人類の存亡。
そんな過酷な命運を背負った少女達は、その瞳に一体何を──
「......ふんっ!」
という見出しまで読んだところで、簡易の朝食として部屋に常備している栄養補助ゼリーを乱暴に吸い上げながら、朝食のお供として目を落としていた情報誌をゴミ箱へ叩き込んだ。
「上澄みばかり見て持て囃して、バッカみたい」
忌々しげに吐き捨てると、窓際へと移動し部屋のカーテンを開ける。外はまだ薄暗く、立ち込める朝露が登りかけていた太陽を隠していた。
「……一人残らず、追い抜いてやるんだから。この私が」
少女は一人、眉をひそめ朝日を睨め付ける。
遥か上を往く、ここにはいない何者かを、その輝きに重ねながら。
◆
「よっし。今日も一番乗りね」
早朝四時半時。誰もいない屋外の演習場で大きく伸びをし深呼吸。朝露の湿った新鮮な空気が肺を満たし、残っていた眠気が洗い流されていく。 念入りなストレッチで身体を解した後、緩やかに走り出し徐々にペースを上げていく。……入学以来毎日欠かさず行っている、彼女のルーティーンである。
飛火野千閃《とびひの せん》。それが彼女の名前だ。千の閃きと書いて”せん”と読む。なかなか初見では読んでもらえない難読名だが、彼女はそれなりに気に入っていた。
さて。飛火野千閃は努力家である。しかし同様に、才能を持たざる者でもある。故に努力家になったとも言えるが。
リリィの所属する戦闘単位『レギオン』にはヘッドライナーという概念が存在する。
レギオン出撃時に編成されるそのレギオンの主力の九人。有り体に言えば、スポーツでいうスタメンである。
千閃も前線での活躍を望んでいる事もあり、当然ヘッドライナー入りを目標に日々研鑽を積んでいる。しかし残念ながらその成果はまだ現れてはいない。
昨年一年間はまともな戦績もなく、レギオン単位での作戦ではそもそも出撃させて貰えていない体たらくであった。どうしてそうなった、という理由に関しては後述するが、それでも彼女の心はまだ折れていなかった。
(上等よ。今年こそヘッドライナー入りを果たして、私の実力をこの全世界に思い知らせてやるんだから!)
内心でそう意気込むと、土を蹴る足に一層の力を込める。
今日は新学期が始まってから最初のミーティング。気持ちを新たに、今年こそ頂点に辿り着くべく彼女の心は燃え盛っていた。
◆
「……ごめんなさい。私の聞き間違い? 今貴女の口から有り得ない言葉が飛び出したと思うのだけど」
「だ・か・ら。クビよクビ。You are fired 。明日からもう来なくていいから」
ところがどっこい、現実というものはかくも非情なのである。
ここは彼女の所属する、とあるレギオンの控え室。クビという言葉が正しいなら、所属していた、という言葉の方が正しいだろうか。
ミーティング前に話があるという事でレギオンリーダーの呼び出しを受け「いよいよ私もヘッドライナー入りかしら〜♪」と意気揚々と訪れた矢先、告げられたのはまさかのリストラ宣言。あまりにもあんまりである。
「じゃ、そゆことで」
「ちょちょちょちょちょっと待ちなさいよ! そんないきなり言われても納得出来るわけないでしょ! 確かに去年は色々あって前線には立てなかったけど、対人訓練はレギオン内ではトップの成績だったし、前線にさえ立たせてくれれば……!」
「それよそれ。貴女をここに置いとけない理由」
それでも必死に食い下がる千閃に、リーダーを務めるそのリリィ──假屋崎嶺亜《かりやざき れあ》はビシッと音が聞こえてきそうな勢いで、彼女の鼻っ柱に人差し指を突きつけた。
「確かに貴方の戦闘技術は大したものだわ。一体一の対人戦なら、貴方に勝てるニンゲンはそういない。そこは評価しているつもり」
「だったら──」
「相手が”人間”だったらね」
「……」
嶺亜の含みを持たせた発言に言葉を詰まらせる千閃。正直のところ、その理由に心当たりはあった。
「私達はリリィよ。相手にするのはヒュージなの。戦闘技術はもちろん大事だけれど、それ以上にリリィとしての資質が求められる。……この意味が分かるわよね?」
「……レアスキルも使えない無能力者には務まらない、ってこと?」
『レアスキル』。リリィ達が持つマギの作用により、物理法則を超越した現象を起こす異能の力。
