ウマ娘—Dreams continue!— 作:流星の民(恒南茜)
「…沖野…トレーナー…?」
「…単刀直入に聞く。ドゥラメンテのことか?」
自分の中に踏み込まれるような感覚。
それでも、不思議だ。
こちらを覗き込むその瞳は全てを見透かしてくるようで。
…何だか、全てを吐き出したくなってくる。
「…はい」
「…そうか。」
少し考え込むような仕草すらも見せなかった。
沖野トレーナーは立ち上がると、俺の方を見て、一言言った。
「着いて来い。」
「…一体、どこに…」
「いいから来い。…今のお前に必要なことだ。」
何をするのか、どこに行くのかはわからない。
だが…不思議と、沖野トレーナーの言葉には説得力があった。
ついていけば、何かが見えるような気がした。
「…わかりました。」
そう答え、立ち上がると、俺は彼に着いていく事にした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「…ここだ。」
沖野トレーナーに連れてこられたのは、バーだった。
「…酒…ですか?」
思わず聞き返してしまう。
…俺は…こんなことをしている場合じゃないというのに。
「いいから、入れ。」
いつになく、押しの強い沖野トレーナーに対して、思わず声が漏れる。
「…でも、それどころじゃ…」
「それどころじゃないから、だ。」
そうはっきりと言い切ると、こちらを真っ直ぐと見つめてくる。
「とにかく、一度離れろ。…今のお前じゃ、解決策は見つけられない。」
そう言われると言い返せない。
少し俯いたまま、大人しく着いていく。
「西岡、お前、酒は飲めるよな?」
「…ええ。」
「…わかった。マスター、俺の奢りで二杯、カクテルを頼む。」
「かしこまりました。」
そうマスターが答えたかと思うと、すぐに提供されるカクテル。
それを一口、含み沖野トレーナーは、話を切り出した。
「…それじゃ、何があったのか聞かせてくれるか?」
「…はい。」
そう答え、これまでの経緯を簡単に説明する。
ドゥラメンテが競争能力喪失を言い渡されたこと…彼女に、対して何の言葉もかけてやれなかったこと…彼女に「バカ」と言われたこと…。
酒のせいか次から次へと言葉は出てきた。
一通り、話し終えた辺りだろうか。
俺の話を聞いてから一息つくと、沖野トレーナーが口を開いた。
「なあ…西岡、お前はドゥラメンテにどうして欲しいんだ?」
…俺が、ドゥラメンテにどうして欲しいか?
「…どうして、そんなことを…」
漏れるは純粋な疑問。
…わからなかった。あの時、どうすればよかったのかも、今、何をすればいいのかも…。
「尊重するべきは、彼女の意思だ、ってか?…いや、俺が今知りたいのは、お前の意思だ。」
「俺は…俺は…」
俺はどうしたい?
あの時、なんて声をかけたかった?
何で、こんなに彼女が競争能力を失ったのが悲しい?
自分が彼女の担当トレーナーだからか?
——いや、違う。
俺は、彼女の走りに魅せられたんだ。
もっと、長くターフであの走りを見ていたい。
他のウマ娘たちと競い合って輝いている姿が見ていたい。
…だから、きっと…。
胸に空いたかのような、穴。
この感覚は、喪失感は…。
…そうか。
——きっと、俺は…
「不可能に近いのは…承知の上です。それでも…それでも…。」
段々と、声が詰まってくるのを感じる。
大の大人になってまで情けないとは思う。
それでも、段々と嗚咽混じりになってくる声。
…酒のせいか?
