アサルトリリィ Blade of Faith   作:木朗

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ある意味、ここまでがプロローグ。



#5「そして、少女は少女と出会った」

 そこから先は、まさに一瞬の出来事だった。

 

 「JUA…!」

 

 一閃され、真っ二つになったスモール級ヒュージが床に転がるのも待たず、右手のCHARMをシューティングモードへと変形させる瑠流。

 手近なヒュージに数発の光弾を浴びせながら身をかがめ素早く距離を詰めると、素早くブレードを展開し下段から上段へと一気に斬り上げた。

 

 「GUAAAA……!」

 

 「モードの切り替え速度も、特に問題ありませんね。盾が本体と聞いていたので、威力の程はどうかと思いましたが…」

 

 続けざまに周りのスモール級達が次々と飛び掛る。しかし瑠流はその攻撃全てを盾でいなしながら、生じた隙を突き次々と斬り伏せていく。

 

 「どうやら、杞憂だったようですね」

 

 その淀みなく華麗なCHARM裁きは、闘っていると言うより、まるで優雅な舞を踊っているようだ。

 

 「す、すごい…。あの数のヒュージをあっという間に…」

 

 後から慌てて加勢に向かおうとした仁乃も、もはや入り込む余地はない程だった。

 

 特に仁乃を驚かせたのは、瑠流の周辺被害への配慮だ。

 

 瑠流はこの戦闘において、ヒュージ達の攻撃を躱すのではなく全て"受け止めている"。

 

 いくらスモール級と言えど、ヒュージ細胞により活性化された身体から繰り出される攻撃は、コンクリート程度であれば容易に穴を開ける程の威力を有する。

 それらを躱さず、敢えて受け流すことで、周辺への被害を最低限に抑えているのだ。

 

 現に瑠流の周辺は、近くのブロック塀から地面のアスファルトに至るまで、ヒビの一つも入っていない。

 

 勿論、防御性能に優れたハンプティ・ダンプティだからこそ出来る芸当なのだろうが、それにしても実践で使用するのは今日が初めて。

 そんなCHARMをいきなりそのレベルまで使用出来るのは、彼女の経験の成せる技である。

 

 (あれだけの数を相手にしながらそんな余裕まであるなんて…。私には到底真似出来ない…)

 

 瞬く間に周囲のスモール級達を薙ぎ倒し、残るはリーダー格と思われるミドル級一体だけが残された。

 全体的にずんぐりとしたシルエットの、強靭そうな太い両腕を持ったヒュージだ。

 

 「…あと一体」

 

 味方を全滅させられ狼狽するミドル級。その隙を逃さず前方に盾を構えながら一気に間合いへ踏み込む。

 

 「J、JAAAAAAA!!!」

 

 ヒュージの発達した両腕が、まるで巨大な棍棒の様に横薙ぎに振るわれる。この攻撃も躱さず盾で受け止めるが。

 

 「…!!」

 

 予想を上回る衝撃に、吹き飛ばされる直前に咄嗟に回転し衝撃を逃がす。

 受け止めた左腕にまだ痺れが残っている。サイズは確かにミドル級だが、攻撃に関してはラージ級相当の威力を有しているようだ。

 

 ーーとなると、迂闊に盾で攻撃を受けるのは少々危険か。

 

 『あらあら…。相手の方も中々の力自慢が現れたようね。なればこそ、ハンプティ・ダンプティの真骨頂よ』

 

 そこへ、まるで瑠流の考えを読んでいたかの様なタイミングで耳元の通信用インカムに仁愛の音声届いた。

 

 『瑠流ちゃん。ロングソードを盾に収納した状態で、そのまま二機とも起動してみて頂戴?』

 

 「…はい。こうですか?」

 

 相手の間合いに入らない様に注意しつつ距離をとると、仁愛に言われた通り剣を収納した後マギを注ぎ込む。

 すると、左手の装甲が素早く展開し、瑠流の全身を覆い尽くすほど巨大なマギを伴った装甲へと姿を変えた。

 