時には敵を切り裂く刃となり、時には味方を守る盾にもなる。リリィの集団戦闘においては要となる要素。
第一線で活躍する著名なリリィは、皆一様にしてこの力を行使し様々な戦績を収めてきた。
しかし千閃には、その才能だけはからっきしなかった。
どれだけ強く願おうと。どれだけ努力を重ねても。この一年、その才能が花開くことは無かったのである。
千閃の自虐的な発言に浅いため息を漏らし、嶺亜は続ける。
「……別にそこまでは言ってないわ。レアスキルを持たなくても、一定の活躍を上げているリリィはいくらでもいる。そもそも、レアスキル所持者の方が多数を占めてる百合ケ丘の方が、ある意味特殊なのだし」
「だったら──」
「問題なのは、貴女が”AZ以外のポジションをやりたがらない”ってこと」
レアスキルを持たないリリィという存在自体は決して珍しいものではない。それ以上の問題は、彼女のこだわりにこそあった。
それは、レギオンの最前線のポジションであるAZ《アタッキングゾーン》以外のポジションを譲らないという事だ。
「AZはリリィの花形だし貴女の気持ちも分からないでもないわ。その為に相当努力も重ねてきたのもわかる。けどね、その分危険の伴うポジションでもあるわけ」
直接ヒュージと切り結び攻撃の要となるAZには、戦闘能力に長けた実力のあるリリィが投入されるのが通常。それだけ危険な役どころだからだ。
実際、ポジション別のリリィの死亡率を見てもAZがダントツである。ましてやここは『聖学』と謳われる名門百合ケ丘。作戦遂行に求められるハードルも当然高く、危険度もそれに比例してくる。
彼女の判断は、一レギオンのリーダーとしては至極当然のものであった。
それでも尚、千閃はAZ以外のポジションに着くことを良しとしなかった。後衛のポジションであれば出撃させてもいい、という申し出があった上でだ。
「レアスキルはおろかサブスキルも満足に使えない。スキラー数値も最低ライン。オマケにプライドばかり高くて協調性に欠ける。そんなリリィを好んで使いたいと思う? 賢い貴女なら、言わなくても分かると思うけど」
「だったら”あの女”はどうなのよ。折角持って生まれたレアスキルを使わないで、未だ最前線でバリバリやってらっしゃるようだけど?」
しかし、何事にも例外というものがあるもので。たった一人だけ、その枠に収まらない存在に心当たりがあった。
嶺亜も同様の心当たりがあったようだが、少し間を置いたあとでゆっくりと口を開く。
「それは彼女が特別だから。……少なくとも、私にとって貴女はそうじゃない」
その言葉が決め手となった。
歯の軋む音が聞こえてくるほど奥歯を噛み締めると、踵を返し強めの歩調で部屋の出口へと向かう。
「……短い間だったけど、世話になったわね。サヨナラ」
「そんなにAZに拘るなら、他のガーデンに移籍でもしたらどう?」
「ご忠告どうも!!」
捨て台詞のようにそう吐き捨てると、力いっぱい叩きつけるようにドアを閉めた。
「ほんっと、意固地ね」
カツカツと廊下を突き進む彼女の靴音には、ありったけの怒気が込められていた。少々の罪悪感はあるが、こればかりは致し方がない。お互いのためだ。
と、結論づけたところで、足元が再びこちらに向かって来ていることに気づくと、次の瞬間には木片の砕け散る破壊音が鳴り響いた。
戻ってきた千閃が、怒りの余り扉を蹴り破ってしまったのだ。
「この私というスーパーウルトラ超ド級大大大天才を失った事を後悔するといいわ!! 後になって泣きついて来ても知らないんだから、バーーーーッッッカ!!」
子どものように言いたいことだけ言うと、肩をいからせその場を後にする千閃。
残された、”ドアだったもの”の破片を見つめながら、嶺亜は独り言ちた。
「……あの子にドア破壊されたの、これで何回目かしらね」
◆
(くそっ! くそっ! くそっ!)
放課後。人が滅多に訪れない校舎裏の一角にて、千閃はトレーニングに明け暮れていた。
背中に重りのタイヤを乗せたまま腕立て伏せ、というなんとも昭和チックなメニューであるが、本人曰くこの方が『根性』が鍛えられるそうだ。
(どいつもこいつも人の事をバカにして! 私の事何も理解してないじゃない! あーもうムカツク!)
