瑠流は先程出会った少女、有栖川仁乃に案内され、控え室に備え付けられていた椅子に腰掛けていた。
教室の半分はCHARM関連の機材で埋め尽くされているが、カーテンで仕切られたもう半分のエリアは休憩スペースとなっているらしい。
白を基調とした丸テーブルと椅子にソファ。清潔感のある木製の食器棚に、簡易のキッチンまで備わっている。
花瓶でも持ってきて花を生けたら見栄えも大分良くなるかもしれない、などとぼんやり考えて事をしていると、覚束無い足取りでお茶とお茶請けを運んでくる仁乃の姿が目に映った。
「すみません…。こういったことにはあまり慣れていなくて……」
そう言って、困った様に笑いながら瑠流の前にお茶を差し出す。
「ありがとう」と短くお礼を返すと、仁乃は手に持っていたトレイで気恥しそうに顔を覆うと、瑠流の向かい側の席に腰を下ろした。
そんな仁乃の小動物の様な一連の仕草に、瑠流の表情も思わず緩む。
「…そういえば、まだ名前を名乗っていませんでした。今日から折坂女子に派遣されてきました、小此木瑠流です。よろしくお願いします」
「は、はい。存じ上げて、いますっ」
簡単に名前を名乗ると、若干前のめりに返事をする仁乃。
「小此木瑠流さん。…名門と名高い、あの百合ケ丘女学院の元二年生で、高等部からの編入組であるにも関わらずレギオンリーダーを務め、数々の戦場で実績を残してきた実力者。希少レアスキルである『カリスマ』の持ち主で、後方支援、戦術指揮に置いては並み居るリリィの中でも頭一つ抜けている、とか…」
「噂に尾ひれの着いた過大評価ですよ。一度は前線から退いた身ですし…今はもう、左手の握力も殆ど失ってしまいました」
言いながら、仁乃が淹れてくれた紅茶に口をつける瑠流。
気の毒そうな顔を浮かべた仁乃の視線は、ソーサーを持った瑠流の左手に向けられていた。よく見ると、力を込めにくいのか小刻みに震えているのがわかる。
ーー今からおよそ半年前。瑠流はとある戦闘により全身に大怪我を負い、後遺症として左手の握力を殆ど失っていた。
術後のリハビリにより日常生活を問題なく送れる程度には回復していたが、左手で武器を握る事は出来なくなっていた。
常に人員不足が問題視されているリリィにおいて、全盛期の年齢である瑠流が前線を退く事になったのは一重にこの後遺症が原因……という事になっている。
「お、お気持ち、お察しします…。左手の負傷さえなければ、未だに前線でご活躍されていたと思いますし……」
「………それは、どうでしょうか」
そこまで言ったところで一瞬言葉を止め、憂いに満ちた表情で視線を落とす。
「私は元から、そんな大した人間ではないんです。それに私のレアスキルは、『カリスマ』は、そんなに素敵なものではありませんから…」
ぽつりと、自嘲気味にそう呟いた。
仁乃は何となく、その言葉は目の前のこの自分に対してでは無く、まるで自らの戒めに自分自身に言い聞かせているように感じた。
「あ、あの…?」
先程までの穏やかな雰囲気とは違う、思い詰めた様な表情に、違和感を覚える仁乃。
「…なんでもありません。ただの独り言ですよ」
そんな彼女の心配した様子を察したのか、落としていた視線を再び仁乃の方に向け、気を取り直すようにコホンと軽く咳き込む仕草をすると、また普段の穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「それにしても、随分私の事に詳しいんですね?なんだか少し照れちゃいます…」
この話は終わり、と言わんばかりに笑顔を崩さずに話題をすり替える瑠流。
瑠流としては、この話題についてはこれ以上触れて欲しくはなかったし、初対面の相手に対して過去の暗い話で雰囲気を悪くすることは避けたかった。
そんな瑠流の気持ちを汲んでか、仁乃もこの話題についてこれ以上言及することは無かった。
「…アーセナルとして、CHARMの調整を任されるリリィの事を把握しておくのは、当たり前の事、ですから。……………でも、その、さ、最初にオーダーを貰った時は驚きました。…てっきり、中、遠距離に重きを置いた支援型のCHARMをご要望かと思って、事前に構想を練っていたんですけど…」
何か他に話題はないかと、普段は使わない分野の脳をフル回転させ、何とか別の話題を絞り出す仁乃。
「…ひょっとして、まだ出来上がっていませんか?」
「い、いえ…っ!元から開発部の方で設計していたピッタリのCHARMがあったので、そちらをチューニングしてあります…!今はOSの最終調整中ですが、もう数十分ほどで調整は完了します…!」
「そうですか。ありがとうございます」
「い、いえ…」
「………」
「………」
しばしの沈黙。
何となく察しは着いていたのだが、仁乃はあまりお喋りが得意というわけでも無さそうだ。
少し目線を伏せ、チビチビと紅茶に口をつけては、またこちらの様子を伺い、そしてまた紅茶に……。
数回繰り返したところで全て飲み干してしまったのか、カップを置き、やはりオドオドした様子でこちらを伺っていた。
そんな仁乃の様子を微笑ましく思いながら、瑠流は言った。
「ふふっ。折角ですから、今後のブリーフィングでもしましょうか。共に協力する仲間として、まずはお互いの認識を併せておかないといけませんし。…お茶のおかわりでも頂きながら、ね?」
空っぽになった仁乃のカップを一瞥しながら笑いかける瑠流。
気を遣うつもりの相手に返って気を遣わせていた事に気づいた仁乃は、恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「は、はいっ。よろしく、お願いします…!」
読んでいただいた方(そんな人居るのか…?)ありがとうございます!
次回は説明回です。