 『ハンプティ・ダンプティの第三形態、タワーシールドモードよ。全ての出力を防御性能の向上に割いているから、ラージ級の攻撃を食らったってビクともしないわ♪』

 

 「これは、すごいですね…。…っとと」

 

 などと感心していると、突如左腕に重量を感じ、よろめきそうになる所を咄嗟に踏ん張った。

 軽くシールドを振るうと、明らかに重量が増している事がわかる。

 

 『あ、それと、防御力強化のためにマギエネルギーで質量を増強してるから気をつけてね~』

 

 「質量って…。マギでそんなことまで出来るんですか?」

 

 『うふふっ。化学の力ってすごいしょう♪』

 

 (そういう問題でしょうか…)

 

 「…CHYUAAAAA!!」

 

 すると、追撃を加えようと腕を振り上げながらこちらへと駆け出してくるミドル級。

 瑠流が後退したのを見てこちらにも分があると踏んだのか、その動きに先程までの焦りは感じられない。

 腕の届く範囲へと飛び込んできたミドル級がその勢いのまま豪腕を振るう。

 

 「……そこっ!!」

 

 しかし、砕かれたのは瑠流の華奢な体ではなかった。

 ミドル級の拳に最も威力が乗るインパクトの瞬間、瑠流の渾身の盾付きがヒュージの拳と真正面からぶつかり合う。

 強大な質量と質量の衝突に、ミドル級ヒュージの拳が鈍い音と血を撒き散らしながら砕け散る。

 

 「……JYU???」

 

 攻撃を繰り出したミドル級も、全く想定し得なかった衝撃に一瞬遅れて絶叫を上げた。

 

 「G、GUJYAAAAA!!!??」

 

 「…痛がってる余裕、あるんですか?」

 

 ヒュージの体勢が崩れたその隙に素早くシールドを格納すると、ガラ空きになったその胴体へ居合切りの如く高速の斬撃を見舞った。

 

 「……ッ!!」

 

 悲鳴を上げる暇もなく胴体から真っ二つにされヒュージが音を立てて崩れ落ちる。

 ヒュージの絶命を確認すると、ふうと短いため息を吐き剣に着いた青い体液を払った。

 

 「…目標の沈黙を確認。これより帰投します」

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 『お疲れ様でした〜。さすが元百合ケ丘のリリィね。初めてとは思えない素晴らしいCHARM捌きだったわ~』

 

 任務完了を告げる瑠々に労いの言葉を掛ける仁愛。

 

 「ありがとうございます。ですが、ここまで被害を抑えられたのは、このCHARMにお陰だと思います」

 

 『あらあら、謙遜しちゃって~。でも、そうね。仁乃ちゃんと二人で作り上げた、私達の秘蔵っ子だもの。そこまで言って貰えると鼻が高いわ』

 

 自作したCHARMを褒められ、機嫌よく答える。

 しかし、正直瑠流としては謙遜で言ったつもりなどは毛頭ない。

 確かに既存のCHARMでもこの程度の相手であれば圧倒できる自信はあるが、ここまで周囲への被害を抑える事が出来たのは、H・D(ハンプティ・ダンプティ)の性能によるところが大きいのも事実だ。

 

 『前線で味方の盾となり仲間を守る、勇気あるリリィの為の力…。これからも存分に振るって頂戴?それじゃあ、直接会えるのを楽しみにしてるわ〜』

 

 「はい、ありがとうございました」

 

 そう言って無線を切る瑠流。

 しかし、その表情はどこか、喉の奥に小骨が刺さったような、イマイチ釈然としない様子である。

 

 (…ちょっと、高性能過ぎる気もしますけどね)

 

 使用感では、アリステクノのCHARMはまさに一級品と言っていいだろう。

 それこそ、業界を牽引する「メイカーズ」のCHARM達と比べても引けを取らない出来だ。

 

 …だからこそ、新規開拓メーカーであるはずのアリステクノがここまでのスペックを誇るCHARMを生み出せたという事実に、どうしても違和感を覚えてしまう。

 最大手医療機器メーカーとしてのノウハウと、企業努力の賜物、と言ってしまえばそれまでなのだが。

 

 (やはりあの、『呪われたCHARM』というのが関係しているのでしょうか…?)

