「呪われたCHARM、ですか。あまり穏やかじゃないですね」
仁乃の口から語られた何とも物騒な単語に、思わず眉をひそめる瑠流。
「…このCHARMについては、またの機会にでも。あまり楽しい内容のお話ではありませんから…」
話題を振られた仁乃の方も、この件についてはあまり乗り気では無いのか、少なくともCHARMに着いて熱く語っていた先程までの熱量はなく、困ったように眉を八の字にしながら言った。
「それはさておき、明日以降の予定についてですが、明日にはお姉ちゃんがーー」
閑話休題とばかりに、今後の予定について口を開こうとしたその時。
「……!!」
突然、校内放送用のスピーカーからサイレンの音が鳴り響く。
否応にも緊張感を駆り立てるその不快な音声は、リリィである彼女にとっては聞き慣れたヒュージの出現を知らせるものだ。
「ヒュージ反応…!?そんな、初日でいきなり現れるなんて…!」
突然の緊急事態に狼狽していると、傍らに置いていた仁乃の端末に着信が入った。
震える携帯端末の画面には、「お姉ちゃん」の文字が表示されている。
『もしもし?瑠流ちゃん、仁乃ちゃん。二人とも校内にいるかしら?』
スピーカーにした仁乃のケータイ端末から聞こえてきたのは、この状況には全くもって相応しくない、何とものんびりした声音の女性の声だった。
緊張感もなにもあったものではないが、しかし瑠流は、その独特な声音には聞き覚えがあった。
「小此木瑠流、既に到着しております。…その声はもしかして、部長ですか?」
『は~いそうです♪私がアリステクノCHARM開発部部長、有栖川
電話口の向こうで、脳天気な自己紹介を繰り広げるその女性は、他ならぬ瑠流の上司であった。
面接の時に一度顔を合わせただけであったが、そのマイペースさと、何よりその肩書きと不相応な外見と年齢が非常に印象に残っていた。
「お、お姉ちゃん…!もしかして、もうヒュージが…!?」
仁乃の口ぶりからして、どうやら彼女は仁乃の姉の様だ。
よく考えれば二人の姓は同じ有栖川。寧ろ今まで気づかなかったのが不思議なくらいだが、それほどまでにこの姉妹の雰囲気はかけ離れていた。
…少し思考が逸れたが、事態はそれどころでは無い。
先のブリーフィングでも話していた通り、エリアディフェンスが稼働するこの地域では、比較的ヒュージの出現は少ない筈なのだが…。
『どうやら旧市街地の方でケイブが発生したみたいで、そこからギガント級が現れたみたいなの~。そっちは現地のリリィが対応に当たってくれているのだけど、お陰でスモール級とミドル級を数体撃ち漏らしちゃったみたい。そのヒュージがこちらに向かっているんですって』
あくまでのんびりとした口調を崩さず、仁愛は説明を続ける。
『と言うわけで、記念すべき私達の初仕事よ〜!既に防衛隊の皆さんが対応に当たっているから、合流してきて頂戴ね。それじゃあ、頑張っていきましょー』
「えいえいおー」となんとも気の抜ける掛け声をあげながら電話越しに指示を出す仁愛。
「あ、あの…。随分余裕なんですね…」
『大丈夫よ~。たかだか数体のヒュージに後れを取るようなお粗末なCHARMは作ってないもの。必要以上に慌てることはないない♪』
この余裕が単なる脳天気なのか、はたまた多少の事態には動じない度量の大きさ故なのか。
その答えはわからないが、いずれにせよ、現地に赴きヒュージと戦うのは他ならぬ瑠流自身だ。
ハンプティ・ダンプティを左腕に装着し、改めて気を引き締めなおす瑠流。
『ーーそれに、こっちには腕の立つリリィが
「………え?」
仁愛の発言の真意が分からず、思わず聞き返してしまう瑠流。
『あら?仁乃ちゃん、もしかしてまだ言ってなかったの?』
特別駐在リリィは、この折坂町に派遣されているリリィは自分一人だけだったはず。