いや、違う。
きっと…これは…。
「俺は、彼女に…走っていて…欲しいんです。」
絞り出された声はきっと、俺自身の純粋な願いだった。
◆ ◆ ◆
「…ドゥラメンテ…ちゃん…。」
帰り道の中、ボソリと漏れる声。
…結局、何もできなかった。
この間の骨折の時も…オーバーワークの時も…。
湧いてくるのは、無力感と…この感覚は…喪失感…だろうか。
——彼女がもう走れない。
正直、信じられなかった。信じたくなかった。
あんなに走るのが好きで、速かったドゥラメンテちゃんがこんなことになるなんて…。
それに、まだ…まだ私は…。
少し俯きながら歩いていたからだろうか。
「わわっ!」
私は、目の前で歩いてきた人に気づかなかった。
「…ごめんなさい…って、サトノクラウンさん!?」
聞き覚えのある声だ。
「…もしかして、キタちゃん?」
「はい、お久しぶりです。…ところで、ドゥラメンテ先輩の面会って…。」
「…ドゥラメンテちゃん…ね。今、一人にして欲しいんだって。」
“なあ、クラウン、しばらく一人にしてくれないか?”
フラッシュバックするあの時の光景と彼女の辛そうな表情に、思わず歯を噛み締める。
「そう…なんですか…。だったら、あたしも帰ります。…ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「…うん。わかった。」
隣を歩くキタちゃん。
寮へと戻る道すがら、彼女がボソリと呟いた。
「ドゥラメンテ先輩と、クラウンさんの話、聴かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「…っ、どこでそれを?」
「…いえ、ドゥラメンテ先輩から、昔、クラウンさんとドゥラメンテ先輩の仲が良かったと、話を聞いたもので…」
「…そうなの。」
全く、ドゥラメンテちゃんも後輩に対しては、甘かったんだな。
私は、少しため息をつきながらも、
「…いいよ。」
そう答え、
「昔ね、強いウマ娘と走りたいって。ただそれだけのために、わざわざ来た娘がいたんだ」
私の昔話は始まった。
◆ ◆ ◆
「…あった、これだ。」
そう言って、トレーナー室に戻ってきた沖野トレーナーが取り出したのは、一冊の分厚いファイルだった。
「骨折の症例はだいぶ違うが、テイオーの時のリハビリ計画だ。これを持っていくといい。」
「…いいんですか、そこまでしていただいて…。」
もう頭の下がる思いだった。思わず問うてしまう。
「問題ないよ。可愛い後輩の頼みだ。それに…」
そこで一拍間をとると、沖野トレーナーは口を開いた。
「…お前は、さっき不可能って言葉を使ったけど、そんなものはないんだよ。願いが潰えない限りは、な。」
そう、呟きながら、どこか遠くを見ているような表情。
その時、彼が何を見ていたのか、俺にはわからなかった。
「ほらほら、行った行った、夜は短いぞ、計画表を作ってこい!」
「…はい!」
そう答えると、俺は、自分の部屋へと、歩みを進めた。
踏み締める足取りは、確かなものだった。
◆ ◆ ◆
「…なるほど、そんなことが…。」
「…うん。あの娘は、走ることが大好きだった。なのに…なのに…あんなことになるなんて…。」
次第に、漏れてくる嗚咽。
歯を噛み締めても、それは止まらない。
「…クラウンさん。」
「…あはは…ごめんね…私、先輩のはずなのに…こんな姿見せちゃって…」
「そんなことないです。」
唐突だった。
静かだけど、キッパリと、キタちゃんはそう宣言した。
「誰だって…悲しい時はあります。…あたしも、ドゥラメンテ先輩と、走れなくなるのは、悲しいです。だけど…」
そこで、一拍間をおいて、話を続けるキタちゃん。
「だけど…だから、信じるべきなんです。必ず、きっとドゥラメンテ先輩は、ターフに戻ってくるって。」
そして、絞り出すように、最後の一言を発した。
「あたしたちは、無力じゃない筈です。色々と手助けができる筈です。…信じることができる筈なんです…!」
「…キタちゃん。」
「…だから、明日もう一度、行きましょう。ドゥラメンテ先輩のところへ。」
「…わかった。」
その言葉は、私の心に突き刺さったような気がして…
何だか、少し気持ちが晴れた気がした。
信じてみることができるような気がした。自分のことも。ドゥラメンテちゃんのことも。
確かに、まだまだできることはある。
私は、もう無力なんかじゃない。
だから…だから…
…きっとドゥラメンテちゃんは、ターフに戻ってくるって。
そう、自分に言い聞かせ、私は、寮へと歩みを進めた。
もう、俯いてはいなかった。