 

 どうしても、先程の仁乃の口から語られた単語が脳裏を過ぎる。とはいえ、人類側の戦力が増強されること自体は至って有難い話だ。

 件のCHARMについては、後日仁愛に確認すればいいだろう。

 そう簡単に結論付け疑問を振り切ったところで。

 

 「あ、あの…っ!瑠流さんっ」

 

 「…仁乃ちゃん」

 

 振り返った先に居たのは仁乃だった。

 結局まともに出番がなかった大柄なCHARMを手に持て余しながら、いつもの困ったような表情を浮かべている。

 

 「さ、さっきの戦い、凄かったです。私、本当に出る幕がありませんでした…。で、ですが、ヒュージとの戦闘は何があるか、わかりません…。次の出撃の時は、私も一緒に…」

 

 「………」

 

 仁乃が精一杯に絞り出した提案も、瑠流は一言も言葉を返さず黙ってその場を後にする。

 

 「あ……ま、待ってください…!」

 

 そんな瑠流の態度に、さしもの引っ込み思案な仁乃も呼び止める。

 

 「どうしたんですか瑠流さん…。さっきから、その、様子が…」

 

 初対面の頃と比べ、瑠流の態度がおかしいのは明らかだ。

 少なくとも、準備室で自己紹介を済ませ、ブリーフィングを行っていたところまでは友好的な関係を築けていたはずだ。

 今までの会話と自分の発現を振り返ってみても、彼女の機嫌を大きく損ねてしまうようなものは見当たらない。

 

 思い当たる節があるとすれば、仁乃がリリィである事を知ってからの、あの不自然な沈黙。

 

 回答を待ちながらも思考を巡らす仁乃へ、瑠流が答えた。

 

 「…すみませんが、お互いの為にも過度な干渉はよしませんか?」

 

 「え…?」

 

 「私、リリィの方とはあまり親しくならないようにしているので。勿論、必要であれば協力は仰ぎます。ですが基本は私一人でも結構です」

 

 瑠流の口から紡がれた、明確過ぎるほどの拒絶の言葉。

 ショックで思わず言葉を詰まらせる仁乃。

 

 「あ、その…。私、何か気に触ってしまうような事、しましたか…?」

 

 「いえ、何も。あなたにはこれっぽっちの落ち度もありませんよ。ただ私がそう決めている、というだけの話ですから」

 

 そう言い放つ瑠流の瞳は、まるで凪いだ海原のように平坦で、何の感情の色も感じさせない無機質なものだった。

 視線は確かに仁乃に向けられてはいるものの、まるでここでは無いどこか別の場所を見つめているようだ。

 

 「そんな……。わ、私…っ。瑠流さんとなら仲良くなれそうだなって、お、思えたのに……」

 

 「…何故そう思えたのですか?それは本当に、あなたの本心からですか?」

 

 「え…?」

 

 瑠流の質問の意味がわからず、思わず聞き返す。

 

 「私のレアスキルは知ってますよね?」

 

 『カリスマ』。

 

 先の自己紹介の際にも触れられた、瑠流の持つレアスキルだ。

 

 ヒュージの発する負のマギエネルギーを正のマギエネルギーへと変換し、自分と味方へと供給する事で、能力、士気を高揚させる浄化の力。

 

 しかし、この『カリスマ』には、もう一つの特性があると噂されている。

 