千閃は怒りに燃えていた。
クビになった自分自身への不甲斐なさから、というのも勿論であるが、それ以上に彼女の心を掻き乱すのは、引き合いに出されたかの少女の存在のせいであった。
普段のペースの軽く二、三倍はありそうな程の速度で、やけくそ気味に鍛錬に励んでいると。
「あら......。ごきげんよう」
「ゲッ!」
突如聞こえた声の方に振り向くと、千閃は思わず声を上げてしまう。
噂をすれば影がさす。なぜならその少女こそが、彼女が一方的に敵視している人物だったからだ。
「......ごきげんよう、白井さん」
「先客がいるとは思いませんでした。すみません」
隠しきれなかった千閃の不遜な態度にも嫌な顔一つせず、礼儀正しく頭を下げるその少女。
その動作に伴って揺れ動く黒髪は、今にも吸い込まれそうな程に美しく、彼女の纏う気品を何倍にも引き出していた。
彼女の名は白井夢結。名門校たる百合ケ丘女学院において筆頭とされる実力者で、中等部時代からいくつもの戦場で名を残している。
しかし千閃は、彼女の誠実な対応にも目もくれず、トレーニングを続けながらぶっきらぼうに返事をする。
「別に構わないわ。ま、天下の白井夢結様にしたら、底辺の落ちこぼれリリィの自主トレなんて見苦しくて見てられないと思うけど?」
「別に、そんな風には思いません。どんな立場でも、強く在ろうと努力する人を、笑う気にはなれませんから」
「……」
千閃の嫌味ったらしい言葉に対しても真っ直ぐな視線でそう返す夢結。
チクリと。千閃の心の奥の良心に痛みが走る。しかし千閃は一瞥もくれずに謝らない。......謝れないと言った方が正しいのかもしれない。
感じた罪悪感よりも遥かに強い感情が、彼女の胸中を覆い尽くしていたからだ。
「……これで失礼します。どうやら、あまり歓迎されていないようですから。自主練、頑張ってください」
「どうも」
そんな千閃の態度に何かを察したか、夢結は一言だけ励ましの言葉を付け加えると、静かにその場を後にした。
徐々に足音は遠のいていき、一人だけになった校舎裏の一角には彼女の息遣いだけが静かに響く。
と、次の瞬間。
「ア゛ア゛ア゛ーーーーッッッ!? おのれシライユユーーッ!! 私の最もいけ好かない女ッ!!」
千閃は発狂した。それはもう見てられないくらいのキレ散らかし具合であった。
背中に乗せたタイヤを腕立ての勢いで羽根飛ばし仰向けにひっくり返ると、駄々をこねる子どものように手をばたつかせながら衝動を爆散させる。
「過去のトラウマだか何だか知らないけど!? 強力なレアスキルに恵まれながらそれを使おうともしない!! それなのにAZとして多くの戦場で名を残してるときてる!! もうほんとなんなのよ!!」
怒りのあまり、誰に向けた訳でもなく愚痴を口走る。
思えば今日は散々な一日だ。十年に一度あるかないかの厄日だ。
レギオンはクビになり、一方的に妬んでいる相手に哀れみの言葉をかけられ、プライドはズタボロ。
口に出して発散しなければ、心がどうにかなりそうだった。
「……私には持ってないもの。全部、持ってる」
悔しさで涙が目を伝う。そして、そんな自分のみっともなさで更に悲しくなってくる。
袖で涙を拭い目を多い被せても、とめどなく涙は溢れてくる。無力感と自己嫌悪で彼女の心は支配されていく。
悔しい。情けない。悔しい。許せない。悔しい。強くなりたい。悔しい。諦めたくない。
悔しい! 悔しい! 悔しい! 悔しい!
