ウマ娘—Dreams continue!— 作:流星の民(恒南茜)
地下バ道を歩く足取りは重く。
このレースが終わったら、ダイヤちゃんとはしばらく戦えないし、会えなくなる。
だからこそ、なんだかレースが始まるのが怖いような気もして…一歩踏み出すのも憚られる。
…だけど、あたしは決めた。
ダイヤちゃんに強さを示すんだと。
私は、今から始まるレースを、忘れらないものにする。
今まで、共に歩んできた日々は長く。
道のりは遠く。
だからこそ、刻み込む。歴史の一ページに、あたしたちの物語を。
絶対に、勝つ———
私は、一気に地上——輝きを目指して、駆け出した。
◆ ◆ ◆
地上へと出ていくキタちゃんの後ろ姿を見ながら、考える。
私は、果たして強くあれるのか、と。
…いや、そんな考えは既に捨てた筈。
私は、絶対に負けない。
キタちゃんに、強さを示すんだ。
刻み込んだ決意は固く。
もう、揺らぐ事は無い。
只、求めるのはかけがえのない一瞬と勝利。
私は、前に進むんだ———
固い地面を踏み締め、夢を懸けた舞台へと、私は一歩踏み出した。
◆ ◆ ◆
結局、ダイヤちゃんとは話せなかった。
…だけど、言葉を交わさずともお互いがこのレースに懸けている気持ちはわかる。
私ができることはただ一つ。
…勝つことっ!
それだけだ。
——ガコンッ!
『各ウマ娘、今一斉にスタートしましたっ!』
開いたゲートと共に駆け出す。
もうこの音も随分と聞き慣れたものだ。
芝を踏み締める感触もしばらくぶりではあったけど…軽やかに、あたしの足を押し返してくれる。
周りが、内ラチ側へと入っていく中、ついたのは2番手。
前を走る娘との差はそこそこあるが、まだ大丈夫。
それよりも…
恐らくダイヤちゃんも中団についている筈。
ピリピリする感覚と、全身がざわつくような気分。
これは武者震いか…それとも…。
一瞬、後ろにだけ意識がいってしまいそうになるのを、首を振って、振り払う。
——これは、レース。
それじゃ、ダメだ。
意識を前に戻し、私はもう一歩前へ、足を踏み出した。
◆ ◆ ◆
『逃げるぞ、17番ヤマカツライデン!6バ身、7バ身…どんどんと差が開いていく!続く2番手はキタサンブラック…』
一周目の第四コーナーを曲がり、直線。
先頭を走っている娘とキタちゃんの差はどんどんと開いていく。
思わず、その差に焦り、速度を上げそうになるが、必死で抑える。
——まだ、過剰にスタミナを使う時じゃない。
一騎討ちは、キタちゃんとの直接対決は、まだ先だ。
ここで…速度を上げたら、絶対に勝てない。
前にだけ行ってしまう意識。
…キタちゃん。
近づいてくるのは決戦の予感。
不安を振り払うように、私はもう一度芝を踏み締めた。
◆ ◆ ◆
『各ウマ娘、第一コーナーをカーブして、二周目へ!逃げるぞ、ヤマカツライデン!その差はもう10バ身…15バ身か!?続く2番手はキタサンブラック…』
第一コーナーをカーブし、二周目へ。
初めての距離だけど、案外まだ残っているスタミナ。
関門となる坂を越えつつも、ひたすらに足を動かす。
残りは800m…。
開いていくは、前との差。
それでも…確実に、確実に、スピードは落ちてきている。
——今だ。
持てる力を振り絞るように、地面を踏み締め、あたしは一気に駆け出した。
◆ ◆ ◆
『一気に差を詰めるぞキタサンブラック、段々とリードがなくなってきた先頭、ヤマカツライデン…』
「…っ!」
加速しだすキタちゃん。
この時間。この瞬間。
もう残り少ないんだって。
強く意識する。
——それでも、私も…私も負けるわけにはいかないっ!
