ウマ娘—Dreams continue!—   作:流星の民(恒南茜)

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第25R 踏み出して

「…ドゥラメンテ先輩は、ここに入院しているんですね?」

「…ええ。」

 

訪れたのは病院の前。

ドゥラメンテちゃんは確かにここにいる。

 

私は...少しでもドゥラメンテちゃんの力になりたい。

だったら、そのためにできることがあるのなら、なんだって...。

 

胸に秘めたのは確固たる意志。

拳を握りしめ、覚悟が決まったか、再確認する。

 

——よし。

 

「行こう、キタちゃん。」

 

キタちゃんに声をかけると、私は扉に向けて手を伸ばした。

 

◆ ◆ ◆

 

「ドゥラメンテ…。」

彼女がここにいる。

 

そう思うだけでも、俺の胸の鼓動はおさまらなかった。

それでも、昨日、沖野トレーナーと話して、自分の考えは整理してきた筈だ。

 

——俺は、彼女にもう一度走ってほしい。

それは、決して変わることのない想い。

 

「俺は、お前に…。」

 

いつしか、俺は彼女の走る姿に夢を見ていた。

そして、決してその想いが潰えることはない。

 

例え、彼女が走れなくなったとしても。復帰が不可能だとしても。

 

まだ夢を見たいという想いは潰えてはいない。

 

手元に持った、リハビリ計画書を握りしめると、俺は扉に向けて一歩、踏み出した。

 

◆ ◆ ◆

 

——私は、どうすればいいんだ?

 

考えても、考え続けても、答えが出ない問い。

それは決して、一晩で出るわけもなく。

 

今までの人生を懸けてきたものが、奪われるというのは、こんなものかと。

残るのは、深い喪失感と、後悔だけだった。

 

なんで…なんで、私は…みんなに…。

 

歯を食いしばっても、布団を叩いても、決して現実は変わらない。

ただ、無機質な部屋に松葉杖が転がっているだけだ。

 

それでも、それだとしても、こんな現実に変わって欲しかった。

まだ、私の想いはきっと——潰えてはいなかった…のだろう。

 

ポツリ、ポツリと溢れる涙が、シーツに染みを作る。

 

歯を食いしばっても、止まることがないそれを眺めることしか、私にはできず。

 

霞む視界の中、これが夢であることを、強く願った。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

…どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 

気づいたら、陽光が既に照り付けていた。

 

つまるところ朝、というわけだ。

周りを見回しても、景色はちっとも変わらず。

 

相変わらず、松葉杖はそこに転がっているし、足にはギプスが巻かれている。

…やっぱり、夢じゃなかったか。

 

そんなのとっくに分かりきっていた筈だった。

 

それでも、受け入れられなかった。

 

受け入れられるわけがなかった。

 

こんな現実。

 

“もうあなたは、走れない。”

 

その言葉が、足枷のように、私を縛り付ける。

最早、立ち上がる力すらも湧いてこない。

 

もう、どうにでもなれ、と。

 

投げやりになって、ベッドに身を投げ出したその時だった。

 

「…ドゥラメンテ、いいか?」

 

トレーナーの声が、ドアの外から聞こえてきた。

 

◆ ◆ ◆

 

「…ああ。」

ドアの内側から、半ば投げやりな声が聞こえてくる。

 

それでも、その声を聞いた瞬間、居ても経ってもいられなくなって…。

俺は、ガラリと大きな音をたて、ドアを開けると、ドゥラメンテの前に立った。

 

「トレー…ナー…?どうして…。昨日…私は…お前のことを…。」

 

そうだ。確かに、昨日俺は、彼女に拒絶された。

 

それでも…どうしても、俺は彼女に一言伝えておきたかった。

 

その意志だけは、微塵も揺れることがなかった。

 

「…ドゥラメンテ、お前にどうしても伝えたいことがあって、俺は…今日、ここに来た。」

 

「…どうして…。どうして…そこまで…。」

 

「そこまでと言われても、どうしてもこれだけは譲れないんだ…ドゥラメンテ。」

 

