一週間が経った。あれ以来、瑠流とは一度も会話をしていない。
廊下ですれ違った際などに何度か声はかけられはしたものの、三回ほど無視をした頃から話しかけられなくなってしまった。
風の噂に聞いた話では、どこかのレギオンの熱烈なアプローチに根負けして、加入したらしい。
確か今日が最初の出撃の日だとか聞いたような気がする。
(ま、もう私には関係ない話だけどね)
これはもう終わった話だ。彼女との関わりはもはや完全に絶たれた。
元々相容れない二人だったのだ。優秀な彼女が、自分のような落ちこぼれと付き合っていても何の得もない。お互いにとって、最良の選択だったはずだ。
そう自分に言い聞かせ、迷いを振り切るように、廊下を進む歩みを早める。そこへ。
(……やけに騒がしいわね)
ラウンジの一部が妙に騒がしかった。
そういえば、近隣で大型ヒュージが多数発生し有力なレギオンが出払っている、と聞いた。自分は戦力外なので、勿論呼ばれはしなかったが。
「何かあったのかしら......?」
立ち止まり、話し声に耳を傾ける。
「ねぇねぇ聞いた? 今日鎌倉近郊に出撃したレギオンが、帰投中にラージ級ヒュージに強襲されたらしいわ。初出撃の新人が何人か取り残されてしまったそうよ......」
「えぇ!? 今日は外征で多くのリリイが出払ってるのに、誰が救援に行くのよ!? というか、その新人さん達って......」
「ええっと、確か一人聞き覚えのある名前があったわね。あの噂の新人の……」
「小此木瑠流さん」
バキッ!
...と、突如木材を激しく打ち砕いたような破壊音がラウンジ内に響いた。その場に居合わせた全員が、その大きな音の発生源に振り返る。
そこには、拳を打ち付け机を粉微塵に粉砕した千閃の姿があった。
噂をしていた女生徒の方へ近づき、質問する。
「その話、詳しく聞かせなさいよ」
◆
(みんなは無事逃げられたみたいやね。よかったぁ…)
激しく息を切らせながら、大木に背中を預け腰を下ろす。
意識を集中させると、周りにいくつかのヒュージの気配が感じられる。
ガサガサと草木を揺らし、まるで何かを探して物色しているようだ。
瑠流は絶対絶命であった。
新メンバーでの初めての出撃。一年生を多く含んだ新たな編成ということもあり、大規模な難易度の高い出撃はあえて避け、鎌倉近辺の比較的難易度の低い任務を遂行していたはずだった。
特に問題なく目標を討伐し、速やかに帰投を開始したその時だった。
突如現れた、本来その場にいるはずの無い数体のラージ級ヒュージから奇襲を受け、レギオンが分断。
移動慣れしていた二年生と一年生が分断されてしまう最悪の事態に陥っていた。
皆がパニックに陥る中、何とか冷静さを保った瑠流が自らが囮となり他の一年生を逃がしたのだが。
(嘘ついたバチがあたったとかな......)
見下ろしたその手に握られていた彼女のCHARM『グングニル』は、コアクリスタルを破壊され、ただの鉄の塊と貸していた。
奇襲をかけてきたラージ級の内の一体が非常に攻撃力に富んだ個体であったようで、攻撃を受け止めた際に弾き飛ばされ、損傷してしまったのである。
つまり、今の彼女にはヒュージに抗う術はなく、今ヒュージに見つかることは死に直結してしまうのだ。
(後はうちがしっかり生きて帰らんと……。そうじゃないと、千閃さまと仲直りする事もできんばい)
ふと、仲違いした少女に思いを馳せたその時、悲しみに歪んだ彼女の顔がフラッシュバックする。
生きて帰ったところで、今更彼女に合わせる顔がない。誤解とはいえ、彼女の心を深く傷付けてしまった。そんな自分に生きて帰る資格などあるのか。
心を乱され、一瞬意識が散漫になったその時。
「!?」
頭上に影が刺し、思わず顔を上げたその先には、樹木の頂上からこちらを見下ろすヒュージの姿があった。
すると、突如そのヒュージがけたたましい不快な奇声を発する。恐らく味方を呼んだのだろう。
辺りに散乱していた気配が、こちらに向かって集中していた。
「見つかった......!」
ゾクリ、と背中に悪寒が走る。
緊張から一瞬で喉が干上がっていくのが分かった。明確な『死』のイメージが、瑠流の脳内を埋め尽くす。
隠れていた木の影から飛び出し、脱兎のごとく林を駆け抜ける。しかし、何もかもが遅かった。
轟音ともに岩場から地面を突き破り現れたのは、先程瑠流のCHARMを砕いたラージ級ヒュージ。
驚く暇もなく、その強靭な爪が瑠流の華奢な胴体へと振るわれる。
(不意ば突かれた……! 間に合わん!!)
