ウマ娘—Dreams continue!—   作:流星の民(恒南茜)

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大変遅くなってしまったことをお詫びいたします。


第28R 手

「トレーナーさん、そろそろですよ!今回は…寝ないでくださいね?」

 

「…いや、流石にな?」

 

世界最強のウマ娘を決めるレース——凱旋門賞。

そこに、自分の担当ウマ娘ができているのだ。

 

流石にここで眠れたら、よっぽど肝が据わっているというか何というか…。

もうそいつは潜りだろうってレベルだ。

 

軽く拳を握り締め、テレビを見つめる。

今、映っているのは別のウマ娘だが、ダイヤも近いうちに映ることだろう。

 

さて…彼女がフランスに行ってから、俺ができていたことは少なかった。

だからこそ…俺たちに今できる精一杯のことをしたつもりではあったが…。

 

果たして…と言った具合だ。

気持ちが届いているといいのだが…。

 

とまあ、若干不安はあるが、理由はきっとそれだけじゃないだろう。

彼女は強いウマ娘だ。

 

だが、果たして世界レベルの舞台で、それが通用するのかという不安。

そして、前走のフォワ賞でのこともある。

 

…とはいえ、だ。

あれは爪が割れるというアクシデントもあっての結果。

 

きっと大丈夫だと…そう信じたい。

 

「トレーナーさんも、緊張しているんですか?」

 

気づいたら、固く握り締めていた拳が、震えていた。

 

「…ああ。そうみたい…だな。」

 

どうやら、いつの間にか緊張してしまっていたようだ。

 

「…ダイヤちゃんなら、きっと大丈夫です!だから、トレーナーさんも肩の力を抜いてください!」

 

…まさか、俺が諭されることになるとは。

フォワ賞の時は逆だったのに…と、苦笑いする。

 

「さあ、そろそろ始まりますよ…ってあれ?」

 

その時、キタサンの耳がぴょこりと動いた。

 

「どうしたんだ?」

 

「…いえ、なんか物音が聞こえた気がして…。」

 

その時だった。

 

「…クソ、バレちまったら仕方ないか。」

 

唐突にドアが開いたかと思うと、部屋に入ってきたのは…ドゥラメンテだった。

 

「…ドゥラメンテ!?どうしてここに…」

 

「私だけじゃないぞ?お前ら!入ってこい!」

 

「ちょわっ!?バレちゃいました!?」

 

「落ち着け、バクシン、大声出すなって…」

 

と思ったら、後ろからナカヤマとバクシンの二人も出てきた…と。

 

「お前ら、門限は…?」

 

「んなもん、ダイヤの凱旋門賞に比べたら大したもんじゃないぜ!そうだろ?お前ら!」

 

「「おー!」」

 

「みなさん…!」

 

既にキタサンは泣き出しそうである。

まあ、こいつらのチームメイトを想う気持ちを咎めるわけにもいかない。

 

「…わかった。寮長には俺から話しとくから。お前らも座れ。」

 

とまあ、ゾロゾロと入ってきたチームのメンバーたちが、座っていくのを横目で見つつ、テレビに視線を戻す。

 

「…そろそろ、出走か…。」

 

チリリと、全身がざわつくような感覚。

 

ダイヤにとっての…いや、二人にとっての夢の舞台、凱旋門賞が幕を開けようとしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

《サトノダイヤモンドさん、そろそろ出走のお時間です。》

 

《わかりました。》

 

控え室に入ってきたスタッフにそう声をかけつつ、部屋を出ようとした時、ふと、もう一度あの“写真“が見たくなった。

スマホを素早く開き、待ち受けを開く。

すると、そこに写るのは、“ダイヤちゃん、凱旋門賞頑張って!“と書かれた幕を掲げたトレーナーさんやチームのみんなと、キタちゃん。

 

「…ふふっ」

 

みんなの笑顔を見ていると、思わず笑みが漏れる。

今頃、みんなはどうしているんだろう?

それにキタちゃんは…?

最後に話したのは、フォワ賞の時だ。

 

それ以降は、お互いに連絡を取っていなかった。

確かにトレーニングで忙しくなっていたからというのは一因ではあったけれど…。

 

…それでも、あの日、キタちゃんの温もりを感じられたから。

 

だから、連絡を取らずとも、私たちは繋がっていたから。

 

今日まで、走ってこれた。

だから、みんなに…トレーナーさんに…そして、キタちゃんに…。

 

最高の走りを見せるんだ。

 

再び固めたのは決意。

 

絶対に負けられない夢の舞台が、もう目の前にまで迫っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

ガコンッ!

