展開が遅くてかたじけない…。
事の発端は、この折坂町において、ヒュージ被害対策の思わぬ盲点が明るみになった事であった。
折坂町は東京地区の中心地からほんの少しだけ外れた場所に位置し、立地的に二校の有力ガーデンに挟まれるような場所にある。
また、ケイブの発生を抑制するエリアディフェンスも稼働していることもあり、政府もこの地区についてのヒュージ対策をあまり重要視していなかった。
そんな矢先、安全区域と思われていたこの町で、遂にヒュージの攻撃による負傷者が出てしまったのだ。
二校のガーデンに近いとは言ったものの、実際はその二校の国定守備範囲の丁度境界線が重なるような、まさに盲点とも言える様な座標の上にあったのである。
当時近隣の港に現れたギガント級ヒュージの討伐のため、その二校が大規模な共同作戦を敷いたのだが、多くのリリィが出払った事で内地の守りが薄くなり、飛行型のミドル級ヒュージの攻撃を受けてしまうに至った。
追加の調査では、同じような条件に該当する居住地が全国に僅かながらも点在している事が判明してしまう。
とはいえ、それらの地域に出没するヒュージは、いずれもスモール級、ミドル級が大多数。通常兵器による打倒がギリギリ可能なのも事実だ。
政府にとっても、近隣のガーデンにとっても、万年人員不足に陥っているリリィ達をわざわざこの町に割く余裕はない。
とはいえ、負傷者が出た以上何らかの対策は立てなければならない。
そこで政府は特例として、本来はガーデンではない一般の学校に仮設ガーデンを設置し、少数のリリィを派遣する『特別駐在リリィ制度』の施行を検討した。
しかし、今までリリィを受け入れたことのない学校に仮設ガーデンを設置するには、資金面や設備面、あらゆる要素において不安が多く、計画は難航していた。そこへ支援を申し出たのが、「株式会社アリステクノ」である。
近年、世界的な医療機器メーカーとして名を馳せていたアリステクノは、新社長への世代交代を皮切りに「傷ついた人々を救う為に培ってきた技術を、今こそ人々を守る為に活用すべし」として、CHARM開発事業への進出を表明。
その第一歩として、『特別駐在リリィ制度』への全面的なバックアップを申し出たのだ。
アリステクノは既存の一流CHARMメーカーにも一歩も引けを取らない高い技術力を発揮し支援に尽力、サポート面の問題は一気に解消した。
そんな紆余曲折を経て、瑠流は今日、この学校に派遣されるに至ったのである。
ーーとまぁ、控え室にあったホワイトボードにこれまでの経緯をまとめつつ、瑠流と仁乃の二人は簡単なブリーフィングを行っていた。
長時間喋る事に慣れていないのか、はふぅと疲れたようにため息を吐きながらぐったりした様子で席に着く仁乃。
少しでも気分を変えようと、雑談がてら、瑠流が口を開いた。
「アリステクノというと、あのキャッチコピーのついたCMが有名ですよね。『ふしぎなふしぎな、魔法みたいな科学力』でしたっけ?病院でもロゴマークが入った機材や測定器を見た事ありますよ。…まさかCHARMの開発までしてるとは思わなかったけれど」
「一般で目に触れやすいのはそれらの医療機器なんかですね。他にも医療用ナノマシンや自動診察AI、介護用ロボテクスなど、様々な医療機器の開発を行っています」
「…そういえば」
描き連ねられたいくつかの単語を眺めながら、ふと思いついたように瑠流は言った。
「貴方のお名前も"アリス"川でしたけど、もしかして…」
「は、はい…。アリステクノは私達の祖父が立ち上げた「有栖川製作所」を前身に、父へと引き継がれて来た会社なんです」
「すごい!じゃあ所謂、社長令嬢さんなんですね」
「と、とんでもないです…!小さい頃から機械ばかりいじってきたので、そんな煌びやかな人間じゃありませんし…会社のことも、殆どお姉ちゃんに任せ切りで…」
慌てて否定し、自嘲気味に呟く仁乃。
彼女自身も、自分の立場と性格のギャップについては思うところがあるようだ。
と、しばし会話をしていたところで、部屋の奥からピピッとアラームのような通知音が聞こえてくる。
「あっ…。OSの稼働テストが完了したみたいです。よ、宜しければ、これからお出ししましょうか?」
どうやら、瑠流の新しいCHARMの調整が完了したようだ。
武器であると同時にマギを制御するデバイスでもあるCHARMは、ヒュージと戦うリリィにとって生命線である。
それに、この町は比較的安全な区域ではあるがいつヒュージが現れるとも知れない。