一気に地面を踏み、最大限の加速を。
持てる力の全てをここに…。
「行くよっ!キタちゃんっ!」
◆ ◆ ◆
一気に縮まる先頭との差。
追い討ちを仕掛けるように、もう一歩踏み締め、加速。
一気に跳ね上がる疾走感と、ギアが上がっていく感覚と共に、先頭を奪い取っていく。
『キタサンブラック!キタサンブラック!先頭!リードをどんどんと開いていく2バ身…3バ身…。』
——その時、強い熱が迫ってきているのを私は感じた。
「…そろそろだと思ってたよ…ダイヤちゃん!」
間違いない。
この感じ。
今まで、一緒に歩いてきたからわかる。
今まで、一緒に笑いあってきたからわかる。
今まで、ずっと…ずっと一緒だったからわかる。
でも、こんな時間はほんの一瞬。
後もう何十秒かでこの勝負は終わってしまう…。
並んだのはダイヤちゃん。
頬を伝う汗も…その真剣な眼差しもはっきりと見える。
だから…あたしは…
——ダイヤちゃんに全力で応えるんだ。
「絶対に、負けないっ!」
◆ ◆ ◆
…怖い。
この瞬間が終わるのが。このレースが終わるのが。
こうして、キタちゃんと走れる時間はもう僅かだ。
素敵だ。
キタちゃんの横顔が。
真っ直ぐ前だけ向いて、走っていくその姿が。
でも…この姿を見られる時間は…きっと残りわずか。
だから…だからこそ、この大事な時間を、一瞬を、私は大切にしたい。
絶対に負けられない、この戦いを。
私は…全力で!
「キタちゃんっ!私こそっ!」
◆ ◆ ◆
前もこうだった。
ほんの一瞬、数センチ、ダイヤちゃんが前にいた。
だけど、あたしは、負けられない。
一人でも戦える強さを、あたしはダイヤちゃんに示す。
「いっけぇっ!」
前とは違う、この状況。
少しだけキタちゃんが前にいる。
…だけど、絶対に負けない。
私は、夢を懸ける。
この一瞬に。
キタちゃんに勝って、凱旋門賞でも戦えるんだって、私はやっていけるんだって、強さを証明して見せる。
だから…だから…
「キタちゃんっ!私はっ!」
ずっと一緒だった。
離れたくないって思った。
だけど、彼女は、夢を見つけた。
それで、私は一人。
それでも…それでも…私の憧れは、教えてくれた。
私は、一人じゃないって。
心は繋がってるって。
ううん。きっと私たちはもうとっくに気づいてた。
だって…だって…。
「ダイヤちゃん…私はっ!」
この最高の瞬間を一緒に過ごしてるからっ!
交錯した想いと重なる影。
競い合って、共に走ってきて、勝って、負けて。
共にずっと歩んできたからこそ、過ごせる一瞬。
そして——
「「絶対に勝つっ!」」
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
『キタサンブラック、今、一着でゴールイン!』
レース場中に響き渡る声。
瞬間、全身を襲う脱力感。
思わず芝に倒れ込み、見上げた空。
どこまでも青くて…
眩しい空。
瞬間、溢れ出す、勝ったんだって、気持ち。
私は勝った。
勝利を…掴んだ。
「…キタちゃん。」
何度も掴んだその白い手を掴み、起き上がる。
「…最高の、勝負だった。」
その満面の笑みは、さっき見た太陽なんかよりずっとずっと眩しかった。
「…うん。私も。」
◆ ◆ ◆
私は、負けた。
それでも、不思議な事に、湧き上がってきたのは悔しいって気持ちより、満足感…楽しかったって気持ちだった。
満面の笑みで、微笑みかけてくるキタちゃん。
「…本当に、本当に…ありがとう、キタちゃん。」
いつか、私の憧れた人がそうしたように、抱きしめるのは大切な人、かけがえのない親友。
一瞬、驚いたように肩を震わせるけど、すぐにぎゅっと抱きしめ返してくる手。
…ありがとう、私は…。
きっと、戦っていける。
フランスで、夢を叶えてみせる。
だから、いつか、また戦える瞬間を…。
「また、こうして走ろうね、キタちゃん。」
楽しみに待っていよう。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「…行っちゃった。」
隣のベッドを見つめ、ふっと息を吐く。
もうすぐ、ダイヤちゃんはフランスに着く頃なのだろうか。
ふと思いつき、窓の外を見つめ、星に目を向ける。
ダイヤちゃんも今頃、これを飛行機から見ているのかな。
届くことがなくても、私は誓う。
一人でも、大丈夫だって。
だから、ダイヤちゃんは夢を叶えてきてって。