ウマ娘—Dreams continue!—   作:流星の民(恒南茜)

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第21R 怪物

「あたし、宝塚記念に出たいです!」

「…ん?」

 

トレーニング後のトレーナー室。

急に部屋に押しかけてきたキタサン。

 

どうした急に。

そう聞きたくなる衝動を抑えつつ、理由を問う。

 

「どうしてなんだ?」

「ドゥラメンテさんも宝塚記念、出るんですよね!?」

 

見事に質問に質問で返してきた、と。

…てかどこで知ったんだ?

 

「一体どこでその情報を…」

「ドゥラメンテさんから聞きました!」

…アイツ、もうキタサンに伝えてたのかよ…。

 

まだ、公表前だったと思うんだが…。

 

いやまあ、いいけど…いいんだけどね…?

それで…キタサンが宝塚記念に出走したい、と言うことだったか。

 

ローテーション的には問題は無い筈。

少し急ではあるが、間に合う範囲ではあるだろう。

 

只、理由だけは聞いておきたい。

「一応、理由だけ聞いておいてもいいか?」

 

「あたし、ドゥラメンテ先輩と戦いたいたいんですっ!」

なるほどな。大体そんなところだろうとは思っていたが…。

 

「それじゃ、なんでドゥラメンテと戦いたいんだ?」

「えーと…。」

と、少し考え込むような素振りを見せるキタサン。

 

「…強くなったあたしを見せたいんです。それに、あたしと戦いたいって…ドゥラメンテ先輩が…!…あ」

 

やはりドゥラメンテが一枚噛んでいたか。

だが、今のキタサンは、ダイヤがフランスに行ってしまってすぐの頃のことを考えると、生き生きしているように見える。

 

それに、これもドゥラメンテなりの励まし方、なのだろうか。

まあ、特に出走させない理由もない。

 

…ここはOKを出すとするか。

 

「わかった。出走登録は済ませておく。ただ…」

「ただ…?」

 

「お前も知ってるとは思うが、ドゥラメンテは強敵だ。明日からは忙しくなるぞ。」

「はいっ!」

 

そう元気に返事すると、キタサンは走り去って行った。

 

◇ ◇ ◇

 

「よしっ!いいぞ、キタサン、これなら宝塚記念も…!」

というわけで、今日も今日とてトレーニング。

 

なかなかの好タイムに思わず声を上げた時であった。

「トレーナー!キタサン、宝塚記念出るのか!?」

「…トレーナーさん!内緒にしようと思ってたのに…!」

 

ドゥラメンテが声を上げると同時に、キタサンも声を上げた。

「…内緒?どうしてだ?」

「…いえ、サプライズというか何というか…。」

 

…なるほど?

それは悪いことをした…のか?

 

「ぅぅ…キタサン…!私は嬉しいぜ…!」

感激したようにキタサンの肩を掴むドゥラメンテ。

 

心無しか目も潤んでいるように見える。

「…てか、お前、キタサンに入れ知恵したろ。」

「…さあ、何のことだか。」

 

急にシラを切り出すドゥラメンテ。

「まあ、とにかくトレーニングはしっかりと、な。二人とも、もう一周。」

はーい、と少し間伸びした返事をして、走り去っていく二人の背中を眺めつつ、俺は激闘の予感に少し体を震わした。

 

◇ ◇ ◇

 

阪神競馬場。

メンバー一同、そこそこ良い位置につけられたので若干安心する。

 

「なあ、今日のレースどう思う?」

「キタサンブラックか、ドゥラメンテ…か。戦績で言えばドゥラメンテの方が上だが…。」

「俺たちとしては、キタサンを応援したい、だろ?」

「…ああ。」

いつぞや、というか実は毎度いた青年二人は、今日も無事在住。

 

俺は、鳴り止まぬ心臓を抑えつつ、ターフに目を戻した。

 

◆ ◆ ◆

 

「…とにかく、今日はよろしくね。」

「ああ。」

 

クラウンさんと会話を終えたドゥラメンテ先輩を横目で見つつ、ゲートに入っていく。

 

『票に託されたファンの夢、思いを力に変えて走るグランプリ、宝塚記念!晴れ渡る空の下、17人のウマ娘がターフを駆けます。』

 

鳴り止まぬ心臓を抑えつつ、ゲートの中で、前を見つめる。

右側にはドゥラメンテ先輩。

 

『一番人気はこの娘、一枠2番ドゥラメンテ。前走の中山記念での圧倒的な勝利、期待の高まる娘です。』

今回のレースでの1番人気はドゥラメンテ先輩となり、私は2番人気。

 

『さあ各ウマ娘、ゲートに収まりました。』

晴れ渡る空とは対照的に、今日の芝は稍重く。

 

少々、湿っていて走りづらそうだ。

 

それでも…。

 

ドゥラメンテ先輩に強くなったあたしを見せる。

 

それにダイヤちゃんだって、きっとフランスで——

 

 

ガコンッ!