一応、百合ケ丘時代から使用していたCHARM「グングニル」を持参してはいるが、左手の自由が聞かない今、以前のように十分に力を発揮出来るかは不安が残る。
可能であるなら、少しでも早く使用感を確かめてみたいところだ。
「ええ。是非お願いします」
◆ ◆ ◆
「これが、私の新しいCHARM…」
仁乃が運んできたそれは、正直のところ初見ではCHARMには見えなかった。
卵を逆さまにした様な楕円形の手盾に、それと一体化した手甲。
白いボディにメタリックレッドのラインが映える、まるで防具のようなCHARMだった。
「ガントレット一体型の第三世代CHARM。名前は「ハンプティ・ダンプティ」です。ガントレット部分には握力補助機能も搭載しているので、普段よりも重いものを掴んだり出来ますよ」
手甲を手にはめ軽く握ってみると、なるほど、自分の指の動きに連動して各関節部分が駆動し、掴む力をアシストしてくれているようだ。
自分が力を加えて動かしている訳では無いため慣れは必要だろうが、訓練次第では使い勝手も良くなっていくだろう。
「でも見たところ、攻撃の為の機構が備わっているようには見えませんが、これは防御用のCHARMなんですか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。盾に着いている、そこの取っ手を掴んでマギを注いでみてください」
見ると、先端側の盾の上部分に、拳二つ分程の大きさのグリップの様なものが収納されている。
仁乃に言われる通りグリップを掴み、そこにマギを挿入するとーーガシャコン!と格納されていたパーツが展開し、グリップが盾から離脱。
先端から射出したワイヤーが収束し、瞬く間に淡い緑色の光を放つマギの刃を形成した。
「
瑠流は感覚を確かめるように右手のロングソードを軽く横薙ぎに振るった。
ヒュンと風を切る子気味良い音を鳴らしながら軽くフリップした後、まるで騎士が鞘に剣を納めるかのように、どこか優雅に剣を収納した。
「…綺麗」
瑠流の洗練されたCHARM捌きについ見惚れてしまう仁乃。
思わず感想が口から漏れ出てしまうが、当の本人には聞こえていなかったようで、内心で胸をなで下ろした。
「…とてもいい重量感です。重すぎず、軽すぎない。よく手に馴染みます」
「そ、そうですか…!よかったぁ…」
瑠流の感想を聞いた仁乃は、ほっとしたように胸を撫で下ろしたあとぱぁっと笑顔が綻んだ。
自分の調整したCHARMが持ち主にちゃんと気に入ってもらえるのか、よっぽど心配だったのであろう。
瑠流は、そんな仁乃の様子を見守りながらふと思いついた事を口にする。
「それにしてもこのCHARM、随分変わった名前ですね。確か……マザーグースでしたっけ?」
「は、はい。ただ、この子の場合は、ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」がモチーフですね。この子だけじゃなくて、アリステクノのCHARMはみんな「アリス」に因んだ名前を拝借しているんですよ」
「へえ、なんだか面白いですね。CHARMってみんな、昔の神話や伝承に因んだ名前が付けられるって聞いたことがありますけど、どうして童話から名前を取ってるんでしょう?」
腕に装着していたCHARMを外しながら、何となく疑問を口にする瑠流。
ーーと、次の瞬間。
「よくぞ聞いてくださいましたっ!!」
「ふぇ!?」
突然声を張り上げ、ずずいと瑠流に迫る仁乃。
「小此木さんは、そもそもCHARMが何故神話に因んだ名前を取っているのか、知っていますか?」
「え、えぇと、なんだったかしら?どこかで聞いた事はあったような気はするんですけど…」
仁乃の先程までとはまるで別人のような勢いに、思わずたじろいでしまう瑠流。
「なら!!私が説明、しますねっ!!」
「え!?あ、はい…」
瑠流の了承を得るや否や、先程までの大人しい雰囲気がまるで嘘のように消え去り、瞳をキラキラと輝かせながら喋りだす仁乃。
「まず最初に、CHARMのモチーフが民話や神話などに因んでいるのは、様々な逸話を持つ神々や武器に準えた名を付けそのCHARMを定義する事で、無意識下で性能をイメージし易くなりCHARMのマギ効率を向上させることが出来る為とされています!しかしながら、知名度の高いポピュラーな神々の名前は他のメーカーが既に多く選定してしまっていて選択肢は狭まる一方。新参である私達アリステクノは、既存のルールに従わない独自のブランドを確立させる必要がありました。ーーそこで!我々開発部はとある仮説を立てたんです!」
「ええっと……」