 「貴方は私の事を"仲良くなれそうだ"と、少なからず好意的に捉えてくれていたようですが。……貴方は単に、私の『カリスマ』に惹かれただけなのではないですか?」

 

 それは、"稀有なる統率力により人心を掌握し支配する魅了の力"。本人の意思に関係なく、他人の心を惹き付け虜にする、というものだ。

 

 実のところ、このもう一つの特性については確かな根拠がなく、あくまで噂の域を出ない。

 ただ、このレアスキルを持つ者は、みな一様に様々なリリィを率い、導いてきた。

 

 『カリスマ』の持つ力がそうさせるのか、もしくはそういった魅力を持つものが『カリスマ』に目覚めるのか。

 

 いずれにせよ、確固たる証拠がある訳ではなく噂の域を出ないが、カリスマ持ちに出会った事のあるリリィ達の間では根強く信じられている。

 

 「貴方の抱いているその好意が、本当に貴方の本心から来るものだと、証明出来ますか?」

 

 当然、この問いに明確な答えなどある筈はない。

 元の根拠からして不確かである事もそうだが、そもそも人の感情の出処なんて形のないものを証明しようも無いのだ。

 

 故に、否定も出来ない。

 

 言わばこれは、仁乃を言いくるめるための"意地悪"だ。

 

 「そ、そんなの……わたしには……」

 

 言葉に詰まり、いっぱいいっぱになってしまった仁乃の瞳から大粒の涙が零れる。

 やり場のない感情をぶつけるように、CHARMを握りしめた両手に力が篭もる。

 

 「…っ」

 

 目線を伏せ、肩を震わせながら啜り泣く仁乃を目の当たりにし、ほんの一瞬、瑠流の中の良心がチクリと痛んだ。

 

 (…迷ってはダメ)

 

 しかし、瑠々の記憶に残る過去の記憶が、その小さな迷いを塗りつぶす。

 

 あの日から、瑠流の脳裏に焼き付いて離れない、その記憶。

 惨たらしい凄惨な傷を負いながらも自分を庇い死んでいった、かつての仲間達の安らかな死顔。

 

 「…とにかく、私にあまり構わないでください」

 

 最後にそう言い放つと、仁乃には一瞥もくれず踵を返した。

 もはやその動きには、先程までの迷いはなかった。

 

 

 

 

 ーー私はもう、誰かと共に戦ったりなんてしない。してはいけない。

 

 この力が、もう誰も殺してしまわないように。

 

 また失って、辛い思いをするくらいなら。

 

 私にはもう、仲間なんてーー。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 そんな瑠流の薄暗い決意を吹き飛ばすように。

 

 チャリンチャリーンと。どこか間の抜けたベルの音が鳴り響いた。

 

 「おーい。危なーい」

 

 「…は?」

 

 少し遅れてから聞こえてきた、本来なら有り得ない筈の第三者の声。

 

 突然脳内に飛び込んできた異物に脳の処理が追いつかず、思考が停止した次の瞬間。

 

 キキーッ!!

 

 ガン!!

 

 住宅街の横道から飛び出してきたママチャリが、瑠流の華奢な体に衝突した。

 

 「…う゛っ」

 

 CHARMを起動したままにしていたお陰か、咄嗟に作動したマギ障壁によって致命傷には至らなかったが。

まるでギャグ漫画の様に山なりに吹き飛ばされた瑠流が、そのまま硬いアスファルトへと迎え入れられる。

 

 「きゃーー!?瑠流さーーん!!」

 

 突然の事態に、思わず悲鳴を上げる仁乃。

 

 地に伏したままの瑠流の耳元に、先程の第三者の呟きが聞こえてきた。

 

 「あちゃあ…。だから危ないって言ったのに」

 

 (…いや、今のはどう聞いても自転車が突っ込んでくるテンションの「危なーい」ではなかったですよね…?)

 

 イマイチ緊張感に欠けるその声に、心の中で不満をぶつける瑠流。

 

 (え、ていうか、なんですかこれ?何が起きたんですか??自転車??なんで??なんでこのタイミングで??)

