ウマ娘—Dreams continue!— 作:流星の民(恒南茜)
「あたし、宝塚記念に出たいです!」
「…ん?」
トレーニング後のトレーナー室。
急に部屋に押しかけてきたキタサン。
どうした急に。
そう聞きたくなる衝動を抑えつつ、理由を問う。
「どうしてなんだ?」
「ドゥラメンテさんも宝塚記念、出るんですよね!?」
見事に質問に質問で返してきた、と。
…てかどこで知ったんだ?
「一体どこでその情報を…」
「ドゥラメンテさんから聞きました!」
…アイツ、もうキタサンに伝えてたのかよ…。
まだ、公表前だったと思うんだが…。
いやまあ、いいけど…いいんだけどね…?
それで…キタサンが宝塚記念に出走したい、と言うことだったか。
ローテーション的には問題は無い筈。
少し急ではあるが、間に合う範囲ではあるだろう。
只、理由だけは聞いておきたい。
「一応、理由だけ聞いておいてもいいか?」
「あたし、ドゥラメンテ先輩と戦いたいたいんですっ!」
なるほどな。大体そんなところだろうとは思っていたが…。
「それじゃ、なんでドゥラメンテと戦いたいんだ?」
「えーと…。」
と、少し考え込むような素振りを見せるキタサン。
「…強くなったあたしを見せたいんです。それに、あたしと戦いたいって…ドゥラメンテ先輩が…!…あ」
やはりドゥラメンテが一枚噛んでいたか。
だが、今のキタサンは、ダイヤがフランスに行ってしまってすぐの頃のことを考えると、生き生きしているように見える。
それに、これもドゥラメンテなりの励まし方、なのだろうか。
まあ、特に出走させない理由もない。
…ここはOKを出すとするか。
「わかった。出走登録は済ませておく。ただ…」
「ただ…?」
「お前も知ってるとは思うが、ドゥラメンテは強敵だ。明日からは忙しくなるぞ。」
「はいっ!」
そう元気に返事すると、キタサンは走り去って行った。
◇ ◇ ◇
「よしっ!いいぞ、キタサン、これなら宝塚記念も…!」
というわけで、今日も今日とてトレーニング。
なかなかの好タイムに思わず声を上げた時であった。
「トレーナー!キタサン、宝塚記念出るのか!?」
「…トレーナーさん!内緒にしようと思ってたのに…!」
ドゥラメンテが声を上げると同時に、キタサンも声を上げた。
「…内緒?どうしてだ?」
「…いえ、サプライズというか何というか…。」
…なるほど?
それは悪いことをした…のか?
「ぅぅ…キタサン…!私は嬉しいぜ…!」
感激したようにキタサンの肩を掴むドゥラメンテ。
心無しか目も潤んでいるように見える。
「…てか、お前、キタサンに入れ知恵したろ。」
「…さあ、何のことだか。」
急にシラを切り出すドゥラメンテ。
「まあ、とにかくトレーニングはしっかりと、な。二人とも、もう一周。」
はーい、と少し間伸びした返事をして、走り去っていく二人の背中を眺めつつ、俺は激闘の予感に少し体を震わした。
◇ ◇ ◇
阪神競馬場。
メンバー一同、そこそこ良い位置につけられたので若干安心する。
「なあ、今日のレースどう思う?」
「キタサンブラックか、ドゥラメンテ…か。戦績で言えばドゥラメンテの方が上だが…。」
「俺たちとしては、キタサンを応援したい、だろ?」
「…ああ。」
いつぞや、というか実は毎度いた青年二人は、今日も無事在住。
俺は、鳴り止まぬ心臓を抑えつつ、ターフに目を戻した。
◆ ◆ ◆
「…とにかく、今日はよろしくね。」
「ああ。」
クラウンさんと会話を終えたドゥラメンテ先輩を横目で見つつ、ゲートに入っていく。
『票に託されたファンの夢、思いを力に変えて走るグランプリ、宝塚記念!晴れ渡る空の下、17人のウマ娘がターフを駆けます。』
鳴り止まぬ心臓を抑えつつ、ゲートの中で、前を見つめる。
右側にはドゥラメンテ先輩。
『一番人気はこの娘、一枠2番ドゥラメンテ。前走の中山記念での圧倒的な勝利、期待の高まる娘です。』
今回のレースでの1番人気はドゥラメンテ先輩となり、私は2番人気。
『さあ各ウマ娘、ゲートに収まりました。』
晴れ渡る空とは対照的に、今日の芝は稍重く。
少々、湿っていて走りづらそうだ。
それでも…。
ドゥラメンテ先輩に強くなったあたしを見せる。
それにダイヤちゃんだって、きっとフランスで——
ガコンッ!
