ウマ娘—Dreams continue!—   作:流星の民(恒南茜)

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第23R 潰えて

『さあドゥラメンテ先頭!二番手との差は5バ身、6バ身...まさに独走状態です!菊花賞を制して、クラシック三冠の栄誉を掴み取るのか!?』

——行ける。

 

さらに足に力を込め、加速する。

瞬間、疾走感と共に、開いていっているであろう後方との差。

 

目の前にあるゴールが、意味するのはクラシック三冠の栄誉。

だけど、そんなことより…ただただ楽しい。

 

まるで風にでもなったかのような感覚。

体は軽く。

 

踏み締める芝の感覚ですら心地よい。

今なら、どこまでも走っていけそうだ。

 

もう一度加速を、と足に力を込めて、地面を蹴った時だった。

 

「…え?」

 

急に、急に…足が上がらなくなった。

 

ダメだ、このままじゃ抜かれる。

必死に動かそうとするも、まるで金縛りにでもあったかのように、動かない。

 

『どうしたドゥラメンテ、動かないぞ!?上がってきた4番キタサンブラック!』

颯爽と私の横を駆け抜けていく赤い影。

 

ダメだ、抜かれた。

『ミュゼエイリアン、リアルスティール追走…』

 

——動け、動けよ。

 

遠くなっていく背中。

横を通り過ぎていく無数の影。

 

『キタサンブラック、今、一着でゴールイン!』

 

瞬間、金縛りが解けたかのように、動き出す体。

ぐらりと崩れるバランス。

 

そのまま、地面に倒れる身体。

さっきまで、柔らかかった芝が急に重くなったかのように、私の身体を強く打つ。

 

『ここで、ドゥラメンテに故障発生か!?』

 

響く実況の声。

 

観衆のざわめき。

 

私は…私は…

 

「…っ!」

勢いよく上体を起こす。

 

「…何だ、夢か。」

ボソリと呟き、あたりを見回すと、見慣れた寮の部屋とは違う、無機質な場所だった。

 

窓の外を見てみると、既に暗くなっている。

一体どういうことなのか、と立ちあがろうとした瞬間、感じる違和感。

 

足元の方を見ると、巻かれていたのは、白いもの…いや、私は一度これを巻かれたことがある。

ギプスだ。

 

胸の奥から突き上げてくるような、嫌な予感を首を振って、振り払い。

地面に足をつけた瞬間に、生じる激痛。

 

「うっ…」

 

思わず、声が漏れる。

 

「…どういう…こと…だよ…。」

 

息も切れ切れになりながらも、足を元の位置に戻す。

その時、

 

「ドゥラメンテ…目が覚めたのか…。」

 

聞き覚えのある声が響いた。

 

「…なあ、トレーナー…一体これはどういう…」

 

「…すまない、医者から説明がある。少し、待っててくれ。」

 

そう言い残すと部屋から出ていくトレーナー。

 

その間も、ずっと頭の中に残るのは、さっき見た夢。

 

どうすれば良いのかわからぬまま、私は一人、ベッドに座り込んでいた。

 

◆ ◆ ◆

 

“骨折です。それに、もう…競争能力は喪失してしまっている状態である…かと。”

 

「…ぁぁ」

俺の口からは説明できない。

 

いや、説明できなかった。

 

先刻、倒れたドゥラメンテを病院に連れてきた際に、宣告された言葉が、頭にこびりついたように離れない。

 

否、離れて良いわけがない。

彼女は——彼女はもう走れない。

 

つまるところ医者が言ったのはそういうことだった。

 

「…くそ。」

 

誰への苛立ちだろうか。

言葉が漏れ出し、歯を噛み締める。

 

 

医者を呼びに行くだけだと伝えたはずなのに。

 

妙に、重い足取りが、なかなかそれを許してくれなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

トレーナーは医者を呼びにいくだけだと言ったはずだ。

それなのに、戻ってこない。

 

足のこともよくわからず。

 

一人で取り残された部屋。

 

天井を仰ぎながら、自分の状態について考える。

 

——確か、私は宝塚記念に出走してたはずだ。

それで終わった後に、キタサンと話して…。

 

その後の記憶がない。

つまり、私は…。

 

と、ここまで考えた時だった。

「遅くなって、すまない…ドゥラメンテ。」

 

ドアが開いて入ってきたのはトレーナーと医者らしき人物。

 

二人の表情の険しさから、只事じゃないのがひしひしと伝わってくる。

 

「…ドゥラメンテさん…単刀直入に言います。あなたは骨折しています。」

 

そりゃそうだ、と妙に冷めた頭で考える。

 

この足の痛みも、ギプスも、なんとなく察しはついていた。

それでも、やっぱりかと。

 

「…そう…ですか…。」

 

喉の奥に、何かが詰まったような感覚のまま、声を絞り出す。

 

「…それで、復帰は…いつ頃に…。」

 

そこで、俯く医者。

少々の静寂の後、声を絞り出すように、彼は言った。

 

「…おそらく…復帰は難しい…かと…。」

 

「…え」

一瞬、真っ白になる頭。

 

「…あなたは…競争能力を…喪失した…状態にあります…。」

 

“あなたは、競争能力を喪失した状態にあります。”

…いや、そんなわけがない。

 

「…前回だって、復帰できたんですよ?今回だって…」

 

「…例え骨折が治ったとしましょう…。それでも…レースに耐えられるかどうか…最悪…あなた自身が危険な状態に…」

 

「…今回だって…そうだよな?トレ…ーナー…?」

それでも、俯くだけで、トレーナーは声をあげない。

 

「…なあ、いつもみたいに声かけてくれよ…私なら…できるって…いつもの威勢は…どこに…」

「…ぁぁ…」

声にならない声を上げるトレーナー。

 

その虚な瞳を見て萎んでくる自信。

 

…さっき見た夢は、現実になったのか?