その時。
「何ぼーっとしてんのよ!」
ガキィン!
激しく金属のぶつかり合うような音が響く。恐怖のあまり閉じていた目を開くと、そこには、本来ここに居るはずのない、よく見知った背中がそこにあった。
「げほ……っ! ギリギリ、セーフ......!」
美しく伸びた金の髪を靡かせ、ヒュージの前に立ち塞がったのは、愛用のダインスレイブを手にした千閃だった。
「いったいわねぇ...! なにすんの……よ!」
ダインスレイブの刀身でヒュージの爪を弾き返すと、すかさず反撃に出る千閃。
「千閃さま!? なしてここに!?」
「聞いてなかったからよ!」
ヒュージとの激しい打ち合いを続けながらも、千閃が答える。
「ねえ! あんたはなんで、私の味方になってくれたの!? 嘘ついてまで、どうして傍にいてくれたの!?」
「それは......」
悠長にそんな事を話している場合では無いはずだ。目の前で命のやり取りが続いているのだから。
彼女が何を考えていることは分からなかったが、少なくとも彼女が自分が答えることを望んでいる事だけは分かった。
「うち、リリィの才能があるって言われてここに来たけど、正直実感とか湧かなくて......」
ぽつりぽつりと、秘めていた感情が少しずつ溢れているように、自分の感情を吐露する。
「なんの為に戦うんかわからんまま、ずっとふわふわしてた。そんな時、頑張ってる千閃さまを見て、うち、凄いなって思ったんよ。こんなに何かに情熱を注げることが。どんなに打ちのめされても、決して諦めないところが。この人はうちなんかよりずっと、心の強い人なんやって...! だから......!」
言葉にすればするほど、感情は止まらなくなって、最後にはほとんど泣きじゃくってしまっていた。
伝えたくても、伝えられなかった思いを、ようやく口にできた。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、今までこらえていた涙が溢れ出す。
「ほんとは分かってた! あんたが、人の事騙して嘲笑うような子じゃないって!」
飛び掛るスモール級ヒュージ達を次々と切り伏せながら、千閃は続ける。
「けど、嘘つかれて、舞い上がってた自分が情けなくて! あんたより弱っちい自分がかっこ悪くて! ......私達は、一緒に居ない方がいいんだって! そう思ってた!」
気持ちの丈をぶつける様に、CHARMを振るう。
「けど間違いだった! あんたはもう、私にとって大切な友達だったから! あんたがいないと、毎日つまんなくなってたから! だから......!!」
横薙ぎにCHARMを振るい、スモール級二体を打ち倒す。
残るはラージ級一体。狙いを定め、体の回転を乗せた渾身の一撃を放つ。
「私が悪かった! ごめんなさい! ......だから、一緒に帰るわよ、瑠流!!」
しかし、バキィ! と、鉄の砕ける音が虚しく鳴り響く。
「......折れたぁ!?」
ヒュージの屈強な外殻に耐えきれず、ダインスレイフの刀身が砕かれてしまったのだ。
瑠流を庇った初撃の際、ヒュージの攻撃をま正面から剣の腹で受け止めた際、損傷を受けていたのだろう。幅広の刀身のダインスレイフは、横からの衝撃に弱い。
普段であればそのような無茶な使い方はしないが、焦りのあまり粗末な扱いをしてしまったようだ。自分の未熟さに思わず歯噛みする。
しかしヒュージは悠長に反省の時間を待ってはくれない。
横殴りに振るわれたヒュージの豪腕が、千閃の脇腹を打った。
「がっ……!?」
肋が砕ける嫌な音が身体中に響く。凄まじい勢いで吹き飛ばされた千閃は、地面と激しく衝突し二、三回バウンドした後、グチャリとした生々しい感触に迎え入れられる。
恐らく瑠流が切り伏せたのであろう、一体のラージ級の死体に突っ込んでしまったようだ。
身体中に体液がまとわりつき不快感が半端ではないが、それがクッションになったお陰か、何とか一命を取り留めることが出来た。
「おぇ...ぁ...!?」
とはいえ、先の一撃で相当消耗してしまったようだ。内蔵が傷つき、喉の奥からせり上がってきた血反吐を吐き出す。
顔を上げた視界の先では、今まさにラージ級ヒュージがその命を刈り取らんと、瑠流の元へと動き出していた。
「ま、待って......」
何故自分は、こんなにも弱いのか。
(私に『縮地』があれば、あいつの懐に飛び込んで反撃する事が出来た……)
悔しい。
(私に『ヘリオスフィア』があれば、結界を貼ってあの子を守る事が出来た……!)