 

 「何があったか知んないけどさ。やっぱ、喧嘩はよくないよね」

 

 視界の前に差し出された手を取り見上げると、そこには一人の長髪の少女の姿があった。

 

 闇夜よりも黒いその髪は、穏やかな昼下がりの陽光を反射して、くっきりとそのシルエットを浮かび上がらせている。

 

 まるで、たった今、天空から地上に降り立ったかのような神々しい姿。ーーなどと一瞬錯覚するが、シチュエーションがシチュエーションなだけにそんな感想はあっという間にハジケとんだ。

 

 見た目だけはとても美しい少女だった。

 

 伸ばしっぱなしだが美しく艶のある黒い髪と、吸い込まれるような紫紺色の瞳はどこか優雅な上品さを感じさせる。

 装いは瑠流達と同じ、白いスカーフのあしらわれた黒いセーラー服を着込み。赤い大きめのスニーカー。頭上には無地のグレーのキャスケット帽を被っている。

 

  しかし、彼女の跨る安っぽいママチャリとその荷台に固定された出前用のおかもちが、その少女の美少女然とした雰囲気を見事に台無しにしていた。

 

 「な、なんなんですかあなた…?」

 

 「あたし?あたしの名前は花小金井鞘(はなこがねい さや)。歳は十六。体重はリンゴ一六〇個分。好物はハンバーガーと辛いもの全般。特技は自転車の外れたチェーンを治すことと、指の第一関節だけ曲げられることかな。…あ、あたしのことは鞘でいいよ」

 

 瑠流の問に、的外れな自己紹介を返すキャスケット帽の少女。もとい、鞘。

 

 そんな彼女のマイペース具合に呆気に取られ、一瞬言葉を失うも、気を取り直し言い放つ。

 

 「な、名前を聞いているんじゃありません!一体どうしてーー」

 

 「ちょい待ち」

 

 「!?」

 

 捲し立てようとする瑠流の言葉を遮ると、鞘は得意げに腕を組みながら口を開く。

 

 「『挨拶とは、人をして人たらしめる、人間関係のもっとも基本的行為である』。…相手が名前を名乗ったら、自分もちゃんと名乗り返す。それが礼儀ってものじゃない?」

 

 何やらよく分からない格言めいた言葉を引用しながらそう諭す鞘。

 

 言ってる事はあながち間違ってはいないのだが、少なくともこの場で一番礼儀を欠いているのは、人をママチャリで跳ね飛ばした自分を棚上げして説教している彼女自身だと思うのだが…。

 

 ただ何となく、言い返したら言い返したで余計面倒くさそうな事になりそうだったので、瑠流と仁乃は黙ってアイコンタクトを交わすと、とりあえず簡単な自己紹介を返した。

 

 「えっと…。私は、小此木瑠流と申します…」

 

 「あ、有栖川仁乃、です…」

 

 「小此木と有栖川ね。…ん、よろしく」

 反芻するように二人の名前を呟く鞘。

 

 さて。完全に会話のペースを持っていかれてしまったが、先程までヒュージが攻め入ってきていたこの場所に民間人が居ることは明らかに異常だ。居住まいをただし、改めてサヤへと質問する。

 

 「ところで花小金井さんはーー」

 

 「鞘、ね」

 

 「…"鞘さん"は、こんなところで一体何をしていたのですか?」

 

 「え、いや何って…どう見ても出前に決まってんじゃん。どこの世界におかもち担いでサイクリングに興じる奴がいるの」

 

 「…あのぅ、一応ここは避難区域だった訳ですし、お仕事中とはいえ避難して下さらないと困るのですが…」

 

 「……え?」

 

 「「え?」」

 

 「「「?????」」」

 

 仁乃の回答に疑問符を浮かべる鞘。

 