しばし逡巡するが、瑠々の後方から聞こえてくる重厚な金属音が瑠流の思考を遮断する。
『うちの仁乃ちゃんも、こう見えて立派なリリィなのよ~。経験値はまだまだ瑠流ちゃんには及ばないけどね』
「お姉ちゃん…。ハードル…上げないでよ…」
振り向いた先に居たのは、いつもの困ったような表情を浮かべた仁乃であった。
しかし、その手には小柄な体躯とはあまりに不釣り合いな、大柄な大剣を携えていた。
いや、果たしてそれを剣と言っていいのか。まるでムカデの胴体のように、紫と桃色の刃が交互に連結したその奇妙な刀身は、まるで巨大な
そして何より、その大剣の柄の上部には、美しく輝くコアクリスタルが確かにはめ込まれていた。
つまりそれは、あの大剣がCHARMであり、それを手にする仁乃もまたリリィである事を証明していた。
「仁乃ちゃんも……リリィだったんですね…」
「ご、ごめんなさい…。色々お話するので精一杯になって……お伝えするタイミングを逃してしまって……」
仁乃の性格から考えて、別に隠していたわけではないのだろう。
伝えられていなかった事について申し訳なさそうに謝罪する彼女からは、嘘の匂いは感じられない。
「け、けど、足手まといにならないように、頑張り、ます……っ」
せめて戦闘では役に立とうと、意気込みを口にする仁乃。ーーしかし。
「………」
目線を伏せ、何かを思い悩むように瞑目したまま沈黙してしまう瑠流。
よく見ると、周りからは聞こえないほどの小さな声で、なにか独り言を呟いているようだった。
「…あの、瑠流、さん…?」
「………なんでもありません。急いで出撃しましょう」
仁乃が心配そうに顔を覗き込むが、その表情を確認する間もなく素早く踵を返し、準備室の出口へと向かった。
「あ…は、はい…」
そんな瑠流の態度に違和感を覚えながらも、足早に教室を後にした彼女の背中を追い掛けた。
◆ ◆ ◆
仁愛の指示に従い、折坂町の南西に位置する住宅街付近へと駆けつけた瑠流達。
しばらく進むと、道路から住宅街へ繋がる入口に当たる場所で、数体のスモール級と一体のミドル級。そして、それに応戦している防衛隊員達を視界に捉えた。
「目標のヒュージを発見。…直ちに迎え撃ちます!」
「る、瑠流さん…っ。私も… !」
「…その必要はありません 」
敵を視認するや否や強襲を仕掛けようとする瑠流。
仁乃もすかさず後に続こうとするが、先をゆく瑠流が左手でそれを制した。
「私一人で相手をします。仁乃ちゃんは下がってて下さい」
「え、それって……。あ!瑠流さん!」
瑠流の言っている意図を掴めず聞き返そうとするが、仁乃が言い終わるよりも早く、CHARMを引き抜きながらヒュージの方へと飛び出す瑠流。
「遅れてすみません。…ここは私が引き受けます」
ヒュージと防衛隊員の間に挟まるような位置に着地すると、穏やかな笑みを浮かべながら背後のいる隊長と思しき男性に退避を促す。
「あなたは、リリィの…!…どうかお気をつけて。ご武運を」
声を掛けられた隊員は、全てを察した様子で素早く敬礼すると、背後の隊員たちを伴い迅速に撤退を開始した。
「さてと、それではーー」
退避していく自衛隊員たちを見送りながら、ちらと視線を外した次の瞬間。それを隙と見たか、一番近くにいた一体のスモール級ヒュージが、鋭い牙をむき出しながら瑠流へと飛び掛かった。
「CHYUA!」
「あ、危ない!」
よそ見をしたままの瑠流に、思わず叫び声を上げる仁乃。しかしーー
「…JYU!?」
そんなヒュージには一瞥もくれず、左手の盾で攻撃を受け止める瑠流。
ヒュージも負けじと顎に一層の力を込めるが、頑強なハンプティ・ダンプティの盾がそれを許さない。
受け止めた盾に力を込め攻撃を弾き返すと、姿勢を崩したヒュージの胴体を一閃のもと斬り伏せた。
「あまり被害は広げたくはありません。…なるべく早く終わらせますよ?」