ウマ娘—Dreams continue!— 作:流星の民(恒南茜)
「…ドゥラメンテ先輩は、ここに入院しているんですね?」
「…ええ。」
訪れたのは病院の前。
ドゥラメンテちゃんは確かにここにいる。
私は...少しでもドゥラメンテちゃんの力になりたい。
だったら、そのためにできることがあるのなら、なんだって...。
胸に秘めたのは確固たる意志。
拳を握りしめ、覚悟が決まったか、再確認する。
——よし。
「行こう、キタちゃん。」
キタちゃんに声をかけると、私は扉に向けて手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
「ドゥラメンテ…。」
彼女がここにいる。
そう思うだけでも、俺の胸の鼓動はおさまらなかった。
それでも、昨日、沖野トレーナーと話して、自分の考えは整理してきた筈だ。
——俺は、彼女にもう一度走ってほしい。
それは、決して変わることのない想い。
「俺は、お前に…。」
いつしか、俺は彼女の走る姿に夢を見ていた。
そして、決してその想いが潰えることはない。
例え、彼女が走れなくなったとしても。復帰が不可能だとしても。
まだ夢を見たいという想いは潰えてはいない。
手元に持った、リハビリ計画書を握りしめると、俺は扉に向けて一歩、踏み出した。
◆ ◆ ◆
——私は、どうすればいいんだ?
考えても、考え続けても、答えが出ない問い。
それは決して、一晩で出るわけもなく。
今までの人生を懸けてきたものが、奪われるというのは、こんなものかと。
残るのは、深い喪失感と、後悔だけだった。
なんで…なんで、私は…みんなに…。
歯を食いしばっても、布団を叩いても、決して現実は変わらない。
ただ、無機質な部屋に松葉杖が転がっているだけだ。
それでも、それだとしても、こんな現実に変わって欲しかった。
まだ、私の想いはきっと——潰えてはいなかった…のだろう。
ポツリ、ポツリと溢れる涙が、シーツに染みを作る。
歯を食いしばっても、止まることがないそれを眺めることしか、私にはできず。
霞む視界の中、これが夢であることを、強く願った。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
…どれくらいの時間が経ったのだろうか。
気づいたら、陽光が既に照り付けていた。
つまるところ朝、というわけだ。
周りを見回しても、景色はちっとも変わらず。
相変わらず、松葉杖はそこに転がっているし、足にはギプスが巻かれている。
…やっぱり、夢じゃなかったか。
そんなのとっくに分かりきっていた筈だった。
それでも、受け入れられなかった。
受け入れられるわけがなかった。
こんな現実。
“もうあなたは、走れない。”
その言葉が、足枷のように、私を縛り付ける。
最早、立ち上がる力すらも湧いてこない。
もう、どうにでもなれ、と。
投げやりになって、ベッドに身を投げ出したその時だった。
「…ドゥラメンテ、いいか?」
トレーナーの声が、ドアの外から聞こえてきた。
◆ ◆ ◆
「…ああ。」
ドアの内側から、半ば投げやりな声が聞こえてくる。
それでも、その声を聞いた瞬間、居ても経ってもいられなくなって…。
俺は、ガラリと大きな音をたて、ドアを開けると、ドゥラメンテの前に立った。
「トレー…ナー…?どうして…。昨日…私は…お前のことを…。」
そうだ。確かに、昨日俺は、彼女に拒絶された。
それでも…どうしても、俺は彼女に一言伝えておきたかった。
その意志だけは、微塵も揺れることがなかった。
「…ドゥラメンテ、お前にどうしても伝えたいことがあって、俺は…今日、ここに来た。」
「…どうして…。どうして…そこまで…。」
「そこまでと言われても、どうしてもこれだけは譲れないんだ…ドゥラメンテ。」
深く息を吸い、頭を下げ、
「——こんなのただの俺のエゴかもしれない。それでも、エゴだろうが、身勝手だろうが、何だっていい…。」
声が、出ない。だけど、ここで、止まるわけには…いかない。
「俺は…お前に…もう一度…走って…ほしい…。」
最後まで声を絞り出す。
「トレ…」
最早彼女の絞り出した声は、音にすらなっていなかった。
「…なあ、私は、私は…もう一度、走れるのか…?」
彼女の願ったことも、俺が願ったことも、限りなく可能性は低い。
それでも——また夢を見られるのならば…。
拳を握りしめたその時だった。
「走れるよっ!」
「走れますっ!」
二つの重なった声が、間に挟まった。
◆ ◆ ◆
「クラウン…キタサン…。」
彼女が、私の名を口にする。
瞬間、震える我が身。
もういても立ってもいられなかった。
「私っ!待ってるっ!信じてるからっ!ドゥラメンテちゃんが走れるようになるためだったら、何でもするからっ!」
あの時、何もできなかった、今まで、何もしてこれなかった。
襲ってくるのは、今までの悔恨。
それでも、嗚咽混じりになりながら、
「だから…だから…もう一度…戻ってきて…。」
声を絞り出し、彼女の瞳を見つめる。
「…クラウン。」
「私もですっ!もう一度、私は…ドゥラメンテ先輩と走りたい…!もっともっと…ドゥラメンテ先輩の走りを…見ていたいんです…!」
隣で、声を絞り出すキタちゃんの声もまた、嗚咽が混じっていた。
「…キタサン。」
キタちゃんの名前を口にするドゥラメンテちゃん。
そして——トレーナーさんが、彼女に一冊の冊子を手渡した。
「これが——俺の…俺たちの、想いだ。」
◆ ◆ ◆
「…これは。」
手渡したリハビリの計画書をパラパラとめくるドゥラメンテ。
「…なあ。本当に…本当に…私は、もう一度…。」
不思議と、彼女の言わんとしてることはわかった。
もう一度、走れるか否か。
——可能性は、限りなく低い。
それでも…
“不可能なことなんかない。想いが潰えない限りは、な。”
脳裏をよぎるのは、沖野トレーナーの声。
「可能性は、限りなく低い。だけど…潰えたわけじゃない。俺が、最後に知りたいのは、お前の意思だ。ドゥラメンテ、お前は、どうしたい…?」
◆ ◆ ◆
——あとは、私の意思、か。
私はどうしたい?
あの時みた夢が脳裏をよぎる。
それは——ありえなかった未来。
骨折せず、キタサンたちと菊花賞を走れていた世界。
確かに、何度も夢は潰えてきた。
それでも——それでも——まだ、まだ私は見ていたい。
その延長線を。
夢のつづきを。
…であれば、答えはただ一つだった。
「…走りたい。」
絞り出した声は、きっと、私の想い、願いのカタチ。
「…わかった。」
真っ直ぐ私の目を見つめるトレーナー。
「だったら、俺は全力でバックアップをする。絶対に…絶対に…もう一度、お前が走れるようにして見せる。」
「私もだよ、ドゥラメンテちゃん。」
声をあげるクラウン。
思わず、彼女の方を見る。
「待ってるから、私。今度の天皇賞、見てて。あなたに相応しいライバルになって、待ってるから。だから——」
「もう一度。」
もう一度、立ち上がる勇気。
それはきっと今貰った。
転がっていた松葉杖を拾って、立ち上がる。
「…わかった。私、もう一度、踏み出す。だから…」
「——待っててくれ。」
その声は、もうさっきまでの弱々しいものじゃなかった。
次回、リアルの事情のため、二週間ほど空きます。