 

 

『今、スタート!日本のサトノダイヤモンド、外から好スタートを切りました!』

 

「よしっ!いいよ、ダイヤちゃんっ!」

 

快調なスタートに思わず声を上げつつ、立ち上がってしまう。

 

「あっ…」

 

「…わかるぜ、キタサン、良いスタート切れた時って嬉しいもんな。」

 

思わず立ち上がってしまったことに恥ずかしさを覚えた時だった。

 

ドゥラメンテさんが立ち上がり、あたしの肩に手を乗せた。

 

「ほら、お前らも立て!全力でダイヤを応援すんぞ!」

 

「わかりましたっ!バクシンですね!」

 

「…おい、お前ら…もう少し、静かにな…?」

 

と言いつつ、バクシンオーさんと、ナカヤマさんも立ち上がる。

 

「行けー!ダイヤー!」

 

気づいたら、トレーナーさんの部屋はすっごい賑やかになっていた。

それでも…気づいたら、トレーナーさんまでもが立ち上がって応援を始めていた。

 

『サトノダイヤモンド、中団から様子を伺っています——』

 

ダイヤちゃんは中団での様子見。

そして、差し掛かったのは坂。

 

「行けーっ!ダイヤちゃんっ!」

 

あたしも、声を上げる。

 

ここから、レースは本格的に始動しようとしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

「…はぁ…はぁ…」

 

上手く中団にはつけた。

展開自体は順調なのだろう。

 

…それでも、バ場は重く。

 

先ほど、抜けた坂も相まって、スタミナは奪われていく一方だった。

600mほど坂を下り。

 

ここから差し掛かるのは直線。

…それでも、これは最終直線じゃない。

 

もう一つ、コーナーは残っている、偽りの直線だ。

…まだ、まだ足は…溜める。

 

強く、己を律して動きを抑える。

 

ただでさえ、スタミナはもうあまり残っていないのだ。

ここで使ったら…確実に、追いつけない。

 

口の端から漏れる、熱く熱された空気を強く、歯を食いしばって抑え込み。

ただ、黙々と位置はキープするように脚を進める。

 

そして——

 

『各ウマ娘、4コーナーを曲がって、最終直線に入りました!』

 

——来た。

 

レースは——

 

「ここからっ!」

 

コーナーを突き進むようにして、一気に外に出て、地面を踏み締め、蹴り上げる。

抉れる重い地面と、宙を舞う芝。

 

どこまでも、長いような一瞬が訪れ、次の瞬間——

 

——加速する景色。

 

『9番サトノダイヤモンド!サトノダイヤモンド!外から一気に4、5番手に上がってきました!』

 

ふと横を見ると、隣を走っていたウマ娘が、歯軋りをしているところだった。

前回と違って、爪が割れることもない。

 

——このままっ!

 

もう一度、深く地面を踏み締め、地面を蹴り上げようとした時だった。

 

「…っ!?」

 

脚は…上がらなかった。

力なく、脚が振り下ろされ、次の瞬間、全身から力が抜けそうになるのを、必死に堪える。

 

『9番サトノダイヤモンド、上がらない!上がらない!どんどんとバ群に沈んでいく!』

 

「…くっ!」

 

鉛のように重い足に、無理やり力を込め、前に進もうとするも、この程度の力じゃ、決して先頭には届かない。

 

「…どう…して…」

 

もう、漏れる声を抑えることはできなかった。

そして、逆に先頭に立ったのは…

 

『エネイブル!エネイブル!一気に抜け出し、先頭に立ちました!』

 

さっき、歯軋りをしていた娘だった。

 

「…どうしてっ!?」

 

…正直、理由は明白だった。

 

——慣れないレース場、重いバ場。

 

スタミナを奪われる理由なんかいくらでもあった。

 

それでも、きっと…1番の理由は…。

 

——私自身の力不足だ。

 

皐月賞の時に感じた無力感が全身を包み。

 

さっきまで、熱かった筈なのに、すぅっと下がっていく体温。

それでも、あの時と違うのは…

 

もう、手が届くような距離ではないということ。

 

どこか、脳が冷静に判断を下す。

 

引き伸ばされたテープのように。

 

止まったジュークボックスのように。

 

どこまでも長い一瞬が、流れ。

 

『エネイブル、今、1着でゴールイン!凱旋門賞を制しました!』

 

実況の声が響き渡った。

 

◆ ◆ ◆

 

「…ダイヤ…ちゃん…?」

 

さっきまでの喧騒が嘘のように、静まり返った部屋。

テレビに着順表が表示されるも、そこに、“サトノダイヤモンド“の文字はない。

 

『——9番サトノダイヤモンドは、15着となりました。』

 

耳に入るも、頭がその言葉を受け付けようとしない。

 

そんな…ダイヤちゃんが…ダイヤちゃんが…負けるなんて…そんなこと…。

 

全身から力が抜けていく。

 

あたしは、膝から崩れ落ちた。

 

◆ ◆ ◆

 

ゴール板の前を駆け抜けた瞬間、全身から力が抜け、思わず、地面に手をつく。

首筋を伝う汗が、じっとりとしていて、不快だ。

 

そして、何より目の前のこの現実が…理解できなかった。

 

…ううん、きっと理解はしていた。

 

それでも、受け入れることが…できなかった。

 

「ぁぁ…はぁ…」

 

15着。

 

その事実を突きつけられた瞬間に、荒くなる息。

もう、目の前の景色を見つめることすら苦痛だった。

 

思わず俯いた時。

 

コツリと。

 

音を立て、耳飾りが地面に落ちた。

いけない、このままじゃ、汚れてしまうと、私は手を…

 

 

伸ばせなかった。

 

 

とても気に入っていたはずなのに。

キタちゃんからもらった大切な耳飾りなのに。

 

それなのに、ピタリと。

 

手前で手は止まった。

 

 

私は、目の前の耳飾りすら拾うことができずに、ただ…立ち尽くしていた。

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