『さあ各ウマ娘、一斉にスタートしました!』
いつもより少し長い直線。
横からドゥラメンテ先輩が飛び出していくのが、視界の端に映る。
でも、まずは…。
前に遮るものはない。
ちらと、一瞬後ろを気にしつつ、地面を踏み締め、前へ。
『各ウマ娘、控えて。先頭はキタサンブラック。流れは落ち着きそうです。』
少し、ゆったりとした滑り出しのようだ。
取り敢えずは先頭をとれたことに安堵する。
それでも…
『ドゥラメンテは、後方から行きます、後方4番手!』
後ろからの圧力が強い。
でも、これぐらいで怯えているわけにはいかない。
今日こそは、勝つんだ。
そうあたしは決意すると、自分に喝を入れるように、もう一度地面を深く、踏み締めた。
◆ ◆ ◆
「キタサンのリードに対して、ドゥラメンテは後方から、か。」
「…ああ、正に対照的と言ったところだな。」
『前半の1000mは、59秒1!…』
後ろの青年二人の解説はさておき。
少し早いペースだ。
そして、中団に上がってくるは、ドゥラメンテ。
キタサンにとって不安が芽生えてくる展開に、俺は少し身震いした。
◆ ◆ ◆
『ドゥラメンテ、中団より後ろ、先頭を走るキタサンブラックとの差は6バ身から7バ身ほどです!』
未だに、ドゥラメンテ先輩は後方。
それに対して、あたしは今のところリードできているけど…。
早い展開に、少し息切れしてくる。
それに、バ場状態の悪さも響いているのか、少しずつでも、確実に奪われていくスタミナ。
3コーナーを曲がり、最終コーナーへ——
『ドゥラメンテは、バ群の中、ドゥラメンテはバ群の中です!さあ、キタサンブラックどう残していくのか!?外から上がってきたぞ、ラブリーデイ。』
この状況を好機と見たのか、他の娘が、一気に外から差してくる。
ドゥラメンテ先輩は、まだ後ろ。
いつもより、少し遅い。
それでも、ここで少しでも、力を緩めたら…。
考えうる結末に、身震いする。
そして、遂にやって来た最終直線。
あたしは、不安も何もかも振り払うように、さらに足に力を込めた。
◆ ◆ ◆
『苦しくなったか、ドゥラメンテ、先頭は未だキタサンブラックだ!』
——足が、重い。
『マリアライト、前に上がってくる!』
…それでも、キタサンと戦うのは、他の誰でもない。
この——私だ。
『一番外からドゥラメンテ、ドゥラメンテ、上がってきた!』
何か一瞬、踏み締めた足に感じる不自然な感覚。だが——
重かろうが、足元が悪かろうが、関係ない。
行くぜ、キタサン。これが…これが——
私——ドゥラメンテだ。
◆ ◆ ◆
…来た。
後ろから迫ってくる気配は、怪物のように荒々しく。
はっきりと、ドゥラメンテ先輩のものとわかる。
一瞬、呑まれそうになりながらも、がむしゃらに足を動かす。
ここで、負けるわけにはいかない。
ドゥラメンテ先輩に——勝つんだ。
左を見ると、もうそこまで迫ってきていた。
いつも、私に笑顔を向けてくれていた顔に、流れる一筋の汗。
たまらなく、真剣な一瞬だ。
でも、だからこそ、今まで助けられてきたからこそ、見せたい。
——強くなった私を。
「あぁぁぁぁぁ!!!」
重い。
動かなくなってくる足。
それでも、一歩、一歩前へ——
◆ ◆ ◆
一気に近づく背中。
それでも、彼女が譲るわけもない。
背中は、まだ少し遠く。
——キタサン、今私がここに立てているのは——お前のおかげだ。
だからこそ、だからこそ。
みんなに助けられて、ここに立っているからこそ。
私は、負けられないっ!
負ける気など甚だない。
見せてやるよ、怪物たる所以を。
「うぉぉぉぉぉ!」
私は、重い足を持ち上げ、地面を抉るように、一気に踏み締め、力を——解き放った。
◆ ◆ ◆
遠かった。
さっきまで、並んでいたはずの影は、一歩だけ、一歩だけ前にあった。
ゴールはもう目の前で。
それでも、届かない。
届かなかった。
横から、さらに一つ、飛び出していく影。
どんどんと、足が重くなっていく。
手を伸ばしても、その影は、まだまだ遠かった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
『ドゥラメンテ、今一着でゴールイーーン!キタサンブラックを破ったぞ、ドゥラメンテ!祭りを破って、怪物が、怪物が、勝利を収めました!』
結果は三着。
さっきまで、重かった足からふっと力が抜け、思わず倒れそうになったところで、私の手を掴む、もう一つの手。
ドゥラメンテ先輩が、こちらを覗き込んでいた。
「ありがとな、キタサン。…すっごく楽しかった。」
さっきまで、真剣に張っていたけど、もう綻んでいる笑顔。
それを見ていると、こっちの張っていた気まで、緩んでくる。
「…ありがとうございました。ドゥラメンテ先輩。」
握手を交わしながら、ドゥラメンテ先輩の瞳を見つめた時だった。
急に、ドゥラメンテ先輩の表情が歪んだかと思うと、
「…え?」
膝から崩れ落ちた。
「救護!救護を!」
真っ白になった頭の中で、周りの音だけがただ、反響していた。
次回はサトノクラウン視点です。