ウマ娘—Dreams continue!—   作:流星の民(恒南茜)

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第24R 一歩ずつ

「…沖野…トレーナー…?」

「…単刀直入に聞く。ドゥラメンテのことか?」

 

自分の中に踏み込まれるような感覚。

それでも、不思議だ。

こちらを覗き込むその瞳は全てを見透かしてくるようで。

 

…何だか、全てを吐き出したくなってくる。

「…はい」

「…そうか。」

 

少し考え込むような仕草すらも見せなかった。

沖野トレーナーは立ち上がると、俺の方を見て、一言言った。

 

「着いて来い。」

「…一体、どこに…」

 

「いいから来い。…今のお前に必要なことだ。」

何をするのか、どこに行くのかはわからない。

 

だが…不思議と、沖野トレーナーの言葉には説得力があった。

ついていけば、何かが見えるような気がした。

 

「…わかりました。」

そう答え、立ち上がると、俺は彼に着いていく事にした。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「…ここだ。」

沖野トレーナーに連れてこられたのは、バーだった。

 

「…酒…ですか?」

思わず聞き返してしまう。

…俺は…こんなことをしている場合じゃないというのに。

 

「いいから、入れ。」

いつになく、押しの強い沖野トレーナーに対して、思わず声が漏れる。

 

「…でも、それどころじゃ…」

「それどころじゃないから、だ。」

 

そうはっきりと言い切ると、こちらを真っ直ぐと見つめてくる。

「とにかく、一度離れろ。…今のお前じゃ、解決策は見つけられない。」

 

そう言われると言い返せない。

少し俯いたまま、大人しく着いていく。

 

「西岡、お前、酒は飲めるよな?」

「…ええ。」

 

「…わかった。マスター、俺の奢りで二杯、カクテルを頼む。」

「かしこまりました。」

そうマスターが答えたかと思うと、すぐに提供されるカクテル。

 

それを一口、含み沖野トレーナーは、話を切り出した。

「…それじゃ、何があったのか聞かせてくれるか?」

「…はい。」

 

そう答え、これまでの経緯を簡単に説明する。

ドゥラメンテが競争能力喪失を言い渡されたこと…彼女に、対して何の言葉もかけてやれなかったこと…彼女に「バカ」と言われたこと…。

 

酒のせいか次から次へと言葉は出てきた。

一通り、話し終えた辺りだろうか。

 

俺の話を聞いてから一息つくと、沖野トレーナーが口を開いた。

 

「なあ…西岡、お前はドゥラメンテにどうして欲しいんだ?」

 

…俺が、ドゥラメンテにどうして欲しいか?

 

「…どうして、そんなことを…」

 

漏れるは純粋な疑問。

 

…わからなかった。あの時、どうすればよかったのかも、今、何をすればいいのかも…。

 

「尊重するべきは、彼女の意思だ、ってか?…いや、俺が今知りたいのは、お前の意思だ。」

 

 

「俺は…俺は…」

 

 

俺はどうしたい?

あの時、なんて声をかけたかった?

 

何で、こんなに彼女が競争能力を失ったのが悲しい?

 

自分が彼女の担当トレーナーだからか?

 

——いや、違う。

 

俺は、彼女の走りに魅せられたんだ。

 

もっと、長くターフであの走りを見ていたい。

 

他のウマ娘たちと競い合って輝いている姿が見ていたい。

 

…だから、きっと…。

 

胸に空いたかのような、穴。

 

この感覚は、喪失感は…。

 

…そうか。

 

——きっと、俺は…

 

 

「不可能に近いのは…承知の上です。それでも…それでも…。」

 

 

段々と、声が詰まってくるのを感じる。

 

大の大人になってまで情けないとは思う。

それでも、段々と嗚咽混じりになってくる声。

 

…酒のせいか?