悔しい。
(私に『円環の御手』があれば、もう一本のCHARMであのヒュージを倒す事が出来た……!)
悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。
「レアスキルが! 私に……力さえあれば……!!」
悔しがってばかりだ。自分は。
だが、一人で駄々を捏ねていたあの時とは違う。もっと強い、己の為ではない、誰かの為に湧き上がる感情。
止まれない。
止まるわけにはいかないのだ。
今目の前で、守るべき存在が。守りたい命が奪われようとしている。黙って見ていることなど到底出来るはずがない。
(死んでも、あの子だけでも逃がす......!)
再び立ち上がるべく、ヒュージの肉に埋もれた右腕を引き抜こうと力を込めたその時だった。
手に硬い感触が当たったかと思うと、その金属から僅かにマギの流れを感じ取る。
ブチブチとヒュージの筋繊維を引きちぎり、手に掴んだそれを抜き出す。
(これCHARM? ヒュージが飲み込んでいたの……?)
見たことの無いCHARMだった。
黒い金属に黄色く縁取られた細長い刀身は針のように鋭く尖り、随所に走る青白く発行したラインは得体の知れない不気味さを感じさせる。
見たところシューティングモードへの変形機構は搭載されておらず、恐らく第一世代のCHARMであろう事はわかる。
どういった代物かは分からないが、手に持った千閃は直観していた。こいつはまだ使える、と。
「……終わらせてたまるもんですか」
ヒュージの死体から飛びだした骨をむしり取り
右の二の腕にそれを突き立てると、右手に嵌めた指輪にたっぷりと己の血を吸わせる。
血と指輪を通じてCHARMにマギを注ぎ込む、略式の契約だ。起動が間に合うかは一か八か。しかし今は、この偶然の出会いに命を託すしかない。
「あぁ...ッ!?」
突如、凄まじい激痛が右腕を通して全身を駆け巡る。まるで得体の知れない力の奔流が体の中を掻き回しているようだ。
ひょっとしたら自分は何かとんでもない拾い物をしたのかもしれない。一抹の恐怖が、彼女を襲う。しかし。
「なんだって、いい......!」
そんなものは、今歩みを止める理由にはならない。
「目の前のあいつをぶちのめす為の力を......私に寄越せ!!」
何故なら彼女は。飛火野千閃は。
諦めの悪さだけは、一級品だからだ。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
彼女の慟哭に共鳴するようにコアクリスタルが輝くと、激しい電流を撒き散らしながらCHARMが起動する。
標的との距離はおよそ数十メートル。本来であれば、その切っ先が届くことはありえない。
「届け......」
ありったけの力を込め、CHARMを構える。
「届け......!」
必ず助ける。その想いが。彼女の意地が。
「届け......!!」
剣となって、空を穿つ。
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
叫びとともに渾身の力で刺突を繰り出す。激しい電流を伴った刀身が幾つもに分離し、まるで意志を持った生き物のように撓むと、雷撃の槍と化したその切っ先がヒュージの胴体を貫いた。
ヒュージは断末魔を上げるまもなく、数回よろめいた後に力なく地に伏す。息を切らしながら、しばらく様子を伺うも、動き出す様子はない。
危機は去ったのだ。
「......どんなもん、よ」
ヒュージが事切れるのを見送ると、安堵感からか凄まじい疲労感が訪れる。
霞みゆく意識の中で自分の名を