 

 

『さあ各ウマ娘、一斉にスタートしました!』

いつもより少し長い直線。

 

横からドゥラメンテ先輩が飛び出していくのが、視界の端に映る。

でも、まずは…。

 

前に遮るものはない。

ちらと、一瞬後ろを気にしつつ、地面を踏み締め、前へ。

 

『各ウマ娘、控えて。先頭はキタサンブラック。流れは落ち着きそうです。』

少し、ゆったりとした滑り出しのようだ。

 

取り敢えずは先頭をとれたことに安堵する。

それでも…

『ドゥラメンテは、後方から行きます、後方4番手!』

 

後ろからの圧力が強い。

でも、これぐらいで怯えているわけにはいかない。

 

今日こそは、勝つんだ。

 

そうあたしは決意すると、自分に喝を入れるように、もう一度地面を深く、踏み締めた。

 

◆ ◆ ◆

 

「キタサンのリードに対して、ドゥラメンテは後方から、か。」

「…ああ、正に対照的と言ったところだな。」

 

『前半の1000mは、59秒1!…』

 

後ろの青年二人の解説はさておき。

 

少し早いペースだ。

そして、中団に上がってくるは、ドゥラメンテ。

 

キタサンにとって不安が芽生えてくる展開に、俺は少し身震いした。

 

◆ ◆ ◆

 

『ドゥラメンテ、中団より後ろ、先頭を走るキタサンブラックとの差は6バ身から7バ身ほどです!』

未だに、ドゥラメンテ先輩は後方。

 

それに対して、あたしは今のところリードできているけど…。

早い展開に、少し息切れしてくる。

 

それに、バ場状態の悪さも響いているのか、少しずつでも、確実に奪われていくスタミナ。

3コーナーを曲がり、最終コーナーへ——

 

『ドゥラメンテは、バ群の中、ドゥラメンテはバ群の中です!さあ、キタサンブラックどう残していくのか!?外から上がってきたぞ、ラブリーデイ。』

 

この状況を好機と見たのか、他の娘が、一気に外から差してくる。

ドゥラメンテ先輩は、まだ後ろ。

 

いつもより、少し遅い。

それでも、ここで少しでも、力を緩めたら…。

 

考えうる結末に、身震いする。

そして、遂にやって来た最終直線。

 

あたしは、不安も何もかも振り払うように、さらに足に力を込めた。

 

◆ ◆ ◆

 

『苦しくなったか、ドゥラメンテ、先頭は未だキタサンブラックだ!』

 

——足が、重い。

『マリアライト、前に上がってくる!』

 

…それでも、キタサンと戦うのは、他の誰でもない。

 

この——私だ。

 

『一番外からドゥラメンテ、ドゥラメンテ、上がってきた!』

 

何か一瞬、踏み締めた足に感じる不自然な感覚。だが——

重かろうが、足元が悪かろうが、関係ない。

 

行くぜ、キタサン。これが…これが——

私——ドゥラメンテだ。

 

◆ ◆ ◆

 

…来た。

 

後ろから迫ってくる気配は、怪物のように荒々しく。

はっきりと、ドゥラメンテ先輩のものとわかる。

 

一瞬、呑まれそうになりながらも、がむしゃらに足を動かす。

ここで、負けるわけにはいかない。

 

ドゥラメンテ先輩に——勝つんだ。

左を見ると、もうそこまで迫ってきていた。

 

いつも、私に笑顔を向けてくれていた顔に、流れる一筋の汗。

たまらなく、真剣な一瞬だ。

 

でも、だからこそ、今まで助けられてきたからこそ、見せたい。

 

——強くなった私を。

 

「あぁぁぁぁぁ!!!」

 

重い。

動かなくなってくる足。

 

それでも、一歩、一歩前へ——

 

◆ ◆ ◆

 

一気に近づく背中。

それでも、彼女が譲るわけもない。

 

背中は、まだ少し遠く。

 

——キタサン、今私がここに立てているのは——お前のおかげだ。

 

だからこそ、だからこそ。

 

みんなに助けられて、ここに立っているからこそ。

 

私は、負けられないっ!

 

負ける気など甚だない。

 

見せてやるよ、怪物たる所以を。

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

私は、重い足を持ち上げ、地面を抉るように、一気に踏み締め、力を——解き放った。

 

◆ ◆ ◆

 

遠かった。

 

さっきまで、並んでいたはずの影は、一歩だけ、一歩だけ前にあった。

ゴールはもう目の前で。

 

それでも、届かない。

届かなかった。

 

横から、さらに一つ、飛び出していく影。

どんどんと、足が重くなっていく。

 

手を伸ばしても、その影は、まだまだ遠かった。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

『ドゥラメンテ、今一着でゴールイーーン!キタサンブラックを破ったぞ、ドゥラメンテ!祭りを破って、怪物が、怪物が、勝利を収めました!』

結果は三着。

 

さっきまで、重かった足からふっと力が抜け、思わず倒れそうになったところで、私の手を掴む、もう一つの手。

ドゥラメンテ先輩が、こちらを覗き込んでいた。

 

「ありがとな、キタサン。…すっごく楽しかった。」

さっきまで、真剣に張っていたけど、もう綻んでいる笑顔。

 

それを見ていると、こっちの張っていた気まで、緩んでくる。

「…ありがとうございました。ドゥラメンテ先輩。」

 

握手を交わしながら、ドゥラメンテ先輩の瞳を見つめた時だった。

 

急に、ドゥラメンテ先輩の表情が歪んだかと思うと、

 

「…え?」

 

膝から崩れ落ちた。

 

 

「救護!救護を!」

 

 

真っ白になった頭の中で、周りの音だけがただ、反響していた。




次回はサトノクラウン視点です。
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