私はもう…走れ…

 

…なんだか全てがバカらしくなってくる。

今まで、やってきたことはなんだったんだ…?

 

「…なあ、励ましてくれよ…いつもみたいに…」

それでも、トレーナーは口を開かない。

 

…なんでだよ…なんで…なんで…!

 

「…もういいよ…!」

 

脇に立てかけてあった松葉杖を引っ掴み、無理矢理立ち上がる。

 

「…ドゥラ…メンテ…。」

 

「トレーナーの…バカ…!」

 

一瞬、見えた横顔。

 

驚いたように見開かれた目。

 

脳裏に焼き付くその光景を無理くり振り払うようにして、私は部屋を出て行った。

 

◆ ◆ ◆

 

「…ドゥラ…メンテ…ちゃん…?」

松葉杖をついて病院から出てくるその姿を見て、思わず漏れる声。

 

「…クラウン…?」

久方ぶりに聞く彼女の声に胸が締め付けられる。

 

でも…それよりも…。

「…ねぇ…脚は…?立って大丈夫…なの?」

 

とてもじゃないけど、松葉杖をつくその様子からも、崩れ落ちた時の状態からも…

 

既に立てるようになっているとは思えなかった。

 

「…痛いよ…だけど…あれ以上トレーナーとは……っ!」

 

「ドゥラメンテちゃんっ!」

 

崩れ落ちそうになったドゥラメンテちゃんの身体をすんでのところで受け止める。

「一度、戻ろう…?…ね?」

 

「…でも…私は…トレーナーに…」

 

「…ドゥラメンテちゃん…わかってよ…自分の状態…今はとにかく戻らないと…!」

 

「…クラウン。…わかった…ごめん…肩、借りる。」

 

しばらく無言で彼女を病室まで送り届ける。

 

部屋に戻った時には、既に看護婦さんしかいなかった。

 

「…トレーナーは…?」

途切れ途切れになりながら質問するドゥラメンテちゃん。

 

「…いえ。本日は、ドゥラメンテさんとのこともありましたし、お引き取り願いました。それよりも…脚の具合は…」

 

「…痛みますけど…大丈夫です。」

「…そうですか…念のため、もう一度、診察を…」

軽い触診の後、部屋を出ていく看護婦さん。

 

しばらく続く静寂の後、ドゥラメンテちゃんが、口を開いた。

 

「…クラウン…。しばらく…しばらく…一人にしてくれないか…?」

 

…一人…に…?

 

「…なんで?」

「…私、もうよくわからないんだ。頭の中がぐちゃぐちゃになってて、もう何もわからない。だから、しばらく一人にしてくれ。…頼む。」

 

こんな状態のドゥラメンテちゃんを一人にするなんてできるわけがない。

 

…それに、今まで何もできなかった分、隣にいたい。

でも…彼女の頼みを無碍にすることは私にはできなかった。

 

「…わかった。」

 

…また、何もできなかった。

 

襲ってくるのは無力感。

 

一人、エレベーターの中で、頬を一滴の滴が伝ったのに気づいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「…くそ。」

結局、何もできなかった。

 

「…なんで…」

 

今まで、ずっと強がってきた。

 

彼女を、支えてきたつもりだった。

 

…だけど、だけど…

結局、全部彼女の力だった。

 

どんな時も立ち上がる不屈の心も、鍛錬を続けるその姿も。

そこに、きっと俺という存在は必要なかった。

 

…それどころか俺は、彼女を傷つけてしまった。

 

自分が許せない。

 

なんで、万全なケアをしてやれなかった?

 

どうしてもっと気を配ってやれなかった?

 

どうして…どうして…あの時、少しでも声をかけてやれなかった。

 

「…くそ。」

滲み出てくる声は、トレーナー室に響く。

 

その時だった。

「…西岡…お前…」

急に後ろから声が聞こえた。

 

この声は…間違いない。

 

振り返ると、そこに立っていたのは、やはりと言うべきか。

 

沖野トレーナーだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「…なあ、どうすればよかったんだよ…トレーナー…」

 

一人しかいない部屋に、私の声が反響する。

 

それに、クラウンにも…当たってしまった。

 

——私は…私は…どうすれば良いんだ?

 

走れないんだったら、私は…一体…?

 

何もわからない。

 

でも、そんな中でも…目の前の松葉杖と、足のギプスだけが、これは夢じゃないんだと、はっきりと告げていた。

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