──故に気づかなかった。こちらに向かってゆっくりと近づいてくる、一人分の足音に。
「あの〜」
「だったらせめて、性格くらい嫌な奴でありなさいよ!」
「あのぅ、すみませ〜ん」
「貴女に”ソレ”を言われて、私がどれだけ惨めになるかも知りもしないで…!」
「もしも〜し? すみませ〜ん?」
「誰か私を、認めなさいよぉーー?」
「あのーーっ!! ちょっとよかですかー!?」
「ひゃ!」
耳元で爆音がして、ようやくその存在を認識する。
ちょこんとしゃがみこんで、こちらの顔を覗き込んでいるのは一人の少女。
新入生だろうか。鳶色のふわりとしたボブヘアの、あどけない柔和な笑顔を浮かべたなんとも能天気そんな少女である。
「よかったぁ。やっと気付いてくれたとねぇ。ええっと……ごきげんよぉ。挨拶、これであっとうと?」
「エッ。あ、うん。合ってんじゃない?」
呆気に取られて思わず素に戻ってしまう千閃。
訛り全開な口調と溢れ出るお花畑なオーラは、先程までのヒリついた空気とはあまりに場違いで、思わず気が抜けてしまう。
と、目元に僅かに残った涙のあとを慌てて拭うと、ひとつの疑問が浮かんだ。
「……そういえばあなた、いつからそこに?」
「さっきからずっとおるっちゃけど」
「さっき?」
「はい。最初からずっと」
「......オ゛ア゛ア゛ーーーッッ!!??」
千閃は発狂した。本日二回目であった。
最初からというと、どこからだろうか。悔しさのあまり涙を流した所か?駄々を捏ね地べたでじたばたしていた所か?下手をすれば、白井夢結とのやり取りすら見られていた恐れすらある。
真っ先に目の前の此奴の口を封じる必要がある。
そう判断した千閃は、鍛え抜かれた肉体から繰り出される神速の貫手で彼女の両頬を掴むと、妙齢の女子高生とは思えないのドスの効いた低い声で言い聞かせた。
「忘れなさい。コンマ一秒でも早く...!」
「ふぁあい」
しかし、当の本人は特に怯えた様子もなく、意外なほど呆気なく承諾する。
千閃の手から解放され掴まれていた頬を二、三回摩ると、居住まいを正してこちらに向き直る。
「そげな事より、二年生の人やんね? 悪いっちゃけど、職員室の場所ば教えてくれません? 道に迷ってもうて……」
「職員室って……何を間違ったら職員室を目指して校舎裏に辿り着くのよ。バカじゃない?」
「あはは。いやあ、みっともなかー。友達にもよく言われるったい」
千閃のつっけんどんな態度も意に介さず、ほわっとした笑顔で返すその少女。
「あっ」と何かを思い出したような素振りを見せると、胸に手を当て優しく微笑みながら。
「そう言えば、名前ば名乗っとらんかったったい。うちの名前は小此木瑠流《おこのぎるる》。貴女のお名前は?」
「......飛火野千閃。ヨロシク」
「千閃さまやね。素敵な名前ったい。よろしくお願いします〜」
「……なんか調子狂うわね、貴女」
彼女のマイペースぶりにすっかり毒気を抜かれた千閃。これまた変な奴と出会ってしまったものだ。と、心の中で独り言る。
いつの間にか、流れた涙のあとは乾ききっていた。
◆
その日以来、小此木瑠流は千閃の自主練時に度々現れるようになった。
『千閃さま〜。実家からメロンば届いたけん。休憩にせん?』
『それはありがたいけどせめて切ってから持って来い』
時には、差し入れなどを持参しては振る舞い。
『四十一...。四十二...。たは〜! もう限界〜...』
『貴女、リリィの癖に腕立て五十回も出来ないの? 私なんか連続五百回は出来ますけど?』
『それは千閃さまが筋肉オバケなだけやと思......あいったー!』
時には、千閃の自主練を一緒になって行っては筋力マウントを取られ。
『千閃さま〜! 見んねこのリボン! 千閃さまの色違いやけん、可愛かろ?』
『ま、まねっこすんじゃないわよ...! 別に可愛くないし...!』
『(まねっこ......)』
それでも、めげずに何度も現れては自分の後をついてくる彼女に、千閃はいつの間にか心を許し始めていたのであった。
そんなとある日の放課後。瑠流は、いつものように自主練に明け暮れる千閃を、スポーツタオルを片手に見守っていた。
「はぁ!」
「......」