 どうにも会話が噛み合わず、なんとも言えないカオスな空気が一帯を包む。

 

 暫くして鞘が、「あっ」と何かに気付いたように声を上げると。

 

 「もしかしヒュージ警報出てた?」

 

 肯定の意を込め、コクコクと黙って頷く仁乃。

 

 すると、照れ隠しに右手で後頭部を掻きながら、わびれもなく鞘が答えた。

 

 「ごめん。昼寝してて気づかなかった」

 

 「ひ、昼寝!?」

 

 「どうりでおかしいと思ったよ。出前のラーメン持ってっても家に誰も居ないし。みんなとっくに避難してたんだね。いや、納得」

 

 「な、何を呑気な事を言ってるんですか!もしかしたら、ヒュージに襲われて命を落とすところだったかもしれないんですよ!?」

 

 あまりにも緊張感に欠ける回答に、思わず語気を強めて食って掛る瑠流。

 

 どれだけ警戒と対策を重ねても、ヒュージの襲撃による被害は毎日と言っていいほど発生している。

 

 だからこそ、その防衛の担い手である自分たちリリィは日夜鍛錬を重ね備えているというのに、あろう事かこの目の前の少女は、その脅威への警告を寝過ごしてしまったというのだ。怒るのも無理はない。

 

 しかし鞘は、詰め寄る瑠流に少しも気圧される様子はなく、寧ろ堂々とした様子で答えた。

 

 「大丈夫。あたし、こう見えて結構強いから。自分の身くらい自分で守れるよ」

 

 「意味がわかりません!…見たところ、貴方はリリィでもマディックでもないでしょう!」

 

 「うん。普通に一般人だよ」

 

 「だったら、その根拠のない自信は一体どこから来るんですか!」

 

 「別に、根拠なんかないよ。ただ、あたしがそう信じてるだけ」

 

 平坦な表情でそう答える鞘。そんな彼女の回答に、瑠流は思わず頭を抱えた。

 

 なまじ被害が少ない地域で過ごしてきたが故の、ある種の平和ボケから来る慢心なのか。

 少なくとも、これ以上自分から何かを言っても無駄な事だけはわかった気がした。

 

 「とにかく、次に警報があった時は真っ先に避難してください…。それでは」

 

 呆れと諦めから大きくため息を吐き出すと、最後に一言だけ付け足してその場を後にしようとする瑠流。

 

 しかし鞘は、そんな瑠流をおかもち片手に呼び止めた。

 

 「それよりさ、ラーメン食べようよ」

 

 「…はい?」

 

 鞘の突飛な提案に、意味がわからず思わず聞き返す瑠流。

 

 鞘は、そんな彼女の様子を気にもとめず、おかもちの蓋をスライドさせると、特別なラップで包まれた三人前のラーメンが顔をのぞかせた。

 

 「や、だからさ。食べようよ、ラーメン。届け先のおじいちゃんおばあちゃんもどっか行っちゃったし、伸びちゃったら勿体ないもん。せっかく三人前ある事だし」

 

 「け、結構です…!これから戻って報告書も書かなければ行けませんしーー」

 

 「まぁまぁ遠慮しない。"袖振り合うも多少は縁"って言うし」

 

 「それを言うなら"多生の縁"では……。って、あの、ちょ、は、離して下さい…!」

 

 断る瑠流の言葉を気にもとめずに、その手を取って無理やり連行する鞘。

 

 そんな二人を呆然と見つめながら、仁乃はぽつりと一言だけ呟いた。

 

 「え、なにこれは」

 

 三人前、という事は、少なくとも自分が除け者にされていた訳では無いのだろうが。

 

 とりあえず置いていかれるのは嫌だったので、二人の後について行く事にした。

 

 

 涙の後は、もうすっかり乾ききっていた。

 




えらいこと引っ張りましたが、こいつが主人公です。


※誤字修正助かります(誤字脱字多いマンなので)※
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