「何も神話という体系に当てはまらずとも、より世間に浸透していて存在をイメージしやすく、そして神秘性の高い存在であれば充分に代替が効くのではないか、と!そこで私達が着目したのが「童話」や「御伽噺」です!!リリィ達十代の女の子により馴染み深いそれらの登場人物をモチーフとして用いれば、今までのCHARMと同等、あるいは全く違った性能を引き出すことが出来るはず!!そして血の滲む様な研究開発の末生まれたのが、我社の誇るこの「アリスシリーズ」なんです!これぞまさに発想の転換!!コロンブスの卵的発想!!既存のレールに乗っ取るのではなく、得たい結論から逆算して考え新たな道を模索する事こそが科学の原点なのです!!確かに、私達アリステクノはCHARM開発分野では新参者ですが、だからこそ先人たちと違った角度からのアプローチで業界に新たな風を吹き込む事がより今後の業界の発展に繋がっていくと信じているのです!!」
「あ、あの…」
「この子の他にも、現場指揮に特化した「ハート・クイーン」、取り回しを重視した前衛向きの「クロック・ラビット」、後方支援と錯乱を得意とする「マッド・ハッター」なども現在設計中です!宜しければカタログやお試し用の検証機をお貸しすることも出来ますよ…!」
「と、とりあえず!一旦落ち着きましょうか?」
鼻息を荒らげながら興奮した様子でまくし立てる仁乃。
突然の豹変と怒涛のCHARM語りから来るあまりの情報量に瑠流も脳の処理が追いついていないのか、仁乃の肩に手を置いてたしなめる。
「ご、ごめんなさい…!私ったら、つい……!」
すると、ハッと我に返った仁乃は、自らの暴走を省みてか謝罪する。
自覚があるのか、はたまた過去に似たような
先程までの勢いはすっかりなりを潜め、申し訳なさそうに眉を八の字にしている。
そんなしゅんとした様子の仁乃に、瑠流は微笑みかけた。
「いいえ、大丈夫ですよ。あなたがどれだけ真剣にCHARMに向き合っているのか……それがよく伝わってきたから。お話、聞けてよかったです。ありがとう」
「小此木さん…。あ、ありがとう…ございます…」
まるで聖母と見紛う様な優しい笑顔だった。
自分を真正面から見据える真っ直ぐな瞳は、その言葉が決して謙遜などでは無いことを仁乃に直感させる。
その淑女然とした佇まいに、仁乃は彼女が元いた百合ケ丘女学院が名門と呼ばれる所以を感じ取った。
「瑠流でいいですよ」
「…え?」
「呼び方です。いつまでも苗字同士で呼び会うのも、なんだかよそよそしいですから。私の事は名前で呼んでください。それで私からも名前で呼ばせて欲しいです。……ダメですか?」
「そ、そんな…!是非お願いします…!その……えぇっと…」
控えめな上目遣いでそう提案する瑠流。
恐縮した様子で了承した仁乃は、言い出しづらそうに数回まごついた後、やっとの思いで言葉を絞り出した。
「瑠流、さん……」
「はい。よろしくお願いしますね、仁乃ちゃん」
「あ、えと…えへへ…。家族以外と名前で呼び合うなんて、初めてで、何だか照れくさい、です……」
そう言って小さく微笑み合う二人の少女。
そんな二人の間には、先程までの気まずい雰囲気はすっかり無くなっていた。
普段人見知りの激しい仁乃も、瑠流が放つ
ーーこの人となら、上手くやって行けるかもしれない。
珍しく前向きに先を考えている自分に気付き、思わず小さな笑顔が零れた。
「ところで、ちょっと気になったんですけど…。さっきの"あれ"もアリステクノが開発中のCHARMだったりするのかしら?」
話に花を咲かせていたそんな折に、ふと思い出した瑠流が言う。
視線は部屋の最奥部、先程の黒剣へと注がれていた。
「いえ、その…あれは……」
てっきり、先程のようなお得意のCHARM語りが始まるかとも思ったが、少し困ったように歯切れの悪く仁乃。
「…私達があれに付けた名は「ジャバウォック」。私達が作ったものではなくて、曰く付きの拾い物というか、研究対象というか…。正直、あれが本当にCHARMなのかも、私達には分からないんです」
「…わからない?」
「はい」と肯定の言葉を返した後、ゆっくりと黒剣へと歩み寄る仁乃。
「使用者に莫大な力を与える代償として、
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自分はアサルトリリィの中でも特にCHARMへの関心が強くて、オリジナルCHARMとメーカーまで妄想してしまいました…。
独自解釈や独自理論多めですが、そこは多目に見てくだされば凝縮です。