CHARMの素振りをする千閃の、その太刀筋をじっくりと観察する。しばし黙考した後で瑠流はこう質問した。
「一つ疑問があるっちゃけど、千閃さまはなしてそんなにAZにこだわるん? そん実力ばあれば、BZでも上手く立ち回れるって思うっちゃが」
「あんたも、みんなと同じこと言うのね」
「あっ...! すみません、無神経な事を......!」
「別にいいわよ。今さらって感じだし」
意図しない失言に慌てて口元を押さえる仕草をする瑠流。しかし、当の千閃自身はあまり気にした様子はなかった。
そう言われる事には慣れていたし、今現在ではその程度で一々腹を立てる様な間柄ではなくなっていたから、というのもある。
「......約束なのよ。ある人との」
「約束?」
ぽつりとそう呟く千閃に、瑠流が聞き返す。
「そ。子供の時、私を助けてくれたリリィのお姉さん」
一回、また一回とCHARMを振りながら千閃は続ける。
「避難から逃げ遅れて孤立してた私を、危険を犯して助けてくれた恩人なの。......けどヒュージから逃げる途中、私が疲れて走れなくなって、あの人の手を離してしまった。そして、襲われそうになった私を庇って、リリィを続けられなくなるくらいの大怪我を追わせちゃった」
「......まだ小さかったんやし、仕方なか事やと思います」
「かもね。あの人も同じこと言ってた。気にするなって。けどそんなん無理。......その人は、当時のガーデンでも『稀代の天才AZ』って言われてた人なの。そんな素晴らしい人の未来を、私が壊したのよ」
一層力強くCHARMを振り下ろすと、その手を一旦止めて、その刀身に映りこんだ己の顔をじっと見つめる。
「だから私は、あの人と同じAZに拘り続けるわ。誰に何を言われてもね」
「......それが千閃さまの強さの理由なんやね 」
「あんた、喧嘩売ってんの? 強いやつはレギオンをクビになったりしないわよ」
不貞腐れたような顔でそう返す千閃に、しかし瑠流は真っ直ぐな視線で答えた。
「ううん、千閃さまは強かよ。......うちなんかより、何百倍も、何千倍も」
そう言って、足元へ視線を落とす瑠流。
そんな瑠流の態度が、いつもの彼女のそれとは大きく違い違和感を覚える。
「何を珍しく落ち込んでんのよ。......ま、あんたはレアスキルの覚醒もまだみたいだし、弱気になる気もわかるけどね。まだ先は長いんだし、私よりも気持ちが柔軟なんだから、気にしない方がいいわよ」
「......そ、そうやね。あはは......」
千閃の励ましの言葉にも弱々しく返事する瑠流。反応の薄い彼女を見て短くため息を吐くと、傍らに立て掛けていた訓練用の木剣を投げ渡した。
「モヤモヤした時は、”これ”に限るわよ。ウジウジ悩むくらいなら、その気持ちを剣に乗っけて、振り切りなさい!」
「......はい。千閃さま」
◆
「〜〜♪」
それからまた数日後。自主練場へと赴く千閃の足取りは軽かった。いつの間にか、あの場での修練の時間は孤独なものでは無くなっていたのである。
「......おっ」
すると、一階の渡り廊下に差し掛かったところで、中庭のベンチに腰を下ろした瑠流の後ろ姿を発見する。いつものように声を掛けようと近寄ろうとしたその時。
「ねぇ、あの子じゃないかしら? 小此木瑠流さん」
「ええ、勿論聞き及んでいるわ」
聞き慣れた名前が聞こえ声の方に視線をやると、廊下の反対から瑠流を見つめる数名のリリィの姿があった。
遠くから、まるで値踏みするように向けられた視線。千閃は慌てて柱の影に身を隠した。
「その才能を見出されて、福岡天神女子への進学が決まりそうなところをわざわざ引き抜いて来たんでしょう?流石は百合ケ丘の人脈ですわね」
「何せあの希少レアスキル『カリスマ』の所持者ですもの。オマケに戦闘技術においても玄人顔負けのセンスをお持ちだとか。是非ともうちのレギオンにも欲しいところですわ」
千閃は自分の耳を疑った。自分が本人から聞いた話では、彼女はまだレアスキルの覚醒すらまだだった筈だ。戦闘訓練での動きも、素人同然の弱々しいものだった。
ありえない。自分の記憶の中の彼女とあまりに違いすぎる。たがもし、彼女達の話が本当だとしたら。
(あの子が私に、嘘をついていたというの......?)