 

いや、違う。

 

きっと…これは…。

 

 

「俺は、彼女に…走っていて…欲しいんです。」

 

 

絞り出された声はきっと、俺自身の純粋な願いだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「…ドゥラメンテ…ちゃん…。」

 

帰り道の中、ボソリと漏れる声。

…結局、何もできなかった。

 

この間の骨折の時も…オーバーワークの時も…。

湧いてくるのは、無力感と…この感覚は…喪失感…だろうか。

 

——彼女がもう走れない。

正直、信じられなかった。信じたくなかった。

 

あんなに走るのが好きで、速かったドゥラメンテちゃんがこんなことになるなんて…。

それに、まだ…まだ私は…。

 

少し俯きながら歩いていたからだろうか。

 

「わわっ!」

 

私は、目の前で歩いてきた人に気づかなかった。

 

「…ごめんなさい…って、サトノクラウンさん!?」

 

聞き覚えのある声だ。

 

「…もしかして、キタちゃん?」

「はい、お久しぶりです。…ところで、ドゥラメンテ先輩の面会って…。」

 

「…ドゥラメンテちゃん…ね。今、一人にして欲しいんだって。」

“なあ、クラウン、しばらく一人にしてくれないか?”

フラッシュバックするあの時の光景と彼女の辛そうな表情に、思わず歯を噛み締める。

 

「そう…なんですか…。だったら、あたしも帰ります。…ご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「…うん。わかった。」

 

隣を歩くキタちゃん。

寮へと戻る道すがら、彼女がボソリと呟いた。

 

「ドゥラメンテ先輩と、クラウンさんの話、聴かせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「…っ、どこでそれを?」

 

「…いえ、ドゥラメンテ先輩から、昔、クラウンさんとドゥラメンテ先輩の仲が良かったと、話を聞いたもので…」

 

「…そうなの。」

 

全く、ドゥラメンテちゃんも後輩に対しては、甘かったんだな。

 

私は、少しため息をつきながらも、

 

「…いいよ。」

 

そう答え、

 

「昔ね、強いウマ娘と走りたいって。ただそれだけのために、わざわざ来た娘がいたんだ」

 

私の昔話は始まった。

 

◆ ◆ ◆

 

「…あった、これだ。」

 

そう言って、トレーナー室に戻ってきた沖野トレーナーが取り出したのは、一冊の分厚いファイルだった。

 

「骨折の症例はだいぶ違うが、テイオーの時のリハビリ計画だ。これを持っていくといい。」

「…いいんですか、そこまでしていただいて…。」

 

もう頭の下がる思いだった。思わず問うてしまう。

 

「問題ないよ。可愛い後輩の頼みだ。それに…」

 

そこで一拍間をとると、沖野トレーナーは口を開いた。

 

「…お前は、さっき不可能って言葉を使ったけど、そんなものはないんだよ。願いが潰えない限りは、な。」

 

そう、呟きながら、どこか遠くを見ているような表情。

 

その時、彼が何を見ていたのか、俺にはわからなかった。

 

「ほらほら、行った行った、夜は短いぞ、計画表を作ってこい!」

 

「…はい!」

 

そう答えると、俺は、自分の部屋へと、歩みを進めた。

 

踏み締める足取りは、確かなものだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「…なるほど、そんなことが…。」

「…うん。あの娘は、走ることが大好きだった。なのに…なのに…あんなことになるなんて…。」

 

次第に、漏れてくる嗚咽。

 

歯を噛み締めても、それは止まらない。

 

「…クラウンさん。」

 

「…あはは…ごめんね…私、先輩のはずなのに…こんな姿見せちゃって…」

 

「そんなことないです。」

 

唐突だった。

静かだけど、キッパリと、キタちゃんはそう宣言した。

 

「誰だって…悲しい時はあります。…あたしも、ドゥラメンテ先輩と、走れなくなるのは、悲しいです。だけど…」

 

そこで、一拍間をおいて、話を続けるキタちゃん。

 

「だけど…だから、信じるべきなんです。必ず、きっとドゥラメンテ先輩は、ターフに戻ってくるって。」

 

そして、絞り出すように、最後の一言を発した。

 

「あたしたちは、無力じゃない筈です。色々と手助けができる筈です。…信じることができる筈なんです…!」

 

「…キタちゃん。」

 

「…だから、明日もう一度、行きましょう。ドゥラメンテ先輩のところへ。」

 

「…わかった。」

 

その言葉は、私の心に突き刺さったような気がして…

 

何だか、少し気持ちが晴れた気がした。

 

信じてみることができるような気がした。自分のことも。ドゥラメンテちゃんのことも。

 

確かに、まだまだできることはある。

私は、もう無力なんかじゃない。

 

だから…だから…

 

…きっとドゥラメンテちゃんは、ターフに戻ってくるって。

 

そう、自分に言い聞かせ、私は、寮へと歩みを進めた。

 

もう、俯いてはいなかった。

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