呼ぶ少女の声を聴きながら、千閃はその場に倒れ込んだ。
◆
「あぃたたた。あれ、ここは......?」
「あ、やっと目ぇ覚めた」
ふと後頭部に柔らかい感触を感じ、目を覚ます。
目の前には、優しげに微笑みながらこちらを見下ろす瑠流の顔があった。
差し込む夕陽に照らされたその穏やかな笑顔は、まるで聖母と見紛う程の神々しさがあった。
「ヒュージは?」
「覚えとらんと? 千閃さまが一匹残らず倒してくれたけん。もう安全たい。今は救援待ちやよ」
「あぁ、そうだっけ。必死だったから、忘れてた......」
上体を起こそうとするも、全く体に力が入らない。どうやら相当消耗してしまっているようだ。
首だけを横に倒すと、先ほど拾った黒いCHARMが地面に突き立てられていた。
さっきの電流が走ったような衝撃は一体何だったのか。そもそも、何故あの様なCHARMが、ヒュージの腹の中に収められていたのか。
(ま、なんだっていいか......)
疑問は尽きないが、少なくとも今の自分ではどうにもできない事だ。
今はまだもう少し、後頭部から感じるこの極上の感触に身を任せたい気分だった。
「こげな無茶して、生きた心地がせんかったばい。うちの事なんか、ほっとったらよかったのに」
「あんたがそういう事言う子だって知ってたから、余計ほっとけなかったのよ」
「……ふふっ」
「……あははは」
そう言って笑い会う二人には、昨日までの険悪な空気は一切なかった。
「ねえ千閃さま。ちょっとお願いがあるけん。聞いてくれる?」
「……なに?」
改まったように、瑠流がいう。
「あんね、うちを……千閃さまのシルトにしてくれませんか?」
これまでの気の抜けた表情はとは違う、確かな意思の篭った眼差しであった。
その普段の彼女とは違う真剣な眼差しに、思わず目を奪われてしまう。
しばしの沈黙が続いた後、千閃が答えた。
「エッ。嫌だけど」
「なしてーーーーッ!?」
まさかの拒否。
「い、今のは完全にオッケーの流やったとやろ!?」
「アンタが勝手に読み取った行間なんて知らないわよ。何勝手に一人で盛り上がってんのよ。恥ずかしいヤツ」
「ひどかーーーッ!?」
夕日の差し込むロマンチックなロケーションと先程までのやり取りもあって、瑠流自身”いける”と踏んでの申し出であったが、見事に玉砕してしまった。
頭を抱えて叫び出しす。彼女を見ながら可笑しそうに笑う千閃。
「ていうか、シルトより弱いシュッツエンゲルとかいくらなんでも笑えないでしょ。そんなの私のプライドが許さない。……だから、さ」
横になりながら、半泣きになる彼女の頬に手を添え愛おしそうに撫でる。
「私はいつか。あんたよりも。あの白井夢結よりも。この学院の誰よりも強い『最強のリリィ』になる。......だからそれまでは、あんたは私の傍に居て私を支えなさい。私がアンタより強くなったら……私のシルトにしてやってもいいわよ」
嘘をつかれたお返しとばかりに、子供のようにイタズラっぽく笑う千閃。その笑顔は、まるで憑き物が落ちたようだった。
「ぷっ……あははは! それ、上からなんか下からなんか、わからへんよ……!」
「文句あるならまたどっか行っちゃえば?」
「いいえ。文句なんかあらへんよ。よろしくお願いします。……お姉様」
「気が早いわよ、バーカ」
穏やかな夕陽に照らされながら、互いに身を寄せ合うその姿は、まるで本当の『姉妹』のようであった。
守護天使の誓いとも違う、彼女達だけの夕陽の誓い。
この物語は、一人の落ちこぼれリリィが『雷帝』と呼ばれるまでの成長の物語。
今日までの出来事は、そのプロローグ。
二人の物語は、これから始まるのだ。