耐え難い事実に、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。
しかし、そんな彼女の心境などお構い無しに、少女たちの噂話は止まらなかった。
「あら、でも聞いたところによると、既にいくつものレギオンの勧誘を断っているそうよ?」
「その話でしたらワタクシもお伺いしましたわ! なんでも、とある二年生の方とよくご一緒していて、その方と同じレギオンに入りたいんじゃないか、とか!」
「でも、その二年生というのが……」
周りの目を気にしているのか、三人の少女が身を寄せあい、声を潜める。
聞こえては来なかったが、誰の名が語られたのかは想像にかたくなかった。
「まぁ、それはなんとも──」
「”不釣り合い”ですわね」
◆
「千閃さま〜。ごきげんよう〜」
「……」
瑠流は、いつものように用意した差し入れを手に持ちながら千閃の自主練場へとやってきていた。
今日はどういう訳か、CHARMではなく練習試合用の木剣を両手に手に持ちながら、静かに立ち尽くしている。
少々疑問に思いながらも、彼女の側へと駆け寄る瑠流。
「実家から果物ば届いたっちゃけん、レモンのはちみつ漬けば作ってきたとよ〜。休憩がてら、一緒に──」
しかし次の瞬間、千閃は左手に持っていた木剣を矢の如き速度で瑠流に投げつけた。
(......ッ!?)
ただならぬ気配を察した瑠流は即座にそれに反応。差し入れを右手で庇ったまま、左手で木剣をつかみ取る。
「......っ!」
その一瞬で間合いを詰めた千閃が、身を屈めた低姿勢のまま彼女の胴体へ一閃。
しかし瑠流は、瞬時に木剣を逆手に持ち替えその斬撃を受け止める。
鍔迫り合いの接戦が続く中、千閃が静かに口を開いた。
「……私に何か、言う事あるんじゃない?」
「......」
こちらの問いかけにも瑠流は答えない。かち合ったままの木剣に一層の力を込めると、僅かに瑠流が後ずさる。
「私なんか片手で十分って訳?」
しかし瑠流は、木剣を持つ手の力を僅かに緩めると、傾かせた刃の流れに沿わせるように千閃の刃を受け流した。行き場をなくした自らの腕力に引っ張られ、外側に大きく体勢を崩される。
「......ちっ!」
忌々しく舌打ちすると、軸足に大きく力を込め、その勢いのまま瑠流の脇腹に回し蹴りをお見舞する。
「......!」
虚を突かれ、思わず右手に待っていた差し入れを投げ捨てると、脚に勢いが乗る直前に右の裏拳で迫り来る彼女の脚を叩き落とした。
暫くの睨み合いの後、千閃は納得したように手にしていた木剣を投げ捨てた。
「......驚いた。あんた、ホントに強いんじゃない」
「ま、まぐれやよ......! 普段はこんなに上手く動けんばい......! 不思議やね〜...」
あはは、と力なく笑う瑠流。
まぐれ。それが謙虚なのか、それともこの場を誤魔化すための嘘か。いずれにせよ彼女のその言葉に苛立ちを覚える千閃。
「聞いたんだけど、貴女『カリスマ持ち』なんだって?」
「……なして、それを」
「凄いじゃない。数あるレアスキルの中でも、所持者の少ないとっても貴重なものなんでしょ?既に色んなレギオンから声が掛かってるとか」
「それはそうっちゃが……う、うちは千閃さまと一緒におる方が──」
千閃に指摘され、明らかに狼狽える瑠流。しかし千閃は、そんな彼女の言葉を大声で遮った。
「いいご身分じゃない! ……引く手数多の天才新人様は、余裕があっていいわね」
「う、うち……そげなつもりで言うたんじゃ……」
もはや、何を言われても聞く耳を持てなかった。
ようやく出来た理解者だと思っていた。
本当の意味での”仲間”が出来たと思っていた。
もし彼女が受け入れてくれるのであれば、”妹”に迎えたい、などとも思ったりもした。
けどそれは勘違いだったのだ。騙されているとも知らずに、一人で浮かれて、舞い上がって、あまりにも滑稽だった。惨めであった。
そう思えば思うほど、負の感情が千閃の心を覆い尽くしていく。
「結局、貴女も”そっち側”だったってワケだ。才能もないくせに必死になって足掻いてる凡人を陰で笑ってたんでしょ!?」
「聞いて千閃さま! うちはほんとに、あなたの事が......」
「うるさい!! どっか行ってよ!! ......あんたの顔なんか、二度と見たくない!! !! 」
俯いていた顔を上げると、そこには目にいっぱいの涙を溜めた瑠流の姿があった。
「ごめん……なさい……」
今にも消え入りそうな声でそう一言だけ言うと、瑠流はその場を立ち去った。
(ほんっと、サイアクだわ)
地面に散乱していた瑠流の差し入れを片付けながら、千閃は心の中で静かに呟いた。
(……私って)
続きは後ほど。
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