深く息を吸い、頭を下げ、

 

「——こんなのただの俺のエゴかもしれない。それでも、エゴだろうが、身勝手だろうが、何だっていい…。」

 

声が、出ない。だけど、ここで、止まるわけには…いかない。

 

「俺は…お前に…もう一度…走って…ほしい…。」

 

最後まで声を絞り出す。

 

「トレ…」

 

最早彼女の絞り出した声は、音にすらなっていなかった。

 

「…なあ、私は、私は…もう一度、走れるのか…?」

 

彼女の願ったことも、俺が願ったことも、限りなく可能性は低い。

 

それでも——また夢を見られるのならば…。

 

拳を握りしめたその時だった。

 

「走れるよっ!」

 

「走れますっ!」

 

二つの重なった声が、間に挟まった。

 

◆ ◆ ◆

 

「クラウン…キタサン…。」

彼女が、私の名を口にする。

 

瞬間、震える我が身。

 

もういても立ってもいられなかった。

 

「私っ!待ってるっ!信じてるからっ!ドゥラメンテちゃんが走れるようになるためだったら、何でもするからっ!」

 

あの時、何もできなかった、今まで、何もしてこれなかった。

襲ってくるのは、今までの悔恨。

 

それでも、嗚咽混じりになりながら、

 

「だから…だから…もう一度…戻ってきて…。」

 

声を絞り出し、彼女の瞳を見つめる。

 

「…クラウン。」

 

「私もですっ!もう一度、私は…ドゥラメンテ先輩と走りたい…!もっともっと…ドゥラメンテ先輩の走りを…見ていたいんです…!」

隣で、声を絞り出すキタちゃんの声もまた、嗚咽が混じっていた。

 

「…キタサン。」

 

キタちゃんの名前を口にするドゥラメンテちゃん。

 

そして——トレーナーさんが、彼女に一冊の冊子を手渡した。

 

「これが——俺の…俺たちの、想いだ。」

 

◆ ◆ ◆

 

「…これは。」

手渡したリハビリの計画書をパラパラとめくるドゥラメンテ。

 

「…なあ。本当に…本当に…私は、もう一度…。」

 

不思議と、彼女の言わんとしてることはわかった。

 

もう一度、走れるか否か。

 

——可能性は、限りなく低い。

 

それでも…

 

“不可能なことなんかない。想いが潰えない限りは、な。”

 

脳裏をよぎるのは、沖野トレーナーの声。

 

「可能性は、限りなく低い。だけど…潰えたわけじゃない。俺が、最後に知りたいのは、お前の意思だ。ドゥラメンテ、お前は、どうしたい…?」

 

◆ ◆ ◆

 

——あとは、私の意思、か。

 

私はどうしたい?

 

あの時みた夢が脳裏をよぎる。

 

それは——ありえなかった未来。

骨折せず、キタサンたちと菊花賞を走れていた世界。

 

確かに、何度も夢は潰えてきた。

 

それでも——それでも——まだ、まだ私は見ていたい。

 

その延長線を。

 

 

夢のつづきを。

 

 

…であれば、答えはただ一つだった。

 

「…走りたい。」

絞り出した声は、きっと、私の想い、願いのカタチ。

 

「…わかった。」

真っ直ぐ私の目を見つめるトレーナー。

 

「だったら、俺は全力でバックアップをする。絶対に…絶対に…もう一度、お前が走れるようにして見せる。」

 

「私もだよ、ドゥラメンテちゃん。」

 

声をあげるクラウン。

 

思わず、彼女の方を見る。

 

「待ってるから、私。今度の天皇賞、見てて。あなたに相応しいライバルになって、待ってるから。だから——」

 

 

「もう一度。」

 

 

もう一度、立ち上がる勇気。

 

それはきっと今貰った。

 

転がっていた松葉杖を拾って、立ち上がる。

 

「…わかった。私、もう一度、踏み出す。だから…」

 

 

「——待っててくれ。」

 

 

その声は、もうさっきまでの弱々しいものじゃなかった。




次回、リアルの事情のため、二週間ほど空きます。
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